畜生先生ポチま!   作:お話下手
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絶望注意。 ポチは────い ま せ ん 。


エヴァンジェリンとアマツ

 10才の誕生日を迎える前夜。 あと少しで月は天辺まで登り、それと同時に私は10才となる。

 不思議なことに月は綺麗に見えるのに、外では暗雲が立ち込め、雷が落ちる程の大雨だ。 まるで、雲が月を避けている、そんな夜だった。

 

 「おや、御嬢様。 まだ起きていらしたのですか?」

 

 執事が見回りにきた。 ランプから照らされる顔はやはり覚えていない。

 

 「ねぇ、爺や。 今日は姿を見せなかったけど、御父様は何をしているの?」 

 

 「さぁ、そればかりは私にも。 もしかすると、御嬢様の誕生日パーティを用意しているかもしれませんね」

 

 「そうだったら良いなぁ」

 

 母親が亡くなってから誕生日はずっと使用人と執事達で行われた。 他の貴族を呼ぼうにも私の身体の弱さがたたり、一度もそのようなことはない。

 だからこそ、今年こそ心の底から喜べるお祝いが出来ると信じた。

 

 「ごほっ! ごほっ!」

 

 「さぁ、今のうちに御休みください。 明日はめい一杯、旦那様に甘えるのですから」

 

 「うんっ!」

 

 例え嘘で出来ていても、その明日があれば私はどんなに幸せだったことか。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 目を覚ますと、まだ真夜中だった。 しかし、何故か起きた場所は私の部屋ではなく地下の、禁じられた部屋だ。

 床には複雑な術式で描かれた魔方陣があり、眠気眼を擦ると執事と父親が何やら意味深な話しをしていた。

 

 「……本当に可能なのですね!?」

 

 「勿論だ。 因子の埋め込みに成功している、これもお前の長年の努力が実を結んだ。 私からも感謝する」

 

 「…御父様?」

 

 私の呼び声に振り返る。

 

 「起きたか、まぁ良い…。 発動には問題あるまい」

 

 一瞥すると、いつもとは違う、冷たく暗い声がかけられた。 私を見ているようで見ていない、そんな言葉。

 執事と父親は魔方陣から離れ、中心に私を残す。 誰も彼も無表情で、重苦しい空気が漂った。

 

 「御父様、なんか怖いよ。 爺やも…」

 

 「始めるぞ」

 

 淡泊な一声。 懐から白い玉を取りだし掲げると魔方陣に光が走り、私の心臓が不安定に動き出す。

 

 「あ…、あぐ!?」

 

 おかしな血の流れが身体に駆け巡る。 血管が熱を持ったようにたぎり、脳へと届くと鋭い頭痛が。

 徐々に強さを増すそれに私は頭を抱えて絶叫した。

 

 「痛い! 痛い痛い痛い! 痛いよ御父様!」

 

 激痛で視界が定まらず、手足は麻痺を起こしたようにいうことをきかないため、逃げ出すことさえ出来ない。 涙腺と鼻から血を流す、この症状は私に衝撃を与えた。

 

 「爺や! 助けて!」

 

 死ぬ、このままでは本当に死んでしまう。 残された力を振り絞り、手を伸ばすが最後の頼みの綱も、私の言葉を聞いてくれることはなかった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ふと、自分が此処とは違う何処かに跳ばされた感覚があった。 目を凝らすと、周りは真っ白い空間で執事と父は居らず、私の身体も先程と違い、怪我ひとつ無いいつも通りの姿だった。

 目の前には巨大な樹が聳え立ち、大地は存在せずその根っこは下へ何処までも伸び、樹には10つの果実がなっている。 果実がそれぞれ違う色に輝くと、私の頭に様々な言葉、映像、それらを統合した膨大な情報が入ってきた。

 

 「アルカナ……平行世界……輪廻転生……六道……72柱……特異点……No.beast……炎の柱……王龍」

 

