IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅩⅩⅤ:

臨海学校二日目はISの演習に丸一日使われる。IS学園の1年において、アリーナ外での実戦に近い形での演習はこの臨海学校の時しかないため、専用機持ちは各種装備試験運用とデータ取りもしなければならない。そのため、専用機持ち組と訓練機使用組とに分かれて演習が行われる。

専用機持ち組には一夏、シャルロット、鈴、セシリア、ラウラ、箒の六人がいた。4組にも専用機持ちがいるらしいが、彼女の専用機は現在制作中であるため、専用機持ち組が行う演習に参加できないため、今回は訓練機使用組側で参加するとのことらしい。

 

「織斑先生、何故箒はこちら側で参加なんですか?」

「あぁ、実はな」

「ちーちゃ~~~~ん!!」

 

一人の女性が砂煙をあげながら、崖を下ってくる。30度以上の急斜面で足場が不安定であるにもかかわらず、その女性はこけることなく、坂を下ってくると、千冬に抱き着こうとした。だが、寸前のところで千冬がアイアンクローでその女性を掴み、止める。

おとぎ話に出てきそうなヒラヒラ服を着て、兎耳を着けている彼女こそ、ISの開発者、篠ノ之束である。

 

「やあ!」

「……どうも」

「えへへ!久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。大きくなったね、箒ちゃん、特におっぱいが」

「殴りますよ」

「な、殴ってから言ったぁ」

 

箒はグーパンチで実の姉を殴る。殴った時の音から考えて、あまり手加減をしていないようだ。篠ノ之姉妹のやり取りをセシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、真耶はぽかんと眺めていた。その後、千冬が束に自己紹介をしろと言ったため、束は簡単な自己紹介をする。

真耶は臨海学校はIS学園の関係者以外立ち入り禁止と束に伝えるが、IS学園の関係者にISの開発者である自分が関係ないはずがないと自分理論で論破し、真耶を黙らせる。

相変わらずのマイペースっぷりに、千冬はため息をつく。

その後、束は箒専用の第四世代型IS『紅椿』を出し、箒に渡すと、最適化を始める。

近くに居た訓練機使用組の生徒達も何があったのかと、こちらを見ている。

 

「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……?身内ってだけで」

「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」

「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」

 

束は紅椿の最適化を行いながら、女生徒に言い返す。喋りながらも作業する手を止めないのはやはり彼女がISの申し子である証明であるといえよう。紅椿の初期設定を終えた束は、箒に後は自動処理に任せておいて問題ないと伝える。

初期設定を終えた束にセシリアはISを見てもらえないかと頼むが、今は実妹の箒と幼馴染の千冬の再会シーンに水を差すなと束の冷たい言葉に一蹴される。セシリアは食い下がろうとするが、次に聞かされた明確な拒絶の言葉に引き下がるしかなかった。

 

「他人は図々しくて嫌いだよ。やっぱり友達と家族はさいこ―だね。本当にどうでも良いよ、箒ちゃんとちーちゃん以外は」

「あと、おじさんとおばさんもだろ?」

「ん? んー……まあ、そうだね」

 

千冬の言葉を束は何となく肯定する。昔から天才の自分を気味悪がっている両親など内心どうでも良いと思っている。天才ならば、評価されるのが当然であると思っていたため、そのような扱いをする両親を束は快く思っていなかった。だが、自立できるまで育ててくれたということもあるので、一応は恩のようなものは感じている。それに、ここで千冬の言葉を否定すれば、自分の言った言葉が矛盾してしまう。故に、束は一応肯定したのだ。

 

「一応、聞いておくが、一夏はどうなんだ?」

 

千冬は何気なく思ったことを束に聞いてみた。束と一夏が会話している記憶が千冬には全くなかったため、束が弟のことをどう思っているのか気になったからだ。

 

「気持ち悪い」

 

憎悪に満ちた表情で束は吐き捨てるように言った。

さきほど束に話しかけたセシリアに対応する時とは比べ物にならないほど顔が歪んでいた。

 

「全てを愛している?どうして他人や自分の所有物以外の物にそこまでの感情が抱けるのか束さんは理解できないよ。他人は他人、自分の物じゃないものなんかどうでも良いに決まっているでしょ。そこらへんに落ちている石ころに誰が気を留めるの?訳分かんないよ。織斑一夏、君の頭は湧いてるの?」

 

