IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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セリフの最後の句読点は不要であるというご指摘をいただきました。
よって、この話から句読点を無くしています。
1話から3話までは後日修正致します。


ChapterⅣ

それから、一夏がISを起動させてから一年半という歳月はあっという間に経った。

あの日の三日後に、鈴が中国に帰り、一夏は倉持技研の寮に入り、千冬はドイツへと渡り、弾と数馬は二人寂しく公立中学校を過ごした。

そして、織斑一夏は高校一年生となった。

入学した高校は入学が決定されていたIS学園であった。

当然、織斑一夏という人物に興味を引かれた女性たちは一夏と知り合いになりたいとIS学園に入学しようとする。そういった行動は当然個人単位だけでなく、国単位でもなされていた。一夏との関係を作っておけば、国益となりうるのではないかと考えた各国の指導者たちは挙って、IS学園に代表候補生たちを入学させようとした。

そのため、一夏が入学する前年及び当年のIS学園の入学希望者は非常に多くなる。だが、入学希望者が多くなったからといって、IS学園は入学受け入れ人数のキャパシティを増やすわけにもいかない。IS学園の寮の部屋数や施設の規模には制限があり、容易に増やすことが出来ないからだ。

結果として、例年と比べて昨年の競争率は百倍に、今年の競争率は二百倍になった。

このような事態に対し、IS学園は一度の試験では入学者を決めることが困難であるとし、IS学園の試験制度がその二年だけ特例で変更されることとなった。

 

そんな難関な試験制度が設けられたIS学園だが、ただ三人だけ特別入学していた。

一人は前述の織斑一夏。

もう一人が一年前にフランスで見つかった二人目の男のIS操縦者シャルル・デュノアだ。彼は世界的に有名なISの企業であるデュノア社の社長の御曹司だ。

第三世代型ISの開発が遅れているデュノア社だったが、シャルルという二人目のIS操縦者の登場で、最近では世間から注目を浴びている。

そのため、警備が容易にするために、同じクラスとなっている。

 

一夏は入学初日である今日は要領を得ていない一年生が多いと考え、混雑を避けるために、早めに登校し、着席し、ジャンヌ・ダルクに関する本を読んでいた。

一夏はこういった様々な戦争や英雄、神話に関する本、それが駄作であれ秀作であれ、英雄が賢者であれ、愚者であれ、分別なく読み漁っていた。

英雄譚から人々が崇める英雄の形を鑑賞することが気に入っているからだ。

そして、一夏は原本が英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、日本語で書かれているのなら、その原本を読んでいる。一夏がそんな外国語の本を読めるのは、前世のラインハルト・ハイドリヒが海軍将校時代に身に着けた言語力によるところが大きい。

何故、そこまで原本にこだわるのか、それは、その言語特有の言い回しがあるからだ。

だが、それ以外の言語となると、言語の勉強から始まるため、時間が掛かってしまう。

そこで、一夏は英語版もしくは日本語版を読んでいる。

そんな一夏のところに近づいてくる人物がいた。

 

「織斑君だよね?ごめんね。今ちょっといいかな?」

 

一夏は本を閉じ、自分に声をかけてきた人物を見る。

IS学園の男子の長袖長ズボンの制服に身を包んだ金髪の青年が立っていた。

身長は平均的な日本の男子高校生より低めの細身で、長髪を後ろで括っている。

 

「初めまして、僕はシャルル・デュノア。隣の席になったから、よろしくね」

「あぁ、どこかで見たことがあると思っていたが、卿がシャルル・デュノアか。私は織斑一夏だ。よろしく頼む。私のことは一夏と呼んで構わん。私には著名な姉上がいる故、その方が、こちらとしても助かる」

「う…うん。分かったよ。だったら、僕もシャルルって呼んでよ」

「分かった。これから、一年間よろしく頼む。シャルル」

「えぇーっと、僕ら寮で同じ部屋だから、三年間一緒だよ?」

「失礼した。そうであったな。今朝は自宅から直接登校した故、失念していた」

「誰にでもそう言うことあるよ」

 

