IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅩⅧ:

「というわけだ。今度の学年別トーナメントはより本格的な実践を経験させるために二対二の試合形式とする。出場し、好成績を収めれば、それだけ、成績に反映される。できるだけ参加するように。クラス全体への報告は以上だ。これが終われば、オルコットとデュノアは職員室に来い」

「分かりましたわ」「……はい」

 

セシリアはいつも通りの返事を返すが、シャルロットの返事は力がない。

二人とも、昨日と今の二人のテンションの差があまりにも激しい。セシリアは昨日より若干高めだが、シャルロットは世界の終りのような顔をしている。

また、二人とも機能と姿が違う。セシリアはすり傷や切り傷のような外傷が多く、顔に数枚ほどバンドエイドが張られており、制服で見えないがガーゼが何カ所かに張られていた。一方のシャルロットも外傷が多いが、打撲のようなの怪我の方が多いのか、全身から湿布の匂いがする。その上に、服の隙間からテーピングが見えている。

二人とも傷が痛むのか、動きがぎこちない。黒円卓に席を置く者達による特訓で風前の灯となっていたからなのだが、そのような裏事情を知らないクラスメイト達は純粋に二人を心配していた。二人を気にかけていたのは生徒だけでなく、二人の担任である千冬もであった。そこで、千冬は二人が負傷している理由を探ろうとした。国家を代表する代表候補生が原因不明で負傷しては日本国との国際問題になりかねないからだ。

放課後、職員室に来たセシリアとシャルロットに千冬は負傷の原因について聞く。

 

「なるほど、ボーデヴィッヒと凰の試合に触発されて、猛特訓した結果、負傷したと」

「はい」

「はぁ…、程々にしておけ。もう行っても良いぞ」

「それでは失礼しました」

「失礼しました」

 

千冬との話が終わった二人は職員室から退室し、寮の一夏の部屋へと向かう。

ヴェヴェルスブルグ城で特訓するためだ。千冬にほどほどにしておけと言われたが、特訓の指導者が黒円卓である限り言ったところで聞いてもらえるわけがない。

なぜなら、黒円卓の人間は用いる術エイヴィヒカイトは自分理論を貫くことによって威力を発揮する。故に、黒円卓の人間は基本自分が正しいと思っているため、上官の言葉以外に聞く耳を持たない。

自分から言い出した特訓とはいえ、正直此処まで激しいものだとは思っていなかった。

 

「シャルロットさんはどのような特訓をなさっているのかしら?」

「……」

「シャルロットさん?」

「……蛇って怖いね」

「はい?」

「大きいし、白いし、大きな口を開けて追いかけて来るし、鱗が固いし、倒しても倒しても復活するし、負けたらやり直しだし……」

「シャルロットさん、顔色が良くありませんわ。保健室に行かれますか?」

「ごめん、セシリア、僕保健室だけは行きたくないよ」

 

諦めの境地に入ったシャルロットはボソボソと意味不明な言葉を呟く。特訓がトラウマになってしまっているのか、遠くを見ている。

セシリアはそんなシャルロットを落ち着かせようと、背中を摩りながら声を掛ける。

 

シャルロットが受けているカール=クラフトの特訓は苛烈を極めた。

通常、ISの訓練は専用のアリーナで行われるのだが、一保険医がISのアリーナの貸し出し申請をするなど、あまりにも不自然であり、自分が目立ってしまう。ヴェヴェルスブルグ城のアリーナで特訓を行っても良かったのだが、そうなると、セシリアの特訓場が無くなってしまう。そこで、カール=クラフトはシャルロットの訓練場所を保健室にした。あんな狭い場所でISの特訓など普通ならできない。そう、『普通』ならばだ。

カール=クラフトの特訓はシャルロットを催眠術によって眠らせ、ある夢を見させ、その夢の中で五分間ISのシールドエネルギーを0にしないことだとシャルロットはカール=クラフトから聞かされていた。

特訓の内容を聞かされたシャルロットはその程度?と拍子抜けしていた。

だが、いざ夢の中の世界に入ってみると、シャルロットは自分の認識は甘かったのだと認識させられてしまう。

 

 

 