過去の偉人が、“好意の反対は拒絶ではなく無関心である”という明言を残した。彼女曰く、無関心であること、苦しむ者に関わりを持たずに傍観者であることが、愛の対極にあるというかららしい。分かりやすく説明するならば、“好意”という言葉は“興味”や“関心”の類義語であるからであると説明すれば容易に理解できるだろう。

だが、それは束の場合当てはまらない。束は頭脳明晰で全てを理解し、そのうえで無関心になる。だから、自分の関心のある物以外から何か言われても論破できる。仮に、彼女の理解の範疇を超えた思考回路の持ち主がいた場合、どうなるだろう? 束はその者の思考の矛盾点を見つけることはできても、その者の思考を理解することはできない。故に、その者から発せられた言葉を束は論破出来ない。矛盾塗れの思考や、突拍子もない訳の分からない思考は彼女の中に嫌悪感を与える。故に、その者は束にとって憎悪の対象となる。そして、その者というのが束にとって一夏であった。

 

「ほんと、そんな思考の人間がこの世に居るだけで吐き気がするよ」

「そうか。卿は必死に足掻き、この世の根底を覆したその偉業を成した。それだけで、私は卿に好感を覚えるぞ。誇るが良い。私は篠ノ之束という女が好きだぞ」

「黙れ」

「憎悪で顔に皺が出来ているぞ。それでは老けて見える。端麗な容姿をしているのだから、それを崩すのはもったいない」

「息をするな」

「私も随分嫌われたものだな」

 

束は一夏を殺意のこもった眼で睨みつけ、一夏は束に礼讃に満ちた笑みで微笑んでいる。その異様な光景に、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、真耶は呆然とする。だが、千冬は一人困惑しながら、あることを思い出した。千冬がそれを思い出したのは、今の束の顔が先日のドイツで司狼とミハエルと対峙した時の顔と同じように見えたからである。

 

『アンタ、アレの傍に居るのに、何も知らねぇ』

 

そうだ。自分は一夏と束の関係を全く知らない。束が一夏を憎んでいること、一夏が束を評価していること、これら二つのことを今知ったのが証拠だ。

考えたくなかったが、黒円卓がIS学園に現れたこともあるため、避けて通れない。

あの時司狼が言っていたアレとは束か一夏の事なのかと千冬は推測した。自分と深く関わりを持っていて、何を考えているのか分からない人間とはこの二人しかいない。特に、一夏は束以上に付き合いが長いうえに、傍に居る時間が長い。事実確認はしていないが、束はあの司狼やミハエルたちの夜都賀波岐と組んでいた節があった。更に、夜都賀波岐の面子は黒円卓から抜けた者達によって構成されている。そのうえ、司狼は黒円卓を傍迷惑な連中と断じていた。となると、彼らは黒円卓と協力関係になく、束は黒円卓に通じていないと考えるのが道理である。

以上のことから、『司狼の言っていたアレとは一夏であり、一夏は黒円卓に関わりを持っている』という考えたくもない結論に千冬の思考は辿り着いてしまった。

千冬は自分が抱いてしまった疑念を払拭しようと、一夏に問いかけようとした。

 

「一k」

「たっ、た、大変です! 織斑先生っ!」

 

いきなりの真耶の声に、千冬の声は止められてしまう。

真耶は普段から動揺しやすいが、慌てることは少ない。そんな真耶がここまで慌てることは珍しい。尋常ではない事態あることを察した千冬は一夏に聞きたいことを後回しにし、真耶から差し出された小型端末を見る。

 

「特命任務レベルA、現時刻より対策をはじめられたし……」

 

千冬は小型端末を見て、任務の詳細を見ていく。任務の内容を真耶は言いそうになるが、機密事項が含まれているため、生徒に聞かせるわけにはいかないため、真耶を黙らせる。

任務内容は教員だけでは達成できないものであると判断した千冬はこの場に居る専用機持ちの手を借りなければならないと判断した。千冬は演習を中断させ、訓練機使用組を旅館の部屋で待機させ、専用機持ち組を呼び寄せた。

 

「では、現状を確認する」

 

千冬は旅館の宴会場に機材を運び込み、簡易な作戦室を作る。その作戦室に教師陣と専用機持ちを集めた。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS『銀の福音』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった。衛星による追跡の結果、福音はここから2kmの空域を通過することがわかった。時間にして55分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態を対処することとなった。教員は訓練機を使用して周辺空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 

