IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅩⅡ

「ふむ、逃げられたか。だが、この状態では仕方あるまい」

 

ISを展開せずに、成長しきっていない体での創造の使用は聖餐杯の贋作に大きな負担を強いることとなった。結果、一夏は最初に力尽き、その間にマレウスとバビロンに逃げられてしまった。

一夏は創造を使えば、こうなるであろうとある程度予測できていた。

では、創造を使わなければ、マレウスとバビロンは倒せない相手なのかといえば、それはあり得ない。もとの聖餐杯の体なら活動で二人をひれ伏せさせることができる。この体が聖餐杯の贋作の体といえども、あの二人なら形成で十分こと足りるはずだった。

それほど、聖約・運命の神槍は強力な聖遺物である。

だが、それでも一夏は創造を使用した。なぜか?確かに、マレウスとバビロン以外の襲撃者こともあった。セシリアと鈴で倒せる相手かどうか知らなかったが、あの場でベイを呼んでいれば、よほど相手との相性が悪くない限り、とりあえず負けることはない。

……だが、そんなことは彼にとって実はどうでもよい些事である。

彼は純粋に…心底…嬉しかったのだ。

嘗て自分の臣下であった者らが、己が誰であるのか知らなかったとはいえ、牙をむいてくれたのだ。彼が嬉しくないはずがない。そんな二人に対し、持てる力を最大限に出し、相手をするというのは彼なりの礼儀であり、愛情表現なのだ。

なぜなら、彼はすべてを愛しているのだから。

彼は愛する彼女らに、グラズヘイムという祝福を思い出してほしかった。

彼の愛は破壊の慕情なのだから。

 

「しかし、思った以上に、この体は重いな」

 

慣れない運動をした時のような疲労感と倦怠感が一夏の体を包む。

汗をかき、息切れをおこし、吐き気を催し、眩暈がする。

このような体験は、おそらく織斑一夏という人間になって初めてであろう。

それどころか、人外に成り果て以来、初めてかもしれない。

黄金の瞳は元の青色に戻り、黄金の鬣は黒髪に戻ってしまっている。

一夏は壁に寄り掛かろうとすると、シャルロットが一夏を支えた。

シャルロットに支えてもらっている状態で一夏は胸ポケットから携帯電話を取り出し、電話をかけた。電話の相手は自分が呼び寄せたヴィルヘルム=エーレンブルグ。先ほどのアリーナの大きな揺れ以降静かになったため、勝敗が付いたと一夏は考えたからだ。

 

「久しいな、ベイ。突然だが、撤退だ。…異論でもあるのか?……そうか。だが、卿が嘆くのはまだ早い。どういう事情か知らぬが、マレウスとバビロンがさきほどまで此処に居た。今からの卿の獲物は彼女らだ。では、そこから脱出し、近辺にマレウスかバビロンが居ないか捜索せよ。見つけ次第、グラズヘイムに送ってやれ。それと、この学園での一切の殺人を禁止する。我が爪牙の卵が居るやもしれんからな。その芽を摘むのは惜しい」

 

一夏は言いたいことを言うと、携帯電話を切った。

そして、二人はゆっくりと歩きだし、アリーナの外へと避難する。

 

「ねぇ、一夏って何者なの?」

 

シャルロットの口から出てきた言葉はそんな陳腐なものだった。

確かに陳腐ではあるが、この場の現時点での問いとしては最も適切である。

彼女は一夏に聞きたいことが山ほどあった。何故一夏の目や髪の色が変わるのか。一夏の体から出てくる圧倒的なプレッシャーは何なのか。あのマレウスとバビロンと名乗った人たちとはどういう関係なのか。夜都賀波岐とはいったい何なのか。あの黄金に輝く槍は何なのか。何故マレウスは一夏のことを「ハイドヒリ卿」と呼んだのか。

だが、まず何から聞けばいいのかシャルロットは分からない。

故に、出てきた言葉すべての問いとなる言葉を選んだ。

 

「それについては後々話すとしよう。私としても卿に問いたいことがあるのでな」

「…分かったよ。まずは、保健室に行くね」

 

