IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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更新遅れてすみません。
インフルに罹ってしまい、死にかけました。
皆さんも気を付けてください。

屑霧島


ChapterⅧ

「惜しかったね、一夏♪」

 

賭けに勝った嬉しさにより少し弾んだ声で鈴は一夏を向かえる。

敗者に対してそれは無いだろうと普通の人なら思うかもしれないが、一夏はそんな細かいことは気にしない。鈴も一夏がそういう人だと知っていてやっている。

 

「勝負には負けちゃったけど、第三世代型のシールドエネルギーを一撃で0にしちゃうなんて凄いよ。一夏!」

 

シャルルは少し興奮気味だ。

先ほどの試合は一夏の圧勝で終わったが、魅せてくれる試合であった。

故に、観客の一人であったシャルルが退屈する筈がない。観客席で一夏とセシリアの試合を見ていた観客のクラスメイト達の大半は同じ感想を抱いていた。

 

「そうか。卿ら観客の心が躍ったのなら、私の敗北も無価値ではなかったと言えよう。時に、シャルルよ。卿は試合の準備をしなくて良いのか?この後、セシリア・オルコットと試合であろう」

「オルコットとデュノアの試合は延期だ」

 

アリーナのピットに入って来た千冬は言った。

千冬曰く、ISには自己修復機能が搭載されているが、現在のブルー・ティアーズの能力と損壊の程度から完全に修復されるまでに三日はかかるらしい。今の状態でセシリアのブルー・ティアーズがシャルルのラファール相手に戦えば、セシリアの惨敗どころの話ではなく、単なる虐殺ショーのようなものへとなり下がってしまう。この試合に公平性を求めるのであれば、三日待ち、セシリアのブルー・ティアーズは完全に元の状態に戻す必要がある。これにはシャルルもセシリアも納得した。

決闘なら、後腐れ無いように、お互いベストの状態でなければならない。

それがISの試合の通常ルールだからだ。

 

「では、食堂でも行くとするか。鈴、シャルルよ」

「お待ちになって」

 

一夏が歩き出そうとすると、後ろから声が掛けられた。

声の主はセシリア・オルコットだった。

 

「貴方は何故そこまで強いのですか?」

 

圧倒的な力量差を見せつけられたセシリア・オルコットは一夏に聞く。

自分もあの時この強さを持っていたのなら、自分の守りたい物に集ろうとしたハエ達を自分の力だけで追い払うことが出来たはずだ。

 

「では、逆に卿に問う。何故、蛇は毒を持った?どうやって彼が毒を手に入れたかではなく、何故蛇は毒を持つように進化したのかだ。何故、彼らは現状良しと受け入れなかったか、卿らには分かるか?」

「……蛇が毒を持つ理由」

「今は蛇を比喩に出したが、これは別に蛇に拘った質問でない。別の動物で質問するのなら、亀は強固な甲羅を持ち、鹿は鋭利な角を持った?で良いだろう」

 

その場に居合わせた鈴とシャルルも考える。

進化の切っ掛けは何なのか?

 

「……毒を持つことを願ったからですわね?」

 

セシリアは答えた。

 

「そうだ。逃がした得物を恨みながらか、強敵に食われながらか、分らんが、蛇は願ったのだよ、獲物を仕留めたいと、身を守るための毒を持ちたいと。己の渇望を知り、己の飢えを満たすことに対し、真摯でありつづけた最果てに、彼らは己自身を変え、毒を手に入れたのだ。」

「己の渇望…。」

「卿の強くなる方法は己の渇望を知ることだ。セシリア・オルコット。その渇望が己自身を変えるモノでも、己以外のモノが変わってほしいというモノでも構わん。渇望を受け入れれば、卿の甲羅は強固になり、角は鋭利になるだろう。」

「そんな簡単に自分が変われますの?」

「容易だ。卿は人と話したいという渇望があったからこそ、言葉を操れるようになったのだろう?ISを誰よりもうまく操縦したいという渇望があったからこそ、ISの訓練に励み、卿は英国代表候補生の座を手に入れたのだろう?であるなら、卿が心の深奥の渇望を知れば、今まで以上の成長を遂げよう。」

