IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅩⅩⅩⅥ:

女神であるマリィとその因子を受けたシャルロットのステージから観客の目が外れることはなかった。二人の鏡に映ったような左右逆のダンスから感じられる奇抜さや、二人の歌唱力の高さや、一瞬のズレも無い二人のダンスの完成度に魅せられた者も多かったが、それ以上に二人から溢れ出る歌に対する気持ち…表現力に魅せられた者が非常に多かった。

 

人の感性は無数にあり、それぞれの表現が完全に一致することは非常に少ない。

赤いリンゴを見て、“丸い”と答える人間もいれば、“赤い”と答える人間もいる。故に、複数の人間が気持ちを込めたステージにおいて演者間で表現の差が出てしまう。

だが、マリィとシャルロットはこの歌で表現しようとしたものが完全に一致していた。

では、何故彼女たちの気持ちが重なったのか。

それはステージに立つ前日のカール・クラフトの言葉によるものだった。

 

『道具や技法など使われた物に違いはあれど、芸術作品には悲愴、憤怒、歓喜、愛情など…それぞれ創作者、演者、奏者の感情が込められている』

 

ただ踊るだけで観客が満足する舞台ならば、機械にやらせておけばよい。

ただ演奏するだけで観客が満足する舞台ならば、音楽再生機で音楽を流しておけばよい。

だが、一流の観客はそれだけでは満足しない。

 

『君は君の想いを載せ、踊るが良い。たとえ拙い舞でも観客が一流の観客ならその想いを余さず掬い取って見せるだろう』

 

どんな気持ちを表現すればいいのだろうか。彼女たちは悩んだ。

結果、彼女たちがステージで表現しようとしたものは、自分の中にある最も強い…

 

“抱きしめたい”という気持ちだった。

 

シャルロットの渇望の根源はマリィと同じく他者との触れ合いにある。

シャルロットの半生は不幸に染まり、他者の悪意に満ちていた。故に、シャルロットは他者と触れ合いたくとも、相手の中にある自分に対する害悪の有無を知ることができないから、触れ合うことを諦めていた。故に、彼女は“人の胸の奥を知りたい”と渇望した。

アプローチは違えど、同じ渇望の根源を持った二人が同調しないはずがない。

 

表現したいと思ったものが、自分の中にある最も強い想いで、尚且つそれが完全に一致したのならば、このステージが失敗するはずがない。

 

「見事。さすがは、女神とシャルロット。まさに至高の組み合わせだ。私は卿等に惜しみない賛辞を呈しよう」

 

シャルロットとマリィのステージが終わると、椅子に座っていた観客は立ち上がり拍手を送っている。演奏を聴いたすべての観客が二人のステージに感激し、感歎し、称賛した。

素晴らしいステージをまだ見ていたいと思った観客がアンコールをする。

それにつられて、他の観客たちまで声を上げて、再演を求める。次第に、声は大きくなり、気が付けば、一夏とカール・クラフトの隣に居た五反田兄妹まで声を上げている。

結果、体育館はアンコールの嵐に包まれた。

鼓膜が破れる程の拍手とアンコールを受けたシャルロットとマリィは戸惑いながらも、嬉しかった。出来るなら、もう一度歌いたい。二人はそう思った。だが、シャルロットもマリィも練習した歌はこの一曲で、アンコールで歌う歌がないため、観客の要望に応える術を持っていなかった。二人は口惜しそうにステージを後にする。

そんな二人を察した司会者が観客に対し、謝罪の言葉を述べると、観客の声は止んだ。

 

「弾、蘭、私はシャルルたちに用がある故、これにて失礼する」

「そっか。んじゃ、俺はもうちょっとステージ見ていくわ」

「今日は誘っていただいて、本当にありがとうございました」

 

弾は軽く手を挙げ、蘭は頭を下げて別れの挨拶をする。

一夏はカール・クラフトと共に関係者しか立ち入ることの出来ない出演者の控室に向かう。

控室の前に辿り着くと、控室の前には蓮が居た。彼が此処に居るのは一夏からIS学園の文化祭の招待券を貰ったからだ。当初蓮は久しぶりに学校の文化祭を見に行くことを渋っていた。というのも、やはり嘗ての宿敵である一夏に招待されたというのは気に食わなかったからだ。だが、マリィがどうしても行きたいとせがんだ為、蓮は折れて、二人でIS学園に来ている。

