GATE×オリ主&オリ国家   作:オシドリ

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ようやく投稿です。楽しんで頂ければ幸いです。



第24話

 

 守人が気づいた時には、辺りは暗闇の中だった。

 一切の光も無く、何かが動く音すら聞こえてこない。それどころか自分が立っているのか、浮いているのかも分からない。正真正銘、何もない空間であった。

 守人は小さく呟いて指先に火種を生み出し、暗闇の中へ投げつける。放物線を描いた火は暫く燃えていたが、暗闇の中へかき消えていった。

 

「ふむ……」

 

 異空間、と呼ばれる場所だろうか。

 しかもあまり長居は出来ないようだ。身体から徐々に熱量を吸い取られていくような感覚があった。そう遠くない内に熱量が枯渇して全く動けなくなるだろう。

 さっさとここから脱出、といきたいのだが。

 

「で、なんの真似だ、ハーディ」

『あら、理由を知ってどうするの?』

 

 守人が虚空に向かって話しかけると、銀髪の絶世の美女が現れた。今回の騒動の張本人、ハーディであった。悪戯が成功したような、口元を手で隠して小悪魔じみた笑いを浮かべていた。

 ハーディは見た目も非常に良く、何気ない所作も典雅。故に今の立ち居振る舞いも非常に絵になる姿なのだが、今まで散々な目に遭っている守人には胡散臭く見えてしまう。

 

「暇潰しに龍をけしかけるには、ちと損害が多くないかの?」

『あら、心配してくれるのかしら。でも、そうねぇ、もう少し損害が少なくて済むと思ったのだけど、やっぱり聞くのと実際に見るとでは全く違うわね』

 

 そう話すハーディは手持ちの新生龍や竜種が壊滅したというのにどうでも良さげだ。

 こんなんでも、ハーディは一度気に入って手元に置いたものにはある程度目をかけている。ただ、飽きたり、それ以上の存在が現れるとそちらへ乗り変えてしまう癖があった。

 という事は。

 

「成程、ロゥリィか」

 

 返答は正解、と言わんばかりの満面の笑みであった。

 

「相変わらずじゃの、お主は。粘着気質は嫌われるぞ?」

『嫌よ嫌よも好きのうち、とも言うじゃない? それに、ロゥリィの嫌がる反応も可愛くていいわぁ。ああ、早く私の元に来ないかしらぁ……。そしたらぐちゃぐちゃに愛でて、あの顔がどんな風に蕩けるのか見たいわ……』

「うわぁ……」

 

 恍惚した表情で語るハーディに思わずドン引きする守人。よくもまあ、己より遥かに永く存在するというのに性欲が枯れないものだと思う。

 ハーディは気に入った子を見かけたらどんな手を使ってでも手に入れようとする。例えそれが他神の神官であってもだ。ある正神が目にかけていた神官がハーディに寝取られた、なんて話は結構ある話であった。

 

『うふふ、だから、貴方に居られるとちょっと困るのよ。あ、そうそう。この空間はアレ(・・)を封印する為に特別に作った物なの。じゃ、頑張ってね』

 

 突如、悪寒が走ってその場から大きく飛びのく。直後に鉄砲水の様な極太のブレスが元いた場所を通過していった。

 行ったのは、炎龍によく似たドラゴン。ただ炎龍とは違い、蒼。紅玉(ルビー)の様な鱗では無く、蒼玉(サファイヤ)の様に輝く鱗を持っている。

 古代龍・水龍であった。

 しかし、その龍の額には有り得ない事に金色の水晶の様な、一本の角が生えていた。それは守人も良く知っている、とある神の欠片だった。

 

「おいおい……」

 

 守人は呻いた。まさか、こんなものまで用意しているとは思わなかったのだ。

 

「こりゃ、ちと厄介じゃの……」

 

 守人は気持ちを切り替え、腰の刀に手をかける。

 そして、咆哮を上げる水龍に向かって吶喊した。

 

 

     ***

 

 

 何か声が聞こえる。

 そう思ったとき、伊丹は意識を取り戻した。未だ視界はぼんやりと霞がかっている。目を開けようとすると光が眩しく感じられて思わず身動ぎする。身体が痛い。小さく呻き声を上げる。だが後頭部だけは何か柔らかい感触があった。

