【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第七話『死』

第七話『死』

 

 エドワード・ロジャーはメアリー・トラバースが目の前に現れた時、彼女の正体を悟った。以前、エミリアの墓参りをした時に遠目で見た時には気付かなかったけれど、その顔立ちや瞳の色には覚えがあった。

 幼い頃の忌まわしい記憶。その中に彼女の顔があった。

 

「……どのツラ下げて、エレインに近づきやがった?」

「随分と怖い顔をするのね、エド。一応、私はあなたの母親よ?」

 

 メアリーの言葉に、エドワードが抱いたものは憎悪と憤怒の二つのみ。それ以外のなにも感じる事はなかった。

 

「そう、憎んでいるのね。当たり前か、私はあなたをダレンの下に残したまま……」

「そんな事はどうでもいい。お前は……、お前らはエレインの家族を殺した!」

 

 杖を構えるエドワード。対して、メアリーは動く事が出来なかった。恨まれている事は分かっていた。だけど、彼は自分の境遇の事ではなく、好きな女の子の為に憎悪を燃やしている。

 

「……エドワード・トラバース」

「僕はエドワード・ロジャーだ!」

 

 エドワードにとって、メアリーは既に母親では無かった。過ぎ去った過去であり、エレインの事がなければ感傷の一つも沸かない無価値な存在に成り果てていた。

 子供を捨てるという事はそういう事だ。自分から関係を絶っておきながら、メアリーはその事を理解していなかった。母として、憎んでもらう事さえ許されない。エレインに母親として慕われるエミリアの姿を見てしまったメアリーは、自分でも思ってもみない程に傷ついた。

 隙きを見せたメアリーに、エドワードが情けを掛ける事は無かった。意識を奪い取り、闇の魔術を施す。ダレンによって授けられた闇の知慧はメアリーの知識を簒奪し、彼女を覚める事のない悪夢へ封じ込めた。

 

「……人格の挿入。要するに、敵は二人って事じゃないか」

 

 エドワードは魔法省の入り口へ『姿現し』をした。案の定、魔法の入り口は軒並み閉ざされている。だが、それは人間用の出入り口に限られていた。敢えて残しているのか、本気で気付いていないのか、フクロウが出入りする場所に仕掛けは何も施されていなかった。

 地下数百メートルを物理的に掘り進む事も可能だが、それでは辿り着く前に疲弊してしまう。罠の可能性はあっても、エドワードは躊躇わなかった。魔法省が管理しているビルの屋上に設置されたフクロウの出入り口へ飛び込む。空間を弄られているが、わざわざ人間を弾く細工など無く、フクロウが通り過ぎる事もなかった。辿り着いた先は地下二階の魔法法執行部。そこでは職員達が業務に取り組んでいた。至って普通の光景だ。フクロウの出入り口から現れた少年を一切気にしていない事を除けば……。

 

「……まあ、当然だよね」

 

 ヴォルデモートが行った事は人格の挿入。だが、挿入された人格は果たして長時間自我を保っていられるものだろうか? メアリーの知識によれば、ベラトリックス・レストレンジという死喰い人の中でもとりわけ忠誠心の強い女の人格を使っているそうだが、如何に精神の頑強なものでも、己以外の肉体に閉じ込められて平気な筈がない。

 おそらく、人格交代の為には条件が設定されている。

 

「なるほどね」

 

 ベラトリックスの人格に交代していないという事は、ここで業務に励んでいる者達は彼ら自身のものという事だ。おそらく、条件は己の仕事以外の行動を取る事だろう。イレギュラーが起これば、その時だけベラトリックスの人格が現れて修正を行う。実に効率的で、実用的な運用だ。

 ヴォルデモートの目的がなんであれ、魔法省の機能をダウンさせるわけにもいかなかったのだろう。イギリス全土に散らばる魔法契約や結界の運用、煙突飛行ネットワークなどのライフライン、制御不能な者共の封印など、魔法省には重要な役割が数多く存在する。

