IS -黄金の獣が歩く道-   作:屑霧島

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ChapterⅨ

シャルルを迎えに行くために、一夏と鈴はアリーナのピットへと向かった。

すると、ピットではセシリアとシャルルが話していた。試合を交えて、互いの実力を認め合ったからだ。セシリアは一夏を見つけると声をかけてきた。

 

「織斑さん、的確なアドバイス感謝いたしますわ。おかげかどうか不明ですが、単一仕様能力を使うことが出来ましたわ。それと、先日は無礼なことを言ってしまい、大変申し訳ありませんでした」

「よい。それを言うのであれば、卿を過小評価し貶めた私も同罪だ。故に、アレは水に流そうではないか。それと、セシリア・オルコット。私のことを一夏と呼ぶがいい」

「それでは私のことはセシリアとお呼びくださいな」

「了承した。鈴、卿も挨拶なり宣戦布告なりしておけ。クラス対抗戦で戦うのであろう?」

「……そうね」

 

鈴はセシリアの正面に立つと、セシリアの目の前に鈴の専用機甲龍の近接格闘武器である双天牙月を向ける。突然現れたISの武器にシャルルは驚く。

部分展開。

IS操縦の初心者では到底できない技術だ。しかも、鈴はそれを素早く展開した。

この事実を見れば、鈴が技量の無い専用機持ちでないということに誰もが気付くだろう。

 

「中国代表候補生、凰鈴音よ。他の国の代表候補生には興味なかったけど、一夏に認められたアンタに少し興味が湧いたわ。試合、楽しみにしているわよ」

「イギリス代表候補生、セシリア・オルコットですわ。私の力、貴方に知らしめて差し上げますわ」

「一週間後が楽しみね」

「それはこっちの台詞ですわ」

 

二人は互いに笑い、試合が楽しみで仕方がないらしい。

その後、四人は親睦を深めるために、セシリアのクラス代表決定祝いパーティとなった。

ただ食堂の料理で祝うのも面白みに欠けると考えた鈴がそれぞれの国の料理を作り、皆で食べ比べをしようと提案した。

この提案にセシリアとシャルルが乗ったうえに、パーティを聞きつけた一年一組のクラスメイトも賛成したため、多数決で料理大会の開催が決定した。このことを耳にした新聞部が取材にやって来たため、個人のイベントが学校レベルのイベントと化していた。

調理室の一角を借り、四人は料理をした。シャルルがフランス料理を作り、鈴が中華料理を作り、一夏が日本料理を作った。

ここまではよかったのだが、…セシリアが何かを作ってしまった。

その何かを見てしまったクラスメイト達の額から冷や汗が大量に吹き出てきた。

 

「ねえ、セシリア。これ、なんて言う料理だっけ?僕ね、自分の国から出たことないから、他の国の料理について詳しくないんだ」

「シャルルさん、我が国の誇るイギリス料理フィッシュ・アンド・チップスですわ。今回は私流に、チョコレートとチーズ、獅子唐で味付けしましたの」

「……迷彩色の料理初めて見たわよ」

「あぁ!なるほどね!ねえねえ!こっちは?」

「愚問ですわ、シャルルさん、イギリスの肉料理ローストビーフですわ。こちらもオリジナルにブレンドした秘密の粉を使っていますの」

「……なんかアマゾンの奥地に住んでいるカエルでこの色見たことあるわよ……確か、警告色って言うのよね?この色……ヒィ、動いた」

「セシリアって凄いね!」

「……ある意味ね」

 

コメントに困りテンションがハイになっているシャルルも横で、鈴が呟く。

鈴の声が聞こえた数人のクラスメイトは鈴の言葉に頷く。セシリアという明確な敗者の排出により料理大会そのものは恙なく終わった。

だが、食べ比べは終わっていない。食べ比べという言葉は読んで字のごとく、互いの料理を食べることで比較することである。であるならば、全ての料理を食す必要がある。

当然、セシリアの料理を食す必要があるのだが…

 

これ食べられるの?

