【TS】ソードアート・オンライン - ブラッキーの秘密 - 作:みいけ
オーディナルスケール、見てきました。
特典の小説も無事ゲットして気分上々です。
それから、お気に入り件数1000突破、本当にありがとうございます!
第19話「黒猫、育成中」
迫る切っ先が獰猛に輝いていた。
太刀筋は右
得物の奥から覗く相手の目線を窺う。
「……!」
振り下ろされる刀に対して、こちらの得物は随分とリーチが短いダガーだ。
側から見れば、まず以って武器の相性が悪いと分かる……が、しかし。
見える。分かる。
合わすべきタイミング、腕の振り方、踏み込みが。先程までの《慣らし》が活きている。
ギリギリまで引きつけた刀身をその短身の刃にて滑らせるようにして受け止め、いなす動作の勢いを殺さずに相手の懐に入り込む。
そして、
「ッ、らァ!」
相手の刀身を明後日の方向へと誘導したダガーを素早く身体の前へと引き戻し、そのまま滑らせるように目の前の首筋を深く斬りつけた。
同時に眼前の敵────亜人型モンスター《ルインコボルト・ウォリアー》は、苦しげな呻き声を最後に無数のポリゴン片へと姿を変えていった。
三分ほど前から続いていた戦闘は、たった今止めの一撃を以って決着した。隙のない動作で見事勝利を収めたそのプレイヤーは、目の前に現れたリザルトウインドウを目にして、緊張していた意識を弛緩させる。
同時に、湧き上がる喜びを渾身のガッツポーズと叫びへと変換した。
「……おっしゃあ! なあ、なあなあ! 見たか? 今の見てたか!? 俺やったよ! ホントマジスゴくねえか!?」
見たか見たかよ見ましたか三段活用! などと若干意味のわからないことを言いつつ、そのプレイヤー、ダッカーは近くで様子を見守っていた仲間たちに駆け寄った。
「ああ、バッチリ見てたぞ! なんだよ最後のアレ、すげえじゃん!」
「刀をいなして距離を詰めるとことか、鳥肌立ったよ」
仲間────ササマル、テツオがそれぞれ興奮気味にダッカーに答え、互いの拳と拳をそれぞれ合わせた。ハイタッチに代わる、男同士の健闘を讃える挨拶といったところか。
そして、ダッカーに言葉をかけるのはもう二人。
「おめでとう、ダッカー! すごいじゃないかっ」
「ちゃんと訓練通りに動けてたね。受けたダメージも思ったより少ないし……『合格』だよ」
柔らかな微笑みを浮かべたケイタと、どことなく達成感を感じているような表情のアスカだ。二人もまた、ダッカーと互いに拳を合わせた。
今しがたダッカーが倒したのは、ここ第11層迷宮区タワーにて湧出するモンスターの中でも最上位の難敵だ。俊敏な動きを以って繰り出される《刀》スキルは、当時の攻略組にとってもその独特なモーション故に単独撃破することは容易ではなかった。そんな相手を見事一人で倒しきることが出来たのだから、先程のダッカーたちの喜びようも無理からぬことだろう。
喜び合う四人を小さな笑みとともに見やっていると、アスカの聴覚は新たに聞こえてくる足音を捉えた。そちらに視線を向ければ、二人の片手剣士が手を軽く振りながらこちらに歩み寄ってきているところだった。
一人は盾持ち。黒猫団の紅一点、サチだ。
一人は盾無し。全身を黒色の装備で統一し、サチに片手剣の指南をしているプレイヤーだ。
その剣士の髪は、
その剣士の顔は、やや大きめのネックウォーマーのようなもので口元が覆い隠されていた。黒色に近く、しかし仄かな青みを帯びた深い紺色の防寒具は、実際にはその名称にそぐわない役割を果たしている。つまり、