そして、ステージの出演者であるマリィの知り合いだと関係者に話した為、此処に通してもらったらしい。そんな事情を聴き終わると、ちょうどシャルロットとマリィが現れた。

 

「蓮、どうだった?」

 

無邪気な笑みを浮かべたマリィは蓮を見つけると走りだし、蓮に抱きつき、先ほどのステージの出来栄えを聞いた。

まるで親に褒めてほしくて甘えてくる子供のようなマリィの無邪気な態度に蓮は少々戸惑う。マリィの魅力を再認識したことで、改めてマリィに対する想いが強くなったため、そんな想いをどう表現し彼女に伝えたらた良いのか彼自身困惑していたからだ。

 

「綺麗だよ。マリィ」

「えへへへ」

 

誰もいない方向を向きながら、ぶっきら棒に蓮は答える。

蓮はつれない態度を取っているが、実は照れているのだと知っているマリィはご機嫌だ。

だが、マリィと一緒に控室に戻ってきたシャルロットは、一夏の後ろに隠れながら頬を染めカール・クラフトを睨んでいる。彼女がカール・クラフトを睨んでいるのは、舞台衣装を用意したのが彼で、その舞台衣装を身に纏った自分を見られたからだ。

舞台衣装であると割り切ってしまえば、一般人から見られても何とも思わなかったが、想い人が見るとなると舞台衣装でも露出度を気にするのは当然だろう。

 

「カリオストロのエッチ」

 

シャルロットはそう小さな声で言うと、走って控室へと逃げ込んだ。シャルロットの爆弾発言と逃走に各々異なった反応をする。蓮は呆気を取られ、一夏は感心し、マリィは首をかしげ、カール・クラフトは気色悪い笑みを浮かべながら放心していた。

シャルロットの罵倒を受けたカール・クラフトが快感のあまり昇天していることに蓮と一夏は気が付いた。蓮はマリィに控室に入って着替えるように言うと、控室に押し込めた。これ以上変態の奇行を見ていてはマリィの精神衛生的によろしくないと考えたからだ。マリィを控室に押し込めると蓮は無言でカール・クラフトに殴りかかる。だが、蓮の拳はカール・クラフトの顔面を捉えることはできず、空を切ってしまう。誰が見ても吐き気を催すほどの気味の悪い笑みを浮かべたままカール・クラフトは空間転移していた。

 

「私の法悦に浸る時間の邪魔をするとは……そんなことだから、空気の読めないコミュ障と言われるのだよ」

「俺からすれば、変質者に比べれば、数千倍マシだ」

「だが、私からすれば、場の空気を掻き乱すより、女神に罵られたいのだよ」

「それでマリィが迷惑しているっていい加減気付けよ。糞親父」

 

殺意に満ちた蓮は右腕からギロチンの刃を生やす。

それと同時にカール・クラフトの周りに無数の魔方陣が浮かび上がる。

一触即発の状態の二人の間に一夏は割り込み、二人に掌を向け、停止せよと意思表示する。

 

「此処は学び舎で、今は学生の手によって開かれた祭りだ。卿等部外者が染め上げてよい場所でも時でもない。双方矛を収めよ」

 

せっかくシャルロットと女神が魅せた美しいステージの後だ。ステージの魅せられた後なのだから、余韻を楽しむというのが道理である。ただ、単に気が合わないという理由でこの場所と時に互いの食い合わぬ主張で争うのはそれこそ無粋にもほどがある。

“お前がそれを言うか”と宿敵に言われたことが気に食わなかったが、刹那を永遠に味わい尽くすことを渇望した彼が日常の象徴たるこの場所と時を血で染め上げるのは不本意である。蓮は嫌々ながらも形成を解いた。自衛の意思しかなかったカール・クラフトは蓮が形成を解いたのを見ると己の魔方陣も閉まった。

 

数分後、シャルロットとマリィが着替えて出てくると、五人は体育館から出て、解散となりかけたが、一夏とシャルロットが喫茶店の給仕をやると聞くと、マリィがお腹減ったと言うので一同は一年一組の喫茶店へと向かった。