シャルルはニッコリと微笑みながら、一夏の方を見ながら、自分の席に座る。

突然、シャルルは驚いた顔をした。なぜなら、一夏の持っていた本がフランス語で書かれたフランスの英雄の本であり、それを日本人である一夏が読んでいたからだ。

ジャンヌ・ダルクが好きなシャルルは一夏に話しかける。

 

「一夏はジャンヌ・ダルク好きなの?」

「どうだろうな?私はこれを初めて読む故、この者の結末は知っているが、仔細は知らん。私が今この場で好嫌や自分の思うところを卿に言うことは出来るが、それがはたして正しいか否かは責任を取れん」

「それでも聞きたいな。一夏から見て、ジャンヌ・ダルクはどう映っているの?」

「長年にわたって続いた戦争を終わらせた偉業は英雄と言うに相応しい存在だが、神という名の不遜な詐欺師に目を付けられ、身の丈に合わない手に余る物を貰い、絶命するまで振り回された哀れな小娘に過ぎないと思っている。だが、ジャンヌ・ダルク自身は祖国の安寧を望み、結果として死んだが、渇望は叶えられたので満足しているのではないのか。であるとするならば、私の批評など何の意味も持つまい」

「だったら、どうして、ジャンヌ・ダルクの本を読んでいるの?」

「今の私と卿の境遇が似ていると思えたから、私は今この本を手に取っている」

「僕と一夏がジャンヌ・ダルクと境遇が似ている?」

「然り。女性にしか使えないISというスポーツ道具にも兵器にもなり、女尊男卑の世界の均衡を崩しかねない物を私と卿は背負わされているのだ。一方のジャンヌ・ダルクは詐欺師の声が聞こえると言う理由から祖国の期待を背負わされた。時代や性別、背負わされた物の種類や程度に違いはあれど、私と卿は一人の女と似ているとは思わんか?」

 

高校一年の入学したての春に、同級生と話す内容ではないが、一夏の見解はやはりシャルルの予想を超え、興味深いものだったため、シャルルは一夏と話していたいと感じた。

一夏の意見についてシャルルは考え、自分の意見を言うことにした。

シャルルは一夏に対し嫌悪感を抱いていた顔も、唖然としている顔もしておらず、一夏という人物像に興味が湧いてきた。

 

「面白いことを言うね、一夏は。たしかに、そうかもしれない。僕たちが貰った物に比べて、背負された物が大きすぎるよ。……ほんとうに」

「だが、悲観するほどのことでもあるまい。世の中には相反する物が必ず存在する。そうでなければ、全てにおいて天秤は均衡をとれぬからな。私や卿に枷を背負い続けるように強いる者が居るのだから、その枷を共に背負うか、捨てる手助けをしてくれる者が居るのが道理というものだ。己を潰そうとする重責から逃げたいのであれば、後はその者の手を掴むことだ。それが神であるか、詐欺師であるか、悪魔であるか、私は知らんがな」

「う…うん」

 

日本語の難しい言い回しに混乱しているシャルルは、とりあえず一夏の言葉に頷き、頭の中で一夏が言った言葉を整理する。

そんな時だった。一人の生徒が教室に入って来た。

 

入試免除された最後の一人が篠ノ之箒だ。

彼女はISの開発者として世間を騒がしている篠ノ之束の実妹である。

箒が入学していれば、姉の束が何かしらのアプローチをかけてくる。

そのアプローチがIS学園にとって、益であれ、害であれ、ISの研究にとってはプラスになることは簡単に想像がつく。故に、篠ノ之箒という撒き餌を飼うにIS学園という囮は実に有用であるとして、日本の政府高官からIS学園は箒を押し付けられた。

そして、そんな篠ノ之箒は一夏の古い友人、つまるところ、幼馴染と言われる者だ。

 

一夏の幼馴染の箒だが、一夏のことを嫌っている。

というのも、箒が掲げる剣道の精神と一夏の在り方とが異なり過ぎているからである。

箒は己の行いの善悪に重きを置き、己の行いは善行であろうとし、明確な善なる理想が無ければ、己の行いは獣の所業も同然と言い、今まで全力で竹刀を振るってきた。故に、己の行いが蛮行であるならば、後悔することもある。対極に位置する一夏の力を箒は目的無き暴力であり、悪と断じた。故に、箒は一夏のことを嫌っている。