その剣士を見た相手にその名を教えれば、誰もが驚くに違いない。
まさか、素顔が謎だった
「や、キリト。こっちは丁度いま全員がノルマ達成したところだけど、そっちはもういいの?」
アスカの呼びかけに、おとなしそうな少年……に見紛う少女────キリトは、答える。
「今日のところは、ここまでにしとくよ。恐怖心はそんなすぐに克服できるものじゃないだろうし、少しずつ慣らしていかないと」
「そっか。……ま、とにかくお疲れ様、二人とも。今日はもう帰って、ゆっくり休もうか。お腹も空いてきたし、夕食にも丁度いい時間だ」
「ん」
「……うん」
キリトとサチが短く返事をすると、「みんなも呼んでくるね」と言ってアスカは四人に声をかけに行く。その背中を見送ってから、キリトは弟子の横顔を控えめに窺う。
俯き気味なその横顔からは、明らかに落ち込んだ雰囲気が見て取れた。
「……片手剣に切り替えてからまだ三日だし、あまり気にしすぎないで。最初は……それこそ、ベータテストの初日なんかは、俺だってまともに動けなかったんだから」
「でも、私……槍の時もそうだけど、全然、役立たずで……」
「そんなことないって。……大丈夫。何度でも教えるし、何度でも守るから。ゆっくりでいいんだよ」
身長は彼女よりも低いけれど、怖がりな彼女を支えてやるのが自分の役目。
そう思って、キリトはほんの少し背伸びをして、サチの頭をポンポンと撫でた。
… side Kirito …
1.
髪を切ろう。
そう思ったのは、アスカと共にアルゴやクラインの元を訪れる道中でのことだった。
これまでフードを被ってきたのは、もちろん顔を隠すためでもあったのだが、同時にこの長い髪も隠したかったからというのも理由の一つだ。
今では男口調やそれっぽい立ち振る舞いにも慣れてきたので、少しくらいなら顔を見られても女と悟られない自信はある。
女顔の男、なんていうのもいないわけではないし、というかアスカがそうだから、その点はあまり心配していない。
が、やはりこの長い髪があってはそうもいかないだろう。
髪型というのは人の印象を特徴付ける大きな要素のひとつだと思う。「女みたいな顔立ちで髪はこんなに長いけど、男なんです」というのは、なかなか苦しい言い訳に聞こえる。
アスカと違って声だって高いしな。
何故今このタイミングで、と訊かれたら、オレはその理由を話すのに躊躇ってしまう。周りからすれば、そんなことかと一蹴されるのは想像に難くない理由だからだ。
もちろん、これまでにも切ろうかなと考えたことはある。
街のNPCショップで手頃な短剣と手鏡を買って、宿の一室にて試したのだ。しかし、そこでシステムの融通の利かなさというものを目の当たりにした。
圏内ではプレイヤーのHPが減ることはない。けれどそれは、《部位欠損》状態にならないということではなかったのだ。
《部位欠損》とは状態異常の一種で、文字通り身体の一部が欠損した状態になってしまうというバッドステータスなのだが、十数分もすれば欠損した部位は元通りに回復する。
結果から言うと、髪を切ることはできた。しかし、それはあくまでも《部位欠損》扱いだったのだ。
つまり。
一定の時間が経つと、髪の長さは元通りになってしまう。
ならば、髪の長さを変えたいプレイヤーはどうすればいいのか? 当然、そんな疑問が湧いて出る。
そこで、アルゴにそれとなく聞いてみたところ、アインクラッドには専用の《ハサミ》や《ヘアサロン》なるものがあるということを知ることができた。
