畜生先生ポチま!   作:お話下手
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エヴァンジェリンと爺や

 葛葉刀子は困った。非常に困った事態になった。エヴァンジェリンに任された変態への監視…ではなく、保護を果たせなくなったことに。

 一言で言うなら、ポチがいなくなった。初め、他の先生方に事情を説明をしようと職員室まで連れ出していたが、彼は此方が隙を少しでも見せると尻に触ろうとしていたのだ。剣士である刀子にとってもっとも警戒している背後から襲われそうになれば、すぐさまに気づく。迫り来る魔の手をその都度叩き落とし、ポチもまた隙を見てはチャレンジ、徐々にその動きにも息を殺した物へと変化していた。恐ろしきかな、痴漢の執念。

 しかし、逆にそれは刀子がポチに対する監視が緩んだことになる。彼女はポチではなく常に自身の安全を見てしまっていたのだ。またしてもポチが息を殺し、気配を消したことに気づいた刀子は自分の神経を尖らせる。だが、いつまで発ってもポチが手を伸ばすことは二度となった。

 不審に思い、後ろを振り向けば其所には誰もいない。彼女も剣士である前に女だったのだ、自然と静かに怒りを含んだ言葉が溢れる。

 

 「あの犬ぅ…っ!」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ポチが現れようと、吸血鬼が現れようと、エヴァンジェリンの日常は変わらない。朝の始まりから彼女を待ち受けていたのは、やはり陰湿なイジメだった。一日不登校になろうとそれは変わらない。これからもきっと、変わらないのだろう。

 

 その日で一番キツかったのは、女子トイレに閉じ込められ上から水をぶっかけられたことだ。柔らかなウェーブがかかるブロンドの髪は濡れ、肌にピタリ貼り付く。エヴァンジェリンはただ、呆然とした。

 

 「さ、寒い…」

 

 狭い個室の中、弱々しく自分の体を抱き締める。わかっていた、これは当たり前の罰なのだと。相手の家族を奪った己が受けなればならない罰だと。命を狙われないだけまだマシだ。水をぶっかけた者達の嘲笑を聞きながら小さく耐える。すると。

 

 「きゃー! なにコイツ、アタシのお尻触りやがったー!」

 

 「きゃー! アタシはパンツ盗られたー!」

 

 え。何が起きている。急激に変化した現場、気になったエヴァンジェリンは扉をゆっくりと開け、そして目撃する。

 熊さんパンツをびろーんと晒しながら此方へ振り返る変態犬を。

 

 「ガ、ガンヴァリオン、さん…?」

 

 「誰だそれは。私はエヴァンジェリンだ」

 

 名前を修正しつつ、ポチを睨みつける。何か言わねばならないが、あまりにも意味不明な状況であるせいか、他に言葉が見つからない。

 

 「へ、へへ。 エヴァンジェリンの姉御、こいつぁ奇遇ッスね?」

 

 右手は無いため、左手をモミモミしながらすり寄る小物の鏡、握っていたパンツを一瞬でポケットに閉まったのは見逃していない。私はお前を子分にした覚えわないぞ。

 

 「エヴァンジェリンさんの知り合い…?」

 

 イジメグループのリーダーが怪しげな目線をポチへ向けていた。マズイ、今度はコイツがターゲットにされる恐れがある。

 

 「いや、そんな奴は知ら───「オウオウ! お嬢ちゃん達、この方をどなたと心得ていやがる! 闇の福音と呼ばれ───っ!」───喧しいわ!」

 

 とりあえず、金的で黙らせた。白目を剥いて痙攣しているバカから奪われたパンツを奪い返し、相手に渡す。なんか一々庇おうとしたのがアホらしい。

 

 「すまんな」

 

 「え、あ…うん」

 

 状況についていけず相手はポカン、周りもポカン。気持ちはわかる。

 

 「うごぉ、あ、姉御…! コイツら姉御がチビッ子だからって舐めてますぜ、いっちょ絞めてくださいよ」

 

 満身創痍で立ち上がり、私の肩に手を乗せる。舐めていたのはお前だろうが!

