IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅢ

翌日、世界を揺るがす大ニュースが流れた。

ほとんどの先進国の新聞の見出しには『男のIS操縦者発見』と書かれ、日本の都市では号外が配られた。また、テレビ番組も組み直され、ほとんどがISに関連する番組であった。どこかの評論家は世界の軍事バランスが崩れ第三次世界大戦が始まると言い、どこかのオカルトマニアは世界終焉へのカウントダウンの始まりだったのだと言っている。

世間はそれほど騒いでいる。

 

そして、ある家では、家族会議が行われていた。

会議に出ているのは姉と弟の二人。彼らには両親が居ない。彼らが幼い時に、子供を置き去りに夜逃げしたのだ。故、この家の住人はこの姉弟の二人のみだ。

二人は食卓に向き合うように座り、コーヒーを片手にしている。

どこの家庭でもある家族会議の風景なのだが、内容とこの姉弟が別格であった。

なぜなら、この家の弟は先ほどの話題で世界中から最も注目されている男性の織斑一夏であり、その姉である織斑千冬は第一回モンド・グロッソ並びに第二回モンド・グロッソの覇者であり、世界で最も有名な女性だったからだ。

家族会議の話題は一夏がISを動かしたことによる今後のことだ。

 

「一夏。お前の今後だが、私としては当分の間倉持技研と契約を結んだ方が良いと思う。IS企業はセキリュティが万全だ。お前を守るには適しているだろう。それに、ISの操縦技術を身に着けるには最も適した所だと思う。と、言ってもお前の自由だ。間違いを犯さない限り、私としてはお前の意思を尊重したいのだが、お前はどう考えている?」

「IS学園は再来年の春に入学するとして、ISの操縦技術を私が身に着けるには最も適した地であろう。故に、私としても否は無い」

 

誘拐犯程度素手で撲殺するぐらいの余力を一夏は持っているが、面倒事を増やしたくないため、自分の安全の確保に対し他力を拝借することにした。そのうえ、ISの技術を学び、IS学園に入学することは自分にとって完全な未知である。

騎士団と楽員を集めるまでの暇つぶしにはなるだろうと一夏は考えていた。

千冬としても一夏がそのように考えてくれたことに対し安堵を覚えた。

というのも、一夏が此処で倉持技研に入ることを拒否すれば、一夏に監視が付く。だが、これはまだ精神的負担が軽い方だ。最悪、重要人保護プログラムにより離れ離れにさせられ、互いに連絡を取れなくなってしまう恐れがある。

だが、倉持技研が保護をすれば、一夏と連絡を取ることは出来る。

唯一の家族が一夏という千冬としては一夏を一人にしたくなかったのだ。

 

「当分の間、倉持技研の宿舎に入ることで、私の安全が確保されるとなった。となれば、此処で一つの問題が出てくる」

「問題?」

「私はこの家から当分の間離れることになるが、姉上は家事が出来るのか?」

「誰がお前を育てたと思っている。家事ぐらい私の手にかかれば、お茶の子さいさいだ。これでも私は世界最強の姉だぞ?」

「最強と家事の能力の因果関係について聞きたい。姉上の部屋には缶ビールが6本、日本酒の瓶が2本、脱いだ服が3日分も散乱しているのは何故かな?」

「缶ビールと日本酒はゴミの日待ちだ。別に放っておいているわけじゃない。服も溜まっているのではなく、溜めているのだ。一気に出した方が、洗濯機の水代と電気代の節約になるだろう」

「一か所に固まっていないが?」

「私の部屋という一か所に固まっている。って、私の家事能力などどうでも良い。」

「どうでもよくないと、私は思うのだが?」

「それに、私は来週よりドイツ軍に行く」

「ほう」

 

強引にかつ露骨に千冬は話題を変え、一方的に話し始めた。

千冬の話はこういうモノだった。

先日倉持技研はドイツのIS企業からの技術提供を受け、次世代のISの開発を始めた。一方、日本側は技術提供を受ける代わりに、千冬を一年ドイツにISの教官させに行かせることとなった。ISの研究と技術が先進国の中では若干遅れをとっている日本としても、操縦者の技術の低さが深刻な問題となっているドイツとしてもメリットのある契約だ。

 

