IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅩⅩⅩⅢ:

IS学園の夏休みが始まって一週間が経とうとした日の朝。

袴姿でランニングをする一人の女生徒が居た。

篠ノ之箒である。

一時間近く走っているのか、汗まみれで呼吸も速い。常人ならば、疲労で倒れているほどだ。にも関わらず、彼女が倒れないのは彼女自身がエイヴィヒカイトだからである。だが、保有する魂の数が少ないため、汗はかくし、呼吸も速くなるが、体が動けなくなるような事態にはならない。疲労で倒れない自分に箒は苛立ちを感じる。

倒れてしまえば何も考えなくて良いと彼女は思っていたからだ。

 

「だが、所詮それは現実逃避だな」

 

自分の中に湧いて出た苛立ちを振り払い、鍛錬に励む。それでも鍛錬に身が入らない。カール・クラフトの言葉が頭の中で響くせいで、彼女は自分の在り方が分からなり、自分が鍛錬する理由を見失ってしまっていたからだ。

だが、かといって、何処かで籠っていては嫌な考えしか頭に思い浮かばない。

だから、箒は鍛錬に励むしかなかった。

 

「此処は?」

 

箒は気が付けば、森の中に居た。初めて見る光景に箒は戸惑いを隠せなかった。

だが、IS学園の地図を思い出した箒は此処がIS学園内にある教会の周りにある森だということに気が付いた。IS学園には様々な国から学生が来る。そのため、その学生が信仰する宗教に合わせ、教会やモスクや寺がIS学園の敷地内に建てられている。だが、教会とモスクや寺がパッと見で隣り合っていては景観を損ねてしまうため不味いと考え、森の中にこれらの宗教関連の施設を建てた。

箒は自分の救いがどこかの教えにないのかと思い、試しに覗いてみることにした。それに、篠ノ之神社の巫女の経験のある箒としては他の宗教の施設がどのようになっているのか興味があり、是非とも見学してみたいと考えた。十m先にあった道標を見て近くの宗教関連の施設を回っていく。

 

モスクで六信五行を教わり、寺では説法を聞かされた。宣教師たちは一生懸命に説明してくれるのだが、どれも箒の中では腑に落ちなかった。というのも、彼女が多神教である神道を信仰しているため、一神教の宗教の教えに対し拒絶はないが、想像しにくいらしい。

 

宣教師たちが必死に箒に教えを説明するのには理由があった。

海外から来る生徒はIS学園に入学するために日本に来ると、多神教の日本人に感化され、宗教の観念が変わってしまうらしく、戒律を疎かにしてしまいがちになる傾向にあるらしい。おかげで、トンカツや豚骨ラーメンや梅酒が大好きなムスリムや、クリスマスを楽しむ仏教徒や、初詣をするキリスト教徒が大量に生産されてしまう。

そのせいか、日本が宗教の治外法権が認められる唯一の国と他国から言われているし、『ここが日本だから』という言葉が免罪符になるらしい。

信仰心の深い教徒が減ってしまい、宣教師たちの仕事が無くなってしまったらしい。そのため、教徒を増やそうと足を運んでくれた人に対し、必死に教えを解くらしい。

 

そして、最後の教会へと足を運んだ。

 

箒が見た教会は寂れており、蔦が建物を這っている。

教会の周りも高い草が生えており、あまり手入れされていないのが分かる。

もしかして、この教会には神父が居ないのかと箒は思ったが、教会内部を隈なく見て回ったわけではないため、無人である証拠がない。教会内部が無人であるかどうか確かめるために、教会の重い木の扉を押し開ける。

 

「おや、こんなところに生徒が来るとは珍しいですね」

 

教会の奥から枯れた声が聞こえてきた。

声の主はカソックを着ていることから、箒はこの教会の神父と判断した。神父は初老の細身の男で、くせ毛の茶髪と目の下のクマが印象的だった。

 

「すみません。この教会に着任して日が浅いものですから、整理ができていないため、今掃除中でして、大変お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」