 しかし、周りはポチの絞めるという言葉に反応し、皆が皆、ビクリと体を震わす。その目には怯えが映っていた。

 それを見て私は、気づいてしまう。ああ、彼女達はやはり子供だったのだなと、痛みも苦しみも報復も殺しもまだ理解出来ていない子供だったのだと。何故か、急に辛さが薄まっていった。

 

 「いや、私は女、子供に手はださん」

 

 「えー! 姉御ぅ、そりゃないッスよー。あわよくばおこぼれ頂こうと思っていたのにー」

 

 「ほう、例えば?」

 

 「下着盗むとかクンカクンカするとか、しまったあああああ!───ごはぁ!?」

 

 暴露した顎にアッパーを喰らわせる、一撃KO。割と外道だな、お前は。

 

 「さっさとコイツらに謝罪して刀子のもとに行け!」

 

 頭を踏んづけながら吐き捨てるように罵倒。次の授業に備えて着替えことにした。保健室に行こう。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 エヴァンジェリンが立ち去ったあと、女子トイレでは気まずい雰囲気が流れる。イジメていた者からまさか助けられるとは思いもしなかった。彼女達は互いに目を見つめながら何も喋らずに、一人、また一人とゆっくりと出ていく。

 ポチをその場に残して。

 

 「ま、とりあえずはこんなもんかね」

 

 女の子が誰もいないところで、独り言が静かに響いた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 その日の夕方。ポチはエヴァンジェリンと一緒に歩いていた。学園内でも特に外れ、人通りの少ない川沿いを。

 一人はジョギング。若い少年がジャージ姿で走り込みを。もう一人は川沿いから静かに釣りを楽しむオッサン。ただそれだけ。あとはエヴァンジェリンとポチが小さく会話しているだけだ。

 

 「全く、何故刀子のもとから離れた…」

 

 「いやね? エヴァンジェリンが爺やって呼んでいた人のことで気になったことがあったからさ、確認しておこうと思って」

 

 意外と重要なことだった。

 

 「何? そんな重要ことよりパンツを優先したのか?」

 

 「ああいう、ビッチっぽい子がどんなパンツ穿くか気になって気になって……あっ、すいません拳を下ろしてください」

 

 それがまさかの ク マ パ ン 。

 意外と中身は純情かもしれない。

 

 「それで? 気になったことはなんだ?」

 

 エヴァンジェリンもそれは気になっている。ポチは爺やと会合した時、何かを感じたようであった。爺や自身もポチの発言に一変して態度が怒りに染まったが…。

 

 「んー、三つあるんだけど。もしかしたらエヴァンジェリンも気づいているかな?」

 

 「三つもだと…?」

 

 エヴァンジェリンは二つ気づいた。そのうちの一つ、それは爺やが現れたタイミングである。

 一昨日の深夜に学園内の侵入を感知したエヴァンジェリンだが、相手が姿を見せた時間に違和感があった。彼女が狙いならば他の増援を頼まれる前にすぐさまコンタクトを取り、連れ去れば済む話だ。時間を置いて潜伏の線もあったが、わざわざ待つ程のメリットはない。

 

 「やっぱ、エヴァンジェリンも気づいていたね」

 

 「……」

 

 「…と、なると。何か準備をしている可能性が───何か?」

 

 ポチはエヴァンジェリンがじっと見つめていることに気づく。にぱっと向日葵のような笑顔を向けたが、彼女はあまり表情が優れない。

 

 「いい加減、馬鹿のふりは疲れないのか?」

 

 「酷い!? ふりじゃなかったら馬鹿って言ってるだけじゃん!」

 

 むきー!プンスカ怒るが、それでもエヴァンジェリンに変化は無かった。ポチは戸惑ったように停止すると、罰が悪そうな顔に変え耳の裏をカリカリと掻いた。何故か落ち込んでいる。

 

 「…ゴメン。気を使わせたね、別に深い意味はなかったんだけど」

 

 「そう、か…」

 

 返答に困ったエヴァンジェリンの頭をポチはポンポンと優しく叩いた。

 

 「なんかさ、嫌われたくないから…」

 

 見上げるエヴァンジェリン。夕日に晒された彼の表情は苦笑だった。重みのある苦さだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「二つ目だけど、あの吸血鬼…間違いなく太陽が弱点だよね」

 

 「うむ…」

 

 一つ目は何かしらの準備をしていたと考えたが、同時に二つ目と繋がっていることでもある。姿を現したのは天気が崩れ始めた夕方。夕日が僅かに覗いた瞬間、すぐに引いたところを見るとほぼ確定している。

 この二つを合わせれば、爺やはエヴァンジェリンを手に入れるため侵入した当日に、他の先生方が“増援に入っても構わない”何かしらの準備を夜のうちに整え、更に自身の弱点である太陽が沈むまで彼女に接触するのを待っていた。

 総括するとこんなとこだろう。ポチとエヴァンジェリンの考えは全く同じだ。だが、最後に気になる点が残っている。

 

 「最後に三つ目、これは流石に私でもわからん」

 

 「……」

 

 てっきり教えてくれるのだと思っていたが、ポチは固く口を閉ざし、話すべきか迷っている様子だ。

 

 「おい、どうした」

 

