IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅩⅩⅡ:

一夏たちがラウラの母親探しを手伝うことになった日の夕方、V.T.systemについて、IS学園は国際IS委員会に報告することがIS学園の会議で決定した。だが、千冬はそれだけでは不十分だと考えていた。馬鹿は痛い目でも合わない限り死んでも馬鹿であり、何処まで行っても馬鹿は治らないと知っているということもあるが、自分を義姉と慕っているラウラが被害を受けたからだ。

 

「そういうわけだ。束」

『はいはーい、ようするに、馬鹿は一回すっごーい痛い目にあった方が良いし、ムカつくから成敗してやるって話だね』

「話が速くて助かる。それと、束、私がドイツのISの研究所を襲撃したという事実は隠せるか」

『天才の束さんにはそれぐらい朝飯前だよ♪じゃぁ、ちーちゃん、後10分でそっちに迎えに行くから、準備しておいてね。よろしく』

 

千冬は通話を切り、IS学園の格納庫から打鉄を一体拝借し、自分用に最適化を始める。

最適化が終了すると、格納庫を漁り、武器選びを始める。千冬が選ぶ武器は比較的軽くて小型のものが多い。なぜなら、千冬はISの教本に掛かれていないような無茶苦茶な使いかたをするため、すぐに壊れてしまう。此処にある武器は千冬の求める雪片並みの頑丈さを実現できていないため、どれも同じである。故に、一つでも多く持てるように軽量化された物やサイズの小さなものを選んでいた。千冬が装備した打鉄用の刀は数十本にも及んだ。打鉄を待機状態にし、屋外に出る。

 

「なんだあれは?」

 

千冬の目の前に、空からピンクの機械の兎が降ってきた。空から降ってきた兎は車ほどの大きさがあり、兎は仰け反っており、兎の腹からプロペラのような物が生えており、プロペラが回転していた。どうやら、一風変わった形のヘリコプターらしい。

着陸から数秒後、兎の口から篠ノ之束が現れた。

兎の口から人が出てくる光景はあまりにもシュールすぎる。この話を聞いただけなら、束が乗っていた乗り物を想像しにくいだろう。だが、口では先ほどのようにしか説明のしようがない。それほど、常軌を逸した異形な乗り物だった。そんな束の乗ってきた乗り物に対しツッコミどころが多すぎて千冬は困惑すると同時に、昔から束は他人など無視して全て自分のペースで物事を進めるということが、数年経ってもそれは変わらないかと再確認した。唖然とする千冬に束は声を掛ける。

 

「ハロハロ、ちーちゃん、こうして会うのは久しぶりだね」

「……あぁ」

「準備は良い?」

「大丈夫だ」

「本当に?」

「問題ない」

「今日のパンツの色は?」

「くr…って!貴様は何を質問している!」

 

千冬は束の顔面を掴み、アイアンクローで握りつぶそうとする。熟す前の堅いリンゴすら握力で握りつぶせる千冬の手によって束の頭は軋む。

 

「おぉ、ちーちゃんが元に戻った。でも、愛が痛いよ、ちーちゃん」

 

束が乗って現れたこの謎の乗り物は長距離高速移動ヘリコプター『因幡ウアーのピンク兎』というらしい。ステルスであるためレーダーには映りこまない上に、光学迷彩が搭載されているため、光学迷彩を起動させている間は視認されにくい。ドイツに密入国するに最適な装備を持っていた。

千冬は因幡ウアーのピンク兎という名前が因幡の白兎とイナバウアーを掛けていることに気が付いたが、それを彼女に言えば、どんな反応が返ってくるのか予想できたため、あえて気付かないふりをする。

このようなじゃれ合いが数分続いた後、二人はドイツへと向かうことになった。

IS並みの速度で飛行できる因幡ウアーのピンク兎をもってすれば、IS学園からドイツまで5時間程度らしい。兎が仰け反ったようにしか見えないこの謎のヘリコプターにそのような速さが出せるとは思えないが、束は嘘や冗談の類を言える人間ではないため、事実なのだろう。千冬は因幡ウアーのピンク兎の口から搭乗し、ドイツへと向かった。