一夏とシャルロットを一目見ようと来た客により、教室の前は長蛇の列ができていた。マリィは走って列の最後尾に並び、蓮を手招きする。彼女にとって列を並ぶとことが人生初めての体験であるため、普通の人にとって苦行かもしれないようなことに楽しさを見出している。蓮とカール・クラフトはマリィと共に列に並び、一夏とシャルロットは従業員用の入り口から入り、中で着替えをすると、ホールスタッフとして働く。

一夏とシャルロットのシフトを店の出入り口に掲示したためか、いの一番に二人を見ようと彼らの仕事を始める時間に合わせて入店している客でごった返していた。

燕尾服姿の一夏とシャルロットがホールに入ると客は一斉にカメラを向け、シャッターを切る。数秒ほどフラッシュの嵐で教室が眩しくなる。

その光景はまるで来日した大物俳優が空港のロビーに着いた時のような光景だった。

フラッシュが光り続けている中、一人の女性が手を挙げた。

一夏はその女性の方へゆっくり歩いて行く。

 

「すみません。この店員さんに食べさせてもらえるサービスお願いします」

「良かろう」

 

一夏は女性の卓に置かれていたスプーンを手に取り、パフェを掬う。

 

「口を開けるが良い。あーん」

「あーん」

「如何かな?」

「すごく美味しいです」

 

温泉に入ってのぼせた顔をした女性は満足そうに感想を述べた。

一夏は持っていたスプーンをそっとパフェの皿の上に置く。

その次の瞬間、次々と手が上がる。一夏とシャルロットは次々と客のリクエストに応えていく。それに合わせて、喫茶店の看板メニューのパフェが次々と売れていく。キッチンスタッフは忙しさのあまり倒れそうになっている。

そして、二人が仕事を始めてから数分後、ある女性が手を挙げ、店員を呼ぶ。

 

「テラジャンボデラックスパフェスペシャル一つ」

 

その言葉を聞いた女生徒店員は驚きのあまり伝票を落としてしまう。

何故なら、女性の注文したテラジャンボデラックスパフェスペシャルとは一夏が考えた無茶苦茶な量のパフェで、クラス全員から一食でも売れなかったら、一人一つずつお願い事を聞くという賭けをしていたからだ。

女生徒店員は少々落ち込みながら、同席していた客の注文を聞く。

 

「俺は足引きババロアと紅茶のセット」

「では、私はこの“執事ご褒美セット”を頼むとしよう」

「え?」

 

パフェを注文した客と同席していた髪の長い男性の注文に再度店員は驚き、またも伝票を落としてしまい、立ったまま気を失いそうになる。

というのも、この男性の注文した“執事ご褒美セット”というのはウェイターである一夏かシャルロットを同席させ、一夏かシャルロットにケーキセットを食べさせることで十分間卓を同じくすることができるという女性向けのかなり高額なサービスであった。故に、男性客が注文するとは露とは思っていなかった。

一夏は気絶した女生徒の肩を叩き、代わると伝える。

 

「では、注文を繰り返す。女神はテラジャンボデラックスパフェスペシャル、ツァラトゥストラは足引きババロアと紅茶のセット、カールは“執事ご褒美セット”だな。少しの間待たれよ」

 

一夏は厨房に行き、テラジャンボデラックスパフェスペシャルの調理に取り掛かる。

無地の特盛用ラーメン鉢に角切りにしたホットケーキやコーヒーゼリー、生クリームなどを敷き詰め、その上にティラミスを載せ、更にその上に巨大プリンが載せられ、プリンの周りを果物で飾り付けする。

蓮の頼んだティガーナチョコと紅茶と、カール・クラフトの頼んだ“執事ご褒美セット”のケーキは@クルーズで作られた既製品であるため、冷蔵庫から出すだけで良いため、すぐに用意ができる。

 

「こちらが注文のテラジャンボデラックスパフェスペシャルだ」

 

マリィは一夏からパフェを受け取ると、一心不乱にパフェを食べ始めた。

テーブルマナーなど完全無視であるため非常に行儀が悪い。口の周りに大量のクリームが着いている。そのうえ、机に食べ物を溢している。まるで子供のようだった。

普通なら、行儀が悪いと注意するべきところなのかもしれないが、パフェを食べて幸せそうな笑みを浮かべる彼女を止めるのに躊躇してしまった。

 

「こちらが足引きババロアと紅茶のセットだ。“執事ご褒美セット”は私を指名で構わんな?」

「えぇ。こうして守護者と女神が揃ったのです。我々の時間からすれば、本当に刹那のような短い時間ではありますが、共にするというのも一興と言えましょう」

「卿を嫌っている者も居るがな」

 