 すると、上から優しい声が返ってきた。

 

「あ、起きた?」

 

 鈴の音の様な、ロゥリィの声だ。少しづつ目を開けていくと、彼女の端正な顔立ちが視界一杯に広がっていた。

 どうやらロゥリィに膝枕されているようだ。

 

「ちょ、ロゥリィ、大丈夫だから、離れてくれ」

「ダメよぉ。頭を打って気絶してたんだからぁ。それに、ちょっと不味い状況だしぃ」

 

 え、と伊丹が疑問を覚えると、近くからがなり声が響いた。

 

「だーッ! テメェ、お姉さまからさっさと離れやがれ! 主上さんの大事な人なんだぞッ!!」

 

 ロゥリィと伊丹の周りには、薄い光の膜が覆っていた。その外では大鎌を担いだ龍人娘が地団駄を踏んでいた。

 そしてその横には、幾つものの巨大な影があった。アルヌスを襲撃してきた竜種だった。それが伊丹とロゥリィの周りを囲むように佇んでいた。

 

「えっ、なにこれ」思わず真顔でつぶやく伊丹。

「覚えてない? 黒い穴に吸い込まれたのは覚えているぅ? その穴の出口よぉ」

 

 そう言われて、伊丹はぼんやりと思い出し始めた。確か、黒い穴に飲み込まれそうになっていたロゥリィを助けようとして、自分もそのまま吸い込まれてしまったんだ。

 

「じゃあ、ここは」

「分からないわぁ。多分だけど、ハーディのいるベルナーゴ神殿の近くの山だと思うわ」

「そうか、うん、有難う」

「別にいいわぁ。ヨウジィの寝顔も結構かわいかったしぃ」

 

 伊丹は気恥ずかしそうに頬を掻きながら、少しばかり苦労しながら身体を起こす。着こんでいる装備やら頭を打ったダメージやらで、身体が重かったのだ。

 伊丹は乱れた装備を手早くなおすと、先程からずっと騒いでいた龍人娘に顔を向ける。

 

 見た目二十代前半の、深縹(こきはなだ)の体色をした白ゴス娘だった。灰色の髪を持ち、美人と言って良い顔立ちである。フリル満載の白ゴスはボロボロで、紐できつく身体に縛り付けているというデザインだった。お陰で豊かな双丘の谷間や臍のピアス、股下何センチと言わず下着まで丸見えだった。

 露出している肌にはトライバルのタトゥーが入っており、背中からは蝙蝠のように皮膜の翼が、脚の脛の半ばからは龍のように鱗に覆われている。

 伊丹の視線に気づいたのか、龍人娘は縦に割れた金色の瞳で睨みつけてきた。眼光は剣呑で、やさぐれた雰囲気を持っていた。

 

「あー、私は日本国は陸上自衛隊特地派遣隊・第三偵察隊長・伊丹耀司二等陸尉であります。貴方はどちら様でしょうか」 

 

 龍人娘は暫く胡乱気な表情で伊丹を舐め回す様に見ていた。そして軽く姿勢を正す。

 

「オレはジゼル。主上ハーディに仕えている使徒さ」と、ペコリと頭を下げた。

 

 ハーディ、確かこの世界の冥府の神だったな。<門>を造り出した存在、そして、重度の百合であると伊丹は聞き及んでいた。

 

「で、お前はお姉さまのなんなんだ? お姉さまは主上さんに見初められて妻女になろうってお人だ。まさか、寝取ろうとしてんじゃねぇだろうな?」

 

 ケツに新しい割れ目をこさえてやんぞ? とジゼルは凄んだ。

 これに伊丹は慌てて首を大きく横に振った。寝取る? 誰を? なんで俺? という気持ちで一杯だった。

 

「誰があの女の嫁になるものですか! 絶対に嫌よ!」

 

 ロゥリィは今にも泣きそうな表情で伊丹に子供の様に縋った。

 それを見てジゼルはやれやれ、と首を横に振る。

 

「主上さんの想いが理解されるのはまだまだ先かねぇ……」

 