 

 

 

5時間後―ドイツ上空―

 

「ちーちゃん、この真下だよ」

「そうか。此処から降下すればドイツの機密施設だな。行ってくる」

 

千冬は操縦席の横にある助手席から立ち上がると、降下の準備を始めようとした。

 

「待って、ちーちゃん!こっち来て!」

 

そんな千冬に束は声を荒げて呼び戻す。束の予想外の事態が発生したのだと千冬は悟った。

千冬は束の指さすモニターを見た。

モニターにはこれから強襲に向かうはずだった施設が映っていた。それだけなら、問題は無かったのだが、その施設の中にあった50m四方の空き地で異常な光景があった。

その光景とは空き地の真ん中に居た二人の男に向けて、数十人の軍人が機関銃で掃射しているというものだった。左袖の無い左右非対称の赤いロングコートを着た金髪の煙草をくわえた青年と、黒い軍服に袖を通した黒髪のくせ毛の大男だった。そして、この男の着ている軍服が先日IS学園に現れた聖槍十三騎士団のヴィルヘルムと軍服が同じであることから、この男も聖槍十三騎士団の人間であると千冬は推測した。

前者の金髪の青年は機関銃の弾丸をすべて踊るように躱し、後者の黒髪の大男は数百発の銃弾を受けながら立っていた。前者の回避能力も後者の頑丈さも人の領域でないことは明白である。千冬は我が目を疑った。ISを装備している千冬ならば、回避や防御は無理にしても、自分に向かってくる銃弾をすべてISの刀で弾くことは可能である。だが、彼らは生身で銃弾の嵐に対処している。何時まで経っても倒れない二人に、銃を撃っている軍人たちは彼らに恐怖を感じ始めた。あまりの恐怖に耐えきれなかったのか、数人の兵士が逃げ始めた。

銃弾の嵐が小雨になったことで金髪の青年の回避に余裕が出てきたのか、二人が会話を始めた。そのことに千冬は気づき、束に彼らの会話を拾うように指示する。

 

『撤退はあり得るけどよ、ビビッて逃げるって、そこんとこ同じ軍人としてどう思うよ?』

『恐れは恥ずべき感情ではない。だが、恐れ逃げ惑う兵士は兵士として失格だ』

『あぁ、根暗ちゃんはそう思うわけね。ま、俺も概ねそれには賛成なんだけどな。違うところがあるとすれば、俺の場合は男のくせに怖くて逃げるってキン●マ持つ資格ねえと思うってとこだな』

 

金髪の青年は懐からデザートイーグルを取り出し、構えると一人の兵士に向けて発砲した。

回避行動を取りながらの射撃は困難であるにも関わらず、金髪の少年の銃口から発射された銃弾は全て兵士の眉間を撃ちぬいた。

 

『どうした?』

『デジャヴるんだよ。やっと既知の世界から逃げ切れたのによ。それとも、アレか?似た経験したことあるから、デジャヴっているような気がするだけなのか?』

『ゲオルギウス、お前は銃弾の雨を浴びたことがあるのか?』

『あー、あることはあるが、ルガーとモーゼルの二丁拳銃だ』

『なるほど。シュライバーか』

『そういうこと』

 

ゲオルギウスというのは金髪の青年の名前らしい。金髪ではあるが、その顔立ちと流暢な日本語の発音から日本人だと目星を千冬はつけていた。だから、今聞こえたゲオルギウスという名前は偽名なのだろうと推測した。だが、容姿さえわかれば、後は調べることは可能である。千冬は束に施設で起きている戦闘を撮影させる。

ゲオルギウスという青年が射殺した兵士が十を超えようとした時だった。一人の兵士が盾で防御されながら、ある武器を持ってきて、二人に向けて発射した。

 

『げ、RPGかよ』

 

ゲオルギウスは空中から鎖を出現させ、その鎖で隣に居た軍服の男を引き寄せ、自分の前に引っ張り出させる。RPGは軍服の男に着弾し、爆発した。RPGの弾が爆発したときに上げる爆炎が晴れてくる。そこには軍服の男が右の拳を前に出して立っていた。

