【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第七話「トロール」

 金のスニッチを見つけた。自分でも驚く程滑らかに箒が動いてくれた。今の私は獲物を狩るハンターだ。急発進、そのままスニッチ目掛けて真っ直ぐに突き進んで行く。

 霍乱するかのようにジグザグに動くスニッチ。だけど、その程度の動きじゃ逃げられないぜ、セニョリータ。

 空は既に暗くなり始めていて、しかも相手は石ころサイズ。だが、スラムで生き抜いて来た経験は伊達じゃない。マクゴナガルに邪魔されるまで、連戦連勝だった私のハンティングスキルは一級品だ。

 後一メートル。今のスピードなら、もはやあってないような距離だ。腕を伸ばす。

 

「オラッ!!」

 

 捕まえた。そう確信した直後、スニッチは突然急降下を始めた。慌てて追い掛ける。すると、スニッチはぐんぐんと速度を上げて地面に迫って行く。

 

「にゃろう!!」

「ま、待って、エレイン!!」

 

 チョウが悲鳴を上げた。気付けば地面が目の前だ。慌ててブレーキを掛けるが間に合わない。

 地面までの距離が数メートルに迫った瞬間、スニッチが進行方向を九十度変えた。

 

「逃すかよ!!」

 

 スニッチを追って、私も箒を無理矢理持ち上げる。

 

「うらぁ!!」

 

 地面を蹴りつける。滅茶苦茶イテェ。けど、それより獲物(スニッチ)だ。

 

「ゲットォォォォ!!」

 

 掴み取り、そのまま地面を転がった。全身がバラバラになったように痛い。

 けど、この手に掴んだスニッチは離さなかった。

 

 ◇

 

 気付くと保健室にいた。どうやら、みんなが運んでくれたようだ。全身の痛みが取れている。実に快調。

 

「無茶し過ぎ」

 

 ハーマイオニーにポカリと叩かれた。

 

「悪かったよ……。っと、そうだ! そう言えば、メアリーに借りた箒は大丈夫か!?」

 

 あれだけ派手にすっ転んだわけだし、木を削って作った箒なんてひとたまりもないかもしれない。

 確か、箒の値段は結構高かった筈。血の気が引いていく……。

 

「それなら問題ありませんよ。箒には様々な呪文が掛けられているので、早々壊れる事はありません。だから、気にしないでいいわ」

「……ごめん」

「ふふ、それよりも凄かったわね、あの箒捌き。もう少し練習を積めば、シーカーの奥義《ウロンスキー・フェイント》も夢じゃないかもしれない」

「ウロ……、なんだって?」

「ウロンスキー・フェイント。練習してみたけど、私には出来なかった技よ。それこそ、ワールドカップに出場するような選手が使う技。あなたがスニッチを追い掛けて急降下した時の動きは前に公式戦で見たソレにとても良く似ていたの!」

 

 らしくなく興奮した様子のメアリー。どうやら、天才たる私はまた何か偉業を成し遂げてしまったようだ。

 

「本当に凄かった」

 

 変態ことジェイドが言った。

 

「あんな急降下状態から低空飛行へ切り替えるなんて並大抵の芸当じゃない。メアリー。お前の後継者を見つけたぞ!」

「後継者?」

 

 当の本人を差し置いて、ジェイド達は勝手に盛り上がり始めた。

 

「キャプテン! 後はキーパーだけッスね!」

「しかも、一年だ! 磨き甲斐があるよ!」

 

 シャロン・ニコラスとマイケル・ターナーのチェイサーコンビは瞳を輝かせながら言った。

 

「あーっと……?」

「エレイン!」

 

 反応に困っていると、いきなり両手をもう一人のチェイサー、アリシア・フォックスに掴み上げられた。

 

「クィディッチに興味あるか? あるよな? あるからここに来たんだもんな!」

「は?」

「エレイン!」

 

 急展開についていけなくなっている私の下にジェイドがズンズンと迫って来た。

 

「お、おう?」

「来年からお前が我がチームのシーカーだ!」

「マジで!? 私、一年だぜ!?」

 