「だから、軍の清掃員が私の部屋の清掃をしてくれる。家事が出来なくても問題はない。料理のスキルが無くとも、食堂がある。たとえ、私の家事能力が、一夏の家事能力の幾万分の一であろうと、生活維持は可能だ」

「卿が胸を張って言うことではないと私は思うのだが?」

「お前はいちいち五月蠅い」

 

織斑千冬は本気で空手チョップをするが、殴られた方の一夏はすました顔をしている。

逆に、千冬は一夏の頭が固すぎることによる痺れが襲いかかる。

 

「ふん。お前の頑丈さはどこから来ているのか、非常に気になるところだが、まあ、良い。……私は家の前のマスコミ共に話を付けてくる。お前は自分の部屋に居ろ」

 

千冬はそう言うと、一気にコーヒーを飲み、椅子から立ち上がり、スーツに着替えると、玄関から外に出て行った。一夏はそれを見送ると、千冬に言われた通り、二階の自室へと戻ることにした。

一夏はカーテンの隙間から、玄関を覗き見る。家の門の前には数十人のマスコミ関係者と思われる人が鮨詰め状態になっていた。だが、ちらほら白衣を着たものが見える。

ISの研究者ではないかと一夏は予測した。というのも、その白衣を着た者の内の一人の顔に見覚えがあったからだ。その研究者とは、今朝4時に突然アポなしで現れ、インターホンで一夏と千冬を叩き起こし『一夏を解剖させてくれ』とほざいた狂人だったからだ。

性懲りもなく、現れるその根性に一夏は感服したが、此処まで執拗に付きまとって来られると、問題がある。そのため、千冬が戻って来次第、警察に通報するつもりだ。

 

一夏は椅子に腰かけ、ISに関連する本を読もうとする。

本棚に手を伸ばした時、一夏は気が付いた。この家に自分以外の人が居ると。

普通の者ならば、不法侵入者だと騒ぐところだが、一夏はこの感じを知っている。

長らく感じたことのない気配であったが、親友の気配を一夏は間違えるはずが無かった。

 

「カールよ。久しいな」

 

直後、自室の扉が開き、一人の男性が入って来た。

初めてその男を見たものは単なる変質者か浮浪者としか思えないような恰好を男はしていた。普通の女性なら悲鳴を上げ逃げまどい、男性なら近くにある武器になりそうなものを構えるだろう。それほど、この男は気味が悪い存在だった。

だが、一夏はそんな存在を目の前にして動じることなく、椅子に座ったまま、男を見据えていた。なぜなら、その男は一夏にとって唯一無二の親友であったからだ。

 

「さすがは、獣殿。これでもそれなりに本気で気配を消しているつもりであったが、千里先さえ見通せる貴方の目を欺くことは出来なかったらしい。」

「確かに気配は消していたが、卿自身、隠れるつもりなどなかったであろう?魂の匂いが溢れ出おるよ。して、何用だ?」

「なに、貴方がISの真実に触れたと知り、こうしてグラズヘイムより馳せ参じた次第だ。説明は必要かな?」

「いらん。アレの真実を、卿が己の知識の一片を与えたものが誰であったのかを、理解したのでな」

「では、答え合わせと行きませんかな?獣殿?貴方は思慮深いが、読み違いがある。貴方の勘違いを正すのが私の役であろう」

「良いだろう。だが、そう急ぐことはあるまい。折角我が家に来たのだ。客である卿に茶の一つぐらい持ってきて来よう。そちらの椅子に座って待っているがいい」

「あの黄金の獣殿が私に茶を持ってくるとは、嘗てない未知だな」

「私もカールに茶を持ってくるなど、完全な未知だよ。そういった意味では卿の女に感謝せねばなるまいな」

 

一夏は微かに笑いながら、部屋から出て、階段を下りる。

冷蔵庫から緑茶の入ったポットを出し、グラスに冷えたお茶を注ぐ。

そして、キッチンの棚からお茶請けを見つけ、グラスと共にお盆に乗せた。

一夏の前世を知る者ならば、ほとんどの者が我が目を疑う光景だ。

ザミエルならば、主の手を汚したくないと言い、ヴァルキュリアを呼んできて、給仕をさせただろう。ベイならば、慌てふためき硬直しただろう。シュピーネならば、未知過ぎる光景から死刑執行前だと恐怖し逃走を図ったに違いない。

グラスと皿が2つずつ乗った盆を片手に一夏は自室へと戻る。

 