 

『なんのつもりだ?』

『いやぁ、俺の聖遺物ってルサルカと共有してるうえに、今はエリーを形成しているからよ、エイヴィヒカイトの体の頑丈さが普通の奴に比べて半分以下な訳。そんな状態でアレ喰らえば、さすがの俺でも怪我する。まあ、言っても打撲程度なんだがよ。それでも痛いのは好きになれねーよ。痛いのが好きになれるほど、俺は人間辞めたつもりねーしな』

『だから、保有する魂が多く、頑丈な俺を盾にしたというわけか』

『そういうこと。避けようと思ってもよ。あのコースだったら、避けようがねぇ。それだったら、お前がマッキーパンチでRPGの弾を壊せば問題なしだろ?』

『そうか。なら文句は言わん』

『さすがは、根暗ちゃん、話せば分かる奴でほんと助かるわ。これがバ香純だったら、ワンワンキャンキャンってチワワみたいにいつまで文句垂れるから……な!』

 

ゲオルギウスは盾の隙間に弾丸を通し、RPGを持っていた兵士の眉間を撃ちぬく。

RPGを持っていた兵士がやられた直後、兵士たちは撤退を始め、入れ替わるようにして一機のドイツの第二世代型のIS訓練機が現れた。ISの操縦者は黒兎部隊の隊員で千冬の知り合いであるイレーネ・ノイシュテッターだ。格闘分野の成績は悪いが、ISの射撃に関しては、黒兎部隊の中でラウラに次ぐナンバー2である。

 

『おぉ、あれが噂の世界最強の兵器ISかよ』

『それほど、此処は重要な施設なのだろう』

『だったら、早く、この敷地にマッキーパンチ打てよ。全部それで終わりじゃねぇか』

『戦場とは無関係の者を巻き込むことは俺の矜持に反する』

『あー、まぁ、俺も関係ねぇ奴殺すのは気が引けるけどよ、此処に居る時点でこの国のブラックな所と関係あるから、あながち無関係ってわけでもねぇんじゃねぇの?』

『それでもだ』

『偽善だねぇ』

『何とでも言え』

 

二人の会話を遮るように、イレーネは機銃掃射で一掃しようとする。だが、ゲオルギウスは全て回避し、軍服の男は両腕を前でクロスさせ防ぎきる。ISをもってしても、生身の人間を倒せない。そんな光景を目の当たりにしたことで、先日のクラス代表戦で黒円卓のヴィルヘルムが無人機を一蹴したことを千冬は思い出し、並大抵の人間で相手に出来るような生易しい敵ではないと認識した。

千冬は飛び降り、黒兎部隊の隊員の助成に向かった。上空10000mからの連続瞬時加速による急降下。一つ間違えれば大惨事になりかねない危険な行動だが、千冬は自分の力量を過信しているわけではない。

 

「間に合ってくれ」

 

千冬は加速を続ける。五度目の瞬時加速で、音速を超え、音の壁を突き破り、急降下を初めて四秒で地上の様子が見えてきた。

軍服の男が腕で防御しながら、イレーネめがけて走りだした。隊員は後退しようとするが、ゲオルギウスが持った鎖が彼女の足に絡まっており、その場から動けないでいた。動きを封じ込められた彼女はゲオルギウスの凄まじい力に驚嘆し、思考が止まってしまった。その数秒間、隊員の思考が停止している間に、距離を詰めた軍服の男が右の拳で隊員の持っていた機関銃を殴り壊した。さらに、追い打ちを掛けるように、軍服の男は左手を振り上げる。ISの装備を一発で殴り壊すような拳をまともに受ければ、軽傷では済まない。たとえISの絶対防御があろうとも、骨の一、二本は折れるだろう。当たり所が悪ければ、重傷を負うことになる。

千冬は一本の刀を軍服の男に向けて、投擲した。一瞬でもいい、軍服の男の気を逸らすことが出来れば、あの鎖を切り、隊員を連れて軍服の男から距離を取ることができる。千冬の目論見通り、軍服の男は千冬の敵意に気付いたのか、後方に跳び、投擲された刀を回避した。その間に、千冬は刀でゲオルギウスの鎖を切り、イレーネを助けた。

