IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅩⅩⅩ:

「嫁」

 

守護者とIS学園の会談終了後、蓮とカール・クラフト、更識楯無が退場したアリーナの真ん中で、椅子から立ち上がろうとした一夏をラウラは呼ぶ。

 

「……すまなかった。どうも“ナチス”という言葉を聞くと、あまりいいイメージが無くてな…その」

「かまわん。あの時のドイツが極悪非道の冷血狂人集団であると今の世論が言うのならば、卿がそれに流されるのは仕方のないことだ。事実、選民思想の先に待つ結末など碌な物が無い。私もそう考えている」

「……そうか。何にせよ、嫁がろくでなしでないと分かって私は嬉しかった」

「さて、それはどうかな」

「……どういうことだ?」

「今に分かる」

 

一夏の言葉の直後、千冬の携帯電話に電話が掛かってきた。

千冬はその電話を取る。

 

「私だ」

『織斑先生!侵入者です!』

 

電話の向こうからは今晩IS学園の管理室に居るはずの真耶からだった。

真耶の声から千冬は焦りを感じ取った。元日本の代表候補生だった真耶の焦りぐあいから、侵入者が並みのものではないのだと千冬はすぐに感じ取った。

 

「では、今すぐアリーナに居る戦闘教員部隊をむかw」

「侵入者は男女の二人であろう?」

 

千冬と真耶の通話に一夏が割り込む。

IS学園には多くのIS関連の重要人物が居るため、外部からの侵入やテロ攻撃の対策は十分に練られている。故に、その対策を掻い潜り侵入してくるような輩が居れば、一大事であるのは明確である。普段ならば、千冬の言うとおり戦闘教員部隊が迎撃に向かうのだが、そんな連中の対応を一夏は必要ないと言った。

なぜなら、一夏はその侵入者を知っていたからだ。

 

『え?…えぇ』

「ならば、必要ない。……喜べ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。今、卿の宿願は果たされる」

 

次の瞬間、アリーナのグラウンドに入るための扉がこちらに向かって飛んできた。

アリーナで行われるISの試合で破損しないようにと重厚に作られているため、そう簡単に壊されるはずのない代物であるにも関わらずだ。

ラウラは瞬時にISを起動させ、AICで飛んできた扉を止める。

 

「Guten Abend ハイドリヒ卿」

 

白髪のSSの軍服を着た男がアリーナのグラウンドを歩きながら、一夏に挨拶をする。

その男は以前クラス代表戦に乱入し、無人ISを完膚なきまでに叩き潰したヴィルヘルム・エーレンブルグだった。

今が夜の所為か、ヴィルヘルムから溢れ出る獣性は前回とは桁違いだ。

下手に刺激すれば、襲い掛かってきそうな猛獣そのものだ。

観客席で待機していた教員部隊はISを展開し、ヴィルヘルムに銃口を向ける。

 

「Guten Abend ベイ中尉」

 

そんな獣のようなヴィルヘルムに対し、一夏はいつもと変わらない態度で答える。

何故なら、ヴァレリアやシャルロットのように首領代行という権限などが無くとも、その猛獣を力で飼いならした唯一の主こそが、織斑一夏であり、ラインハルト・ハイドリヒなのだから。

 

「もう、置いて行かないでよね。ヴィル」

 

そして、そんなベイの後を追うようにして、一人の女性が走ってアリーナに入ってきた。

その女性はどこにでもいる今どきの若者が着る私服姿をしていた。

先ほどまでこの世界の理について話していた場で、大量殺人鬼が現れた今において、彼女はあまりにも場違いだった。あまりにも彼女は日常を具現化したような空気を纏っていたからだ。そんな彼女だからこそ……綾瀬香純は“太陽”と形容されたのだろう。

 

「曾お祖父ちゃん、シャルロットちゃん、鈴ちゃんに、セシリアちゃんも、こんばんは」

「健勝そうでなによりだ。香純。どうやら、ベイとも上手くいっているようだな」

「そりゃ、もちろん♪ 天才剣道美少女高校生、綾瀬香純ちゃんに掛かれば、落とせない男は居ないんだよ♬」

「……」

「何か言ってよね! 自分で言ってて恥ずかしいだから!」

「ならば、言わなければよかろう」

 