だが、一夏は箒と全く異なる物に重きを置いている。

それはラインハルト・ハイドリヒの渇望を知る者なら誰もが分かるだろう。

死を想い、全力を振り絞ることが生きている証明であり、己の目的が善行か否かは些細な問題であると断じ、力が無ければ、理想は叶えられず、絵空事で終わるのであって、それは負け犬の遠吠えであり、勝敗を見ずして、善悪だけを評するは愚行である言う。

真の弱者は目的の善悪より、飢えと乾きを満たすことが先ある。善悪に重きを置き、飢えや乾きを満たせぬのであれば、そのような善悪など腹の足しにもならない。

だが、勝者は、勝者であるからこそ、己を顧みることが出来る。

故に、己の愚行を恥じている箒を一夏は弱者でありながら勝者であると評価している。

両方とも、言い分は客観的に見れば、正しい。

両者の言い分が正しい。だが、己の価値観が異なるため、一方は他方を嫌ってしまう。

 

「……久しぶりだな。一夏」

「六年ぶりだが、卿は健勝そうでなりよりだ。箒よ」

「ふん」

 

真意が異なる故に、その表情も真逆であった。

片や敵意むき出しに、片やその敵意を愛するように、互いに言葉をかけている。

そのような者同士で会話が成立していることに周りは驚くに違いない。

それほど、二人の表情は異なっていたのだ。

箒は一夏の前を通り過ぎ、自席に着席する。

二人の会話を目の前で見せられたシャルルは喧嘩が起きないかと心配していた。

だが、シャルルの心配も杞憂に終わる。

なぜなら、一夏と箒の思惑は全く異なるが、両者ともに荒波は立てたくないという思いは一致する。箒は篠ノ之束という姉との関係が一夏以外のクラスメイトに露呈してほしくない。一方の一夏は自分の楽員を増やすために此処に居るため、今は穏便に進めたい。

それに、カール・クラフトの忠告も気になる。

 

箒は窓の外を眺めて時間を潰す。

一方の一夏は再びジャンヌ・ダルクの本を広げ、読み始めた。

そして、シャルルは次々に入ってくる女生徒たちの視線に晒され、落ち着かない様子だ。

女子率99%のIS学園に入学してくる男子は今年が初めてである。女子からすれば、一夏やシャルルは見世物パンダのようなものだ。そのため、シャルルの反応こそが正しい反応である。一夏が堂々としているのは前世のラインハルト・ハイドリヒは人前で演説することが多いため、衆目に晒されることなど日常茶飯事であったからだ。

ラインハルト・ハイドリヒがこれぐらいのことで肝を冷やすような小心者ならば、ゲシュタポの長官は務まらないし、聖槍十三騎士団を率いることもなかっただろう。

 

朝のホームルーム開始のチャイムが鳴った。

数分後、一人のスーツ姿の女性が入って来た。

深緑のショートヘアーをし、眼鏡をかけている。書類を持ち、IS学園の制服を着ていないことから、彼女は生徒ではなく、教員であると一夏は推測した。

その女性教員は教壇に上がり、教卓に書類を乗せると、入学生に入学の祝いの言葉をかけ、副担任の山田真耶だと名乗り、生徒たちに自己紹介をする。

だが、多くの生徒たちは全くの無反応どころか、教員を見ていない。

彼女らの視線の先に居た者は一夏とシャルルであった。

初日に話をしているにも関わらず、こちらを見ない生徒たちに不安に覚える。

教壇の上でほとんどの生徒に見られず一人で喋ることに耐えられなくなった真耶は生徒に自己紹介をさせることで、この場を切り抜けようとした。

苗字の五十音順、すなわち出席番号順に生徒は自己紹介していく。

織斑一夏という名前は『お』で始まるため、自己紹介の順番は早かった。

 