「いえ、お気になさらないでください」

「そうですか。ありがとうございます。ところで、当教会にはどういったご用件で?」

「いや、近くを走っていたら、たまたま森に着いてしまったので、一度キリスト教の教義を聞いてみたく思い立ち寄りました」

「そうですか。では、お一つお聞きしてもよろしいですか?」

「何でしょう?」

「何故、キリスト教の教義を聞いてみたいと?」

「私は神社の娘でして、宗教というものに少し興味がありまして…」

「いや、違いますね」

 

神父は箒の言葉を否定する。突然自分の言葉を否定された箒は驚きのあまり言葉を失った。

険しい顔をした神父は続ける。

 

「貴方は何かに悩み、ご自身の救いの切欠が己の知らない教えにないかと思い、此処に来た。違いますか?」

「どうしてそうだと?」

「私は仮にも神父です。懺悔に来る信仰者の顔ぐらい熟知していますよ」

「……。貴方の言うとおり、私は悩みがあります。聞いてくれますか?」

「構いませんよ。神を信じる者に救いの手を差し伸べる。それが我々聖職者の職務なのですから」

 

ニッコリと笑みを神父は笑みを浮かべる。

それから、箒は自分が抱えている悩みを神父に話した。聖槍十三騎士団や夜都賀波岐の部分を話しても信じてもらえないと思ったので、一部を歪曲し、矛盾が無いように話す。

自分の運命は決まっており、ある物を壊す存在を成長させるための存在であり、それ以外のモノになることができないとある人から言われた。自分はそんなはずはないと否定したのだが、その人物の言葉が重く圧し掛かている。

 

「なるほど。ならば、答えは簡単です」

 

神父は笑顔でそう言った。

 

「貴方は姉を“ある日に起きる出来事”の為に成長させる駒だとその人に言われたのでしょう?ならば、その“ある日”の先の貴方は、貴方の姉やその人とは関係が無いはずだ。貴方は“ある日”の先を手に入れるために努力すればいい」

 

カール・クラフトからは怒りのクリスマスを壮大なモノにさせるために産まれた篠ノ之束の成長因子だと言われた。そして、それ以上の存在にもそれ以下の存在にもなれないとも。

ならば、その怒りのクリスマスを超えた先に自分が存在したとするならば、それは篠ノ之束の成長因子を超えた何者かになった証とは言えないだろうか?だとするならば、自分自身がカール・クラフトの駒にしかなれないという言葉の否定が出来る。

 

「なるほど。ありがとうございます、神父殿。また相談事があったら来ても構いませんか?」

「えぇ。悩める若人に助言するのは老人の義務だ。また何か会ったらこの寂れた教会に来てください。私はいつでもお待ちしております。それと、殿というのは慣れないので無しにしていただけると助かります」

「では、お名前を窺っても宜しいですか?」

「ヴァレリア・トリファと申します」

「トリファ神父、貴方の言葉を聞いて救われました。お礼として、この教会の清掃の手伝いをしたいのですが、構いませんか?」

「それは助かります。では、礼拝場の掃除をお願いしても構いませんか?」

 

こうして、箒はヴァレリアと教会の掃除を始める。

先日までこの教会には年老いた神父が居たらしい。だが、この年老いた神父は体力がかなり落ちていたため、礼拝堂の簡単な掃除は出来ても、隅々まで丁寧にすることができなかったらしい。そんな年老いた神父は今年の三月に死ぬ前に祖国に帰りたいと退職した。だが、なかなか後任が見つからなかったため、三か月近くこの教会は無人となっていた。おかげで、礼拝堂は所々に埃が溜まっており、外は雑草が生い茂っている状態となっていた。

ヴァレリアはこの状態を改善するために朝からずっと掃除をしていたらしい。

 

一時間ほど箒はヴァレリアと掃除をした結果、礼拝場は綺麗になった。このまま箒は外の草引きもやるとヴァレリアに言ったが、そこまでしてもらうのは悪いと言いやんわり断った。そして、箒が教会から出ていこうとした時だった。

 

「神父さん、入るぞ」

 