 

ほとんどの者の頭の中で警報が鳴り響いている。これは危ない。食品ではなく、劇物だ。

ある者はこの何かを毒の胞子を発するキノコだと表現した。

別の者はジャパニーズ・ジャイアント・ホーネットの巣であると表現した。

また、別の者はエーリアンの幼体であると表現した。

手を触れるどころか、箸で掴むことさえ危険だと、生物としての本能が告げている。

己が生物である以上、これに関わってはならない。

 

ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ

 

皆はセシリアの料理を恐れた。

 

だが、この男は違った。

一夏は箸で痙攣するように動く赤と青と黄色のローストビーフ摘まみ、口に入れた。

咄嗟の出来事に周りに居た女生徒達は一夏を止めることが出来なかった。美味な日本料理を作った一夏がまさかこんなゲテモノに手を出すとは思っていなかったからだ。

一夏はしっかりとローストビーフを噛みしめる。

 

「面白い味だ」

 

話は変わるが、味というものが複数存在するのには理由がある。

旨味は損壊しては再構成と成長を続ける生物の身体において必要不可欠である蛋白質を認識するためのシグナルである。再構成と成長の際に欲するようにできている。

甘味は人の体を動かすエネルギーであり、車にとってのガソリンのようなものである糖分を認識するためのシグナルである。疲労が蓄積した際に欲するようにできている。

故に、人は旨味と甘味を美味という形として求める。

だが、苦みは違う。苦みは毒物に対するシグナルである。毒も量を間違えなければ、薬となるため、少量は求めても苦痛にはならない。だが、多量となれば、人体にとって、有害であり、危険である。故に、拒絶するようにできている。

同様のことは酸味と塩味にも言える。必要な時に少量を求めるが、多めに摂取すれば、人体に影響がある。故に、酸味も塩味も苦みと同類ではある。

これらのものを適量に摂取できるように、味覚は出来ているのだ。

 

以上のことを踏まえたうえで、話を戻そう。

セシリアの料理は圧倒的な苦みと酸味と塩味、それらに追随するかのように襲ってくるエグ味、渋味、生臭さが後味という形で残り続ける不協和音だけの長時間演奏である。

噛めば噛むほど惨劇の調べや悪魔の悲鳴が聞こえてくるような感覚に襲われる。

なまじ硬度がある所為で、飲み込むには噛まざるを得ない。

吐き出したくても、舌がその物体を押し出そうとすることを拒絶している。料理から染み出る出汁とも呼べぬような汁が口の中を蹂躙していくからである。それに、口を開ければ、口から出る刺激臭が鼻を焦がし、目を焼いていく。噛み、飲み込む方がまだマシと言えよう。

故に、口から出させることは不可能である。

だが、飲み込んでから、後悔する。あぁ、無理をしてでも吐いておくべきだったと。

セシリアの料理は口や食道、胃に繋がる器官も汚染し始めるのだ。

吐き気はするし、涙は出る。鼻水は出るし、耳鳴りはする。頭痛はするし、悪寒が走る。震えは止まらないし、視点は定まらない。体は動かないし、正常な思考も働かない。

セシリアの料理はこれらを一夏にもたらした。

これを耐えきれたのは一夏の体が聖餐杯の贋作であり、彼の魂がラインハルト・ハイドリヒだからである。

これほどの効能だ。セシリアの料理は圧倒的な劇物と言って相違ない。

舌の上に乗せただけでも子供であれば卒倒もの、大人が食べても悶絶必至。

味盲という後遺症を残してもおかしくない代物だ。

 

