【TS】ソードアート・オンライン - ブラッキーの秘密 -   作:みいけ

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第21話「火急の知らせ」

…side Kirito…

3.

 

黒猫団の戦闘指南も今日と明日の2日で終わり。

となると今日の迷宮攻略は、これまでの訓練で養った力を発揮する演習と言えるだろう。

 

前方でモンスターと対峙する5人を見つめる教官はオレとアスカ。

前線とは程遠いこの14層で、自分以外の戦闘場面を見つめるのも中々に手持ち無沙汰……だが乗りかかった船だ。しっかりと見届けねばならない。

 

「遠くから見てるだけって、なかなか落ち着かないよね……。

こっちも、たまに出てくるモンスターを倒してはいるけどさ」

 

どうやらアスカも同じ気持ちだったようだ。

いわゆる『保険』として彼らを監督することについては思うところもあっただろうに、呑み込んだ以上はその役割もなおざりにしない辺り、やっぱりアスカは真面目だ。

オレはというと、この辺りのモンスターは片手間で倒せてしまうこともあって、何か食べれるものはあったかなとストレージを漁っているというのに。

 

「ま、こればっかりはなぁ。昔から、『他人がプレイしてるゲームを隣から眺めるだけ』っていうのは退屈なものだよ」

 

言いつつ、行きがけに生えていた植物から調達したバナナのような果物をアイテムの一覧から見つけ出し、手元に実体化する。薄ピンク色の皮を剥くと、パイナップルめいた黄色の可食部からほのかな甘い香りが漂ってきた。

ジロリと視線をもらうが、アスカは特に何を言うでもなく、何か思案げに目線で空を撫でる。

前方の黒猫団は大丈夫そうではあるが、オレは念のためとそちらを注視し、アスカから監督を引き継ぐ。

 

「……」

「……ん、どしたの」

 

別におかしなことは言っていない筈だけどな。

たまにアスカは言ったことに沈黙で返事をしてくるから、そんな時には少し気まずい。

や、大抵はオレの面白くないジョークが原因なんだけどね?

今のは違うでしょ……?

 

ながら食いしようとしているところを呆れられたのかと僅かにそわそわしだしたところで、アスカはラグでもあったかのような間で返事をした。

 

「ああ、いや。君が言ったことなんだけど、ちょっと思ったんだ」

「……何を?」

 

左手のバナナもどきのことはひとまず見逃してもらえたらしい。

気持ち控えめに一口頬張ると、食感は梨、味は薄めた桃といった感じだった。不味くはないが、薄味のためか特別美味しい訳でもない。小腹を満たすには及第点といったところだ。

 

「他人のゲームを眺めるのが退屈なら……茅場晶彦は、今どこで何をしてるんだろうって。プレイヤーに紛れてこの世界にいるとか、無い話でもなさそうだろ?」

「……なるほどね」

 

茅場がプレイヤーに紛れ込んでいる可能性か。

確かに初日に、

この状況を作り出すこと自体が目的だ(ゲームであってもあそびではない)と言い放った彼のことだ。

せっかく作った世界に自分が参加しない訳がない。

 

とはいえ、以前下層でモルテやら一連の扇動PK騒動の時に考えたこと──彼らが茅場の協力者で、攻略を遅らせることを目的とする可能性(タチの悪いことに、結局奴らの行動理由は己の快楽のためと分かったのだが)──と同じように、折り返しの第50層にもまだ到達していない現状では茅場が妨害工作をしてくるとも思えない。

 

むしろああいうタイプこそ、ロールプレイングを思いっきり楽しんでそうだ。

もしかすると、茅場が扮するプレイヤー何某(なにがし)とすれ違ったことくらいはあるのかもしれないな。

何せ人口6000人の世界だし。

 

などと、茅場がこの世界に1プレイヤーとして存在する可能性を意外にも気楽に捉えていたところ、

 

「とは言っても、プレイヤーとして潜ったからって現時点で何かしてくる訳でも無さそうだし。気にするだけ無駄かもね」

 

アスカも同じ考えのようで、さほど危機感は抱いていないようだった。

バナナもどきの最後の一欠片を口に放り込み、残った皮はどうしようかと考える。

 