 

一夏は踵を返し、鈴とシャルルと共に食堂へと向かった。

一夏の足取りは軽やかで、心は澄み渡った青空のごとく晴れていた。

彼は見つけたのだ。己の騎士団に加わる素質のある者を、楽員で楽器を奏でる者を。

この瞬間を彼は待ち続けたのだ。十五年も。

彼がこれまで生きてきた時間を考えれば、客観的に言えば刹那とも呼べる時間だったかもしれない。だが、彼の主観からすれば、この十五年は途方もない時間だった。

彼らの演奏を今以上に美しいモノにしたい。共に全霊の境地へ行軍する英雄が欲しい。

その最初の一歩を踏み出した、この瞬間を彼は待ち望んでいたのだ。

といっても、自分自身を良しとしなければ、一夏はセシリアを騎士団に入れるつもりはない。

 

一夏と鈴とシャルルは食堂で少し早目の夕食を取った。

食べ終わり雑談し休憩を取っている時に、鈴が言った。

 

「ねえ、一夏、罰ゲーム覚えているでしょうね?」

「無論。私は約束を違えん。卿の望む時に、何時でも正座をしてやろうではないか」

「そうね。二人っきりの時にでもしてもらおうと思ってるから、覚悟してなさいよ」

「二人の時か?構わんが、卿は私が正座して何か得するのか?……あぁ、なるほど、卿の望み分かったぞ。鈴よ」

 

一夏は何か納得し、頷き始めた。

一方の鈴は一夏に膝枕してもらいたいという狙いが通じたのだと、嬉しくなる。

 

「私が屈んだ方が、蹴りが入りやすいからだろう?」

「はぁ?」

 

一夏の発言が予想の斜め上を言ったせいで、鈴の眼は点になる。

蹴る?自分が?一夏を?ナニイッテルンデスカ?

一夏は何を言っているのか、鈴は必死に考えるが、思い至らない。

 

「卿が私を蹴り殺すという約束ようやく果たしてくれるのか。待ったぞ。鈴よ。さあ、卿の全力の蹴りを、卿の全霊の境地を私に見せてくれ!」

 

一夏の言っていることがようやく分かった鈴は『酢豚が美味かったら、蹴り殺してあげる』という黒歴史を思い出してしまう。鈴は金魚のように口をパクパクさせると、顔を真っ赤にして、一夏から逃げ去ってしまった。

鈴の行動の真意を読み切れなかった一夏は腕を組み、悩む。

 

「一夏って、わざとやってるんじゃないかって思う時有るよね」

 

シャルルは乾いた笑い声しか出てこなかった。

一夏はいつまでこのネタを引っ張るんだろうと、シャルルは呆れていた。

そんな時だった。一夏とシャルルの視界の端に閃光が走った。

眼鏡をかけた二年生の女子が持ったカメラのシャッターだった。

 

「はいはーい、新聞部でーす」

 

名刺を渡してきたのは二年生の新聞部の副部長黛薫子だった。

どうやら先ほどのセシリアとの試合の取材に来たらしい。

本当は一年一組のクラス代表の記事を書くつもりだったのだが、セシリアとシャルルの試合が延期になったため、一夏とセシリアの試合が今回の記事になったらしい。

 

「かなりのハンデを自分から付けたって聞いたけど、何故自分からハンデを付けたのか教えてくれる?」

「ふむ。そうだな。私はな、セシリア・オルコットが毛を逆立て自分を大きく見せ、威嚇をするしか能のない飼われた猫にしか見えんかったのだ。猫ほどのか弱い生き物が相手ならば、私としては打倒するのは容易だが、見ている観客が退屈しよう。ISはスポーツ故、観客が飽くような試合をする選手は選手として三流である。故に、少しでも観客を魅せようと、思ってのことだった」