 でもどうすっかねぇ、とジゼルはため息混じりに言った。

 ジゼルとしてはさっさとロゥリィを連れて行きたいのだが、伊丹とロゥリィを覆う障壁が邪魔でそれが出来なかった。ロゥリィの胸元から下げた紅い護符によるものだった。鱗に刻まれた刻印がうっすらと紅く輝いている。

 伊丹やロゥリィが無事だったのも、これのお陰であった。流石は亜神自らが作った護符であり、ジゼルが大鎌で何度も殴りつけても障壁を突破する事が出来なかったのだ。

 そのため、護符の効力が切れるまで待つしかないのだ。

 

「えーと、質問、よろしいでしょうか?」伊丹が訊ねた。

「ああ、なんだよ?」

 

 ジゼルは舌打ち交じりに言い返した。ただ次に「ほら、早く言え」と促すあたり律儀な性格をしているようだ。

 

「えー、ロゥリィもこう言っている事ですし。ここでの風習は良く分かりませんが、女性が女性を嫁にするのは人間的に珍しい事だと思いますし、何より無理やりは良くないのでは?」

 

 それを言われるとなぁ、とジゼルは後ろ髪を掻きむしって肩を竦めた。

 

「そりゃあな。オレも女性同士ってのはよく分かんねぇけどよ、差別は良くないだろ? それに、使徒としちゃ主上さんには逆らえないし。御意には従うしかないんだよ」

 

 これを聞いて、伊丹は説得は無理だと判断した。命令に疑問には思っても、この龍人娘は絶対に違えないと思ったからだ。

 

 それは正しかった。

 そもそも、ジゼルは幼い頃からベルナーゴ神殿にて教育を受け、神官として働いていた。その頃からジゼルは容姿も良く魂の質も良かったために他の少女達と共にハーディの寵愛を受ける事になった。

 

 ハーディの寵愛とは、要するに子供の玩具の様な扱いをされる事だ。無茶ぶりや可愛がりは当たり前。何人もの少女が脱落していく中、ジゼルだけは残った。龍人族という、人よりも頑強な種族特性が無ければとうの昔に死んでいたかもしれない。

 

 だが、ハーディの神官としてその思想や教育にどっぷり漬かっていたジゼルにとってそれを恨む事は無い。それが普通だと思っていたからだ。

 至らないのは、己の信仰心が足りないからだ。己が未熟だからと純粋に己を磨いていった。

 そしてこれがハーディの目に留まり、ジゼルは使徒に選ばれたのである。

 

 伊丹は次の話を振る。

 

「では、なぜ竜種をアルヌスへ派遣したので? こう言ってはなんですが、ロゥリィだけを拉致するだけで良かったのでは?」

「ああ、確かにそうなんだけどよぉ。主上さんが暇だから大昔の物語の再現をしたいって言ったからだよ」

「…………はい?」

 

 そんな伊丹の反応を見て、ジゼルは詳しい説明を始めた。

 

 ファルマート大陸には、ある古い物語がある。

 

 とある、平和な王国。

 突如、「龍王」を名乗る存在が現れ、王国へ竜の軍勢を送る。

 そして龍王に攫われた王国の姫君。

 姫君を救い出すべく、勇者が旅立つ。

 そして各地を回りながら幾多の困難を乗り越えていく。

 道中、正神から龍王を討伐するための神器を授かり、遂に悪しき龍王の住処に辿り着く。

 激しい戦闘の末、勇者は龍王を討伐する。

 そして勇者は姫君を救い出し、また龍王の財宝を持って王国へと戻る。

 二人は結ばれ、王国は更なる繁栄を遂げた。

 めでたし、めでたし。

 

 こんな話である。

 これはある事実を基にした物語であるが、ハーディはこれを再現しようとしたのだ。

 

「で、オレはその龍王役として、お姫様役にはお姉さまが選ばれたのです」

「嫌よ、そんなのぉ! その話通りなら、わたしぃはハーディの所に行くってことじゃない!!」

「まあ、そうなりますね」

 

 ちなみに、勇者が現れなければそれでも良かった。かねてよりハーディはロゥリィに執着していた。勇者が現れなければ物語は成り立たないが己の手元で愛でられる為、どっちにしろ暇は潰せるのだ。

 