では、何故一夏はセシリアの料理を不味いと言わずに面白い味と評したのか。それはセシリアの料理はただ単純な不味さによるものではなかったからだ。不味さと不味さが重なり合った結果、不味さの相乗効果を生んだということもあるのだが、濁った美味があったからだ。セシリアの料理には、圧倒的な最悪の後味があるが、風前の灯のようにわずかな肉の旨味が残っていた。また、一夏がセシリアの料理を飲み込んだ時に、達成感を覚えた時に分泌される脳内麻薬ドーパミンが劇物を飲み込んだという達成感を覚えた一夏の脳から分泌された。

これらの旨味とドーパミンが圧倒的な不協和音で濁されてしまっているため、濁った美味と評したのだ。つまり、セシリアの料理は圧倒的に不味く、体に悪いが、ほんの少し救いがある。故に、一夏は濁った旨味と圧倒的な不味さを合わせて、面白い味と言った。

 

面白い味と聞き、それがどういった物か一夏に聞きもせず、分らないまま、興味本位で口に含んだ生徒が数人居たが、その生徒らの末路は言うまでもないだろう。

ちなみに、セシリアは気絶寸前の鈴に食べさせられて、道連れにされた。

このパーティーをきっかけに、セシリアに料理をやらせるなという淑女協定がIS学園中に広がったのは有名な話であったりする。

 

多数の重傷者を出したことにより、一夏とシャルル、セシリアの料理を食べなかった数人の生徒で後片付けをし、セシリアのクラス代表就任パーティーは終わった。

 

「一夏は体大丈夫?しんどくない?」

 

片づけが終わり、寮の廊下を歩いていると、隣を歩くシャルルが聞いてきた。

セシリアの料理を食べて今立っていられるのは一夏だけだったからだ。

 

「問題ない。針で山を崩せないのと同じだ。あの程度で私を崩せるはずがない」

「一夏って胃袋も規格外なんだね」

「私としてはセシリア・オルコットの料理の方が規格外だと思ったがな。アレは既存の理屈を全く無視している。いや、彼女の場合、無知なのだろうな。料理という分野に対し無知であるにも関わらず、彼女は既知から逸脱した未知なる物を導き出した。これには感嘆するほかない。彼女のローストビーフは素晴らしかった」

「それって褒めてないよね?」

「いや、褒めている」

「どうして?」

「では、問うが、過去のトラウマにより水を嫌う泳げない少年を卿が一人で指導し、彼をこの島国から大陸まで海豚より速く泳がすにはどうすれば良い?」

「そんなの無理だよ。僕は心理学の専門家じゃないからトラウマの解消の仕方分らないし、そもそも人は日本から中国まで泳げないし、海豚より速く泳げないよ」

「そうだろうな。先ほどの問いに対する明確な答えを私も持ち合わせておらん。卿と同様に問いが常識から逸脱した未知であるが故に、私はその少年が人である限り、海豚より速く泳がせる方法など無いと思っている。だが、彼女はそれと同様の偉業を達成させたのだ。心理学やスポーツ科学、流体力学など一切使わずに、未知なる方法で、未知なる問いにし、未知なる答えを出したのだ。これを称えずにはいられまい」

 

自室に戻った一夏は渋めに入れたアッサム・ティーを飲む。

就寝前に濃い紅茶を飲むと目が覚めてしまい、寝れなくなってしまうが、未だに残るセシリアの料理の後味を消すには丁度いいぐらいだ。

本音を言えば、酒が良かったのだが、この身はIS学園に席を置く十五歳の日本人だ。

酒を買う機会もなければ、飲む機会もないし、そもそも飲むことすら許されていない。

姉の部屋行けば、盗むことは出来るであろうが、自分は盗人に落ちたつもりはない。

酒は好きだが、溺れ、依存しているわけではない。別になくても構わない。

 

「じゃあ、僕、さきにバスルーム使わせてもらうね」

「了承した。私はしばらく音楽でも聞きながら、茶でも楽しむとしよう」

 

シャルルはバスタオルと着替えを持つと、バスルームに入っていった。

数十秒後にはシャワーの音が聞こえてくる。

 