香純がベイと上手くいっている理由は複数ある。

その理由の一つ目が香純のノリだった。彼女は幼いころから剣道をしていたため、体育会系のノリで生きてきたため、気合や根性論と言った物に慣れていた。さらに、剣道を通じて武士道精神を知っていたため、騎士道精神を持つヴィルヘルム忠義について、それなりに理解できた。

そして、最大の理由が二人の相性である。そう、創造(ヴィルヘルム)相手に、形成(香純)は勝つことが出来ないが、吸血鬼(ヴィルヘルム)は太陽(香純)を滅ぼすことが出来ない。

 

「俺を落としただぁ? ふざけんのも大概にしろよ、香純。俺がテメェを追い返さないのはな、何十回追い返してもテメェが俺の住処に押しかけ女房してくるから諦めただけでテメェに惚れるはずがねぇだろうが! ハイドリヒ卿の曾孫だからって好き放題しやがってよ! テメェが頭の湧いたパンピーだったら、ブッ殺してるところだぞ! アァン!」

「とか言いながら、アタシの味噌汁褒めるヴィルってツンデレだよね」

「言ってねよ。テメェ喧嘩売ってんのか?」

「えぇ~、『テメェら日本人ってのは、アレだな、刀とミソスープ作ることだけは上手いよな。これなら毎日飲んでも良い』って言ってたじゃん。ほらほら~、素直になった方が可愛いよ」

 

香純はヴィルヘルムの頬っぺたを指でつつく。ヴィルヘルムは鬱陶しがり、腕で香純の手を払うが、香純はヴィルヘルムの頬をつつくのをやめない。

そんな光景に一夏は少々驚いた。

普段のヴィルヘルムなら、こういった手合いに対して、速攻で形成し、串刺しにしている。にも関わらず、未だに香純はヴィルヘルムからエイヴィヒカイトによる攻撃を受けていない。これはヴィルヘルムが香純を認めているという証拠に他ならない。

 

「……ヴィルヘルム・エーレンブルグ」

 

突如、現れたヴィルヘルムに千冬は言葉を漏らした。

黒円卓の目的が単なる虐殺ではなく、この世界の理を守る物だということは理解できた。だが、黒円卓が一度も虐殺を行っていないというわけではない。特に、このヴィルヘルムの所業だけを見れば、それこそテロリストそのものであり、黄昏を守るための所業とはほど遠い。

さきほど、前代の理から今の理に変わるためには魂集めは仕方がなかったとカール・クラフトから聞かされてはいるが、先ほどから感じる獣性を考慮すれば、ヴィルヘルムがいやいや人を殺しているようなまともな人間でないことはすぐに分かる。

 

「ハイドリヒ卿の姉君、ブリュンヒルデと……あんだ、てめぇ?」

 

ヴィルヘルムはラウラを見ると、敵意を露わにする。

さきほどまで少し上機嫌だったその表情が険しくなった。

まるで、縄張りに入ってきた侵入者に対して威嚇する獣のようだった。

ヴィルヘルムが敵意を露わにしたのには理由があった。

彼の宿敵であるウォルガング・シュライバーとラウラは見た目で類似する点が多かった。

白髪の長髪、低身長、男か女か分からないような凹凸のない体型、そして、眼帯。これらの特徴がヴィルヘルムの逆鱗に触れることとなった。

軍部で育てられたラウラは敵意や殺意と言った物には敏感であったため、ヴィルヘルムの底知れないほど圧倒的な敵意を感じ取れないはずがなかった。ヴィルヘルムが千冬から聞いた通りの危険人物だということが分かり、ラウラは身構える。

 

「テメェが何もんなんかはどうでも良い。とりあえず、逝っとけ、ガキ」

 

ヴィルヘルムの腕から一本の大きな赤黒い杭が生え、ヴィルヘルムが腕を振るうと、杭はラウラへと飛んでいく。現状を把握できていなかったラウラだったが、自身が危機に瀕しているということは理解できたため、AICを起動させ、飛んでくる杭を止めようとした。