簡単なヘアスタイルの変更────例えば、ポニーテールなどの《結ぶ》ことでセットできる髪型などはデフォルトのオプションとして手元の操作をしたり、単に直接結うことでも可能だが、その他の少し凝った趣向の髪型や色彩にするためには、初期設定以外では専用アイテムと《ヘアサロン》を利用する他ないらしい。
専用アイテムは《理髪スキル》を取っていないと使えない。
《ヘアサロン》は、店舗数が少なく立地は入り組んだ路地であることが多い。
要は、今まで髪を切ってこなかった理由というのは。
……面倒くさかったからだ。
いや、分かっている。面倒だからといって、視界を狭めてまでして隠すことにデメリットしかないことくらいは。
しかし考えてもみてほしい。
基本的にはソロで気ままにやっているとはいえ、オレとて攻略組の端くれだ。
いや、ここ数ヶ月はアスカと一緒にいるから、ソロとは言い難いかもしれないけど。
それでも、オレの根底にあるスタンスは、あくまでもソロだ。
故に、ひとまず対処できていることのために、わざわざレベリングやクエスト遂行の時間を奪われたくはない。
もっと言えば、《ヘアサロン》はそれなりに値が張るものだ。
浪費癖のあるオレとしては、コルを使うなら消耗品の方に回すことを選ぶ。
……アスカに素顔を見せたくなかった、というのもあったが。
ともあれ、髪を切ることにした。ケジメをつける、と言ってもいい。
アスカに対して隠し事はなくなったし、狭い視界では隙ができることも多くなってきた。
層を重ねるごとに難易度は上がっていくのだから、この発起は必然だったに違いない。
昔のアスカでは無いが、遅いか早いか、それだけの違いだったということだろう。
***
アルゴ、クラインと会って、心配を掛けてしまったことを謝罪する旨のメッセージをエギルたちにも送った後。
アルゴに教えてもらった《ヘアサロン》で用を済まして、アスカと合流すべく入り組んだ路地を行く。
彼と一緒に行くのはなんとなく気恥ずかしかったので、適当に言いくるめて別行動を取ってもらったのだ。
一応、鏡を見て仕上がりを確認したので、変な風にはなっていないと思う。努めて低い声で男口調を話し、口元をマフラーか何かで覆い隠せば、
身体の起伏に関しては考える必要がないので、滅多なことがない限りは女であることは露呈しないだろう。
自分で言っていて釈然としないけどな。
そんなことよりも、やはり客観的な感想も聞いてみたい。
アスカから見て不自然でないなら、男装はそれで良しとしよう。
……似合ってるね、とか、言って貰えたりするのだろうか。元が根暗女だったから、
……彼に、悪い印象は持たれたくないもんな。
何故か、緊張するな。
髪型を変えて、それについて感想を貰うなんてことをあまりしてこなかったせいだろうか。
僅かばかりの不安と期待が混じり合った
それはさておき。
そろそろ、昼だ。朝、ケイタに伝えた通り、そろそろ黒猫団のみんなが待つ第11層まで戻らねばならない。
約束を反故にする気は毛頭ないし、彼らとアスカを一度会わせておきたい。
黒猫団の男衆は特に攻略組への展望が強いから、《閃光》の名を与るアスカと接触することも何かしらプラスに働くだろうし、逆に、アスカにとっても、将来的な戦友を知っておくことは無駄にはならないだろう。
ひとつだけ気がかりがあるとすれば、サチの片手剣士転向があまり芳しくないことだが……それについても、折を見てアスカに何か意見を聞けたら、と思う。
2.
