第六話『友達』
「……それで、ここはドコなのでしょうか?」
ガウェインがダンブルドアに奇妙な質問を投げかけた。さっき、エレインの生家だと言っていたじゃないか。怪訝に思ったのは僕だけじゃなかった。ウィーズリーやポッター達も首を傾げている。
「エレインの家だろ?」
ホグワーツきってのお騒がせコンビの片割れが言った。エレインには判別がつくらしいが、僕にはどっちがフレッドで、どっちがジョージなのかサッパリ分からない。
「それはありえない」
「なんで?」
「マッキノン邸はダレン・トラバース襲撃の際に焼き尽くされているんだ」
「……は?」
一家を惨殺した上に屋敷まで焼いたというトラバースの残虐性と焼失した筈のマッキノン邸が存在している矛盾に、一瞬思考が止まってしまった。
「マッキノン邸の跡地は石碑が立てられているだけの筈なんだ。だから……」
「ここは隠れ穴じゃよ」
ダンブルドアが言った。
「隠れ穴……? 待って下さい。どう見ても……少なくとも、ここは僕達の家ではありませんよ」
パーシー・ウィーズリーが僕達の疑問を代弁した。すると、彼の兄であるチャーリーが窓の外を指差した。
「見てみな」
「え?」
言われるままに窓の外を見たパーシーが大きな声をあげた。そこに何があるのか気になって、僕達も窓辺に駆け寄る。すると、そこには見覚えのある景色が広がっていた。
そこは紛れもなく隠れ穴だった。それに、隠れ穴を取り囲んでいた魔法使い達の姿も変わらず存在している。
「ど、どういう事だ!?」
叫びながらフレッドはジョージを見た。ジョージも困惑した表情を浮かべ、救いを求めるようにダンブルドアを見る。
「シルキーの魔法さ」
答えたのはウィーズリー家の長男であるビルだった。
「シルキーはゴーストから変化した妖精だけど、他の妖精同様に特別な魔力を持っているんだ。主人として相応しくない者は屋敷から追い出す事が出来るし、相応しい者が現れるまで屋敷を誰にも触れられないように隠す事も出来る。シルキーと屋敷は一心同体なのさ」
「えっと……、つまり?」
うまく説明を飲み込めない様子の
「要するに、僕達は招かれたのさ」
「招かれた……?」
ジニーやポッター達は頭の出来が悪いのか、まだ理解出来ていないようだ。だけど、僕は違う。なるほど、大したものだ。ゴーストの身であるロナルド・ウィーズリーが母親に抱き締められることが出来たり、食べ物を食べる事が出来た理由にも繋がる。ビルが言ったように、この屋敷はシルキーの一部なのだろう。つまり、シルキーは物質を己の一部として取り込むことが出来るわけだ。
僕達は遠い場所に建てられているマッキノンの邸へ移動したわけではなく、言ってみれば、
『……つまり、僕達は彼女の中にいて、僕は彼女の一部を食べてたって事?』
ようやく理解出来たらしい。ロナルドは空中を漂いながら百面相をしている。考えようによっては実に恐ろしい話かもしれない。知らぬ間に他者の肉を喰らい、他者の胃の中にいるのだから。
『うわわっ! キスだってしてないのに! うわー! うわー!』
違った。どうやら、 ヤツは頭の中がピンク色に染まっているようだ。
「……でも、ここはエレインの家なんですよね?」
双子の片方がダンブルドアに問い掛けた。
「その通り。如何なる理由なのか、わしにも分からぬ。おそらく、メアリーが関与している筈じゃ。あの子はマッキノン邸の事をよく知っていた筈じゃし、ミス・ストーンズをシルキーに変えたのも彼女じゃからな」
メアリー。エレインはローズと呼んでいた女。僕は彼女よりもその女について一歩踏み込んだ事情を把握している。前線部隊からは外されてしまったが、情報収集は怠っていない。ドビーを使えばこっそり扉の前で聞き耳を立てる必要すらない。
あの女はエレインの父親の姉であり、エドの……。
「どうしたの?」
声を掛けてきたのはジニーだった。この女は相手の懐に入る手管が巧みだ。気を抜けば、余計な事を話してしまいそうになる。
「……なんでもない。ポッターのところへ行けよ」
ジネブラに背を向け、僕は近くの壁に飾られている家族写真を見た。こんな物があるという事は、やはりここはマッキノン邸なのだろう。
瞼を閉じると、我が家に戻った時の事を思い出してしまう。母上の遺体を見つけた時の絶望が蘇る。かつて、ここでも殺人事件を起きた。犯人はエドの父であるダレン・トラバース。被害者はエレインの両親であるマーリンとバン。改めて考えてみると、実に数奇な運命だ。
エドワードが逃げ出した理由も分かる。同じ立場に立っていたら、とても耐えられない。もし、エドワードが両親を想って泣くエレインの姿を見ていたら、その場で喉を掻き毟っていたに違いない。如何に忌まわしくても、過去を変える事は出来ないのだから。
「考え事かい?」
驚いた。ガウェインやダンブルドア、物好きなジネブラ以外に、この場で僕に声を掛けてくる人間なんていないと思っていた。振り返ると、そこにはビルが立っていた。
「……別に」
「こんな状況だ。悩み事は早めに解決しておいた方がいい」
妙な男だ。まるで心配しているかのような言い草。ウィーズリー家の子がマルフォイ家の者を心配するなんてあり得ない。なにか狙いがある筈だ。
注意深くウィリアムの顔を観察する。すると、そこには見覚えのある表情が浮かんでいた。以前、エドワードが僕に見せたものだ。
―――― ドラコ達だって辛いんだ! それが、どうしてわからないんだよ!!
