【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第五話「レイブンクロー寮」

 レイブンクローの最初の授業は寮監のフィリウス・フリットウィック教授の呪文学だった。フリットウィックはとても小柄で、何冊も本を重ねた上に乗って、漸く顔が教卓の上に出るくらいだ。

 

「レイブンクローの皆さん。まずは入学おめでとう。私はフィリウス・フリットウィック。君達、レイブンクロー寮の寮監です。まだ、入学して早々で不安も多い事でしょう。ですが、常に冷静さを失わない事。どのような事態に対しても適切な判断が出来るよう、このホグワーツでたくさんの知識を蓄えて下さい。計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり!」

 

 ロウェナ・レイブンクローの言葉で締め括ると、フリットウィック先生は生徒達に教科書を開かせた。

 

「これから一ヶ月は皆さんにあらゆる呪文を使う上で大切な基礎を学んでもらいます。杖の振り方、発音の仕方」

 

 一部の生徒からブーイングが飛び出した。みんな、魔法を早く使いたくてうずうずしている。もちろん、私もその一人。

 フリットウィックはこほんと咳払いをすると、自分の杖を取り出して、近くのランプに向けた。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ」

 

 ランプがふわふわと宙を舞った。生徒達はピタリと黙り込み、フリットウィックの魔法に魅入られた。

 

「物体浮遊呪文。一ヶ月、君達がしっかりと基礎を学んだら、君達にも出来るようになっている筈です。ただし、怠け者は一ヵ月後も使えないでしょう。皆さんはどうですかな?」

 

 今度は誰もブーイングを飛ばさなかった。真面目な顔で教科書を開き、いつでも羊皮紙にメモを書き込めるようスタンバイしている。

 フリットウィックは満足そうに微笑むと、授業を開始した。

 

「それでは、杖を振ってみましょう。びゅーん、ひょい!」

 

 授業が終わると、フリットウィックは生徒一人一人にお菓子を配った。甘いチョコレートクッキー。頬が落ちるかと思う程美味かった。

 

「よく頑張りましたね。みんな、素晴らしい。他の授業も真面目に学び、立派な魔法使いになるんですよ」

「はい、フリットウィック先生!」

 

 次の授業に向かうまで、生徒達はクッキーを口に含みながら杖の振り方を反芻した。

 

「一ヵ月後が楽しみだな」

 

 杖をクルクル回しながら横に並ぶハーマイオニーとレネに声を掛ける。二人も類に漏れず杖の振り方の反芻に熱中している。

 気持ちはよく分かる。今まで漠然と使って来た奇妙なパワーが明確な技術として確立している。実に革命的じゃないか。

 

「……あ」

 

 次の授業に向かって歩く途中、スリザリンの一団と擦れ違った。

 

「エド」

 

 俯いて歩くエドを見つけた。沈んでいる。

 

「おい、エド」

 

 こっちに気付いていないみたいだ。通せんぼをするように前に立ちはだかると、思いっ切り私の胸に飛び込んで来た。

 

「ぶあ!?」

「よう、エド」

「エ、エレイン!?」

 

 一瞬凍りついた後、エドの顔は一気にゆでダコみたいに赤くなった。相変わらず初心な反応。

 

「上手くやれてるか?」

「……まあまあだよ」

 

 あんまり芳しくないみたいだ。

 

「何かあったら言えよ?」

「……大丈夫だってば」

 

 顔を背け、エドは行ってしまった。

 

「……エド、大丈夫かしら」

 

 ハーマイオニーが心配そうにエドの背中を見つめている。

 

「あの子は二人の友達?」

 

 いつの間に忍び寄ってきたのか、背後にアランが立っていた。

 

「ああ、エドワードだ。一人だけスリザリンに入れられちまってな……」

「スリザリンか……。あの寮には魔法界に古くから存在する名家の子供が主に選ばれる。その殆どが誇り高い反面、冷血であったり、狡猾であったりと、一筋縄ではいかない者達ばかりだと聞くよ。彼がそうした環境に不慣れなら悲劇と呼ぶ他無いな……」

