IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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今回はギャグ成分多めです。
メルクリウス超ウゼェェェェェ!!


ChapterⅩⅣ

IS学園の休日の正午の食堂。昼食を取りながら、雑談をしている学生が四人居た。

セシリア=オルコット、凰 鈴音、シャルロット=デュノア、織斑一夏だ。

休日の学生の生活は自堕落なものというのはどの世界でもどの時代でも変わりはしない。

自堕落な休日を過ごすこともあり、学園の外へ出ている学生も多いため、IS学園で休日に昼食を取る学生は少ない。そのため、一時間当たり訪れる人は平日に比べて少ない。また、今は昼食をとるにしては遅い時間帯であることも相まっているため、時間をかけ昼食を取っても、周りから文句を言われることはない。

当然人が少ないため、大声が出ない限り、隅の方で話をしていても周りに聞かれることはない。故に、聖槍十三騎士団の話をしても、他人の耳には入らない。

 

「あのグラズヘイムが異界で、そこにある城がヴェヴェルスブルグっていうのは分かったけど、一夏がクローゼットから城までの道を作ったの?」

「それは可能だが、この体には限度ある。マレウスとバビロンの襲撃時に、ベイを召喚するためにあの日は一度使ってしまい、体力の消耗は激しかった。あの状態で私が門を開けば、この身は砕け散っていたであろう。故に、卿等を招待したときは、あちら側に居るイザークに城門の開門を携帯電話で要請した」

「ちょっと待って。どうして、異界で携帯が通じるのよ?」

「携帯だけではない。電気はどこかの発電所から、ガスはガス田から直接通っている。テレビもインターネットも完備だ。常時、この世界のどこの国の番組の閲覧が可能だ。LineやSkypeで交信も行える。すべては、科学や魔術に通ずるカールと、あの城の心臓であるイザークの尽力によるものだ」

「……一夏、グラズヘイムに何を求めているのよ」

「私が求めたのではない。カールが求め、自ら行動に出た結果だ。私はその恩恵を享受しているにすぎん」

「あのカール=クラフト副首領様が、どうして?」

「女神を観察し、女神の素晴らしさを世界中に知らしめるために、カールは盗撮した女神の写真を110年前より、自分のブログにアップしている」

「そ…そうなんだ」

「それだけなら、まだ良いのだが…」

 

『良いわけありませんわ!』『良いわけないでしょ!』『良くないよ!』というツッコミが三人の口から出かけたが、一夏の次に放った言葉によって押し込められてしまう。

 

「女神の持ち物や使用した物、触れた物を収集する趣味を持っていてな。彼女の使ったコップやら、浜辺に残った足跡やら、女神の抜けた髪の毛やら、一万品を超えているらしい。直接的な害が無いとはいえ、彼女は非常に迷惑していると聞いている」

 

口角が痙攣するように震える三人はかなり引いてしまっている。

見た目からしてカール=クラフトという人物は怪しいとは思っていた。何せ黒いローブを羽織っているだけの格好は彼女たちにとってとても印象的で一度見れば忘れられないようなものだったからだ。だが、まさかストーカーという名の変態とは思わなかった。

 

「私やツァラトゥストラとしてはカールの愚行を止めたいのだが、カールは女神の写真のバックアップを無数に持っている上に、カールのブログのホームページのガードも堅い。これまでに、我々聖槍十三騎士団黒円卓総員で何度グラズヘイムのカールのパソコンを破壊したことか、……ゲオルギウスにもネット経由でサイバー攻撃を行ってもらったが、我々の行動は全て無駄骨だったよ。カールの言う『マルグリット・コレクション』も時間軸から切り離し、グラズヘイムとは異なる異界に封印している故、手の打ちようがない」

 

副首領に一夏以外に友人はいるの?と問いたくなる。

余談ではあるが、このカール=クラフトのブログ『輪廻の果てまで 女神を追いかけて』というブログはインターネットが普及し始めた1990年代後半から現在まで続いている。

ブログは毎日更新されており、更新の度にマルグリット・コレクションが紹介される。

マリィを盗撮するためのカメラは最新鋭の高画質の物を用いている。さらに、妨害による破損に対処するべくカメラ自身に『マルグリットに壊されるという結末以外は認めない』という永劫回帰の術が掛けられた。結果、カール=クラフトの仕掛けた盗撮カメラは聖遺物と化しているため、完全に破壊することは困難を極める。

