畜生先生ポチま!   作:お話下手
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シリアスのみ。ポチがいません。


とあと爺や

 

 とあはひび割れたその空間へ、左手を突っ込んだ。硝子が割れる音が響き、裂傷が彼の腕に刻まれる。彼が延ばした其処は、此処とは異なる空間、異なる時間が流れる次元と次元の狭間。重力の概念すら存在しない多次元空間。数多の者達が渇望し其処へ辿り着く為、幾数の悪や闇を起こした罪の空間。

 彼は其処へ殴ることで開いたのだ。左手は先へ埋もれ、周りの者達はその異常な行為にただただ目を見張る。

 

 「オオオオオ!!」

 

 雄叫びと共に、とあが掲げるよう“引き出した”のは真っ白い鉄輪。エヴァンジェリンはそれを知っている。彼の目印、首輪。後に知ることとなるそれは、彼自身であり、本来ならば彼が選んだナギに渡されるはずだった、王を超え、神を超え、究極の戦士に進化させる鎧兜の源。式。

 とあ、自らの首へ“差し込む”よう“馴れた手つき”で嵌め込み、封じられた力を解放する。

 

 「ナノマシン発動」

 

 目には見えない分子レベルの、数千万に上る細胞復元機が全身を駆け巡る。人体の要素であるタンパク、炭素、鉄、水分などが生成され、彼の失われたはずの右腕と左足、左目、傷痕さえもひとつ残らず復元されていく。

 エヴァンジェリンは、息を飲んだ。“遥か未来の技術”であるそれは、この時代の者からすれば、まさしく人外の力に他ならないからだ。事実、彼の再生力は人外のそれに相応しい。最早死ぬことも、老いることもないナノマシンの力は未来においても他の者達では再現不可能な技術であった。神の頭脳を持つ者を除いて。

 

 そして瞬くマズルフラッシュ。黒い靄がかかった西洋甲冑が全身を纏い、とあは僅かに呻く。

 

 「う、ぐぉ…!───オオオ!!」

 

 一喝。黒い靄を気合いではね除け、弾き飛ぶ。其処に出現したのは、真っ白く輝く穢れ無き装甲。紅き翼と共に戦い抜いた鋼鉄の英雄。白銀の閃光。千の呪文の男の相棒、式王神だった。

 嘗てエヴァンジェリンが見た、今にも壊れてしまいそうな劣化はなく。滑らかに磨きあげられた真新しい装甲は、まさに生まれ変わった出で立ち。

 

 「ゆくぞ、吸血鬼」

 

 落ち着きの孕んだ静かな合図。両者、互いに大地を踏み抜き、疾走、激突。身体能力を強化された爺やの、丸太のように太い拳がとあの正面から襲い来る。並大抵の魔法使いが張る物理障壁など、木っ端微塵に砕ける風切り音を轟かせ、鋼鉄の英雄は片手でそれを受け止めた。

 衝撃波は後方まで届き、大地を消し飛ばすが、彼がその足を一歩も引き下がることはない。

 

 「どうした。破壊力だけでは俺に勝てんぞ?」

 

 明らかに口調が変わったとあの挑発。爺やは一撃の重みによる面としての攻撃よりも、鎧の四肢から血の刃を生成し、線として攻撃方法に変える。

 しかし、それらが相手の身体を引き裂くことにはならなかった。とあは爺やの呼吸、脈拍、目線、足運び、筋肉の動きから次の攻撃パターンを算出、計算し、全て最小限の動きで回避する。

 

 「貴様に見せてやる。連打とは“こう”するのだ」

 

 とあの右腕がぶれる。爺やの攻撃を打ち返し、風船が割れるような音。一拍おいて右腕の攻撃が、ひとつ、またひとつと続けて放たれる。右腕一本のみの高速連打は彼の腕が数百に見え、相手は反撃も出来ないまま動きを拘束されてしまう。

 僅かに後ろへ押し出されていく爺やだが、とあはゆっくりと歩みよりながら更に連打のスピードを上げていく。直立のまま右腕のみをひたすら動かして。

 

 圧倒的だった。600年の歳月の中、技でも何でもない、ただの殴るという行為にこれ程までの危険を感じたことがない。これが、紅き翼の零距離最強と呼ばれる男の力なのか。無論、こんなものは氷山の一角にすぎない。