カール=クラフトに催眠術を掛けられたシャルロットは気が付けば自分は大きな飼育ケースのような物の中で立っていた。左右の端は見えないが、天井の高さは二十mも程度で、地面には腐葉土が敷かれており、草木が生えていた。

そこまでは特に驚くことはなかった。少々現実味のある夢なのだと納得できたからだ。

だが、そこに現れたある生き物を見たシャルロットは一瞬で青ざめる。

 

その生物とは全長百mもありそうな大きな二匹の白蛇だった。

 

その二匹の大きな白蛇は口を開けて、シャルロットに襲い掛かってくる。

蛇の眼に映っていたのは一人の人間でなく、生きた餌だ。白蛇がシャルロットに襲い掛かった理由は二匹の白蛇が食欲に従ったからである。故に、二匹の白蛇はシャルロットが逃げようとしても、執拗に追いかけてきた。蛇に追い付かれそうになったシャルロットは重火器で応戦するが、蛇の鱗は固く、弾丸が通らない。シャルロットは弾丸が効かないのだと焦り、パニックになり、数十秒でISのシールドエネルギーが0になってしまった。

シールドエネルギーが0になると、目の前が一瞬暗くなる。

視界が元の明るさを取り戻すと、ISのシールドエネルギーは満タンになり、再び大きな二匹の白蛇が襲い掛かってきた。再び、シールドエネルギーが0になれば、また同じことが起き、この蛇の地獄が何度も繰り返される。

白蛇の目にシールドスピアーを叩き込むことで、なんとか倒すことが何度かあったが、瞬時に白蛇の傷は癒え、再び襲い掛かってくる。

この状況において、勝つよりも、一定時間生き残ることのほうが困難であった。

これがカール=クラフトによるシャルロットの特訓である。

 

 

 

「それは身の毛も弥立つ気持ち悪さですわね」

 

お嬢様のセシリアは農村暮らしのシャルロットより爬虫類などの野生動物が苦手である。

セシリアはシャルロットの話を聞いただけで鳥肌を立て、顔は青ざめていた。

 

「でしたら、その怪我は?」

「これはね……その夢の中があまりにも現実に近かったから、その感覚が現実にも反映されちゃって、マイナスのプラシーボ効果っていうのかな?その怪我していないのに、痛く感じるんだ。それで、シップとテーピング」

「そうでしたの」

「セシリアはどんな特訓をしているの?」

「私はヴィルヘルムさんですわ」

「あーぁ、あの戦うのが大好きな吸血鬼の中尉さん?」

「えぇ、シャルロットさんはヴィルヘルムさんの戦いを見たことが無いのでしたね」

「うん」

「ヴィルヘルムさんの戦い方は基本蹴る殴るの徒手空拳なのですが、形成を行うと体中から生えてくる杭を飛ばして攻撃してきますの。創造を使うと、ヴィルヘルムさんの周囲一帯が夜となり、四方八方から杭を飛ばします。ヴィルヘルムさんは先日の襲撃者の事件で現れた所属不明の無人機を圧倒しましたの。まるで、アレは公開処刑でしたわ」

「ISの公開処刑ってそんな、まさか」

「えぇ、私も最初は我が目を疑いましたわ。体中から杭を撃ちだし、最後は地中から杭を出して無数の杭が針山になって、無人機は木端微塵でしたわ」

「凄い倒し方だね」

「そんなヴィルヘルムさんとマンツーマンの試合形式の特訓ですわ」

 

セシリアの受けた特訓はヴェヴェルスブルグ城でベイを相手に戦うというものだった。

ベイがセシリアの担当となったのには重要な理由がある。ブルー・ティアーズのビットの操作にセシリアはかなりの集中力を使っている。そして、ビットの操作に集中力を使うが故に、射撃以外が疎かとなってしまう傾向にある。そこで、セシリアの担当は連続的な攻撃を可能とする者が好ましい。すると、おおざっぱな戦い方をし、大火力戦を好むザミエルは除外される。となれば、二丁拳銃で攻撃をするシュライバーか無限に杭を飛ばし続けるベイに限られる。ベイの戦い方ならオールレンジ攻撃のセシリアのブルー・ティアーズの参考になるかもしれないということや、鈴の単一使用能力の特訓でシュライバーとの鬼ごっこを考えているため、自動的にセシリアの担当はベイとなったわけだ。