いつもなら、手から離れた後は時間経過で勝手に消滅してくれるので気にすることでもないのだが、数日前に「女の子がそんなこと(ハナクソ)言うなんて云々」と小言を頂いているので、その辺に皮を放り捨てるなんていうあまりお行儀の悪いことはしたくない。

 

ただでさえ料理スキル等女子力では男のアスカにも遅れを取っているので、対外的には男として振る舞っているものの、せめて性別がバレている彼の前ではこれ以上の女子度低下は免れたいところだ。

決してダッカーから「男にしか見えない」と言われたことを気にしているわけではない。断じて。

 

と、そこで前方に1つの敵影が見えた。

デミヒューマンのコボルト・ウォリアー。

そうだ、良いことを思いついた。

 

「OK、俺に任せてくれ」

「わかった」

 

片手剣を構える眼前の犬頭モンスターは、前方の黒猫団の面々にとってそうであるように、オレにとってもかつては強敵であった。この層に到達した頃は完全にソロだったから、余裕などなかったことは今でも覚えている。

が、それも過去の話だ。今では装備品の防御力も上がり、レベルも高いので安全マージンは余りある。精神的な安心感が段違いなのだ。

 

剣戟の最中に、相手の足元にバナナの皮もといトラップを仕掛ける余裕さえある。

湿地帯などのフィールドでは、足場のぬかるみが一定の確率でスリップを引き起こし、《転倒》状態に陥ることがあった。それは、モンスターとて同じ──その地形を得意とする種は別として──である。

しかしこの迷宮区のように、グリップが利く地面ならば足を滑らせてしまう可能性は非常に低い。それ故に《転倒》してしまった時にはそれが大きな隙となる。

 

ならば、意図的に相手をスリップさせられるとしたら?

そんな好奇心の答えを知れる機会、それが今だ。

果たして漫画作品よろしくバナナの皮で人は転ぶのか。

人型のコボルトなら検証相手として差し支えはないだろう。

 

剣の打ち合いの最中、鍔迫り合いに持ち込めるタイミングがあった。

拮抗させた剣の威力に、さらに体重を上乗せせんとコボルトが一歩前へと足を上げ────ここだ!

地面を踏み締める前に、左手にホールドしていた薄ピンク色の皮を添えるように滑り込ませた。

 

コボルトは驚いたかのように表情を歪ませ、しかし踏み出した足の進路は変えられず……見事にすっ転んだ。

ぬかるみに足を取られた時とは異なり、面白いくらいにツルンッ! と前のめりに身体が動き、一瞬宙を浮きさえした。

身体の前面から地面と抱擁する様は、さながら先ほど修練場で見たササマルの様子とよく似ていた。

 

「おお、本当に転んだ……」

 

呟きつつ無防備になった背面に容赦なくトドメの一撃をキメると、コボルトが消滅するのとほぼ同時にバナナの皮もポリゴン片となって消えていった。

 

「なに遊んでるんだよ……」

 

今度ばかりは明確に呆れられたとわかる声音で、背後から近づいてくるアスカに向き直る。

 

「あいや、ちょっとした実験ですよ、バナナの皮で転ばせられるかどうかの……ハハ……」

「まったく……、またそんな子どもみたいなことを」

「えー、これも戦術の幅を広げるためなんだよぅ」

「はいはい……」

 

結局呆れられはしたが、まあ、実験にかこつけてバナナの皮を処分できたので良しとしよう。

戦闘でお行儀悪いも良いもないので、女子度低下は免れたと思う。

 

ちょうどその時、黒猫団の戦闘もいち段落ついたようだった。

コボルトを尻目に見ていた限りでは連携は格段に上手くなっている。

 

サチの受け流しからの攻撃にはまだぎこちなさが残るものの、迷宮区のモンスターに遅れは取っていない。うまくスイッチも出来ている。

ケイタの指示とそれに呼応するメンバーのタイミングも良くなっているし、何より動きに無駄が無くなってきている。

このまま慣れ続けていけば、いずれはボス戦に参加していくことも出来るようになる筈だ。

 

全体的に見て少しの未熟さは残るものの、中堅一歩手前としては申し分ないだろう。

想定外のトラップやモンスターの群れに遭遇しない限りはそう簡単に崩れないパーティーといえる。

 

「……彼ら、強くなったね。このままいけば本当に、攻略組に加わる日もそれほど遠くないかも……」

 

アスカ教官も、演習前の渋面はどこへやら感無量といった様相だった。

オレとしてもみんなの成長は素直に嬉しい。

 

それ以降も一応の警戒態勢を取っていたが、手助けが必要となることもなく、黒猫団は迷宮区タワーの最上階へと辿り着いたのだった。

 

 

4.