突如、教会の扉が開き、中に白いサマーマフラーを巻いた黒髪の青年が入ってきた。

青年の方は予想外の人物が居ることに少々驚き、ヴァレリアは会ってはならない二人が会ってしまったかと焦っている。そして、箒は目の前に立つ青年に対し、敵意を露わにし、いつでもISを展開できるように構えた。

 

何故なら、その青年は夜都賀波岐の主柱、藤井蓮だったからだ。

夜都賀波岐や黒円卓などの守護者の事情は分かったが、勝手に巻き込まれ命を狙われた箒からすれば、憎悪の対象になってしまうのは仕方がない。殺されかけたのだから、和解したからといって、そんな簡単に割り切り、気持ちを切り替えることなどできるはずがない。

 

「トリファ神父、貴方も夜都賀波岐なのか?」

「えぇ」

「……私を騙したのか?」

「騙したとは人聞きが悪い。聞かれなかったので、答えなかっただけですよ」

「だったら、さっきの私の問いにはお前たちに都合の良いように答えたのか?」

「いいえ、あの答えは間違いなく私個人としての応答で、夜都賀波岐や黒円卓とは関係ない」

「その言葉を信じろと?」

「私は貴方の気持ちが分かるので、親身に答えたのですよ。ですから、信じてもらいたい」

「気持ちが分かる? 軽々しくそんなことが言えたものだな」

「えぇ。では、私の身の上話でも少ししましょうか」

 

ヴァレリアは黒円卓に所属していた頃の話をした。

彼は黒円卓の双首領の恐ろしさを知り、黒円卓から逃げたことがあった。だが、ヴァレリアが逃げた先にハイドリヒ卿と近衛の三騎士が現れ、黒円卓の白騎士に当時劣等と迫害されていた子供を十人殺すように命令した。ヴァレリアは黒円卓に戻り首領代行となり、黄金錬成をもってして白騎士によって殺された子供をグラズヘイムから救おうとする。

だが、ヴァレリアの企みは三騎士に見破られ、黒騎士によって幕引きとなり、グラズヘイムへと落ちて行った。

 

「つまり、私は藤井さんのところに行くまで、ハイドリヒ卿の駒だったのですよ。黒円卓に抗おうとすればするほど私の近しい人は死んでいき、私は己の目的から遠ざかっていき、ハイドリヒ卿に利用され、償わなければならない罪を償えない」

「……」

「だから、私は副首領閣下の駒と言われた貴方に共感を覚えた。そして、同時に、私と同じように踊らされている貴方を見たくない。かつての私を見せられているようで心苦しい。そう思いましたよ」

 

私は永劫この罪を償い続けることを受け入れたが、この苦行を他の誰かが味わっているのを見ているのは辛すぎる。ヴァレリアはそう付け加えた。

悲愴感漂うヴァレリアを見た箒は彼が歩んだ重い人生の一端を垣間見た気がした。

 

「トリファ神父、貴方の忠告心に留めておきます」

「貴方が駒でないということが証明されることを私は祈っていますよ」

 

箒の言葉を聞いたヴァレリアは少し嬉しそうな表情を浮かべていた。

彼の穏やかな表情を目にした箒は少し夜都賀波岐に対する印象が良くなった。といっても、この程度で完全に気を許すほどになったわけではない。

 

箒は教会から出ていこうとする。

ヴァレリアからの助言を受けたため、此処にもう用事はないと判断したからだ。それに、藤井蓮という無愛想な自分と似た男の顔を見ているのはあまり好きになれない。

蓮の横を通り過ぎ、教会の扉の取っ手に手を掛けた時だった。

ヴァレリアは箒を呼び止めた。

 

「篠ノ之箒さん、藤井さんに鍛えてもらいなさい」

 

ヴァレリアの提案に箒は驚いた。

ヴァレリアが言うには、これまで数回座が変わるときに覇道神が衝突したことがあったが、今年のクリスマスに起こる覇道神の衝突はこれまでのものとは比べ物にならないほどの最大のものになるらしい。二人以上の覇道神が衝突するようなことがこれまでなかったからだ。覇道神の衝突に巻き込まれた者は多くの者が無事では済まない。

