IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅩⅢ

「セシリア、鈴、シャルロット、好きな席にかけたまえ」

 

長い廊下を歩いた先に辿り着いた扉の向こうには巨大な円卓があった。

扉から一番離れた席に行った一夏は机の上に盆を置くと、急須に入っていた緑茶を湯呑に淹れていく。目の前の光景をいまだに理解しきれていない三人だったが、一夏の言葉により、再び我に戻り自分が着席するための椅子を探し始めた三人はあることに気が付いた。

 

十三ある席のうち、人が座っている席は一夏を含め六席と少ない。

事前に千冬から聖槍十三騎士団の関する情報を聞かされていた彼女たちは十三席あると見た時に、満席であると覚悟していたため、首をかしげる。なぜなら、聖槍十三騎士団は十三人の魔人の騎士団と聞かれていた。十三人いるのならば、十三の席に空席ができることなどありえない。

違和感を覚えながら、三人は座っている六人を見る。

今この場で面識があるのは、一夏とヴィルヘルムの二人である。

それ以外に知らない人が四人いる。金髪の白装束の少年、顔面の半分が焼けケロイドになっている赤毛の女軍人、ヴィルヘルムと同じ白髪で右目に眼帯を着けた少年、そして、唯一軍服を着ていない黒髪の得体のしれない男の四人だった。

 

人の座っている席を見終わった三人は次に、自分はどの席に座るのが良いのだろうかと空席を見て、品定めをする。

まず、彼女らの目に入ったのは一夏の右隣の席だ。

その椅子の背もたれには角ばった小文字「n」のような文字が彫られていた。

あの席には選ばれた者しか座れない椅子であり、自分たちが座る席ではないと、三人は感じ取った。なぜなら、椅子全体からは腐敗臭のようなものが感じられる。

あれに座れば、自分たちは呪われてしまう。故に、この席に座ってはならない。

二つ目、その右隣であり、ヴィルヘルムの左隣にあたる席を見る。

その椅子の背もたれには大文字の「Y」と「I」を重ねたような文字が彫られていた。

一見普通に見える席だが、この席もやはり異質だ。黒い物を金メッキで覆い隠そうとしているようなものがこの椅子から感じられた。

三つ目、ヴィルヘルムの右隣であり、金髪の男の子の席の左隣の席を見る。

その椅子の背もたれには上向きの矢印が描かれていた。

この椅子は強い閃光を放っていた。雷の光なのか、烈火の光なのかは分からないが、この光は眩しい。この椅子に座っていた者は曲げぬことのできない信念があったのだろう。

この席が常人の目からはもっともまともに見えるかもしれない。だが、隣に座る金髪の少年があまりにも異質すぎる。故に、この席に座るには確固たる信念と恐怖に打ち勝つ勇気が必要だ。相当な覚悟がなければ、この椅子は座れないだろう。

四つ目、金髪の少年の右隣の席を見る。

その椅子の背もたれには大文字の「L」を上下逆にしたような文字が描かれていた。

この椅子はすべてが黒かった。座った者には先がない。最初に述べた腐っていく椅子に近いものが感じられる。相違点があるとすれば、それは他者の影響により腐るのではなく、自ら終焉へ向けて疾走しているのであって、終わりが他者による物か、己による物かの違いである。この椅子に座った者は断崖に向け疾走する自殺志願者に近いものがある。

五つ目、四つ目の席の右隣であり、赤毛の女性の左隣の席を見る。

その椅子の背もたれには大文字の「I」に右下がりの斜線を入れたような文字が描かれていた。この椅子からは嫉妬を感じた。欲しいものに手を伸ばしたい。だが、どうしてか、手が届かない。その手を伸ばし触ろうとしたものが離れて行ってしまう。誰にも追い付けない。そんな悔しさがこの椅子から感じられた。

六つ目、先ほどの赤毛の女性軍人の右隣の席を見る。

その椅子の背もたれには、角ばった大文字の「R」が少し歪んだ文字が刻まれていた。

陰湿なものを感じる。その陰湿さはどのようなものかは分からない。

七つ目、六つ目の席の右隣であり、白髪の少年の左隣の席だ。

その椅子の背もたれには角ばった大文字の「B」が描かれていた。その椅子からは母性を感じる。子供たちに安寧を与えてやりたいという思いが切実に伝わってくる。だが、この母性の方向性が理解不能である。どこの、誰に向いているのか分からない。

 