 

 鎧が剥がれ、無防備となった相手の身体に鋭い回し蹴りが放たれる。大部分が痛覚と共に消し飛び、肉片をバラつかせながら世界樹の幹に頭部が埋まる。だが、この程度の損傷、吸血鬼の持つ再生で幾らでも復活が可能だ。

 

 「貴様では俺に勝てん。彼女のことは諦め、この場から去るがいい」

 

 「奴を見逃すというのか! 術式が発動すれば大変なことになるんだぞ!」

 

 エヴァンジェリンだけではない、チャチャゼロも刀子も意味がわからなかった。学園全土を脅かす危険人物であり、エヴァンジェリンにとって宿怨の存在であるこの老人は、到底このまま見過ごせるものではない。

 

 「確かにな。だが、そもそもそんな大それた物を用意など……俺には思えん」

 

 それはエヴァンジェリンもわかっていた。しかし、今更それを本当のことだと確かめる術も時間も全くない。

 

 「貴方がそう思うのは勝手です。そうしている内に私はお嬢様の呪いを解除するだけですからね」

 

 全身の再生が完了した吸血鬼は、丁寧な物腰を再び構え、静かに語る。

 

 「それも選択のひとつだったのだろう」

 

 とあは、それが嘘ではないと言う。妙な含みを込めて。

 

 「どういうことだ?」

 

 エヴァンジェリンの疑問にとあは答える。

 

 「あまりにもタイミングが良すぎる」

 

 始まりからおかしかった。彼は…爺やは、学園生活を送っているエヴァンジェリンを監視していたと発言していた。それは、いつでも学園に侵入し、接触することも出来たということ。なのに、呪いを掛けた千の呪文の男が死んだとわかってから仕掛けるとは…。仮にナギが死亡しなければこのまま手を出さなかったのではないか? そう考えてしまう部分がある。

 

 「何を世迷い言を。私はお嬢様を此方側へ引き込みたかったのですよ」

 

 愚かな人間どものそばではなく、悪や闇を越えた先、外道の道へ。

 

 「その割には、随分と自身に不利なことばかりだな。彼女が一人ではなく、誰かと一緒にいる時を狙い会いに来るなど、エヴァと己が敵対関係であることを第三者に教えるとは…」

 

 前科があり、学園中に嫌われている闇の福音だ。当然外からの侵入者が現れ、それが昔馴染みの者ならば疑惑を持ち彼女の立場は危うくなる。事実、そうなった。しかし、とあという第三者の存在によりエヴァが白であると少しでも周りに伝え、互いが協力の方向性へ持っていこうとするようにも見えた。

 

 「何故貴様は俺が侵入者ではないと伝えた? 何故、エヴァと学園内の関係を悪化させ、自身へ引き込みやすくしない? 何故、これ程の力を持ちながら俺と刀子に止めを刺さない? 血を操るならば即死も出来る。どうせ術式で殺す命だ、何故生かす?」

 

 疑問点はありすぎた。太陽が弱点であるなど、わざわざわかりやすくするとは、まるで───。

 

 「エヴァに殺されることを望んだように見える」

 

 とあのその言葉は、今此処にいる者達を静めさせるのには充分だった。茫然としたエヴァンジェリン。刀子は痛覚が収まり始め、無言となった彼を見ると、真っ白い鎧の隙間から赤い血が滴っていることに気づく。

 とあの中身、動かした右半分は既に“ぐちゃぐちゃ”で破壊されていたのだ。僅かに彼の頭部がユラリと揺れていることに気づく。既に意識は朦朧だった。

 

 「黙りなさい!!」

 

 爺やの言葉使いが乱雑になり、とあに襲いかかるが拳は届くことがない。

 

 「貴様は感ずいた俺に怒りを隠しきれなかった。嘘が下手な辺り、実は純粋な性格のようだな」

 

 「貴方は本当に邪魔ばかりする…! 最早見過ごせるものではない、再起不能にしてやりましょう!」

 

 爺やはとあの流れてる血に手を延ばす。刀子が受けた、血を操る力を使う気だった。とあは霞む視界のなか、足を一歩後ろへ下がらせるが、グニャリと膝が曲がってしまい体勢を崩してしまう。

 

 「くッ、ナノマシンの再生が遅───ガアアアアア!」

 

