【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第四話「組み分け」

 ホグワーツに到着した私達を出迎えたのは、私を魔法界に導いた老婆、ミネルバ・マクゴナガルだった。厳しい目付きは相変わらずで、周りの奴等がビクついている。

 私達は喧騒が響く大きな扉の前に連れて来られた。

 

「此方で待ちなさい」

 

 そう言って、マクゴナガルは私達を脇にある小さな扉の向こうに押し込んだ。狭苦しい部屋に大勢が密集しているせいで暑苦しい。

 そこかしこで組み分けの話題が囁かれ、エドとハーマイオニーも不安そうに表情を曇らせている。カーライルは……、メガネのせいか表情が読めないな。

 

「……とりあえず、グリフィンドールかレイブンクローが安パイね」

「そ、そうだね。出来れば……、僕はレイブンクローがいいけど……」

「どうしてだよ? グリフィンドールにはウィルが居るじゃん」

「……だからだよ」

「ん?」

 

 表情を更に曇らせるエドに深入りするべきかどうか迷っていると、部屋の扉が開かれ、マクゴナガルが姿を現した。

 どうやら、準備が終わったらしい。いよいよ、入場というわけだ。

 エドの様子も気になるけど、今は詮索している暇が無さそうだ。

 

「……行こうぜ、エド」

「うん」

 

 元気がない。

 

「ほら! 下ばっかり見てないで、前を見てみろよ!」

 

 エドの手を掴み、引っ張りながら言う。顔を上げたエドは息を呑んだ。

 天井には夜天が広がり、空中に無数のロウソクと半透明な魔法使い達が飛び回っている。そして、大勢の上級生達と教師達が私達を見つめている。

 

「……凄い」

 

 よたよた歩くエドを引っ張りながら、私も感動に打ち震えていた。

 この光景は錆びついたものを無理やり動かすだけのパワーがある。

 

 ◇

 

 教師陣が並ぶ前に椅子が一つポツリと置かれている。その上には古くて汚らしい三角帽子。

 あれが組み分け帽子だとすると、私達はこの大観衆の前でアレを被らなければならないという事だ。凄く嫌だ。

 テンション激減な私を尻目に組み分け帽子はハイテンションな声色で歌い始めた。各寮の特色を歌っているらしい。割りと良い声なのがむかつくな。

 

「さてさてさーて、いよいよだな」

 

 マクゴナガルがアルファベット順に生徒の名前を読み上げていく。

 

「うーん。エドがレイブンクローがいいって言うなら、私もレイブンクローでいいんだけど……」

「組み分け帽子がそこら辺、融通してくれるかどうかは望み薄だな」

 

 どういう基準で選んでいるのかサッパリだ。生徒が帽子を被ると、帽子は大声で寮の名前を叫ぶ。一瞬で決まる者も居れば、熟考を要する生徒もいる。この違いは何だろう……?

 しばらくすると、ハーマイオニーの順番が回って来た。

 

「行ってくるわね」

「おう」

「い、いってらっしゃい!」

 

 本人以上にガチガチなエドを心配そうに一瞥して、ハーマイオニーは毅然とした態度で壇上へ上がり、帽子を被る。

 すると……、

 

『レイブンクロー!!』

 

 帽子は僅かな黙考の後に叫んだ。

 こっちにウインクをして、ハーマイオニーはレイブンクローの上級生が待つ席に向かって行った。

 次は私の番だ。

 

「エ、エレイン……」

「行ってくるぜ」

 

 背中をバシンと叩いて気合を入れてやってから、私は壇上に上がった。

 観衆の視線が一直線に私に向かっている。むず痒いな。

 

「お友達が出来たみたいね」

 

 小声でマクゴナガルが言った。

 

「おう。出来れば、あいつらと一緒がいいな」

 

 僅かな微笑を零し、マクゴナガルは私に組み分け帽子を被せた。

 すると、僅かな間も作らずに組み分け帽子は叫んだ。

 

『レイブンクロー!!』

「オイ、マジか! よくやった!」

 

 手を叩いて帽子を褒め称えてやった。解ってるじゃないか!

