IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅩⅥ:

首に触れた糸が締まろうとした瞬間、ラウラは机の上に置いた銃を取ろうとする。

だが、ラウラの手は銃に届かなかった。

首に巻きついた数本の糸が自分を吊り上げたからだ。

頸動脈と気管を塞がれたラウラは必死に足掻くが、糸は緩まない。腰にあるナイフで糸の切断を試みるが、糸があまりにも頑丈すぎる。まるで鋼鉄のワイヤーのように硬い。

結果、逆にナイフが刃こぼれを起こしてしまい、使い物でなくなった。

ラウラは両腕の部分展開をし、ワイヤーを掴む。

 

「無駄ですよ。私の辺獄舎の絞殺縄(ワルシャワ=ゲットー)は貴女のIS如きでは切れません。織斑千冬の零落白夜でなければ話になりませんね」

 

さきほど聞こえた男の声がラウラに耳に入る。

どうやら、この声の主が自分を絞殺しようとする犯人らしい。となると、あの外に止めてある車はこの男の物なのだろう。やはり、襲撃に備えて、準備をして正解だった。だが、同時に疑問が発生する。何故、この男はこの部屋に居る?先ほど、自分たちは隈なくこの資料室を探索した。扉の開閉音や自分たち以外の足音は聞こえなかった。

であるならば、この男はこの部屋の何処に居た?

そんな疑問がラウラの頭を過るが、今はそれよりも自分の身に迫った危険が重要である。

ラウラは脚部の部分展開も行い、吊り輪の新体操の選手のようにワイヤーを掴んだ状態で逆立ちをし、天井を蹴り抜いた。結果、首に掛かっていたワイヤーは緩み、その間にラウラはワイヤーから離脱した。

 

「なるほど。自分を吊り上げる糸が固いのなら、糸を固定させている天井を破壊すれば、脱出できる。ベイ中尉のようにやり方は乱暴だが、頭は彼以上に回るようだ」

「隊長!どうしました!」

 

天井崩落の轟音により緊急事態だと判断したクラリッサはラウラのもとに駆けつける。

だが、電気が点いていない上に、埃が待っている。いくら軍用の強力な懐中電灯があるとはいえ、視界が悪く、状況の把握が困難であった。

 

「クラリッサ!襲撃だ!ISの使用を許可する!」

 

ラウラとクラリッサは専用機を完全に展開する。視界暗視モードを起動させ、周囲を見渡す。だが、幾ら周りを見渡しても敵が見つからない。

 

「このような暗い密室で部分展開ならまだしも、完全展開は良い手とは言えませんね」

「上か!」

 

ラウラとクラリッサは声が聞こえてきた頭上を見上げる。

そこには、縦横無尽に蜘蛛の巣のように天井に張られた糸の上に男が立っていた。

男の外見は細身の長身、目元にクマがあり、髪は灰色で七三分け、研究者なのか白衣を着ている。一度見たら忘れなさそうな容姿であった。

 

「やっと、私に気付きましたか」

「貴様、何者だ!」

「おや、そういえば、名乗るのを忘れていましたね。どうせ、貴方たちは死ぬので、此処で名乗るのは無駄でしょうが、私も研究者出身とはいえ、一時騎士団に席を置いた者だ。暗殺が失敗したのなら、名乗るのが礼儀というものでしょう。……元、聖槍十三騎士団黒円卓第十位ロート=シュピーネ。いや、貴方たちには、マルセル=シーボルトと名乗った方が良いかもしれませんね」

 

シュピーネという男が名乗ったマルセル=シーボルトという男はドイツ人なら誰もが知っている人物である。

マルセル=シーボルトの経歴に不明な点が多い。

生まれも、両親も、出身の大学も、元の職業も、証拠になるようなものが全くない。

マルセルは経済の立て直しを図るための政策と事業を掲げ、連邦議会選挙に立候補した。

そして、彼の掲げた事業がかの有名な『白い一角獣』機関への委託事業だった。

無名だったマルセルだったが、当時立候補者が少なかったため、容易に当選できた。

議員となったマルセルは議会に事業の提案を行い、事業は実行された。

だが……、

 