一夏はウォークマンで音楽を聴こうと、イヤホンを装着し、ウォークマンを操作した。

ランダム再生で選曲された結果出てきた曲はイギリスの作曲家でエドワード・エルガーの「威風堂々」だった。少々夜には合わない曲だったが、今日というセシリア・オルコットが試合で大勝した日において、これほど合っている曲はないだろう。

この作曲家もセシリアも同じイギリスの貴族なのだから。

 

「彼女の渇望がどのようなものか知らぬが、悪くはない。」

 

あの時、洋弓から放たれた矢は軌道を修正し、シャルルのグレー・スケールを貫いた。

何故、あのような奇怪なことが起こったのか、セシリアのブルー・ティアーズの単一仕様能力とはどのようなものなのか一夏は考える。

最初に閃いたものが、弾道操作であった。これなら、直線に飛ぶはずの矢が曲線を描いたのに納得しよう。だが、弾道操作が彼女の単一仕様能力の全貌であるなら、彼女は何故態々シャルルのグレー・スケールを狙ったのかという疑問が残る。シャルル自体を貫けば、セシリアはあの時点で勝っていたのだろうに、彼女は何故それをしなかった?

人を殺すかもしれないと恐怖したのか?という疑問が上がったが、ISを纏っている限り負傷はしても、死に至ることはそうそうない。

単一仕様能力に、人を狙えないという制約でもあるのだろうか?

 

「私一人で論じていても仕方あるまい。彼女が私の友人として、騎士団に加わり、楽器を奏でる臣下となりうるのなら、いずれ分かろう。仮に私に刃向かう障害となったとしても、十分に楽しめよう」

 

一夏はイヤホンを外し、席を立ち、台所へ向かいポットに湯を注ぐ。

砂時計を逆さまにし、湯が茶へと変貌を遂げる時を待つ。

二番煎じは少し味が薄くなるが、何処の喫茶店でもやっていることだ。今さら気にすることでもあるまい。二杯目は味を濃くするために、ミルクと多めの砂糖を入れる。

一夏はそれを持って席に戻り、再び音楽を聴きながら、茶を楽しむ。

 

「だが……やはり私の見込みは間違っていなかったな。彼女にはやはり英雄の資格がある。いずれ、彼女がどのような英雄になるか楽しみで仕方がないな」

 

夜は更けていく。

 

 

 

二日後、ISの実習が行われた。

初めてのISの実習ということもあり、基本的な歩行の練習から入るらしい。

実習の方針として、基本的なことを教師が生徒に教え込み、一か月後には飛行が出来るようになる等の数項目が千冬の建てた教育目標らしい。

例年と比べて些か高すぎではないかと職員会議の議題になったらしい。

出来る人間の事情に合わせるなというのが議題にした人間の言い分らしい。

だが、今年度の生徒の水準から考えれば、別段無理という話でもないだろうと千冬が言ったため、千冬のやりたいようにやらせると言うことで、会議は終わった。

というわけで、一部の教師から反感は買ったが、この授業方針となっている。

 

「織斑、デュノア。専用機を展開しろ」

 

千冬の指示で二人はISを素早く展開する。その後、飛行を実演させる。

本来なら、セシリアもこの実習で実演をすることになっていたのだが、二日前の夜に、謎の集団食中毒が発生し、一部の生徒がIS学園内の病棟で入院中である。

 

「織斑、デュノア、お前らが初めて飛行を行えたのは何時だ?」

 

千冬は上空の二人に質問した。この質問の意図するところを二人は察することが出来なかったが、とりあえず質問に答える。

 

「私は専用機を手にしたときには出来たな」

「僕は初めてISに乗ってから、国のIS機関で毎日練習した結果、十日後には1時間の飛行が出来るようになっていました」

「そうか。……諸君も聞こえた通りだ。ISの操縦において飛行はそう難しいものではない。故に、諸君が週に3度練習すれば、十分届く範囲だ。織斑、デュノア、急降下と急停止をやってみろ」