 

 

 

クラス代表戦でベイの強さを目の当たりにしていたセシリアは特訓前から憂鬱であった。

言動は汚いうえに、素行が悪い。騎士というには程遠いような気がしていたからだ。

そして、実際戦ってみた結果、無数の罵声を浴びせられた。

“阿婆擦れ”だの、“ケツを振って誘ってんのか?”だの、“ライミー”だの、“飯マズ”だの、“乳に栄養が行き過ぎて頭がおかしくなったか?”だのと、セシリアはベイにボロカスに言われた。なんとか特訓が終わり、ベイに心身ともにボロボロにされ、疲れ果て、ヴェヴェルスブルグ城のアリーナの壁にもたれ掛かり息を整えていたところ、ベイが現れた。

 

『悲しいな。こんな貧弱共に俺たちは150年前に負けたのか。無様過ぎて笑えて来るぜ。まあ、食べて寝るしか頭にねぇウォップ共と、物が無いくせに根性さえあればどんな敵で倒せるなんて根性論で戦ってきたジャップと同盟だったのだから、まあ仕方がねぇか』

 

紙パックのトマトジュースを自分に放り投げてきた。

ベイは人種差別主義者だと聞かされていたセシリアは、英国人である自分をベイは嫌っているものだと思っていたため、戸惑いを隠せなかった。だが、ベイは自分とハイドリヒが認めた存在であるならば、普段なら忌み嫌う劣等人種であろうと敬意を表す。

 

『どうして私に施しを?』

『テメェがハイドリヒ卿の認めたバビロンの後任候補だ。同僚になるかもしれないガキの面倒を年上が見るのが当たり前だろう』

『私がガキとは言ってくれますね……』

『そりゃぁ、180過ぎたジジィからすれば、テメェなんぜションベン臭いガキだ。そんなことも分からねぇのか?頭が湧いてんのか、テメェは?』

『…文句を言いたいですが、事実がある程度含まれている上に、訓練でも貴方に惨敗している以上、所詮は負け犬の遠吠えですわ。貴方に勝って悪口言って差し上げますわ』

『おぉ、何百年先か分からねぇが、気長くして待たせてもらうぜ』

 

ヴィルヘルムは鼻で笑っている。

生を受けてからこれまで、自分の牙を懸命に研ぎ続けてきた。すべては自分こそがラインハルト=ハイドリヒの爪牙であり、白騎士に相応しいと自負しているからであり、十数年ソコソコしか生きていない小娘に負けるとは思っていなかったからだ。

彼の自負心は黒円卓に名を置くようになってからあったが、特に最近の彼の自負心は嘗てのシャンバラの時以上である。それには理由があった。1945年のベルリンでシュライバーやベアトリスとの勝負はついていない。100年前のシャンバラで遊佐司狼との勝負もシュライバーの乱入により、決着が着いていない。結果、自分は黒円卓の騎士として大した功績を収めていない。それもこれもすべて自分の呪いが関係している。

ベイはそのことでイラつき、実績を上げようと焦っていた。実績を上げるには力が必要である。ヴェヴェルスブルグに来てから、毎日のように鍛え、嘗て自分と比較できないほどなどの実力を身につけた。故に、彼には今ならシュライバーにも、ベアトリスにも、遊佐司狼にも後れを取らないと自信があった。

 

『っち、もう予定の時間か。今日の訓練はもう終わりだ。ガキはさっさと帰って寝ろ』

『まだ、やれますわ!』

『やる気は認めてやるが、ガクガク震えて生まれたての小鹿が吠えたところで、説得力は皆無だ。それに、適当に遊んでやったら終わると思ったんだが、変にこっちのスイッチが入ってな。こちとら不完全燃焼でイラついてんだ。……あんま俺を舐めてると吸い殺すぞ』

 