 樹から蔓が伸び、私の身体に巻き付くと取り込もうと引き寄せ始める。 更に情報が流れ、私の中にある思い出、自身の情報が代わりに磨り減った。

 名前も姿も声も。

 

 「あ、いや…。 嫌だ、私……消えたくない! 消えたくないよ!」

 

 消える、私が消えていく。 脳を直接情報が詰め込まれ、色々な物に押し潰されて心が磨耗していく。

 身体が弄くり回されて、別の何かに変わっていく。 でもこの心だけは消えたくない。

 真っ白い空間へ必死に手を伸ばす。 誰もいない世界、独りぼっちの空間。 

 寂しい、冷たい、痛い、怖い。 身体が樹に飲み込まれ、頭まで埋まる。

 

 ああ、もう駄目だ……私が……消える……助けて……。

 

 「諦めるな」

 

 最後に残った腕を掴まれた。 芯の通った声が頭に響く。

 情報の奔流は更に私を呑み込もうと勢いを増すが、誰かに腕を引っ張られるだけではなく、その一声に背中を押されるような感覚が伝わり、がむしゃらにもがいた。 真っ暗だった視界が少しずつ開かれ、光が射し込む。

 そこはまたしても真っ白い世界だったが、ひとつだけ違った。 全身が炎で出来た男がいたのである。

 握られた腕は炎に包まれているのに熱くはなく、妙な暖かさが。 炎のせいで表情が全くわからないが、薄れいく意識、確かにわかったのは二本の角と瑠璃色の瞳だけだった。

 

 「よくやった」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「戻ってきたか」

 

 「お、おお…!」

 

 これで何度景色が変わったのか。 父親達がいるということは、私は元の空間に戻ってきたらしい。

 顔中から流れ出ていた血は止まっており、激痛は嘘のようになくなっている。 さっきの光景は夢だったのだろうか。

 そうだ、きっとそうに決まっている。 でなければ、父と爺やがあんな酷いことするわけがない。

 

 「確認しよう」

 

 それは、何気無い一言だった。 父親は近づくと、いつの間に握っていたのか手にはナイフが見え、私の顔を掴み上げるとそのまま躊躇無く喉をかっ切ったのである。

 

 「が──っ!? ぁ! はっ!」

 

 痛みもあるが、それ以上に息が出来ない! どれだけ懸命に口から空気を取り入れようとしても、こひゅーこひゅーと開いた出口から洩れるばかり。

 金魚のように口をパクパクと無意味に動かし、両手が血に染まりながらも、必死に空気が逃げないように押さえる。

 

 「少し再生が遅いな。 やはり成り立てではまだ無理か」

 

 「かはっ! はっ! は────え…」

 

 血が止まった。 息が出来る。

 何事かと首を擦れば、傷が綺麗に無くなっていた。 

 

 「おお! 素晴らしい!」

 

 執事の歓喜の声が胸に突き刺さる。 何が素晴らしいのか、何が嬉しいのか、私がこんなに痛がって苦しんでいるのにどうして。

 

 「エヴァンジェリン、我が娘よ。 お前はこの世の理から外れた存在、吸血鬼となったのだ」

 

 「吸血、鬼…」

 

 「御嬢様、それもただの吸血鬼ではございません! ハイ・デイライトウォーカー、神の光を浴びても灰にならぬ至高の生命、真祖となられたのです!」

 

 その頃の私には、彼らが何を言っているのかまるでわからなかった。 ただ、幼くともその思想が歪んでいるのに気づき、何より執事の綺麗に弧を描いた口元がとてつもなく恐怖を感じてしまったのである。

 私は、ただ泣き叫ぶしか出来なかった。 この絶望しかない現実で。

 

 「いやあああああ!」

 

 「──────!!」

 

