IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ISアニメ第弐期決定並びに第八巻発売おめでとうございます。
『神咒神威神楽 曙の光』発売おめでとうございます。
ISの第八巻の方は早速買い、読みました。とても面白かったです。
『神咒神威神楽 曙の光』はPC版を買うつもりで、発売を楽しみに待っています。

弓弦イズル様、CHOCO様や、オーバーラップ社、正田祟様、Gユウスケ様、light等々、関係者の方々のいっそうのご活躍を期待し、私の祝辞とさせていただきます。

                       屑霧島


ChapterⅩⅦ:

「今日、転校生が来るんだって」

 

朝のSHR前に一夏の机の周りで雑談していると、布仏本音というクラスメイトが言った。

情報は知り合いの生徒会長からの物らしく、信用度は高い。だが、転校生がどのような人物であるのかという情報はない。そのため、一夏の席の周りに集まっていた生徒たちは未だ見ぬ転校生について議論している。

 

数分後、朝のSHRを知らせるチャイムが鳴り、生徒たちは着席する。

クラスメイトが全て着席すると同時に、担任の千冬と副担任の真耶が1人の少女を引き連れて入室してきた。どうやら、彼女が先ほどの話題となった転校生らしい。

銀髪の長髪に、赤い右の瞳、左目には眼帯をしている為、瞳の色は分からない。服の上からでもわかるほど引きしまった体をしている。アスリート以上の鍛え抜かれていることが分かる。それに、常人では出せぬ存在感がその小さな体から出ている。威嚇しているわけではないのは彼女の眼から分かる。つまり、この存在感は彼女の素なのだろう。

転校生はラウラ=ボーデヴィッヒと名乗った。千冬のことを教官と呼んでいることから、以前ドイツでISの教官をしていた時の教え子であると判断した。

 

「……既知だな」

 

一夏は誰にも聞かれないほどの小さな声で呟いた。

記憶喪失していない限り一夏はラウラと初対面のはずだ。故に、ラウラとの初対面という出来事自体には既知を感じないはずである。だが、一夏はこの者を知っている。

その要因は二つ。

まず、一つ目はラウラの声である。

この声は間違いなく、先日のシャルロットへの刺客の持っていた携帯電話に登録されていた携帯電話に掛けた時に出た相手の声である。もし、ラウラがあの時の電話の相手ならば、自分の声がラウラに聞かれた瞬間疑われる可能性は高い。だが、一夏はあの時、声の出し方を変えたため、相手は男であることには気づいているが、自分であることに気付くことはないだろう。一夏に不安要素はなかった。

そして、二つ目はラウラから溢れ出る存在感である。

眼帯をしているシュライバーと近いものを感じたのか、規律を重んじる軍人のような姿勢の良さからザミエルと近いものを感じたのか、それとも、はたまた別のものか……

ラウラが纏っている雰囲気の正体について一夏は熟考する。

一夏が頬杖を突きながら考えていると、目の前にラウラがやってきた。

 

「―――問おう、貴方が、私の嫁か」

 

ラウラはクラスメイト全員に聞こえるように、問いかけた。ある者は発狂し悲鳴を上げ、ある者はショックに耐え切れず気絶した。結果、IS学園一年一組は揺れた。

その振動は隣のクラスにも伝わった。当然、隣のクラスに所属する鈴の耳にも入った。

一夏を一人の男性として好いている鈴の心情が穏やかであるはずがない。鈴は甲龍を展開し、一年一組の教室の扉を破壊し、乗り込んできた。

 

「い~ち~か~」

 

光彩を失った鈴の二つの眼が一夏を捉え、双天牙月を片手に迫ってくる。

理性を失った野獣が獲物を見つけたかのように近づいてくる。

だが、このクラスに、そんな野獣を制することの出来る存在が二人もいた。

ハガルヘルツォークという黄金の獣と。

 

「凰、今はSHR中だ」

 