 

『君の素養はレイブンクローでこそ開花されるだろう。頑張りたまえ』

 

 そんな言葉を掛けて来た。

 

「おう。あ、後で来るエドワードって奴もレイブンクローで頼む」

『さて、それは本人の素養次第だね』

 

 融通の利かない帽子だ。これでアイツだけが別の寮に行ったら、エドの奴、絶対泣いちまう。

 

「頼むよ……」

 

 マクゴナガルに背中を押され、私は壇上から降りてハーマイオニーの待つレイブンクローの席に向かった。

 歓迎してくれるロイドを始めとしたレイブンクローの上級生達。だけど、私の意識は壇上に向いていた。

 

「エド……」

「大丈夫よ。きっと……、大丈夫」

 

 自分に言い聞かせるようにハーマイオニーは言った。

 ギュッと拳を握りしめながら組み分けを見守っていると、いきなり周囲がざわついた。

 マクゴナガルが『ハリー・ポッター』という名前を呟いた瞬間、生徒だけでなく、教師達まで身を乗り出して、壇上に上がる生徒を見つめた。

 ポッターはホグズミード駅でハグリッドの傍に居た丸メガネだった。

 

「……そう言えば、魔法界の歴史の本に名前が乗ってたな」

 

 確か、十数年前に魔法界全土を震え上がらせた悪の魔法使いを滅ぼした少年の名前が『ハリー・ポッター』だった筈。

 壇上で青白い表情を浮かべている丸メガネ君がそんなに凄い奴とは思えないが、事実なら仕方がない。

 組み分け帽子はポッターの組み分けに悩んでいる様子。かなりの時間、黙考した上で帽子は叫んだ。

 

『グリフィンドール!!』

 

 途端に表情を輝かせ、跳ねるようにグリフィンドールの席へ向かっていく。

 どうやら、望み通りの寮に割り当てられた様子だ。

 周囲のレイブンクロー生達は落胆の声を上げているが、本人が喜んでいるなら、この結果は祝福してやるべきだろう。

 おめでとう、ポッター。ウィルの後輩になれるなんて羨ましいぜ。

 

「エドワード・ロジャー」

 

 喧騒が鎮まり、しばらくして、エドの番が回って来た。

 固唾を呑んで見守る私達。僅かな空白の後、組み分け帽子は叫んだ。

 

『スリザリン!!』

「なぁっ!?」

「はぁ!?」

 

 呆然とした表情を浮かべ、よろよろとスリザリンの席へ歩いて行くエド。

 私とハーマイオニーは顔を見合わせた。

 確か、あそこは悪人が多く排出されたと有名な寮だ。まったくもって、エドに相応しくない。エドが入るくらいなら、私だってスリザリンに選ばれている筈だ。

 

「エド!? ど、どうして……」

 

 グリフィンドールの席でウィルが悲鳴のような声を上げた。

 結局、一度決まったものが覆る事など無く、私とハーマイオニーはレイブンクローに割り当てられ、エドはよりにもよってスリザリンに割り当てられた。

 

 ◇

 

 豪勢な御馳走がまったく美味しく感じられない。私は組み分け帽子の決定にどうしても納得がいかなかった。

 

「なあ、ロイド。組み分け帽子はなんだって、エドをスリザリンなんかに入れたんだ?」

「スリザリンなんかって……。いいかい? スリザリンは確かに悪の道に走った魔法使いを多く排出した寮だ。だけど、同時に歴史に名を残すような偉大な魔法使いも大勢排出している。エドワードは決して、悪しき素養を見初められてスリザリンに選ばれたわけじゃない筈だ。そこは勘違いしてはいけないよ」

 

 厳しい目付きでロイドが言った。

 

「けどよ……」

「確かに寮は違ってしまったけど、それで君達の友情が崩れる事は無い筈だ」

「あ、当たり前よ!」

 