一夏はシャルロットの提案を断りたかったのだが、言ったところで少し頑固なシャルロットは首を縦に振らないだろう。それに、IS学園の襲撃事件の後だ。仮に自分がシャルロットの提案を拒否したところで、結局は自分が無事であることをIS学園の教職員に見せなければならないため、この醜態を見せなければならない。となると、結局は保健室行きだ。一夏は足を引き摺りながら、保健室へと向かった。

 

「一夏!」

 

正面から鈴が走って来る。鈴に続く形でセシリアも来た。二人は点呼の確認が取れなかった二人を心配し、教職員の許可を貰い、探しに来た。セシリアと鈴がすぐに二人を見つけることが出来たのはISの探知機能によるもものらしい。

鈴とセシリアが来たため、シャルロットは再びシャルルを演じる。

一夏に駆け寄る鈴の顔は真っ青だった。これまで自分の前で体調を崩したことのない一夏が他人の肩を借りて歩いている光景は、鈴にとってあまりにも衝撃的過ぎた。

付き合いの短いセシリアでも一夏が異常事態だということは理解できた。

鈴は一夏の右腕を自分の肩に回し、一夏の支えになる。

 

「アンタ、どうしたのよ!」

「単なる腹痛だ。卿が気にするようなことではない。と、今は言っておこう」

「気にするわよ!最強無敵のアンタが脂汗垂らして弱っているって!ありえないわよ!」

「鈴さん、一夏さんは『今は』と仰ったのですから…」

「…分かった。……でも、いつかはちゃんと話しなさいよ」

「無論。卿にはその資格と資質を秘めているのだからな」

 

鈴が一応納得したため、これ以上の追及は無しとなった。

一同は保健室へと向かおうとするが、鈴とセシリアは教職員に一夏たちについての報告義務がある。そこで、セシリアはここで別れ教職員の集まっている場所へと行き、一夏が腹痛であると伝えると言って、元来た道を戻っていく。

そして、一夏たちはゆっくりと保健室へと向かった。

道すがら、鈴はIS学園に来た襲撃者のことを一夏たちに話す。謎の黒いISが襲撃に来たと思ったら、軍服を纏った白貌の吸血鬼が現れ、ISを破壊すると、去って行ったらしい。

話し終わると、セシリアがこちらにやってきた。

 

「男子用の保健室?」

 

鈴はセシリアに聞き直した。

IS学園の生徒の99%は女子だ。故に、保健医は当然女性の先生を招いている。

だが、一夏とシャルルが入学したことで、この保健医の制度の見直しがなされた。男性のIS操縦者は貴重であるため、健康維持が重要である。そのために、男子が気兼ねなく相談できるようにと、男性の保健医を採用しようと話になったらしい。今年から男子用の保健室ができたらしく、そこへ行くようにセシリアは千冬から言われたらしい。

 

「IS学園で男の保健医って大丈夫なの?」

「どういうこと?鈴?」

「だって、IS学園の教職員ってIS操縦者が女しかいないからっていうのもあるけど、男女の間違いが起こらないように、女しか教職員になれないって誰かが話しているのを聞いたことあるのよ。先生の手を出した生徒がアタシたちみたいな留学生だったら、最悪国際問題になりかねないから、その予防だって」

「でも、それでしたら、男性の保健医が採用される理由と矛盾しませんかしら?」

「そうなのよ。だから、おかしいのよ」

「その保健医の先生に意中の相手がいれば、問題ないんじゃない?」

「どういうことよ?」

「今の鈴の話からすれば、男の保健医の先生が女生徒と関係を作ると駄目だから、男の職員が駄目だってことだよね?たとえば、奥さんにベタ惚れしているお医者さんとかだったら、問題ないんじゃないかな?」

「なるほど、それでしたら、納得ですわね」

「逆に、相当な変人かもしれないわよ」

「鈴さん。それはどういうことですの?」

「たとえば、二次元の女の子が大好きで現実の女の子に興味がないオタクの保健医とか」

「変に説得力がありますわね」

「逆に、ゲイとかありえそうね……一夏、シャルル、お尻気をつけなさいよ」

「う…うん」

 