「マルセル=シーボルト……確かに似ているかもしれませんが、相手を騙したいのなら、もう少し信憑性のある嘘を言うべきでしたね、ロート=シュピーネ。マルセル=シーボルトは40年以上前の人間で、事故死したはずです。今生きているはずがありません」

「別に私は貴女達を騙すつもりなどありませんよ。此処で貴女達は死ぬのだから、嘘をつく必要がない」

「随分と自信家だな。それと単なる馬鹿か?こちらはIS、貴様はその強度が高いだけのワイヤーだ。付け加えていうのなら、二対一だ。どちらが有利かなど結果を見るよりも明らかだと思うが?」

「さて、それはどうでしょう?」

 

ニヤリと笑ったシュピーネは右手を振るう。

最初、ラウラとクラリッサはシュピーネがこちらに何かを仕掛けてきたということに気付いたのだが、具体的に何をしてきたのか分からなかった。ラウラ達が戦っている場所の資料室が暗かったため、天井に張り巡らされた無数のワイヤーの内の数本が動いたことに気付けなかったからである。

だが、ラウラはシュピーネの攻撃を的確にかわすことが出来た。シュピーネの攻撃に気付けたのはシュピーネから発せられた殺気と、ワイヤーが振るわれた時に聞こえた音の二つをラウラは感じることが出来たからである。

軍人として才能を発揮させ、黒兎部隊の隊長としての経験がラウラを救った。

ラウラは何とか避けられたが、クラリッサはシュピーネの攻撃には気付けたものの完全に回避できなかった。シュピーネのワイヤーが絡み、クラリッサのレールカノンは暴発させられてしまった。ISの武装がワイヤーに破壊されたことにラウラとクラリッサは驚く。

どうやら、この相手は一筋縄にはいかないらしい。

多少派手に暴れることになるが、この場から生還するには仕方のないらしい。

 

「そう暴れられては此処の大事な資料が駄目になってしまいます。私に大人しく殺されてくれませんかね?」

「御免蒙る。私としても此処の資料は重要だ。貴様こそさっさと死ね」

「隊長!尋問するのではないのですか!」

「この顔は生理的に無理だ」

 

ラウラはシュピーネに照準を合わせ、レールカノンを放った。だが、レールカノンの方向の角度から着弾点を予め予測していたシュピーネはワイヤーを伝い、素早く回避する。

狙いから外れたレールカノンの砲弾は天井に着弾し、天井板が崩落した。レールカノンを放った反動で資料室の本棚が倒れ、その衝撃で埃が舞い上がり、視界が更に悪化する。

 

「確かに、貴様の言うとおり、この位置は障害物が多すぎるな。……ならば!」

 

ラウラはPICで宙に浮くと、再びシュピーネに向かってレールカノンを放つ。

地に足を着ける生物は高低の距離感が狂いやすい。故に、頭上の目標への射撃は水平方向に居る目標への射撃より外れやすい。敵が頭上に居るのならば、ISで上昇すればよい。

天井付近にはワイヤーが張り巡らされているが、ISの出せる力は強い、ワイヤーは切れなくとも、ある程度払いのけることが出来る。だが、この蜘蛛の巣の中に飛び込むということは、シュピーネの間合いに入り込むことを意味している。シュピーネのワイヤーはISの武装を破壊することが出来る程の強度を持っている。故に、ラウラは相手に攻撃のチャンスを与えてはならない。そこで、ラウラがとった手段は簡単なものだった。

ただひたすら砲撃である。猛攻を続ければ、回避に集中せざるを得ないシュピーネは攻撃に転じることが出来ない。

 

「『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』という格言が東の国にはありますが、それは相手が避けないということが前提の話であり、私がこのように動き回っている現状においてこの格言は当てはまりません。むしろ『無駄な努力』と言えましょう。嘆かわしい」

 

攻撃に転じることが出来ないシュピーネだが、心の余裕がないわけではない。

このまま持久戦に持ち込み、ラウラの弾切れを待てば、攻撃に転じることは可能である。

 