「ほうほう、相手が弱く見えたから、観客を楽しませるために、強気に出たと。では、次の質問、織斑君は攻撃の数を指定して勝負を決めるって言ったよね?クラスメイトから聞き取りで、友達の数って聞いたけど、どうして友達の数にしたのか教えてくれるかな?」

「私はな。ある者との戦いで、全霊をもってして、初めて敗北したのだよ。私は勝てると確信していたにもかかわらずだ。」

 

薫子は一夏が負けたという言葉に薫子は食いつく。

隣に居たシャルルも驚いている。

すべての運動系の部活の体験入部で圧倒的な力を見せつけた一夏が負けるとは思っていなかったからだ。薫子は一夏の言葉を一字一句メモ帳に書き取っていく。

 

「私を打倒した彼曰く、友人との繋がりを疎かにしたことが私の敗因だそうだ。それ以来、私は友人を大切にしている。故に、友人に関係する物に肖れば、勝てると思ったのだが、この戦いが私一人であった所為か、結果は知っての通りだ。いやはや、私は残念で仕方がないよ」

「なんか、RPGゲームで勇者に負けた魔王の敗因みたいだね」

「魔王のよう…か…面白い見解だな。私に相応しい敗因だと、真摯に受け止めておこう」

「次の質問、織斑君から見て、オルコットちゃんとの試合はどうだったかな?実際に戦ってみて思った以上に強かったとか?」

「序盤はつまらんかった。最初の宣言通り、五撃で沈められると思ったよ。だがな」

 

そこで、一夏はにやりと笑う。先刻の戦いを思い出し、胸が高鳴ったからだ。

あぁ、先ほどの戦いは至高には遠かったが、心躍る時間だった。彼にとって戦いとは真剣に他者と向き合い、自分の愛を相手に与え、破壊する時間なのだ。

故に、セシリアがどういう人物なのか一夏は感じ取ることが出来た。

 

「私の推測は浅はかだったよ。彼女は飼われた猫の類でなく、固い甲羅に持つ陸亀か、大きな角を持つ鹿などの獰猛な野生動物の類だったよ。彼女にどのような災難があったか私は知らんが、彼女はそれを乗り越え、強くなり、自尊心を持つようになったのだろう。能ある鷹は爪を隠すという言葉があるが、不意にかかって災難を払いのけ続けなければならない陸亀や鹿は己の甲羅や角を隠す必要はないからな。そんな彼女の自尊心である甲羅や角を、虚栄心と見誤っていた私にこそ敗因がある。」

「なるほどね。最後の質問ね。クラス代表になるのはオルコットちゃんかシャルル君か、どっちになると思う?」

「どうだろうな?どちらが勝ってもおかしくないと私は思うよ。『男子三日会わざれば刮目して見よ』という言葉があるが、今の時勢において言うのであれば、これは男に限ったことではあるまい。オルコットとシャルルがこの三日で何を知るか、それで全て決まろう」

「お!意味深な言葉良いね。この三日間密着取材すれば、何かわかるかもってことだね。というわけで、シャルル君、明日から三日間『おはよう』のチューから『オヤスミ』のチューまでよろしくね」

「………えぇ!一夏、余計なこと言わないでよ。まだキスしたことないのに……怖いよ」

 

シャルルは涙目で薫子を見る。真正面の至近距離でシャルルの仕草を見てしまった薫子は数秒間ヴァルハラへ旅立ってしまう。横で見ていた一夏は呆気にとられ、唖然としている。離れた席に座っている女生徒がコソコソ話している。

 

「シャルル君の唇…欲しいな」「やっぱり時代は一シャルね」「『…怖いよ』シャルルは初めて知る未知の快感に戸惑っていた。『大丈夫だ。怖くないぞ』とシャルルの耳下で千冬は囁き、押し倒し……夏コミはこれで決まりね」「部屋に閉じ込めて、縄で縛ってシャルル君の全てを……っう!……ふぅ」「シャルル君のどんな味するんだろ?白子に近いのかな?」

 

感覚が鋭い一夏の耳には怪しい言葉が幾つも入って来るが、一夏は無視することにした。

 