このサイトを見つけた警察は犯人逮捕を行おうとしたが、犯人を特定することが出来なかった。グラズヘイムに居るカール=クラフトが犯人であると特定し、逮捕する方法を日本の警察は持ち合わせていなかったからだ。

余談ではあるが、110年近く毎日更新されるため、カール=クラフトのブログは一部のオカルトファンの間で『ブログ主何歳?』や『マルグリットたん老けねぇwww』と有名なサイトである。ちなみに、純粋にマリィの愛らしさの虜になるファンもいる。

 

これ以上、カール=クラフトの話で自分の耳を汚染させたくない三人は話題を変えようと話題探しをする。こういう時は、相手に関する話題が良い。

相手が話す内容に苦労することはないし、自分も相手のことを知ることができる。

だが、今までの話の前後に多少の繋がりがなければ、会話は歪なものにしかならない。

ならば、カール=クラフトが出てこないように探りながら聖槍十三騎士団に関する話をすることが最良だろうと考えたシャルロットは様々な話題を振ってみた。

 

「ねえ、一夏、気になっていたんだけど、エイヴィヒカイトって何?」

「聖遺物という歴史を積み、民衆の信仰を集めた遺物を憑代に行うカールの魔術だ。この術を施された者等の身体能力は高まり、その者は人の領域を超えた魔人となる。当然黒円卓の首領である私の体にもこの術が施されている」

「ふーん、一夏が凄いのってそういう理由だったんだ。アタシ達もそのエイ…なんとかをしてもらったら強くなるの?」

「あぁ、卿等は英雄の器を持っている。エイヴィヒカイトは卿等に適合するだろう。ただ、この術の裏を知れば、卿等はエイヴィヒカイトを拒むだろう」

「裏とは何ですの?」

「エイヴィヒカイトを施された者らはその者しか扱えない特有の力を得る。その力の燃料は人の魂だ。ガソリン無くして、車は走らぬ。エイヴィヒカイトを施された者は人の魂と言うガソリンを求める必要がある。聖遺物自身がガソリンを求め、最も効率的な方法を術者に求める。結果、術者は慢性的な殺人衝動に陥る」

「……一夏も人を殺したの?」

 

普通の人なら、殺人実行者を差別するかもしれない。

だが、セシリア、鈴、シャルロットは一夏が行動の背景を知っているため、一夏を差別することはなかった。発展しない永劫回帰し続けるだけの決められた世界から抜けるには仕方のないことである。人が己の生を全うするためには、自分の足で道を決め、歩かねばならない。それでも、やはり友人の手が汚れることはしてほしくない。

そんな願いからシャルロットは一夏に尋ねる。

 

「あぁ、私の体の中の数百万の魂の大半は、1945年の燃えさかるベルリンで敗北し、勝利を望みながら死する者らだ。そのような者に、勝利を掴みたいのなら、私の鬣となってと共に永劫戦い続けるために魂を差し出せと言った。私の言葉を聞いた数百万の老若男女らは自ら自害し、私に魂を差し出したよ。私が直接手をかけたわけではないが、私の言葉が彼らを殺したのだ。放っておいたとしても、連合国軍に殺されていただろうから、彼らの運命は変わらなかったであろう。だが、彼らが居たからこそ、今の女神の治世がある」

「…今も魂集めをなされているのですか?」

「あぁ、だが、殺人罪に問われず、魂を集める効率的な方法を知った故、その方法で現在は魂の収集を行っている。織斑一夏として生を受けてから、殺人は行っておらんよ。それにこの国の警察の殺人犯の検挙率は九割九分と非常に優秀だ。上層の人間は利権争いで腐り果てているかもしれぬが、下の人間への教育だけは行き届いている。故に、この国において、殺人による魂集めは現代ではハイリスクローリターンだ」

「じゃあ、今はどうやって魂集めているの?」

「自殺の名所や心霊スポット巡りだ。この国は世界でも屈指の自殺大国。自殺の名所に行けば、魂の百や二百すぐに集まる。心霊スポットや事故現場の地縛霊狙いでは当たり外れがあるうえに収集できる魂の数も少ない。だが、自殺名所の場合、そこに居る者等は何かに飢え、それが達成できないから自ら生に幕を引いた。彼らは皆己の飢えを知っている。故に、並みの者より良質な魂を吸うことが私は出来る。私の体に一定の魂が供給されて以上、殺人衝動は湧かん」

「アンタ、どこのゴーストバスターよ!」

 

鈴は一夏にツッコミを入れてしまう。

セシリアとシャルロットは視線を一夏から外し、苦笑いする。

 

