梅雨が明け本格的に暑くなってきた今日此頃、E組の教室では近々行われる球技大会の話し合いをしていた。
「クラス対抗球技大会ですか。健康な心身をスポーツで養う大いに結構!…………なのですがトーナメント表にE組が無いのはどうしてです?」
殺せんせーはプリントを確認して疑問を聞いてみると三村が答えた。
「E組は本戦にエントリーされないんだ。1チーム余るって素敵な理由で。その代わり大会のシメにエキシビション……要は見せ物に出なきゃならない。全校生徒の前で男子は野球部の、女子はバスケ部の選抜メンバーと試合するんだ」
「なるほど、いつものやつですか」
「そ。でも心配しないで殺せんせー。暗殺で基礎体力ついてるから良い試合をして全校生徒を盛り下げるよ、ねー皆」
「「「「おーう」」」」
片岡はそう言うと女子達は声を揃えて言っており、片岡を中心に綿密に話し合っていた。
スポーツは勝つだけが全てではなく負ける時は負け方も大事だが女子はこの逆境も良い糧になるだろうと殺せんせーは考えていた。
「俺等、晒し者とか勘弁だわ。お前らで適当にやっといてくれや」
寺坂はそう言うと吉田、村松を連れて教室を出てしまった。
「寺坂!……ったく」
「ほっとけよ磯貝。にしても頼れんのは杉野だけど何か勝つ秘策ねーの?」
前原は杉野に秘策を聞いたが杉野は俯きながら答えた。
「…………無理だよ。最低でも3年間野球やってたあいつ等と、殆どが未経験の俺等。勝つどころか勝負にならねー。だけどさ……殺せんせー。だけど勝ちたいんだ、善戦じゃなく勝ちたい!好きな野球で負けたくない野球部追い出されてE組に来て……むしろその思いが強くなった。皆とチームを組んで勝ちたい!!」
誰しもが杉野は諦めてるのかと思っていたが違った。
杉野の目には諦めがなく寧ろやる気に満ちていた。
「良いじゃん!やってやろうぜ?全校生徒の前で野球部達の鼻っ柱へし折ってやろう。な、皆」
「九重や杉野の言うとおり、野球部達に敗北を送ってやろうぜ!」
楓、磯貝がそう言うと男子達もやる気に満ちて話し合いに積極的になっていた。
「最近の君達は目的意識をはっきり口にするようになりましたね。殺りたい、勝ちたい。どんな困難な目標に対しても揺るがずに。その心意気に応えて、殺監督が作戦とトレーニングを授けましょう!!」
殺せんせーはユニフォームに着替えてバットとグローブを持ちながらそう言ってきた。
そして球技大会当日
女子は既にバスケ部との試合をしており男子は試合が始まる直前だった。
『それでは最後に……E組対野球部選抜のエキシビションマッチを行います』
A組で放送部部長の荒木が実況をしており、E組と野球部は列に並び礼をした。
「学力と体力を兼ね揃えたエリートだけが選ばれた者として人の上に立てる。それが文武両道だ杉野。選ばれざる者がグラウンドに残っているのは許されない。E組共々、二度と表を歩けない試合をしてやるよ」
野球部のエース、進藤は杉野にそう言うと離れていき準備をしていた。
「そーいや殺監督は?指揮すんじゃなかったけ?」
「あそこだよ。烏間先生に目立つなって言われてるから……」
菅谷の問いに渚は指を指して答えていた。
渚が指した所には無数のボールが転がっており、その中に殺せんせーが混ざっていた。
「遠近法でボールにまぎれてる。顔色とかでサインが出すんだって」
「……そうか」
菅谷は呆れた口調でそう呟いていた。
そんな中、殺せんせーの顔の色が3段階に変わっており渚がその意味を調べていた。
「えーと、青緑→紫→黄土色だから……殺す気で勝てってさ」
渚の言葉に皆は表情を緩ませていた。
「確かに俺等にはもっとデカイ目標がいるんだ。奴等程度に勝てなきゃ殺せんせーは殺せないな。…………よっしゃ殺るか!!」
「「「「おう!!」」」」
磯貝は杉野の背中をポンと叩き声をかけると皆はそれに応え、試合に向かった。
試合は表、杉野が野球部3人をテンポ良く打ち取り後攻E組の攻撃に移った。
「やだやだ、どアウェイで学校のスター相手に先頭打者かよ」
木村は屈伸しながらぼやくとバッターボックスに入り構えた。
審判からのプレイ!と言う声を聞くと同時に進藤はど真中にストレートを投げ込んだ。
結果はストライク。
木村は荒木の実況にも気にせず殺監督の指示を見ていた。
殺監督の指示を理解した木村はヘルメットを弄る仕草をしバットを構え直した。
進藤は2球目を投げたとき、木村はバントの構えをしてボールに当てた。
ボールはピッチャーとファーストの付近に転がっており、内野手の誰が捕るかで迷ってるなか木村は素早く走り一塁に着いた。
「チッ、小賢しい……」
「気にすんな。いかにも素人の考える事だ。警戒しとけばバントなんてまずさせねぇ」
進藤は苛つくなか仲間がフォローに入っていた。
そんな中、次のバッターに渚が入って殺監督の指示を確認していた。
渚もバントをしており、今度は三塁線に強く当てて前に出てきたサードの脇を抜けていった。
ノーアウト1、2塁とE組有利な状況になってるなか観戦していた人達からはざわざわと落ち着かない状態になっていた。
それもその筈、殺せんせーが皆の練習で300㎞の球を投げていたので進藤の球がとびきり遅く感じていた。
