第七話『マクゴナガルの遺書』
ヴォルデモートの襲来で死亡した先生達とロンの葬儀が執り行われた。
もっとも、参加した者の数は少ない。
先日のヴォルデモート復活の一報を受けて、ほとんどの生徒が駆けつけた親に家へ連れ戻された。
居残っているのはマグル生まれの生徒と、葬儀に参加する事を望んだ一握りの生徒、そして教職員と関係者のみだ。
「ミス・ロット。すこし、よいかね?」
「ん?」
葬儀が終わった後、私はダンブルドアに呼び出された。
「これを渡しておく」
そう言って、ダンブルドアは私に一通の手紙と、奇妙な鍵を二つ差し出してきた。
「これは?」
鍵を持ち上げると、ダンブルドアは言った。
「片方は、お主の本来の御両親が遺した遺産じゃ。そして、もう一方はマクゴナガル先生が遺した遺産じゃ」
「……は?」
言っている言葉の意味をすぐに呑み込むことが出来なかった。
本来の両親というのは、おそらくマーリン・マッキノンと、その夫であるバンの事だろう。
一年生の時のクリスマスに届けられたマーリン・マッキノンのブローチの事や、イリーナが息子達を差し置いて、私にメリナのアトリエの事を教えた理由を考えてみれば、二人が私の両親という事で、まず間違いない。
アトリエで見た写真に写っていたマーリンと私の顔が瓜二つな事の説明もつく。
どうして、マクゴナガルや、イリーナがヒントを渡すだけで明言を避けていたのかは気になるが、敢えて聞かなかった。
正直な話、本当の両親の事なんて、どうでもいい。私にとっての親はエミーだけだ。遺産は貰うけどな。
呑み込めなかったのは、マクゴナガルの遺産についてだ。
「……マクゴナガルは私の親戚なのか?」
「いいや、違う」
「なら、なんで私に渡すんだ?」
「それが彼女の望みだからじゃ」
「……マクゴナガルの?」
「さよう」
私は手紙を開いてみた。ダンブルドアに聞くより早いと思ったからだ。
そこには、マクゴナガルの文字が踊っていた。
内容は、まるっきり遺書だった。
「……マクゴナガルは自分の死を予期してたのか?」
「そうではない。ある年齢を過ぎると、人は死を意識するものなのじゃよ。マクゴナガル先生も、いずれ訪れるであろう終わりの為に、準備を始めておった。その手紙と鍵も、その内の一つというわけじゃ」
「ふーん」
手紙を読み進めていくと、何故か謝罪の言葉があった。
『私は貴女の事を赤ん坊の頃から知っていました。義理の両親の下で、貴女がどのような生活を送ってきたのかも……』
つらつらと並べられている文字を読んでいくと、私はうんざりした気分になった。
「なんだよ、マクゴナガルのヤツ。私が不幸な人生を送ってきた哀れな娘って思ってたのかよ」
「……お主は不幸と思っていなかったのじゃな」
「当たり前だろ? 私はエミーと出会えたんだ。それまでの過程が無ければ、絶対に巡り合わない筈だったんだ。これ以上の幸福って、あるかい?」
「わしには分からぬ。その価値は、お主の中だけのものじゃ」
「……ダンブルドア。アンタは、最高の出会いってものを経験した事がないのか? それまでの鬱憤もなにもかも清算されるくらいの、その後の人生を決定づけるくらいの出会いを」
ダンブルドアは瞼を閉じた。
「……たしかに、あった。じゃが、わしの場合は幸福ではなく、過ちだった」
「それって、グリンデルバルドの事か?」
「……ミス・タイラーじゃな?」
ダンブルドアは困ったような表情を浮かべた。
「……さよう。ゲラートと出会った時は、嘗てない幸福感に抱かれた。互いを高め合い、共通する理想を追い掛け、そして……、道を踏み外した」
「だから、全部が全部、過ちだったってか?」