「では、ベイ中尉の方はいったいどのように魂集めをなさっているのですか?」

「この国の裏社会の人間を殺すことで、魂を集めている。我々はあまり表に出てはならぬという掟がある。これには聖遺物の捜索を困難なものにさせないという理由がある。それに、むやみに殺しては今代の座である女神が泣くであろう」

「今、ベイ中尉はどちらに?」

「知らん。だが、携帯で呼べばすぐにでも来るだろう」

「他の団員はこっちには来ないの?」

「イザークは城の心臓のような役割を果たしている故に、グラズヘイムから出られん。ザミエルとシュライバーはヴェヴェルスブルグの城門が訳あって完全に開かん故、こちら側に来れぬ」

 

大隊長が来れない理由はスワスチカが開いていないこと、ゾーネンキントが死を想っていないことがあげられる。だが、上記の二つの条件を満たしていなくとも、扉の開閉により城門の蝶番が緩めば、いずれは城から出てこられる。

 

「カールについては、何処に居るのかは知らぬ。あの者のことだ。そのうち呼んでいなくとも、呼びたくなくとも、ふらりと姿を現すだろう」

 

やはり、聖槍十三騎士団の話をするのならば、カール=クラフトは外せない。

カール=クラフトは一夏の親友と一夏から聞いているが、変態と聞かされているとなると、あまり関わりたくないというのが普通の人間の反応であり、本音である。

ならば、まったく違う話をしよう。三人がそう思った時だった。

 

「こちらの席は空いているかな?」

 

背後から一夏に声が掛けられた。

どうやら、話に夢中になりすぎて、周囲への警戒を怠っていたと反省する。ラインハルト=ハイドリヒも衰えたものだと嘆きながら、後ろに立つ者に返事をしようと振り向いた。

近づいてきた者に目をやった者は一夏だけではない。

セシリア、鈴、シャルロット全員である。彼女らが近づいてきた者に目をやった理由は単純に足音経てずに近づいてきた接近者に驚いたからだ。

だが、接近者の顔を見て彼女たちは更に驚愕した。

その接近者の顔に全員見覚えがあったからだ。

 

「……」「……」「……」

「カールよ。何故、卿が此処に居る?」

 

そう四人の前には先ほどまで話題に上がっていたカール=クラフトが居た。

だが、カール=クラフトは先日会った時に着用していた襤褸着ではなく、Yシャツを着てネクタイを締め、長い後ろ髪を括り、白衣を羽織っている。

身なりを整えている為、カール=クラフトはいつもより若く見えてしまう。

この格好だけを見れば、若手の医師か、研究者と好印象を受ける。だが、カール=クラフトの醸し出す雰囲気がドロドロとしている為、マッドサイエンティストにしか見えない。

 

「織斑一夏君、私はカール=クラフトなどという名前ではないよ」

「随分とまた手の込んだ上に、ふざけたことをしてくれる。偽名を名乗っているから、今はカール=クラフトではないとで言うのであろう。私の質問に答えよ」

「やはり御見通しでしたか、さすがは、わが友だ。ご推察の通り、今の私はIS学園の男子用保険医『水谷 銀二』と申します。以後お見知りおきを」

 

カール=クラフトは水谷銀二と名乗った。

偽名と職業を名乗るということは人前では名乗ったように呼んでほしいというのがカールからの願いであると一夏は悟った。だが、人前でなければ、いつも通りの呼び名で問題ないはずである。どうせ、カールのことだ。あまり人前に出ることはないだろう。

カールが人前に出るという異常事態の時だけ気を付けていればよい。

いや、そもそもカールがこの世界に一個人として現れるということ自体が異常事態である。故に、水谷銀二と言う皮を被ったカール=エルンスト=クラフトは今の一夏にとって一挙手一投足さえ見逃すことのできぬ存在だ。

 

カール=クラフトは一夏たちの隣の席に小さな紙袋と紙パックの牛乳を置く。

椅子を引き、座ると、小さな紙袋の中に手を入れる。どうやら、中にカール=クラフトの昼食が入っているらしい。紙袋から手を引き抜くと一つのパンが現れた。

 

「少し待て、カールよ」

「何かな、獣殿。私はこのパンの味を食すことに集中したいのだが……」

「今、卿の手にしている菓子パンのよう物は何だ?」

 

