織斑一夏という人物は獅子のような男だと、誰も口を揃えて言うだろう。
何事にも真摯に取り組み、何事も熟す様は絵に描いたような文武両道の優等生だと、彼と付き合いの浅い皆は評価していた。
だが、彼の友人は皆、彼は飢えた眠れる獅子のような男だと口を揃えて言う。試験で高得点を取っても、市民マラソンで好成績を残しても、当然のような顔をする。普通の人間なら誰もが喜びそうな場面でもだ。故に、彼と深く関わり彼のことを友人として接するようになると、彼は飢えているようにしか友人の眼には映らなかった。友人には達成感を覚えたことのない彼は障害となりうるものに飢え、自らの本気を振り絞っていない眠れる獅子のように見えたのだ。
そんな一夏であったが、誰もが、一夏のことを評価しているわけではない。
出来過ぎる彼のことを気に食わない、面白くないと思っている不良達が一夏に手を出すことがあったが、悉く返り討ちを喰らい、惨敗をきしている。
また、そんな万能な彼が気味悪く思い、疎遠になる友人がほとんどだった。
だが、そんな一夏を友人だと思い続けている者が居る。
「一夏、ご飯行こう。」
一夏のクラスメイトで友人の凰鈴音…鈴が一夏を昼食に誘う。
名前で分かると思うが、彼女は純粋な日本人ではない。日本人と中国人のハーフだ。
少し前に、クラスの男子たちに鈴の父親が中国人であることを馬鹿にされ、虐められていた所に、一夏が現れ、指一本でクラスの男子をねじ伏せた。
両腕で頭を守り蹲って身を守っていた鈴に声をかけた一夏は、虐められていたことによりパニックに陥っていた鈴に顔面に正拳突きをされたというのはこの時の話である。
後に誤解がとけ、友人として付き合うようになったのだ。
飢えた眠れる獅子のような彼に対し、彼女は抵抗ない。
むしろ、人生薔薇色一色のはずがないのだから、飢えるのは当然だと思っている。
「一夏、鈴、悪いけど、購買行くから先行っててくれ。すぐ合流する」
そう言って、一夏と鈴を追いかけるのは五反田弾と御手洗数馬だ。
二人とも一夏の男の友人である。彼らが一夏を気味悪がらないのは、漫画の主人公のような一夏のチートっぷりが気に入ったらしい。
「今日の青椒肉絲(チンジャオロース)は会心の出来よ。」
「そうか。鈴の料理は至高ではないが、唯一であり、味がある。実に楽しみだ。」
「それって、馬鹿にしてんの?」
「いやいや、鈴。お前、3日前の餃子、皮が破けて具が出て、原型が無かっただろ。あの時、鈴なんて言ったか覚えているか?」
「最高の出来だったな。てか、弁当に餃子が入っているのはさすが、中華料理屋の娘って思うけどさ、実際のところ弁当に入っているのがご飯と餃子のみってのはどうよ?栄養偏り過ぎのような気がするぞ?」
「弾も数馬もうっさいわね!でも、美味しかったから良いでしょ!」
「まあ、それは否定できないが、餃子がご飯と混ざってできた餃子チャーハンとかいう謎料理をスプーンで掬って喰うのは新感覚だったぜ。」
「うぅ。……一夏、アンタはどうなのよ?」
「味は良かったが、数馬の言うとおり、些か形が悪かったのは否めない。だが、卿なら、前回の反省を繰り返すことはあるまい。次回の餃子を私は楽しみにしておるよ。」
一夏は鈴の頭を撫で、微笑みかける。
一夏の笑顔は同世代の女子から『ツン殺し』と言われており、どんな氷のようにツンな女子も、一瞬で溶けデレデレになるほど時めくと言われている。
当然一夏のことが好きな鈴は一夏の笑顔を見て時めいた。だが、鈴は不意に頭を撫でられるのは慣れていない。本当は一夏に頭を撫でられると鈴は落ち着き、安心するため、嫌いではないのだが、学校の廊下という衆人観衆が居る中で頭を撫でられるのは恥ずかしい。