「…っと、取材協力ありがとうね。明日には新聞張り出すから、よろしくね。それじゃ、バァーイ」

 

薫子は手を振りながら、去っていく。

一夏とシャルルも立ち上がり、盆を返却すると寮の自室へと向かった。

 

「ねぇ、一夏。さっきオルコットさんに自分の渇望を知ることって言っていたけど、一夏は自分の渇望を知っているの?」

「無論。シャルル、卿は己の渇望に気付いたか?」

「僕の?」

「あぁ、卿の魂も何かに飢えているだろう?」

「僕はそんなの今のところは無いよ。何不自由なく生きているからね」

「……そうか」

 

一夏はベッドの上で横になり、瞼を閉じた。数分後には寝息を立てている。

一方のシャルルは一夏から借りた本を読み時間を潰す。ジャンヌ・ダルクの本だった。

 

「僕も最後は処刑されちゃうんだよ。一夏」

 

 

一方その頃、セシリアは寮のベランダで紅茶を飲んでいた。

彼女の寮のベランダは西向きで、彼女の視線のはるか先に祖国であるイギリスがある。彼女はこれまでの自分を振り返る。一夏との試合を思い出していたからだ。

 

イギリスの貴族の母親の下に生まれ、両親が事故死するまで何不自由なく育ってきた。両親が死んでから、彼女は母の残した遺産や名誉を守るために、努力した。人生で最も鮮烈に走った時期は両親が死んでからISの代表候補生になり国からの保護を受けるようになるまでだろう。

あの時こそが人生で一番生きていると実感していた。故に、彼女はあの時の気持ちを思い出せば、自分の渇望が何なのかきづけると思った。あの時の自分の渇望は……

 

「………これが私の渇望なのでしょうか?」

 

もし、この仮説があっているのだとすれば、自分はどう変わるのだろうか?

先ほどの蛇の話なら、蛇は毒を持つという結果にたどり着いた。自分の場合は、どのように、自分の何が、世界の何が劇的に変わるのだろうか?

 

「しかし、あの織斑一夏の言葉は不思議ですわね。……魔性というのでしょうか?強く惹きつけられますわ。織斑さんが何を思っているのか私には分かりませんが、あの方なら、私を導いてくれそうな気がしますわ。もう少し早く会っていれば違った人生になったのかもしれませんわね」

 

 

三日という時間はあっという間に過ぎ去った。

秘密裏に行われていた『シャルル君VSセシリアちゃんのトトカルチョ』なるものが摘発されたり、薫子がプライバシーの侵害で謹慎処分にあったり、鈴が一夏に無言で何回も蹴ってきたりといろいろあった。

そして、三日目の放課後にブルー・ティアーズは完全に修復し、シールドエネルギーの容量が最大になったことを確認し、セシリアとシャルルの試合が始まる。

一夏と鈴は観客席で、二人の試合を見ていた。

 

「カスタム機って聞いてたけど、原型に無くなってるわね」

 

シャルルの専用機はラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡという量産機ラファール・リヴァイヴのカスタム機だ。機体の色や武装の数などにおいて違いがあった。

武装の数が多ければ多いほど戦術の種類は広がるが、それだけ操縦者の技術が問われる。

故に、多種多様な武器を使うシャルルの技量は非常に高いと言えよう。

だが、セシリアの技量も高いため、二人の試合はほぼ五分五分で、どちらが勝ってもおかしくないような試合だった。

 

セシリアは後退し、相手との距離を取りながら、ブルー・ティアーズを巧みに操り、シャルルのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのシールドエネルギーを削っていく。一方のシャルルは多種多様な武器を使い分け、セシリアのブルー・ティアーズのシールドエネルギーを削っていく。それと同時に、シャルルは距離を詰めようと試みる。

シャルルが距離を詰めようとするのには理由がある。シャルルにはこの均衡状態を一気に覆すことのできる近接格闘武器を持っていたからだ。

 

灰色の鱗殻(グレー・スケール)

 