さらに、レールカノンを起動させ、反撃の準備をする。

そんなヴィルヘルムとラウラの間に香純は割って入り、ラウラへと飛んでいく杭を刀で斬った。斬られたヴィルヘルムの杭はその場に落ちる。

 

「形成――童子切安綱」

 

その刀は純白の柄巻に、鬼瓦が組み合わさったような楕円の鍔をしていた。

酒呑童子の首を斬ったとされる名刀。それが綾瀬香純の聖遺物である。

 

「何やってんのよ!ヴィル!」

 

ラウラを背にした香純はヴィルヘルムを睨む。

その姿は我が子を守るために捕食者に立ち向かう動物そのものだった。

 

「害虫駆除だ」

「害虫ってアンタね」

 

ラウラは困惑した。

自分の前に背を向けて立つ女性にラウラは身に覚えがあった。先日臨海学校用の水着を買いに行ったときに自分に真摯にアドバイスしてくれた店員が彼女だったからだ。

更に、その女性が先月部下と共に戦った相手ロート・シュピーネと類似する力を使った。これまでの体験と先ほどの会談の話を総合させると、エイヴィヒカイトと呼ばれるこの力は黄昏の女神の守護者しか持っていないらしい。では、何故、この女性は持っている?

しかも、自分を守ってくれたこの女性は“香純”とヴィルヘルムに呼ばれていた。もしかして目の前に居る女性が母親なのではないかとラウラは期待すると同時に、その女性が一夏の事を“曾お祖父ちゃん”と呼んだことに困惑してしまう。

だが、香純が口にした言葉を聞いたラウラは更に驚くこととなる。

 

「離れ離れだった三人が初めて会う感動のシーンなんだから、娘を抱きしめるのが親の役目でしょうが! なんでジャンル違いのトチ狂った血祭パーティーなシーンにしようとしてんのよ! 馬鹿!」

 

…娘?…親?…今私に攻撃してきた男と私を守ってくれた女が私の親?

ロート・シュピーネが言っていた彼だけの彼の為の黒円卓。それを生み出すことが白い一角獣機関の目的だった。それに、自分とヴィルヘルムは見た目で類似している点が多い。故に、黒円卓に名を連ねる者達が素体になっていてもおかしくはないし、ヴィルヘルムが親だと聞かされても納得できた。だが、何故、親である彼が私に手を上げるのか、ラウラはそれが分からなかった。ラウラはヴィルヘルムや香純に聞きたいことがあり過ぎて、何を言おうかと悩み、言葉が詰まってしまう。

 

「そんなものは知らねぇな、香純。俺はな、気に食わねぇなら、たとえそれが仲間だろうが、兄弟だろうが、親だろうが殺す。俺はずっとそうして生きてきた。そんな俺の前にあの野郎のパクリが現れた。だったら、駆逐するのが当たり前だろうが」

 

再び、ヴィルヘルムの体中から数本の杭が現れる。

ヴィルヘルムはキレながら、笑っていた。

何故なら、退屈で死にそうだった自分の目の前には玩具(獲物)が居る。しかも、その獲物の片方は敬愛するハイドリヒ卿の血を受けたエイヴィヒカイトの術者であり、もう一人はシュピーネを倒したISの操縦者だ。彼が上機嫌にならないはずがない。

 

「あぁ、もう! シャルロットちゃんの言うとおりになっちゃったじゃない」

 

シャルロットは一夏の命令通り、ヴィルヘルムの性格の矯正をしようとした。

だが、ヒャッハー中尉はどう矯正しようとしても、彼の根底にあるシュライバー卿に対する敵意と喧嘩っ早さは消えなかった。

結果、打つ手なしと分かったため、策を弄することなく二人を会わせてみることとなったのだが、やはり親子喧嘩は避けられないとシャルロットは予測していた。

 

「……ラウラちゃん、後で全部教えてあげるから、今はお父さんぶっ飛ばすよ」

 