一夏はカール=クラフトの持つ菓子パンに視線を送る。

大きさは両手の手のひらと通常の菓子パンにしては少々大きく感じられる。焼く直前に卵の黄身を水で溶いたものを表面に塗ったのか、パンの表面に光沢がある。

その菓子パンの形状は普通の菓子パンに比べて薄かった。

一見して何のパンかは分からぬかもしれないが、光沢と厚みから考察すれば、多種多様な日本のパンを知っているなら、誰であろうとカール=クラフトの持っている菓子パンはクリームパンであると分かる。事実、日本での生活の長い一夏と鈴はすぐに分かった。

だが……

 

「私の目に映る物が真実であるなら、その菓子パンが女神の形をしているように私には見えるのだが、私の目は狂っているのか?」

「ご安心召されよ、獣殿、貴方の目は真実を隠さず有りの侭に映しております。貴方の見た通り、私が今手にしている菓子パンはただの菓子パンではない。私が毎朝丹精込め3時間かけ造形し、自室で焼いている自作のマルグリットクリームパンだよ」

「……左様か」

 

ツッコミどころが多すぎて呆れ果てている一夏は人生において何度目かわからぬ冷たい眼差しを親友に送る。

カールの奇行を監視するように、女神とツァラトゥストラからカール=クラフトの親友であるハイドリヒは頼まれていた。復活してから数度カール=クラフトと矛を交え、カールの変態力をある程度は抑え、マルグリット・コレクションの増加量も逓減したと思っていた。だからこそ、十数年前のカールの提案にハイドリヒは乗ったのだが、どうやらラインハルト=ハイドリヒは人生最悪の選択をしてしまった。

 

リバウンドという言葉がある。

この言葉を日本語に直訳すれば、『跳ね返り』という意味である。

多くの人がこの言葉を知っているだろう。

この言葉が現代日本で広く使われているのはこの言葉がダイエット用語だからだろう。

体に負担のかかるダイエットをすれば、精神的に圧迫され、ダイエットから解放された時に、ストレスを発散するかのように暴食に走り、体重が元に戻るという現象である。

リバウンドという現象はダイエットに限った話ではない。

当然、マルグリットとの関わりを削られたカール=クラフトにも発生した。

カール=クラフトはハイドリヒがヴェヴェルスブルグに居ない間に、好き勝手やり始めてしまい、結果最盛期を大きく上回る変態力をカール=クラフトは取り戻していた。

 

「なぜそのような物を作った?」

「獣殿、以前貴方が私に送った言葉を覚えておいでだろうか?」

「何?」

「『無いのであれば作れば良い。だが、作れぬのであれば模倣し昇華すれば良い』……確かに、発展の最短道あり真理だ。人は創造により発展を遂げる。だが、自ら想像できぬ者らは模倣し己の手にあった物へと昇華することで他国の発展を自国に根付かせることにより発展した。人の文明の発達とはまさにその通りだ。……あぁ、何故だ。何故数十年前の私は気づかなかったのか、自分の愚かしさには言葉もないよ。そう、マルグリットを直接見ることが出来ぬのであれば、マルグリットの姿を造れば良い。マルグリットの姿を作れぬのであれば、マルグリットの姿を模倣したものを作ればよい。こうして、行きついた頂が、このマルグリットの姿を模倣し作り上げたマルグリットクリームパンだよ」

「つまり、私の言葉が卿を奇行へ走らせたのか」

 

一夏は人生で初めて後悔というものを経験した。

なるほど、後になって、己の愚行を悔いる。故に、後悔と言うのだな。未知ではあるが、未知に対する感激が込み上げてこないという不思議な体験を一夏はする。

 

その間に、カール=クラフトはマルグリットクリームパンを数十分かけ視姦し、頬張る。

足先から食べ始め、三十分掛けたった一つのクリームパンを食す。

何度も何度もそのパンを噛みしめ、至福のひと時を堪能し尽くす。

マルグリットクリームパンを堪能したカール=クラフトはご満悦な表情を浮かべる。

カール=クラフトは普通に?笑っているだけなのだが、カール=クラフトの笑みを見てしまった女性三人は鳥肌を立てる。

その後、牛乳を飲むと、仕事があると言い、カール=クラフトは退席した。

 