まだ見ぬ男性の保健医について、鈴とシャルル、セシリアが話している。

一夏を心配しすぎても、鬱陶しがられるかもしれないと鈴が判断したからだ。

昨年新しくできた新校舎のエレベーターに乗り、三階の男子用保健室へと向かった。

男子用保健室はエレベーターから離れた一番奥にあった。何故こんな行きにくいところにあるのかと鈴たちは疑問に思ったが、利用者が少ないことと、男性職員に慣れていない生徒が多いからではないかとシャルルが言うとセシリアと鈴は納得した。

 

「此処ね」

 

鈴は扉を開け、四人は入室した。保健室は思った以上に、普通だった。

数台のベッドとカーテン、診察用の椅子とベッドがある。そして、様々なものが置かれた保健医が使っていそうな机と椅子もあった。どこの学校にでもある保健室が広がっていた。

 

「誰も居ないですわね?」

「確かに、保健医が保健室に居ないって…これじゃ誰か来ても仕事できないね」

「そうよ、これじゃ、一夏が!」

「鈴、落ち着いて、とりあえず、一夏をベッドに寝かせてあげよう。この体勢だと…」

「それも、そうね」

 

鈴とシャルルは一夏を寝かせるようとする。

だが、一夏は鈴とシャルルから離れ、ベッドに腰を下ろした。先ほどまで、脱力していた一夏が急に支えなしで立ったことに三人は驚く。特に、アリーナで襲撃された直後の一夏を知っているシャルルは戸惑っている。息切れが激しく、一夏は歩くことさえ困難だった。あんな疲労困憊の状態から、このような動作を軽くやるには十分ぐらい横になって休憩を取り、息を整える必要がある。だが、一夏が襲撃されてからここに来るまで支えがあったとはいえ、此処まで数分歩いてきた。ここまで回復するとは思えない。もしかして、一夏の疲労は演技だったのかとシャルルは考えるが、あの汗の量は演技で出るものではない。だったら、本当にあの状態から回復したのか?

 

「一夏、大丈夫なの?」

「深刻という表現が適切であろう」

「ちょっと!やばいじゃない!アンタの口から深刻なんて言葉初めて聞いたわよ!えぇーっと!救急車!それより保健医探した方が良いの!」

「鈴、この肉体を医師が診察したところで、外傷も内傷も見当たらん。故に、今の私に医師は不要だ」

「は!?アンタ何言ってんのよ!だったら、体のどこが悪いのよ!どうやったら、治るのよ!誰に頼ればいいのよ!」

 

一夏の言っていることが理解できない鈴はパニックに陥っている。同席していたセシリアやシャルルも反応に違いあれど、一夏の言っていることが理解できない。

体が不調なら、内傷なり、外傷があるのが当然だ。完治するか否かは別として、内傷があれば内科などの、外傷があれば、外科などの医師に掛かり、治療を受け、治るのが普通である。だが、身体の不調があるにも関わらず、内傷もなければ、外傷もない。となれば、医師は必要ない。理解はできるのだが、一つ疑問が浮かび上がる。

一夏が深刻と言うほどの不調とはいったいどのような物か、だ。

 

「それについては今晩中に万全とはいかないまでも、何とかする目途が立っている。故に、私の不調など今は些事である」

「些事って…一夏」

「完治は約束されている。ならば、些事と言う他あるまい」

「……」

「些事ということは、何か大事な事でもあるのでしょうか?」

「卿は察しが良いな。セシリア。話を進めやすい。今この場には私と卿ら四人しかおらん。盗聴器でも仕掛けていなければ、この話は他人に聞かれていないと考えるのが妥当だな」

 

一夏は真剣な目で三人を見る。

どことなく真剣さが一夏の口調にあったため、鈴は一夏の話に何かがあると察した。

鈴は一夏の方に向き直り、静かに頷く。セシリアとシャルルも同じだった。

 