戦女神というブリュンヒルデの称号を持つ織斑千冬である千冬は鈴の首に手刀を叩き込み、鈴を気絶させる。気絶した鈴を千冬は真耶に渡し、保健室に連れて行かせた。

千冬は何事もなかったかのように、授業を開始した。

 

昼食の食堂、一夏とセシリア、シャルロット、ラウラは一つのテーブルで食事を取っていた。四人とも弁当を持っていないということもあるが、ラウラを敵視するクラスメイトから守るためということもある。

 

「つまり、卿は姉上の家族になりたいから、私と夫婦になると?」

「そうだ。私は教官を姉のように慕っている。もっと教官に近づきたい一心から、教官を『お姉さま』と呼んだところ、『私はお前の姉ではない』と一蹴されてしまった。だが、教官に弟君がいると聞き、その弟君と結婚すれば、教官とは義姉妹になれると私は考えた。これならば、合法的に教官を『お姉さま』と呼ぶことが出来る」

「なるほど」

 

ラウラの目的は千冬であって、一夏に対して興味はないということになる。

結婚というものに対しある程度の理想を抱いているシャルロットはラウラの発言で機嫌を悪くし、ラウラを若干敵視している。セシリアもシャルロットと同じ反応をしていた。セシリアは元々男は情けない生き物だと思っていたが、一夏との勝負に敗れて以降、男の中にも強い者がいるということを分かり、自分の考え方を改めたからだ。ラウラから求婚された一夏本人は、破壊こそが愛だと思っているため、ラウラの申し出などどこ吹く風だと、他人事のような反応をしていた。

 

「アタシは認めないわよ」

 

突如現れた鈴がラウラの求婚の邪魔をする。

どうやら、回復し、保健室から出てきたようだ。

 

「アンタは自分優先で、一夏の事なんとも思っていないじゃない」

「そうだが?」

「一夏の事を幸せにできない奴なんかに、一夏は渡さない」

「渡さない?貴様は弟君のなんだ?」

「アタシは……幼馴染よ!」

 

鈴は顔を紅潮させ、何かを誤魔化すように叫ぶ。

その後、鈴とラウラは口論を始めた。鈴は『自分は一夏の幼馴染だから、自分を納得させてみなさい』と怒鳴るように言い、ラウラは『幼馴染如きが何を言う。貴様は幼馴染が許可しなければ、結婚もできんのか』と涼しい顔をして反論する。

この口喧嘩は昼休み終了のチャイムがなるまで続いた。

 

「もう良いわ!IS操縦者なら、ISで決めましょう!アタシに試合中に『負けた』って言わせたら、アンタと一夏の結婚認めてあげるわ」

「良いだろう。ならば、貴様が勝ったら、弟君との結婚を諦めよう!」

 

鈴はラウラに対し、宣戦布告をした。

決闘は放課後の第三アリーナ、試合方式はISのシールドエネルギーが無くなるまで、介添人は一夏、セシリア、シャルロットの三人となった。織斑一夏の結婚という単語が飛び交った為、食堂に居た生徒の注目を浴びたことは言うまでもない。この鈴とラウラの喧嘩は織斑一夏の三角関係の縺れと噂され、わずか半日でIS学園中の生徒に広まった。幸い、教師陣の耳には入らなかったため、鈴とラウラの試合が中止されるような事態にはならなかった。

そして、何事もなかったかのように数時間が経ち、二人の決闘が始まる放課後になった。

放課後になると、鈴とラウラの試合が行われる第三アリーナに多くの生徒が来ていた。

観客席はほぼ満員となり、立見する生徒も居た。

観戦に来た生徒は織斑一夏という人物の将来が決まるこの一戦に興味があった。この勝敗については意見が真っ二つに分かれた。ある者は第二回のモンド・グロッソでドイツが中国より良い成績を収めたからであると考え、ある者は中国の方が人口が多いことから代表候補制の質が高いと考えたからだ。そのため、トトカルチョでは倍率がどちらも2に近かった。この倍率から判断するに、どちらが勝ってもおかしくない試合だったということは容易に判断できよう。