 

 思わずアランの顔面に拳を叩き込みそうになった。あのノロマがそんな環境でやっていけるわけが無い。

 

「こうなったら、フリットウィックに直談判だ! エドをレイブンクローに移してもらおうぜ!」

「む、無理よ、そんな無茶な事!」

「何が無茶なんだよ! 合わない環境で七年も過ごせって言う方が無茶だろ!」

「でも、無理なものは無理なの! 組分けの儀式は一種の魔法契約だから、一度執行されてしまった契約を途中で覆す事は不可能よ」

 

 ああ、腹立たしい。あのボロ頭巾め、テキトーに寮を決めやがって!

 

「落ち着いた方がいい」

 

 激昂しそうになる私を抑えたのは、メガネを掛けたチビ。

 ホグワーツまでの小舟で相乗りしたカーライルだ。こいつもレイブンクローに選ばれた者の一人。

 

「そろそろ次の授業の時間が迫っている。他人の事ばかりにうつつを抜かして、本懐を忘れてはいけないよ」

 

 確かに次の変身術の授業の時間が迫っていた。私は舌を打つとハーマイオニー達を連れて教室に向かい歩き始めた。

 変身術の教室に辿り着くと、まだマクゴナガルの姿は無かった。

 

「何だろう、あの猫」

 

 アランが首を傾げる。奇妙な事に、教卓には一匹の猫が居た。

 上品な佇まいのトラ猫が生徒達をゆっくりと見回している。

 まるで、自分こそが教師であるとでも言うかのように。

 

「あ、もう授業の時間よ」

 

 パドマが時計を見ながら言った。変身術の教師であるマクゴナガルの姿は未だ無い。

 生徒達がざわめき始めると、教卓に乗っていた猫が小さく鳴いた。みんなの注目が集まると、猫はしなやかな動きで教卓から飛び出した。すると、生徒達の目の前で猫に驚くべき変化が起きた。

 なんと、猫は人間に姿を変えた。メガネを掛けた年配の魔女、ミネルバ・マクゴナガルは驚きに目を瞠る生徒達を一望すると、こほんと咳払いをした。

 

「新入生の歓迎会の時にも名乗りましたが、改めて、私が変身術をあなた方に教えるミネルバ・マクゴナガルです」

 

 マクゴナガルが上品な仕草で名乗りをあげると、生徒達から爆発したような歓声と拍手が湧き起こった。

 目の前で起きた猫から人間への変身に生徒達は興奮しきっている。賞賛の嵐を鎮める為にマクゴナガルは手を三回叩いた。

 

「変身術とは、極めて高度な授業です。複雑にして、もっとも危険なものの一つです。いい加減な態度で私の授業を受ける者は即刻出ていってもらいます。そして、二度とこの教室の敷居は跨がせません。初めから警告しておきますよ」

 

 マクゴナガルは厳格な顔つきで生徒一人一人の顔を見ると、自分の杖を取り出した。

 

「あなた方が真剣に学べば、このように――――」

 

 マクゴナガルが軽く杖を振るうと、机が豚に姿を変えた。再び、元の机に戻ると、生徒達は感激し、早く使ってみたいとうずうずし始めた。

 

「こうして、物を別の物に変身させる術を手に入れる事が出来るでしょう。さあ、まずは理論を学ぶのです。教科書を開いて、羊皮紙にメモを書き込む準備をなさい」

 

 フリットウィックの授業とは大違いで、マクゴナガルの授業は半分以上板書に費やされた。後半に漸く、マッチを針に変える実践をする事になり、生徒達は懸命に杖を振るった。

 教科書や羊皮紙のメモをジッと見ながら術の理論をしっかりと頭に浮かべ、フリットウィックの教えを下に力まないよう軽く杖を振るう。

 授業が終わる頃にはほぼ全員がマッチを針に変身させる事に成功した。

 