「セシリアと鈴はベイの口から聞いたのであろう?……聖槍十三騎士団と」

 

一夏の口から予想もしない言葉が出てきた。ピクッと二人は反応してしまう。

聖槍十三騎士団

さきほど、セシリアと鈴が戦いかけた白貌の男、ヴィルヘルム=エーレンブルグが口にした言葉だ。彼が『カズィクル=ベイ』と名乗ったことから、おそらく一夏の言う『ベイ』とはヴィルヘルムのことだろうと二人は推測した。

 

「やはりか。騎士道を掲げるベイは戦う前に必ず名乗るとは聞いてはいたが」

「ちょっと!一夏!アイツを知っているの!」

「無論、ベイは私の臣下だ」

「……臣下って」

 

肉食獣をも超える獣性を自分たちに見せつけたヴィルヘルムを臣下と呼んだことにセシリアと鈴は言葉を失う。一夏の事をよく知らない人間なら信じられない言葉だが、鈴は一夏の言葉が真実だと知っている。一夏は嘘を絶対につかないからだ。そんな一夏が言うのだから、一夏はあのヴィルヘルムより立場が上なのだろう。だとすれば、自分の目の前にいる織斑一夏という人間は何者なのか、鈴は分からなくなってしまう。

 

「一夏……アンタ」

 

一夏に織斑一夏の真実を問いたいという衝動に鈴は駆られる。

だが、聞いてしまえば、今の自分と一夏との関係を壊しかねない。故に、言葉を口から出すことに躊躇ってしまう。そんな鈴を見た一夏は保健室のベッドから立ち上がる。

そして、圧倒的な存在感が一夏の中から溢れ出る。

青い瞳は魔性に輝く黄金の瞳へ、黒髪を黄金の鬣へ、姿を織斑一夏からラインハルト=ハイドリヒへと変える。

圧倒的な存在感を前に、三人は気圧されされてしまう。

ハイドリヒへと姿を完全に変え、名乗ろうとする。

 

「シャルルよ、卿は私に問うたな。私が何者なのか、……ならば、今一度名乗ろう。私は聖槍十三騎士団黒円卓……ん、誰か来たな。話は今晩私の部屋で行う。興味があるのなら、来るがよい。それまでこの話は他言無用だ」

 

だが、廊下から規則正しく連続的な足音が聞こえてきたことで、一夏は名乗りを止め、気を静める。髪は黒髪に、瞳は青色に戻し、一方的に話を打ち切る。

足音が聞こえ始めてから十数秒後、保健室の扉がノックされた。

一夏はベッドに横たわり、病人のふりをする。セシリアと鈴とシャルルは慌てて着席し、何も無かったかのように振る舞う。

 

「失礼」

 

保健室に入室してきたのは、一夏の姉である千冬だった。

入室してきた千冬は一夏が安静にしていたおかげで、落ち着いたと聞き、安心する。

 

「それは良かった……と言いたいが、そうも言ってられない事態に陥った」

「今日の出来事のことですか?」

「あぁ。話そうと思っていたことは今日の事件の話だ。オルコットと凰は知っての通り、襲撃者は謎のISとあの男。今後のお前たちを左右する重要な話だ。心して聞け。まずは、あのISについてお前たちに話そう」

 

最初の襲撃者である謎のIS。アレは無人機だったということが、アリーナに残っていたISの破片を集め解析した結果判明した。

だが、何処の誰が開発したISなのか、分からずじまいだった。

シャルルは千冬が話している謎のISを見ていないため、話しについて行けなかったが、話の腰を折ってはならないと思い、黙って聞くことにした。

千冬の話は大幅に簡略化されていた。このことから、千冬の話の本題はこの所属不明のISのことではないということが察せられた。

 

「今の話は前座のようなもの…次が本題。あの男…ヴィルヘルムついてだ」

 