自分に相応しいと思われる席へと三人は向かい、着席する。

自分たちが着席したことを確認した一夏は席から立ち上がり、湯呑を全員の机に置いていく。まず、一夏の左隣の席に座る黒髪の男の前に湯呑を置き、そこから反時計周りに一夏は湯呑を配っていった。

湯呑を配り終えた一夏は自席に着席する。

 

「初対面の者らが多いだろう。各々自己紹介と参ろうか。まずは招待した側である我々から名乗るのが礼儀というものであろう。ベイ、卿から名乗るが良い」

 

一夏の命令で聖槍十三騎士団に席を置く者らが名乗りを上げていく。

最初に名乗った男は、セシリアと鈴は知っている白貌の吸血鬼である聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム=エーレンブルグ・カズィクル=ベイだった。

金髪の少年が第六位、イザーク=アイン・ゾーネンキント。赤毛の女軍人が第九位大隊長、エレオノーレ=フォン=ヴィッテンブルグ・ザミエル=ツェンタウァ。白髪の少年が第十二位大隊長、ウォルフガング=シュライバー・フローズヴィトニル。

 

彼らの名乗りを聞いていたセシリアはあることに気が付いた。

黒円卓の席順は順位によって決まっているということである。

第四位であるヴィルヘルムの二つ右隣に第六位のイザークが座っている。そして、そのイザークの三つ右隣に第九位のエレオノーレが座っている。そして、エレオノーレの三つ右隣に十二位のシュライバーが座っている。

この席が規則性のある数列順であるならば、シュライバーの横に座っている男は第十三位であり、一夏は第一位であるとしか考えられない。そして、同時に、第一位と第十三位はこの黒円卓にとって、重要な席なのであろうということも推測できた。何故なら、彼らが黒円卓に所属するだけの団員ならば、彼らが最初に名乗っていたと考えられるからだ。

 

「あぁ、なるほど。君たちは、飢えているのだな。だからこそ、君たちは彼を求め、彼は君達を引き付ける光となったのだな。……獣殿。やはり貴方は素晴らしい人材を集める素質をお持ちだ。異質な場所に異質な者らが集うと言えども、女神の治世にこのような者らを貴方が引き連れて来ると私は思えなかったよ」

 

一夏の隣である第十三位と思われる席に座る男は言った。

男の目は髪で半分隠れてしまっているが、その青い瞳は得体のしれない野望に満ちギラギラと輝いている。その眼は自分たちを覗き込み、見透かそうとする。

 

「カールよ。卿の戯言は一度始まると、燃料が切れるまで走り続ける車のように止まらん。時間が許すのなら、一度ゆっくり聞いてみたいと私は思うが、今からでは、夜が明ける。次回に回せ」

「確かに。……申し遅れた。獣殿の友人たちよ。私は聖槍十三騎士団黒円卓第十三位副首領、カール=エルンスト=クラフト・メルクリウスという名前で通っている。だが、ヘルメス=トリスメギストス、アレッサンドロ=ディ=カリオストロ、ノストラダムス、パラケルスス、クリスティアン=ローゼンクロイツ、ジェフティ。名前は星の数ほど持っている。故、私のことは好きなように呼ぶがよい」

 

カール=クラフトはまるで新しい玩具を見つけた赤子のように笑みを浮かべる。

一夏以外の聖槍十三騎士団に所属する者らはカール=クラフトの笑みを見てしまい、恐怖のあまり鳥肌が立つ。この男が笑ったときは大概碌なことがない。

彼が笑うということは何かを策謀しているということを意味するからだ。一夏はカール=クラフトに自重しておけと目配せするが、彼にとって、そんなことなどどこ吹く風だ。彼は誰かの助言を聞いたことがない。

カール=クラフトの無反応を確認した一夏は名乗りを上げる。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第一位首領、美しき破壊の君、ラインハルト=トリスタン=オイゲン=ハイドリヒ。愛すべからざる光(メフィストフェレス)とカールに祝福された者だ。今生では織斑一夏と名乗らせてもらっている。この城にいる限り、卿等の好きなように呼ぶがよい。だが、此処に居る者以外の者が居る場でラインハルトと呼ばれては都合が悪い。故に、人前では今まで通り一夏と呼んでくれると助かる」

 

一夏の名乗りに三人は唖然とした。世界の敵と聞かされている聖槍十三騎士団の頂点である男が転生を果たし、自分の友人となったと驚愕したからだ。

特に、セシリアとシャルロットの受けた衝撃は鈴の衝撃を超える物だった。

 