 「とあぁ!?」

 

 細胞復元機のスペックが明らかに全盛期時代よりも落ちており、筋肉、骨、筋が切れた足は動かすことがままならない。爺やの能力は刀子の時と違い、右腕だけではなく、全身に及ぶまで流れ込んだ。

 

 「アアアアア! がぁ、あが!」

 

 発狂してしまいそうな激痛が全身を駆け巡り、とあは頭を抱えて転げ回る。

 

 「私が600年戦い続けられた理由に、最も大きな存在だったのが、この相手の血を操る技でした。不死狩りの中には同じく不死の方も居ましてね、その者達にはこうして精神を破壊するまで痛みを与えました。何れ程肉体が再生しようと精神まで復活させることは出来ません」

 

 爺やは一瞥し、エヴァンジェリンの方へ。しかし、その前に立ちはだかったのは、同じ痛みから立ち直った葛葉刀子だった。右腕は使い物にならないのかダランと垂れ下げ、聞き手ではない左で剣を持つ。乳房はもう隠すようなことはせず苦痛に顔を歪めながら、ただ吸血鬼相手に鋭い殺気を飛ばす。

 

 「彼女は私の生徒よ、これ以上…は…近づかないで…!」

 

 「最早立つのがやっとではありませんか。彼の協力も期待しない方が良い。その痛みを受けた貴女ならばわかるはず、右腕でこれ程の痛み…全身へまともに受ければただでは済まないと」

 

 「それ…でも、立ち向かわなくちゃ…いけない時があるのよ!」

 

 刀子は知っている。エヴァンジェリンが何れ程とあのことを愛して、嘆き、絶望していたのか。自分なんかとは違う、互いに意地悪で優しくて温かいあの二人は一緒にいなければならないのに、幸せにならなければならないのに、この老人がそれを邪魔する。許せない、何も知らないくせに!

 

 「斬魔剣!」

 

 「やれやれ、豪気な婦人だ。しかし…!」

 

 爺やは全身に血の鎧を纏う。剣は火花を散らして弾き返され、刀子の左腕に再び血の流れを変える力を使う。激痛に彼女は絶叫をあげるが、手放された剣の柄に歯を立て加えると、そのまま口で斬魔剣を浴びせようとした。

 

 「チィ…!」

 

 止まらぬと悟った爺やは、彼女も同じように全身を破壊しようと手を延ばす。

 

 「爺や、止めろ!」

 

 エヴァンジェリンの制止は第三者によって引き起こされた。爺やの手は刀子の頭部すぐそばで止まっており、刀子もまたその動きを止められていた。

 

 「馬鹿な…」

 

 爺やは驚きを隠せない。今だ嘗て、自身の最悪な技を受けて立てた者など存在しなかった。彼を、とあを除いて。

 

 「幾ら再生出来ようと、痛みは瞬時に脳を焼く。耐えきれるわけが…」

 

 とあは静かに俯いたまま。意識が相当参っているのか、小刻みに身体を震わしている。

 

 「…刀子、君は手を出してはいけない」

 

 美人さんではなく、下の名で呼び捨てされた。絞り出すように、激痛で今にも意識が飛んで行きそうな己を支えるために。掠れた小さな声。

 

 「君の剣は力無き者を守る為に振るうべきだ。こんな男を斬る為の者ではない」

 

 優しく刀子をエヴァンジェリンのもとへ押し出した。握り締めた爺やの腕が動くことはない。

 

 「こんな男とは、随分と言ってくれます。人外だからと戦うことすら差別しますか?」

 

 「違う。貴様が臆病者からだ」

 

 「臆病者? 面白いことを言いますね、数えきれない程の戦いをし、殺し続けた私を臆病者とは…」

 

 くくっと肩を揺らし笑う。

 

 「臆病者とは、もっと別に使われるのですよ。例えば、お嬢様のような」

 

 「何?」

 

 「闇の福音、悪の女王と謳っておきながら例え迫害されようと女子供に手を出さない。無様にやられ続けても尚、殺したくないと目を瞑る。これが臆病者と言わずなんと良いますか、外道になる覚悟も出来ずに綺麗でいようとする」

 

 それは甘さで弱さだと、まだ心が人間でありたいと願っている見苦しい幻だと語り続けて、エヴァンジェリンは黙り込むしかなかった。だが、異を唱えた者はすぐに出た。

 