迷宮区最上階の最奥。

かつて大サソリがいたボス部屋を後にして、次の階層へと続く螺旋階段を登った。

さながら山頂に辿り着いた登山家たちのように、黒猫団の喜び様は一入(ひとしお)だった。

 

「ここまで来れるようになれたのは2人のお陰だよ。キリト、アスカ。……ありがとう!」

 

その言葉に思うところは色々とあったが、なんとか視線を逸らすことなく指南役としての言葉を送る。

 

「みんなの頑張りがあってこそだよ。俺たちはやり方を教えただけだよ」

 

正直、レベリングに関しては相当なハイペースだったように思う。

彼らの今の平均レベルは30。出会った当初の平均レベルは確か22だったはずなので、この6日という短期間での上昇幅としては正直異常だ。

 

実態としては、黒猫団の実力より数段上の16〜20層に赴いてサポートとして付き添い、パワーレベリングの要領で経験値を稼いでもらうことが多かった。

普通のゲームならマナー違反と言われるだろうが、そのくらいしなければ攻略組とのレベル差は少しも縮まることはない。

 

もちろん、最初はオレとて本当にパワーレベリングをしようかという葛藤があった。

実力に不相応な上層へ行けば黒猫団にはそれなりの危険がついて回るし、なにより黒猫団の自尊心というか自立性というか、そうした部分に踏み込んでしまうのではないか、と。

 

他のネットゲームを経験していないアスカでさえ、その方法を説明した時には、

それはズルっぽいし、黒猫団に実力が身につかないままレベルだけが上がってしまうのは危険ではないのかとごもっともな指摘をくれた。

 

オレも最初は、まったく同じことを考えた。

しかし今は本物の命がかかっている状況だ。

 

かつてALSのフルプレっ娘リーテンが、偶然発見した無限増殖バグを利用しハイスペック装備を揃えたように、

利用できるものはなんでも利用して生存確率を上げていかなければならない。

 

ならばオレは、オレ自身のステータスを利用して、黒猫団が承知してくれるならばマナー違反など気にせずに彼らを強くすべきではないのか?

マナー違反と言われようとも、生き残るための手を尽くす────それも、他人を蹴落とすやり方ではなく、黒猫団を引っ張り上げる方法なのだから、何が後ろめたいことなどあるだろうか?

 

そんな思いがあった。

それが大義名分になるのではないかとさえ思った。

 

……いいや、やっぱり違う。

後から御託を並べることはいくらでもできる。

それらも理由の一片ではあるが、本心のところではそうじゃない。

 

もっと単純に、オレはサチたちに死んで欲しくないのだ。

 

25層でアスカに女であると露呈し、逃げ出した先で心を支えてくれた彼女たちに、生きて欲しいのだ。

 

アスカとの関係を自ら断つことなく、今こうして彼の隣に居られるのは黒猫団の温かさに触れたからだし、

それを抜きにしたって、ビーターというレッテルではなくオレ自身を見てくれた彼女たちに報いたいのだ。

 

そうした諸々(流石に本心の理由は恥ずかしいのでボカしたが)と共に黒猫団育成の方針をアスカに相談した時、彼は言った。

そう言うことなら僕にも手伝わせて欲しい、と。

 

色々と話し合った結果、

攻略の危険性については口を酸っぱくして言い聞かせることと、

随所ではきちんと黒猫団の実力に見合った11〜14層で個別レベリングを課してテクニックを鍛えさせるという案がアスカから出て、今日に至る。

 

きっと、だからだろう。

彼らなら大丈夫だと、そう思えたのは。

 

レベルを上げ、テクニックを身につけ、しかし常に危険と隣り合わせなのだと知った彼らなら。

 

だからこそオレはこう続けた。

 

「本当は明日までの予定だったけど……これ以上は蛇足かな。

俺たちは今日で前線に戻ろうと思う」

 