香純は童子切安綱を構え、ラウラはAICを起動させ何時でも作動できるようにする。

また観客席に居た教員もラウラを取り巻く事情を知らないし、理解していなかったが、ヴィルヘルムがラウラに牙を向こうとしていることだけは理解できた。ヴィルヘルムの強さを知っているIS学園の教員は、IS学園の生徒であるラウラを守ろうと、ヴィルヘルムに向けて援護射撃をしようとする。

 

だが、彼女らは援護射撃することができなかった。

なぜなら、観客席に居た教員の元に、ある物が飛んできたからだ。

それは大きさ15cmほどの成形炸薬弾頭だった。IS学園の教員たちは飛んできた弾頭を、ある教員は撃ち落とし、別の教員は回避した。

 

「IS学園の教員たちよ、これは私の家庭の問題だ。卿等の出る幕ではない」

 

一夏の周りには数機のパンツァーファウストが展開されていた。

IS学園の教員たちはハイドリヒ化した一夏から出る威圧感に気圧されてしまう。誰もが一夏とヴィルヘルムを止められない中、千冬が一歩前に出た。

 

「だったら、私は介入しても問題は無いな。私はラインハルト・ハイドリヒの縁者ではないが、織斑一夏の姉だ。お前の家庭環境に口出しする権利ぐらいはあるはずだ」

「なるほど。ならば、好きにしてみるがよい。……もとより、私が何と言おうと卿は卿の好きにするつもりだったのだろう?」

 

千冬は一夏の返事を聞くと、右手首に左手を重ね、目を閉じた。

次の瞬間、右手首は淡い白い光を放ちだした。光り出した時は小さく弱い光だったが、それは瞬く間に極光となった。その光が収束した時、千冬はISを纏っていた。

 

純白。それが千冬の纏ったISに対する誰もが抱いた感想だった。

巨大な雲のような圧倒的な存在感を放ち、雪山の吹雪のような荒々しく、刀の反射光のように鋭く、真珠のように美しく、儚い霧のように幻想的であった。

何者にも染まらない。何色にも染め上げることが出来ない。

それを表した穢れも汚れを知らない完全無欠の白だった。

 

「白騎士?」

 

純白のISを纏った千冬に対し、ラウラは言葉を溢した。

 

「いや、これは第三世代型IS、白式だ」

 

本来、これは一夏の専用機になる予定だった。

だが、開発が遅れ、一夏のIS学園の入学に間に合わなかったため、白式の使い手に十分な力量を持った者が現れるまで、一時的に千冬の専用機となっていた。

 

「そういうわけだ。ヴィルヘルム、私が貴様の相手をさせてもらう。異議は認めん」

 

ISを展開した千冬は白式の唯一の武器である雪片弐型をヴィルヘルムに向ける。

 

「IS学園教員、織斑千冬、ブリュンヒルデ。それが私の名前だ」

「はっ、フハハハハハ!クハハハ、ヒャーッハッハッハッハッハッハッハ!さすがは、ブリュンヒルデ、戦の作法を弁えてやがる。良いぜ、良い気分だぜ」

 

その直後、ヴィルヘルムの目の色が変わった。

 

「……日の光は要らねぇ」

 

ならば夜こそ我が世界

 

「俺の血が汚ねえなら」

 

無限に入れ替えて、新生し続けるものになりたい

 

「この、薔薇の夜が無敵であるため」

 

愛しい恋人よ………枯れ落ちろ

 

「それが俺の創造(渇望)だ。………死森の薔薇騎士」

 

アリーナの上空に浮かぶ半月は欠けた半身を手に入れて満ちていく。

やがて月は半月から満月となり、まるで血溜のように紅く、赤く、朱く染まっていった。

不可解な現象に観客席に居た教員たちは、夢を見ているのかと我が目を疑った。それと同時に、まるで全速力で長距離を疾走した直後のような息苦しさが襲い掛かってきた。そして、その息苦しさは自覚すればするほど、時間が経てば経つほど重くなっていく。ISのシールドは作動しているのかと思ったある教員はシールドに関するウィンドウを開き確認すると、ISのシールドエネルギーの残量が減少していることに気が付いた。

教員たちはこの不可解な現象の原因がヴィルヘルムにあると考えた。だが、ヴィルヘルムに手を出そうにも、一夏に邪魔をされる。だが、このまま黙って見ていては、ISのシールドエネルギーは無くなり、この息苦しさが直に自分に掛かってくる。