 その時、私の影から何かが飛び出してきた。 黒い体毛、硬質化した四肢、狼のような顔をしたあの時の獣が咆哮をあげ、執事の喉笛に噛み付いたのである。

 

 「がはぁ!?」

 

 「影から転移。 お前は…」

 

 牙を立てた状態で、頭を3~4回振る獣。 より深く突き刺し、そのまま壁に向かって投げ捨てると赤い華が咲いた。

 ピクピクと痙攣している執事を私以外誰も見ない。 獣はゆっくりと立ち塞がるよう私と父の間に入り込むと、牙を見せながら唸る。

 

 「やはりヤツの言った通りか。 欠片の分際でそこまでの意思があるとはな」

 

 「─────ッ!」

 

 「私が憎いか? いや、違うか。 どうやらお前は────」

 

 「─────ッ!!」

 

 父が獣に対して何かを言おうとしたが、それよりも速く動いた。 硬質の爪で胴体を真っ二つに両断し、崩れ落ちる。

 だがそんなことはまるで気にしないで、父は右手に魔方陣を浮かべると光を放った。 光に包まれ、苦痛の鳴き声をあげる獣。

 その肉体を粒子のように蒸発していくと、黒い玉を残して霧散する。

 

 「何が、どうなってるの…!」

 

 「喜べエヴァンジェリン。 お前は手に入れたのだ、意思を持ちながら人を超えた力を」

 

 死に体でありながら、淡泊に答える父。 下半身を無くした腹からは大量の血と臓物が転がっていた。

 

 「わ、私、そんなのいらないよ…。 私はただ、御父様と一緒に居たかっただけなのに…」

 

 「それは無理だな。 お前の人生全てはこのためにあった、それ意外の物など何の役にも立たない」

 

 私の人生など、この歪んだ結果、化け物を産み出すだけでしかない、この男はハッキリとそう言ったのであった。 あの穏やかな日々も、必ず用意してくれたヌイグルミも、執事の存在も、何の意味も持たない偽りの幸せ、嘘で塗り固められた優しさ。

 

 「嘘だよ、こんなの絶対嘘だよ…!」

 

 「認められないか。 現実逃避など愚かなことだ」

 

 「嘘だもん、私は認めない…!」

 

 「ならばそのまま腐り堕ちるがいい。 素質があると思ったが、どうやら違うらしい」

 

 許せなかった、私の全てに裏切ったこの男が。 愛していたのに、心の底から本当に。

 だからこそ、憎い。 愛が強ければ強い程、憎しみもまた強くなる。

 相反するように見える二つの感情だが、実は違う。 表裏が違えど本質は同じ、憎しみや愛の反対は無関心だ。

 とても、無関心で済ませられるような想いは私に無かった。 先程私の喉を切ったナイフが、傍に落ちている。

 何も言わず、震える指先で握り締めた。

 

 「私を殺すか、その憎しみで。 それも良いだろう、だが…そこから後戻りは出来ないと思え」

 

 煩い、それがどうした。

 

 「何れ魔女狩りや戦争も始まる。 お前には地獄のような日常が待ち受けるだろう。 理不尽に命を狙われ続け、捌け口に殺され生き残る」 

 

 「煩い! 黙れ!」

 

 「だが悪く無かろう。 元より病弱で生きていると実感出来ない人生だったはずだ。 であれば、これから始まるのだ、お前の本当の────」

 

 「ああああああ!」

 

 もうそれ以上、何も聞きたくなかった。 かき消すように大声をあげて、私の血で染まるナイフを、全身を使い、ヤツの顔面に降り下ろした。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「物の見事に殺されたな」

 

 死体が残された地下でフードの少女が不敵な笑みを浮かべる。 凄惨な現場に不釣り合いな幼い容姿。

 ナイフが顔から生えているそれを、軽く蹴った。

 

 「一応、優しく扱ってほしいのだが…」

 