カール=クラフトが立ち去った後の一夏たちの居るテーブルの空気は最悪だった。

先刻まで和気藹々と何処にでもいる日本の高校生の休日の昼時であった。だが、カール=クラフトの登場により、場の空気は一気に葬式のような空気へと落ちてしまった。

セシリアは初めて見た変態の奇行にショックを隠せないようだ。セシリアは瞳の光を失ってしまい、腕を抱いて震えている。

一方の鈴はセシリアに比べて軽傷だった。日本の変態の文化をある程度知っていたからだ。だが、それでも、カールの度を越えた変態っぷりに圧倒されたのか放心状態だ。

シャルロットが三人の中で最も軽傷だった。というのも、シャルロットは数年前インターネットで話題となった人気の日本のアニメを見ようとしたことがあった。結果として、そのアニメは見ることが出来たのだが、アニメをインターネットで探す過程で、触手もののAVを見てしまった経験があった。これもカール=クラフトに指摘された呪いだろうかと、今のシャルロットは振り返る。

そんなトラウマのあるシャルロットは変態に対する耐久力は非常に高い。

 

「すまぬ。セシリア、鈴、シャルロット。少々電話しても構わんか?」

「どうしましたの? 一夏さん」

「カールが非行に走ったとツァラトゥストラに一報を入れておかねばならん」

「いいわよ」

 

一夏は胸ポケットから携帯電話を取り出し、電話を掛ける。

だが、電話の相手はツァラトゥストラではない。

ハイドリヒはツァラトゥストラのことを嫌っていない。むしろ脆弱だった者が力をつけ、自分を打倒したという小説の主人公のような偉業を成した為、むしろ好意的だった。だが、それとは別に、ツァラトゥストラに再戦したいという感情も一夏の心の中にはあった。

一方のツァラトゥストラはハイドリヒを好ましくは思っていない。マリィの座の維持に協力してくれていることは感謝している。だが、100年前に臣下を使い、自分の日常を壊したことは未だに許せないでいるからだ。他にも言いたいことが山ほどある。

二人がブレーキとなる第三者が居ない状態で会話すると、悲惨なことにしかならない。

余裕の表情でハイドリヒが挑発し、激情しやすいツァラトゥストラがブチ切れ、説教まがいの言葉を喚き散らす。だが、ツァラトゥストラの言葉は主観交じりの屁理屈であり、カール=クラフトと付き合いの長いハイドリヒに容易に論破してしまう。

涼しい顔をするハイドリヒとブチ切れのツァラトゥストラという構図が出来上がる。

最終的に、互いに流出を使う戦いに発展することは珍しくない。

電話の度に喧嘩をされてはたまったものではない。

そこで、一部の者たちがハイドリヒとツァラトゥストラの仲介役を決めることとなった。

どちら贔屓でもなく、ハイドリヒとツァラトゥストラと会話ができ、二人の仲介をやっても精神的なストレスをあまり感じそうにないマイペースな人物。

そんな人物は一人しかいない。

 

『もしもし、曾お祖父ちゃん、どうしたの? 電話してくるなんて珍しいね』

「香純よ、ツァラトゥストラに伝言を頼みたいのだが」

 

電話の向こうから綾瀬香純の元気良い声が聞こえてくる。

香純が大きな声を出すことを予見していた一夏は携帯電話を耳元から離していた。

あまりにも大きかったため、電話の香純の声は同じテーブルの三人にも聞こえる。

 

「……曾……お祖父ちゃん?」

 

 

補足説明:

『曾お祖父ちゃん』……曾孫娘である綾瀬香純が曾祖父であるラインハルト=ハイドリヒを呼ぶ時の呼称である。

                  引用元:グラズヘイム国語辞典

 

 

曾お祖父ちゃんという劇薬のような言葉を生れて初めて耳にした鈴は風前の灯だ。

意識を失った鈴は半分白目をむいた状態で数十秒ほど不気味な薄笑いをしていた。薄笑いが止まると、今度は酸欠のカニのように泡を噴出す。

15歳の乙女としてあるまじき醜態であるが、電話している一夏の視界に鈴の醜態がはいっていないのは、不幸中の幸いと言えよう。隣に居たシャルロットが自我崩壊寸前の状態である鈴に声を掛けるが、鈴の意識にシャルロットの言葉はまったく届かない。

一夏に見られる前に、鈴を起こさないと不味いと焦ったシャルロットは強硬手段に出る。

それほど鈴の今の姿は悲惨なものだったのだ。

 

皆さんは箪笥に足の小指をぶつけたことはあるだろうか?あるのならば、その時のことを回顧していただきたい。ぶつけたことのない人が居るのならば、突き指で良い。

何故アレは顔を歪ませるほどの苦痛を私たちに与えるのか、考えたことがあるか?