「カールよ。私の居ないグラズヘイムはどうだ?」

「獣殿が皆に断りなく城から降りたことにより、城の者らが狂じておるよ。マキナであろうと、今あの場に行って、無事に戻って来られるものではない。」

「ほう、そこまであの者らは狂ったか?」

「まずはザミエル。貴方が居られなくなったことで、己の渇望が満たされないと、全てを焼き払う勢いで昼夜問わず爆撃が行われているよ。貴方が城に居られない、今この時この瞬間こそが、彼女にとっての怒りの日のようだよ。次に、ベイだが、今の彼はいつ爆破してもおかしくない爆弾のようだよ。彼と目を合わせて無事だった者は居ない。すべて串刺しだよ。シュライバーは城の髑髏をサンドバックにして己の孤独感を誤魔化しているようだ。貴方を此処に送り込ませた黒幕である私が、今述べた三人のうちの誰かに見つかると、地の果てまで追いかけられそうだ。」

「そうか。だが、卿ならあの者らをあしらうことは容易かろう?」

「愚問。」

 

カール・クラフトは失笑する。

彼の魔術を持ってすれば、ベイから逃げ切ることなど、赤子の手を捻るより容易いからだ。ザミエルやシュライバーは創造を使われれば、面倒だが、逃げきれないはずがない。

 

「世間話というものもこれぐらいにして、先ほど言っていた答え合わせに移ろうではないか。私は貴方の答えが聞きたい故、問答形式で行うとしよう。」

「構わん。」

「では、初めの問いだ。ISとは如何なる物だろうか?」

「卿が私にかけた魔術であるエイヴィヒカイトと似て非なる類のモノであろう。」

「エイヴィヒカイトではなく、エイヴィヒカイトと似て非なるモノとは、どういうことだろうか?お聞かせ頂けないだろうか?」

「まず、この聖餐杯の贋作がISに共鳴した。これは初めての経験だったよ。もしやと思い、私なりにISとエイヴィヒカイトとの共通点を探してみた。そこで、思い当たったものがISの単一仕様能力だ。私が思うに、姉上の暮桜の単一仕様能力である『零落白夜』は、姉上の渇望である『己と私の絆を誰にも壊させない。』という求道によるものだと推測すれば、単一仕様能力は創造位階と類似するものだと考えられる。なぜなら、どちらも己の渇望を発端とする新たな世界法則の発現であることには変わりないからだ。また、ISを展開している時の操縦者たちの反射速度が、常時とは異なり過ぎている。聖遺物を携えた我らに迫るものがある。そこから逆算すれば、活動がISの展開に、形成が初期化ならびに最適化に、そして、創造が単一仕様能力に相当すると推測される。これが真実であれば、ISとエイヴィヒカイトは同一のものではないかと考えたわけだ。」

「なるほど。」

「だが、少々考えてみれば、この推論には幾つかの欠点がある。だが、別物というには些か類似点が多すぎる。故に、ISはエイヴィヒカイトの亜種ではないのかという推論に私は至った。」

「ほう。」

「最初の推論の大きな穴が『ISは女性にしか反応しない』ということだ。エイヴィヒカイトは聖遺物と術者との間には相性があるが、そこに男女差は無い。だが、ISの場合は術者を選んだうえに、男性相手には全く反応しない。ISがエイヴィヒカイトと同一でないという証拠だと私は考えた。」

「では、何故貴方にISが反応した?」

「その理由として、それは通信などに利用されるIS間の共鳴が関係しているのではないかと考えられる。この特性が私の聖遺物に対し、誤作動という形で共鳴し、作動した。故に、私はISを使える。無論、卿もだ。私の推論はこんなところだ。」