そのため、照れ隠しで地団駄を踏みながら、一夏に中身のない敵意を向ける。
「ふにゃー!子ども扱いすんなぁ!頭撫でんなぁ!」
「だが、満更でもなさそうに見えるのは私の気のせいではないと思うのだが。」
「一夏のくせに、知った風な口を叩くにゃぁ!」
図星だったうえに、舌を噛んだ鈴は一夏を叩こうとするが、鈴の頭は一夏の片手で押さえられてしまう。鈴の腕は一夏の腕に比べて短いため、これでは一夏に手が届かない。
そんな鈴の相手をしている一夏は笑っている。羞恥心という火に油を注ぎこまれた鈴は力いっぱい腕を振るうが、それでも一夏の胸に自分の拳が届くことはなかった。
初見の者ならば、鈴は一夏の腕を叩けば良いと思われるが、以前それで鈴の腕が痺れ、数分の間箸さえ持つことができなくなったことがあり、それ以降一夏の腕を叩いたことはない。結果、一夏に頭を押さえられた鈴は、当たるかもと信じて、当たらないグルグルパンチを続ける他なかった。
そんな光景を傍で見ていた弾と数馬はため息交じりに、口を揃えて言った。
「「もうお前ら結婚しろ。」」
その言葉を聞き、耳まで熱した鉄のように赤くなった鈴は一夏を叩こうとすることを止め、弾に顎に跳び蹴りを、数馬には鳩尾に膝蹴りをかました。
鈴の決め技を受けた二人は糸の切れた操り人形のようにパタリと倒れた。
だが、これもいつもの光景で、弾も数馬も放っておいても大丈夫だと言うことを一夏も鈴も知っている。そこで、五反田弾という名前のたんぱく質の塊と、御手洗数馬という名前のたんぱく質の塊を階段の踊り場に放置し、一夏と鈴は校舎の屋上で昼食を取り始めた。
ただ、好きな男と黙々と食べるのも勿体ないと考えた鈴は一夏に話を振ってみた。
「ねぇ、モンド・グロッソどうだったの?」
「姉上の優勝が必然である以上、取り立てて騒ぐほどのことでもあるまい。故、私から卿に特に何も言うことはないよ。」
「アンタ、毎回思うけど、言い回しがくどいわよ。」
「そうか。だが、これが私だ。生来のモノゆえ、いまさら気を使い、変える気も起らん。」
一夏が敬遠される理由を万能すぎるからこそと言ったが、彼の話し方にも問題がある。
正直、普通の一般庶民ならば、一夏の言い回しが難しすぎて会話が成立しにくいのだ。
「そ。アンタが良いなら、それでいいけど。……で、アンタ、ドイツのお土産買ってきたでしょうね。」
「無論。」
「よっしゃー!で、何を買っ……って、待った!ネタバレになるから、貰ってからの楽しみにしておくわ。放課後、ウチ来なさいよね。そんとき貰うわ。良いわね!」
「了承した。」
「他には?ドイツで何か無かったの?」
「ベルリンの街を写真に収めていた。卿はこういった外国の風景が好きなのだろう?」
「うん!見せて見せて!」
一夏は胸ポケットからデジカメを取り出し、鈴に渡す。
鈴は箸を手から離し、デジカメを操作し、一夏が撮った写真を見ていく。
その写真を見た鈴はその一枚一枚に反応する。
エセ和食の店の看板の写真を見て『蒸し焼き江戸って何よ』と笑ったり、ベルリン大聖堂を見て綺麗と感動したり、モンド・グロッソで表彰されている一夏の実姉である千冬がアップで映っている写真を見て『ゲッ』と反応したり、忙しい。
一夏はこまめに写真を撮っている。それは、千冬に『今、この瞬間、自分が生きていることを形として残すために写真を撮っておいた方が良い。』と写真を勧められたからだ。
「相も変わらず、卿は姉上が苦手なようだな。いい加減慣れるということを知らんのか?」
「苦手なもんは苦手なのよ!仕方ないでしょ!アンタにだってそう言うの無いの?」
「ない。私は全てを愛しているからな。」