 つまり、ヴォルデモートは別に世界を破壊する事が目的ではないのだろう。エドワードは安堵しながら部屋を横切る。杖を向ければアウトだろうが、横切るだけならば問題ない。重要な事はイレギュラーを起こさない事だ。それだけで大分楽になる。

 仮に全員が一斉にベラトリックス・レストレンジに覚醒しても対処は可能だ。むしろ、全員が同一の思考の下で動くのならば有象無象を相手にするよりもよほど容易い。けれど、出来る事ならば本命の為に体力を残しておきたかった。これは行幸だ。

 

「……こっちだね」

 

 メアリーの知識から読み取ったヴォルデモートの性格を下に考察した結果、相手は十中八九魔法省大臣室に居座っている筈だとエドワードは結論づけていた。自分の存在を視認して、僅かでも挙動を変えた人間を人格交代が終了する前に石化呪文で止めながらエレベーターに乗る。

 予想した通り、何の問題もなく地下一階へ上がる事が出来た。目の前の扉を開くと、そこにはキングズリー・シャックルボルトの姿がある。反応する前に石化させ、ロープで体を拘束する。そして、魔法省大臣室に向かって悪霊の火を放った。

 

「……驚いたな。お待ちかねの客人を出迎える為に準備をしていたのに、全て台無しだ」

 

 軽口を叩きながらエドワードの悪霊の火をくぐり抜けて、ヴォルデモート卿は姿を現した。

 

「そして、これも驚きだ。アルバス・ダンブルドアや、ハリー・ポッターを差し置いて、マッキノン家の生き残りですらない君は、一体誰だい?」

「エドワード・ロジャーだ。お前は倒しに来たぞ、ヴォルデモート」

「エドワード……。エドワード・ロジャー。サッパリだ。聞いたこともない。だけど、侮りはしないよ、エドワード。ここに来れた時点で、君を僕の敵として認めよう。来たまえ、超人(オーバーマン)。僕と友達になろうじゃないか」

 

 挨拶代わりの一撃。ヴォルデモートの放った麻痺呪文は、エドワードの麻痺呪文によって相殺された。互いに詠唱を口に出していない。

 

「素晴らしいよ、エドワード。並の者はこれで終わっていた。才ある者でも、対応出来た者は少なかった筈だ。いいだろう、君は資格を得た! この僕と戦う資格を!」

「……仲間は呼ばなくていいのか?」

「まさか! 冗談は止してくれよ。君との時間を誰にも邪魔などさせないよ!」

 

 そう言うと、ヴォルデモートはベラトリックス・レストレンジに人格交代したキングズリー・シャックルボルトに悪霊の火を放った。

 燃やされながら苦しみに喘ぐ配下に興味を示す事もなく、ヴォルデモートは杖を掲げる。

 

「さあ、神聖なる決闘の儀だ。作法はもちろん、知っているよね?」

 

 エドワードは無言のまま杖を掲げ、頭を下げた。その姿にヴォルデモートは満足の笑みを浮かべ、同じように頭を下げる。そして、両者の頭が上がり、視線が交差した瞬間、魔法使い同士の決闘は始まった。

 初手から放たれた魔法の色は緑。死を告げる最悪の闇の魔術が互いを喰らい合うようにぶつかり、その奥の敵へと噛み付く。けれど、既にエドワードとヴォルデモートは互いに呪文の範囲から離脱していた。無言呪文を間に挟み込みながら、五度ぶつかり合う緑の閃光に、ヴォルデモートは歓喜した。

 

「なんという事だ! 僕以外では初めてだぞ、エドワード! 死の呪文をこうまで巧みに操るとは!」

 

 アバダ・ケダブラは一度でも発動すれば、並の者は立っていられなくなる程に消耗する呪文だ。それを五度も発動させながら、エドワードに疲労の色はない。類稀なる才能だ。そして、それを御し切る業を併せ持っている。

 

「君は一体、何者なんだい!?」

「僕はエドワード・ロジャーだ! それ以外の、何者でもない!」

 