そこで、教員たちはアリーナから離脱し始めた。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ、串刺し公(カズィクル・ベイ)。俺の相手はブリュンヒルデ、テメェだけじゃねぇ、俺に刃向かう全員だ。香純にクソガキ、テメェらも名乗れよ」

「聖槍十三騎士団黒円卓第六位補佐、綾瀬香純、ゾーネンキント。アタシ達が勝ったら、言うこと聞いてもらうわよ、ヴィル!」

「IS学園ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「俺が勝ったら、テメェをグチャグチャのトマトにしてやらぁ!」

 

ヴィルヘルムは体中から杭を放った。

千冬は杭を雪片弐型で弾きながらヴィルヘルムに接近する。香純はその場で立ったままでは、ヴィルヘルムの放つ杭をすべて対処しきれないため、ゆっくり後退しながら、杭を弾いて行く。ラウラはAICで全ての杭を止めることで対処すると同時にレールカノンによる砲撃をヴィルヘルムに浴びせようとするが、嵐のように降りかかってくる杭の対処のためにAICに集中し、レールカノンの操作が片手間になりヴィルヘルムに照準を合わせることが出来ない。

そして、一夏は打鉄の黎明を部分展開で呼び出し、自分に向かって降り注いできた杭を弾き、シャルロットはセシリアと鈴の前に立ち、ガーデン・カーテンを展開し杭を防ぎ、箒は紅椿を展開し、雨月と空裂で杭を弾く。

ヴィルヘルムは周りが見えなくなるほど、この戦いに集中していた。故に、黒円卓の首領である一夏や首領代行のシャルロット、同僚の鈴やセシリアを巻き込んでいる。だが、ヴィルヘルムは一夏たちに対して申し訳ない気持ちは微塵もなかった。なぜなら、この程度で一夏が倒れるとは思っていなかったし、一夏がこの程度の攻撃を黒円卓への不忠の証と自分に罰を下すはずがないと知っていたからである。そして、この程度の攻撃でシャルロットたちがくたばる様だったら、所詮そいつ等はその程度だったと鼻で笑うつもりだった。

 

「二人とも大丈夫?」

「うん、シャルロットのおかげで、セシリアは?」

「えぇ、私も大丈夫ですわ。それより……ここは危険すぎますわ。早く離脱をしなければ」

「離脱は許可するが、ベイと姉上・香純・ラウラの戦いは見届けろ」

「どうして?」

「まあ、見ておけ」

 

一夏は打鉄を完全に展開すると、アリーナの観客席へと向かった。

シャルロット、鈴、セシリアは観客席を通り、アリーナから離脱し、ISの望遠機能でヴィルヘルムと千冬・香純・ラウラの戦いを見ていた。

 

三対一の戦いは乱戦のようにならなかった。

何故なら、ヴィルヘルムの杭の雨を完全に対処しきっていたのは千冬だけだったからだ。香純は相変わらず押されている。彼女の聖遺物に内包されている魂の量が少ないため、身体能力があまり向上していない。故に、ヴィルヘルムの杭の雨に苦戦していた。

 

だから、足元にあった石に香純は気づけなかった。

香純は石を踏み外し、仰向けに倒れた。すぐに起き上がろうとするが、目の前にはヴィルヘルムから放たれた杭が迫ってきた。

 

そんな香純を見たラウラはスラスターを全開にし、香純に飛びつき、杭から守り、盾となる。数発の杭を受けながら、ラウラは立ち上がると、AICを起動させ、その後にヴィルヘルムの杭を止める。

 

「ラウラちゃん」

「無事か? その…えっと……無事か」

「ありがとう。ラウラちゃんのおかげでね。ごめんね。ラウラちゃんを守るつもりだったのに、助けられちゃって」

「う…あ、貴方が無事なら、それで…良い」

「ごめんね、ラウラちゃん、本当は貴方と一緒に戦ってヴィルに勝って、貴女を認めさせたかったけど、アタシじゃ足を引っ張って……」

「どうして、そこまで、ヴィルヘルムを?」

「ヴィルだけじゃないよ。アタシが助けたいのは黒円卓の皆」

 