「さすが、獣殿。おおむね正解だ。」

「おおむねとは?足りないところがあるのか?」

「察しが良いな、獣殿。エイヴィヒカイトとISには『普通の男には反応しない。』以外にも異なる点が存在する。」

「それは?」

「エイヴィヒカイトは聖遺物が破壊されれば、内包する魂が四散し、術者は絶命する。だが、ISの核が破壊されても、術者が死ぬことはない。」

「なるほど。もしそれでISの操縦者が死ぬとすれば、スポーツとして国際的に認められるはずがないだろうな。では、何故IS操縦者は核が破壊されても死なん?」

「それは私がISの核と呼ばれているものを開発しようとした目的と関係している。」

「ほう。」

「ISの核とはエイヴィヒカイトの代替品として、私が考案したものだった。エイヴィヒカイトには聖遺物が必須であり、この世に存在する聖遺物は数少ない。故に、エイヴィヒカイトの数が限られてくる。そこで、量産が可能なエイヴィヒカイトの代替の発明ならびに研究を始めたわけだ。だが、やはり何度作っても、エイヴィヒカイトに類似するため聖遺物はそれらにとって必要となり、無くすことには至らなかった。だが、先ほども言った通り、聖遺物は絶対数が少なく、エイヴィヒカイトは一人につき一つが原則である。そこで、所有権の譲渡が可能となれば、複数の人間が扱えるため、量産化と同効果を生むのではないかと考えたわけだ。」

「なるほどな。」

「それには術者とISとの接続および切り離しを容易にできなければならない。そこで、術者が死亡してもISの核が破壊されなくするための術式を組み込んだ。その結果として、逆の『聖遺物が破壊されても術者が死なない』という事象が成立したというわけだ。だが、先ほども言ったが、女性にしか扱えないという欠陥を生んでしまい、エイヴィヒカイトの完璧な再現にはならなかった。さらに、創造の威力に関してはエイヴィヒカイトと同等の力を持っているが、流出の位階が確認されていない。故にアレはエイヴィヒカイトの代替ではなく、劣化品だよ。」

「しかし、エイヴィヒカイトがあるにも関わらず、どうして卿はエイヴィヒカイトの代替を求めたのだ?」

「アレが完璧に完成していれば、LDO48ができたはずだった。」

「……カールよ。私はな。渇望に飢えた私の爪牙足りうる騎士と楽員を求めているのだ。アイドルグループという見世物はいらんよ。」

「……獣殿、今のはほんのちょっとした……冗談だ。べつに、マルグリットを筆頭としたアイドルグループを作り、私がプロデューサーに成ろうなどとは断じて思っていない。」

「カールよ。卿には言いたいことが山のようにあるが、一つだけ言わせてくれ。卿は虚言を真実に変える力を持つ故、周りの者らには冗談が冗談として聞こえんのだ。卿の女が絡んでいると余計にな。ほどほどにしておいてくれ。」

「それは悪かった。それと、目的は今のところ話せんよ。」

 

カール・クラフトはそう言うと、茶を飲む。

縁側で日光浴をしている老人のように、一夏の眼に映ったのは此処だけの話である。

 

「だが、私としても意外だったよ。私が屑と断じた物を利用し、発展させISというパワードスーツにするとは、やはり私は良い人選を行ったようだ。」

「それほど、あの篠ノ之束という人物は面白いのか?」

「究極になればなるほど、それを説明する言葉陳腐になると私が言ったこと覚えておいでだろうか。アレもただ面白いという表現しかできないよ。それほど、彼女は逸材だ。彼女は道化の類だが、打算的だ。まるで、人であった頃の私を見ているようだよ。」

「カールがそれほど褒めるとは珍しいな。明日の天気は流星群か?」

「私自身そう思うよ。だが、マルグリットを超える女神は存在しないよ。」

「卿は変わらんな。」

「獣殿は短期間で私が劇的に変わると思っておられるのか?私がマルグリットの奴隷を止めると思っておられるのか?否!断じて否!未来永劫、輪廻の果てまで、私はマルグリットの物だよ。女神が望むのなら、私はどのようなモノも差し出そうではないか。足の裏も舐めよう。いや、舐めさせてくれ。私にご褒美をくれ。我が愛しの女神よ。」

 

カール・クラフトは椅子から立ち上がり、踊りながら、熱弁する。

一夏でなければ、カール・クラフトの鬱陶しさに耐えきれず、殴りかかっているだろう。

ヘルメス・トリスメギストス、カリオストロ、ノストラダムス、パラケルスス、クリスティアン・ローゼンクロイツ、ジェフティ等々、歴史上に数え切れないほどの多くの名をカール・クラフトは持ち、果てしなく長い時を彷徨っていた。

そのため、人を超越してしまった彼の思考に誰もついていけない。

超越した思考は常人には受け入れてもらえない。カール・クラフトが女神と言うマルグリットすら『カリオストロ超うぜぇぇ!』と罵るぐらいだ。

結果、彼の友人はラインハルト・ハイドリヒという狂人しかいない。

 