 ハーマイオニーが鋭く言った。

 

「……残念な気持ちはわかるけど、気を取り直して御馳走にありつこう」

「へーい」

 

 宴もたけなわという所で、新入生達の自己紹介が始まった。エキゾチックな色香を漂わせるパドマ・パチル。生真面目そうな雰囲気のアンソニー・ゴールドスタイン。筋骨隆々なマイケル・コナー。

 私とハーマイオニーの番が回り終えると、残ったのは気弱そうな女と結構な男前が一人。

 

「アランだ。アラン・スペンサー。よろしく頼むよ」

 

 イケメンの名前はアランだった。アランはその後に続く筈の女の肩をポンと叩き――――、

 

「彼女はレネ・ジョンソン。見ての通り、ちょっと恥ずかしがりやなんだ」

 

 茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべて、レネの自己紹介を代弁した。

 レネはまるで小動物のような奴で、周囲の視線を受けて呼吸困難になり掛けている。大丈夫か、こいつ……、エドより重症だぞ。

 

「レネ、よろしくな」

 

 こっちから声を掛けてやると、レネは感極まった表情で必死に声を振り絞った。

 囁くような小さな声で「よろしくお願いします」と返して来た。

 一年生の自己紹介が終わると、上級生達もぞろぞろと近くの一年生達に自己紹介を始めた。

 

「私はチョウ・チャン。二年生なの。私も分からない事だらけだけど、これだけは断言出来るわ。ホグワーツって、最高よ!」

 

 一際目を引く可愛い子ちゃんのチョウはいわゆるムードメイカーって奴だった。話を盛り上げるのがずば抜けて上手い。

 男子生徒の何人かはあっという間に彼女の虜となってしまった。まさにメロメロって奴だ。

 ディナーが終わると、校長のアルバス・ダンブルドアが謎めいた警告を発し、パーティーを締め括った。

 歓迎パーティーの解散後、私達はロイドとペネロピーの監督生コンビによる先導で西塔に向かった。

 

「あるところでは、四季が秋から始まり、春、夏、冬の順になっています。しかも、一週間の始まりは金曜日になっています。そこはどこ?」

 

 寮の入り口には鷲のノッカーがあり、中に入る為には謎解きを求められる。謎に答えられないと、中には入れてもらえないそうだ。

 一年生向けなのかすごく簡単な問題だった。

 

「ねえ、レネは分かったかしら?」

 

 唐突にチョウがレネに向かって話し掛けた。レネは咄嗟に頷いた。

 

「じゃあ、ここはレネに答えてもらいましょうか」

 

 チョウの提案にレネは悲鳴を上げた。必死に首を横に振る。すると、アランが口を挟んだ。

 

「大丈夫。僕も傍に居るから、頑張ってみようよ」

「……うん」

 

 新婚カップルみたいに熱々な二人だ。

 注目される中、レネは必死に口を動かした。

 

「じ、辞書」

 

 Fallに始まり、Spring、Summer、Winterと続くのはABC順に並べられている辞書の中だけだ。それに、一週間の始まりがFridayで始まるのも辞書の中だけ。

 どうやら、無事に正解出来たようで、扉はレネを歓迎した。

 

「素晴らしいわ、レネ。見事にレイブンクローの生徒としての資格を証明したわ」

 

 チョウは満面の笑みを浮かべて言った。

 アイツ、見た目に反して凄いやり手だ。放っておくと周囲から孤立しそうな性格のレネにレイブンクローの看板である『機知と叡智』を示させ、一同に一目置かせる事に成功した。

 

「さあ、一年生の皆、レイブンクローの寮へようこそ!」

 

 中に入るなり、ロイドが高らかに叫んだ。

 ブルーの調度品に囲まれ、星が散りばめられたレイブンクロー寮の談話室に歓声の声が上がる。

 

「いいセンスしてるな」

「そうね。素敵だわ」

 