あの言葉に心を動かされた。最後の一線を踏み越えず、集めた情報をダンブルドアに届けたのはあの言葉があったからだ。
僕のことを心の底から案じている。
「……あなたには関係のない事だ」
「それでも、放っておけないんだ」
困惑した。互いに顔を知っているだけの関係。会話自体、これが初めてだ。それなのに、どうしてこんな表情を浮かべているんだろう。
「何故だ。僕はマルフォイ家の男だぞ」
「気に障ったのなら謝るよ。だけど、どうか一人で抱え込まないでくれ」
「なにを……」
「今の君はひどく危うく感じる。弟が多いからかな。なんとなく、分かるんだ」
「分かるって……、僕の何がわかると言うんだ」
「思い詰めているね」
言葉が咄嗟に出て来なかった。図星を突かれたのだと遅れて気づき、愕然となる。
「……開心術を?」
「魔法なんて使ってないよ。言ってみれば、長男としての勘かな」
「……わけがわからない」
不思議な男だ。兄弟の癖に、他の連中とは決定的な何かが違う。まるで、ダンブルドアと接しているような気分にさせてくる。あの不思議な安心感を感じさせてくる。
兄弟なんていないから分からないが、これが兄というものなのだろうか。もしかしたら、この男がエレインのように特殊な能力の使い手なのかもしれない。ウィリアム・ウィーズリーといえば、ウィーズリー家の神童として名高い。ホグワーツに在籍していた頃は首席を勤めていたと聞くし、その後の活躍も華々しいものだ。純血の血族が集う夜会の席で名が挙がる事も少なくなかった。
「ドラコくん。君は一人じゃない」
力強い口調でビルは言った。
「君は頼っていいんだ」
戯言をほざくな。そう口にしようとして、出来なかった。ビルの言葉が抵抗する間もなく心の中へ入り込んでくる。浸透していく。
「君の力になりたいんだ」
「……同情しているのか?」
ビルが僕に構う理由。思いつくとすれば、それは両親の死。
「していない……、と言えば嘘になる」
「余計なお世話だ」
「すまない。だけど、君を一人にしたくない」
「……僕はあなたの弟じゃない」
「……ああ、分かっているよ」
分かっているけど、分かっていない。複雑そうな表情が、そんな彼の心中を物語っている。要するに、末の弟の死がトラウマになっているのだろう。愛する者の死は、例えゴーストとして帰って来てくれても癒やされるものではないらしい。同い年だからか、僕をロナルドと重ねてしまっているのだ。
「不愉快だ」
「……すまない」
哀しそうな表情を浮かべるビルにため息が出た。似ていない筈なのに、僕も彼とエドを重ねてしまっている。面倒な共通項を見つけてしまったせいだろう。
「……友達が心配なんだ」
つい、零してしまった。
「エドワード君の事かい?」
顔を右手で覆いながら、僕は頷いた。
「似合わない事を言っている自覚はある。……けど、エドは友達なんだ」
仇敵であるウィーズリーの家にわざわざついて来た理由。
両親の仇を討つために加わった戦列から戦力外通告を受けても素直に従っていた理由。
両親の死を直視してまで手に入れた情報をダンブルドアに渡した理由。
言葉にすれば単純だ。僕はエドが心配だった。
「……エドだけなんだ。僕をマルフォイ家の長男としてじゃなくて、ドラコ・マルフォイとして見てくれたのは」
一年生の時にエレインから助けて以来、まるで犬のように懐いて来た。休暇明けに会った時、いつも嬉しそうに駆け寄って来てくれた。
マルフォイ家という魔法界の旧家に取り入る為でも、親が共に死喰い人だったという暗い繋がりからでもなく、ただ僕という存在に好意を持ってくれた。
「分かってしまうんだ。なにしろ、エレインよりも長い付き合いだからね」
エドは無謀な事を企んでいる。
「……悩み事があるなら相談しろよ。危険を犯すなら、助けを求めろよ」
悔しくて、涙が滲んでくる。
「友達だと思っていたのは、僕だけなのかよ……、馬鹿野郎」
「助けたいんだね、友達を」
「そうだ……。助けたいんだ!」
俯いていた顔をあげると、部屋中の顔が僕に向いていた。ビルにだけ零していた筈の本音を聞かれた。羞恥で顔が熱くなる。
「……そんじゃ、行こうぜ」
いつの間にか部屋に入って来ていたエレインに肩を掴まれた。
「あの馬鹿を連れ戻しに行くぞ、ドラコ」
さっきの涙が嘘のように勇ましい表情を浮かべ、エレインは言った。
「……ああ、行くぞ」
涙を袖で拭う。
「待ってよ! 行くって、どこに行く気なの!?」
ジネブラの言葉に僕達は確信を持って答えた。
「魔法省だ」