「あれ? ……アスカ、だよね?」
待ち合わせの修練場前でケイタがそう言ったものだから、《閃光》アスカの勇名はやはりミドルゾーンのプレイヤーたちにも周知のことであるらしい、なんて再確認した矢先。
「や、みんな久しぶり」
どうやら、人の輪というのは意外なところで繋がっているもんだなぁ、と、どこか他人事のように感心した。
話を聞くと、アスカと黒猫団は以前に攻略会議で出会ったことがあるらしい。
会議にはオレも毎回のように彼と参加しているので、そのことを知らないはずは無いのだが……。
……もしかして、あの時のことなのだろうか。
正直言って忘れてしまいたくなるような、思い出すだけでも枕に顔を埋めて悶絶してしまうような奇行に走った、第15層の時の。
これはアレだな。
早急に話題を変えて、オレの数ある黒歴史の一片が蒸し返されるのを阻止しないと。
オレのいない間にアスカが彼らと何を話していたのかは知る由もないが、その時にオレが居なかったという事柄からは是非とも焦点を外しておいてもらいたい。
「ところで、キリトっ。髪、短くしたんだね?」
意図せず、サチからの助け舟が入った。
「まあ、な。まだちょっと慣れない感じはするけど」
「大丈夫、似合ってるよ! ボーイッシュっていうのかな? カッコかわいい感じで良いと思う!」
「そ、そう……」
時折、サチはこうしてとても楽しそうに喋ることがある。
正直、普段の物静かな佇まいとのギャップが大きいので今でもあまり慣れないのだが、褒めて貰える分には悪い気はしない。
出会って日が浅いこともあって、彼女については知らないことの方がまだまだ多い。
本当は、こういったとてもフランクな一面があるのだろう。
テンションが上がっていたとは言え、出会ったその日にオレを部屋に引っ張り込むくらいだからな。
「俺も、その髪型いいと思うぜ。どっからどー見てもカンペキに男だ!」
「おい、ダッカーやめろって、それかなり失礼なこと言ってるぞ」
「は? だって、男装の一環なんだろ? 昨日、性別隠してるって言ってたじゃん」
「それはひとまず置いとけ。いくら女の子っぽさが一層無くなったからって、その感想はないわ」
……。
そうさ。この髪型には、男装の意図もある。ダッカーの言ってることは、まあ、ポジティブに受け止めようじゃないか。
ササマルの言ってることも、間違いじゃあ、ないさ。
胸は殆ど無いと言っていいし、立ち振る舞いや口調も、男らしさを意識してるからな。
女らしさなんて、とうに諦めがついているさ。
ああ、分かっているさ、テツオ君にケイタ君。
そんなに申し訳無さそうな目線で謝らなくたって、君たちには何も後ろめたいことはない。
ちょっと、あの二人が正直すぎるだけさ。
大丈夫だいじょうぶ、何も気にしてなんかいないさ。
よし、落ちついた。
今この間にも、「よっ、男前!」と言ったりしているダッカーと、「だからよせって、一応女の子なんだぞ」と彼を諌めるササマル。