ベイの体から無数の赤黒い杭が生えると同時に、ヴェヴェルスブルグ城のアリーナが闇に包まれた。ベイの創造である死森の薔薇騎士だ。

戦闘意欲をセシリアに向けているが、殺気は無い。というのも、ハイドリヒ卿から殺すなという指示を受けているため、九割九分九厘殺しをしようと考えたからである。

そんなベイの気配から相当イラついていることを察したセシリアは素直にベイに従うことにし、早々とアリーナから立ち去った。

後日、一夏からあの晩にザミエルとシュライバーがやり合っている所にベイは嬉々として笑いながら突っ込んでいき、焦げたミンチになったことをセシリアは聞かされた。

 

 

 

「本当にあの方は歩く爆薬庫、逆鱗しかないドラゴン、ブレーキのない暴走列車ですわ」

「そっちも大変そうだね」

「はい。代表候補生になることの方があの訓練で生き残るより簡単な気がしてきますわ」

「そうだね。でも、なんか充実している気がするよ。僕は自分の呪いを知って、これから僕がどうしたいのか、どうありたいのか、何を掴み取りたいのか分かったから。」

「そうですわね」

「ところで、セシリアは自分の呪いに心当たりはある?」

「え?」

「黒円卓の皆は黒円卓に入団するときに、カール=クラフトから呪われたんじゃなくて、呪いを指摘されただけなんだよ。だから、黒円卓に名を連ねる資格を持った人たちは最初から何かの呪いを受けているんだと僕は思うんだけど……」

「その仮説が正しいなら、私も鈴さんも呪いを?」

「たぶん」

「……私の呪い、心当たりはありますが、口に出せば、それが本当のことになってしまいそうで怖いですわ」

「ご、ごめんね。セシリア。あ!一夏だ…おーい、一夏!」

 

話題を変えようと考えていたシャルロットの目の前に一夏が現れたのは救いだった。

一人で廊下を一夏は歩いていた。後姿であり顔は見えないが間違いなく一夏であった。というのも、IS学園の長ズボンの制服を着用しているのは一夏と男装しているシャルロット以外に居ないからだ。それにあの髪型は女子にしてはショートカット過ぎる。

そんな一夏は誰かを探しているのかキョロキョロと様々なところに視線を向けている。

だが、二人の気配を感じ取ったのか、向こうもこちら側に気付いたらしく、近づいてきた。表情が変わり、小走りでこちらに向かってやってくることから、どうやら自分たちを探していたのではないかとセシリアとシャルロットは推測する。

 

「セシリアにシャルロット、探したぞ」

「どうしたの、一夏?」

「卿等は学年別トーナメントどうするつもりだ?」

「もちろん、出ますわ」

「僕も出るよ」

「左様か。では、卿等に頼みごとがあるのだが」

「何?」

「学年別トーナメントで私を倒せば、私の恋人になれるという噂を流してもらいたい」

 

二人は最初、一夏の言っていることが理解できなかった。

言葉の意味を理解するまでに数十秒も彼女らは要した。

 

「いったいどうしたの?」

「卿等とは放課後の鍛錬で戦ったことがある故、その実力を私は知っているが、他の者らの実力を全く分からん。なぜならば、そのような機会は無かったからだ。だが、今度の学年別トーナメントなら、多くの生徒たちと戦うことが出来る。そこで、多くの生徒らが大会に参加したくなるような要因を私自ら作れば、参加者は増えるというわけだ。この年頃の乙女らが求める物はどの時代も甘いものか男と決まっている。どの程度の者が私に興味があるのか知らんが、まったく居ないというわけではあるまい」

「理解できたけど、……一夏を倒すって正直無理過ぎる気がするんだけど」

「そうですわね」

 

一夏は無論手を抜き、負けるつもりは毛頭ないので、自分に恋人ができるなどと思っていない。織斑一夏…ラインハルト=ハイドリヒにとって、誰が自分に恋しているかなど興味が無かったからだ。ザミエルと鈴が不憫で仕方がないとセシリアとシャルロットは思う。

 

「……それで、卿等は私の頼み事は聞いてくれるのか?」

「僕は良いよ」

「私も構いませんわ。布仏本音さんあたりに言えば、三時間で学園中に広がるでしょうし」

「では、頼んだ。代わりにといってはなんだが、鈴が以前よく行っていた私の自宅の近くのケーキバイキングに招待しよう。味は私が保証する」

「ん、ありがとう。楽しみにしているからね」

「私も日本のスウィーツには興味がありましたので、楽しみにしていますわ」

「では、私はこれからカールと茶会の約束がある故、失礼する」

 