千冬の表情が険しくなる。どうやら、先ほどの謎のISよりこちらの方が深刻な話らしい。

それから聞かされた話は衝撃的なものだった。

『聖槍十三騎士団』は第二次大戦のドイツ人が作り上げた魔人による十三人の騎士団。

十三人の団員すべての素性が割れているわけではないが、一人一人の力は軍隊を用いても倒せないほど強大だという。一人倒しただけでも最新式の戦車が一万台買えるほどの懸賞金が貰えるというのだから、騎士団の凶暴性が逸脱していることはわざわざ論ずるまでもないだろう。騎士団の目的は不明だが、騎士団の行ったことから察するに、碌なことを考えているわけではないということだけは確かだという。

だが、この存在を多くの人は知らない。なぜなら、第二次大戦の戦勝国は騎士団を抹殺しきれなかったという事実を恥じ、隠蔽したかったからだ。

第二次大戦から150年経った現在において、この騎士団の存在を知っているのも、一部の国の指導者か、裏社会に深く通ずる者だけらしい。

あのヴィルヘルムはその聖槍十三騎士団の一角であり、団員の中でも知名度が高い。

彼は世界各国の内乱や紛争が起こると、必ず現れ、目に映った兵士を全て殺すと言われている。

 

「ヴィルヘルムの犠牲者は数万人にも及ぶと言われている」

 

聖槍十三騎士団のことを知っていると千冬に言いたかったが、言ってしまえば最後、一夏の命令を受けたヴィルヘルムに殺されかねない。一夏の性格から考えれば、そのようなことなどありえないのだが、三人は一夏が狂人の軍団に入っているということを知ったため、疑心暗鬼になっていた。

そのため、三人は千冬にばれない様に視線を一夏に送る。

各々今まで見てきた織斑一夏という人物像が崩れ始め、一夏に何者だと問い詰めたかったからだ。だが、一夏は何も反応することなく、黙って千冬の話に耳を傾けていた。

 

「織斑先生は何故知っておられるのですか?一部の指導者と裏の世界に通じる人しか知らないって先生言いましたよね?」

「この学校の生徒の中で裏社会に通ずる者がいるからな。その者からの情報だ。…だが、そんなことはどうでもいい。問題はお前たちのことだ。あの男の目的は判明していないが、オルコットと凰はあの男に標的の宣言をされた。おそらく、地の果てまで追ってくるだろう。となると、此処で、お前たち三人が取る選択は二つだ。IS学園に残るか、母国に帰り母国の軍に保護されるかだ」

「織斑先生。ヴィルヘルムと面識のない僕もですか?」

「そうだ。仮に、あの男の目的が専用機だったらどうだ?」

「……僕もいずれ狙われるかもしれない」

 

マレウスとバビロンに狙われた時のことを思い出したシャルルは答えた。

 

「あぁ。あの男や聖槍十三騎士団の目的が何かは分からんが、何か対策をとっておいて損はないだろう?特に、お前と織斑は貴重なISの男の操縦者だ。手段を選ばないのなら、IS学園の地下核シェルターに隔離しておきたいところだが、お前たちは嫌だろう?」

 

最後に、IS学園にいる限りはあの男の好き勝手にはさせないと千冬は三人に言う。

千冬の話は終わり、千冬は部屋から出ていく。

IS学園の警備強化の話をしなければならないらしい。千冬本人としては不安になっている四人の傍にいた方が良いのではないかと考えたが、重い話を聞かされたのだから今は彼女らを静かにさせておいた方が彼女らのためになるのではないかと、自分を納得させた。

去り際に、千冬は四人に相談にはいつでも乗るし、授業に出たくないのなら、それを認めるとも言った。

 

「一夏、いったいどういうこと?」

「鈴、話は今晩私の部屋でと言ったはずだ」

 

一夏はベッドから起き上がり、軽く柔軟すると、保健室から出て行った。

悠々と保健室から出ていく一夏を三人は見ているしかなかった。

保健室に残された三人は今晩一夏の部屋に行くかどうするのかを考える。そして、結論に自分で辿り着くと、三人は保健室から出て行った。

その後、四人は思い思いに過ごした。といっても、やっていることは普段と変わらない。夕食をとり、宿題をし、シャワーを浴びた。何もすることがなければ、ルームメイトと何気ないことで話したり、本を読んだりして時間をつぶした。