指には筋肉がなく、衝撃が直接骨に響き、神経へと伝わるからということある。

だが、主因はそれではない。その衝撃が不意に脳へ信号として襲来するからである。

意識と無意識とでは同じ衝撃でも痛みの感じ方が異なる。

そもそも痛みとは生物としての生存危機を知らせるためのシグナルであり、不意の危機の襲来を脳に必ず危機からの回避を認識させる必要がある。

故に、不意の危機である小指の衝突は激痛となって脳に伝わる。

もし、これが、止まっている物体にゆっくりと小指が衝突するのではなく、素早く動く物体が自ら小指に突撃してきたら、どうだろう?さきほどとは比べ物にならないほどの衝撃が小指に襲い掛かり、脳には激痛のシグナルが届くことは自明の理である。

もし、踵落としが小指に襲い掛かってきたのなら、人は正気を保つことはできないだろう。

しかも、それが不意打ちならなおのことだ。

だが、これしかない。これは鈴の意識を回復させるために仕方なく行う治療法だ。

シャルロットは自分に言い聞かせ、鈴の足の小指を踵で思いっきり踏みつけようとする。

狙いを定め、シャルロットは踵を振り下ろした。

 

「えい」

 

だが、シャルロットの踵が鈴の小指に着弾する直前で、鈴は忘我の果てから帰ってきた。

これまで幾多の困難に挫折しても乗り越えてきた鈴は精神的に打たれ弱くとも、立ち直りが早い。だが、精神的な回復力が高いからこそ、失敗を恐れないあまり、感情に任せ突っ走るという悪癖は治るどころか、悪化してしまっている。

その鈴の立ち直りの速さが今回は悪く働いた。

鈴は自我を取り戻した直後、一夏に『曾お祖父ちゃん』という言葉について問いただそうと、椅子を座りなおそうとした。シャルロットの踵が着弾したのはその時だ。

意識を取り戻すための行為が単なる意味のない踏みつけになってしまった。

しかも、シャルロットの踵が着弾したのは鈴の小指でなく、最も弱い薬指だった。

ゴシャッっと酷く鈍い音が食堂に響く。

 

「いったぁぁぁぁぁぁ!」

「ご、ごめん、鈴!」

 

鈴は痛さのあまり、床を転げまわる。シャルロットは良かれと思ってやったことだったのだが、結果として自分の目的は達成されたが、鈴にしたことは最悪である。

呪いは強固であるとシャルロットは痛感させられてしまった。




『うん、わかった。蓮に伝えておくね。それと、お願いなんだけど』
「なんだ?香純?」
『ちょっと遅いけど、十五年分のお年玉頂戴♪』
「……卿はその年になっても、欲しいのか?」
『もちろん。アタシ曾孫娘、貴方曾お祖父ちゃん、故に、ギブミーお年玉♪』
「……よかろう」
『本当!やったー!曾お祖父ちゃん大好き!』
「グラズヘイムの金庫の金をそちらに送ろう」
『はーい!』

後日、黄昏の浜辺

「おい、香純、なんだこりゃ?あの獣様からお前宛にこれ届いたぞ?」
「香純、お前いったいラインハルトに何を貰おうとんだ?」
「曾お祖父ちゃんからの十五年分のお年玉?」
「さすがは、安定のバ香純だな。俺には十五台の巨大なコンテナにしか見えないぞ。これをどこからどう見れば、年玉に見えるんだ?」
「知らないよ。アタシ、曾お祖父ちゃんに本当にお年玉頂戴しか言ってないもん」
「ハイドリヒ卿からは何か言われなかった?」
「……グラズヘイムのお金だって」
「まぁ、良い。とりあえず、開けてみようぜ」
「……ただの紙幣だな?」
「すごい、これ全部本当にお金?」
「お金だけど、これ、あんまり価値無いよ」
「知ってるのか?先輩?」
「これ見て、パピエルマルク。ドイツが第一次大戦のあとでハイパーインフレを起こした時の紙幣だよ。たぶん、この量でも、今の日本円に交換したら、十五万円ぐらいにしかならないね」
「……そんな」
「さすがはあの時代に生きた獣様だよ。私ならこんな真似できない。精々できて、ジンバブエドルだね。」
「先輩、それもハイパーインフレだから」
「ってか、黄昏の浜辺に金が必要か?」
「……うぐ…現世に行くときにあったら便利かも」
「それまで、どうするんだ?」
「……隅っこに」
「隅っこに誰が運ぶの、綾瀬さん?」
「……」
「……」「……」「……」
「ひ」
「ひ?」
「曾お祖父ちゃんのバカぁ!」

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