「だけど、その予定も狂っちまったんだよなぁ。主上さんは神を相手するのに手間取ったらしくて、今は疲れてて動きたくないって言っているし。オレが手塩にかけて育てた新生龍はやられちまうし、今回の為に各地から集めた竜種も極僅かしか生き残っていない。散々だぜ」

「……どういう事? ハーディが神を相手にって」

「主上さんが物語を進めるのに妨害されたくないから、異空間に封印したそうですよ、お姉さま」

「……そんな事が可能なのですか?」伊丹が訊ねた。

「主上さんならそれぐらい出来るさ。さて、と」

 

 ジゼルは話は終わりだ、とばかりに大鎌を担ぎ直す。

 

「んじゃ、お姉さま。護符の効力も切れるみたいですし、そろそろ勝負と行きませんか?」

 

 大鎌を構えると同時に、周りの竜種達が距離を取ってそれぞれが身構えた。同時に、伊丹とロゥリィを覆っていた障壁が消え去った。

 

「どうしようかしらねぇ」

 

 自分だけなら、どうにでもなる。だが、隣にいる伊丹は唯のヒト種の男に過ぎない。懐から拳銃を取り出して構えているが、恐らく殆ど効かないだろう。

 ならば、と「ヨウジィ、ちょっといい?」とロゥリィは語りかけるや、伊丹の腕に思いっきり噛みついた。

 

「っで!?」

「ちょ、お姉さま!?」

 

 二人が叫んでいたが、ロゥリィは気にせず更に歯を伊丹の腕へと食い込ませる。そして、二人の間に繋がりが確立した。

 

「……契約完了ぉ」

 

 滲んだ血を一舐めし、ロゥリィは妖艶にほほ笑んだ。これで伊丹はロゥリィの眷属となった。伊丹が怪我を負ってもロゥリィが肩代わりする事ができるが、死後の魂はロゥリィの元へ行く筝になる。

 例え、この場で伊丹が死んだとしても、魂だけは誰に渡したくなかったのだ。

 そのまま顔を近づけ、伊丹の耳元に囁く。

 

「いい、ヨウジ。これで怪我しても私が肩代わりできるわぁ。だから、合図したらすぐに走るのよ?」

「……ロゥリィは、どうなるんだ?」

「私だけなら、どうにでもなるわぁ」

 

 ロゥリィは伊丹に微笑を浮かべ、そして守る様に立ち上がる。

 

「じゃ、ジゼルぅ、勝負と行きましょう」

 

 呆然としていたジゼルは、その言葉を受けて嬉々とした表情になる。

 そして互いに獲物を構え、動き出そうとした瞬間、ロゥリィの前にス、と人影が立った。

 

「……へえ、オッサン。俺に挑もうってのかい? いいねェ、そういうのは好きだよ」

 

 伊丹だった。腿から抜いた9㎜拳銃を油断なく構えている。

 

「ちょっと、ヨウジィ!? いいから早く逃げなさい!」

 

 慌てたロゥリィが叫ぶも、伊丹は何か困ったような、ややひきつったような笑みを浮かべるだけだった。

 

「いやぁ、そうゆう訳にはいかんでしょ。ましてや、女の子を一人おいて逃げるなんてさ」

 

 これでも男の子だしね、と伊丹は告げると、ロゥリィは思わず顔を真っ赤にしてしまった。

 純粋に嬉しい、と思うけど、だからこそ死なせるわけにはいかない。強引にでも逃がそう、とロゥリィは伊丹の手を取ろうとした瞬間、空から声が響いた。

 

 

 ――天晴なり

 

 

「えっ?」

 

 

 その言葉と共に空から両者の間へと現れたのは、鋼鉄の肌を持つ、純白の巨大な鳥であった。

 

「劒、冑」

<いかにも>

 

 無機質な琥珀色の眼がチカリ、チカリと怪しく光り、金丁声と呼ばれる、金属(かね)を叩いたような声で白智鳥は告げた。

 

<我が銘は、扶桑国豊洲守人なり。――お二人さん、まだ無事のようじゃの>

 

 と、白智鳥、守人は器用にウインクしながらいつもの様に暢気な口調で語りかけた。

 

