保護した喰種はヤンデレでした   作:警察

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第7話

ーーーピピピピピ

 

 

「んぅ。ふぁぁ~」

 

 朝を知らせる目覚ましのアラームが聞こえてくる。もう朝だ。朝ごはん作らないと。最近までよく二度寝の誘惑に負けてしまっていたけど今は一回ですっきり起きれるようになった。

 これも大人になるための練習だったり。

 

 お布団をのけて隣を見ると男の人が寝ている。お父さんでも、お母さんでもない。朝一番に目に入る人が変わったのにも慣れてきた。

訳あって、家族になってくれた大事な人の顔。

 

 

ツンツン。

 

 つつかれても起きる気配はなさそうで、キリッとした顔で寝ている。

そのシュールな光景に笑い声が漏れてしまう。

 始めて会った時と変わらない真面目な顔で性格も同じように見えるんだけど、実は少し面倒くさがり屋だったりする。

 ヒナミは知ってるよ。ごはんだってインスタントっていう体に悪いものばっかり食べてるし、部屋も散らかりっぱなしなんだもん。もしかして世間一般では駄目な大人だったりするのかな。

 

 

「でも、世間なんて関係ないよね。世間っていうのは………えぇっと……………周りの人達?だから、ヒナミとお兄ちゃんはこれからずっと一緒にいるから家族だもん」

 

 家族。そのフレーズを心の中で何回もリピートする。その度に胸がぎゅっと温かいものに包まれていって、空いた穴に入っていくのを感じる。失った隙間がお兄ちゃんで埋まっていく。えへへ……。片手を頬に当てて熱を逃がすように顔を振る。こんな姿見られたらどうしよう。顔に熱がのぼっていく。

 

 

 「お兄ちゃんは家族お兄ちゃんは家族お兄ちゃんは家族………えへ」

 

 ずっと一緒にいてくれるお兄ちゃん。今も横で一緒に寝てくれるお兄ちゃん。笑いかけてくれるお兄ちゃん。温もりをくれるお兄ちゃん。優しいお兄ちゃん。そしてワタシ(・・・)だけの

 

 

 

 

 

 

ーーーーピピピ、ピピピ、ピピピピピピッ

 

 

「あっ! 朝ごはん作らないとっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チンっと金属がはじける音がしてから、食パンを1枚とりだす。綺麗な狐色に焼けたパンの表面にバターを伸ばして完成。さっき作っておいたサラダを持ってテーブルに運ぶ。

 そうしてテーブルに1人分のスプーンと食器を並べて準備完了。

 

 

「ふわあああ」

 

「おはようっ!ご飯、できてるよ!」

 

「……おはよう」

 

「まだ食パンとサラダ位しか作れないけど、頑張って覚えるね」

 

「……自分より一回り小さい子に毎食作ってもらっちゃって、なにしてんだか……」

 

「ヒナミが料理したいだけだから気にしないで。それにお兄ちゃん、美味しそうに食べてくれるからすっごく嬉しいの。

だから、もっとヒナミに頼ってね」

 

「馬鹿。俺は大人で雛実は子供。

お前が甘える側だっつーの」

 

 お兄ちゃんは美味しい美味しいって言いながらサラダを口に運ぶ。それを私はもいつものように見つめる。私は喰種だから人間の食べ物は食べられない。

 だからご飯の時はこうしてお兄ちゃんが食べる光景を見ていることにしている。それでお腹は膨らまないんだけど心は満たされる……ってちょっと詩的かな。

 

 

「そういえば、今朝目が覚めたら鼻が濡れていたんだが何か知らないか」

 

「うぅん。知らない」

 

「それに少し痛むんだよな」

 

「大丈夫?」

 

 お兄ちゃんは鼻をさすりながら言う。確かによく見ると鼻の先端が凸凹になっているような気がする。

虫刺されかな?

お兄ちゃんはサラダを完食したあと、パンを食べ始める。そのままパンを食べている途中なのに話し始めた。

 

 駄目だよお兄ちゃん。食べてる時にお話するのはエチケット違反だってお母さん言ってたのに。 注意したいけどお兄ちゃんは賢いから分かっててやってるんだと思う。そう。これは遠慮なしの関係だっていう暗喩だよね。あれ? 暗喩であってたかな……。本で読んだのに忘れちゃた。

 

 

「今日は帰ってくるのは5時位になると思う。雛実はどうする」

 

「本を、読む?」

 

「そうか。帰ってからだけど、前言ってた携帯買いに行くか」

 

「ほんとっ!? 行きたい行きたい! ありがとうっお兄ちゃん!」

 

「じゃあいい子にな」

 

「はぁい……」

 

 

 お父さん以外の男の人に甘えるのは今でもちょっと恥ずかしい。

お兄ちゃんはお前に金銭面での不自由だけは絶対に掛けないって、こうしたプレゼントはすごく多い。

私も、プレゼントしてくれる時の嬉しそうなお兄ちゃんの顔が見たくて、ついおねだりしてしまう。 

顔、赤くなってないといいな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雛実に玄関まで見送ってもらった俺はCCG20区捜査局、所謂職場にいた。

今日の会議はいつものメンバーで草場さんを襲ったラビットの捜索状況の進展具合の確認と、おそらく雛実の捜索活動の詳細について詰めていくことになるだろう。

 雛実をかくまってから日は経過している。

その間俺は怪我の治療をかねて有休を取らせてもらっていた。現場の人間が事務仕事をしようにもそれ専門の職員に任せたほうが効率がいいのだ。

 