「さすがはレイブンクローの生徒達ですね。レイブンクローに十点。実に優秀です」

 

 授業の最後にマクゴナガルはそう言って微笑み生徒達を驚かせた。

 変身術の授業の後は魔法薬学。地下の教室は肌寒く、壁にはずらりとアルコール漬けの動物の標本が並んでいる。

 魔法薬学の教師、セブルス・スネイプは教室に入ると直ぐに出席を取り始めた。出席を取り終わると、ゆっくりと生徒達を見渡した。

 

「さて、魔法薬学では魔法薬調剤の極めて難解な科学と厳密な芸術を学ぶ」

 

 まるで、呟くような口調。だけど、生徒達は一言も聞き漏らすまいと耳を澄ませた。

 この男にはマクゴナガルとも一味違う凄みがある。少なくとも、私が貧民街で騙くらかして来た馬鹿な男達とは根本的に異なっている。

 

「この授業では、杖を振り回す事はせん。故、これが魔法か、などと疑う諸君が多いかもしれん。大鍋の中で起こる目まぐるしい変化。人の血管の中を駆け巡る液体の繊細な力。心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力。……諸君ら全員がこの素晴らしさを理解出来るとは思っておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法だ。ただし、我輩がこれまで教えてきたウスノロ達よりも諸君らが少しはマシならば、の話だが」

 

 大演説の後、スネイプは早速授業を開始した。材料や調合の手順を解説し、時折生徒達の予習具合を試した。

 

「サリヴァン。縮み薬の材料を答えてみよ」

「……雛菊の根、萎びイチジク、死んだ芋虫、ネズミの脾臓、ヒルの汁です」

 

 眠そうな顔の生徒、ジェーン・サリヴァンは完璧な解答を口にした。

 

「では、ゴールドスタイン。縮み薬を生物に飲ませると、どうなる?」

「若返ります。例えば、カエルに飲ませれば、おたまじゃくしになります」

「結構。稀に縮み薬で若返ろうと企む魔女や魔法使いが居るが、薬の効果は一過性に過ぎん。その点を努々忘れぬように」

 

 思わず数人の生徒が噴出してしまった。授業の後半で縮み薬の調剤を行い、全員が完璧な縮み薬の調剤に成功すると、スネイプは一言「結構」と言った。

 

「縮み薬は通常、一年生が学ぶ魔法薬に比べて、多少複雑な作業を要する。全員が成功するとは、正直に言えば思っていなかった。諸君らは少しはマシなおつむを持っていると評価を改めるとしよう」

 

 魔法薬学の授業の後は闇の魔術に対する防衛術だった。呪文学、変身術、魔法薬学とそれなりに面白い授業が目白押しで、生徒達の期待は最高潮だった。ところが、闇の魔術に対する防衛術の授業は生徒達の期待をあっさりと裏切るつまらない内容だった。

 担当のクィレルは常におどおどしていて、声も聞き辛く、授業内容も教科書をそのまま読み上げる退屈な内容。授業が終わる頃には生徒達の顔は不満一色に染まっていた。

 昼食の時間になり、みんなで一斉に食事を摂りながら、もっぱら話題に上がったのは闇の魔術に対する防衛術に対する不平不満だった。

 グリフィンドールやハッフルパフの生徒達は魔法薬学の……威圧的な態度を取るスネイプに対する不満を口にしていたが、レイブンクローの生徒達にとってはつまらない授業をしたクィレルへの不満の方が大きかった。

 

「あんなの時間の無駄でしかないぞ!」

 

 アンソニー・ゴールドスタインはカボチャジュースを飲みながら言った。

 

「吸血鬼に会ったとか言ってた癖に、詳細な説明もしてくれないし!」

 

 パドマ・パチルも眉間に皺を寄せて言った。

 

「教科書を読むだけなんて、先生が存在する意味が無いじゃないか」

 