「……え、ちょ、ま、まさか、守人さん?」

<是>

「何故にそのお姿で?」

<色々とあってな。お陰で人化の術が解けてしまってのだ。ああ、これが本来の姿だから気にせんように>

 

 いや、無理でしょ、と真顔で突っ込むと目の前の鳥はカラカラと笑いだした。

 

「……嘘だろ。主上さんが、本気で異空間に封印したって」

 

 ジゼルにとってハーディは絶対の存在である。だから、ハーディが言った「本気」から逃げ出せたなんて信じられなかったのだ。

 声に気付いたのか、守人は軽く周りを見渡し、ジゼルの方へ顔を向ける。

 

<ああ、ハーディの所の。ふん、確かに面倒だったの。お陰であのトカゲを一旦黙らせてから脱出するのに手間取ったわ。じゃが、ちょいと甘かったの>

 

 以前なら、守人はあのまま異空間から出られなかっただろう。

 だが、アルヌスの<門>の解析、そして新たな<門>の構築の為に術式を既に作っていたこと、何よりロゥリィが使用していた護符のお陰で転移に必要な座標は特定できたのだ。

 

『ごっめーん。逃げられちゃった』

 

 守人やロゥリィ、ジゼルの頭に若い女性の声が響いた。全く悪びれない口調だった。

 

「ちょっとぉー! 主上さんー! いくらなんでもこれは無理ですってぇ!?」

 

 半狂乱になったジゼルが叫んだ。ロゥリィ相手でも周りの竜種を連れて如何にか互角だというのに、ここで追加でロゥリィ並みの存在を相手にするなど出来る筈も無かった。

 

『確かにちょっと予想外ねぇ。こんなに早く脱出できるとは思わなかったわ』

 

 ハーディは守人に語りかける。

 

『流石に無事とはいかなかった様ね。強引に突破した所為でかなり消耗しているし、今なら力も残っていないわね』

 

 守人は永く存在する神であるが、他の劒冑同様に熱量が必要となってしまう。

 ハーディの言う通り、守人は水龍との戦いと空間跳躍で熱量を使い果たし、人化する余裕も無く、もう限界が近かったのだ。

 

<確かにの、もう動くのもままならんな。ああ、成程、そういう事か。ハーディ、お主儂にまで配役を振るつもりだったな>

『うふふ。さて、どうかしらねぇ』

<悪趣味め。じゃが、仕方ないか>

 

 そして伊丹へ振り向くと、「隊長さん、どうしたい?」と守人が訊ねた。

 

<そこの小娘を倒して全員帰るか、このまま嬲られて死ぬか。どっちが良い?>

「そりゃ、全員無事に帰る方です」伊丹は答えた。

<よろしい。じゃ、隊長さんは勇者役じゃな>

「へっ?」

<良かったのロゥリィ、勇者様が来たぞ>

「あら、本当ぉ? ヨウジィが勇者様なら嬉しいわぁ」

 

 どんどん話を進める二人に、当事者である伊丹は置いて行かれたままだった。

 

<ああ、そうじゃ、隊長さん>

 

 守人は翼で器用に何か小さな粒を弾き、伊丹の口に放り込んだ。伊丹はそれを反射的に思わず飲み込んでしまった。

 

<これで良し、と。さて、儂も物語通りに役目を果たすとするかの> 

「えと、守人さん?」

 

 困惑した表情で伊丹が言う。対して、目の前の白智鳥は穏やかな口調で告げた。

 

 

<なに、勇者には神器が必要じゃろ?>続けて言う。

 

伊丹耀司(・・・・)。己が信に従い、我が劒を取り、冑を纏うならば我が羽を撫でよ>

 

 伊丹は吸い込まれるように、白い鋼鉄の羽を撫でた。

 水晶の鐘を打つような音が一つ。これが最も簡単で、最も古い、人と劔冑を結ぶ帯刀の儀。

 瞬間、振れた手のひらから全身にへと力が駆け巡った。

 

「これは……」

 

 先ほどまでの恐怖も疲労感も感じない。身体に溢れんばかりの活力が漲っていた。

 

<……ここに誓約はなった。我、刃金の翼となり、汝の信ずる道を貫くツルギと成らん>

 