一夏は自分の番が来ると、立ち上がり、振り返る。

最前列であるため、前を向いていては、クラスメイトたちの顔が見えないからだ。

少し微笑んだ一夏は自己紹介をする。

 

「テレビや新聞で見た者もいると思うが、私の名は織斑一夏だ。見目麗しい乙女らと共に机を並べられて私は嬉しいよ。これから一年という短い期間だが、よろしく頼む」

 

見目麗しいと褒められたクラスメイトの大半がハートを撃ちぬかれた。

背中しか見ていない真耶ですら、声だけでドキドキしている。

だが、一夏のツン殺しに耐え、凌ぎ切った生徒が数名居た。

まずは、篠ノ之箒。彼女は一夏がどういう人物か知っているため、一夏が微笑んでも見た目は良いとは思ったが、心を許すに値しなかった。

そして、もう一人がイギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットだ。

幼少期の家庭環境により、男という生き物は情けなく、低姿勢で、無様で、女を孕ませる為の家畜のようなものだという固定概念が彼女の中には存在している。

そのため、一夏の言葉も御世辞であり、真に受けるものではないとしていた。

セシリアのような女尊男卑の思考を持ったクラスメイトも同じだった。

だが、何故か、ハートを撃ちぬかれなかった者の中に一夏と同性であるはずのシャルル・デュノアが含まれていなかった。シャルルは俯き、頬を染めている。

 

その後、滞りなく自己紹介は終わってしまい、真耶は生徒たちの注目を集める方法を見つけ出すことが出来なかった。そのため、此処はもう開き直るしかなかった。

半分自棄になった真耶は生徒たちにIS学園の設備について説明していた。

そんな時だった。

教室の扉が急に開き、中に新たに一人の女性が入って来た。

 

「織斑先生、職員会議は良いんですか?」

「あぁ、もう終わった。ご苦労だったな、山田先生」

 

織斑千冬。世界で最も有名な女性であり、一夏と面識のある女性であった。

これにはさすがの一夏は驚いた。なぜなら、一年半前に姉はドイツに行くと言っていたため、まさかここに居るとは思っていなかったからだ。

何故、此処に千冬が居るのか、それは半年前にドイツ軍との契約が切れたため、日本に戻ってきてIS学園の教師へとなったからだ。このことを、千冬は一夏に話す気はさらさら無かったからだ。というのも、自分の家事能力は壊滅的だ。故に、日本の自宅に帰ってきたということが弟の耳に入れば、弟が倉持技研から通い妻状態になるかもしれない。弟に世話を焼かれることは嫌いではなかったが、一夏にとって大事な時期であるため、一夏の邪魔をしたくないと、千冬なりに気を使ったのだ。

一夏は千冬が此処に居る裏事情を知らなかったため、少し問い詰めたかったが、今は教員と生徒の関係である。問い詰めるのなら、放課後の教員の就業時間が過ぎてからにしておくことにした。

 

「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君たち新人を1年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠15歳を16歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

千冬はそう自己紹介した。

このような高圧的な自己紹介を行ったのには千冬なりの思惑がある。

ISは条約ではスポーツとしての利用が規定され、戦術兵器としての使用を禁止している。だが、この条約が成立したのはそもそもISが世に氾濫し、戦術兵器として扱われたことにより、秩序を乱した過去がある。それはほんの一瞬の出来事ではあったが、その影響力は大きい。千冬はIS学園の生徒には無責任にISを使ってほしくないと考えていた。

故に、軍隊のような教育方法を取り入れることで、IS操縦者としての自覚を生徒たちに認識してもらおうという狙いがあった。

そのような狙いがあり、生徒には自分の狙いを汲み取ってほしかったのだが……。

 

「キャーーーーーーーーーー!千冬様!本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から」

 

という、黄色い声がIS学園一年一組の教室に木霊する。

他にも、『お姉様のためなら死ねます』やら、『もっと叱って、罵って』や『でも時には優しくして』や『そして、つけあがらないように躾をして~!』などの声が聞こえた。

一夏はため息を吐きながら、『この者らは卿の因子でも持っているのか?カールよ。』と内心呆れていた。一夏がそう思ったのには千冬の通り名が関係している。

モンド・グロッソの総合部門の優勝者をブリュンヒルデと言うのだが、大会連覇をしているため、モンド・グロッソの覇者の名前ではなく、千冬の通り名へとなっている。

ブリュンヒルデとはワルキューレの一人で、リヒャルト・ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』では、主神ヴォータンと知の女神エルダの娘とされ、女神と通じている。