ラインハルト=ハイドリヒ。

表の歴史において、ラインハルト=ハイドリヒは、第二次大戦前のドイツの与党がナチス党であった頃、国家保安本部の事実上の長官であった有名な男である。

ユダヤ人問題の最終的解決計画の実質的な推進者であったとされている。

ドイツのナチス党に所属しながら、アドルフ=ヒトラーに対し忠誠を誓わず、常に国家のために手段を問わず尽力したと言われている。鉄と氷でできている言わせるほどの冷酷さを持つことから黄金の獣と連合国に恐れられていた。ヒトラーがラインハルトより早く死ねば、ドイツの覇権をこの男が握り、あの大戦でドイツが負けることはなかったであろうと評価されている。その圧倒的なカリスマを持つこの男を危惧したイギリスは暗殺部隊を差し向け、ラインハルト=ハイドリヒを暗殺した。

ナチス党ということもあり、特にヨーロッパでは名が通っている。セシリアとシャルロットが鈴以上に驚いた理由はそんな歴史認識の差が関係している。

一夏の正体がそんな危険な男だとセシリアとシャルロットは露とも思っていなかった。

 

「一夏の目的は何なの?」

「シャルロットよ。私はまずは互いに名乗りを上げよと言った。卿の疑問はそれからだ」

「たしかに、そうだね」

 

IS学園1年1組クラス代表、セシリア=オルコット。

IS学園1年2組クラス代表、凰 鈴音。

そして、IS学園1年1組、シャルロット=デュノア。

シャルロットは偽名ではなく、本当の名前を名乗った。先ほどから、シャルロットと一夏に呼ばれていたため、違和感を覚えていたセシリアと鈴だったが、気のせいではなかった。二人はシャルロットにどういうことかと問いかける。

シャルロットは自分が偽名を名乗っていた理由を話し始めた。

自分がデュノア社の社長の妾の子であり、母親が死んだことでデュノア社に引き取られた。デュノア社で高い適正があることが発覚し、テストパイロットとなった。そして、二年前に、織斑一夏という人物の登場と、デュノア社の経営危機という出来事が起きた。

デュノア社長は織斑一夏の存在こそがデュノア社を救ってくれる存在だと考え、織斑一夏に近づくことを計画する。そして、その方法というのがシャルロットを第2の男のIS操縦者であるとし、織斑一夏に近づくというものだった。

当然、一企業で成功させられる計画ではないため、フランス政府の高官も噛んでいる。

それでも十分失敗の可能性は考えられる。シャルロットが女であることがばれれば、デュノア社もフランス政府も立場が危うくなるため、正体が露見すれば殺される立場にある。

結果、シャルロットは使い捨てのスパイとしてIS学園に送り込まれ、現在に至る。

シャルロットは男だと信じていたセシリアと鈴は驚きのあまり言葉を失う。

 

シャルロットが此処で正体を晒したのは一夏には既に自分の正体がばれている。

故に、今さら隠したとしても、無駄であり、逆に嘘をつかない一夏の逆鱗に触れかねないと考えたからだ。此処で一夏と良い関係を結んでおけば、今の自分の立場を改善するきっかけになるかもしれない、ということもあるが、やはり初めて出来た友人に嘘をつきたくないというのがシャルロットの本音である。

 

「なるほど。卿にはそのような事情があったのか、良かろう。ならば、卿の望み通り、聖槍十三騎士団のこれまでを語ってやろう。少々長くなるが、構わんな?」

 

一夏の言葉にセシリア、鈴、シャルロットは頷く。一夏は三人に聖槍十三騎士団を創設した経緯を事細かに話した。1939年11月8日のアドルフ=ヒトラーの暗殺を目的とされる謎の爆破テロ事件によりカール=クラフトとラインハルト=ハイドリヒが会ったこと、その年のクリスマスに騎士団が結成されたこと、100年前の諏訪原でのカール=クラフトの代替のとの戦い、そして、ハイドリヒの敗北を。

100年前の戦いで一度死んだハイドリヒはカール・クラフトの術により復活し、マルグリットという女神の座の維持のために、グラズヘイムの主となった。だが、十数年前に、城でいつも同じ演奏者によって奏でられる曲に聞き飽きたハイドリヒは騎士団の再構築と楽員の補充という目的から、織斑一夏として転生し、現在に至る。