盾殺しと呼ばれるこの武器は様々なISの大会で逸話を残している。

これが当たれば、シャルルの勝利はもはや確実である。

だが、当たらなければ、シャルルの負けとなってしまう。なぜならば、シャルルの射撃武器は実弾兵器で、実弾兵器は弾が無くなれば射撃武器はお荷物になり下がってしまうからだ。拡張部位が広く、多く弾を載せているとはいえ、彼女のブルー・ティアーズのビームの容量に比べれば低く、先に弾切れを起こすのはシャルルであることは明確だったからだ。となると、このまま長期戦が続けば、シャルルに残るのは近接格闘武器のみとなり、セシリアのブルー・ティアーズが稼働している時間というのが出来てしまう。近接武器を振り回しながら、遠隔操作の遠距離射撃の武器を操るセシリアに接近するだけの技量をシャルルは持っていない。だが、セシリアの場合、弾が飛んでこなくなるのだから、回避行動を取らなくて済むため、射撃に集中でき、命中率が上がる。

このことは二人とも知っており、シャルルは射撃武器が使えるうちに接近したい。一方のセシリアは現状を維持し続けたい。

 

「当たって!」

 

シャルルは両手に持つサブマシンガンの銃口をセシリアの方に向ける。

十数発の弾が発射され、その内の数発がセシリアのブルー・ティアーズに着弾したことで、シールドエネルギーが極少量削られた。それだけなら、何の問題もなかった。

問題だったのは、その内の一発がスラスターに着弾したことだった。

スラスターは上空で体勢を保つには必要不可欠であり、鳥にとっての翼のようなものだ。故に、スラスターが破損すれば、空中で体勢を保つことは困難である。

翼を失った鳥は地に落ちる。セシリアは墜落の衝撃を頭に受けないように、損傷していないスラスターを使い、体勢を変えて、着陸する。

この損傷では、地面の上を滑走することは出来ても、この試合中に空は飛べない。セシリアが出来ることはブルー・ティアーズを操りシャルルを攻撃しながら、左右に蛇行しながら後退することだけだった。一方のシャルルはセシリアの回避先が読みやすくなったことで、距離を詰めやすくなり、攻撃も当りやすくなる。

 

「きゃぁ!」

 

シャルルのサブマシンガンの弾が再びスラスターに着弾し、ブルー・ティアーズのスラスターが黒煙を上げる。これにより、セシリアのブルー・ティアーズの機動力は大幅に低下し、徐々に距離を詰められる。

焦りからセシリアはブルー・ティアーズの操作をミスしてしまう。

不用意にシャルルに近づきすぎたのだ。

これをチャンスだと踏んだシャルルはレイン・オブ・サタディを放つ。ブルー・ティアーズの一つがこれにより不能なり、セシリアは攻撃の手数の低下を引き起こしてしまった。

これを好機だと判断したシャルルは右手のサブマシンガンを撃ちながら特攻する。それと同時に、左手に高速切替で、グレー・スケールを出す。特攻により、シールドエネルギーの減少は速いが、グレー・スケールを打ち込むには十分な残量だ。

セシリアが射撃武器でシャルルを倒すには距離と時間と速さが足りなかった。

ブルー・ティアーズが全機あったのならば、勝機はあったかもしれないが、もしらばの話をしても仕方がない。

セシリアは打開策を見いだせないまま、シャルルの接近を許してしまう。

 

「オルコットさん、悪いけど勝たせてもらうよ!」

 

シャルルはセシリアまで5mのところで、左手を振りかぶる。

この距離、この場所、この体勢においてセシリアはシャルルの攻撃を避けられない。

ブルー・ティアーズの訓練ばかりで、近接格闘武器の訓練を行っていなかった結果だった。

ミサイル型のブルー・ティアーズという迎撃手段も考えたのだが、この至近距離では自分も爆発の衝撃に巻き込まれてしまうため、このシールドエネルギーの残量では使えない。

これで勝敗は決まったと誰もがそう思った。

この試合を見ていた観客の全員が、試合の審判をしていた千冬も真耶でさえも。

試合を行っていたシャルルもセシリアも。

だが、セシリアはこの試合の流れを理解できても、納得できなかった。

また、自分は負けてしまう。

前の試合は一夏との実力差が圧倒的であったため納得できたが、この試合はどうだ。

あまりにも僅差であり、偶然によって自分が追い詰められ、敗北する。

そして、自分が積み上げてきた物が壊される。

セシリアはそれが納得できなかった。認めたくない。

 