ヴァレリアは嘗てシャンバラでこの覇道神の衝突を知略をもってしてコントロールし黄金錬成による死者蘇生をしようとしたが、黒円卓の三騎士の前では知略など無に等しかった。もう少し私が強ければ、力があればと嘆いたことなど数えきれない。そして、黒円卓の三騎士を超える者がハイドリヒであり、カール・クラフトであり、藤井蓮である。

そんな三人の戦である覇道神の衝突は宇宙規模での災害の領域である。人並みの努力で乗り越えられるような甘いものではない。だから、覇道神の衝突を乗り越えるためには今の箒に戦い方を教えることの出来る師が必要であるとヴァレリアは言う。

 

「止めておけ。お前はカール・クラフトから篠ノ之束を成長させるだけの力しか与えられていない。所詮お前はラスボスを引き立てるための力を持たない脇役だ。鍛えたところで、俺たちの戦いに飛び込んでも誰かの盾になって燃えカスになるのが関の山だ」

「な!」

 

腕を組み、教会の扉の横の壁にもたれ掛かっている蓮はそう言う。

声色からして不機嫌そうなのは誰の目からも明らかである。それほど蓮の態度は露骨だった。悪態をつける蓮に対し、箒は怒りを露わにし、ヴァレリアはため息を吐く。

 

「藤井さん、女神さんと喧嘩したからといって、ご自身の妹さんにきつく当たるのは如何なものかと思いますよ」

「…コイツとは関係ない」

「はぁ、……では、後で御二人の喧嘩の仲裁に入ってあげますから、篠ノ之さんの面倒を見て上げてください」

「……仕方ない。それで喧嘩が終わるなら安いもんだ」

 

蓮はヴァレリアの提案を受け入れた。

実は、数日前に蓮と彼女は喧嘩をした。彼女の友人たちがネットアイドルをしたり、喫茶店で働いているのは彼女には羨ましく、やってみたいと思っていた。だが、蓮が駄目だと言って彼女の行動を制限したことに彼女が怒ったらしい。

蓮は友人たちと彼女を説得しようとするが、友人は誰も説得に手を貸してくれない。蓮の独占欲に呆れた夜都賀波岐全員が蓮が悪いと責めたからだ。そのため、司狼もアホらしいとお手上げ状態だ。蓮は彼女との関係改善のために、蓮は@クルーズに居ないヴァレリアに相談しにきた。蓮がこの教会に来たのにはそんな裏事情がある。

そんな裏事情を聞かされた箒は少し蓮に対し人間味を感じた。

 

「俺たちのことは自分で何とかするから、お前は関係ない。それで、俺たち夜都賀波岐にはグラズヘイムのような戦う場所は無いからな。俺に修行を付けてもらいたいなら、誰にも見られない場所をお前が用意しろ。それと、俺には仕事があるから、普段は夜中12時以降の夜が明けるまで限定だが、今日は仕事をサボったから、今からでも構わないぞ」

「いや、今日はこの後実家の神社で行われる祭りで舞を披露しなければならないので、実家に帰らなければならない。すまないが、また今度で良いだろうか?」

「「祭り?」」

 

箒の実家の篠ノ之神社では今日祭りが行われる。

近隣住民が神社の敷地内に屋台を出し、巫女が鎮魂の舞をし、最後に花火が上がる。

篠ノ之束が世界的に有名になったことで、束のゆかりの地である篠ノ之神社を一目見ようと最近は外国からの観光客が増えたため、近年の祭りは結構賑わっていると箒は話す。

 

「藤井さん、篠ノ之さんの神社に彼女と行かれては如何でしょうか?」

「え?」

「え?ではありませんよ。彼女は貴方に過保護にされ過ぎて機嫌が悪いのですから、少し華やかな所に藤井さんと出かけることができたならば、機嫌を良くされるはずです」

「とはいっても、夏祭りは人が多…」

「貴方は女神を守るための騎士なのでしょう? だったら、問題はないはずだ」

「考えておく」

 