「……こうも避け続けるだけなのも、面白みがない。そういえば、さきほど、貴女達は私に尋問すると言いましたね。…良いでしょう。冥土の土産に教えてあげますよ」

「随分余裕だな」

「えぇ、砲弾が切れれば、貴女の負けは必然。それまで私は貴女の攻撃を避け続ける自信がある。よって、現状において私に敗北をもたらすような要因はありません」

「そうか」

「さて、何から話しましょうか」

「貴様の目的はなんだ?」

「そちらから話題を振ってもらえるとは助かります。長く生きていると振れる話題が多すぎて、何から話そうか迷うものなのですよ。……それで、私の目的でしたね。簡単に言えば、『白い一角獣』機関の復活ですよ」

「復活させて何をするつもりだ?」

「私の私による私の為の黒円卓の結成ですよ」

「黒円卓?」

 

名乗りの時もシュピーネはその言葉を口にしていた。

ラウラのレールカノンを避けながら、シュピーネは片手間に話し始めた。

聖槍十三騎士団を、首領のラインハルト=ハイドリヒを、エイヴィヒカイトを。

そして、数十年前、ラインハルト=ハイドリヒの脅威から逃げた自分は彼の支配を受けない現世という名のヴァルハラをシュピーネは辿り着いた。

だが、黒円卓に属する者たちは自分以外にも十二人居る。

そして、何時かは自分が此処に居ることに気づき、自分という不忠者を粛清に黒円卓がやってくるかもしれない。だが、自分は黒円卓の中の非戦闘要員のイザークやテレジアにバビロンの三人を除けば、シュピーネは最弱であり、対抗する手段を持たない。

故に、シュピーネは彼らに対抗する戦力の確保に乗り出した。その戦力の確保は大資本とその戦力を確保する手段がなければ達成できない。シュピーネは数十年かけてその二つを手に入れた。そのうちの一つが『白い一角獣』機関である。

 

「さて、貴女の攻撃パターンは読めてきたので、そろそろこちらも反撃と参りましょう」

 

シュピーネは辺獄舎の絞殺縄を片手で操る。

辺獄舎の絞殺縄は束になり、編みこまれ、一つの槍へと変貌した。

ラウラはそれがただの槍ではないと見た瞬間感じ取った。

シュピーネが辺獄舎の絞殺縄で編み上げた槍は黒円卓に名を連ねる者なら誰もが知っているラインハルトの聖約・運命の神槍の姿をしていた。

保有する魂の数や聖遺物そのものが異なるため、聖約・運命の神槍と比べて威力は著しく低下しているが、現在シュピーネが出すことのできる最強の攻撃である。

だが、この攻撃には大きな欠点がある。この槍を放った直後、手元から大量の辺獄舎の絞殺縄が無くなるため、大きな隙が出来る。シュピーネがこのタイミングでこの攻撃を行ったことはラウラの行動のパターンを完全に読み切ったと自信があったからだ。

 

「これで貴女の胸を貫いてあげましょう!」

 

シュピーネは辺獄舎の絞殺縄で編み上げた聖約・運命の神槍を放った。槍はシュピーネとラウラの間にある障害物を貫き、ラウラへと疾走する。まともに喰らえば、たとえISを装備していてもただでは済まないだろう。にも関わらず、ラウラは回避行動をとろうとしない。シュピーネは勝利を確信した。

 

「クックックックックック」

「何を笑っておられるのです?」

「いや、教官の居られた国の格言である『棚から牡丹餅』というものがどういうものかやっと理解できてな」

「……何?」

 

ラウラは手を前に出す。

すると、聖約・運命の神槍化した辺獄舎の絞殺縄はラウラに着弾する直前で停止した。

 

「まさか、AIC!」

「ほう、これを知っているとは、さすが、ドイツの上院議員を名乗るだけはあるな」

「馬鹿な!あれは試作段階のはず!」

「すでに、実用化させた。これでチェック・メイトだ!」

 

レールカノンの発砲音や施設の壁や柱の破壊音で気付かなかったが、耳を澄ませば、研究施設全体から何かが軋む音が聞こえてくることにシュピーネは気が付いた。

それに、先ほどまで弛みのなかった辺獄舎の絞殺縄の張力も落ちている感触を覚えた。

まるで、ワイヤーを支えるこの施設の耐久度が落ちているような……

 

「まさか!この施設を崩壊させるつもりですか!」

 