そう言うと隣のアスカは少しだけ意外そうな顔をした。

まあ、今決めたことだけれど異論はないだろう。

逆に黒猫団の面々は、ほんの僅かに不安そうな表情を覗かせた。何を言えば良いのか一瞬だけ考えて、しかし何も言葉は見つからない。そんな様子だった。

 

1人を除いては。

 

「そっか。……なんとなくだけれどね。今日パーティーの指揮を取って感じてはいたんだ。2人とは、ここでお別れになるんじゃないかって」

 

ケイタだ。彼は続けた。

 

「たぶん僕らはまだまだ荒削りだ。最前線に安全マージンをとって挑むにはレベルが足りなさすぎるし、プレイヤースキルも未熟だ。

けど、連携はなんとか形になってきて……手前味噌になっちゃうけど、キリトと出会った時よりも格段にチームの質は上がった」

 

そうだ。

1週間前、彼らはフィールドの雑魚モンスターを相手にするにしても、たどたどしいチームプレイをしていた。連携とはとても呼べるものではなかった。

それが今では見違えるようだ。

 

「連携が出来るようになったから、崩れにくいチームになった。……だから、これから地道に経験を積んでいけばやっていける。

そう思ってくれたんじゃないかい?

そのためにも、僕らは誰にも頼らずに、自力で這い上がらなきゃならない。蛇足って言ったのは、そういうことだろ?」

 

その言葉を聞いて、アスカはまたも意外そうな様子だった。

たぶん、今日の演習前に透けて見えていたケイタの甘い考えが変わったのを感じたからだろう。

オレもそのことを感じて、少し嬉しくなった。

甘い考え方は止めろと言う必要がなくなったからだ。

ケイタが自分で気付いてくれたからだ。

 

それを受けて、オレが言いたいことは1つになった。

ケイタと、テツオ、ダッカー、ササマル、そしてサチ。

みんなの顔を順に一瞥して、オレは少しの照れ臭さを感じながらも、しっかりと言葉を伝えた。

 

「そういうこと。……みんな、応援してる。

楽しみにしてるよ。いつか一緒に攻略できること」

 

それが実現した時、きっとオレは今日のことを思い出す。

対等な仲間として彼らと共に戦い、肩を並べられた時、この選択をして良かったと胸を張って思うだろう。

 

どこからともなくやってきた風が向かい合うオレたちの間を抜けていき、

草原を撫でて揺らしていった。

 

 

5.

黒猫団の平均レベルは30。

第15層でも問題ないほどの安全マージンだ。

アスカが持っていた《アルゴの攻略本》を彼らに渡して、そのまま別ルートで別れた。

 

彼らはこの後、オレとアスカの付き添いで訪れた20層までを黒猫団だけの力で順に踏破していく予定のようだ。

そのまま21層以降にも進んでいき、いずれは最前線に追い付いてくるだろう。

 

別れ際にはみんなどこか寂しげで、特にサチは少しだけ涙ぐんでいた。

 

「急にお別れすることになっちゃったけど……今度会った時は、またゆっくりお話ししようね。片手剣も、教えてくれてありがとう」

 

そう言って微笑んでいた。今度会った時か。

またお泊まりで、同じ布団で夜中まで話すんだろうな。

なんて事のない約束だけれど、不思議と今から楽しみだった。

 

思えばサチは数少ない女友達だ。

お泊まりだけじゃなくて、昼間にはショッピングを楽しむのも良さそうだ。

近いうちにでも、攻略の合間に顔を出したら喜んでくれるだろうか。

 

黒猫団は多くのギルドがそうしているように、日曜日を休息の日にしている。

 

一週間後あたりにメッセージを送って、それとなく拠点の宿を教えてもらおう。

そして日曜の朝から宿のラウンジへ。

何食わぬ顔で新聞片手にコーヒーでも飲んで待ち構えるのだ。

 

驚きながらも喜んでくれるサチ。眩しい笑顔。楽しいお出掛け。

よし、そうしよう。今から楽しみだ。

 

「……」

 

と、少々気の早い予定を立てていると、アスカがそれとなくこちらを見ていることに気が付いた。何だろうか。

 

「……俺の顔に何か付いてる?」

「えっ、ああ、いや。なんとなく、君が楽しそうに見えたから……どうしたのかなって……」

 