二人に言うことは、既に決まっていた。
「二人とも。お前らだけ、ノルマ倍な」
それはそれって言葉、知ってるか?
***
《修練場》とは、その名の通りプレイヤーたちが研鑽を積む為の施設である。どの層にも必ず二箇所は設置されており、ここ第11層もその例に漏れない。
ソードスキルの空撃ちで熟練度を上げるのも良し、デュエルにて模擬戦をするのも良し。パーティーの連携を確認する為なんかにも、修練場は利用されることが多い……らしい。オレは殆ど利用しないので、クラインからの伝聞情報だけど。
現在オレたちが居るのは、迷宮区タワーの最寄りの町にある修練場だ。テニスコート三つ分ほどの広さは、フルパーティーが三つ入っても充分な訓練スペースを確保できるだろう。
第11層は前線からはだいぶ離れていることもあって、街中は閑散としている。これといった観光スポットがないことも、それに拍車をかけている。
修練場も同様に、人影は全くなかった。事実上の貸切状態だ。
本当はこんなにだだっ広い場所でやる必要もないのだが、そこを自分たちだけで独占している、というのも、偶にやるなら気分が良い。
隣を歩くアスカも、
「へぇ、誰も居ないんだ。こんなに広い場所に僕たちだけだなんて、ちょっと悪い気もするかな?」
とは言いつつも、心なしかちょっと嬉しそうだ。珍しい。
ちなみに、彼も黒猫団の訓練を手伝ってくれるらしい。
理由を聞いたら、何故かそっぽを向いて答えてはくれなかったが。
まあいいや。
「それじゃ、これから訓練を始めるけど……万が一のことを考えてまだデュエルはしないから、そのつもりでよろしく」
足下の石畳を踏み進めながら、後ろに続く黒猫団の面々に告げる。
聞いたところ、彼らの平均レベルは22。
現在レベル49のオレとは間違っても対戦すべきではない。たとえ単発ソードスキルであっても、クリティカル判定が出てしまえば一撃でHPが危険域にまで及びかねない。
その辺りのことは彼らも承知しているのか、特に疑問の声は出てこない。
「みんなの中で、一番レベルが高いのは?」
アスカの問いに手を挙げたのは、メイス使いことテツオだった。が、すぐに他の四人に意見を求めるような素振りをする。
「でもまあ、レベルが高いって言っても俺は前衛だからってのがあるしなあ。一番戦闘慣れしてるのはダッカーだよな?」
「うん。元々喧嘩っ早いしね、ダッカーは」
ケイタの同意を聞いたダッカーがしたり顔で頷いているが、それって褒め言葉ではない気がする。
ま、それは置いといて。
「そういうことなら、まずはその二人から一人選んで。
オレが相手になるから、ちょっと攻撃を仕掛けてみてくれ。
オレは偶にカウンターで応戦するけど、基本的には回避と防御に徹するから、一撃でも入れることが出来たらそっちの勝ちね。
制限時間は……そうだな、三分間ってことで」
「ほほう、一撃でも当たれば良いんだな?