 前に聞いた話じゃ、クィディッチの代表選手に選ばれるのは二年生から上のみの筈。

 

「ああ、俺とメアリーも今年一杯はポジションを譲るつもりは無い。だが、俺達は今年六年生でな。来年からは色々就職に向けて勉強に集中しないといけないんだ。だから、来年から俺達の後釜が必要になる。お前にはメアリーの後釜として、シーカーのポジションを受け継いで欲しい」

「……でも、箒乗ったの今日が初めてだぜ?」

 

 なってみたい気もするが、私はクィディッチ以前に箒乗りとしてもペーペーの素人だ。

 バットやグローブを初めて身につけた素人がクリケットチームのレギュラーになるのと同じくらい無茶苦茶な話に聞こえる。

 

「なんだと!?」

 

 ジェイドは驚愕の表情を浮かべ、メアリーと顔を見合わせた。

 

「し、信じられない。エレイン。それは本当なの?」

 

 メアリーは頬に手を当てながら慄くような表情を浮かべた。

 

「お、おう。だって、ちょっと前までスラ……、マグルの世界にいたからな」

「なんて事だ。本当に天才じゃないか! おい、エレイン。お前は自分がどれだけ素晴らしい才能に恵まれたか自覚しているのか!?」

 

 ジェイドは私の両肩を掴むと、真摯な眼差しを向けてきた。近くで見ると、結構な男前だ。

 ま、負けるものか! 絶対に視線は逸らさないぞ。

 

「お前が欲しい。お前が必要だ。頼む、その力を貸してくれ!」

 

 ジェイドの情熱的な眼差しにさすがの私も赤面不可避だった。

 顔と顔との距離が十五センチメートルの範囲に入って始めて――――、

 

「ジェイド。言い方をもう少し考えて下さい」

 

 メアリーの冷たい声が水を差した。

 ナイス! 非常に危なかった。ウィルに対して申し訳が立たなくなるところだった。

 

「そうッスよ、キャプテン。お前が欲しいとか、ほぼ告白じゃないッスか。十歳の子相手に……」

「変態だね、キャプテン」

「さすが、変態のキャプテン」

「おい、変態集団のキャプテンみたいな言い方は止めろ!」

 

 シャロン、マイク、アリスの順に変態呼ばわりされ、ジェイドは顔を引き攣らせた。

 

「十歳の子を赤面させる時点で変態のレッテルは不可避かと思われます、ジェイド」

「いやいや、俺様の魅力が老若関係なく女をメロメロにしちまうのは今更仕方無い事だろ?」

「やっぱり変態ッスね」

「違うと言ってるだろ! 俺が本当にメロメロにしたいのはメアリーだけだ」

 

 そう言って、メアリーを抱き寄せるジェイド。

 悔しがるな、私! クソッ、スラムには小汚いおっさんかガリガリのガキか欲に塗れたヤツしかいなかったから、どうにもイケメンを見ると心惹かれるものがある……。

 煩悩退散。私の本命はウィルだ。……ウィルと言えば、エドは大丈夫かな? 

 考え事をしていると、ツカツカ足音を立ててナースのおばさんが現れた。

 

「ここは医務室ですよ! 馬鹿騒ぎがしたいのなら出ておいきなさい!」

 

 みんなが追い出されてしまった。私も出ていこうとしたけど、今夜は安静にしていろとの事。パーティーも自粛する事になった。

 さすがの私も半泣きだ。鬼、悪魔、クソババア。折角のパーティー料理が……。

 

 ぶつぶつ泣き言を呟きながらベッドで横になっていると、遠くで悲鳴が聞こえた。

 鬼畜生(おにちくしょう)ことマダム・ポンフリーが様子を見に行ったが、中々帰って来ない。痺れを切らして扉を開け、外に出ると遠くで声が聞こえた。

 まだ、ハロウィンパーティーが続いているのか? 今ならババアも居ない……。

 

「よっしゃー! パーティーが私を待っている―!」

 

 後で怒られようが知った事か! 