一夏はそう言うとマリィとカール・クラフトの間の席に着く。男性IS操縦者である織斑一夏と、さきほどの体育館で行われたステージで噂となっている謎の美少女が同席しているためか、周りの客や一夏のクラスメイトたちは一夏たちの卓を注目していた。『一夏とあの“女神”と呼ばれた美少女はいったいどういう関係なのだろう』や『“ツァラトゥストラ”や“カール”と呼ばれた男性二人はいったい誰なのだろう』などと興味が尽きない。

一部の客は携帯電話で隠し撮りをしたり、ネットに書き込みを行っている。

 

「そういえば、私は自分の注文を忘れてしまったな。追加を頼みたいのだが…」

「店の回転率を上げるために、当店に追加注文制度は無い。卿は水でも飲んでおけ。シャルル、こちらのお客様にお冷を差し上げろ」

「う、うん」

 

執事服姿のシャルロットは奥からコップと水の入ったピッチャーを持ってくる。

カール・クラフトの前でコップに水を入れると、シャルロットはいそいそと次の卓へと向かった。先ほどのステージを見られた恥ずかしさを思い出してしまったらしい。

そんなシャルロットと入れ替わるように、千冬が一夏たちの卓に現れる。

 

「相席させてもらうぞ」

 

一夏や蓮たちの了承を取ることなく、あまっていた椅子を一夏たちの卓に持って来た千冬は、一夏とカール・クラフトの間に置き、座った。

千冬は椅子に座ると、女生徒店員に“愛が足リンゴタルト”を注文する。

ブリュンヒルデと名高い千冬が突然現れ一夏たちの卓に着いたことで、更に注目される。

 

「一夏、彼女が?」

「あぁ、その通りだ」

「……」

「私の顔に何かついてるの?」

「あぁ、生クリームが口の周りにベットリな」

 

マリィは慌てて机に置かれた紙ナプキンで口の周りを拭くと、再びパフェを食べ始めた。

そんなマリィに対する千冬の初見の感想としては、彼女から悪意を全くと言って良いほど感じなかったことである。

 

神や王になるとか言った世迷言を言う人間は古今東西真面な思考を持ち合わせていない。凡人では達せぬ領域の話をしているのだから、奇人変人扱いされるのはいつの世も変わらない。そのような奇人変人の中でも有言実行し見事な治世を行った王はこの世に幾らでも居る。彼らは変人奇人と評されるが、最終的に見れば、彼らは善人と評価される。だが、有言実行した奇人変人の中には暴君と恐れられ後世において悪人と評されるようなた者も少なくない。知名度の高い自分も様々な事情によりこのような暴君と会うこともある。彼らと何度も会っている内に千冬は彼らに共通する特徴に気が付いた。

 

それが、目が濁っていることである。

普通の濁り方ではない。腐ったヘドロの溜り底から発酵してできた異臭を放つ気泡が何度も浮かんでくるようなドブ川のような目をしている。

人を見抜く力を持つ常人なら吐き気を催すような、そのような目つきをしている。

 

千冬は一夏達守護者の言う女神がこの目を持っているか否かを見るために、女神と会うことを希望していた。そして、会った感想は先ほどの通りで、暴君からは果てしなく遠い存在であった。だが、賢人の目をしているわけでもない。

 

評するなら、彼女の眼は力を持たぬ純粋無垢な赤子そのものだ。

その瞳の奥に何が映っているのか、千冬は確かめる術を持たないが、悪意を持って悪行を行うつもりはないということだけは分かる。ただ、善意を持って悪行をなす可能性もあったが、思考が破綻しているかもしれないが愚者ではない守護者がつけば、その可能性は潰されるだろう。

 

「ふう」

 

千冬は紅茶のカップを置く。ともかく、女神と守護者が悪意に満ちた悪政を行っているわけではないということだけは理解できた。

 

 

 

同時刻、IS学園の校舎の裏手には五人の女性が立っていた。

 

「時間通り、五人全員そろったな」

 

彼女らは初対面の人もいるため、互いにコードネームだけを伝える。

 

スコール、オータム、M、ガイド、クウ

 