 その言葉を受けて、伊丹はゆるゆると右手を左胸の前に上げる。

 武者の作法第一。装甲ノ構。

 

<宣誓せよ!>

 

 脳裏に思い浮かんだ言葉をそのまま口に出す。

 宣誓の口上。

 

自ら顧みてなおくんば、千万人ともいえども我行かん されば、守り人のツルギと成らん

 

 白智鳥は数十の鉄片となり伊丹を囲むように中空を舞う。

 そして金属が擦れる様な音を立てた後、白い武者が現れた。

 

 その姿に、誰もが眼を奪われた。

 夕焼けを反射するくすみの無い白く輝く装甲。その下に見える紺色の地と、全身の細部に施された紅い威糸。

 頭部にはまるで天を衝く様に伸びる刀の様な一本角の立物があり、四肢は洗練とされていて優美。

 反して、背部の二基の合当理と母衣は無骨極まりない。ただ大きく分厚く、頑丈そうな塊だとしか言いようが無く、腰部からは尾羽の様な翼甲が広がっている。

 腰に差しているのは反りの浅い二本の刀。拵として鞘は黒漆、鍔には精緻な細工が施されており、紅い下緒と柄尻から垂れる飾り紐が映えていた。素人目でも、随所に匠の技を垣間見られる。

 

 立ち姿は威風堂々。

 まさに、物語の勇者が決戦の地へ現れたような佇まいであった。

 

「………」

 

 劔冑を纏った伊丹は無言のまま腰を落とし、腰の刀へ手を添える。それを見てロゥリィはハッとした表情となり、ハルバートを持つ手に力を入れた。

 ジゼルも、暫くは呆然とした表情のままだった。だが、明確に敵意を向けられてからは少しづつ身体が小刻みに震え始めていた。

 武者震いであった。

 

「く、くひっ、ふっ、ふっはははははハハははハっ!!」

 

 ジゼルは高く高く、ただひたすらに空高く笑い声を響かせる。

 一頻り笑い上げると、獰猛な笑みを浮かべて白い武者を睨みつけた。

 

「いいね、いいねえッ! 最ッ高だよ、おっさん! いやいや、面白くなってきた!!」

 

 悪役らしく、笑いながら大鎌を大きく構える。先程とは違い、ジゼルには分が悪い状況に変わっていた。だが、そんなものは関係ない。

 

「お姉さまだけでなく、その眷属、しかも勇者サマと戦える! こんな機会、一生に一度あるかないかだ! いやぁ、使徒になった甲斐があるってもんだ!」

 

 緊迫する雰囲気の中、ジゼルはこちらから仕掛けるべく、大鎌をゆっくりと大きく引き絞る。

 伊丹はそれに応えるかのように ざりっ、と摺足で半歩前に出る。

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 踵を返し、ロゥリィを抱きかかえるや全力でもって空へ遁走した。

 

「……………………は?」

『ええ…………?』

 

 たっぷり間を取って、ジゼルとハーディは呆けた声を出す。

 遠くの空には既に姿は無く、合当理から吐き出された轟音と噴煙だけが残っていた。

 残されたジゼルと竜達に肌寒い風が吹き、カラスに似た鳥の鳴き声が響いた。

 

「お、お、お、追えッー!! 逃がすなァー!!」

 

 慌てて竜達が飛び立つ。ジゼルもまた、背中の翼を広げ、追跡に移った。

 

 

「うぎゃ―――――――ッ!!」

 

 赤く染まる空の中、伊丹の悲鳴が響く。

 合当理を臨界起動させ、最大出力であの場を飛び出したのは良いが、この男、極度の高所恐怖症――と言っても、高い所が駄目では無く、幼少期の経験によるものなのだが――だったのだ。

 伊丹の視界にはまるでロボットのコックピット画面の様に照準、機体状況、高度、騎航速度などの情報パネルが映し出されており、視界の隅には赤字で「危険!」と表示されている。騎航に必要な母衣は閉じたままで、熱量が供給されなくなった合当理が沈黙してしまったのだ。腕の中にはいわゆるお姫様抱っこの姿勢で抱きかかえられたロゥリィがいるのだが、今にも投げだしそうな狂乱ぶりであった。

 