一夏は保健室へと向かい、一夏と別れたセシリアとシャルロットが本音に一夏から頼まれた噂を流すように頼みに行くと、本音はすぐにその伝言をツイッターで呟き、クラスメイトに口頭で噂を流し始めた。布仏の発信能力と噂の内容から、一夏が流そうと考えていた噂は三時間で同学年の間だけでなく、全校生徒に伝わった。

同学年の間の反応は良く、学年別トーナメントの参加届を教員に提出し、一夏に勝利するべく特訓を始める学生が増えた。だが、一夏と別の学年の生徒たちの反応は悪い。学園別トーナメントでは学園の枠を超えた対戦が行えないため、一夏の彼女の座を欲していた女学生たちは一夏の無敗を祈るのみであった。

 

 

 

当然、ラウラの耳にもこの噂は届いている。一夏の恋人になれるという噂は、転校初日で行った一夏は私の嫁宣言と矛盾しており、この噂はラウラと関係のないところで進んでいると考えたあるクラスメイトが直接ラウラに話したからだ。

この噂を耳にしたラウラは、激怒する。この噂を流した人間は自分の立てた人生設計を無茶苦茶にしかねない石を投げたのだ。ラウラが憤怒に飲まれるのに時間は掛からなかった。

ラウラは噂の真相を確かめようと、IS学園中を走り回る。

 

「ボーデヴィッヒ、廊下は走るな」

「すみません、教官」

 

一年の寮の付近を走っていたラウラは聞きなれた人から声を掛けられた。その人物とは千冬だった。千冬から声を掛けられたラウラは思わず反射的に敬礼をしてしまう。

 

「此処はドイツの軍の施設ではない。敬礼は不要だ。それと、此処では教官ではなく、先生と呼べと言ったはずだ」

「すみません、教官」

「……何かあったのか?」

「はい?」

「お前が注意した直後に同じ過ちを犯すなど、相当動揺している証拠だ。だから、何かあったのかと、担任教員である私に相談したことはあるかと聞いている」

「いえ、個人的な事ですので、織斑先生の手を煩わす必要はありません」

「そうか。……これは年上としての助言だが、発言の際は良く考えることを勧める。この世界は自分だけではない。世の中は意外に敵が多く、自分に悪意を向けて来る者は少なくない。誰かしら自分に敵意を向けてくるだろう。だから、私には弟が居て、弟と私の生活を守るために戦ってきた。だから、私のように強くなりたいのなら、周りをよく見ろと、私は以前言ったはずだ」

「はい」

「お前は確かに以前より周りを見るようになった。先日隣の二組の副担任になったクラリッサがお前のことを褒めちぎっていたぐらいだからな。だが、お前はあくまで自分の周りに居る数少ない認めた人間しか見ていない。それ以外はどこ吹く風と興味が無い。違うか?」

 

図星だったラウラは千冬の言葉を言い返すことが出来なった。

 

「世界は思った以上に広く、複雑だ。自分の知る世界以外にも少しは触れてみろ。その広さと複雑さは意外に面白く、自分が本当にどうありたいのか見えてくる。そうすれば、何が障害となってくるのか、見えてくる。何を口にしていいのか、自ずと分かってくる。お前は行動する前によく考えろ。無用な敵を生むことになるぞ。良いな」

「はい。ですが、自分は負けるつもりはありません。ですから、どれだけ敵が来ようが、全て叩きのめして見せます」

「ほう、ならば、私がお前の敵となったとしても倒せると?」

「いえ、それは」

「『人は自滅や失敗を恐れず、成長を求める。合理的な理由が無くとも、訳も分からずそれに惹きつけられる。更なる飛躍を求める生物としての進化の渇望だ。そして、そのような渇望の権化は、成長を幾度となく繰り返しても必ず、意識せずとも近くに存在する。それが自分の超えるべき壁となるか、単なる成長促進剤となるかは知らないがね』……保険医の水谷の言葉を借りるなら、そんなところだ。とにかく、身近に自分より上の存在が居る。今いなくとも、いずれそれは寄ってきて、自分の障害となる可能性がある。お前にとっての成長の渇望の権化の一つは私なのかもな」