攻撃の邪魔をされた二人の男は身構えた。

 

「織斑教官!どうして此処へ!」

「話は後だ。それより、あの男たちは何者だ」

「分かりません。私も侵入者を排除せよとしか、命令を受けていませんから」

「そうか」

 

千冬は鎖を切ったことで刃こぼれを起こした刀を捨て、新しい刀を出す。

一方、鎖を切られたゲオルギウスは空中から有刺鉄線を出し、手に取った。どういった仕掛けで、何もない空中から有刺鉄線が出てくるのか千冬は分からなかったが、そのようなことは彼女にとってどうでもよく、目の前に居る男二人が予想以上の難敵であると感じたことと、この男たちの正体の方が問題であった。

千冬は刀を中段に構えたまま二人に問いかける。

 

「お前たちは聖槍十三騎士団の人間か」

「……答えはNOだ。俺らはあんな傍迷惑なもんじゃねぇよ。俺らは一部の一般人と黒円卓の面々で『夜都賀波岐』って名乗らせてもらっている。俺的には『遊佐司狼と愉快な仲間たち』ってのが良かったんだがねぇ。ま、とりあえず、聖槍十三騎士団とは別の団体と思ってくれてかまわねぇよ」

「すんなりと答えるんだな」

「アンタの質問でアンタの今の立場が見えてきたから、ギブ・アンド・テイクってわけだ」

「私の立場?」

「あぁ、アンタ、アレの傍に居るのに、何も知らねぇってことが分かった。アレから事情を聞かされてんなら、俺らが黒円卓じゃなくて何者か知っているはずだもんな?……そんなアンタに先人として忠告しておくぜ。たとえアンタが名高いブリュンヒルデだとしても蚊帳の外に居るんだから、変に自分から首を突っ込まないほうが身のためだ。人間辞めたくないだろう?それに俺たちは黒円卓と違ってあんまり人を巻き込んで、他人に迷惑かけるようなことは極力したくねぇんだわ」

 

ゲオルギウスは持っていたデザートイーグルを回転させながら、まるで友達と駄弁るように軽いノリで喋っている。だが、ゲオルギウスから警戒心が解けたわけではない。なぜなら、彼の持つデザートイーグルはセイフティーが外れたままだったからだ。

故に、彼の言う“アレ”について、千冬は考える余裕が無かった。

 

「つーわけで、そっちのお嬢ちゃん連れて帰ってくんない?」

「断る」

「は?なんで?」

「私は守りたいものを守れるのならば、人間を辞めてもいいと思っている。だから、害悪となりかねないお前たちの真意を聞くまでは引き下がれない」

「つまり俺たちの目的を知りたいと?知って、無害だと分かれば、手を引くと」

「そうだ」

「あー、こっちもそうしたいんだがねぇ。言ったところで信用されねぇし、お前らの為にも俺らの為にも、お前らを俺たちの領域に引き入れたくねぇから、言わねぇ」

 

ゲオルギウスは飄々とした表情で答える。

 

「交渉決裂だな。ならば力づくで聞かせてもらう」

「いいねぇ、俺、お前みたいな正義に燃えながらも喧嘩っ早い奴結構好きだぜ。……夜都賀波岐が一柱、遊佐司狼、ゲオルギウスだ」

「同じく夜都賀波岐が一柱、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。皆は俺を“マキナ”と呼んでいるが、戦友が呼んでくれるこの名前を俺は大事にしている。だから、俺の前に立つお前らに俺の名前を教えてやる。……ミハエル・ヴィットマンだ」

 

金髪の青年の名前は遊佐司狼であることから、どうやら、日本人らしい。ゲオルギウスというのはおそらく通り名だろうと目星をつけた。

司狼に続き、ミハエルが名乗りを上げると、イレーネの様子が変わり、彼女が動揺していることが千冬には分かった。だが、次の瞬間には彼女の表情は元に戻り、彼女はサブマシンガンを展開した。どうやら、彼女はミハエルという男を知っているらしい。ナチスの軍服を着ていること、名前を聞いて驚いていることから、おそらくドイツでは有名なナチスの兵士なのだろう。千冬も気を引き締める。