 「もし、違っていた時の可能性が…」

 

 「違う可能性? 言わなければわからないだろう、別に笑いもしない、馬鹿にもしない。正直に言ってみろ」

 

 何か意味深なことが含まれていることには気づいていた。馬鹿にされることを恐れているような男ではないのは、エヴァンジェリンも承知している。ならばそれでも言いにくい理由、きっとそれはエヴァンジェリンに関係しているのだろう。彼女を傷付ける何か理由が。

 

 「あまり適当なことを仰有られては困りますね」

 

 「っ!?」

 

 背後から突如話しかけられ、両者振り返る。鍔が広い帽子を深く被る老人が其所には立っていた。夕日は既に沈んでいる。

 

 「爺や…!」

 

 「流石お嬢様。たったあれだけの情報ですぐさま此方の狙いと弱点を見つけ出すとは、成長したその姿に私…感無量でございます」

 

 わざとらしい、涙を拭くその仕草にエヴァンジェリンは犬歯を剥き出し。だがやはり、相手の狙いは間違いなかったようである。罠の可能性もあるが今はそれを一々視野に入れてはおけない。

 

 「私は吸血鬼になりましたが、立場上従僕という枠組みでしかありません。不老不死であっても弱点は残されております。太陽、聖水、銀、十字架、にんにくなど…」

 

 だからこそ大変だったという。エヴァンジェリンを見つけ出しても常に移動が制限される。半日しか活動出来ないその肉体では、ヨーロッパに在住している情報を得られても辿り着いた時には南アフリカだったらしい。600年という年月を持ってしても、追い付くことはなかった。

 そう、彼女が登校地獄に掛かるこの日まで。

 

 「長かった、実に長かった…」

 

 噛み締める物言い。

 

 「随分な執着だな。600年も諦めずずっと追い続けるとは」

 

 「ええ、全てはこの日のためでした」

 

 「それで準備とやらも万全か」

 

 大仰に頷く。

 

 「ご安心を。これはお嬢様を呪いから解放するための物。貴女に危害はございません」

 

 僅かにエヴァンジェリンの指がピクリと動く。呪いの解除法、本当にそんな物があるならば願ったりだ。ここからさっさとおさらばして“とあ”達が死んだ詳細をこの目で確認出来るのだから。だが、この老人は今までに自分に大してとんでもないこと仕出かした。故に、どんな甘い言葉だろうとそれを信じることは出来ない。

 

 「貴様の戯れ言にウンザリしてきた。此処で引導を渡してやる…!」

 

 過去の清算を今終わらせるべきだ。

 

 「ほう。私と戦うと? 出来ますか、貴女様に?」

 

 封印状態だろうが、戦う術はある。しかし、それは相手も同じだろう。結界である程度は弱体化させられているようだが、自身と同じ600年間の戦い続けた強者である。その蓄積された膨大な戦闘経験は何よりも危険だ。

 

 「闇の福音を舐めるな」

 

 「ご存知ですとも」

 

 だからこそ、爺やは油断無かった。今この場において最も最悪の手段を迷わずとる。

 

 「そこの青年は邪魔です。死んでもらいましょう」

 

 「え?」

 

 爺やの手がブレる。詠唱も魔力の反応もない遠距離攻撃だった。

 ポチの左目玉と左足が宙を舞った。大量の鮮血がエヴァンジェリンに振りかかり、一瞬視界が防がれる。愕然とした彼女の目の前には爺やが音もなく接近。

 

 疾い。

 

 魔法薬を取り出したが、そのタイムラグは命取りだった。予め用意されていたのか爺やはクロスボウを手にしており、腹部に衝撃。蹴りあげられ、傍に立つ木へ叩きつけられたエヴァンジェリンの四肢を打ち付けた。

 

 「あああ!?」

 

 激痛が走る。ただの矢ではない。吸血鬼にとって弱点である銀で出来た矢だった。聖なる輝きが魔の肉を焼き、その肉体から力を奪う。

 霞む視界の中、彼女が目にしたのは爺やに蹴り飛ばされ、片足を失ったまま川へ落ちていくポチの姿。

 

 「ポチいいいいい!!」

 

 川の水が赤く染まるのに、そう時間は掛からなかった。

 




チャラチャチャチャ-チャラララー!

吸血鬼の弱点を突かれ敵に拘束されてしまうエヴァ。圧倒的な力の差にポチは左目と左足を失い、右腕もないまま川の底へ沈む。登校地獄の解除法に戦慄、絶対絶命のピンチの中、助太刀に来たのは意外な存在だった!

次回、畜生ううう!先生ぇポチまぁ!

【ポチ死す!】

お楽しみにネ☆







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