この俺に三分も与えたことを後悔させてやるぜ、キリト。《フーリッシュニット》と呼ばれたこの俺が!」
最初の相手はダッカーのようだ。一歩前へと進み出ながら不敵に笑うその顔には、何やら自信のようなものが見て取れる。
伊達に戦闘慣れしてると言われている訳ではなさそうだ。
本人が《
3.
二十分弱が過ぎて。
特に苦労することもなく五戦五勝したオレは、いつものように剣を左右に斬り払い、背中の鞘へと納めた。
別に勝ったからといって何が有るって訳でもないけどな。
……どうせなら、11層の隠れ名物と言われているパフェくらい賭けても良かったかな。
「うへぇ〜……全く当たらん!」
最後の相手だったササマルが大の字で倒れ、そんなぼやきを空に吐く。
ま、オレとしても、多少の意地くらいは持ち合わせている。そうそう勝たせてやる訳にもいかないね。
「……戦う前の俺を引っ叩いてやりてぇ」
「五人の中で少なくとも一人、一回くらいならいけると思ったのになぁ……」
ダッカー、ケイタの両名も落ち込み気味だ。
テツオとサチは、そんな三人を励まそうとしていた。
「し、仕方ないって! レベルだけじゃなくて、経験の差はやっぱりあるだろ」
「そ、そうだよ! だって、相手はキリトだよ? むしろ、差をちゃんと実感できて良かったと思うな」
ともあれ。
黒猫団のみんなと武器を向け合って、彼らの大体の実力は把握できたと思う。
良い点、悪い点、要改善点、エトセトラ。
連携については追々確かめていく必要もあるが、ひとまずは一人一人の力量アップだな。
……正直言って。
彼らを攻略組レベルまで育てようと思ったら、それなりに骨が折れそうだ。彼ら自身の努力は言わずもがなだが、オレも相当頑張らねばなるまい。がんばろう。
***
まずは、身のこなし方からだ。
と言っても、彼らとてこの半年を己が選んだ武器で生き抜いてきている。
各種武器の基礎的な動き、構え方などはメニューウィンドウの《ヘルプ》でも確認できるので、それを参考にして自分なりの体運びを身に付けているということは判った。
そこはいい。
ただ、先ほど相対して気付いたが、彼らにはやはり無駄な動きが多かった。
攻略組のプレイヤーたちを見ると、無駄な動きは意識的に排除して挙動の合理化を進めているのが普通だ。
その最たる者といえばやはりあのヒースクリフで、盾持ち片手剣士の理想型とも言われている。
それ故か、同じ武器を扱うプレイヤーの中には彼を模倣しようとする者もいるし、癪ではあるがオレも一部分だけ参考にしているところはある。
無駄な動きを意識的に無くしていくことが実力の向上に繋がると言っても良いだろう。
なので、まずはそれをやってもらう事にした。
黒猫団で二人組をつくり、擬似デュエルを行う。つまり、デュエル申請は行わずに、圏内の保護コードに守られた状態で闘うのだ。
オレと対戦する訳ではないが、剣道の回り稽古のような感じで一人が連戦する形となるため、このようにした。
一戦ごとに回復ポーションを使いたくもないからな。
そして、オレとアスカが分担して二人を観察し、気づいた時点で直した方が良い動きを指摘してその都度それを直させる。
その間、他の三人には修練場の案山子相手にソードスキルの空撃ちで熟練度を上げておいてもらう。
「ダッカー! フェイントならもっと動きを大きくしないと、相手は引っかからないぞ!」
「ケイタ、回避したらすぐに体勢を整えて!」
誰かに何かを教える事なんて、小さい頃直葉に算数を教えて以来だ。
勝手はまだあまりよく分かっていないが、訓練メニューの一つはこんなものでいいだろう。
***
そうして、修練場で一時間ほどを過ごし。
そろそろ次の鍛錬へと向かうことにする。
「はい、しゅーごーう!」
その号令で、ソードスキルの練度を上げていた三人がこちらに集まる。
「みんなお疲れ、一旦休憩にしよう。三分くらい休んだら、次は圏外に行くから、装備の点検しといてな」
「さ、三分……? わ、分かった」
ケイタの返事を尻目に、オレも念のために装備をチェックしておく。
もはや第11層で遅れを取ることなんてあろう筈もないのだが、やはり必要なことだ。
……圏外の敵は、モンスターだけとは限らないもんな。
***
「ああ、この場所か。僕もよくここでレベリングしてたよ」
「その時期はパーティー組んでなかったっけ」
「そ。君が、『そろそろ俺なしでも大丈夫だ』とか言い出した直後だったね」
「……上から目線で悪かったな」
黒猫団を連れてやってきたのは、オレも昔よく利用していた穴場スポット。とにかく、経験値効率が良いのが売りだ。
ここには、攻撃力はやや高いものの、行動パターンが単調で比較的倒しやすい昆虫型モンスターが数種類湧出する。
仲間を呼び寄せる能力を有したものも中には居るが、レベル20を超えていれば安全と言えるだろう。
「ここで、各自レベリングに勤しんでもらう。ノルマは、今日中に2レベル上げること。あっ、ダッカーとササマルは4レベルな」
「「なんで俺たちだけ!?」」
「さっきそう言っただろー」
「……ん? 答えになってなくないか……?」
テツオの冷静なツッコミはスルーして、早速始めてもらうとしよう。
「あ、万が一危なくなったら、すぐに逃げるか、ちゃんと大声で叫ぶんだぞ。すぐに援護しに行くから」
「……あのー、キリト、質問いい?」
「ん、どした」
「この狩場でレベルを2上げるなら、どのくらい掛かりそうかな……?」
おずおずと手を挙げたサチに、オレは答える。
「大体、三時間も頑張れば終わると思うよ」
某2名が絶句してるが、そんなものは関係ない。
こうして、オレの『黒猫団育成プラン』の核とも言えるレベリングは、始まったのだった。
4.