 「貴様は、何もわかっていない…!」

 

 式王神のバイザーのみが上がる。其処にはスイット状の垂直に立つ、獣の瞳が僅かに覗いていた。怒りに燃える獣の。

 

 「貴様は言っていたな、彼女を此方側へ引き込むと。それは自分の為にだろう? 生き抜くために汚れ続けた自身が間違いではないと、安堵するために」

 

 自分は罪を犯したが、間違いではなかったはずだった。怒りに身を任せ力を振るってきた。子供や女達さえも巻き込んで。だって仕方ないではないか、生きる為だったのだから。それがこの世の真実だと。

 だが爺やが知ったのは、信じていたものを揺るがす存在。自らと同じ立場であり、しかも幼い子供であったはずのエヴァンジェリンは違ったのだ。その時、彼は初めて悟る。もしかすれば自分はとんでもない間違いをしてしまったのではないかと。肉体だけではない、心までおぞましいこと物へ変貌してしまったのではないかと。

 それを認めるのは恐い。ならば、彼女も同じ立場にしてしまえば良いのだ。そうだ、それが良いと。

 

 「戯れ言を…!」

 

 「けど、貴様にはもうひとつの想いもあった。半分、自分の間違いを認め始めている貴様には」

 

 とあがここまで、彼の心中を察することが出来たのには理由があった。

 

 「そんな自分の汚さを“誰かに知られる”前に死にたくなった。醜く生きるぐらいならば、死に意味を見出だしてこの世から去りたいと。その相手として始まりであり自身を裁くに相応しいエヴァを選んだ」

 

 彼女の登校地獄を解き、最後くらいは役に立って美しく死にたいと。なんで、そんな…。エヴァの疑問に満ちた呟きが闇夜に溶け込む。

 

 「だが、そんなことは俺がさせない。貴様の相手はエヴァでも刀子でもチャチャゼロでもない。同じ臆病者で充分だ。貴様の相手は、同類である俺で、充分だ…!」

 

 「抜かせ、偽善者の英雄がぁ!」

 

 ───『戦いの歌』

 

 魔力により更に強化された爺や身体。大振りの裏拳がとあを襲う。脳に損傷を負ったせいか思考に緩やかさが見られ、回避が出来ない。腕で庇い、衝撃がたたらを踏ませる。反撃に打ち返すがパワーが落ちているため互いに弾き合うだけに留まる。

 

 「わからないのか? エヴァは、俺や貴様なんかより…ずっと強い。強くあり続けた人間だ! それを、貴様の身勝手な願いで歪めさせてはいけない!」

 

 「何をわかったようなことばかり、ベラベラと! 貴方のような若僧に、英雄と崇められ光の中を生きていた人間の代表みたいな貴方に、私達の苦しみがわかるものですか!」

 

 爺やの鎧兜が血の液体となって、とあの全身を覆う。傷口だけではない。あらゆる人体の穴へと進入し、髪の毛一本、眼球や爪の先まで余すことなくその力を放つ。

 

 「業火よりも、身を引き裂かれるよりも苦しい、絶望の痛みを味わうがいい!」

 

 「とあ、逃げろ!」

 

 「最大級!」

 

 「がッ!?」

 

 とあの身体から夥しい鮮血が吹き出た。穴という穴から血が溢れ、その余りの痛みに絶叫すら出ることはなく、ただ呻いて棒立ち。式の鎧は解除されて、全身を真っ赤に染めた青年が今にも倒れそうな姿で現れた。僅かにアンモニア臭が漂い、失禁していることにエヴァンジェリンは気づく。

 

 「あ、ああ。そんな、ウソだ…! とあが、とあが…!」

 

 決着はついたと、爺やはとあに興味を無くしたよう、脇を通りすぎた。これから忙しくなる、術式など始めからないのだから、己の手で此処にいる人間どもを、早い内に全てを殺害しなければならないのだ。

 

 だというのにッ!

 

 「何故だ…! 何故倒れない!?」

 

 彼は倒れなかった。白目を向き、間違いなく死んでいると思わせる姿だが、一向に倒れる様子がない。寧ろ、その目で此方を睨み付けているとわかるくらいだ!