 

「おいおい、俺らの名前を聞いて、ビビるのは良いけどよ。戦うからには、そっちも名乗れよ。お互い名前を知ってても戦う前に名乗る。それが決闘ってもんだろ?」

 

司狼は相変わらず余裕の表情だ。先ほどの反応から、相手はISを初見であるようだが、知識はあるらしい。それでも、余裕の表情を崩さないのは自信の表れだろう。

 

「織斑千冬、通り名はブリュンヒルデだ」

「IS配備特殊部隊・黒兎部隊隊員、イレーネ・ノイシュテッター伍長、通り名はありません」

 

名乗った直後、イレーネはミハエルに向けてサブマシンガンを放ち、千冬は司狼に向けて瞬時加速で切りかかる。徒手空拳のミハエルに対し射撃武装がメインのイレーネをぶつけるのは、たとえ二人の間に大きな実力差があっても問題なかった。なぜなら、徒手空拳と機銃では圧倒的にリーチに差があったからだ。

そして、イレーネより圧倒的に実力のある千冬が司狼の相手をする。相手の実力が読めないが彼女たちの組み合わせはとても合理的であったといえる。

 

だが、司狼とミハエルはその組み合わせが不満だった。司狼は近接格闘武器を使う相手より射撃武器を使う相手と戦った数が多い。故に、射撃武器を持ったイレーネの方が慣れていたため、この組み合わせは彼にとって面倒であった。ミハエルは“アレ”の関係者と戦ってみたいと思っていたため、イレーネ相手では不満だった。

ミハエルに向かって射撃するイレーネに、司狼は銃を撃ち、司狼に仕掛けようとする千冬に向かってミハエルは攻撃を仕掛ける。結果、対戦相手と攻撃がかみ合わない乱闘となった。乱闘となれば、実力差が勝敗に関係しにくくなる。自分に攻撃を仕掛けてくる相手に気付くことが乱闘において重要だからである。となれば、後は彼らの注意力と運と策が勝敗を決定する要因となる。

 

だから、奇策を用意していた司狼はこの均衡を崩すことが出来た。

 

司狼が右手の指でパチンと鳴らすと、その直後イレーネの真上に無数の棘が生えた一辺が50mもある正方形の巨大な岩盤が現れ、落下してきた。更に、前後から大きな鉄製の車輪が転がり、自分に迫ってくる。瞬時に展開させた散弾銃で前方の車輪を破壊することはできたが、車輪を破壊するのに思った以上に時間をかけてしまい、イレーネは頭上からの攻撃を避けることが出来なかった。イレーネのISは岩盤の棘をまともに喰らってしまい、ISのシールドエネルギーが削られた。

イレーネへの攻撃に成功した司狼だが、イレーネへの攻撃に思った以上に集中してしまった。ISの機動力が思った以上であったため、絶妙なタイミングで攻撃を仕掛けなければ、イレーネの逃げ道を作ってしまうからだ。攻撃に集中した結果、司狼は迫りくる千冬の攻撃を避ける余裕が無かった。

千冬は司狼が攻撃に集中している一瞬の隙を突き、打鉄の刀の柄で司狼の鳩尾を殴った。瞬時加速とISのパワーによって、聖遺物共有により防御力が低下した司狼の肋骨の数本が折れる。折れた肋骨は司狼の内臓に刺さり、血が彼の食道を通り、口から出てくる。口から血を吐きだしながら、司狼自身は吹き飛ばされた。吹き飛ばされた司狼はコンクリートでできた武器庫の壁に衝突し、大きなクレーターを作る。

 

「ゴフッ、マジ…イッテェー、……だが、これで、王手だ」

 