 

「賭け事を生徒会が主催して行うとは、生徒会長様はいったい何をお考えなのでしょう」

「ある程度の収拾をつけるために介入したんじゃないかな?」

「なるほど」

「一夏は賭けたの?」

「私は賭けておらんよ。どちらも私をめぐって戦っているのだ。賞品である私がどちらか一方の勝利を望むことは賭けられなかった者への冒涜であろう?」

「一夏はどっちが勝っても良いの?」

「そうだ。鈴が勝てば『幼馴染に婚姻を左右される』という未知を、ラウラが勝てば『姉上より早く結婚する』という未知を私は感じることが出来るのだ。既知ではない以上、どちらでも楽しめよう。……しかし、鈴は何故私の婚姻の妨害をしようとしているのだ?」

「一夏さんは少し乙女心というものを学ぶべきですわ」

「二人とも、鈴が来たよ」

 

シャルロットは一夏の言葉を遮り、アリーナの方を指さす。甲龍を纏い、双天牙月を構えた鈴が現れ、アリーナの中心へと飛行する。鈴は瞳の光彩を失い、薄ら笑みを浮かべている。クラス代表戦のセシリアとの戦いで見せた時の好戦的な鈴の姿がそこにあった。

あの時の戦いで狂戦士化とした鈴にセシリアは終始押されていた。

単一使用能力の有無によって、ISの戦局は大きく左右される。これは過去のISの公式の試合結果を見れば、誰であろうと分かることである。

だが、鈴は単一使用能力を用いずに、単一使用能力を持つセシリアに勝ちかけた。鈴がそのようなことをできそうになったのには、鈴の気迫が関係している。

ISはエイヴィヒカイトの代替であり、類似している点が非常に多いというカール=クラフトの話の中に、エイヴィヒカイトを操る術者が好戦的であればあるほど勝率が高まるという点はISでも同じことが言えるというものがあった。つまり、ISも操縦者の気持ちが昂れば高ぶるほど、力が発揮されるということである。故に、幾ら素晴らしい技術を持っていたとしても、気持ちが沈んでいれば、試合の成績は好ましいものにならない。だが、好戦的で気持ちが高まっていれば、技術が低くとも格上の相手に勝てる可能性が発生する。以上のことから、鈴の勝利の可能性は非常に高いといえる。

 

「……これだったら、鈴に賭けておけばよかったな」

「シャルロットさん、クラス代表として、クラスメイトが賭け事に手を出すことは承服しかねますわ。だいたい、この国にしろ、貴女の国にしろ、法律では未成年者の賭け事は禁止されているわけであって、そのような行為は禁止さているはずですわ。貴女は…」

「セシリアよ」

「なんですの、一夏さん、シャルロットさんにクラス代表として、クラスメイトの間違いを正そうと思っていますのに…」

「ボーデヴィッヒが現れた。シャルロットへの説教は後だ」

 

ラウラは漆黒の専用機を纏っていた。

その専用機は鈴の交流と同様に二つの非固定浮遊部位を持っていた。だが、唯の非固定浮遊部位ではないらしく、右側には大きな射撃武器が備え付けられていた。

シャルロットによると、あの射撃武器は大型レールカノンらしい。シャルロットがそれを知っているのは、ドイツのISにはこのレールカノンが必ず搭載されているからだそうだ。

 

「セシリアよ、卿はこの試合どう見る?」

「ボーデヴィッヒさんがこの時期にIS学園に入学してくるということがISの開発と関係あるのならば、おそらくボーデヴィッヒさんのISは第三世代型であり、あのレールカノン以外に特殊武装を兼ね備えていると考察するべきかと思われますわ。それと、正気を失っている鈴さんがボーデヴィッヒさんに更に挑発されて空回りしないかどうか、この二つがこの試合を大きく左右する要因かと推測されますわ」

「なるほど」

 