彼女らは今回の目的を達成するために同盟を組んだだけの同志ではあるが、全員が同所属というわけではないからだ。

ただ、スコール、オータム、Mの三人の所属は同じである。彼女らは“亡国企業”と呼ばれる第二次大戦頃に結成された秘密結社に所属しており、現在の表世界ではほとんど知られていないが、裏社会では知らない者は居ないとされている。

 

「さすがのIS学園も内部に敵が居ては分からないか。おかげで、潜入も楽に出来た」

「違うわよ、オータム。私たちは聖槍十三騎士団と夜都賀波岐の敵であって、IS学園の敵じゃない。だから、一般市民に対して攻撃してはないらない。分かってるわよね?」

「分かっているさ。スコール。それで、更識簪」

「私のコードネームは“ガイド”と言ったはず」

「あぁ、悪い。それで、ガイド。ターゲットはどうだ?」

 

簪は胸ポケットから小型のモニターを取り出し、その場にいた全員に見せる。

モニターの半分にはIS学園の地図が表示されており、残り半分には三つ監視カメラの映像が映し出されていた。一つには一夏、蓮、カール・クラフト、マリィが、もう一つには鈴が、最後の一つにはラウラが映っていた。

 

「ターゲット①は②、③並びにサブターゲット(イ)、(ロ)、(ニ)と同じ教室、サブターゲット(ハ)はメインターゲットのグループの隣の教室、サブターゲット(ホ)は食堂、それと……」

 

新たにモニターに映像が映し出される。

その映像には体育館から出てきた五反田兄妹が映し出されていた。

 

「新たなサブターゲット(ヘ)と(ト)は戦力を持っていない状態で孤立」

「こいつらは何でサブターゲットなんだ?」

「先ほどまでターゲット①、③と一緒に居たうえに、会話の内容から①とは友人関係以上だと予測されたから。それと、このURLにあるアプリをダウンロードしておいて、IS学園の監視カメラと連動してターゲットを発見し、何処に居るのかを分かるから。万が一ターゲットを見失ったときに便利」

「M、聖遺物は?」

「これだ」

 

Mと呼ばれた私服の女性は霧箱を取出し、蓋を開ける。

中には奇妙な形の錆びた金属が入っていた。オータムはMに金属片の正体を尋ねる。

 

「ヒンドゥー教の最高神にして破壊神シヴァが持っていたとされるトリシューラの刃先だ」

「ふーん」

「クウ、篠ノ之博士からの増援は?」

「予定通り、十五分後に到着します。作戦開始後は私もスコール様の指揮官の下で動くように指示されています」

「了解。では、今から作戦を開始する」

 

五人は一斉にそれぞれ別の方向へと移動を開始した。IS学園の北の端にスコールが、西の端にオータムが、南西の端にMが、南東の端に簪が、そして、東の端にクウが向かった。十分後、四人は持ち場に着いたことをスコールに連絡した。

 

「目的達成のためとはいえ、私が魔術なんてオカルトものに手を染めるなんてね」

 

スコールの言う目的とは亡国企業の成り立ちと関係している。

亡国企業とは第二次大戦時に作られた連合国軍による裏社会の集団だった。

当時、裏社会は完全に無法地帯となっていたため、裏社会が表社会に介入することが非常に多かった。このままでは、裏社会に表社会が乗っ取られることを危惧した連合国は、表社会と裏社会を分断させるためならば、汚い仕事も熟す団体の設立を考えた。

それが亡国企業の起源である。

結果、国際連合が表社会を、亡国企業が裏社会を、秩序を作ることで牛耳るようになった。

だが、その秩序から逸脱した裏社会の目的不明の無法者の集団が居た。

それが聖槍十三騎士団である。

彼らの行動はありとあらゆる秩序や軍事力を持ってしても抑えることができない。このままでは彼らが裏社会を牛耳るようになり、表と裏の社会が崩壊すると国際連合と亡国企業は危惧していた。だが、百年前聖槍十三騎士団は日本の諏訪原である儀式に失敗し、姿を消した。これで世界の平和が救われたと誰もが思っていた。

 

『カール・クラフトはハイドリヒを復活させ、世界の転覆を企んでいる』

 