千冬は後ろに振り返ると、先ほどまで遠く離れていたはずのミハエルが目の前に居た。

司狼は千冬からの攻撃の回避とイレーネへの射撃と同時に、這い上がる粉塵や障害物に隠れるようにして有刺鉄線を地面に配置させていた。

そして、司狼が指を鳴らすと同時に、ミハエルは有刺鉄線を足に絡ませる。イレーネは自分に襲い掛かる拷問器具に集中しているため、この時のミハエルの様子を把握していなかった。また、千冬はミハエルから離れており、司狼が隙を作ったことを好機と考え、司狼への攻撃に集中していたため、ミハエルのことを見ていなかった。

そして、司狼は千冬によって殴り飛ばされた勢いを利用し、有刺鉄線に絡まったミハエルを手繰り寄せ、ミハエルを千冬に接近させた。

 

「死よ 死の幕引きこそ唯一の救い」

 

ミハエルの接近が司狼の策によるものだと気付いた千冬は、このミハエルの一撃を喰らうことは不味いと判断し、回避を試みる。生身でISと数分も戦い抜いた司狼が自分を犠牲にまでして当てようとした攻撃だ。常軌を逸した代物であることは明白であった。

だが、急降下時に連続で瞬時加速を使い、司狼に攻撃をする際にも瞬時加速を使ったせいで、打鉄のスラスターが熱を持ちすぎてしまい、この場で瞬時加速が使えなかった。

ミハエルに攻撃される前に、ミハエルを迎撃してしまえばということも考えたが、千冬の右手は司狼を攻撃した刀を逆手で持った状態で肘が伸びているため、左斜め後ろに居るミハエルへの攻撃の迎撃に間に合わない。そして、左手は関節の向きからして攻撃が届かない。体を捻れば、攻撃することはできるかもしれないが、それはミハエルの動きが止まっていたらの話である。今ここで体を捻って攻撃しようとしても、先にミハエルの攻撃が自分にあたるだろう。

故に、千冬には防御という選択肢しかなかった。千冬は打鉄の刀を左手で逆手に持ち、頭部を防御する。また、ミハエルの攻撃を耐えきった直後に、右手に持った刀で反撃できるように千冬は右手の刀を持ち直す。

 

「この 毒に穢れ 蝕まれた心臓が動きを止め 忌まわしき 毒も 傷も 跡形もなく消え去るように」

 

ミハエルの右手から黒い瘴気が溢れてくる。ミハエルの右手から溢れ出た瘴気が彼の右腕の肘から先を包むと、瘴気は重厚な造りの黒い手甲へと姿を変えた。黒い手甲には、手の甲から肘にかけて赤い光を放つ模様が現れ、手甲全体が淡い紫色に光り出す。

 

「この開いた傷口 癒えぬ病巣を見るがいい」

 

ミハエルの手甲から圧倒的な力と威圧感を千冬は感じた。

彼の腕は物を壊すために存在する兵器のようだった。

 

「滴り落ちる血の雫を 全身に巡る呪詛の毒を 武器を執れ 剣を突き刺せ 深く 深く 柄まで通れと」

 

ミハエルの言葉に重みを千冬は感じた。この男は壮絶な世界に生きている。それが天国なのか地獄なのかは分からないが、言葉で言い表せないほど波乱万丈な人生を送ったのだろう。だから、この男の声は心の奥に響く。

 

「さあ 騎士達よ 罪人に その苦悩もろとも止めを刺せば 至高の光はおのずから その上に照り輝いて降りるだろう」

 

ミハエルの拳は更に大きな禍々しい光を放つ。

 

「創造」

 

ミハエルは千冬に向けて右手の拳を前に突き出す。ミハエルが拳を突きだす速さは、千冬にとって速いと言えるものではなかった。だが、だからと言って、遅いわけでもない。万全の状態であったなら、回避は可能な速度であった。ISを纏っているからこそ躱せる速度であり、ミハエルの拳速は人の領域を超えた速さにある。

 

「人世界・終焉変生」

 

その言葉をミハエルが口にした直後、ミハエルの右の拳が千冬の刀に直撃する。

ミハエルの攻撃を受けた打鉄の刀は跡形もなく消え去った。打鉄の刀は破壊されたのではなく、まるでその存在を否定されたかのように崩れていった。千冬の防御を突破したミハエルの拳は千冬が纏った打鉄に届く。千冬の打鉄に触れただけであるにもかかわらず、シールドエネルギーの残量が0となり、刀と同じように装甲も壊れていく。