 

「一夏の率いる聖槍十三騎士団はその時の神様を神様の座から追い出そうと戦っていた。でも、その時の神様が目をつけていた女の人が神様になったから、女神様を守護するための軍団になったけれども、脅威となる存在がない。そこで、音楽聞いて暇をつぶししていたけど、演奏する人が少ないから、城から出て演奏者となりそうな人を探していた。そして、僕たちが演奏者に相応しいと思ったから誘ったってことかな?」

「端的に説明するのであれば、その解釈で良い」

「……そうなんだ」

 

訳の分からないことを言っている一夏の頭を心配するべきか、聖槍十三騎士団の目的が明確したことで安堵すべきかと三人は悩んだ。だが、一夏は嘘をつかない。この事実を思い出した三人は一夏の言葉を信じ、聖槍十三騎士団が無害となったと安堵する。

だが同時に、数百万人の魂を食らった魔人の軍団の頂点が、部員集めをする廃部寸前の軽音楽部の部長のようなことをやっていることに戸惑ってしまった。

 

「どうしてアタシたちを誘ったのか教えてくれない?」

「卿等の魂は希少な宝石にも勝る輝きを放っている。その輝きはまるで英雄の魂のように唯一無二の煌めきだ。セシリア、鈴、シャルロット、どの輝きも美しいぞ。あぁ、飽き果てるまでその魂を愛したい。だが、卿等は繊細すぎる。その柔肌を撫でただけで砕け散ってしまうだろう。私はその魂の輝きを愛で続けたいが、魂は砕けないでほしい。永劫愛し続けたいのだ。熟考の果て辿り着いた結果、愛とは演奏だった。波乱万丈の人生の歩んだ者等ならば、奏でる旋律もまた艶やかであると私は気付いたのだ。であるならば、卿等ほどの優美な魂を持った者らの演奏を聴きたい。故に、私は卿等を誘ったのだ」

 

男性に此処まで褒めちぎられ、求められたことのないセシリアと鈴とシャルロットは嘗てないほど照れてしまう。傍から聞いているだけでも恥ずかしくなるような歯の浮く言葉を一夏は真顔で言ったのだ。一夏の言葉が自分たちに向いているのだから、想像を絶するほど羞恥してしまうのは考えるまでもない。

これ以上、聖槍十三騎士団の首領である一夏の勧誘を聞いていては頭が沸騰してしまいそうなので、シャルロットは話を変えようとする。

 

「それじゃ、一夏は織斑先生が言うようなISの核を狙っているわけじゃないんだよね?」

「シャルロットよ。考えてもみよ。仮に私がISの核を狙っているとするならば、私は卿等に私の手の内を晒したりするか?」

 

確かに、一夏の言うとおりである。現在の一夏の立場でISの核を狙っているのならば、専用機持ちである三人に対し、自分の手の内を晒すなどありえない。聖槍十三騎士団が世界に干渉することのできる戦力は自分自身とベイだけであり、戦力が足りていない。

もし、自分が一夏ならば、打鉄の専用機を狙われている被害者を装っていながら、誰にも気づかれないように専用機持ちからISを強奪するための策を講じるはずである。

故に、ISの収集を講じているのならば、自分から手を晒すなどもっての外だ。

だが、此処で、シャルロットの中で一つ疑問が発生する。

 

「だったら、昼間に僕たちを襲ったマレウスとバビロンとはいったい何者なの?あの人たち、聖槍十三騎士団の人たちと同じ軍服着ていたよね?」

「ちょっと待って!何よその話」

 

アリーナでの謎のISの襲撃事件のみを知っていたセシリアと鈴はマレウスとバビロンの話を知らない。シャルロットは全員に昼間に体験したことを事細かに説明した。

夜都賀波岐と名乗り、ISの核を集め、男の操縦者である自分たちを誘拐しようとした。

 

「アンナにバビロンね。最後に会ったのが百年前とはいえ、ハイドリヒ卿の顔を忘れるなんて酷すぎだね」

「彼女らが私を見て私であることに気付かなかったなど些細なことだ、シュライバー。取り立てて騒ぐようなことではない。シャルロット、卿の問いに答えてやろう。マレウスとバビロンは元聖槍十三騎士団に所属していた私の臣下だ。席は今鈴の座っている席である第八位にマレウスが、セシリアの座っている席である第十一位にバビロンが座っていた」