セシリアの着眼点と一夏の着眼点はほぼ同一であった。

だが、考察の内容が異なっていた。前者のラウラの第三世代型兵器については同じなのだが、後者の鈴の気迫については異なっていた。セシリアは鈴の気迫が空回りしないかどうかと心配していたが、一夏は鈴の気迫が必ず空回りすると結論付けていた。半日ラウラを考察した一夏が見て思ったことは、ラウラは冷静沈着であり、自分の中で自分なりのPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルが確立していることである。一夏が会って数時間でラウラがそのような人物であると見抜けたのはグラズヘイムに居る数百万の人間を見てきたからである。すぐに熱くなる鈴と、常に冷静沈着なラウラでは後者が前者を組み伏せることが出来るのは明らかである。

そして、その一夏の予想は試合が開始してたった数分で実現されてしまった。

 

「この程度か」

 

地に膝をつける鈴をラウラは見下す。

鈴は開始早々、双天牙月でラウラを切りつけようとするが、プラズマ手刀で防がれ、ワイヤーブレイドの反撃を喰らう。距離を取っても、ワイヤーブレイドが己を捉えようと追いかけてくる。龍砲で払おうとしても、ワイヤーブレイドは蛇のように見切ることの出来ない動きで龍砲の砲弾を回避し接近してくる。ラウラ本人を狙っても、ある程度の距離を取られてしまっている為、避けられてしまう。間合いを詰めて、龍砲を放とうにも、無傷で距離を詰める方法が見つからない。絶望的な状況に陥った鈴は忘我状態でなくなった。

鈴とラウラとの間には一朝一夕では覆すことが出来ないほどの圧倒的な実力差があった。

 

「貴様ら中国人はどの分野においても物量で主張を通そうとする。結果、低俗な物ばかりを集め、宝石の原石は埋もれ腐っていく。だから、気付かないのだ。屑はどれだけ研磨しても屑であり、そんな屑どもと同じように扱われた宝石の原石は至高の光を放つことが出来ない。だから、団栗の背比べとなって、井の中の蛙ばかりが生まれ、こうなる」

 

ラウラは鈴に向かってレールカノンを放つ。

鈴はギリギリのところで地面の上を転がることで、回避することが出来たが、手放してしまった双天牙月にレールカノンの砲弾が着弾する。まるで投石を受けた薄い窓ガラスのように、砲弾を受けた双天牙月は砕ける。双天牙月の一部であった無数の破片はアリーナのグラウンドの上に散った。目の前の光景に双天牙月の持ち主であった鈴が一番驚いた。

甲龍のパワーに耐えきれるように双天牙月が作られていたからである。

 

「……嘘…かなり頑丈に作られているはずなのに」

「頑丈?それは所詮貴様らの次元の話だろ。この程度の武器破壊など、我が国ならば代表候補生でなくとも容易にできる。言ったであろう?私の国と貴様の国とでは出来が違うのだ。IS操縦者の技術も、ISの性能もな」

 

双天牙月を失った鈴に使える武器は龍砲だけであった。

ラウラには龍砲の弾道を見切り、対処するだけの技量がある。ラウラの背後に回り込めば、命中率は上がるかもしれないが、この距離でラウラの背後を陣取ることは自分とラウラの機体性能から考えて不可能である。故に、この距離では龍砲は当たらない。

接近しようにも、ラウラが妨害をしてくるため、容易に近づけない。双天牙月があれば、それを盾に接近できかもしれないが、木端微塵となっている。この身を守るものが無い。

故に、鈴の選択肢は二つのみであった。玉砕覚悟の特攻か、降伏かである。

 

「……そんなの決まってるじゃない」

 

自分の大事なものはあまりにも眩しく、近くに居るつもりなのに、果てしなく遠くの存在だった。そんな大事なものの傍に居ようと、もっと近づこうと、障害物は全部乗り越えてきた。でも、そんな自分の望みに反して、その大事なものはまるで風のように自分の元から離れていく。自分は歩くのが遅いつもりはない。単純に自分の大事なものは歩くのが速く、もともといる場所が山の頂なのだ。