 

五時間という時間はあっという間に過ぎる。

日付が変わる直前の織斑一夏とシャルル=デュノアの量の部屋には四つの人影があった。

織斑一夏、セシリア=オルコット、凰鈴音、シャルロット=デュノア。

シャルルは自分のベッドに腰掛け、セシリアはシャルルの勉強机の椅子に座り、鈴は一夏の勉強机の椅子に座っている。

一夏は台所でお茶の用意をし、盆に載せ、三人がいるところに来る。

 

「一夏、全て話してもらうわよ」

「鈴、話をしたいのだが、少々待ってもらいたい。役者も舞台も整っていない。これでは今宵のオペラを始められん」

「役者って、誰が足りないのよ」

「後、五人ほどだ。だが、呼ぶ必要のある役者は一人だ。我らが舞台に上がれば、残りの四人は自ずと会うことができる」

「じゃあ、その一人呼びなさいよ」

「すでに私の声が届くところには居る。そうであろう?ベイ」

 

ベランダの扉が突如開き、部屋の中に一人の男が入ってきた。ヴィルヘルム=エーレンブルグ。昼間にセシリアと鈴が見た男だ。そして、聖槍十三騎士団黒円卓第四位にして、一夏の臣下である。ベイは一夏に来ると、跪き、首を垂れる。

 

「卿も健勝そうでなりよりよりだ。ベイ」

「拝顔の栄誉承り、光栄の至りです。ハイドリヒ卿」

 

目の前の光景にセシリアと鈴は戸惑った。昼間見た時のベイからは獣性が滲み出ていた。だが、今はどうだ。一人の主に使える忠実な僕の様ではないか。一通りの挨拶が終わったベイは立ち上がり、ゆっくりと下がり、部屋の端に行くと、壁に背中を預けた。

このような光景を見せつけられた三人は一夏が何者なのか、恐怖や不安を感じる一方で、織斑一夏という人物は何者だと興味を抱いてしまう。

 

「此処で集うべき役者は揃った。後は我らが舞台に上がるだけだ」

「舞台って、どこかにこれから行くの?寮長の千冬さんに見つかったらヤバいわよ」

「心配は無用だ。鈴。この部屋から出ずに、この部屋とは別の場所に行く」

 

意味深な一夏の言葉にセシリア、鈴、シャルルは頭を捻る。一夏は何も言わずにベッドから立つと、自分のクローゼットへと向かった。三人は黙って一夏を見ていた。

 

「『その男は墓に住み  あらゆる者も  あらゆる鎖も

  あらゆる総てをもってしても繋ぎ止めることが出来ない』」

 

一夏がクローゼットの取っ手に手をかけた次の瞬間、頭の中に声が響く。

一夏とベイは平然としているが、セシリア、鈴、シャルロットは直接声が頭に響いてくるという初めての体験に戸惑いを隠せない。

この声が紡ぐ詩は警告のように感じられた。

だが、この声の主に感情がないのか、声に気持ちが入っておらず、無機質に感じられる。

まるで、言葉を紡ぐだけの作業を行っているような機械音にしか聞こえない。

 

「『彼は縛鎖を千切り  枷を壊し  狂い泣き叫ぶ墓の主

  この世のありとあらゆるモノ総て  彼を抑える力を持たない』」

 

耳を澄ましたセシリアは声の主が子供であるということに気づいた。

声色から判断した結果なのだが、やはりこの無機質な雰囲気から違和感を覚えてしまう。

故に、声の主が子供であると予想がついた所為で、余計に気味が悪かった。

 

「『ゆえ神は問われた  貴様は何者か

  愚問なり  無知蒙昧  知らぬなら答えよう』」

 

一夏の聖餐杯の贋作は現在深刻な傷を負っている。

次に創造を使えば、身が砕け散ってしまうほどの致命傷ともいえる傷だ。故に、彼は自分の力でグラズヘイムへと繋がる道を開くことはできない。

ならば、城の側から扉を開けばよいだけの話だ。

城を内部から開けられる者とは誰か。大隊長の一角は崩れているため、ザミエルとシュライバーだけでは城門を開けることは不可能である。

となれば、城門を開くことができる資格を持つ者は…

 