教師陣が空域及び海域の封鎖を担当させるのは仕方のないことだった。教師陣の方が専用機持ちたちより実力は上だが、訓練機では銀の福音と接触するのに必要な機動力が訓練機にはない。訓練機に高機動パッケージをインストールすれば、機動力は上がるが今からやっても55分後の福音の通過に間に合わない。結果、専用機持ちによる銀の福音の撃破となった。

 

「それでは作戦会議を始める。意見がある者は挙手するように」

 

作戦会議が始まると、最初にセシリアが挙手した。

セシリアはまず相手の戦力が分からなければ、具体的な作戦を考えることが出来ないと考えたからだ。千冬は銀の福音には極秘事項が多く含まれているため、銀の福音に関する情報を他言すればISの査問委員会による裁判と監視が付くと釘を刺しておく。セシリアはそれを了承した。

 

銀の福音は広域殲滅を目的とした特殊射撃型であり、射撃能力と機動力に特化された機体だった。オールレンジ攻撃を可能とし、機動力だけで言えば、他の第三世代型ISの中ではずば抜けていた。それを可能にしたのが銀の福音の主力射撃武器である銀の鐘である。銀の鐘は36の砲口をもつ大型のウィングスラスターで、広域射撃武器を融合させた新型システムである。射撃武器として使えば、高密度に圧縮されたエネルギー弾を全方位へ射出することが可能であり、スラスターとして使えば、常時瞬時加速と同程度の急加速が行える。ただ、機動力と射撃能力に特化しすぎたため、装甲は堅くないという欠点を持っている。

 

「相手が超音速飛行で移動しているとなると、チャンスは一回。……一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 

真耶の言葉を聞いた者は一斉に一夏を見る。一夏はセシリア戦でセシリアを、学年別トーナメントでV.T.systemに飲まれたラウラを倒している。特に、ラウラを倒した時に見せた雷速剣舞・戦姫変生は機動力、攻撃力ともに申し分が無い。

 

「……」

 

千冬はあの時の一夏を思い出し、顔を顰める。

あの雷速剣舞・戦姫変生という技は、不可解な点が多すぎたからだ。

まず一つ目が、技名だ。あの技が一夏の技ならば、名前に『姫』という文字が入るのはあり得ない。本当に、あの技が一夏の物ならば、“戦姫変生”ではなく“戦神変生”の方がしっくりくる。そのため、本来の技の使用者が一夏ではなく別人のように感じてしまう。

二つ目が、雷速剣舞・戦姫変生を使った時のISがおかしかった。単一使用能力の使用時、ISは全体が光り輝く。だが、あの時の一夏の打鉄本体は光っていなかった。あの時、光を放っていたのは打鉄ではなく、一夏本人だけであった。

司狼の言っていた“アレ”の正体が一夏であるという千冬の当たってほしくない推論は確信へと姿を変えようとしている。千冬は頭から司狼の言葉とそれに関する思考を排除し、銀の福音を撃破することに集中し、一夏に雷速剣舞・戦姫変生のことについて聞く。

 

「織斑、あの雷速剣舞・戦姫変生の使用回数は?」

「あの時が初回であり、以降一度も使用したことはない」

「使える技が増えたのならば、練習しておけ」

「だが、使いこなせないわけではない。アレがどのような物かは一度使っただけで理解できた」

「では、銀の福音を撃墜する自信はあると」

「無論」

「ならば、一人は決まったな。後は銀の福音が現れる場所まで誰が一夏を運ぶかだが…」

 

予測される場所に一夏が待ち伏せしておくという策も千冬は思いついていた。

だが、この策にはある不安要素があった。銀の福音がこちら側に気付き迂回する可能性がある。それに、銀の福音の行動目的や移動先が判明しない以上、そもそもその待ち伏せ場所に現れない可能性も十分にありえる。となると、予測されるポイントで一夏を配置させた場合の任務の成功確率は非常に低いと考えられる。

故に、一夏を銀の福音が通過する場所に届ける役が必要である。

千冬は以前ラウラ戦で鈴が発動させた単一使用能力と思われる空間転移に目を着けた。千冬は鈴に単一使用能力について聞く。だが、鈴はあれ以降使えたことがないと答えた。

他に、誰か一夏の運搬役を務めることの出来る者は居ないか千冬は聞く。すると、セシリアが挙手した。セシリアのブルー・ティアーズには強襲用高機動パッケージがあり、セシリアは二十時間以上使用している。このぐらいの使用時間があるのならば、安心できる。