「出たわね。そのセリフ。前も言ったと思うけど、そんな全てを愛してるって言ってたらね、言葉の重みが減るでしょ。愛しているって言うのは誰かに限定しなさい。」
「それは前にも聞いた。だが、言ったであろう。」
「『これが私の在り方ゆえ、変える気などない』でしょ。」
「よく分っているではないか。」
「褒められても嬉しくないわよ。……あたしだけを愛しているとか言ってみなさいよ。」
「何か言ったか、鈴?」
「何でもないわよ!馬鹿!さっさと、あたしのチンジャオロース食べなさいよ!」
「ふむ。そうさせてもらおう。」
一夏は箸を持ち、青椒肉絲(チンジャオロース)を摘まむと、口に入れる。
その様子を鈴は隣で穴が開くほど、凝視している。気になるほど、顔が近いのだが、何度鈴に言っても、鈴は必ずこの状態になってしまうため、一夏はいい加減慣れてしまった。
「一夏、どう?」
「なるほど。会心の出来と言っても過言ではあるまい。私は中華の神髄というものを深く理解しているわけではないが、この味は私の舌によく馴染む。」
「ホント!嘘じゃないよね!?」
「この場で虚言を吐いて、何の意味がある?私は出来ぬことと嘘は言わんのが性分だ。」
「そ、そうよね。えへへ。」
鈴はイヤンイヤンと嬉しそうに、首を横に振りながら、喜んでいる。
そんな鈴の横で、一夏は黙々とチンジャオロースを食べている。
数分後、先ほど鈴に沈められた弾と数馬が復活し、4人で昼食となった。
「鈴、お前マジで手加減しろよな。ポケットに入れてたパンが、殴られて倒れた拍子に豪いことになってんじゃねーかよ。」
「自業自得よ。それに、殴ってないわ。蹴ったのよ。」
「どっちゃでもかわんねーだろ。ペッちゃんこになった挙句ジャムが漏れてる俺のジャムパン見ろよ。車に引かれたグッチャグチャのカタツムリみたいだぜ。」
「ちょ!食事中になんてスプラッタな表現してくれるのよ!食欲無くなるじゃない!」
「これぐらいの仕返しぐらい、俺のジャムパンに比べれば、軽い軽い。なんたって、お前の食欲が抑えられれば、お前はいつもみたいにドカ食いせずに済むんだろ?俺は被害しか受けてないのによ、お前の食事制限に一役買ってんだから、恨むどころか、むしろ、俺に感謝しろよな。」
「物は言い様ね。」
「俺のポジティブシンキング舐めんなよ。って、そんなことはどうでもよくて、結局のところ、お前、まだダイエットしてんだろ?」
「ま、…そうだけど。」
「やめとけ、やめとけ。一夏もそう思うだろ?」
「鈴、卿は一時ダイエットをしていたが、今では十分無駄のない体型を手に入れている。現段階で無駄がないのだから、その状態から何かを削るとなると、必然的に人としての生命維持に必要な部位を削ることとなり、健康を害し、美容が主目的のダイエットが達成されない。本末転倒も良い所だ。」
「だとよ。まあ、俺も同意見だわ。正直、お前は今のスタイルを維持していたら十分だ。これ以上痩せたら、お前、カピカピの干からびたミイラに成っちまうぜ。見たことあるか?ダイエットの境地、拒食症ってのを?」
「なにもあそこまでやる気はないわよ。でも、弾、あたしの食欲無くそうとしたでしょ。」
「確かにそうだが、ドカ食いして、ヒィヒィ言いながら体動かして体重をコントロールするぐらいだったら、適度に食べるぐらいにしといた方が、楽だろう?」
「確かに、そうね。毎朝一時間走るのしんどいし。」
「あれまだ続いていたのかよ、鈴。」
「それで、日曜日は公園の太極拳やってるんだろう?」
「えぇ、そうよ。」
「あの爺婆の集団に小っちゃい小学生とかが参加しているなら、おばあちゃんっ子とかおじいちゃんっ子って説明できっけど、中途半端にチンチクリンの鈴が紛れてるって、シュール過ぎんぞ。」