「『我が名はレギオン』」

 

グラズヘイムの心臓となった獣の血を引く子供、イザーク=アイン・ゾーネンキント。

マレウスとバビロンの襲撃について聖槍十三騎士団に話をしなければならないと一夏から連絡を受けたイザークがグラズヘイムへの扉を開ける役割を買って出た。

 

「『創造  至高天―黄金冠す第五宇宙』」

 

イザークの詠唱の完了と同時に、一夏はクローゼットの扉を開く。

クローゼットの扉の向こう側から来る強烈な光で、セシリアと鈴とシャルルの視界は白くなる。三人は眩しさのあまり目を閉じ、腕を目の前に翳し目に入る光を遮った。

光に慣れてきた三人は腕を下し、強光を放っていたクローゼットの扉の向こう側を見る。

 

「……」

 

三人は驚きのあまり言葉が出てこなかった。

その原因は二つ。一つ目はクローゼットの扉の向こう側にあった。

奥行きが数十センチしかないはずのクローゼットの扉の向こう側は廊下だった。

延々に続く赤い絨毯、彫刻が施された柱、絵の描かれた天井。どれをとっても、重要文化財に匹敵するほどの繊細にして豪勢な物であり、常軌を逸した建造物のものであることは容易に想像ができるほどの造りであった。これほどのものならば、一度は目にしたことがあるはずだ。だが、この建物を自分たちは一度も見たことがない。

自分の目の前に広がる壮麗な建物は何という建物なのか、三人の理解が追い付かず、放心状態になってしまう。

 

「我が城ヴェヴェルスブルグへ、ようこそ。我ら聖槍十三騎士団は卿等の登城、心より歓迎する。セシリア=オルコット、凰 鈴音、シャルロット=デュノア」

 

そして、一夏が立っていたはずのところに、金髪の男が立っていた。その金髪の男こそ織斑一夏の前世の姿であるラインハルト=トリスタン=オイゲン=ハイドリヒだった。

ヴェヴェルスブルグに入城したことで一夏はハイドリヒの姿に戻ったのだ。

 

「……一…夏?」

 

本名を呼ばれたことで、自分の目の前に居る男が一夏であることに気付いたシャルルは、自分の推論を確かめるように、一夏に問いかける。

シャルルの言葉にセシリアと鈴は驚く。ハイドリヒの姿は自分の知っている織斑一夏の姿とは遠くかけ離れた物だったからだ。

 

「卿らが私に問いたいことは山のようにあるだろう。今説明しても構わんが、立ち話で済ますことのできる量ではない。先ほども言ったが、役者がそろっていない。それに、このままでは、茶が濃くなりすぎてしまう。私は濃い茶は嫌いではないが、卿等には良い飲み方というものを知ってもらいたい。この先にある円卓で茶でも飲みながら話そうではないか」

 

一夏はクローゼットの扉を潜り、ヴェヴェルスブルグに足を踏み入れ、奥へと進んでいく。

ヴィルヘルムも一夏に続く形で、セシリアたちを押しのけ、入城する。

 

「ハイドリヒ卿、俺は先に行ってますよ」

「あぁ、イザークたちには円卓の席に座っておけと言ってある。卿もそちらに向かえ」

 

不敵な笑みを浮かべたヴィルヘルムは颯爽と走り、廊下の奥へと消えて行った。

ヴィルヘルムを見送った一夏は廊下の奥へと歩を進め、一夏に従うようにセシリア、鈴、シャルルも城の奥へと進む。

黄金の廊下を数分ほど歩いた先に、木目の美しい重厚な扉に辿り着いた。

一夏がその扉の前で立ち止まったことから、一夏の目的はこの扉の先にあるのだと三人は推測した。この推測が当たっていれば、この扉の向こう側にヴィルヘルムのような化け物が十二人いるはずだからだ。緊張のあまり三人は息をのむ。


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