 私は廊下を猛スピードで駆け抜けた。体は実に快調だ。むしろ、絶好調。ハロウィンパーティーではしゃいでも全く問題無い。

 

「ちくしょう、ババアめ! 今度、服の中にカエルチョコレートを入れてやる!!」

 

 声が近くなって来た。大広間とは反対方向な気もするけど気のせいだよな!

 

「よっしゃー!! ここからエレイン様も参戦するぜ!!」

 

 飛び出した先にはデカいおっさんがいた。

 

「……え?」

 

 足元には怯えた表情を浮かべる可愛い子ちゃん達(レネとハーマイオニー)

 数秒考え込んだ。だけど、さっぱり状況が理解出来ない。ただ、一つだけ分かる事がある。それはデカいおっさんが明らかに危険人物だという事。

 何しろ、身長が13フィート以上もある。おまけに肌が緑色。イボだらけで気持ち悪い。さっきから、ブーブー唸ってウルセェし、なんだこいつ?

 

「だ、駄目よ! 逃げて、エレイン!」

 

 ハーマイオニーが叫んだ。オーケイ、少し理解した。逃げろって叫ぶくらい、こいつはヤバイという事だ。

 そんなヤバイ奴相手にどうこう出来る二人じゃない。

 

「こっちむけ、クソッたれ!!」

 

 私は迷わず近くの甲冑から兜を奪い取り、全力で投げつけた。

 脳天に直撃した筈なのに、おっさんはボケッとした顔を浮かべてブーブー唸るだけ。こっちを振り向きもしない。

 私は鎧を杖で叩きまくった。ガンガン音を立てると、漸くおっさんがこっちに意識を向けた。

 

「こっちだデカブツ!! やーい!! おまえの父ちゃんデーベソ!!」

「な、何してるの!?」

 

 おまけとばかりに籠手を投げつける。ガシャンと音を立てて直撃すると、今度こそヤツは私に狙いを定めて襲い掛かって来た。

 

「こっちだ、こっち!」

 

 追いかけっこの始まりだ。とにかく、あの二人から引き離さないと何も始まらない。

 動き自体は鈍いが、なにしろデカすぎる。ヤツの一歩が私の三歩分以上あって、意外とデッドヒートしている。

 

「ベロベロバー! アーホ! バーカ! オタンコナス!」

 

 挑発しながら走っていると一気にスタミナが切れた。慌てて、近くまで来ていた大広間に飛び込む。

 誰かしらいると思ったのだ。ところがどっこい! 誰もいない。美味そうな御馳走や綺羅びやかな飾りが残っているだけだ。

 

「ちっくしょう! 滅茶苦茶楽しそうじゃねーか! 私も参加したかったー!!」

 

 近くの皿からチキンを掻っ攫い、口に入れながら入ってきたウスノロを睨みつける。

 ヤツは棍棒を振るった。冗談みたいに高く飛び上がるテーブルやイス。アホっぽい顔やウスノロな動作と裏腹にパワーだけは凄まじい。

 

「へっへっへー、私が無策で飛び込んだと思うなよ!」

 

 実は無策だけど気持ちだけは負けないぞ。

 聞こえているのかいないのか、はたまた理解が出来ていないのか、おっさんは私の挑発を無視して迫ってくる。

 

「……これ、結構ヤバくね?」

 

 飛び掛ってくる13フィートオーバーの緑のおっさん。

 一か八か、賭けに出るしかない。

 

「おりゃああああ!!」

 

 棍棒を振り上げた瞬間を狙って走り出す。脇の下をすり抜けて、入り口に向かってダッシュだ。

 

「クッセェェェ!!」

 

 脇の下の匂いが半端無く臭い。

 涙が滲み、視界がぼやけた瞬間、私は大広間の扉を抜けた。慌てて扉を閉める。

 途端、まるで内側から爆発でもしたかのような衝撃が走った。扉を凄い力で押し開けられたらしい。

 吹っ飛ぶ私。スーパーボールみたいに何度も地面を弾んだ。

 

「エレイン!!」

 

 なんだか凄く聞き覚えのある声が聞こえた。

 おいおい、意識が飛びそうな時に勘弁してくれよ。

 

「逃げろ……、エド」

 

 私の意識はそこで途絶えた。


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