「うっさいわね。別に良いじゃない。」
そんな他愛のない話がいつも昼休みの屋上で繰り広げられていた。
織斑一夏とその周りの日常というのは要するに、普通の一般的な中学2年生のものと相違ないものであった。これがあのツァラトゥストラの望んだ永遠の刹那にしたい時間なのだと一夏は考えていた。悪くはないが、私の飢えを満たすものには程遠い。
「あ、そうそう。今日一夏がウチにドイツのお土産持って来て、そのついでに、晩御飯ウチで食べていくことになったから。今日の放課後は何もなしって方針で。」
要するに、今日は一夏とデートするから、邪魔をするなと弾と数馬に釘を刺している。
当然、二人とも鈴が言いたいことが、数度蹴られたおかげで身に染みて分かっている。
「おい、鈴。先月の約束忘れたのかよ?」
「何?約束って?」
「ほら、ISの企業があの東町の商店街近くの公民館に来るから、ISの適性を見ようとかっていう約束。アレ、お前から言いだしたんだぜ?せっかく予定合わせて、家のシフト組んでもらったのによ。」
「そういえば、今日だったわね。じゃあ、こうしましょう。皆でISの適性検査に行って、あたしが検査して、その場解散。オーケー?」
「はいはい。良いぜ。俺はIS見たかっただけだから、お前らがイチャイチャするのを、横で砂糖吐きながら見てるなんて趣味ないからな。」
「俺も弾と同意だ。」
「ちょ!誰がイチャイチャしてるですって!アンタたち何言ってんのよ!」
鈴はもう反論するが、弾と数馬は『ツンデレ乙』としか思えない。
放課後の予定が決まったところで、後数分で午後の授業が始まるという予鈴が鳴る。
一夏達は自分の教室へと戻り、席に着くと、チャイムが鳴り、授業が始まった。
優等生の一夏にとって、午後の授業は詰まらないものだった。というのも、日々、予習復習を怠っていないため、授業はあくまで予習の確認であり、片耳さえ教師の話に対し傾けていれば、事足りていたからだ。そのため、一夏は全く別のことを考えていた。
一夏の前世の友人、カール・クラフトのことである。
自分がこの世界に来る以前に彼が言った言葉が気になっていた。『この世界の幼子に自分の知識を与えた』という言葉だ。彼が何を思い、そのようなことに至ったのかは分からないが、この世界にはカール・クラフトの手が加わっている。それが何なのか考えるが、私が解答に至る手段を私は持ち合わせていない。まあ、良い。カールが私自身のために動いたと言うのだ。否応にもこの身にその禍は降ってくるだろう。今は流れに身を任せ、静観することに徹することにしよう。
放課後になり、一夏達はISの企業が来ている場所へと向かった。
ISに関連する職に就いている者は少ない。技術者はそこそこ集まるのだが、適性の高い操縦者は少ない。統計データによると、適性が「A」判定の女性は全体の0.001%にも満たない、つまり、十万人に一人と言われている。「S」判定に至っては0.0000001%以下であり、十億人に一人だと言われている。
そこで、ISの企業は各地を回り、ISの操縦者となりうる人材を探し回っているのだ。
「良かったな、空いてて、これだったら、すぐに適性テスト出来るな。」
さすがに、珍しいISが来るからと言っても、平日の昼下がりにくるような暇人は少ない。この時間帯に此処に来ているのは、本当に一夏達と同世代の中学生ぐらいだろう。
ISの適性だと言うにも関わらず、此処に来ているのは男女の比率は半々だ。
女子は純粋にISの適性を知りたいがために来ているのだろう。
だが、男子はロボットアニメ好きがこうじて興味本位で見に来たのだろう。
「あれが、打鉄ね。」