 マイケル・コナーの言葉に一同は概ね同意だった。誰一人、あの授業を擁護する者は居なかった。

 

「今後もあんな内容ばっかりなら抗議が必要だな」

 

 ふとっちょなテリー・ブートはミートパイをフォークでつっつきながら言った。

 

「午後の授業は何だっけ?」

「魔法史と天文学よ」

「教科書をただ読み上げるだけっていうのは、勘弁して欲しいよな」

 

 昼食が終わり、魔法史の授業に出席した生徒達はテリーの言葉を反芻しながら授業を受けた。

 魔法史も教科書をただ読み上げるだけの授業だった。担当のカスバート・ビンズは唯一のゴーストの教員で、その事に最初こそ興奮していた生徒達だったが、あまりの内容のつまらなさに後半になると殆どの生徒が自習を始めてしまった。

 みんな、とっくに教科書の内容は予習済みで、わざわざ読み返すのは時間の無駄でしかないと判断したのだ。呪文学で習った杖の振り方を練習したり、変身術の理論について復習したり、難解な魔法薬学の教科書を読み返したり。

 私やハーマイオニーも魔法史の教科書の内容をとっくに覚えてしまっていた。

 

「つまんねー」

「せめて、教科書に乗ってない話題とかも織り交ぜてくれるといいんだけどね」

 

 私の不平にアランが同意した。彼もさすがに不満を感じているらしく、羽ペンで羊皮紙にオリジナルの魔法薬が作れないかと色々と書き込みをしながら言った。

 

「天文学はマシだといいんだけど」

 

 前の席に座るアンソニーが肩を竦めた。

 魔法史の授業――という名の自習時間――が終わり、自由時間の後、早目の夕食を食べた生徒達は天文学の授業に向かった。

 天文学は少なくとも、闇の魔術に対する防衛術や魔法史とは違い、教科書をただ読み上げるだけの授業では無かった。初めにオーロラ・シニストラが自己紹介をすると、天文学についての解説を始めた。

 

「天文学とは、ただ星空を眺めたり、雲の動きを見るだけではありません。星の一つ一つの意味を吟味し、雲の流れからより大きな力のうねりを理解する事。それこそが、わたくしの教える天文学です」

 

 そう言って、シニストラは生徒達に天体の観察を命じた。満天の星空の中から星座を可能な限り見つけ出すよう言われ、生徒達は目を皿のように細めながら星座探しに勤しんだ。

 首や腰を痛くしながら、アンソニーが一番多くの星座を発見した。

 

「うんうん。例年通り、レイブンクローの生徒は優秀ですね。レイブンクローに十点」

 

 天文学の授業が終わり、首をさすりながら寮に戻って来た生徒達は早速宿題に取り掛かった。どの授業でもどっさりと宿題が出され、殆ど昼の自由時間に終わらせていたけれど、全員、魔法史のレポートに手間隙を掛けている。

 

「みんなで凄いレポートを提出して、先生に今の授業じゃ物足りないってアピールしようぜ」

 

 そうした、アンソニーの提案に一同が賛成したからだ。

 今日の授業でビンズが読み上げた教科書の内容――紀元前1000年頃に古代エジプトの墓に掛けられた呪い――について、一人一人違った角度から詳細な内容のレポートを作り上げた。

 談話室で様々な意見を交し合う一年生達に通り掛る先輩達は微笑ましげな表情を浮かべ、時折後輩の為に飲み物やお菓子の差し入れをしてくれた。

 一日を通して、レイブンクローという寮の性質が分かった気がする。

 レイブンクローの生徒は学ぶ事にとても貪欲だという事。全員が授業の予習を完璧に済ませ、教師に対して予習した以上の知識を要求している。だから、要求に応えられなかったクィレルやビンズに不満が湧き起こる。

 

「さてさてさーて、私もいっちょやりますかねっと!」

 

 私はハーマイオニーとレネ、アラン、カーライルと共に意見交換に勤しんだ。


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