「……では、私から一つ問うても宜しいだろうか?」

「許可する。言ってみるがいい。」

「貴方は十数年前から織斑一夏として生を謳歌しているが、この十数年で、そんな貴方に真に忠誠を誓い、騎士団となりえる者は見つかっただろうか?」

「未だ見つからんよ。ベイが言っていたな、この国の人間は平和に慣れ過ぎて、飢えというものを忘れてしまっておる。魂をかけ、幾千幾万の戦場を私と共に歩もうとする者が居ない。」

「この国の風土上、それは仕方ありますまい。外敵もない。強国という後ろ盾を持てば誰でも争いごとに対し疎くなるというのが道理。故、この国で真に魂が飢えているのは貴方だけだろう。だが、二年後、貴方が入学するIS学園は貴方の飢えの一端を満たすだろう。特異な場所には特異な者らが集まるのはこの世の理だ。戦場には血に飢えた者らが、ホロコーストが行われる場には惨殺者らが、シャンバラには我々が集ったように。」

「そうだな。私は待ち遠しくて仕方がないよ。」

 

一夏は口元が緩み、歓喜が体から溢れ出る。

瞳は黄金に輝き、黒髪は黄金の髪となって逆立ち、圧倒的な威圧感が部屋の中を漂う。

その姿は若干若かったが、まごうことなき、聖槍十三騎士団黒円卓首領、黄金の獣、ラインハルト・ハイドリヒであった。

だが、常人なら呼吸さえできなくなるほどの一夏の、ラインハルト・ハイドリヒの存在感の中、カール・クラフトは涼しい顔をしていた。

 

「獣殿、嬉しいのは分りますが、些か喜び過ぎではありませんかな?髪の色が変わるほどの本気を短時間なら構いませんが、それを長時間出されては、聖餐杯の贋作が砕けてしまいます。少々控えたほうが良い。まだ十分にその体は成長しきっていない。」

「そうだな。それではこれまで積み重ねてきたものが水泡と化してしまう。だが、ISならば、この聖餐杯の贋作の補助をしてくれるのだろう?」

「おや、知っておられましたか。」

「無論。ISは操縦者の生命維持並びに回復機能が搭載されている。故に、私がISを纏っていれば、ある程度の本気を出しても、この体は砕けぬ。違うか?」

「左様。創造位階まで使用は可能だ。」

「それで十分だ。私に未知を見せてくれたこと、礼を言う。カールよ。」

「貴方からその言葉が聞けたのなら、根回しをした甲斐があったというものだ。では、最後に一つだけ。ご忠告を、我々聖槍十三騎士団は一部の者らからは世界の敵とされております。故に、行動は早急にかつ慎重になさることを心に留めておいていただきたい。」

 

カール・クラフトはそう言うと、立ち上がった。

すると、彼の輪郭がぼやけ、カール・クラフトは空間に溶け始める。

どうやら、カール・クラフトの用事は終わったらしく、此処から出ていくらしい。

数十秒後には完全にこの部屋から彼という存在が消失した。

 

「ではな、カール、卿との語らい、実に有意義だったよ。」

 

一夏はグラスを盆に載せ、一階に降りた。千冬はまだマスコミたちの相手をしているらしく、この場にはいない。湧いて出てきた友人に茶を出していたなどと、言い訳しなくて済むため、一夏は助かったと内心思った。

洗い物をし終わった一夏はISの勉強を行うために、自室へと戻る。これから、嫌でもIS業界に首を突っ込むことになるのだ。今の内に知識を詰め込んでおいて損はない。

 

その時だった。携帯が鳴り響く。

今日はどうやら私に勉強をさせない運命にあるらしい。

手に取った携帯のディスプレイには『凰鈴音』と表示されていた。

鈴から電話がかかってくることはそう珍しくない。

遊びに行こうと誘ってきたり、宿題が分からないから教えろだったり、暇つぶしの無駄話であったり、会話の内容は様々だ。だが、いつもどうしても長電話になる。

だが、鈴との長電話は嫌いではなかった。そのため、電話を拒否することは無かった。

一夏は通話ボタンを押し、耳に当てる。

 

「どうした、鈴?」

『ちょっと、声が聞きたくなって。』

 