確かに、ラウラはシュピーネを狙い砲撃を行っていた。シュピーネが砲撃をすべて回避することを予測していたラウラは当たればラッキーとぐらいにしか思っていなかった。

ラウラにはシュピーネを追い詰める別の方法を思いついていた。

そもそもシュピーネはこの天井に張り巡らされたワイヤーによって機動力を高め、砲弾を回避している。もし、ワイヤーが張り巡らされることの出来ない障害物のない平野での戦闘だったら、今よりもシュピーネの機動力は低いはずである。

この建物を破壊し、更地にしてしまえば、圧倒的にこちらが有利になる。だが、シュピーネにこちらの思惑を悟られてしまった場合、施設が壊れる前に、彼は施設から脱出し、近くの森林に逃げ込むだろう。そうなれば、シュピーネを取り逃がしてしまうことになる。黒円卓やラインハルト=ハイドリヒというものがどのような物か自分には分からないが、危険分子は此処で潰しておく必要がある。そこで、シュピーネを逃がさないように、ラウラはシュピーネを狙うと同時に施設の支柱も狙っていた。

レールカノンの砲弾を受けた数本の支柱の強度が著しく低下した。結果、施設は形を保つことが困難になり、倒壊し始めた。

 

「ロート=シュピーネ、貴様の敗因は私を考えなしだと評価をしてしまったことだ」

 

ラウラの勝利宣言の直後、頭上から無数の瓦礫が崩落する。

ISを展開しているクラリッサはワイヤーブレイドやプラズマ手刀などの近接格闘引きで頭をガードすることでコンクリートの雨から身を守った。ラウラもAICを発動させている状態で、クラリッサと同様のことをする。

一方のシュピーネも辺獄舎の絞殺縄で防御を試みる。だが、辺獄舎の絞殺縄は通常のワイヤーに比べて張力が著しく高いだけであり、己の身を守るには辺獄舎の絞殺縄を張る必要がある。付け加えて、辺獄舎の絞殺縄は聖約・運命の神槍化させ、ラウラの前でAICによって停止しており、手元にない。故に、現状シュピーネは防御することが不可能である。シュピーネは落下する無数のコンクリートの塊に対処する術を持っていなかった。

 

「ギャピィィィィィィィ!!!」

 

シュピーネは断末魔を上げながら、飲まれていった。

 

 

『白い一角獣』機関の施設の崩壊により、施設は瓦礫の山となった。

施設崩壊の数分後、そんな瓦礫の山の中から二機のISが現れた。

 

「隊長、ご無事ですか?」

「あぁ、負傷はしたが、治療のナノマシンがある。一週間で治るだろう。クラリッサは?」

「私も大丈夫です」

 

ラウラはバスロットからレールカノンの薬莢を取り出した。

薬莢の中にラウラは手を入れ、ある物を取り出した。

 

「隊長、それは?」

「先ほどの資料室で見つけた資料だ。最初に放ったレールカノンの薬莢に入れて、バスロットに入れておいた。薬莢の熱で焦げないかと心配したが、杞憂に終わったらしい」

 

施設の瓦礫に座ったラウラは資料を広げ、クラリッサはその資料を後ろから覗き込む。

本を読むときに後ろから覗き込まれることを好まないラウラだが、クラリッサも

ラウラは資料を開き、クラリッサと自分の検体番号を探していく。クラリッサの検体番号の頭文字は『B』であったことから、資料の最初の方に記載されていた。

 

「ありました!此処です!」

「父方:……」

「隊長、その資料を頂けないでしょうか?」

「分かった」

 

ラウラはファイルから、クラリッサに関する資料を抜き取り、クラリッサに渡した。

資料を受け取ったクラリッサは自分の両親を見ていく。

ラウラは再び自分に関する資料を探す。

そして、察しの半分を過ぎたところで自分の検体番号の頭である『C』を見つけた。

資料に記載された検体は番号順であったため、ラウラの検体番号である『C-0037』はすぐに見つけることが出来た。

 

「父方:……」

 

資料に記載されていたはずの父親の名前だけが消されていた。このことから人為的に名前だけが消されていることが分かる。一方、父親の経歴が残されていた。まるで、知っている者が後で確認できるかのように。