「……教官にもそのような存在が居るのですか?」

「さあな。気付いていないだけで、私より上の存在は近くに居るかもしれん」

「織斑先生!」

「あぁ、山田先生」

「もうすぐ、職員会議の時間ですよ」

「あぁ、そうだったな、ではな、ボーデヴィッヒ」

 

千冬は真耶と共に、職員室へと向かっていった。

二人を見送ったラウラはさきほど千冬から言われた通り、現状についてよく考えてみることにした。周りに人が居ない所為か音が耳に届かないため、熟考するに最適である。

かといって、此処で立ったままでは、何時人が通るか分からない。あと一時間もすれば部活動を終えた生徒達が此処を通るかもしれない。となると、廊下のど真ん中で考えていては人の声が頭の中に入ってきて、思考の邪魔をする恐れがある。ラウラは一度外に出て、近くの茂みの中で息をひそめ、考えることにした。遮蔽物に身を隠すのは軍人の性の様だ。

 

「何故、このような噂が流れた?」

 

噂を流して得をする人間とどのような得をするのかの特定を始める。

こういった特定の狭い範囲で流れる噂は誰かが意図して流し、流した者にとって何か得になるような事態が発生する可能性が非常に高いということである。得になりそうな人間は一夏に勝つほどの実力を持った一年ということになる。だが、クラスメイトの話では一夏は代表候補生に勝利している。このことから、よほどの実力者と考えられる。

 

となると、一夏に勝つほどの実力者というのはそうとうな実力者であり、入試の成績はセシリアや一夏を超える結果を残しているはずである。

クラスメイトから聞いた話では入試で教員に勝っているのはセシリア、鈴、シャルル、一夏の四人である。

セシリアは一夏に圧倒的な実力差を見せつけられる敗北しているため、一夏に勝利する可能性は本人も知っているはずだ。故に、セシリアはあり得ない。

次に、鈴だが、自分に負け、ISの破損状況が悪いため、今回のトーナメントに出ることが出来ないと聞いている。故に、鈴という線は無い。

シャルルだが、彼は男であるため、彼が勝ったところで、ホモでない限り彼自身得はしない。故に、シャルルという線もない。

以上のことから、この噂を流して得をする女生徒は居ない。

 

だが、一夏本人はどうだろう?と考える。

仮に、織斑一夏という人物が結婚したくないという考えの持ち主ならば、どうだろう。この前提を踏まえたうえで、一夏が学園別トーナメントで優勝すれば、一夏に恋人はできない。結果、一夏は得をするということになる。だが、一夏が結婚というものに興味が無いという情報は無いため、これはあくまで仮説にすぎない。

他に考えられる仮説は、織斑一夏が自分との対戦を望んでいるという可能性である。

今回の学年別トーナメントの参加は任意である。故に、ラウラは出場するかどうか悩んでいた。鈴を圧倒するほどの実力があったのだから、他の生徒の実力はお遊びレベルであり、相手にするに相応しくないと考えていたからである。だが、一夏の恋人というものが賞品とされているならば、一夏を自分の嫁と豪語している以上、このような事態は見過ごすわけにはいかず、出場することとなる。自分の実力ではおそらくどこかの試合で一夏と対戦することとなるだろう。となれば、一夏が自分との対戦を望んでいるのならば、このような噂を流して得をするといえる。

 

一年以外の生徒となると、全員がこの噂を流して得をする人間だといえる。

一夏を自分の嫁だと宣言した自分を疎ましく思う上級生が一夏の実力を見込んでラウラを一夏の恋人の座から引きずり下ろそうと考えていると考えられるからである。

 

以上のことから、この噂を流して得をする人間は一夏本人と他学年の生徒であるということが判明したが、特定することはできなかった。

 

「この噂を誰が流したにせよ。私がやることは変わりない。学年別トーナメントで優勝する。それだけだ」

 

ラウラは立ち上がると、寮の自室へと向かった。


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