黒円卓には報われない人生を送った者は多かった。

ヴィルヘルムは近親相姦によって産まれたため忌子として父から虐待を受けた。シュライバーは両親の求めた性を受けることが出来ず、両親から虐待を受け、片目を失った。シャルロットは父親から都合の良い道具扱いを受けた。セシリアは幼い時に事故によって両親と死別し一人で両親が残してくれたものを守ろうと戦ってきた。

他にも、黒円卓に席を置く者の多くは暗い過去を持っている。故に、彼らは何かを求め、永劫戦い続けることをラインハルトに誓った。だから、ラインハルトは相手を壊し勝利することが愛だと言っているが、黒円卓の全員がそう思っているわけではない。

そんな昔の黒円卓や今の黒円卓を香純は見て思ったことがあった。ラインハルトの圧倒的な強さに感化された新旧の黒円卓は勝利だけを見ていて、勝利の先を忘れてしまっているのではないのかと。

想いが届いてしまったら、その先は?

手に入れたいものを手に入れてしまったら、その先は?

誰かに愛されてしまったのなら、その先は?

普通の幸せを手に入れてしまったら、その先は?

自分に害をなす者が居なくなってしまったら、その先は?

全霊の境地に辿り着き、勝利を掴み取ったのなら、その先は?

もし、そうなのだとしたら、あまりにも黒円卓は哀れだ。

 

「だから、皆が勝利の先を忘れないように、アタシが皆に日常を与えたい。それがアタシの願い(渇望)なんだから。まずは、ヴィルに血の繋がった優しい家族というものを手に入れてほしい」

 

香純は体に鞭を打ち、力を振り絞って立ち上がり、童子切安綱を構える。

だが、満身創痍の香純は刀を持つ手が震えており、戦えるような状態ではなかった。

 

「貴女は……私の日常にもなってくれるのか?」

「もちろん。だって……家族じゃない」

 

ラウラの瞳から一筋の涙が零れた。

彼女の流した涙はほんの数滴だったが、ラウラは母性というものが尊いものだと知った。

温かく、優しい。そして、自分に力を与えてくれる。本当に母とは太陽のようだ。

 

「…は…母よ、私は貴女の想いに答えたい」

 

ラウラは恥ずかしそうにその言葉を吐いた。前に一度しか会ったことのない女性に、人生で初めてその言葉を言うのは、彼女にとって一世一代の大きな出来事だった。

一方の香純は、腹を痛めて産んだわけではないが、血の繋がった娘に、“母”と呼んでもらえた喜びに打ち震えていた。あぁ、アタシはこの子のためならば頑張れる。

絶対にこの子に優しい家庭を与えたい。

 

「だから、後は私に任せて、ゆっくり休んでいてください」

 

ラウラは香純の首に手刀を叩き込み、香純を気絶させる。

気を失った香純を抱えると、AICでヴィルヘルムの杭を止めながら、急上昇し、ヴィルヘルムの死森の薔薇騎士の結界の外へと出る。そして、索敵機能でセシリアを見つけると、セシリアの方へと飛んで行った。

 

「セシリア、すまないが、少しの間、母を預かってくれ」

 

ラウラは一方的に香純をセシリアに押し付けると、急降下し、ヴィルヘルムと千冬が戦っている場所へと向かう。急降下中にもヴィルヘルムの体から杭が飛んでくるため、AICで杭を止める。

 

死森の薔薇騎士の結界の中に入ったラウラは戦況を見極める。

ヴィルヘルムの杭の雨脚は強くなっている。にもかかわらず、いまだにヴィルヘルムの攻撃は千冬には一度も当たっていない。すべて千冬が雪片弐型で弾くか、回避しているからである。千冬がヴィルヘルムの攻撃をすべて対処できたのは、彼女が白騎士事件時に大量のミサイルと砲撃に対処した経験があったからだ。