千冬はこの作戦を一夏とセシリアに任せようとした。

 

「待った待―った。その作戦はちょっと待ったなんだよ」

 

束が乱入し、千冬の決定に異を唱える。束が言うには箒の専用機紅椿は展開装甲があるため、セシリアのブルー・ティアーズより機動力が高いうえに、千冬の暮桜の雪片の零落白夜と同じ技術が使われているため近接格闘の攻撃力は第三世代非常に高いと豪語する。

更に、紅椿に搭載された二本の刀は射撃能力もあるため、有能であると付け加える。

 

「此処まで強いんだから、箒ちゃんに任せるのが一番だよ」

「なるほど。あとは本人のやる気だな。…篠ノ之、やれるか?」

 

千冬は箒に強気の口調で質問する。専用機の性能から考えれば、箒の紅椿はこの場に居る誰よりも勝っている。だが、箒は今日専用機を貰ったばかりで、碌な練習もしていない。専用機の経験という点では他の誰よりも劣っている。この事実が箒の自信に悪い影響を当たるのならば、任務の成功確率は著しく低下する。そこで、箒の気力を計るために、あえて、千冬は強気の口調で質問した。もし、これで箒の口調が弱くなるならば、一夏とセシリアに任せた方が良いと千冬は考えた。

 

「はい」

 

箒は千冬の目を見て、力強く頷いた。瞳に迷いや恐れは一切見えない。これなら、箒に任せても構わないと千冬は判断する。客観的な実力から考えて、一夏に任せるべきなのかもしれないが、今の千冬は一夏に対して不信感を持ってしまっているため、銀の福音の撃墜を任せることができなかった。

 

「では、篠ノ之、今すぐ準備を始めろ。束も手伝え。織斑、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒはこの部屋で待機だ。山田先生には銀の福音の衛星からの監視を続けてもらう」

 

千冬の指示を受けた箒は立ち上がり、スキップして作戦室から出ていく束について行く。紅椿の詳細な設定があるらしい。千冬は紅椿の設定が終わるまでに、一夏に黒円卓と関わっているのかどうか聞こうか悩んだが、緊急時に出撃するかもしれないセシリアたちの動揺を引き起こすような真似を千冬は出来なかった。

 

そして、数分で設定が終了した紅椿が銀の福音撃墜作戦のために出撃した。

モニター越しに見た紅椿の性能は追随を許さぬ圧倒的な物だった。離陸してから数秒で音速を越える。他のISと速さを競ったところで、勝負として成立しないような圧倒的な速さだった。まるで、これまで生まれたISが紙屑だと、そう思えてしまうほどの圧倒的な性能だった。そんな紅椿の性能をまざまざと見せつけられた専用機持ちたちは脱帽する。

 

「驚異的な速さだ」

『衛星とのリンクを確立……情報照合完了。目標の現在位置を確認、目標との接触まであと十秒です。一気に行きます』

 

衛星から紅椿に送られてきた情報から箒は銀の福音の詳細な位置情報を見る。どうやら、予測されたポイントに向かって跳んでいるようだ。この速度を維持していれば、銀の福音との接触は情報の確認が終了してから10秒後だった。

箒は紅椿をさらに加速させ、雨月と空裂を展開し構える。

 

『ここで決める!』

 

箒は瞬時加速をし、一気に銀の福音との距離を詰める。初回で箒が瞬時加速を使えたのは、束が箒用に様々な設定を施したからである。瞬時加速によって加速したまま、渾身の一撃で仕留めようと強襲を掛ける。銀の福音がまだこちら側に気付いていないため、不意打ちを掛ければ倒せると考えたからだ。

箒は空裂の斬撃を銀の福音の主力武器でありスラスターの銀の鐘に向けて放った。

束から聞いた情報によると空裂の攻撃力は近接格闘武器の中ではトップクラスであり、たとえシールドエネルギーがあっても、装甲や装備を破壊する威力はあるらしい。

 

『La―――』

 

空裂の斬撃が銀の福音に当たろうとした時だった。箒に背を向けていた銀の福音は翻り、紅椿の攻撃を回避すると、箒に向けて銀の鐘が火を噴いた。銀の鐘から発射された数十発のエネルギー弾が箒に襲い掛かる。箒は向かってくるエネルギー弾を回避するが、幾つかは回避しきれないため、空裂と雨月で弾く。箒がエネルギー弾を弾いている間に、銀の福音は箒の背後に回り込み、再び砲撃を開始した。