 

 「とあ、もう…いい。やめろ、やめてくれ! このままではお前が壊れてしまう!」

 

 エヴァンジェリンの声はとあに届かない。やはりもう、意識が限界に近い。爺やの攻撃もだが、システムの干渉が進行している。記憶に、全てが押し潰されそうだった。だが、せめてやらなければならない、これだけは。

 

 「ナギ、俺に力を貸してくれ…」

 

 ───契約執行10秒間。ナギの従者、山田としあき。

 

 




予定では次で決着ですね。長かったエヴァンジェリン編に終わりが見えました。これも付き合い続けた皆さんのおかげです。次は現代で登校地獄解除編になるでしょう。間違いなくシリアスは無くなります。温度差が激しいですが、ついてきてくれることを願います。

今回はポチの裏設定でもなく、Q&Aでもなく、この話のボツネタをご紹介します。かなり短いですね。

その1。

 「貴方に、光の中で生きていた貴方に何がわかる…。英雄と称えられた貴方に、私の考えが理解出来るわけがない…! 貴方達人間に、我々の苦しみが理解されて堪るものか!」

 「ならば自分が大虐殺の罪を背負うと? あまりにも身勝手すぎるぞ」

 それはもうひとつの選択。エヴァと学園内の人間関係が“良好しない場合”の可能性。彼は敷地内人間全てを殺し、麻帆良の学園としての機能を破壊して登校地獄の呪いを意味のないものにしようとしたのだ。
 そうなればエヴァは再び自由を取り戻し、殺戮犯となった己を殺せば正義感に目覚めた鬼として認識を改められるかもしれない。どうせ、悪の魔法使いだ。今以上に堕ちることはないのだと。

 「それは、本当…なのか?」

 とあの考察に彼女は全く信じられないようだ。爺やの姿勢が変わることはない。

 「いいえ、全て出鱈目です。第一私は、お嬢様を闇の王にするため真祖の吸血鬼に変えた狂人なのですよ?」

 その言葉にエヴァンジェリンはハッとする。全ての始まり、悪夢の夜、あれは今でも覚えている。父親が自分に与えた苦しみ、化け物へ変貌したこの身体を大喜びした爺や。あの恐怖を。

 「果たして。元の願いがそれではなければ、話しが変わるがな」

 とあはうつむきながら悲しげに呟く。爺やは時が止まったようにピタリと動かず、彼の兜、バイザー越しからその目を見た。

 「悪性黒色腫」

 「馬鹿な! どうして、それを知っている!」

 スイット状、縦に割れた、獣の瞳を爺やは見てしまった。顔色が蒼白し、力無くゆっくりと後退する。

 「あくせいこくしょくしゅ? なんだ、それは?」

 エヴァンジェリンは聞き覚えのない単語に顔を歪める。しかし、とあも爺やも質問には答えることなく。爺やは、目の前に立つ存在が何か理解してしまい、事情をわかっていたことに驚きを隠せなかった。

 「何故、貴方が此処に…。いや、そもそもその姿は…!」

 爺やは嘗てマガツに牙を立てられた自分の首へ手を延ばす。古傷痕がズキズキと疼いていた。

 「もう止めよう? 爺さん、アンタは悪くないよ」

 俺が、全部悪いのだと、険が取れた口調で囁く。

 「いい加減に私へ分かるよう説明してくれ!」

 エヴァンジェリンは我慢の限界だった。恐らく、今両者の間で流れているのは、自分のこと。とあは戻ってきた時に全てを話すと言っていたが、未だにその様子がないのだ。彼は自分の何かを知っている、それは確固たる事実だった。

 「爺さんは───「やめなさいっ!」───エヴァを助ける為に吸血鬼にしたんだよ」

 「は?」

 助ける。その言葉の意味をすぐには理解出来なかった。呆けたエヴァンジェリンの声が、闇夜に溶ける。

 「何を、有り得ない。…そもそもなんでお前がそれを知ってる」

 「エヴァ、お前は“あの時代”では施しようのない、不治の病に犯されていた。爺さんはそれを治す為にお前を不死にしたのだ。日の光りを歩けるハイデイライトウォーカーとして」


その2。

 ───契約執行。ナギの従者、式王神。

以上です。その1はなんというか、エヴァに語りすぎた部分がありました。その2は迷いました、此方にするべきか本名でよかったのか。








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