死森の薔薇騎士の能力によりISのシールドエネルギーは奪われてはいるが、確実に千冬はヴィルヘルムの攻撃の法則性の一端を理解し始めたのか回避行動の最適化が進んでいる。その結果、ヴィルヘルムとの距離を確実に縮めていた。今受けているダメージの量で言えば、千冬の方が大きいが、戦いの流れは確実に千冬に向いてきている。故に、総合的に判断するならば、千冬が押しているといえるとラウラは判断した。

 

「面白れぇ。ならこれはどうだ!」

 

ヴィルヘルムが笑うと、アリーナ全体から元のアリーナの全体像が見えなくなるほどの数のヴィルヘルムの杭が生えてきた。どれも禍々しく、たとえISを装備していたとしても当たれば、無傷では済まないほどの必殺の杭だった。

そして、そんな必殺の杭が千冬とラウラに向かって発射された。

 

ラウラはAICを全方向に向けて作動させる。だが、全方向から来る攻撃を完全にめることは不可能であるため、ワイヤーブレイドでAICの効果が薄い部分をカバーする。

そんな上下左右前後から襲い掛かってくる杭だったが、先ほどに比べて、ラウラに襲い掛かる杭の数は少ない。ヴィルヘルムの今の目標は千冬であるため、ヴィルヘルムは攻撃を千冬に集中させていた。その結果、ラウラには流れ弾程度しか来なかったからだ。

 

これを好機と考えたラウラはある程度のダメージを覚悟し、AICにかける集中力を削ぎ、ワイヤーブレイドで防御しながら、ヴィルヘルムへ砲撃するために照準を合わせることに集中しようとする。だが、ヴィルヘルムの杭による攻撃は激しく、杭を喰らった時の衝撃でISが揺れてしまい、なかなか照準が正確に合わない。ラウラは照準が正確に合う時まで待とうと考えたが、ISのシールドエネルギーの残量を見て、考えを改めた。このまま、照準が正確に合うのを待っていては何時になるか分からない。もし、照準が正確に合うのが大分先の話ならば、それまでにシールドエネルギーの残量が底を尽きてしまう。

 

「一か八か!」

 

そこで、ラウラが取った作戦は“下手な鉄砲数撃ちゃ当たる”だった。

威力は落ちるが、連続で放てば少なくとも一発はヴィルヘルムの近くに着弾するはずだ。

そして、ラウラの予測通り、放った三発のレールカノンの一発がヴィルヘルムの近辺に着弾した。ヴィルヘルムの近くに着弾するまでにアリーナ中から発射された杭に衝突したため威力は落ちていたが、一瞬だけヴィルヘルムの意識を千冬から逸らすことに成功した。

一瞬だったが、この一瞬は千冬にとって大きかった。

ラウラの砲撃で砂埃が舞い上がったことにより、視界を奪われたヴィルヘルムは砂煙の中から脱出し、攻撃を再開しようとする。そのため、この一瞬の間だけヴィルヘルムの攻撃が止んだ。

この攻撃が止んだ一瞬の間に、千冬は連続瞬時加速でヴィルヘルムとの距離を一気に詰める。折角教え子が作ってくれたチャンスを無駄にしたくない。

 

「零落白夜発動」

 

嘗ての自分の専用機暮桜と同じ、白式の単一仕様能力を発動させる。

雪片弐型は形を変え、エネルギーの刃を形成する。相手のエネルギー兵器による攻撃を無効化したり、シールドバリアーを斬り裂いて相手のシールドエネルギーに直接ダメージを与えられるなど非常に高い攻撃能力を有している。一方で、自身のシールドエネルギーを消費して稼動するため、使用するほど自身も危機に陥ってしまう諸刃の剣でもある。だが、このチャンスをものにし、確実に仕留めると考えていたため、万が一避けられた後のことやヴィルヘルムのカウンターは考えていない。

 

そして、最後の瞬時加速を行ったコンマ数秒後、ヴィルヘルムの右胸筋に雪片弐型のエネルギー刃が深々と刺さり、貫通した刃先がヴィルヘルムの背中から姿を現す。

 

「くそがぁ!!」

 