「元?」

「あぁ、卿等も知ってのとおり、我ら聖槍十三騎士団は最大で十三人居た。だが、私がツァラトゥストラに敗れ、女神の座を維持に協力することを確約したときに、私のもとから離れ、彼のところに行った」

「どうして、一夏さんの元から去ったのですの?」

「さてな。彼らには彼らなりに思うことがあったのだろう。だが、彼とは志は同じではある。私もツァラトゥストラもカールも今の女神の座を維持するために存在する」

「ってことは、そのマレウスとバビロンの居る夜都賀波岐の首領がそのツァラトゥストラってことよね?」

「十中八九そうであろうな。そして、カールは真実を知っていたのだろう。違うか?」

「何故、貴方はそう思われますのかな?」

「十数年前、卿は私に『提案』をした。女神に関する事柄以外に興味を持たぬ卿が人員の補充を私に提案するなど、今考えればありえん話だ」

「えぇ、貴方の推論通り、私は知っている。そして、私は裏で糸を引いている。だが…」

「『人生は未知を既知に変える作業』である。初めにすべてを知れば、犯人、動機、トリックの分かっている推理小説を読むほどの興ざめを味わうこととなる。旧世界の我らが味わった苦しみのように既知感に悩まされる。故に、私に語ることは何もない。……卿はそう言いたいのであろう?」

「重畳。ならば、私の方からは夜都賀波岐について貴方に何も言うことはありますまい」

「そうか。これが今の我らだ。理解していただけたかな?セシリア、鈴、シャルロット」

 

三人は無言で頷いた。信じがたい事実ではあるが、一夏はやはり自分たちの友人であり、戦うことと音楽が好きなだけの少し?変わった人であると三人は理解でき、自分たちを狙っている者たちが夜都賀波岐であるということを知り、彼女らの疑心暗鬼は解消された。

黒円卓内部の団結力を高めるために、勧誘について強制力はなく、好きな時に入団でき、入団したとしても辞めたければ好きな時に辞められるということも三人は知った。

入団について後日返答しようとした。……セシリアと鈴は

だが、シャルロットは違った。

 

「一夏、僕が聖槍十三騎士団に入りたいって言えば、すぐに入団できる?」

「ほう、黒円卓に入りたいと、そういうことか? シャルロット」

「うん。僕にはもう後がない。IS学園に戻れば、帰国するように圧力をかけてくるか、刺客を送り込んでくると思う。でも、僕はそんな刺客に対し身を守る術を持っていない。だから、僕は自分の身を守れるぐらい強くなりたい。……もう、負けたくない。勝って僕は僕の決めた道を歩きたい。それに、肩書が無かったら、また誰かに利用されるかもしれない。だから、お願い、僕も仲間に入れて」

 

シャルロットは覚悟を決め、一夏に対し嘆願する。

これまでの自分の半生は誰かによって悲運に見舞われ続けた。母の死を境に、それは否定することのできないぐらいのものとなった。デュノア家の者らからは、妾の子ということから悪意の目を向けられ、虐待を受けた。デュノア社の社員からは、都合の良いテストパイロットとして一夏が現れるまで無茶な試作機に乗せられた。一夏が現れてからは自分を殺し、男を演じるように強制させられた。シャルロットにはこれしか生きる方法がないのだと反抗することを諦めていた。相手は大企業なのだ。一個人で立ち向かえる相手ではない。だが、もう嫌だ。こんな人生を歩み続けるなんて、耐えられない。

僕はシャルル=デュノアではなく、シャルロット=デュノアとして生きたい。

普通の女として、普通の友人と遊んで、好きな人と恋をして、満足して死にたい。

僕は僕の力で、奴隷ではなく人として接してくれる人の傍に居たい。

その思いをシャルロットは吐露した。

 

「だから、卿は我が聖槍十三騎士団に入団したいと」

「うん」

 

シャルロットは力強く頷いた。

ならば、これで空席の一つが埋まる。順位は今シャルロットの座っている席が良いだろう。

だが、聖槍十三騎士団黒円卓という肩書は公には使えないため、裏の肩書となる。

もし、誰かに奴隷のように利用されそうになれば、黒円卓に頼ればよいと一夏はシャルロットに伝えた。

 

「クッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」

 

すると、その直後、カール=クラフトは声を上げて笑い出した。

突如カール=クラフトが笑い出したことに、セシリア、鈴、シャルロットは戸惑う。ベイ、ザミエル、シュライバーは嫌悪感のあまり鳥肌が立つ。何故、彼らが笑っているのか理解できなかったからだ。それは、親友である一夏も同じだった。

 

「カールよ、どうした?」

「ここまで似れば、道化の域を超えたと言えるのではないかと思っただけのこと」

 

カール=クラフトに此処まで言わせるほどだ。シャルロットはよほど誰かに似ているのだろうと一夏は考える。だが、いったいシャルロットは誰と似ているのだろう?