ラウラは資料に記載された父親の経歴に目を通す。

資料には父親が軍属であったことが書かれていた。

だが、どのような経緯で軍属となり、没年については記載されていなかった。

不明な点が多いのは仕方がない。何せ、この男が生きていたのはこの資料によれば、150年も前の話である。

だが、この資料について不明な点がある。

何故なら、当時の科学技術では細胞を長期間保存する技術がなかった。当時の技術の中で最も適切な技術を使ったとしても、もって数年であり、150年も遺伝情報が壊れないように保存することは不可能である。半永久的に細胞を壊さないように超低温保存する技術が誕生したのが120年も前の話である。この技術が誕生したときには父親は60歳を超えている。この年齢の人間から採取した細胞だと、老化が進行しすぎているため、たとえ現在の最高技術を使い、他人の細胞と掛け合わせたとしても遺伝子強化試験体は誕生できない。

故に、ラウラの父親がこの男というのはあり得ない話なのだ。

この男が不老不死でない限り。

ラウラは疑問を残しながら、母方を見てみる。

 

「母方:綾瀬 香純」

 

名前が漢字であることから中国、日本のいずれかにあたると目星をつけた。

更に、中国人の苗字は一文字が多く、二文字の名字は少ないと聞いたことがあることから、『綾瀬』という苗字から母方が日本人であるとラウラは予測した。

もっと詳しく父親と母親をいったい人生で両親は何を見てきたのか、知りたい。

ラウラはこれからのことを考えそうとした時だった。

 

「ピリリリリリピリリリリリ」

 

地下からの携帯電話の着信音に反応し、ラウラとクラリッサは再びISを展開する。

作戦行動中に自分の携帯電話の電源は入っていない。であるならば、この携帯電話の着信音は自分たち以外の物だと考えるのが妥当である。自分以外のこの場にいる人間は先ほど死闘を繰り広げたシュピーネ以外ありえない。

ラウラとクラリッサは近接格闘武器を駆使し、瓦礫の撤去をする。

 

「ヒィ!」

 

ラウラはワイヤーブレイドで片手片足を失ったシュピーネを吊し上げ、胸ポケットから携帯電話を取り出し、通話ボタンを押した。

『白い一角獣』機関、自分の両親探しの手掛かりになるかもしれないからだ。

今からシュピーネに尋問するつもりだが、情報は多い方が良い。

まずは相手の出方を見ることにした。

 

『単刀直入に聞こう……卿がその携帯電話の持ち主か?』

 

この携帯電話にかけてきたのは声からして、若い男のようだ。

しかも、日本語ということはおそらく相手は日本人であろうとラウラは推測する。

さらに、開口一番に、向こうからこちらについて聞いてくるということは電話の男はシュピーネと繋がりが無いと考えられる。

嘗ての自分の教官から教わった日本語で電話の相手に対応する。

 

「いや、私の目の前に居る男だ。質問に答えてやったのだから、私の質問に答えろ。…お前は誰だ?」

『あぁ、失礼した。名乗るのが礼儀であったな。私は『しがない凡人』だ。卿も名乗ってくれんかね?』

「……なら、私は『どこかの小娘』とでも名乗っておこう」

『では、どこかの小娘よ。差支えなければ、卿の目の前にいる携帯電話の所有者の男の名を聞かせてくれんかな?』

「この男は複数名前を持っている。私が知っているのは、マルセル=シーボルトとロート=シュピーネだ。だが、どちらも偽名ではないかと思う」

『……』

 

電話の向こう側の男は黙ったのか、電話の向こう側から何も聞こえてこない。

電話の向こう側に居る男がマルセル=シーボルトという昔のヨーロッパの政治家を知っていて、こちらの回答に飽きれられてしまっているのかとラウラは推測した。となれば、こちらの頭がおかしいとでも向こう側に思われてしまったら、電話を切られるかもしれない。向こう側の男が手にしている携帯電話を偶然手にしただけの一般市民ならば、携帯電話が捨てられる可能性がある。男にとって携帯電話は無価値かもしれないが、『白い一角獣』機関やレーベンスボルンを追っているこちらには有益かもしれない。

ラウラは焦り、通話が切れないことを祈った。

 

『左様か……私はマルセル=シーボルトという男は知らぬ』

 

男の言葉だけを聞けば、気のない返事としか捉えることが出来ないかもしれない。

だが、電話の向こう側から聞こえてきた声は間違いなく歓喜に満ちていた。まるで、探していた宝物を発見した冒険家のように声が弾んでいた。

知っている。携帯電話の向こう側の男は間違いなくロート=シュピーネという男の正体を知っている。男はマルセル=シーボルトという男は知らないと言ったが、ロート=シュピーネという男を知らないと言っていない。