走り続けなければ、その大事なものを見失ってしまいそうになる。

 

「だから、アンタみたいなボッチの妄想シスコンもどきに負けてらんないのよ!」

 

それでも自分はそれに近づこうと必死で走り、それを掴もうと必死に手を伸ばした。

そして、これからも自分は走り、手を伸ばし続けるつもりだ。

だから、自分が掴み取ろうとしたものを、自分から諦められるはずがない。

 

鈴はラウラに向かって、龍砲を乱射しながら突撃する。

勝算はほとんど皆無であるが、この方法しか勝機を見いだせなかった。

それに、仮に、万が一…いや、億が一、自分が負けるような展開になった場合、千冬と義理姉妹になるための道具として一夏を利用されるのを黙って見ていられるほど、自分は冷血ではない。一発殴らないと気が済まない。

故に、鈴は捨て身の突撃という行動に出たのだ。

ラウラはそんな鈴の行動を下らないと一蹴する。

 

「特攻すれば何とかなるというその作戦とも呼べぬ愚行、無様だな。何故なら、貴様は特攻の意義を理解していない。特攻は本来援軍が容易に相手を制するために、相手の士気を下げることが目的である。必死の形相で命を捨ててくる凄みに敵軍は揺らぐからである。故に、この一対一の場面で、特攻という策は愚策である。貴様は最も取ってはならない策を取った」

 

ラウラは後退しながらワイヤーブレイドとレールカノンで鈴を迎撃する。

レールカノンの砲弾の一発が砲口に着弾した右の龍砲は暴発し、黒煙を上げる。鈴は龍砲の破壊状況を確認するが、ウインドウに使用不能の文字が表示される。攻撃の手段を次々と失っていく鈴は自分の立てた特攻という作戦が間違っているのかという迷いが頭を過る。そして、その迷いが鈴を更に追い込んでいく。迷いが鈴の動きを鈍らせてしまい、鈴の回避率が低下する。結果、ラウラのレールカノンを何発も受ける。

甲龍は装甲とシールドエネルギーが削がれていき、機動力を失っていく。後退するラウラから更なる距離を取られてしまう。

 

「貴様の敗北は結局覆らなかったが、その決着が着くまで諦めん貴様の姿勢だけは認めてやる。私に此処まで言わせたのだ。誇るが良い。」

 

このままでは終われない。大切なものから離されたくない。

だが、自分は足が遅いから追い付けないし、手も届かない。自分の大切なものが元から遥かなる高みに居るのは知っている。それでも自分はその頂へ登り詰めようとした。大事なものが放つ光が至高の黄金であったから、その光を見続けたいと彼女は願ったから。ただでさえ、大事なものは遠くにあるのに、此処で負ければ更に遠くに行ってしまう。

此処でアタシが負ければ、一夏は初対面の相手の一方的な言葉によって、アタシの気持ちや都合とは関係なく、結婚させられてしまう。

アタシは自分の気持ちをまだ一夏に伝えていない。それなのに、一夏は目に映らないほど遠くに行ってしまう。目に映らなければ、大切なものに届かないのは手だけではない。体をどんなに伸ばしても届かない。

 

また、アタシはアタシの大事なものから逃げられてしまうのか。

……そんな事実をアタシは認めない。

 

「え」「なっ」

 

そんな時だった。鈴の目の前の光景が突如変わった。

前方の遥か遠くに居たはずのラウラが、瞬きすると自分の目の前に居た。

ワイヤーブレイドの懐に入り込み、レールカノンの弾道上から大きく外れたところ、つまりラウラの懐に鈴は居る状態に気が付けばなっていた。

鈴の周りの景色が大きく変わり、ラウラにとって不利な状況になっていることから、ラウラが一瞬で自分の近くに来たのではなく、鈴が一瞬でラウラの懐に飛び込んでいたのだと鈴はなんとか理解できた。