一夏はシャルロットが座っている席を確認する。

シャルロットが座っている席はベイの左隣であり、一夏の二つ右隣の席であり、順序から考えれば、この席は聖槍十三騎士団黒円卓第三位の為に用意された席だ。

そして、カール=クラフトの言う『似ている』とはこの席の前任者とシャルロットが似ているという意味なのだろうか?確かに、それなら納得がいくかもしれない。

 

「一夏、この席に座っていた人はどんな人だったのかな?」

「聖槍十三騎士団黒円卓第三位首領代行、ヴァレリアン=トリファ・クリストフ=ローエングリーン。なるほど、己が自ら望んでこちら側に足を踏み入れたという点において、卿はクリストフに似ていると言えよう。卿に相応しい席だ」

「ふーん」

「では、我が騎士団に入るのならば、次に済ましておかねばならないことがある」

「忠誠の誓いの儀式みたいなことするの?」

「……儀式か。確かに、かつては儀式という形で、我が騎士団に入った者はその身にエイヴィヒカイトという術を施していたが……今回は無しとしよう。私と卿との友情に亀裂を入れることはしたくないのでな。それに、卿にはISという力がある。故に、今は必要あるまい。それでも欲しいというのなら、卿が望むのなら、その身に施してやろう」

「じゃあ、何をするの?」

「カールが卿に呪いと魔名を送る」

 

セシリア、鈴、シャルロットに緊張が走る。

『呪い』という言葉の響きは誰が聞いても心地よいものではないからだ。

だが、カール=クラフトからの『呪い』とはその者の人生を通じて掛かっている宿業の正体を自覚させるための言葉であり、カール=クラフトに呪術を掛けられるわけではない。ベイの呪いである『望んだ相手を取り逃がす』という呪いはカール=クラフトとの邂逅より前に発生しているのはそのためだ。

一夏がカールから送られる呪いについて軽く説明すると、一夏の友人から直接変なことをされるわけではないと知り、シャルロットは安堵し、大きく息を吐いた。

では、魔名とは何か?呪いと同列扱いされていることや、言葉に『魔』という言葉がついていることを考えるのであれば、良い物ではないことを察知することは困難ではない。

 

「魔名…って何かな?」

「その者を表す通り名を我らは魔名と呼んでいる。私なら『愛すべからざる光(メフィストフェレス)』や『美しき破壊の君(ハガルヘルツォーク)』、ベイなら『串刺し公(カズィクル=ベイ)』、イザークなら『太陽の御子(ゾーネンキント)』、ザミエルなら『魔操砲兵(ザミエル=ツェンタウァ)』、シュライバーなら『悪名高き狼(フローズヴィトニル)』がそれだ。大概の者らは魔名で互いを呼び合っている。卿にもカールが魔名を授ける」

 

不覚にもちょっと格好いいとか思ってしまったシャルロットであった。

だが、魔名は一部の黒円卓の者らにとって、そのような生易しいものではない。その人物を思いっきり皮肉るものがほとんどであり、上手さ以上に厭味ったらしいネーミングばかりだ。故に、一部の団員にとって、己の魔名に対する言及は逆鱗に触れると同義である。

 

「君の魔名は『火刑台の少女(フィーユ=ドルレアンス)』であり、君の呪いは『歪んだ幸福にしか手が届かない』……だ。凡人が望むような平凡なありきたりの幸福は君のもとに訪れない。まるで、自分の人生という持物を国に差し出し、国の安寧を手に入れたジャンヌ=ダルクのようだね」

 

シャルロットはカール=クラフトの言葉に心当たりがあった。

『貧しい生活から脱却したい』と思った時、デュノア家に行くことでその願いは叶ったが、デュノア家での暮らしは窮屈であり、更には母を失ってしまった。

『父と食事がしたい』と思った時も、その願いも叶ったが、ほんの数秒しか同じ食卓に着けなかったし、養母から心無い罵声を浴びせられ、皿やフォークなどを投げつけられた。

『ISに乗って、自分を変えたい』と願った時も、非公式のデュノア社の専属テストパイロットという形で叶いはしたが、デュノア社の劣悪な試作品のテストを何度も行い、負った傷は数えきれない。