ヴィルヘルムは口から血を吐きながら、吠える。

千冬の攻撃は相手に重傷を負わせるには充分だったが、ヴィルヘルムを止めるには不十分だった。ヴィルヘルムはこの程度で終われるかと、この程度で負けていられるかと反撃を試みる。左腕から杭を生やし、千冬の側頭部目掛けてフックを叩き込もうとする。

だが、ヴィルヘルムの左拳と杭は千冬に届かなかった。

先ほどのヴィルヘルムの杭の雨が止まったことで、ラウラはヴィルヘルムにレールカノンの照準を正確に合わせることが出来たのでレールカノンを放った。ラウラの放った砲弾はヴィルヘルムの左腕に着弾し、吹き飛ばしたからだ。

攻撃しようとした腕がなければ、当たらないのは当たり前だ。

 

腕を失ったヴィルヘルムは体中から杭を生やし、放とうとする。

だが、ヴィルヘルムの目を見て、戦意が消えていないことを知った千冬は雪片弐型をヴィルヘルムから引き抜き、ヴィルヘルムを蹴とばした。蹴り飛ばされたヴィルヘルムは大量の血をまき散らしながら吹き飛び、アリーナの壁に衝突した。ヴィルヘルムが衝突した白い壁ヴィルヘルムの血によって赤く染め上げられた。致死量を超える失血により、常人ならば死んでもおかしくないほどの深手だった。だが、ハイドリヒ以外の人間に負けるはずがないと信じてやまない黒円卓の第四位であるこの男がそれでも倒れることはなかった。

 

「クハ、フッハ、ヒヒヒ・・・ヒーッハッハッハッハッハッハ!」

 

ヴィルヘルムは右胸と左腕、口から血を溢しながら、高らかに笑う。

 

「平和ボケしたこの温い時代に、相手の命を奪う度胸のある奴がいるとはな。あー、良いぜ。認めてやるよ。テメェらは強いな。織斑千冬、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「ほう、負けたにも関わらず、よくそんなことが言えたもんだな。ヴィルヘルム」

「あぁん?俺が負けただ?寝言は寝てから言えよ」

 

ヴィルヘルムは再び両腕から杭を生やす。

この光景に千冬とラウラは驚いた。レールカノンの砲撃によって間違いなく吹き飛んだはずの左腕が無傷の状態であったからだ。このような驚くべき現象は左腕だけではなかった。貫かれたはずの右胸筋も傷口が塞がっている。更に、口から血は垂れていない。

この時になって、ヴィルヘルムの創造である死森の薔薇騎士の能力が吸収であることを二人は初めて理解した。

 

「だが、今回は俺の負けで良い。ラウラ・ボーデヴィッヒも殺さないでおいてやる。まあ、本気を出していなかったってのもあるが、……ブリュンヒルデ」

 

そう言って、ヴィルヘルムは紅椿を纏い、呼吸が早くなった箒を指さした。

 

「テメェがアレを庇っていたから本気じゃなかったのは分かってる。これじゃ、対等な真剣勝負とはいえねぇ。次やるときはサシの枷無しでやらせてもらう。だから、今回の勝ちはテメェらで良い」

 

ヴィルヘルムは死森の薔薇騎士と形成を解いた。




一方、その頃、黄昏の浜辺

「おう、帰ったか、蓮。蛇と獣様との話し合いは収穫があったか?」
「あぁ、あの糞ニートから色々聞けたし、ラインハルトから有難いものを貰ったおかげさまで今後の俺たちの方針もある程度決まった」
「あぁん?あの獣様が、プレゼントだ?」
「これだ」
「うわぁー、これどうすんの?」
「それをどうにする方法もある程度決まった」
「へぇ、聞かせてくれよ。この二億五千万、どうやって捻出するんだ?」
「それは―――」
「何とも、変な所で真面目なお前らしいな。俺としては賛成だ。だが、―――ってのはどうだ?」
「おい、司狼、それは」
「いや、元々二億五千万とかお前が言った方法じゃ、キツイから効率的に金を稼ぐ方法をアドバイスしてやってんだぜ?」
「……」
「だから、なあ、蓮、大丈夫さ。きっと全部上手くいく。信じてみろよ。楽勝だぜ。俺は何時だってお前の先を行ってたろ?」

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