打鉄が分解されながらも、千冬は右手に持った刀を突きだし、ミハエルに反撃を試みる。

ミハエルはそれを躱そうとするが、千冬はミハエルの回避行動を読み切ったうえで、回避先に打鉄の刀を伸ばす。だが、ミハエルの拳の衝撃によって千冬は殴られたことで距離を離されてしまい、ミハエルにかすり傷程度しか負わせることが出来なかった。

ミハエルの拳の衝撃をまともに受けた千冬は仰向けに倒れる。千冬は立ち上がろうとするが、何故か全身に力が入らないため、立てない。

 

「これが俺のデウス・エクス・マキナだ」

 

ミハエルは千冬に勝利宣言をする。

 

『唯一無二の終焉を持って自らの生を終わらせたい』それが彼の渇望であった。あの無限に同じ死を繰り返す永劫回帰と、死んでも死んでも戦い続けなければならない過酷な修羅道を知っているからこそ、彼は安寧なる終焉を望み、修羅となって戦い続けた。

そして、女神の治世が花開き、黄金の獣が軍勢を解散すると言った時、彼は望み通り、彼の生を終わらせることが出来た。だが、彼は安寧なる終焉を選ばず、戦友と共に歩み、この黄昏を守ることを選んだ。戦友がこの黄昏を守りたいと言い、己を求め名前を呼んでくれたからだ。だから、己の渇望など叶わなくても良いと彼は思った。

渇望を友の為にと彼自身で否定したことにより、彼の中で新たな渇望が生まれた。

『この黄昏を壊そうとする者を認めない』

徹頭徹尾自分のためと願った彼の求道が、戦友のためと願う求道へと変貌した。渇望が己の終焉から他人の終焉へと変わったことで、彼の力そのものは変化しなかったが、威力はあのシャンバラの時以上の物となった。結果、千冬の装備していた打鉄の刀、打鉄のシールドエネルギー、装甲、千冬の残存する体力に、たった一撃の攻撃で幕を引かせた。

これが今の彼の全てに幕を引かせるご都合主義の鉄拳である。

 

「教官!」

 

イレーネは銃を乱射しながら、千冬を助けようと特攻をかける。

だが、それは叶わなかった。

 

「悪性腫瘍・自滅因子」

 

イレーネの手が千冬に届く直前で、イレーネのISは解除され、イレーネは地面の上に投げ出され、地面の上を転がる。突然のISの待機状態への移行にイレーネは戸惑いを隠せないでいた。ISのシールドエネルギーは十分にあった。ISの点検も整備もつい最近行ったばかりだ。だから、このような不具合が自分のISに自然に発生するなどありえない。イレーネはISを再び起動させようとするが、まったく反応してくれない。

ISの不具合の原因が自分にない以上、原因は司狼が言った謎の言葉だろうとイレーネは目星をつけた。イレーネは司狼を睨みつける。

 

「ゲオルギウス、何故最初からそれを使わなかった?」

「いやー、これがISに効く確証が無くてな。ドンパチやっている最中に、切り札としてブツケ本番で使って、効果無かったらダサいじゃん?それに俺の能力は人が多いと発揮しにくい。だから、勝敗が分かりきったところで、使えば、勝敗に影響しないだろう?」

「……単に暴れたかっただけなのではないのか?」

「あんなヴァンピーと一緒にするなよ。……信じろよ」

「あぁ、お前は信じられないが、お前を信じる戦友を俺は信じている」

「そうかい。……ってな、わけで、俺らの勝ちで良いか?ブリュンヒルデに、ノイシュテッターちゃん?」

 

司狼は千冬とイレーネに勝利宣言を叩き付ける。打鉄もイレーネのISも使用不能である以上、戦闘続行は不可能である。千冬は悔しかったが、敗北を認めざるを得なかった。

 