 死体が喋りだす。 死後硬直で筋肉が固まってしまった腕を無理矢理動かし、眉間からナイフを引き抜いた。

 脳の一部がこびりついたそれを放り投げ、立ち上がると黒く禍々しいローブを全身に纏う。その容姿はブロンド髪を片方のみ編み上げた、男性のように見え、女性のように見え、子供、或いは成人のようにも見える、そんな人間離れした妖しさを持つ、否の打ちようがない美しさだった。

 

 「何、ちょっとした意地悪だ。 それよりも良いのか、マガツだけではなくエヴァンジェリンまで失うとは…」

 

 彼女が此処を出ていったあと、黒い玉も独りでに飛び去っていった。 だが、問題はない。

 どのみち、本体のもとへ還っていっただけ。 既に必要なデータは手に入っているうえ、封印状態の彼奴にどうすることも出来ない。

 それに、アマツはまだ此方にある。

 

 「エヴァンジェリンはそのまま肉体を奪えば良かったはず、なのにどうして」

 

 「その価値すら無かっただけだ」

 

 果たして本当にそうなのか。 あの子は母親と同じ癌に侵されていた、あと数年も経たずに死ぬはずだった運命だが、吸血鬼になることでそれを克服したのである。 

 しかも、それも遥かに高度な技術が必要な真祖として。 陽の光を歩けるために。

 

 「ただの吸血鬼ならまだ良い。 だが真祖となると話しは違う」

 

 「何が言いたい」

 

 けして短くない年月と財を費やした。 無論、それだけではない。

 エヴァンジェリン程の魂を持つ存在など早々いない、例え真理を開き、同じようなことを行ったとしても不可能だ。 叡知に呑み込まれ、世界の一部となるか完全なる消滅が起こる。

 まさしく奇跡がなければ有り得ない。 だというのにコイツは。

 

 「まさか、娘想いの強いヤツとは思わなくてな」

 

 少女はニヤリと、今までと違う笑顔をエヴァンジェリンの父であった者に向けるが、本人はくだらないと言わんばかりに睨み付ける。

 

 「それとひとつ気になったが、何故マガツはエヴァンジェリンを助けた。 あれはヤツの闇、憎しみという本能の塊であったはず…」

 

 「私も初めは驚いた。 だが、闇の本質を思えば有り得んこともない」

 

 闇とは、受け入れること。 存在を受け入れる行為自体に悪も善も無い。

 憎しみはその存在を強く認識している証、即ち存在を受け入れているのだ、どうしようもなく歪みながら。 そして光の本質は拒絶や無関心。

 

 「まさか…」

 

 そう、マガツが闇の塊で憎しみを持つのならば、その裏、愛することも出来る。 つまり…。

 

 「ヤツは、エヴァンジェリンに対して一目惚れしたのだ」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 砂漠の中を歩き続ける。 汗を流し続け、身体の水分がなくなり、血液が凝固していく感覚が伝わる。

 激しい立ち眩みと吐き気の中、もう死んでしまった方が楽だと考えているのに肉体がそれを許さない。 ぎりぎりの状態で命を保ち、まさに生き地獄を味わう。

 だから歩みを止められない、止めてしまえば永遠にこの苦しみが続く。 何処でも良い。 水のある場所へと延ばさなければならない。

 あんなに出たがっていた外の世界。 なんて無情で薄情。

 いや、最初から私の世界はそんな物でしかなかったのかもしれない。 あの男の言う通り、生きている実感はなく、いつ死んでもおかしくない日常。

 漸く手にした健康な肉体は化け物だ。 ああ、お願い…。

 

 「誰か私を助けて…」

 

 




本当はオイイイイ系書く方が得意なんですが、ポチま!を書くうえで、どうしてもエヴァンジェリンの過去話を書きたいと思っていました。 シリアスが難しくとも。
次回は恐らくポチ爆走。その次は登校地獄にかかった後のエヴァンジェリンで、またシリアス、そしてポチが本気だす。







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