 エドワードはヴォルデモートの足元を爆破した。足元を崩されたヴォルデモートは飛行術によって体勢を整え、杖をエドワードに向ける。そして、目の前に迫りくる鳥の群れに目を見開く。無言呪文で繰り出されたエイビスとオパグノ。どちらも決闘で使うような呪文ではなく、どちらかと言えば悪戯用の呪文だった。

 

「クソッ、散れ!」

 

 鳥共を払い除けたヴォルデモートに緑の閃光が走る。殺すことだけを目的とした攻撃。それは死喰い人の戦い方だ。ヴォルデモートがこれまで戦ってきた善なる者達が決して選ばぬ蛮行。

 

「甘いッ!」

 

 それでも、ヴォルデモート卿には届かない。通常ならば回避行動など不可能な空中で、ヴォルデモートはありえない軌道を描き回避する。箒を使わずに空を舞うヴォルデモート卿にのみ許された絶技。そして、ヴォルデモートは死の呪文を唱えながら杖を振り上げ、間近に接近するエドワードの姿に目を見開いた。落ちていた羽ペンに変身呪文を掛けて、作り出したナイフをエドワードはヴォルデモートの腹部に突き刺した。そして、刃を立てて腹部を引き裂き、心臓を突き破る。

 心臓の破壊によって絶命したヴォルデモートの肉体から、彼の魂が抜け落ちていく。その魂に対して、エドワードは杖を向けた。

 

『まさか……、貴様ッ!?』

「……言った筈だ。僕はお前を倒しに来たんだ。逃がすわけ無いだろ」

『待て、止めろ! ベラトリックスは何をしているんだ!? この男を止めろ!』

「この部屋にいたベラトリックス・レストレンジはお前が殺したじゃないか」

 

 杖から放たれた呪文はヴォルデモート卿の魂を凍てつかせていく。ダレン・トラバースが息子に与えた闇の秘術は、死後の安息を禁じ、物言わぬ氷像を作り上げた。

 

「……これで、エレインは僕を認めてくれるかな」

 

 エドワードは氷像に向けて呪文を唱える。それは分霊箱さえ焼き尽くす悪霊の火。固定化された魂に逃げ場などなく、ヴォルデモートの魂は静かに呑み込まれていった。

 

「君は友達が欲しかったんだね。君がウィーズリーを殺さなければ、もしかしたら友達になれたかもしれない。君にも、君を導いてくれる強い光が傍に居てくれれば良かったのにね」

 

 そう呟いて、部屋から立ち去るエドワード。そして、階を降りた先には無数の人だかりが出来ていた。どうやら、地下八階のアトリウムに招かれたようだ。

 

「……よくも、よくも!」

 

 彼らは一様に涙を流していた。

 

「そうか、そうだよね。君達は印を通じて繋がっている。だから、主の消滅を感じ取ったのか」

「小僧が、よくも!」

「許さぬ! 絶対に許さぬ!」

「生きては返さぬ! 安楽の死も与えぬぞ!」

 

 狂人の群れの前で、エドワードはため息を零す。意思が統一されていれば脅威ではなかった。けれど、彼女達は狂っている。憎悪と憤怒に身を委ね、ただ本能のままに暴れまわる。

 まさしく絶体絶命だ。本命を倒す事に意識を傾け過ぎた。

 

「まさか、悪霊の火で焼き尽くすわけにもいかないしね」

 

 もしも、ここで死んだらエレインは泣いてくれるだろうか?

 きっと、泣いてくれる。彼女の一番にはなれないかもしれないけれど、彼女の心に永遠に残り続ける事が出来るかもしれない。そう思うと、死も悪いものではない気がしてくる。

 

「来なよ。仇を討ちたいんだろう? そう簡単には死んであげないけどね!」

 

 僕に出来る事は、あとは少しでもベラトリックス・レストレンジ軍団の数を減らす事だけだ。後はダンブルドア校長先生達に任せればいい。世界は平和になり、エレインはエミリアと幸せに暮す事が出来る。まさしく、ハッピーエンドだ。

 

「ばいばい、エレイン」


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