そのため、女神を愛してやまない変態思考を持った友人と、女神の娘に憧れ頭に百合が咲いている少々危ない思考を持ったクラスメイトが重なってしまったのだ。

だが、カールのような女子が数十人も居ると考えれば、飽きることはないはずであるため、これは良い展開ではないかと一夏は思い至った。これを良い展開と考えるのは、カール・クラフトを友人と考えている一夏ならではことであり、常人なら発狂するような展開である。そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。

 

「諸君らにはこれから半年でISについての基礎知識を覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか?いいなら返事をしろ!良くなくても返事をしろ!」

 

千冬の言葉でIS学園初日のSHRと1限目のLHRは終わった。

その後、ISの座学やら、高校生としての通常授業が3コマ続き、昼休みとなった。

昼休みというのだから、大概の生徒は食堂で昼食を取るか、寮のキッチンで作った弁当を食べるのという行動を行うはずである。

にも、関わらず、数十人ほどのIS学園の生徒は昼食を取らずに、一年一組の教室前に来ていた。一夏とシャルルを一目見るためだ。そして、目的の人物である織斑一夏とシャルル・デュノアは教室で弁当を食べていた。

 

「ふむ。卿も料理をするのだな」

「うん。母子家庭だったから、病弱なお母さんの手伝いをしていたら、料理が出来るようになってね。フランスの家庭料理しかできないんだけどね」

 

そう言って、シャルルは弁当の蓋を開けた。

中には色鮮やかな野菜があり、弁当を魅せていた。だが、男子の割には少し量が少ない。

シャルルに続き、一夏も弁当の蓋を空ける。一夏の弁当は純和風だった。

 

一夏は少し料理が出来る。というのも、ラインハルト・ハイドリヒが黄昏の女神の守護者となり、グラズヘイムに戻ってから、正直暇で、やることと言えば、演奏会か殺し合いぐらいしかなかった。そのため、新たな自分の趣味というものを見つけようとした。

そして、見つけた趣味が日本料理だった。

というのも、グラズヘイムには料理が出来る者がシュライバーしかいなかったことが影響している。他の団員の料理スキルは壊滅的である。ベイは肉を串に刺して焼くしかできない。ザミエルはもっと酷い。何せ己の創造でご飯を炊こうとして消し炭にしてしまったという過去がある。騎士団の中で最も料理が出来るマレウスや、不毛な味の料理しか作ることが出来ないヴァルキュリアも居たのだが、ツラトゥストラの元に行ってしまったため居ない。シュライバーは料理をある程度は出来、料理自体は美味なのだが、どうもドイツ料理に偏ってしまう。そのため、食べる料理が既知感まみれだ。

故に、ラインハルトは食べたことのない料理を求めた。様々な国の料理が思い浮かんだが、シャンバラが日本であったことから、日本の料理というものに手を付けてみた。

一人では料理のスキルがなかなか上がらないため、城の髑髏から日本料理の知識を引出し、練習を始めた。最初は手加減し損ね、包丁でまな板を切ってしまうような失敗をしていたラインハルトだったが、今では生きている鯛を三枚おろしにし、舟盛りの活造りにし、残ったアラで赤だしを作れるほどの料理スキルを身に着けた。

 

「一夏の弁当も美味しそうだね」

「これぐらいなら、少し練習すれば誰でも出来る」

 

そして、一夏とシャルルは各々自分の弁当に箸を付けようとした。

だが、一夏とシャルルの手は止まった。一夏の携帯電話が鳴ったからだ。

ディスプレイを見ると、『凰鈴音』と表示されていた。

一夏は胸ポケットから電話を取り出すと通話ボタンを押し、右耳に当てる。

 