打鉄とは三年前に倉持技研が開発した第二世代型ISで機動性は低いが、防御力は高く、操縦者に対する安全性が高いことから、各国でも導入されているISだ。
世界第一位のシェアを持っており、IS操縦者操縦者用特殊国立高等学校、通称IS学園の実習でもよく使われている。ISに興味のある者ならば、誰もが知っている機体だ。
「この感じだと、一時間ぐらいかな?意外に人少ないし。」
「ねえ、賭けしない?」
「賭けか、面白い。して、内容は?」
「そうね。あたしが『C』を取れば、何でもしてあげるわ。」
「では、私は卿の実家の店で出している茅台酒(マオタイしゅ)を一本貰おう。姉上の酒の在庫が無くなりかけていてな、そろそろ買わねばなるまいと思っていたのだ。」
「まあ、良いわよ。ウチで出してるの安もんだし、最近、ジャンケンで勝ってるから、アンタたちからジュース奢られすぎて、財布が肥えているから、それぐらいなんとかなるわよ。…てか、アンタ、いつも千冬さんのこと考えているのね。で、弾と数馬は?」
「お前んちの中華料理屋でジュース一杯タダ。」
「んじゃ、俺は明日昼飯でジュース一本奢りな。で、『B』以上だったら?」
「そうね。三人でお金出し合って、駅前にできたケーキバイキングの店一回。」
「それぐらいならば、賭けが成立すると私は思うのだが、卿らはどうだ?弾、数馬」
「俺もオッケー。」
「俺も。だけど、お前から言いだすなんて珍しいな。」
「そりゃあ、勝算あるしね。」
「勝算?」
「この間、学校でISの簡易テストがあったの。あれで、『B+』が出てたから。」
「ちょ、マジか!うわぁ、やられた。てか。それ賭けとしてどう?」
「成立した後にゴチャゴチャ言うなんて男らしくないわよ。」
「でも、アレって多少の誤差があるって言ってなかったか?」
「あぁ、あの装置はあくまで簡易であり正確さに欠けると言う話は私も耳にしたことがある。だが、曲がりなりにもアレは簡易テストとされ、IS適性を図るための基準だと世間からある程度の信頼は受けている。信頼を得るには結果が残しているからだ。故、この賭けは大きく鈴に有利だと言うことは言うまでもあるまい。」
「そうわけよ。悪いわね。」
「マジか。っかぁ!ジャンケン8連敗中の俺に鞭打つなよ。この鬼畜米兵!」
「誰が鬼畜米兵よ!鬼畜米兵って悪口聞いたことないわよ!」
そんなことを話していると、鈴の番が訪れた。
鈴は簡易式の計測結果の紙を係りの者に見せると、さっそく測定に入ることとなった。
ここで、簡易式の測定結果が低ければ、計測を拒否されてしまう。計測に時間が掛かることから効率化を図るためとはいえ、ここまで来たにも関わらず計測を拒否された女子からすれば心穏やかではいられない。だが、企業からすれば、人材発掘が目的であり、ボランティアに来たわけではないため、仕方がないのだ。
普通の企業であるならば、企業の品位を下げかねない行為かもしれないが、IS企業では盆国共通であるため、誰も文句を言う者は居ない。
簡易式と今回鈴が行う測定方法が異なる。今回の測定では実際にISに乗り、反応速度やデータの処理速度の速さを専門の機械が測定し、適性を判定する方法だ。
鈴は簡易式の更衣室でISのスーツに着替え、打鉄に乗る。
ISスーツに着替えるのはISと操縦者との互換性を高めるためだ。
鈴の眼前には様々なウィンドウが開いたり、閉じたりしていく。
半時間ほどで、打鉄は鈴への最適化が終了したので、ISの簡単な操作に入る。
そして、計測が終わった。
鈴は服を着替え、一夏達と喋りながら、結果を待つ。
すると、四人が喋っているところに、一人のスーツ姿の女性が来た。