 ハーマイオニーは眠そうに応えた。無理もないな。もう夜更けだし、腹が程よく満たされ、私もベッドに倒れ込みたい気分だ。頭の隅にスリザリンに選ばれて絶望的な表情を浮かべていたエドの顔さえ浮かんでいなければ……。

 明日、あの情けない面に一発気合を入れてやろうと意気込みながら、私は部屋の中を見回した。

 レイブンクローの談話室は円形で、とても広々としていた。ドーム型の天井には星模様が散りばめられていて、足下のブルーの絨毯にも同様の星模様が描かれている。入り口の反対側の壁にはもう一つの扉があり、その隣には大理石の彫像が置かれている。

 

「計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり!」

 

 ロイドが彫像の足下に刻まれている文字を読み上げた。

 

「レイブンクローの生徒として、この言葉を深く胸に刻んでおくように。これはホグワーツの四人の創設者の一人、ロウェナ・レイブンクローの言葉だ」

 

 ロウェナ・レイブンクロー。知恵を重んじるレイブンクローの創始者。

 物問い気な微笑を零す彼女の彫像はまるで、私達を品定めしているようだった。

 

――――汝らにレイブンクローの名を背負う覚悟はあるか?

 

 そんな声が聞こえた気がする。

 当然。心の中でそう返しながら、ロイドの言葉に耳を傾ける。

 

「これより、新入生諸君にそれぞれの寝室を割り振る。寝室は扉をくぐって直ぐの東階段と西階段で男女に分かれ、それぞれ二人部屋と三人部屋がある。男子の寝室は二人部屋は四つ。三人部屋も四つだ。女子も同じく二人部屋が四つに三人部屋が四つ。希望があれば受け付けるが先着順だ」

 

 ロイドの言葉に一斉に数人の生徒が動き出した。歓迎パーティーで仲良くなった同士で同じ部屋になろうとこぞって希望の申請をしている。

 

「おい、行くぞ、ハーマイオニー」

 

 相変わらず眠そうなハーマイオニーを引きずり、私もロイドの下へ向かう。

 

「うーん、二人部屋は完売だ。後一人、誰か見つけてくれないか?」

 

 私達が声を掛けた時点で、既に二人部屋が埋まってしまっていた。出遅れちまった、クソ。

 喧しい奴と一緒になるのは御免だ。私はキョロキョロと余ってる奴を探した。

 

「お! レネ、一緒にどうだ?」

 

 相変わらず小動物のようにおどおどしているレネに声を掛けた。

 少なくとも、コイツなら無駄口をベラベラ動かすことは無いだろう。

 

「わ、私……?」

「他に誰がいんだよ……」

 

 レネは筋金入りの小心者らしい。しつこいくらい、「私でいいの?」と聞いてきた。

 どんな生活を送っていたらここまで気弱になれるのか聞いてみたいものだ。

 段々イライラして来て、私はロイドの下にレネを無理やり引きずって行き、彼は苦笑しながら三人部屋を割り当ててくれた。

 相変わらず、アランの奴はレネを見つめていたが、どこか安堵したような表情を浮かべていた。奴の熱い眼差しの意味が分かった気がする。コイツは放っておくとまずいタイプだ。

 

「いい感じの部屋だな」

 

 寝室は住人が三人だけにしてはかなり広々としていた。天井や床は談話室と同じくブルーの下地に星模様。高級感のある調度品や家具が上品に配置されている。窓際には天蓋付きのオシャレなベッドが三つ。

 ハーマイオニーをベッドに叩き込んでいると、レネがアーチ状の窓に近寄り、その向こうに広がる絶景に感動していた。

 

「凄い……」

「こいつは見事だな」

 

 私も彼女の脇から外を覗き、思わず感嘆の声を上げた。満天の星空と天を映す湖、深い森。絶景とはまさにこの景色を指す言葉だ、

 

「おい、レネ。これからよろしくな」

「……こちらこそ、よろしく、エレイン」


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