珍しく言い淀んだアスカは、そんなことを告げた。

楽しそうか。

たしかに、1週間後の楽しみを考えてはいたけれど。

そんなに分かり易かったのだろうか……。

 

「そ、そっか。まあ、少し楽しみが増えたからさ」

 

別にそう思われても全く支障は無いのだけれど、緩んだ表情をアスカに観察されていたと思うと、不思議と照れくさいような気持ちになった。

妙に恥ずかしいな……。

 

アスカは「そっか」と、特に詮索するでもなくあっさりとした返事をくれたが、自分の中の恥ずかしさを誤魔化したくなった。

オレは少々歩みを早めて、横並びに歩いていたアスカを追い越して彼の前に立った。

 

「そんなことより、先を急ごっ! この辺は大したモンスターも出ないし、歩いて行くのも時間がもったいない。……主街区まで競走なんてどう?」

「……ふうん? 僕にスピード対決を挑む訳か。悪いけど、自信はあるからね。僕が勝ったら何をしてもらおうかな?」

 

提案にアスカは脚を止め、したり顔でそう言った。

しまった。照れ隠しに考え無しな提案をしてしまった。

 

「う……アスカ、今アジリティいくつ……?」

「他人のステータスを無闇に訊くのはマナー違反だよ、黒の剣士さん?」

「ぐぬぬ……」

 

出会ったころにオレがアスカに教えたことをそのまま言い返されて、ぐうの音も出なかった。

そうこうしているうちにアスカは少し悪戯っぽい、女子受けの良さそうな不敵な笑みを一瞬浮かべると、

 

「最前線で一番高いデザートを賭けよう。異論は認めません」

 

と、言い終わるか否かと言ったタイミングで駆け出した。

去り際には、アスカにしては珍しい、無邪気な笑みがその顔に浮かんでいた。

 

「あっ、ちょっと! ずるいぞアスカ!」

 

慌てて追いかけつつも、自分の口角が上がるのを感じた。

……こういうのもたまには悪くないか。

 

スイーツ男子めと思いながらも、久しぶりに軽やかな気持ちでフィールドを駆け抜けた。

 

 

6.

15層主街区の入り口を抜けたのは、ほぼ同時……とは行かずアスカに軍配が上がった。

低層の頃ならいざ知らず、ビルド構成の差はやはり埋め難かった。

 

オレ自身も遅くはないつもりだった。

だが、やはりアジリティではアスカのパラメータに敵わなかったのだ。

もし次に勝負を挑むなら、重量上げとかにすべきだろうか……。

 

「僕の勝ちだね。それじゃ早速、転移門のとこまで行こっか」

「はいはい……。25層のスイーツって、何があったっけ?」

「今からアルゴにオススメを聞いてみるところ。飲食店(そっち)の情報、僕はまだ網羅していないんだよね」

「さいで」

 

メッセージウィンドウを操作するアスカは楽しげだ。

普段ならこんなに容易く隙は見せなさそうだが、それほど甘いものが好きということなんだろう。

2層で、《幸運ボーナス》バフが付いたケーキを食べた時のことを思い出す。

……たしかあの時も勝負事で負けたんだっけ。

 

アスカがメッセージを打つ間、歩きながら周囲をざっと見渡す。

15層は山というテーマから観光目的のプレイヤーもそこそこ居たが、開通当初から時間が経ったからだろう。

人影は思ったよりもまばらで、観光スポットとしてのピークは一旦落ち着いたように見える。

 

「よし、これで送信っと……あれ?」

 

そうこうしているうちに転移門が視界に入った。

それと同時に、アスカが何やら怪訝そうな声を出す。

 

「どうしたの?」

「いや。アルゴにメッセージ出したら、同時に返信が来たから驚いただけ。

流石に早すぎる……っ!?」

 

途端に、アスカの顔に緊張が走った。

25層はスイーツ砂漠地帯だったのだろうか?

 

そんな小ボケた呑気さは、何気なく覗き込んだメッセージの文面を読むと同時に吹き飛んだ。

アスカの手元にあったのは、スイーツの不在を告げるものではなかった。

そんなに甘いものではなかった。

 

 

『from Argo

タイトル : 緊急事態 増援希望

本文 :

 

ALS 25層にて壊滅状態 大至急応援求む』


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