ISの企業の社員の人だ。どうやら、計測結果が出たらしい。
「おめでとうございます。凰鈴音さんのISの適性は『A』でした。」
それを聞いた瞬間、鈴はガッツポーズをする。賭けに負けた一夏や数馬は鈴の良い計測結果が出たことに拍手を送る。弾は『なんか嫌な予感がした』と地面に手をついている。
鈴が落ち着いたところで、女性社員は封筒を鈴に渡してきた。
「凰さんにはわが社のテストパイロットとして、わが社と契約して頂きたいのですが、ご両親とご相談して下さい。もし、ご両親の了承が頂けましたら、こちらの封筒に入っています書類に記入して、こちらに連絡して頂けませんか?」
そう言って、女性社員は胸ポケットから名刺を取り出し、鈴に渡した。
『A』の結果が出た鈴へのスカウトだ。
鈴は喜んで、その封筒を受け取る。両親に倉持技研との契約を話すつもりらしい。
その後、『A』判定を出した鈴は倉持技研の女性社員からISを触って良い時間を貰えた。
だが、鈴は自分だけが打鉄に触るのは一夏や弾、数馬に悪い気がしたので、倉持技研の社員から三人が打鉄を触る許可を得た。
だが、あくまで触る程度で、コックピットに乗る許可は貰っていない。
ISが故障した時に一番修理に金がかかるのがコックピットだからだ。
コックピットの修理だけで、高級車が一台買えるとさえ言われている。
弾と数馬は男子だから、ISが機動するはずがない。だから、コックピットに乗るぐらいでケチケチすんなと女性社員に言いたかったが、せっかく触らせてもらっているのだから、此処で文句を言うのはお門違いって奴だ。
「明日、クラスの奴らに自慢できるな。男でIS触ったってよ。」
「って言っても、触っただけで、動かしたわけじゃないだろ?」
「数馬、こまけーことはいいんだよ。皺が増えるぞ。それに、あれだ。男でISに触ったことのある奴なんてそうそういねーから、自慢にはなるぜ。将来、合コンの話になったり、履歴書にかけるんじゃねーのか?」
「前半には同意だが、後半は激しく理解不能だ。」
弾と数馬はそう話しながら、打鉄を触る。
二人は打鉄の感触を堪能する。まるで日本の甲冑のようなフォルムが気に入ったらしい。
「おい、一夏。お前は良いのか?」
「そうだな。では、」
そう言って、鈴と話していた一夏は打鉄の中心、胸当てを触った。
すると、沈黙していたはずの打鉄は突如輝きだし、幾つもの音が鳴り始めた。打鉄の各種に部位に光が灯り、数枚のウィンドウが打鉄のモニターに表示される。
誰がどう見ても、打鉄が一夏に反応しているとしか思えなかった。
「おい。」「マジかよ。」「……え」「嘘でしょ。」
隣の弾と数馬は驚きのあまり口が塞がらない。鈴も唖然としている。
倉持技研の女性社員の手から万年筆が零れ落ちる。
ISは女性にしか動かない。それは絶対の定理であるとされ、ISが開発されてから数年経つが、それが覆されたことがなかったからだ。故に、男にISが反応するなど、絶滅したはずの生物と遭遇するよりありえないと思っているものが多い。
女性は目の前の光景が仕事疲れによる幻覚か、夢を見ているのだろうと考えた。それが最も現実的であったからだ。だが、同じ倉持技研の社員も自分と同じことを言う。
どうやら、これはどうやら夢ではらしい。
打鉄を起動させた織斑一夏は誰にも聞こえないように、笑いながら、声を溢した。
「なるほど、ISとは……。」
たどり着けた、カールの縁に。
やっと理解した、これがどういうモノなのかを。
今この瞬間こそが、織斑一夏という人間の転換期だと。
もう近い、己の指揮する軍勢の再臨に、己の求めた楽団の再演に。
とうとう見つけた、私の飢えを満たしてくれるモノを。
「エイヴィヒカイトであったか。」