『一夏!今すぐ教室前のなんとかしなさいよ!アンタのところいけないでしょ!』

 

鈴の怒鳴り声が響く。右耳からは電話越しの鈴の声が、左耳からは二組に居ると思われる鈴の声が廊下を伝い直接聞こえてきた。そのため、一組の教室前に居た生徒たちは一瞬二組の方を見た。だが、一夏が席から立ち、廊下から出ていこうとすると、一組の教室前に居た女生徒達は視線を一夏に戻した。

 

「二組に用事がある。少々悪いが通してもらう」

 

一夏がそう言うと、廊下に居た女生徒達は左右に分かれ、一夏に道を譲る。

女生徒が分かれたことで出来た空間を一夏は悠々と歩き、二組へと向かった。

二組の教室の扉を開けると、IS学園の制服に身を包んだ鈴が立っていた。制服を自分で改造したらしく、肩が露出している。

 

「一夏、久しぶりね。積もる話をあると思うし、一緒にご飯食べよ」

「そうか。だが、生憎、弁当を教室に置いてきてな。それにもう一人の男のIS操縦者と食べている最中だ。私と昼を共にしたいのなら、卿が私のところに来るがいい」

「はいはい。じゃ、ちゃっちゃと行きましょう」

 

鈴は一夏を急かすように、背中を押しながら、廊下に出る。

そして、一夏の横を歩き、一組へと向かった。

そんな一夏と親しげで横を歩いている鈴を廊下に居た生徒たちは嫉妬の眼で見ていた。

鈴としては一夏との関係を見せ、他の女生徒と比べてアドバンテージがあることをライバル候補に示しているという思惑があったため、このような行動に出た。

 

「シャルルよ。待たせたな。紹介する、私の幼馴染の凰鈴音だ」

「アンタが二人目の男のIS操縦者ね」

「そうだ。彼がシャルル・デュノアだ。フランス出身の代表候補生だ」

「そうなの。ちなみにアタシも代表候補生だから、よろしくね。デュノア」

「よろしくね。ファンさん」

「『リン』で良いわよ。一夏のクラスメイトなんだし、苗字は余所余所しいから、名前で呼んでほしいんだけど、『リンイン』って発音面倒だし、日本語読みすると『すずね』でダサいから、そっちで読んで。アタシとしても呼ばれ慣れているから」

「じゃぁ、リン、僕もシャルルで良いよ」

「分かったわ。よろしくね、シャルル」

 

鈴はそう言うと、教壇に置かれていた椅子を取ってくると、シャルルの席の前に置き、椅子に座った。鈴としては、一夏と二人で食べたかったのだが、先約は向こうであるため、我儘を言うわけにはいかない。そして、シャルルの机の前に椅子を置いたのは、一夏の机の前には教卓があり、椅子を置くことが出来なかったからである。その代り、鈴は横向きに座り、一夏の方を見ながら昼食を取ることにした。

鈴は弁当の蓋を明ける。一段目はご飯で、二段目は酢豚であった。

 

「一夏、アンタのために作ってきたから食べなさいよ」

 

鈴は顔を真っ赤にさせて、弁当を差し出す。

一夏は酢豚を見た瞬間、一年半前の鈴との約束を思い出した。『酢豚が美味しかったら、蹴り殺してあげる。』というあの約束だ。鈴が自分を蹴り殺せるとは到底思えない。だが、鈴の蹴りは自分に痛みというものを与えてくれる渾身の一撃かもしれない。

鈴の蹴りを喰らってみる価値があるかもしれない。

そこで、鈴の酢豚を一口食べた一夏は鈴にこう言った。

 

「美味い」

「ほんと!」

「あぁ、故に、私を蹴り殺してみせろ。鈴」

 

黒歴史を思い出してしまった鈴は思わず一夏を本気で蹴ってしまうのだが、一夏の体が硬すぎるため、鈴は一時歩けなるほどの重度の捻挫をしてしまった。

そんな鈴をお姫様抱っこで保健室に連れて行こうとすると、鈴は途中で気絶していた。

一人残されたシャルルは一夏と鈴の会話が理解できず、頭を抱えていた。

 


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