この現状を理解できても、このような状況になった理由が理解できない。

なぜなら、ラウラのレールカノンを受けた甲龍のスラスターは全壊寸前であり、鈴はあのラウラの猛攻を掻い潜り懐に接近できる技術は無い。

さらに、鈴とラウラとの間には数十mの距離があった。たとえISであろうと、一瞬でこれを数十㎝にまで縮めることは不可能である。

以上のことから、この現状の変化はあり得ないのだ。

故に、この試合の観客どころか、鈴とラウラすらも驚嘆している。

だが、セシリアとシャルロットはこの状況を第三者という立場から見ていたため、冷静に戦局を分析でき、鈴が何をしたのか理解できた。同様にこの状況を理解できていた一夏は頬杖をついたまま笑っていた。

 

「あれが鈴の単一使用能力か」

「瞬間移動といったところでしょうか」

「……でも」

 

そう、この戦況において距離を不意に詰めることが出来たからといって、戦局を覆せるほどの切り札とはなりえない。

なぜなら、此処で龍砲を放ったところで、自分に掛かる砲撃の反動や、ラウラに与える被弾の衝撃によって、距離は再び開くからだ。距離が開けば、再びラウラの猛攻が自分を襲うだろう。そして、現在自分はその猛攻を凌ぎきるだけの術を先ほどの瞬間移動以外に持たない。その瞬間移動ですら、自分の思い通りのところに跳べるかどうか不確定である。仮に、何度も自分の思い通りにラウラの懐に入り込めることが出来たとしても、いずれラウラは自分の瞬間移動と攻撃に対応してくるはずだ。

また、自分とラウラの専用機のシールドエネルギーの残量に圧倒的な差があり、たとえ何度でも瞬間移動を行えたとしてもこの戦局を覆せないことは明白であった。

故に、鈴の敗北は確定していた。そして、それは鈴も理解していた。

 

だから、鈴はラウラの顔にグーパンチを叩き込んだ。

 

他人が自分のものを掻っ攫っていく泥棒のようなラウラの蛮行を、一夏に恋い焦がれる鈴は許せなかった。無防備なラウラを前にした鈴の怒りは爆発し、一撃でもラウラに叩き込まなくてはどうにかなりそうだった。龍砲を放っても良かったのだが、龍砲は発射命令を出すだけであり、自分の憤怒を載せることが出来ない。

故に、鈴は龍砲より威力の低いグーパンチをラウラに叩き込んだ。龍砲を放ってくるであろうと予測していたラウラは鈴の拳を喰らい、目を点にする。怯んだラウラを見た鈴は反対側の拳を振り上げ、ラウラにもう一発グーパンチを叩き込もうとする。

 

だが、鈴の拳は宙で止まった。

ドイツの第三世代型兵器、AICによるものだった。

幾ら体に力を入れても、鎖で縛りあげられたかのように、体が動かない。

こうなれば、鈴に打つ手はない。

AICによって動きを止められた鈴にラウラはレールカノンの零距離砲撃を放ち、甲龍の装甲を半壊させ、ISのシールドエネルギーを奪った。

 

鈴とラウラの試合は鈴の敗北という形で終わった。

 

「ボッチだの、妄想シスコンもどきだの、意味は分からんが、散々言ってくれたな、凰鈴音。貴様にはまだまだ言ってやらねばならないことがある。だが、これで私と弟君と結婚することに異議は無いな」

「あるわよ、何言ってんの!アタシは試合中に『負けた』なんて言っていない。だから、次のアンタとの戦いに持越しよ。その時にに絶対アンタに『負けた』って言わしてやる」

「はぁ?」

「アタシが言ったこと覚えてる?『アタシに試合中に『負けた』って言わせたら、アンタと一夏の結婚認めてあげるわ』よ。だから、この試合でアタシは負けたけど、アンタと一夏の結婚は認めないわ!」

「な!そのようなものは詭弁だ!」

「頭の回転が良いと言いなさい!だから、首を…洗って……」

 