自分のモノを壊そうとする者を射倒したい。

 

セシリアはそんな『渇』きが満たされることを『望』んだ。

 

「え?」「なんですの」

 

セシリアが左手に持ったブルー・ティアーズのスターライトmkⅢが突如青く光り、形を変え、ブルー・ティアーズの青を基調とした洋弓と一本の矢となった。

突然の出来事に、この試合を見ていたほとんどの観客、ブルー・ティアーズの操縦者であるセシリアでさえも驚いた。だが、驚いてばかりいられない。

セシリアは洋弓と化したスターライトmkⅢの弦につがえられた矢を引く。

 

当然、シャルルも驚いていたが、この振りかぶった手を下すことは出来ない。ここで決定打を打ち込まなければ、試合は長引き、長期戦へともつれこんでしまうからだ。長期戦になれば、シールドエネルギーを無視して行った特攻が無意味となってしまい、自分が不利な試合展開になる可能性が高い。それにこの至近距離で遠距離武器である弓はあまりにも場違いであり、使えたとしても狙いを定める時間は無い。今この体勢でセシリアが矢を放ったところで、当たると思われる場所は自分の肩であり、攻撃前に矢が飛んできたところで、避けるのは屈むだけでよいのだから容易であり、グレー・スケールの攻撃に支障をきたさない。セシリアはこの武器の出しどころを間違えた。

今こそが絶好の好機とシャルルは判断した。

 

「一か八かですわ!」

 

セシリアは矢を放った。

シャルルは屈み、矢をやり過ごそうとしたが、思いがけないことが起きた。

 

「…う……そ」

 

シャルルは我が目を疑った。

矢は本来直線に飛ぶものである。これは自明の理であり、周知の事実である。

だが、セシリアの放った矢は蛇行し、ありえない弾道を描き、グレー・スケールに深々と刺さった。これにより、グレー・スケールは損壊し、使用不能へと陥った。それと同時にシャルルのラファール・リヴァイヴのシールドエネルギーは減り、体勢を崩してしまった。この隙に、セシリアはシャルルから距離を取り、ミサイル型のブルー・ティアーズを放った。

シャルルは迎撃しようとレイン・オブ・サタディを高速切替で呼び出したが、間に合わず、ミサイル型のブルー・ティアーズを被弾する。これにより、ラファール・リヴァイヴはシールドエネルギーを失い、戦闘続行不能となった。

 

「勝者、セシリア・オルコット」

 

審判の宣言により、試合は終わった。

大逆転により勝利したセシリアと代表候補生であるセシリアをあと一歩のところまで追いつめたシャルルに観客たちは拍手を送った。

 

「単一仕様能力なんてすごいね、オルコットさん」

「セシリアで構いませんわ。それに、デュノアさんこそ十分強かったですわ」

「そう?そう言ってもらえると嬉しいね。ありがとう。それと、僕もシャルルで良いよ」

 

二人は互いの健闘を称え、握手を交わした。

ブルー・ティアーズのモニターに表示されたウインドウにはこう書かれていた。

 

単一仕様能力 処女神の狩猟弓 (トクスォ・テーレウシス・アルテミス)

 




セシリアの単一仕様能力についてかなり悩みました。
最終的に、処女神の狩猟弓という形に収まったのですが、読み方をトクスォ・テーレウシス・アルテミスとギリシャ語にしました。
セシリアはイギリス人で英語にすべきかなと思ったのですが、英語じゃ中二病成分が少ないと思ったので、アルテミスという言葉がギリシャ語だったため、ギリシャ語にしました。中二病成分がそれなりにあるので、セーフということで一つ。
能力については……ザミエルとは類似しますが別物…とだけ今は言っておきます。

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