【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第八話『過去からの追跡者』

第八話『過去からの追跡者』

 

 ――――葬儀の数日前。

 

 日刊預言者新聞には、ヴォルデモート卿の復活の他にも、魔法省襲撃で死亡した人の一覧が掲載されていた。

 そこには、ドラコの父親の名前もあった。死亡した襲撃犯の一人として……。

 

「人殺し!! ア、アンタ達の父親のせいで、私のパパが!!」

 

 襲撃事件で死亡した魔法省の役人の娘がドラコの服の襟を掴んで怒鳴り声を上げている。

 普段のドラコなら振り払っていた筈だ。だけど、ドラコは虚ろな眼で目の前の少女を見つめている。

 

「死喰い人のガキが!! ぶっ殺してやる!!」

 

 クラッブとゴイルも同じように親を失った生徒から責められている。

 二人も反撃する意志すら見せずに顔を歪めている。

 

「……やめろよ」

 

 責めている方の気持ちが分からないわけじゃない。だけど、少しは考えろよ。

 

「やめろよ!! 三人だって、親を失ってるんだ!!」

「ふざけるな!! 自業自得じゃないか!! 人を殺して、返り討ちにあっただけなんだぞ!!」

「だ、だからって、ドラコ達を責める理由にはならないだろ!!」

「なんだと、テメェ!! 死喰い人の肩を持つ気か!!」

 

 殴られた。口の中に血の味が広がる。

 

「……ドラコ達だって辛いんだ! それが、どうしてわからないんだよ!!」

「やめろ、エド」

 

 ドラコは襟を掴んでいる女の子を振り払った。

 

「……エレインの所に行ってこい」

「イヤだよ! ドラコ達も、なんで黙ってるのさ! いつもみたいに言い返せばいいじゃないか!」

「どうでもいい」

「……え?」

 

 ドラコは顔を手で覆った。

 

「こいつらの言う通りだ。実にバカバカしい。闇の帝王に踊らされて……、無様にも程がある……」

 

 震えた声で、ドラコは言った。

 

「父上は……、愚かだった」

 

 だけど、その声に篭っている感情は、決して哀しみなんかじゃなかった。

 

「……ヴォルデモート」

 

 悔しさと怒り。

 ギラギラとした眼差しを向けられ、掴みかかってきた少女は後退った。

 

「エド……。お前は関係ないんだ。彼女を守ってやれよ」

「ドラコ……。君、何を考えてるんだ?」

「知れた事」

 

 責め立てていた生徒達を押し分けて、ドラコが進んでいく。

 

「来い、クラッブ! ゴイル!」

「ド、ドラコ!」

「エド! ……お前はついてくるな」

 

 伸ばした手を振り払われて、僕は動けなくなった。

 そして、ドラコ達三人は葬儀が始まる前にホグワーツを去って行った。

 

 ◇

 

 大広間で一人で食事をしていると、エレインが戻って来た。

 

「エレイン!」

「……エド」

 

 エレインの眼は赤かった。

 

「ど、どうしたの!? ダンブルドアの所に行ってたんだよね!?」

「……マクゴナガルの遺書を渡されたんだ」

「先生の遺書を……?」

 

 エレインを椅子に座らせて、話を聞いた。

 マクゴナガル先生はエレインの名付け親だったらしい。読ませてもらった遺書には謝罪の言葉や、如何にエレインを思っていたのかが記されていた。

 

「……エミーが死んだ時、もう二度と後悔しないように生きようって決めたんだ。なのに、また後悔してる……」

「エレイン……」

 

 いつも明るくて、まるで太陽のような彼女が表情を曇らせて、弱り切っている。

 慰めてあげたいのに、言葉が思いつかない。きっと、逆の立場なら、彼女は一発で立ち直れるような言葉を掛けてくれる筈なのに……。

 

「エド。お前は死ぬなよ?」

 

 瞳が揺れている。

 

「……うん」

 

 少しでも安心させてあげたくて、椅子を寄せて肩を抱いた。

 初めて会った日の事を思い出す。

 リチャードを床に押し付けて、鋭い眼差しを向けてきた。あの時は、なんて怖い女の子なんだろうって思った。

 だけど、本当はすごく優しい女の子だった。

 エレインのカバンに押しつぶされて、勝手に気を失った僕を介抱してくれた。今よりも引っ込み思案だった頃の僕を見限らないで親身に接してくれた。ハーマイオニーに少ない手持ちを使ってカバンを買ってあげた話をハーマイオニー本人から聞いた。僕がどんなにくだらない話をしても、真剣に聞いてくれた。

 

「……エレイン」

「ん?」

 

 一緒の寮に入りたかった。だけど、僕はスリザリンに入れられた。

 本当の父親がスリザリン出身の死喰い人だと知られる事が怖くて逃げ回った僕に、彼女は諦めないでいてくれた。

 いつだって、輝いて見える。星の丘から見える夜空も、彼女の笑顔と比べたらくすんで見える。

 彼女が僕の告白を受け入れてくれた時、嬉しくて堪らなかった。

 彼女が僕を好きだと言ってくれた時、もう死んでもいいとさえ思った。

 守護霊の呪文は難しい筈なのに、あっさりと成功出来たのは、彼女にもらった幸福な思い出のおかげだ。

 吸魂鬼が与える絶望なんてヘッチャラになるくらい、大き過ぎる幸福が僕に守護霊を召喚させた。

 