呆れた。偉大なる魔法使いとか言われてる癖に、まるで初心な乙女みたいだ。
「ダンブルドア。人間ってのは、間違うもんだぜ? そして、正せるもんだ。一度、道を踏み外した程度で、それまでの全てを過ちだったなんて言うなよ。ネンネか!」
「……お主は達観しておるな」
「達観なんてしてねーよ。たぶん、生きた時間はアンタより短い。けど、人間同士の色恋はアンタ以上に見てきた自信があるぜ」
間違いない。この爺さんは童貞だな。……処女は失ってるかもしれないけど。
「アンタは尺度を測り間違えてるだけだよ。自分が偉大なる存在で、相手が最強最悪の魔王だから仕方ないのかもしれねーけど。要は付き合ってた男が悪い遊びにハマって、それをぶん殴って止めただけだろ? そういうの、割りと普通の事だぜ? いい年なんだから、ネンネは卒業しろよな」
「手厳しいのう」
ダンブルドアは苦笑した。
「まさか、この歳になって恋愛観を諭されるとは思わなかった」
「私も、まさかダンブルドアに色恋沙汰の説教をするなんて思わなかったよ」
互いに苦笑いを浮かべながら、私はマクゴナガルの手紙を読み進めた。
そこには、私の両親がマーリンとバンである事が明言されていて、その遺産を預かっていた事が記されていた。
『……本当は、もっと早くに迎えに行きたかった。ですが、マッキノンの血を受け継ぐ者が生き残っていると死喰い人に知られるわけにはいきませんでした』
手紙には、マッキノン家に伝わる特殊な《眼》についても言及されていた。
鷹の目。そう呼ばれるほどの眼力を有している家系らしい。
その眼は万里を見通し、あらゆる変装を見破り、心を見透かしたと書かれている。
たしかに、私の眼は他よりも優れている。だけど、変装を見破ったり、心を見透かした経験はない。
「これって、本当なのか?」
「鷹の目の事ならば、真実じゃ。少なくとも、お主の母を欺く事が出来た魔法使いは一人もおらん。……お主にも心当たりがあるのではないかね? 他者の嘘を直感的に見破り、瓜二つの双子を容易く見分けた経験が」
「……それは、私がスラムで鍛えた眼力だろ」
「正確には、鍛えられた鷹の目じゃ。お主はヴォルデモートの変身さえ見破った。既に、その能力は開花しておる」
「マジかよ……」
手紙に視線を落とすと、その先にはマクゴナガルが私に遺産を継承する理由が書かれていた。
『……最後に、私の遺産を貴女が継承して下さる事を願っています。私が名付けた娘、エレイン・マーリン・マッキノン・ロットへ』
「……マクゴナガルが私の名付け親だったのか」
――――エレインも十分に素敵な名前だと思うわよ?
急に、マクゴナガルと初めて会った日の事を思い出した。
私はエレインの名で呼ばれて、彼女に『私の知り合いにそんな糞みたいな名前の女は居ないけどー?』などと言ってしまった。
「それは言えよ……、バカ」
心が大きく揺れた。
「……マクゴナガル先生はお主に引け目を感じておった。スラムで生活しておる事を知っていながら、手を差し伸べる事が出来なかったと……」
「そんなの、マクゴナガルが悪いわけじゃないだろ……。大体、私はあの生活で満足してたんだ」
「そのようじゃな」
また、後悔の波が襲い掛かってきた。
もっと、話したい。もっと、聞きたい。マクゴナガルに会いたい……。
「……なあ、ダンブルドア。マクゴナガルはゴーストにならないのか?」
「彼女は満足して逝ったのじゃ。お主を魔の手から守る事が出来て……」
「ふざけんなよ、ババァ……。こっちは後悔してんだぞ」
涙が溢れた。
「なんで、私の親は次から次に死にやがるんだ……」
ダンブルドアはやさしく私の頭を撫でてくれた。
そのやさしさに甘えて、私は気が落ち着くまで泣き続けた。