36の砲門による砲撃をたった二本の刀で捌ききるのはたとえ箒でも至難の業だった。雨月と空裂だけで銀の福音の攻撃を凌ぎきれないと判断した箒は二機のビットを飛ばし、銀の福音の砲撃の妨害をする。銀の福音は銀の鐘でビットを撃ち落とそうとする。

 

箒は出せる力をすべて使うが、使い慣れていないためか、二機の力は拮抗していた。紅椿と銀の福音との一進一退の攻防が続く。そんな時だった。ある物が箒の目に映った。

 

『なんだ。あの船は』

 

箒はISの望遠機能で海上に浮かぶ一艘の船を見る。船の甲板には数人ほどの乗組員が見える。船の後方に大きなクレーンがあり、そこから網が下りていく様が見える。どうやら、密漁船の様だ。近くの港及び海路は教員たちによって封鎖されている。当然この周辺の海域で漁船にも通達が行っているはずだ。にも拘らず、此処に船が侵入し操業を行っているということは、通達が届いていない無許可で操業している密漁船だろう。

 

このままではあの密漁船に被害が出てしまう。

たとえ、法を犯したものであろうと、人命は尊重されなければならない。故に、犯罪者だからという理由で今自分が見捨てるわけにはいかない。

 

なぜなら、私は誰かを支えられる人になりたいのだ。

 

そうありたいと願い、剣を振るってきたのだ。自分がどういう人間か、なんてどうでも良い。他の人の思惑なんかどうでも良い。私は多くの人をたくさんの人を救いたい。

自分の過ちと同じことをして自分と同じように苦しんで欲しくないから。

私は過ちと苦痛を見たくないから。

だから、この場において強者である私が弱者であるあの密漁船を守らなければならない。

それが強くなった者の責務だから。

 

『La――』

 

銀の福音は再び砲撃を箒向けて砲撃を開始した。

箒は密漁船を背にし、瞬時加速で銀の福音へと向かう。攻撃を受け、シールドエネルギーと装甲を失いながら、捨て身で特攻をかける。今ここで銀の福音の攻撃を避ければ、銀の鐘から放たれた砲弾が密漁船に当たってしまう。エネルギー弾を空裂と雨月で弾き、弾道を逸らす。二つの刀で捌ききれないものは当たるが、密漁船のことを考えれば仕方がない。

猛攻を受けながらも、自分のあり方に確信を持てた箒は銀の福音に勝てると確信していた。

 

箒と銀の福音との距離が残り数mになると、銀の福音は箒の紅椿を脅威と判断したのか、この場からの離脱を試みようとする。だが、銀の福音の回避先には紅椿のビットがあり、銀の福音の行く手を阻む。砲撃を止め離脱しようと箒に背を見せた銀の福音のスラスターを箒は空裂で斬りつける。紅椿の展開装甲で片翼を切断された銀の福音は体勢を維持できず、墜落し、海に落ちた。

 

『……や…った』

 

銀の福音が海に落ちたのを確認した箒は千冬に銀の福音の撃墜成功を告げ、銀の福音の操縦者の救助を要請する。箒からの連絡を受けた千冬は教師陣にすぐさま救援ボートを出させ、救助に向かうように指示を出す。教師陣への指示を終えた千冬は箒に作戦を完遂させた礼を言う。

 

「よくやった、篠ノ之、帰還してゆっくり休め」

『ありがとうございます』

 

作戦成功の喜びに打ち震えていた箒は拳を握り喜びを露わにする。

箒の笑みを見た作戦室にいた教員や専用機持ちたちは喜びから湧き上がる。ポーカーフェイスの千冬も珍しく微笑んでいる。

 

 

 

だから、箒に迫りくる一筋の雷と一塊の猛火に、モニターを見ていた一夏以外、誰もが気づかなかった。

 

 

 

『雷速剣舞・戦姫変生』

『爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之』

 

 

 

雷は紅椿を貫き、紅椿の残っていたシールドエネルギーの大半を奪う。絶対防御を突破した高圧電流が操縦者である箒全身に流れる。生体電気を掻き乱された箒は一瞬体の制御を奪われ、彼女の意識は朦朧とする。そんな箒に間髪入れずに猛火が襲い掛かる。箒を飲み込んだ炎は海へと落下し、海面に箒を叩き付けた。箒は突然のことで一瞬混乱するが、すぐに上昇し、体勢を整え、再び襲い掛かってくる雷撃に備えて防御の姿勢を取る。