 

すると、シャルルは急降下し、地上スレスレのところで停止した。

だが、一夏は違った。急降下出来たのは良い。

以前の一夏は急降下からの急停止や着陸が出来なかった。これは空軍パイロットからIS操縦者に転職した人物にありがちなことだ。何せ飛行機は徐々に高度を下げてから着陸する。彼女らにとって、急降下からの着陸へのイメージが湧きにくいかららしい。

空軍パイロットの経験のあるラインハルト・ハイドリヒである一夏も同様の症状が出た。

故に、一夏は以前、急降下から急停止の代わりに、急落下から急停止を行っていた。

上空数十mで突如ISを解除し、自由落下に身を任せ、高度を下げていく。そして、衝突寸前、地面まで数mのところでISを展開し、急停止を行っていた。バンジージャンプに通ずるものがあるため、このやり方なら一夏でもイメージが湧くことが出来た。

だが、このやり方は非常に危険を伴うため、止めるように言われた。

そこで一夏が行った方法というのが…

 

「馬鹿者!槍の衝撃で急停止する者がどこに居る!」

 

君は走っていたとしよう。それも全速力の疾走だ。前に走ることしか考えられず、足の回転を急に止めることが出来なければ、方向転換などもってのほかだ。

君はそんな全力疾走中に目に砂ぼこりが入り、目を閉じてしまった。目を閉じているにもかかわらず、全力疾走を止めない。止められない。

なぜなら、君の足は走ることに集中しているからだ。

腕で目を拭い、目を開けると、君の前には電信柱が現れた。

さて、君はどうする?

考えられる答えは一つだろう。腕を前に出し、防御する。回避が出来ないのだから、これしか手段はないだろう。稚児であろうと取りそうな咄嗟の行動こそが正解だ。

もし、電柱が巨大な地面であり、走っているのではなく落下中であったとしても方法は変わらないだろう。ただ、落下の衝撃を生身の腕で受けきれるはずがない。

そこで、一夏は己の腕の代わりに、黎明を振るい、地面との衝突の衝撃を和らげた。

結果として、グラウンドに隕石が衝突したようなクレーターが出来てしまう。

 

「織斑、急降下と急停止の練習をしておけ。それと、クレーターを埋めておけ。良いな」

「了解した」

 

その後、武器の切り替えの実演を行なった。ここではシャルルの高速切替が他の生徒たちに受けた。一夏は黎明一本のみであるため、少々見どころが掛けてしまう。

その後、他のクラスメイト達の実演となった。

用意された打鉄は4台ある。

そこで、千冬、真耶、一夏、シャルルの4グループに分かれて行われた。

男子である一夏やシャルル、ブリュンヒルデである千冬に憧れていた生徒たちが真耶のグループに配属された時の落ち込み具合はまるでお通夜のようであった。

悲哀、絶望、落胆、苦悶がアリーナの一部を汚染する。

これに対し、真耶はどういう行動に出ればいいのか分からず、慌てふためいている。

 

「何やらあちらは哀愁漂っているが、まずは卿らの面倒を見よう。出席番号順でいくのであれば、最初は卿であったな。相川清香」

「…私の名前、フルネームで覚えていてくれたの?織斑君」

「無論、卿が私に自己紹介してくれた時から片時も忘れたことはないよ、清香」

「片時もって…、冗談上手いな、織斑君は。でも、私のことどこまで覚えてるかな?」

 

清香は頬を紅潮させながら、言う。

悲しい話だが、清川は自分が一夏にとってモブであると自覚している。

だから、自分のした自己紹介を一夏がそこまで覚えていないと清香は思っていたのだ。故に、忘れたことがないと言われた清香は少し期待してしまう。

 

「ならば、卿について知っていることを言ってやろうではないか。相川清香。出席番号一番、ハンドボール部所属、趣味はスポーツ観戦とジョギング、スリーサイズは上から…」

「ワー!ワー!ストップ!ストップ!織斑君!分かった!降参!私の負け!」

 