それもあるが、軍属として経験からの勘がそう告げているからだ。

ラウラは電話の向こう側の男にそれについて大胆な追及をすれば、男に電話を切られてしまう可能性がある。だから、ラウラは男が何故マルセル=シーボルトという男にだけついて知らないと答えたのか追及するのは止めた。

ラウラは別の質問を男にぶつけようと考えるが、電話を切られる可能性のない話など、今の話の展開上ありえない。一か八かの賭けをするしかなかった。

 

「……ならば、貴様は何故その携帯電話を持っている?」

 

この男が嘘をつかない男ならば、此処で『拾った』という返答はあり得ない。

もし、そのような返答が返ってきたのなら、それは先ほどの返答の時の反応から考えれば、嘘であることは明確だからである。そして、今のところ、男が嘘を言っていないと考えられるため、どのような返答が返ってくるのか、ラウラは全く予想できなった。

どこが『しがない凡人』と、ラウラは悪態をつける。

常人の日常会話とかけ離れた単語が男の口から出てくるのは予想が出来た。

 

『あぁ、この携帯電話は私の友人を暗殺しようとした者が所有していた物だ』

「そうか」

 

やはり推理通り、男は嘘をつかない人間のようだ。

 

『あぁ、故にそこの男は焼くなり、煮るなり好きにするが良い。シュピーネを制したほどのISの技量をもっているのならば、卿には如何様にもできよう。ではな』

「おい!貴様!何故私がIS操縦者だと分かった!」

 

ラウラは怒鳴るように問い詰めるが、電話は切られていた。

着信履歴からラウラは電話をかけてみるが、電源が切れているという音声が聞こえてくる。

 

「――形成」

 

ワイヤーブレイドで締め上げていたシュピーネが片手を上げる。

上げた片手の指先から辺獄舎の絞殺縄を出し不意打ちを仕掛けてきた。自身の体は負傷しているが、聖遺物自体が縄であったため、傷ついておらず、形成は可能だった。

 

「Sieg Heil! Viktoria! 」

 

数百本の絞殺縄がラウラに襲い掛かる。

携帯電話に集中していたラウラは完全に不意を突かれてしまった。今からAICを起動させようにも、コンマ数秒の差で攻撃を受けてしまう。だが、そう、今この場に居るのはラウラだけではない。クラリッサのAICによってシュピーネの絞殺縄は動きを封じられてしまった。

 

「副隊長というのは隊長を補佐するために存在するのですよ」

「ご苦労、クラリッサ。そういうわけだ。残念だったな。ロート=シュピーネ」

 

ラウラはレールカノンをシュピーネの顔面に照準を合わせる。

出力を最大にするべく、チャージを始める。

 

「待ちなさい!私を殺せば、他の『白い一角獣』機関の構成員が黙っていませんよ!」

「そうか。では、その者達から情報を得るとしよう」

「ですが!その者達は私の手下!私以上に情報は持っていませんよ!」

「そうだとしても、貴様とこれ以上話したくない。言っただろう。貴様の顔は生理的に無理だと……Auf Wiederseh´n」

「ぐっ!」

 

シュピーネはAICから逃れようとするが、強固な電子結界から出られるだけの力は無かった。

 

「私の―――勝ちだ」

 

ラウラはレールカノンを放つ。

最大出力で放たれた砲弾はシュピーネの首を食いちぎり、霧散させ、遥か彼方へと飛んで行った。シュピーネは首から上を失い、物言わぬ物体となり、振り上げていた手は力なく垂れた。

ラウラはシュピーネの遺体を投げ捨てようとした。だが、突如、シュピーネの遺体が金色に光だし、粒子となり浮遊する。ただ一つだけ、空へと消えて行くと、他 の多くの光の粒子はラウラとクラリッサのISに溶け込んでいった。光の粒子がISの中に溶け込んだ瞬間、ISが輝き、力が溢れる感覚を覚えた。

 

「終わりましたね」

「あぁ。……クラリッサ、私はしばらく日本に行こうと思う」

 