 

『ぐっ!』

 

だが、機械であるISが防御の姿勢を取ったところで、雷撃を防げるはずがなかった。

二度の高圧電流を浴びたことで、現段階で自力だけでは現状を打破できないと判断した箒は離脱を試みる。だが、音速を越えたところで、雷速の雷から逃げられるはずがない。

逃げ切れないと判断した箒はこの不可解な雷と猛火を迎撃しようとする。

 

『ふん!』

 

空裂で雷と斬り、雨月で猛火を突き破ろうとする。

二本の刀による攻撃は雷と猛火の両方に命中するが、二つとも箒の攻撃に怯むことはなかった。数秒後には再び箒に襲い掛かってくる。

 

そんな光景をモニターで見ていた千冬は銀の福音の操縦者の救援指示を取消し、訓練機で封鎖に当たっていた教師陣に箒の助成に向かうように伝えるように作戦室に居た教員に指示する。千冬の指示を受けた教師陣はすぐに封鎖を行っている教師陣と連絡を取り、箒の助成に向かうように指示を送る。

教師陣がここまで迅速に動くのには箒を襲った襲撃者の服に理由があった。雷の中心には真耶より少し若い金髪のポニーテールの女性が、猛火の中心には金髪の女性と同い年ぐらいの黒髪の女性がいた。二人ともナチスSSの軍服を着ていた。この軍服を見た者達は瞬時に、クラス代表戦で現れISを素手で殴り壊したベイを思い出した。ベイ一人であの無人機を無力化させたのだ。それが二人も居て、箒を襲撃しているのだから、事の重大さには誰でも気付けた。

 

「織斑、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ、お前たちも行けるなら、篠ノ之のところへ向かえ、だが、篠ノ之を回収すれば、すぐに離脱しろ。何があっても戦うな」

 

千冬は念を押すように5人に言う。

返事をすると5人は立ち上がり、作戦室から出て行こうとする。

だが、扉を開き作戦室から一歩外に出た瞬間、一夏は何かで殴り飛ばされ、作戦室の中に戻された。一夏を飛ばした正体はSSの軍服を着た青年だった。一夏を殴り飛ばしたのは彼の持つ漆黒の人の背丈ほどある大きな剣だろう。

突然の出来事に、その場に居た者は思わず動きを止めてしまう。

 

「悪いけど、此処から動かないでくれないかな。こちらの言うことを聞いていただけるのなら、君たちに危害は加えないと約束しよう。僕も人の腐臭は嫌いだからね」

 

千冬の頭には最悪という言葉が浮かんだ。

箒を帰還させる作戦本部を潰されては、帰投先もなければ、指揮系統がないため、箒の助成の成功条件が不明になってしまう。これでは失敗したのも同然である。それに、此処は作戦本部であると同時に、IS学園の生徒の宿泊施設でもある。此処でこの男が暴れて人質でもとられては不味い。千冬はこの最悪な現状を打破するための策を考える。

その最悪な状況下で更に最悪な言葉を千冬は聞いてしまう。

 

「創造」

 

正面に立つ青年の声で呪いの言葉が紡がれた。

 

「許許太久禍穢速佐須良比給千座置座」




「リザ、カインの改造でもしたの?」
「えぇ、今回の出撃でヴァルキュリアとレオンハルトが行くって言ったでしょ?だから、カインの中から戒君を切り離して、黒円卓の聖槍の真打を持たせたの」
「へぇ、だから、ちょっと小さくなったんだ。それと、その燃えカスとそぼろみたいなのは何?」
「あぁ、これ?…遊佐君の提案で今回の出撃をビーチバレーで決めようってなったのは知ってるよね?」
「うん」
「それで、ヴァルキュリアとレオンハルトがヴァレリアとビーチバレーを戦うことになったのよ。でも、今のヴァレリアは聖餐杯でないでしょ?だから、”あ、手が滑った”って言って二人から出された雷と炎にこんがり。後は、顔面にバレーボール受けてね。倒れて動かなくなったところ、何度も渾身のアタックで受けてね」
「此処で積年の恨み晴らされたか、でも、まぁ、自業自得だから仕方がないね」
「まあ、マレウスが治療しているから大丈夫だろうけど」

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