鈴は其処まで言うと満足そうな笑みを浮かべ、力尽き、気を失った。

一方の勝者であるラウラは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。千冬と義理姉妹になることに対し異議をいう者等を黙らせるために、この試合に乗ったつもりだった。

鈴の言葉は子供の言い訳のようだったが、一応まかり通る言い訳であり、無視できない。仮に、鈴の言葉を無視して強引に婚姻をしようにも、一夏は応じないだろう。一夏は子供の言い訳じみた言葉であろうと、理屈が通っている以上、婚姻に応じない。千冬から聞いていた一夏の情報と、会って数時間で感じた一夏の印象からラウラはそう感じていた。

 

試合に負けたが、一夏の婚姻を妨害するという点において、鈴はラウラに勝っていた。

 

 

 

 

 

「一夏、アタシ、負けちゃった」

 

力の籠っていない声で鈴は見舞いに来た一夏に報告した。

ラウラの突拍子もない言葉に鈴は驚き、喧嘩をラウラに売った。勝つと思っていた。たった一年で代表候補生になる実力があり、その実力に基づく自信があったからだ。

だが、ラウラに負けてしまい、自信を喪失してしまった。

一夏の婚姻を邪魔できたのも、自分がたまたま言った言葉に助けられただけに過ぎない。

 

「アイツ、無茶苦茶強くて、今のアタシじゃ勝てなさそう。でも、負けたくなくて……」

 

次にどのような言葉を口に出そうかと悩み、鈴は沈黙する。

『強くなりたい』と言えば、一夏は自分を鍛えてくれるかもしれない。強くなれば、一夏は自分のことを見てくれるかもしれない。故に、此処でその言葉を口に出すべきかもしれない。だが、自分の弱いところを、好いている一夏に見せたくないという気持ちもある。

そんな鈴の心情を察した者が居た。

 

「ねえ、一夏、僕強くなりたい」

「急にどうした?シャルロットよ」

「今日のボーデヴィッヒさんの試合を見て思ったんだけど、あれほどの実力だったら、僕はたぶん勝てない。経験の積み重ね、勝負の駆け引き、みたいなところが僕たちに足りてないと思うんだ。だから、経験豊富な一夏に教えてほしい。」

 

数日前の戦いにおいて、ラウラがシュピーネを倒したというのならば、シュピーネとの戦いが接戦にしろ、消化試合のようなものであったにしろ、自分との試合において戦いというものが成立しうる可能性がある。それほどの力をラウラは持っている。

それはラウラ自身が持っている技量ということもあるが、ラウラの専用機がシュピーネの聖遺物の魂を吸い取ったと思われるからである。

その証拠として、ラウラの専用機は通常のISに比べて様々な面において勝っている。

現段階のセシリアやシャルロットが戦っても勝てそうにない。

 

シュピーネという言葉で思い出したが、シャルロットに刺客を差し向けていた件の全容をまだ把握していない。

ベイが先日手に入れた携帯電話に登録されていたアドレスに電話したところ、その登録されていた携帯電話の持ち主がシュピーネであり、シャルロットに刺客を差し向けていた人間だということは判明しているが、シャルロットの抹殺を企む首謀者であると断定されたわけではない。

現在グラズヘイムに居るシュピーネ本人に問い詰めるつもりだが、シュピーネが首謀者であったと分かったとしても、シュピーネなき今、シャルロットに刺客を向けてくる者が必ず無くなるという保証はない。何故なら、シャルロットが女であるとバレることで一番損害を受けるのはフランスの政治家とデュノア社の関係者だからである。

仮に、シュピーネがフランスの政治家でもありながら、デュノア社の関係者であり、シャルロットがIS学園に入学できるように、全て行動していたというのであれば、シュピーネ以外にこの機密に触れている者は居ないため、刺客がもう来ることが無いと言える。

だが、戸籍の偽造、パスポートの偽造、シャルロットの教育などそれらをすべてシュピーネが出来るはずがない。故に協力者がいることは分かり切っている。

 