「はいはい、男連中、格好つけるの良いけど、アタシの仕事終わったから、帰るよ」

「おせーぞ、エリー」

「仕方ないでしょ?今の時代のセキュリティって、100年前と違うのよ。この端子の使える端末が無かったら、作戦失敗だったのよ」

 

千冬の背後から声が聞こえてきた。千冬が振り向くと、そこには煙草を咥え、白のTシャツを着た高校生ぐらいの女子が立っており、その手にUSBフラッシュメモリーがあった。

エリーと呼ばれた女性は司狼の方へ歩いて行く。どうやら、司狼とミハエルは囮であり、本命のエリーが施設内部に潜り込んでいたらしい。そして、どのようなデータがあのUSBメモリーに入っているのか分からないが、データを使って、施設内部で何かをしたらしい。

 

「ってことは、仕事はできたのか?」

「モチのロン。此処のV.T.systemのデータは全部改ざんして、全く別のものにしてウイルスを入れてやったわ。もちろん、バックアップを取っているデータバンクにもウイルス送ってる」

「どんなウイルスだ?」

「感染した端末は電源が切れていても、ネットが繋がっていて、アダプターが刺さっていたら、無限にエロサイトにアクセスして、課金されまくって持ち主を自己破産に追い込ませるウイルス。ちなみに初期化しても消えないというオプション付き」

「うわー、お前……悪魔だ」

「いやー、やるなら徹底的にヤバい方が面白いでしょ?」

「ま、それはそうだな。オッケー、じゃ、帰るか」

 

司狼達の襲撃の目的はV.T.systemの情報の消滅だったらしい。幸い今回の自分の目的と同じだったが、彼らの根本的な目的が分かっていない以上、この男を野放しには出来ない。

だが、かといって、現状を打破できる手段は……

 

「ちょっと待ちなよ」

 

明らかに不機嫌そうな束の声が千冬の背後から聞こえてくる。千冬は力を振り絞り、声のする方を見ると、そこには眉間に皺を寄せ敵意むき出しの束がいた。

束が機嫌悪そうな表情をしていることに千冬は驚く。なぜなら、どんなに罵倒されても束は“アレは頭が悪いから罵倒するしか能が無いんだよ”と罵倒した者を見下し、あの薄気味悪い笑みを崩したことが無かったからだ。そんな束が自分に見せたことのない表情を浮かべている。

 

「いったい、これはどういうこと?」

「あん?」

「君たちとは同盟を組んでいて、君たちは勝手なことはしないって約束だったよね?」

「あぁ、そうだったな。……でもな、俺らもお前に、俺らの領域に足を踏み込むなって言ったはずだぜ」

「なんのこと?」

「とぼけやがって、俺らの同類は匂いで分かる。いくら小細工働かして隠したところで俺らにはバレバレだ……そういうわけで、お前との同盟は破棄だ。次会ったら、ミンチにしてやるから覚悟しやがれ」

「へぇ、今ここで仕掛けたりしないんだ」

「ウチの大将がうるさいからな。それに、俺らもテメェだけには負ける気しないしな。……アバヨ」

 

司狼は何かを放り投げた。それは数度バウンドをすると、大きな音と強烈な光を放った。

音によって聴覚と平衡感覚を、光によって視覚を千冬とイレーネは奪われた。数十後、二人の感覚が戻ったころには、司狼、ミハエル、エリー、束の姿はなく、二人の目の前には破壊された建物、無数の薬莢、十数人の死体、延々と続く血溜りが広がっていた。

 

「逃げられたか……いや、この場合、撤退したおかげで私たちが助かったと喜ぶべきか」

 

聖槍十三騎士団、夜都賀波岐、ナチス、遊佐司狼、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン、人世界終焉変生、悪性腫瘍・自滅因子、V.T.system、同盟破棄、同類。

千冬にとって、この日、この場所で起きたことは理解の範疇を超えていた。

 

「束、お前は何をしようとしているんだ?」

 

千冬は幼馴染の束のことを何も知らないのだと再び痛感させられた。




前の話の伏線を回収しました。
ということで、次回は一夏とシャルロットが香純に会います。


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