頭を掻きながら蓮は答えた。

エイヴィヒカイトを扱う者は徹底して自分理論を貫く。それが自分の力を維持するためであるからだ。彼らは渇望が満たされる方法を力にする。故に、彼らの根幹である渇望が揺らぐような者はエイヴィヒカイトの力を全て出すことができない。

要するに、エイヴィヒカイトの術者は総じて頭が固い。

だが、仲間との楽しい刹那を永遠に味わい尽くしたいという渇望を持つ蓮が夜都賀波岐全員から総スカンを受ければ、考え方が少しは変わる。

仲直りする方法ではなく、恋人に何と言って夏祭りに連れ出そうか、蓮は考えながら教会から出て行った。

 

「篠ノ之さん、もし藤井さんと彼女の仲が悪そうに見えたら、フォローしていただけませんか? 私が言うのは何ですが、藤井さんは口下手ですから、お願いしますね」

 

ヴァレリアの言葉を聞きながら、箒は教会から出て行った。

 

 

 

篠ノ之神社に着くと、箒は夏祭りの準備を始める。花火の前の鎮魂の舞の予行練習や、毎に使う道具の確認などだ。だが、道具の確認はほとんど叔母である雪子がしていたため、舞の確認だけだった。舞の最終確認が終えると箒は巫女服に着替え、夏祭りに来たついでにお守りを買っていく客の為に販売の手伝いをする。

お守りの販売の手伝いといっても、夏祭りの本番は夜であるため、真昼間に神社に来てお守りを買っていく人はほとんどいない。半時間に一人いるかいないかである。この時間帯ならば、此処に居るのは一人で十分である。

 

そんな箒の元に、巫女服姿の雪子が現れた。雪子は舞の本番に向けて鋭気を養うために、本番の30分前まで休憩してはどうかと箒に提案した。せっかくの雪子の提案だったが、箒は断りたかった。というのも、自分は6年ぐらい前にこの地を離れており、知人と呼べるような人を知らない。休憩を貰っても、会いたい人も居ないため、一人ボーっとしているしかなかった。

 

「すみません。家内安全と商売繁盛のお守り二つください」

「はい。色は青と白と赤の三つが……」

「両方白で」

 

家内安全のお守りを買いに来た白いサマーマフラーを巻いた青年は懐から財布を取出す。

 

「どうして此処に居る?」

「行くかもしれないと伝えたはずだが?二つで800円だったな」

「だが、こんな早く来るとは聞いていないぞ。釣りの200円だ」

「言っていなかったからな」

「あら、箒ちゃん、知り合い?」

「えぇ、まあ…」

「そっちの外人さんも?」

「いえ、初対面です」

 

雪子の視線の先にはゴシック&ロリータファッションの金髪の女性が居た。女性は後ろで髪を括っている。括り方からしてかなりの長髪のようだ。少し頬を膨らませて不機嫌そうな表情を浮かべた普通の女性にしか見えないのだが、彼女の変わった格好や髪型の所為か、彼女の纏う空気は何処か普通の人とは違う感じすることに箒は気づいた。

蓮が言うには彼女が蓮の恋人のマルグリット・ブルイユだという。

つまり、彼女こそが輪廻転生の理を流れ出させた黄昏の女神である。

箒は女神から悪意のようなものを全く感じなかった。そのため、箒は自分を巻き込んだ原因であるこの女性を憎むことができなかった。

 

「悪いが、篠ノ之、マリィにこの浴衣を着せてやってくれないか?」

 

そう言って、蓮は箒に紙袋を差し出す。

中を見ると、一着の着物が入っていた。蓮は浴衣の着付けが出来ないため、着付けの出来そうな箒に着付けを頼むため、わざわざこれを持って篠ノ之神社に来たらしい。

箒としては自分勝手な蓮の頼みごとを断ろうかと思ったが、蓮と恋人の関係をヴァレリアンに頼まれたこともあるので、断るわけにもいかない。

箒は雪子から社務所の一室を借り、その部屋にマリィを連れて行く。蓮の話だとマリィにはある呪いが掛かっているため、自分が認知できる位置より遠くに行くことができないと言い、部屋の前までついて行った。箒はマリィの着付けをする。