オレとアスカが、黒猫団の指南と前線の攻略を両立しながら過ごすこと、三日。
黒猫団の平均レベルが4ほど上がったので、そろそろ第11層の迷宮区タワーに挑戦してもらおうと思う。
はっきり言って、彼らのプレイヤースキルはまだまだ途上の段階だが、その分レベルだけは余分に上げさせたので相応のハードルと言えるはずだ。
そういえば、結局ダッカーとササマルがレベリングのノルマを達成し切ることはなかったな。
まあ、一日でレベルを4も上げるなんて、正気の沙汰では無いと言って忌憚ない。
そもそも達成出来るとは思っていなかったし。
アレを本当にやろうと思ったら、モンスターのリポップの関係もあって、休み無しで七時間は掛かるからな。
正直言って、オレは二度とやりたくない。
それはさておき、迷宮区だ。
今の攻略組からすれば鼻歌交じりに踏破できるようなエリアだが、黒猫団にとっては未踏の地。
少々
「昨日も言った通り、今日は迷宮区を登ってもらう……けど、その前に。三十分だけ、仕上げの訓練だ」
「仕上げ?」
若干緊張の面持ちで修練場に立つ五人の中から、声が上がった。
「そ、仕上げ。あそこにポップするモンスターは、亜人型でソードスキルを使ってくるんだ。
特に刀スキルは、軌道が独特でスピードも速い。そこでだ」
アスカに目配せをして、話の引き継ぎをそのまま任せる。
昨日話した通りに、頼むぜ。
「……みんなには、僕のソードスキルを実際に受けてもらう。眼に速さを慣れさせるんだ」
いわゆる、慣らし。
アスカのソードスキル────レイピアによる突き技は、攻略組でも随一の速さだ。未だにオレも反応が追いつかないことがあるその技を受ければ、対刀スキル戦の一助になることは間違いなしだ。
「正直、アスカの突きを受けたら大抵のモンスターのソードスキルは鼻くそみたいなもんだからな。避けるまではいかなくても、慣れておくのはかなりプラスだと思う」
「こら、女の子が鼻くそとか言うんじゃありません」
いて。
……オレはアスカを褒めてたはずなんだが、それくらいのことで叩かれるとは。
……まあいいか。
「……、とにかく。そういうことだから、早速始めてくれ」
***
こうして、黒猫団の迷宮区攻略は始まった。
今日、到達したのはタワー16階層。踏破済みでマップも有るとは言え、初日からかなりのハイペースだ。
先程全員のノルマが達成したようなので、今日のところはお開きとなる。
アスカに聞いた話では、ダッカーがかなり頑張っていたらしい。
この調子なら、明日には最上階────21階層に到達するのは確実だ。
どうやら黒猫団の成長は、思ったよりも順調に推移しているらしい。
帰り道、町へと続く道を行きながら、前を歩く男性陣を見やる。
「この調子でガンガン強くなってって、ギルドホームも前線近くに構えてさ! 早く俺らも攻略組に入ろうな!」
「ああ、僕らなら絶対なれる! 頼りにしてるよ、
「相変わらず、お前ら本当に仲良いのなー」
「おうよ! こちとら小三からの付き合いだかんな!」
「テツオ。黒猫団って、リアルではパソコン研究会のメンバーなんだよね」
「ああ、そうだよ。アスカはパソコンとか機械系に興味が?」
「ああ、いや、そういう訳ではないんだけど……。
みんな、本当に仲が良いんだなって思ってさ。羨ましいくらいだよ」
「ま、その分騒がしくもあって、サブリーダーの俺としては大変な時もあるけどね。やっぱこいつらと一緒だと、楽しいよ」
「はは」
アスカが彼らと会ったのも暫くぶりのはずだったが、三日の時間は打ち解けるには十分過ぎたようだな。
このままいけば、アスカもその内バカ騒ぎするようになるんだろうか……いや、無いな。
そんな、穏やかで心地の良い空気。
いつまでも浸っていたいような、ぬるま湯のような暖かみ。
────でも、問題が全く無いという訳では、なくて。
「……」
ケイタ、ダッカー、ササマル、テツオ。
とても楽しそうな彼らとは裏腹に────
────隣を歩くサチの横顔には、到底無視できない
個人的な黒猫団メンバーイメージ
ケイタ : リーダー。温厚な常識人。ダッカーとは親友。サチとは幼馴染。
テツオ : サブリーダー。みんなのまとめ役 兼 冷静なツッコミ役。
ダッカー : バカ。悪い奴ではないが、喧嘩っ早い。運動神経は良い。
ササマル : 無自覚に失礼な常識人。数字に強いのでギルドの資金を管理。
サチ : 紅一点。大人しく怖がりな性格。その反面、気を許した相手には結構フランク。料理担当。