<落ち着かんか、馬鹿者!>守人が叫ぶ。

<良いか! 騎行はお主の意思一つで行われるのじゃ。このままだと墜落するぞ!>

 

 自分の意思一つ。墜落。そう言われた伊丹は僅かに持ち直し、腹に力を入れる。

 

<そう、良いぞ。そのまま意識を背中に向けよ。母衣を広げ、合当理が正常な限りは騎行できる>

 

 ゆっくりと分厚い母衣が広がり、合当理に再び火が入る。未だ騎行はヨタヨタしていて覚束無いものの、先程よりマシにはなっていた。

 騎航が安定してきたところで守人は言った。

 

<御堂よ、装甲中は仕手の操作によって動く。その際、劔冑の人格はあくまで仕手の補佐。PCのOSのようなもんじゃ。故に意識は常に冷静に保て>

「はは、どうも、何となくわかってきました……」

 

 未だ声が震えているものの、伊丹はようやくいつもの調子に戻ってきたようだ。

 

「所で、御堂というのは?」

<武者の古い敬称じゃよ。気に入らんか?>

「ああいえ、気になっただけですので」

「ちょっとぉ、あそこは戦って勝つ場面じゃないのぉ!?」ロゥリィが叫ぶ。

「いやぁ、だって面倒じゃない? それに俺、劔冑での戦い方分かんないし」

 

 ジゼルと名乗った龍人娘はロゥリィが戦うとしても、伊丹はあの場の竜種と戦う気なぞ全くなかった。それに、この事態に巻き込んだハーディの思惑に乗るのも癪だし、それに戦闘中にロゥリィは連れ去られたかもしれない。

 その事を伝えると、ロゥリィも納得したようだ。今回、実際にハーディが動いた以上、有り得ない話では無かった。

 

<警告。敵影多数、四十五度下方(うしとらのしも)

 

 平坦な声で守人が告げた。劔冑で強化された視界で見れば、ジゼルを先頭に多数の竜達が猛烈な勢いでこちらへ迫って来ていた。

 思った以上に速い。このままだと追いつかれそうだ。

 

<敵は多勢。このまま加速して敵を振り切る事を進言する>

「可能なんですか?」

<当然である。儂の合当理は熱量変換型多連装火箭推進。速力(あし)で儂に追いつく者などおらん>

「では、逃げましょか」

<了。母衣、及び合当理を臨界起動させる。御堂、意識を失うなよ。ロゥリィ、しっかり捕まっておれ>

 

 伊丹から供給させた大量の熱量を圧縮し、増幅。合当理に蓄積する。一時的に速度が落ちる。母衣の後ろが変形し、中から無数の小型の合当理が展開する。

 

<防御機構、展開>

 

 機体を包むようにうっすらと光の膜が展開される。

 大鎌を振り上げたジゼルが雄たけびを上げ、後方から迫って来た。

 

<加速、開始>

 

 雷鳴の如き大爆音を起こす。音の壁を超えた白い劔冑は背部の母衣と合当理からはまるで翼の様に光を伸ばし、空の彼方へ飛び去って行った。

 ジゼル達は、突如起きた爆音と光をただ放心した表情で眺めるしかなかった。

 

 

 アルヌスでは居なくなった伊丹とロゥリィを探そうとしていた。だが、何処に行ったのかが分からないうえ、先の襲撃で弾薬燃料共に消費した為に備蓄が心許ない状況だった。また負傷者の搬送に、再び来るかもしれないという認識から人員を割きたくないという考えもあった。

 だが見捨てるのか、と会議が紛糾する中、超高速でこちらへ接近する機影アリとの報告があった。

 たった一つ、それも大きさからして劔冑のようだと報告が入った。その時、狭間陸将らには嫌な予感がしたという。

 その機体から通信が入る。

 

『あー、あー、テステス。こちら第三偵察隊の伊丹。帰ってきました』

 

 あの馬鹿がまた何かやった、と自衛隊の面々は早速頭を抱える事になるが、それはともかく、伊丹達はどうにか、アルヌスへ無事に帰還できたのである。

 




今回の話は悩みましたが、こんな話になりました。

あと体調管理は大切ですね。風邪が長引きました。年取ったな、と思います。

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