清香は顔を真っ赤にして、一夏の口を両手で塞ぐ。

傍から見れば、恋人の痴話喧嘩であった。しかも、その喧嘩を彼氏がリードしている。

この年頃の女子高生なら誰もが羨むような展開がそこにあった。

かつての臣下達が見れば、本当に織斑一夏が黄金の獣かと疑っていただろう。

おかげで遠目でこれを見ていた真耶のところの生徒たちのテンションがさらに下がったことは言うまでもない。

追い打ちをかけるように、一夏やシャルル、千冬にお姫様抱っこされている光景を見てしまい、ほとんどの者が立ったまま気絶していた。真耶は気絶する生徒を見て、教師としてやっていけるのかどうか不安になったという。なんとか全員にISの歩行を体験させると就業のチャイムが鳴り、ISの初の実習が終わった。

 

昼食の時間になると、一夏はシャルルを連れて、セシリアと鈴の病室に見舞いに行った。

二人は喧嘩できるほど、回復していた。

 

「それで、卿らは何を喧嘩している?」

 

一夏が二人に問いかけた所、二人はセシリアの料理は不味いか否かで喧嘩したのだと答えた。

セシリアは皆が自分の料理に感激して気を失ったのであって、皆が入院しているのはたまたま肉にちゃんと火が通っていなかったからであり、一夏はたまたま火の通ったところを食べたのだと自己弁護する。自分が食べた自分の料理に関しては美味すぎて天に上った所為で、記憶にないのだという。

だが、鈴は不味すぎて頭が情報を処理できずに、気と記憶を失ったのだという。一夏が倒れなかったのは、一夏が頑丈すぎるからであると言う。

 

シャルルは鈴の言い分が正しいと思ってはいるが、些か鈴は言い過ぎではないかと思っている。故に、仲裁が困難であり、困り果てていた。

一夏は終始傍観しているだけなので、手を貸してくれないだろう。彼の持論から言わせると、喧嘩は仲裁するものではない。特に、セシリアからすれば自分のプライドが掛かっている。止めるだけ無粋というモノあり、彼女が止まるとすれば、そのプライドが砕け散り、霧散した時だけだろう。仮に止まったとしても、尾を引いてしまう。

 

「アンタね。チーズはまだ分かるわよ。でもね。どこの料理本にフィッシュ・アンド・チップスを獅子唐とかチョコレートで味付けするように書いているのよ!」

「書いていないですわ。ですが、私の料理は固定概念にとらわれない自由な料理方法で、皆さんの予想外の美味しさで逆転するのがスタイルですわ」

「予想外の美味しさ?予想の斜め上の不味さの間違いでしょ!それに、料理に逆転って何よ!料理はプロレスのようなスポーツじゃないでしょ」

「あら、鈴さん。この国の漫画を読んだことないのかしら?…料理は勝負だ!」

「アンタ、中華料理の漫画という点では着眼点は悪くないけど、また凄い料理漫画読んだわね。でもね、アンタの料理は単なる生物兵器よ」

「そうですわ。私の料理は美味しさの固定概念を破壊する生物兵器ですわ」

「だぁ!なんで微妙に会話が合わないのよ!」

「何を言っているのかしら? 鈴さんは?」

「アンタが何言ってんのか私が分かんないわよ!」

 

最終的に、後日セシリアがもう一度料理をし、セシリアが責任を持って、それを食べ、その時の反応をビデオに収め、恍惚の笑みが映っているか、断末魔の泣き顔が映っているかで、セシリアの料理が上手いか否かをハッキリさせようと言うことになった。

 

この二人の喧嘩を見ていた一夏は納得した。

なるほど。ツァラトゥストラの渇望があのような形になったことも頷けよう。

だがな…やはり、私の愛とは破壊なのだよ。この座には納得しているがな。


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