「セシリアと鈴はどう?」

「たしかに、シャルロットさんの言うとおりですわね。一夏さん、私もお願いします」

「じゃぁ、…アタシも」

「二人はやる気みたいだけど、良いかな?一夏」

「良かろう。セシリア、鈴、シャルロット、卿等を更なる高みへと導こう。だが、難敵に勝つだけの力を蓄えるということは容易ではない。覚悟しておくがよい。私とともにその魂を研磨しようではないか」

 

一夏の弾んでいる声を聴いたセシリア、鈴、シャルロットは『死亡フラグ建った?』と若干困惑気味である。一夏が笑うということは常人の理解の範疇から超えた何かが起こるというサインだからである。

 

「と、言いたいが、先日嘗て黒円卓に席を置いていた者が我が城に帰ってきた。私はその者に尋問しなければならない故、卿等三人の鍛錬の相手が出来ん。黒円卓の中から卿等それぞれに指導者をつけるつもりだ。セシリアと鈴は決まったのだが、シャルロットの鍛錬につける者に迷っていてな」

「獣殿、その大役、私が果たしましょう」

 

一夏の背後から聞きたくない声をセシリア、鈴、シャルロットの三人は聞いてしまった。

声の主はIS学園の保健医であり、襤褸着を纏った黒円卓の副首領カール=クラフトだった。相変わらず、心臓に悪い登場の仕方をする、と三人は心の中で悪態をつける。

カール=クラフトのこのような登場に慣れてしまっている一夏は三人とは別のことを考えていた。一夏が考えていたことはカールの目的についてだ。

カールが動くときはマルグリットが絡んでいる。となれば、シャルロットを鍛えることが、マルグリットの座を強固なものにすることに直接的もしくは間接的に結びつき、座の守護者の戦力は上がると考えられる。だが、シャルロットはエイヴィヒカイトの術を施されていない。少なくとも数十年以内には黒円卓の第三位の席は空き、戦力は低下する。

普通に考えれば、カールがシャルロットに関わるなどありえない。

故に、カールがシャルロットを鍛えることがカールの中でかなりの重要事項であるように一夏は感じられた。

 

「どうしたの、一夏?」

「いや、なんでもない」

 

カールの目的は未だに不明であるが、結果としてカールはいつも自分を楽しませてくれる。マルグリットに奇行をしないかぎり、放っておいても問題はない。

 

「シャルロット=デュノア、獣殿の了承も得たことだ。五分でも空いている時間があれば、私に声を掛けてくるがよい」

 

カールは一方的に告げると、病室から消えた。

 

「相変わらず、心臓に悪いお方ですわね」

「一夏しか友人がいないのも納得」

「……一夏、……セシリア、……鈴……助けて」

「幻聴が聞こえますわね」

「ワタシ、ニホンゴ、ワカラナイアル」

「そう悲観するな。シャルロット、カールは変質者で、ストーカーで、どうしようもないクソニートではあるが、彼の興味は常にマルグリットに向いている。故に、卿に直接的な被害は無い……はずだ。どのような内容かは知らんが、単なる鍛錬のみであろう」

「一夏、『直接的な被害は無いはず』って、本当に大丈夫なの?」

「消灯時間だ。セシリア、シャルロット、鬼が来る前に、自室に戻った方が良いだろう」

「一夏、目を逸らさないで!逃げないで!間接的な被害ってあるの!一夏、副首領様とは友達なんだよね?はっきり大丈夫って言ってよ!ね!」

「あら……もう、織斑先生の巡回時間ですのね。それでは失礼しますわ。お大事に、鈴さん」

「はいはーい、おやすみ」

「では、また明日に会おう」

 

 

 

 

 

「……パトラッシュ、僕はもう疲れたよ」




鈴の単一使用能力が発動しましたね。
彼女の単一使用能力は『○ャッ○○○○ですの!』を参考にしました。理由はツインテはテレポーターという公式がこのキャラによって自分の中で確立したからです。


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