「エレインも死なないでね? 僕、君を失ったら……、どうなるか分からないよ」

「ははっ、それは怖いな。……ああ、私も死なないよ。まだまだ、エドと一緒にしたい事がいっぱいあるからな」

 

 ダイアゴン横丁で、リチャードが偶々彼女の部屋に迷い込んだおかげで、僕達は出会えた。

 エレイン・ロット。僕の好きな人。

 彼女の琥珀色の瞳が好きだ。

 彼女の琥珀色の髪が好きだ。

 彼女の声が好きだ。

 彼女の香りが好きだ。

 彼女のなにもかもが大好きだ。

 

「エレイン、大好きだよ」

「……私も好きだぜ、エド」

 

 僕は今、とても幸せだ。

 

 ◇

 

 幸せで、幸せで、幸せ過ぎて……、僕は忘れていた。

 いや、考えないようにしていたんだ。少し考えれば、こうなる事は分かっていた。

 ホグワーツが無期限の休校になって、星の丘に戻って来た僕達を出迎えたのは、床に倒れ伏したママと、忌まわしい過去。

 嘗て、僕の父親だった男。アズカバンから大量の死喰い人が脱獄した時、この男も出て来たのだろう。

 

「……ママに何をしたんだ!!」

 

 頭に血が上っていた。さっさとエレインを連れて逃げれば良かった。

 だけど、僕は怒鳴って、杖を向けた。

 

「まったく、困ったものよ。教えた筈だぞ、エドワード。勝てない戦いはするな、と」

 

 動きが見えなかった。気付いた時には赤い光が迫ってきていて、それをウィル兄ちゃんが受けた。

 

「に、兄ちゃん!!」

「……に、逃げろ。二人共」

 

 僕は父親を睨みつけた。すると、ヤツはすでに目の前まで歩み寄って来ていた。

 

「テメェ、ウィルに何しやがる!!」

 

 エレインがいつの間にかヤツの背後に回っていた。

 

「……手癖の悪い娘だ」

「やめろ!!」

 

 僕は咄嗟にヤツに掴みかかった。その隙にエレインがヤツの杖を奪う。

 

「安心したな?」

 

 ゾッとした。エレインが咄嗟に奪った杖を構えたけれど、その前にヤツは隠し持っていた杖から赤い光を放った。

 

「エレイン!!」

「……エレインだと? その顔……、まさか、生き残りがいたのか!」

「やめろ! エレインに近づくな!」

「邪魔だ」

 

 衝撃を受けて、僕は壁に叩きつけられた。

 

「や、やめろ……」

 

 体が上手く動かない。

 何をしているんだ、僕は。はやく、はやく回復しろ!

 

「マーリン・マッキノンの娘だな。ああ、実によく似ている。私が殺した、あの女と同じ顔だ!」

 

 思わず、耳を疑った。

 

「テメェ……」

 

 エレインがヤツを睨みつけると、ヤツは高らかに笑った。

 

「まずいな。これは非常にまずい。私は皆殺しにしろと命じられた。これでは、私の忠義が疑われてしまうではないか」

「や、やめろ! エレインから離れろ!!」

 

 痛む体に鞭を打ち立ち上がると、途端に衝撃に襲われた。

 

「黙っていろ、エドワード」

「テメェは……、一体……」

「私か? 私の名は、ダレン。ダレン・トラバースだ。エドワードの父親にして、偉大なる闇の帝王の側近だ」

「エドの……、父親?」

 

 エレインの声から張りが失われた。

 いけない。僕の本当の父親だと知って、エレインは敵対心を保てなくなっている。

 

「エレイン! そいつはただの死喰い人だ!!」

 

 麻痺呪文を放つが、ダレンは即座に反対呪文で相殺した。

 

「エドワード。貴様には失望したぞ。この程度か? あれほど鍛えてやったと言うのに……」

「黙れ、死喰い人!! エレインから離れろ!!」

「……ふむ。息子を鍛え直すつもりだったが、ここまで堕落していては少々手間だな」

 

 そう言うと、ダレンはエレインの意識を奪った。

 

「エ、エレイン!! 貴様!!」

 

 呪文を放つが、すべて相殺された。

 

「クソッ、エレイン!!」

「……この娘は良い手土産になる。敵に回せば厄介だが、鷹の目を手元に置ければ、これ以上ない武器になる」

 

 そう言うと、ダレンはエレインを片腕で抱えた。

 

「なっ、エレインを離せ!!」

 

 僕は必死に呪文を放ち続けた。だけど、近づく事さえ出来ない。

 

「エレイン!!」

「エドワード。せめてもの情けだ。生き恥を晒したくはなかろう。アバダ・ケダ――――」

 

 ダレンが杖を振り上げた瞬間、ウィルがいきなり動いて、僕を掴んだ。

 すると、景色が一変した。

 

「えっ……、ここは」

「カーディフだ」

「ウィ、ウィル兄ちゃん、なんで!?」

「……あのままでは、お前が死んでいた」

「だって、エレインがアイツに!!」

「分かってる!! ……まずは、ダンブルドアに会いに行こう。俺達だけじゃ、助けられない」

「……い、イヤだ。エレイン……、エレインを今すぐ助けに行かなきゃ!!」

 

 星の丘に戻ろうと姿くらましを使おうとした瞬間、赤い光に意識を刈り取られた。

 

「ウィ、ウィルにい……、なん……、で」

「すまない、エド」

 

 意識が闇に沈んでいく。

 イヤだ。エレイン。僕は……、僕は君を……。


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