 

「“マリィさん”と呼べば良いのだろうか?」

「うん、私はなんてあなたを呼べば良いの?」

「私は篠ノ之箒だ。私は姉がいるから、箒と呼んでくれ」

「うん、よろしくね。ホウキ」

「少し発音が違う気がするが、よろしく頼む。それと、藤井の束縛が原因で喧嘩したと聞いているが、騎士というものは古来より守るべき者の為に戦う存在だ。それは騎士にとって何よりもそれが大事なものだからだ。そして、そんな騎士の気持ちを理解するのが、騎士に惚れた女が持つべき技量だと私は思っている。だから、少しは藤井の気持ちを組んでやってくれないか?」

「分かった。レンが私を大事にしてくれているのは知っている。だって、何時でも私たちは抱きしめあえるんだもの。私もレンが嫌いになったわけじゃないよ」

「そうか。…これで完成だ」

「ありがとうね。ホウキ」

 

白地に赤い薔薇の刺繍のある浴衣を着て、淡い桃色の帯を締めたマリィは初めて浴衣を着れて嬉しのか曇りない無邪気な笑みを浮かべ走って部屋から出ていこうとする。初めて浴衣を着て嬉しいようだ。先ほどまで不機嫌だったのが嘘のようだ。

箒はマリィの背中を見ていた。

 

「皆を抱きしめたいか。…確かに、あの者ならそんな願いを抱いてもおかしくないだろう」

「そうだ! ホウキ、行こうよ」

「私もか?」

「だって、皆一緒の方が楽しいよ」

「そうかもしれないが、マリィさんは藤井とデートに来たのだろう?」

「そうだけど、ホウキがいちゃダメって決まってないから良いよ」

「だが……」

「ホウキも早く着替えて」

「うっ、分かったから少し待ってくれ」

 

箒は押入れから浴衣を出してきて、着替える。深みのある紅を基調とし桜の刺繍の浴衣に、紫色の帯という箒のお気に入りの組み合わせを箒は着る。

箒はマリィのようなタイプの人間が苦手だった。悪意が無く、無邪気で自分のしたことや夢を語り、場の空気を掻き乱していくマイペースな人間に自分は弱い。

何故苦手かといえば、自分の姉がそんなタイプの人間だったからだ。

着替えを終えた箒とマリィは蓮の待つ廊下に出る。

 

「お待たせ、レン。どうかな?」

「まあ、その、似合ってるよ。マリィ」

「むー、目を見ていってほしいな」

「マリィさん、藤井は照れ屋というやつで、貴方が綺麗だから、まっすぐ貴方を見ることができないんですよ」

「知っているけど、それでも目を見ていってほしいの」

「……マリィ、浴衣似合っているよ」

「えへへ、ホウキは?」

「まぁ、悪くはない」

「それってレン語で“良いよ”って意味だよね?」

「は? 何言ってるんだ、マリィ。そもそもレン語ってなんだ?」

「スナオになれないヒネくれたレンの言葉だって、シロウが言ってたよ」

「あの馬鹿、何マリィに吹き込んでんだ」

「私の浴衣姿が良いだと?」

「おい、篠ノ之箒、俺はそんなこと言ってn」

「自分の女の前で他の女を…しかも、自分の妹のような者を口説くとは良い度胸だ。その破廉恥な貴様の性根を私が叩き直してやる!」

「は! ちょ、おま、その刀、何処から出してきた!?」

「天誅!」

「美麗刹那・序曲」

 

その後、半時間ほど刀を持った浴衣姿の娘が同じ年頃の男を追いかけまわしている光景が見られた。




というわけで、箒の夏休みを書かせていただきました。
ISの原作の一夏的な人物(ISのヒロインに追いかけられるような存在)が居なかったので、今回この話で蓮が担当することになりました。
蘭ちゃんゴメン、出番なかったよ。
ですが、近々出す予定はあります。

次回もギャグが多めで、メインキャラはシャルロットと香純でお送りいたします。
それでは、また次回にお会いしましょう。

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