(雛実の件は何一つ進展していないはずだ。

あれから家から出ていないのだから目撃情報が集まるはずがない……はずがないのだが)

 

 広いロビーを抜け関係者以外立ち入り禁止区域に入り、その最上階に俺たちのデスクがある。

すれ違う職員に怪我のことについて二・三話して挨拶しながら【真戸上等捜査官・亜門二等捜査官・青履二等捜査官】とネームプレートが貼られた個室のドアを開ける。

中は無人で、どうやら俺が一番のりらしかった。

 重症の左手を気遣いながら、日常生活では問題なく比較的治ってきた右手で椅子を引き、座る。クインケは椅子の横に置いておく。

 

(やはり神経が傷付いたのは痛かった。

未だピクリとも動きはしない。こんな事では捜査の役に立つのはまだ先だな)

 

 思わず、上を見上げ溜息。

 

 草場さんの仇討ちに大きく出た割にこの体たらく、不甲斐ない。だが、少し不甲斐ないだけで悔しさに震える訳でもない。

草場さんと俺は親交があったわけじゃない。冷たい言い方になってしまうが言ってしまえば知り合い未満だ。

 だがあの時の中島さんがどうしても見ていられなくて仇討ちに名乗りを上げていた。それ自体に後悔は1ミリもない。ただ亜門なら、と考えてしまう。

あいつならきっと今も執念を燃やし骨を粉にしてラビットを追いかけているだろう。

 

 俺には、もう以前ほど喰種を殺すことに情熱を注げない。

喰種は殺せる。だが例外ができてしまった。

ならその境目は? どういう基準で決めればいい?

そのズレが俺自身気づかないうちにストレスとして溜まっていた。

 

(この仕事、向いてないのかもな……。訓練学校の頃から周りと違いを感じていた。誰かの役に立てるならとか甘い考えだった。周りは何かを奪われた人が多すぎる。覚悟が違いすぎるんだ)

 

 

 

 

「考え事かね。青履君」

 

 近くで聞こえた声に慌てて立ち上がる。

 

「お早う御座います。真戸上官」

 

「ふむ、おはよう。ところで怪我の方はどうかね。まだ痛むかい」

 

「いえ、痛みの方はすっかり」

 

 真戸上官は一見猫背な姿勢からは伺えない重心を下に置いた歩きで、丁度向かいの椅子に腰をかける。

いつも通りのグレーのロングコートに白い手袋。先程まで両手でもっていたクインケは自身の両隣に置いてある。白髪から覗くやせ細った骸骨のような容貌から、見る人を怯ませる双眼が俺に向く。両手をテーブルに載せリラックスした状態で話し出す。

 

 

「君にも連絡は端末を通して伝わっているだろうが一応言っておくよ。ラビットの方は足取りはつかめていない。

だが一度交戦して分かった。あれは若い。CCGを何人か殺っているようだが煽りに簡単に乗ってくる。

所詮下等な化け物だ。我々の敵ではない。放っておいてもいずれ勝負を挑んでくるだろう」

 

 そこまで言って真戸上官は俺に考えを述べさせるかのように間を置いた。相変わらずその眼は俺を見つめたままだ。

 

 

「つまり、問題は723番の娘の方だと」

 

「君の足は信頼に値する。それからあのガキが逃げおせたとは考えにくい。何らかの組織が関与しているなら……それも潰すのが私たちの仕事だ」

 

 そして先ほどより長く間を置き、

 

 

「それと喰種のガキを人間のように【娘】と呼称するのは辞めたまえ。それは君のためにならない」

 

 俺は返事を返すことができなかった。自分の意見を述べることも、真戸上官の優しさに流されることもできなかった。俺の視線は気持ちに相乗するかのように下を向き、ただ観察されているかのような視線を受け続けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらいか後、だんまりとした空間に小石を投げ入れるかのようにドアの開く音が響いた。入ってきたのはこの部屋の最後のメンバー、亜門だった。

亜門はこの部屋の重い空気に違和感を覚えたのか入るなり真戸上官に問いかけた。

 

 

「これは……一体どうかしましたか」

 

「いや、なに。青履君の体調が思わしくなくてね」

 

「そうでしたか。青履、大丈夫なのか?」

 

「あぁ。心配される程じゃない、と言いたいところだが左手は未だ安静にだそうだ」

 

 左手を掲げながら答えると、その手を少し心配そうに見ながら亜門は俺の横に座った。

そしてクインケとは違う用途のケースから書類を人数分取り出しそれぞれの前に置いた。

 

 

「これは先日、集優高校の生徒から提供のあった目撃情報です。

ぼろぼろのクローバーの服を着た女児を重原小学校の近くにある河沿いで見かけたようです。これは723番の子どもと思わしき人物と一致します」

 

「重原小学校ねぇ。20区の端じゃないか。怪しいねぇ」

 

「現在他に情報もありません。調べてみる必要はあるかと」

 

「ふむ。なら今から行くとしよう」

 

 真戸上官が立ち上がると共に俺達も腰を上げる。

戦闘には不安が残るが捜索なら十分可能だろう。そう思って亜門と並んで真戸上官の後を追うように部屋を出た。


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