そしてE組の皆は球技大会までひたすらバントの練習をしていて今に至るのだった。
続く磯貝もピッチャーとサードの方にバントをしてノーアウトの満塁になった。
4番のバッターに杉野が入り、監督の指示を見た杉野はニヤリと笑っていた。
杉野は最初からバントの構えをして待っていると進藤は内角の高めにストレートを投げてきた。
しかし杉野ははそれを狙ってたかのようにバットを持ち直し打つとカキィィン!という快音が響いて外野を抜けていった。
杉野はスリーベースヒットを打ち、E組は一気に3点先制した。
そんな中、楓はバッターボックスに進みながら、殺せんせーとの会話を思い出していた。
~~
「九重君。ちょっとよろしいですか?」
「何?殺せんせー」
「君はC.E.C……先天性集中力過剰ですか?」
殺せんせーの言葉に楓以外は聞きなれないのか皆でこそこそと話をしていた。
「違うよ、俺のは後天性のC.D.F……集中力操作自在ですよ 」
「何なの?C.E.CとかC.D.Fって?」
渚は解らないと言う顔をしながら殺せんせーと楓に聞いてきた。
「そうですねぇ。先天性集中過剰とは脳の一部に何らかの欠損があり実行機能が制御できず、1つの事象に対する認知・判断・選択・精査が過度に行われた結果、一時的に身動きがとれなくなり日常生活に大きな障害となる精神疾患です」
「逆に集中力操作自在は簡単に言ったら集中力を任意に高めることが出来るんだ。それに精神疾患じゃ無くて後天性、訓練して身に付けた物なんだ。あぁ、集中力自在操作はスポーツ選手で言うゾーンに入るとも言うな」
「なるほど……」
「って杉野は解ったのかよ!?」
「詳しい事はあんまりだけど、ゾーンって極限の集中状態になるんだ。極限の集中状態って物体の動くスピードとかが遅く感じたりするらしいんだ。稀にアスリートの人達でもそう言う状態になるって聞くぜ」
杉野の説明に皆はへぇーと声を揃えて、殺せんせーと楓が頷いていた。
「で?それがどうかしたの?」
「いえ、それでしたら君は試合の時にボールは皆よりも遅く感じられますね?」
「勿論。出来ればバントじゃ無くて思いっきり打ちたいんだけど良いよね?」
楓はそう言うと殺せんせーはニヤリと笑っていた。
「勿論ですよ。寧ろそれを御願いしたいです」~~
カキィィン!
『またもやファール!これで6回目だ!……いい加減アウトになれよ』
あれから楓は態とファールになるようにボールを打っていた。
進藤は度重なるバントによるヒットに杉野のタイムリーヒットによる3失点、そして一行に打ち取れない楓に苛々が募っていた。
「あいつもやるねぇ……」
「どういう事だよ?九重がただ、打った打球がファールになってるだけだろ?」
カルマの呟きに菅谷が答えるが、杉野はそれは違うと言ってきた。
「あいつ狙ってファールを打ってると思う。菅谷が進藤の立場になって考えてまなよ。失点をとられた上に何度もファールで全くアウト1つとれないとどう思う?」
「苛々が募るな…………」
「九重はそれを態とやってるんだよ」
カルマの言葉を聞いた周りの人は露骨に嫌な顔をしていた。
「あ!男子勝ってるじゃん!」
ふと聞こえた声に男子は振り返るとE組女子達がやって来た。
「そっちはどうだった?」
「うーん、悔しいけど負けちゃった」
前原の問いに片岡は残念そうにそう言った。
「でも片岡さん凄かったんだよ!1人で30得点もとってたんだよ!」
茅野の言葉に片岡はアハハと恥ずかしそうに笑っていた。
「それより、そっちはどんな感じなの?」
「九重が絶賛、進藤をいじめ中だ」
前原の言葉に女子達は、は!?と声を揃えて驚いており、試合を見た。
カキィィン!!
楓で何回目か解らない快音が響いたが打球はファール。
しかも打球は実況の荒木に当たっていた。
『またファールかよ!?しかもこっちに当ててくんな!?』
もはや実況はどこにもなく文句しか言ってなかった。
楓はチラッと指示を見てみると殺せんせーは白と黒の顔色に点滅していたのを確認した。
何球目になるか解らない進藤の投球を投げた。
しかし、進藤の球は最初の頃に比べると大分キレが落ちていた。
それを楓は見逃さず素早く振り抜くとキィン!と鳴り初めて楓が塁を走った。
打球は高く高く外野の上を飛んでおり外野手はそれを追っていた。
ドン!
「え?」
センターを守っていた外野手が突如、壁にぶつかってしまった。
その壁はフェンスであり、ボールはそのフェンスを越えていた。
『な、なんだと!?E組がホームラン!?これで5対0って野球部どうしたんだよ!!』
楓は実況を聞きながらホームベースを踏んで杉野とハイタッチをしE組皆の所に戻った。
「凄いじゃないか九重!ホームランだぜホームラン!」
「このままE組がコールドゲームで勝てるんじゃ無いのか!!」
戻ってきた杉野と楓を揉みくちゃにしながら女子も含めて歓喜に包まれていた。
しかし、それで勝てるほど世の中甘くはなかった。
「審判タイムを」
突如、審判にタイムを宣言したのは浅野理事長だった。
「監督が倒れたので私が指揮をとりましょう」
どうやらこの試合、まだまだ荒れるようだ…………