『デュノアの元から離れたい』と願った時も、IS学園への入学という形でかなったが、一夏のデータを盗んで来いと脅され、己の殺し、泥棒へと成り果ててしまった。

いずれの願いも叶ったが、自分にとって不本意な形であった。故に、このような願いなど叶ってほしくなかったと思ったことは数えきれないほどある。

あぁ、なるほど。これが僕の呪いなんだ。なんて、僕は罰当たりな娘なんだろう。

でも、これが僕の人生なんだ。

シャルロットは気が沈んでしまう。

 

「なるほど。卿の言うシャルロットに似た者とはジャンヌ=ダルクのことであったか」

「さて、どうでしょうかな?」

 

カール=クラフトは一夏の言葉を肯定も否定もしなかった。

唯々、カール=クラフトは静かに不気味な笑みを浮かべるだけであった。

親友の真意を読み取ることのできない一夏は眉を顰める。

 

「誰か話しておかねばらなんことはあるか?……無いのならば、此度の集いは閉幕とする。私はIS学園に戻り、ツァラトゥストラとカールの真意を探る。ベイ、卿は私と共に来い。イザークにザミエル、シュライバー、有事の時は万事任せる。以上だ…Sieg Heil」

「Sieg Heil!!」

 

ベイ、イザーク、シュライバーは立ち上がり、敬礼する。

団員の一夏に対する忠誠心を見せつけられた三人は言葉が出ない。

一夏は立ち上がり、セシリアと鈴、シャルロット、ベイを率いて退城した。

 

 

「セシリア、鈴、シャルロット、私の城、騎士団はどうだったかな? 感想を聞きたい」

 

ヴェヴェルスブルグの廊下を歩きながら、一夏は三人に問いかける。

 

「驚きすぎて、疲れたわよ」

「私もですわ。ですが、一夏さんが関わっていると思うと、どこか納得できてしまうのが、怖いところですわ」

「……」

「どうした?シャルロット?」

「副首領閣下の言ったことが…ちょっと……ね」

「そうか。だが、カールのあの言葉は真理をついている。私は軽々しくアレは戯言だなどと言うつもりはない。そのようなものは所詮敗者の傷の舐め合いであり、人の進歩の妨げである。そのように嘆く暇があれば、呪いという名の法則を打ち破るべく、己の魂を研磨し続ける方が建設的である」

「そうだね。……ありがとう、一夏」

「卿は何故私に感謝の意を示す?私は真実を言ったまでだ。」

「でも、一夏は僕のためを思って言葉を選んでくれた。それだけで十分だよ。一夏って優しいんだね。さすが、全てを愛しているって言うだけのことはあるよ」

「卿等が私を受け入れてくれたようで、何よりだ。だが、万人が卿等のように理解あるわけではない。それだけは頭に入れておいてほしい」

「分かった」「了解ですわ」

「うん。……それと、僕から皆にお願いなんだけど、できれば、僕が女であることは隠しておいてくれないかな?IS学園にはいつか自分から言うから、お願い」

「卿の決めたことだ。私が口を出すことではない」

「そうね」

「何か、私に手伝えることがありましたら、言ってくださいね。シャルロットさん」

「うん。ありが……とう、……みんな」

 

シャルロットは初めて感じた友人の温もりに感動し、涙腺が緩み、涙が溢れてくる。

こんなにも人って温かいんだ。初めてそう思った。此処に居る人以外には真実を隠し続けなければならないという代償の代わりに、僕は友情という幸福を手に入れたんだ。

歪んだ幸福かもしれないけど、これなら、僻むことなんか何もない。

声を上げて泣き、これまで溜め込んでいた気持ちと皆に対する感謝の気持ちを伝える。

数分間泣くと、シャルロットの胸の中に溜り燻っていた物が空っぽになった。

 




「君がハイドリヒ卿に敬礼をしないなんて珍しいね。ザミエル。いったいどうしたいんだい?」
「ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶。ハイドリヒ卿が淹れたお茶」

ザミエルは手汗が手から溢れる程湯呑を握りしめながら、何度も呟いていた。

「あーぁ、ザミエルが壊れたレーザーディスクプレイヤーになっちゃったよ。……ま、いっか、フルートの練習しよう」 

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