ある日亡国企業の本部に現れた篠ノ之束は、銀の福音事件でハイドリヒ化した一夏と彼の眷属となったIS操縦の代表候補生三人が名乗りを上げている動画を見せて証言した。

この動画を見た亡国企業の上層部は直ちに、秘密裏に聖槍十三騎士団の討伐に乗り出す。

黒円卓の討伐の任を受けたのがスコールとオータム、Mだった。

彼女らならば、表社会から譲渡されたISを操ることができる。しかも、裏社会の秩序を犯した者達への粛清を行ってきたという実戦経験がある。彼女ら以上に適任は無かった。

スコールはこの任を喜んで受けた。彼女は戦争孤児裏社会に保護されたという経緯があり、今の裏社会の恩恵を受けていた。故に、裏社会の秩序を破壊する脅威と言われている黒円卓はスコールにとって看過できない存在だった。

 

任を受けたスコールは黒円卓の情報を集め出した。

集まった情報はスズメの涙ほどだったが、有意義な情報があった。

それは黒円卓の戦力を削ぐことができた魔術が記載された本だった。

この術式には五人の術者と聖遺物と呼ばれる人の信仰を集めた遺物を必要とする術式だった。魔法使いでなくとも、この術式は作動させることができる為、自分でも使えることが分かった。効果については半信半疑だったが、一度試した結果、ISの絶対防御を無効化させることができる効果があることを発見した。黒円卓が使用するISの絶対防御を無効化できるならば、十分勝機はある。スコールはこの魔術を使用することにした。

 

「始めるわよ」

 

スコールは自分の前に、Mから受け取ったトリシューラの刃先を突き刺す。

力を込めて突き刺した刃先は半分以上地中に埋まる。スコールはトリシューラを右手で掴んだまま、詠唱を開始した。

 

「フリストス・アネステ・エク・エクローン……ファナト・ファナトン・バーチサス」

 

地面に突き刺さったトリシューラの刃先は淡い紫色の光を放つ。

 

「我ら死を以って死を滅ぼし、墓の王に定命の理を与える者なり」

 

無線機越しに聞こえてきたスコールの声に続き、Mが詠唱を続ける。

Mはスコールのように裏社会の秩序維持の為にこの任を受けたわけではない。彼女の体には爆弾が仕込まれているため、亡国企業に逆らうことができないということもあるが、それ以上に、織斑一夏に対し殺意があった。彼女にあるのは私怨だけである。

そのために、任を受けてからは織斑一夏を殺すために、死ぬ気でISの訓練に打ち込んだ。

そして、その私怨が今果たされる。そう思うとMの胸は高鳴っていた。

 

「ケティス・エンティス・マシ・ゾイン……ファナト・ファナトン・ハリサメノス」

 

次に詠唱を行ったのは西側にいるクウ。彼女は篠ノ之束の助手である。篠ノ之束が望んだ世界を望むが故に、この任に着きたいと束に申し出た。

 

「来たれ、ハリストスの前に伏し拝まん 我が魂よ、何ぞ悶え泣き叫ぶや」

 

クウに続いて詠唱を行うのはオータム。

彼女もスコールと同じ過去を背負った者だった。故に、秩序の維持に積極的だった。だが、彼女が今回の任に積極的であるのはそれとは別の理由があった。その別の理由というものが、スコールを好いている。故に、彼女だけに危険な目にあってほしくない。

その一心で彼女はこの任に着いている。

 

「我らを攻むる者 我らに楽しみを求めて言えり。今こそ、我が為に—―」

 

最後に詠唱を行うのは更識簪。彼女は夏休みに会った束から世界の秘密を知った。

彼女は今の世界が優しい世界だと思ったが、同時に今の自分には残酷な世界だとも思った。自分には姉という雲の上のような存在が居た。だから、自分はいつも比べられ劣悪品などと揶揄された。だが、束の思い描く世界によって、正しく評価されたならば、この劣等感は消える。簪はそれを願い、この戦いに身を投じた。

 

「シオンの歌を歌えよ、アリルイヤ!」

 

五人の声によって五芒星の魔方陣は起動し、術式が完成する。

スコールはISを展開し、絶対防御がエラーになっていることを確認することで、術式が正常に稼働していることを確認した。

 

「さあ、獣と蛇を狩るわよ」




お待たせしました。
文化祭編後半と、亡国企業襲来編です。
原作の文化祭にあったシンデレラを無くし、更に、オータムの奇襲と専用機限定タッグマッチのゴーレムⅢ襲撃を織り込んでみました。

屑霧島

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