携帯の向こうから少し曇った鈴の声が聞こえてくる。

注意深く聞かなければ、普段通りにしか聞こえないが、一夏はそれに気が付いた。

一夏はまどろっこしいことは嫌いであるため、単刀直入に聞く。

すると、鈴の声は次第に声が濁り出し、鈴は一方的に話し始めた。

 

泣きながら鈴が話した内容を要約すると、鈴の両親は離婚するらしい。

前々から、よく喧嘩をすると鈴から聞いていた。

殴り合いの喧嘩ではないが、よく口論をしていたらしい。よくある生活習慣の不一致によるものだ。そのため、大概の喧嘩の内容は他愛ないことだ。

だが、今回ばかりは違った。母親が浮気をしたうえに、借金まで作っていたらしい。

それを父親が知り、温厚なはずの父親の堪忍袋の緒が切れ、離婚となったわけだ。

 

『……嫌。一夏と…離れたくない。』

 

鈴が泣いている理由は親が離婚することではない。いずれ離婚するのではないかと思っていたことから、心の準備が出来ていたため、自然と涙は出てこなかった。

鈴が泣いている理由は一夏と離れ離れになってしまうことだった。

父親は中国人であるため、離婚となると、この国に居られなくなる。父親についていくとなると、鈴は父親と共に中国に戻ることとなってしまう。だが、その選択を取るとなると、一夏と離れ離れになってしまう。母親についていけば、此処に居られると思っていたが、母親は浮気相手のところに行くらしく、此処を離れるらしい。

そのため、どちらを選択しても、此処から離れることは回避できない。

であるなら、父親と母親のどちらを選ぶかで決めるしかない。

そして、鈴は父親を選んだ。

父親を選んだのは、単純に母親の浮気相手が嫌いだったからだ。

どうみても堅気の者ではない。そして、その男に騙されて母親が貢いでいることは目に見えて分かり、母親を説得することは不可能だと悟ったからだ。

 

『……一夏、約束して、頑張って、勉強してIS学園に絶対行くから、その時酢豚がおいしかったら、その……け』

「……。」

『け……け、けけけけっけ。』

「少し大きく深呼吸をして、心を落ち着かせよ。私には時間がある。卿が言いたいことを言いきるまで、待ってやる。」

 

一夏の携帯にゴトッと音がし、その後、スーハ―スーハ―と聞こえてくる。

どうやら、鈴は携帯をどこかに置き、深呼吸をしているようだ。

 

「鈴よ、落ち着いたか?」

『……なんとか、ありがとう。その……ね、酢豚がおいしかったら、……け…。』

「け?」

『蹴り殺してあげるから、元気にしてなさいよ!馬鹿!』

 

そう言うと、鈴は一方的に携帯の通話を切った。

本当なら、『結婚しなさい』と言うつもりの鈴だったが、直前で自分が恥ずかしくなってしまい、羞恥のあまり言いたいことが言えなくなってしまった。

だが、『け』で始まる適当な言葉が空回りしている頭では思いつかない。

そして、咄嗟に出てきた言葉がさっきの言葉だったというわけだ。だが、言いたいことが言えなかったため、電話を切った後、激しく後悔し、枕を殴っている。

 

「料理が上手かったら、私を蹴り殺すか……このような未知も興味深い。」

 

一方の一夏は鈴が何を言いたかったのか察することが出来なかった。

一夏の前世であるラインハルト・ハイドリヒは『病的な漁色家』と言われたほど非常に女癖が悪い。女癖の悪さから、軍法会議にかけられ、海軍を不名誉除隊させられた経歴を持つぐらいだ。といっても、大概は彼の容姿や性格に惹かれた女性が詰め寄られ、結果として多くの女性と関係を持ったというケースが多い。

それほど、女と関わりを持っているラインハルト・ハイドリヒだったが、彼自身は感情を直球で相手に伝える人間であるため、ツンデレの本心に全く気が付かない。忠義と己に言い聞かせて、主であるラインハルト・ハイドリヒを慕うザミエルの本心にラインハルト・ハイドリヒが気付けなかったのも、これによるものだ。

まあ、つまるところ、織斑一夏という人物に、ラインハルト・ハイドリヒという人物にツンデレという属性は鬼門であり、鈴やザミエルの一夏との相性は悪かったというわけだ。

一夏は笑いながら、電話を切り、ようやくISの勉強を始めた。

 


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