ラウラはクラリッサに先ほどの電話のことと、自分の母親の名前について話した。

電話の向こう側の男はシュピーネのことを知っているようであり、自分がIS操縦者であると告げていないにもかかわらず、IS操縦者であると言い当てた。

 

「なるほど」

「それに、先日軍の上層部が私にIS学園入学を進めてきた」

「どうしてですか?」

「今年のIS学園入学者にはEUの代表候補生が二人も入学したと聞いている。『このままでは他国が我が国の脅威となりかねない』と軍の上層部は危惧したらしい。これを口実に日本へ渡ろうと思うのだが、お前も来るか?クラリッサ」

「はい。私も両親の足跡を辿りたいので、同行します。よろしくお願いします」

「あぁ、では早速手続きを取るぞ。軍の上層部で『白い一角獣』機関に所属している者が居れば厄介だからな」

「分かりました。では、事務手続きは部下に任せ、私たちは先に日本に行きましょう」

「そうだな」

 

ラウラとクラリッサは日本へと飛んだ。

 




「ここが日本か」
「えぇ、とりあえず本場の寿司を食べましょうか」
「昨日、ドイツで食べただろう?」
「……隊長、貴方の好きなネタは確かウナギロールでしたね」
「それがどうかしたか?」
「……はぁ、嘆かわしい。実に嘆かわしい。あのような『スシ(笑)』を食べて満足とは……良いですか?隊長」
「あ……あぁ」
「日 本の『寿司』と我々西洋人の『スシ(笑)』とには大きな差があります。そもそも寿司というのは、東南アジアの焼畑民族の魚肉保存食が発祥だと言われていま す。そこから、様々な地域に伝来し、最終的に稲作文化と共に日本にも伝わりました。日本の平安時代には塩と米で魚を漬け込み、熟成させ、食べるときに米を除き食べたと記されています。このように、当初寿司というモノは魚を長期保存させるための発酵食品でした。その後、江戸時代に現代の握り寿司が出来たと言われています。その要因として、江戸のインフラ整備が当時世界で最も進んでおり、新鮮な魚が庶民の口に届くようになり、魚を長期保存する必要がなくなったことが要因だとされています。さらに、当時は狙った魚を大量に仕入れることが困難であったため、様々な魚で握り寿司が誕生しました。日本の『寿司』が確立したのはこの時期と言えましょう。つまり、寿司の発祥は東南アジアですが、握り寿司の発祥は日本と言えます。私の好きなシマアジの握り寿司もこの頃に生まれたのではないかと考えています。その後、明治時代になると移民政策で日本人は様々な国へと渡り、現地の人たちに寿司を出しました。当初、日本の『寿司』をそのまま外国に持ち込んだそうですが、魚を生で食べるという文化が無かった西洋人からすれば、寿司はゲテモノでした。ですが、戦後、生でなく、ボリュームのある大きな巻き寿司であれば、西洋人に受け入れられると考え、アメリカの『東京会館』という寿司バーでカリフォルニアロールというものが誕生しました。脂の好きな西洋人のためにアボカドと、魚の風味を出すことのできる蟹蒲鉾を入れ、黒い食材を不気味だという西洋人のためにノリを内側に巻き、アボカドの香りを中和するためにきゅうりやマヨネーズを入れたそうです。このカリフォルニアロールの発想を基に、様々な『スシ(笑)』が誕生しました。現在ではスシ(笑)を油であげ、イチゴを載せ、チョコソースやシロップをかけるゲテモノまであるそうです」
「う……うむ」
「私が思うに、現地の人に 受け入れられたのなら、それで良いと思います。ですが!あの職人の磨かれた技術によって握られる繊細な食卓の芸術と言える『寿司』と、寿司ではなくどちらかと言えばおにぎりに類似する巻いただけの『スシ(笑)』は区別されるべきです!インドカレーと日本カレーが区別されているように!」
「分かった。クラリッサ、お前の言いたいことは分かった」
「分かっていただけたのなら、幸いです。では、空港内にある『が○こ寿司』に行きましょう」
「ところで、クラリッサ」
「なんです、隊長?」
「何故私たちは大阪に居る?IS学園は東京に近いと聞いているぞ?」
「この後、京都アニメ観光ツアーを組んでいるからです」
「……そうか」

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