その日の午後は、ネットで調べ物をしていた。
毎日のようにキャンプ関係の記事や動画を見まくっていたので、少し視点を変えて。
「かばんの中身」で画像検索すると、いろんな人が自分の日常的に使ってるカバンの中身を
普段生活してるぶんには、他人のカバンの中なんて一切興味ないのに、不思議なもんだ。
携帯、文具、手帳、財布、カギ類は定番だが、ノートパソコン、タブレット、MP3プレイヤーやデジカメ、飲み物を入れる保温タンブラー、常備薬や常備お菓子、歯磨きセット、女性なら化粧品。
写真で披露してるだけあって、ひとつひとつの小物はこだわりを持ってセレクトされてる感じがした。それらが集まると、絵的には一人ひとり個性的で、結構サマになっている。
海外の人のものでは、
そんな検索遊びから、今度は「EDC」というワードに行き当たり、興味が湧いてきた。
EDC…Every Day Carry(毎日持ち運んでいるもの)の略だ。
略語のまま画像検索してもうまく行かないので、正式名称を入力する。
すると、さっきまでとは一変。急に画像の雰囲気が
全部が全部ではないが、急にナイフやフラッシュライト、拳銃が混じっている比率が高くなり、タクティカルな装備品という印象を受ける。
たぶん、このジャンルの主な発生源がアメリカで、披露してる人たちがタクティカル装備好きだから、なんだろうけど。…アメリカ怖い。日本が一番。平和が一番。
ただ、普段持ってるものをかっこ良く機能的にする、っていう考え方は共感するところがあった。
俺のEDC…といえば、…通学カバンくらいしかない。休日に出かけるときは家の鍵と財布とスマホ以外、持ち歩くことがないからだ。
通学カバンの中身をベッドの上に広げてみる。教科書類は別な。
なんの変哲もない文房具類が収まった、ふつうのペンケース。
MP3プレイヤーとイヤホン。
スマホの緊急充電用のバッテリー。あんま使わないけど一応。
ちょっと表面の銀の塗装が剥げはじめた電子辞書。
一応身だしなみ用の、洗顔シートのパック。そろそろ買い足さなきゃな。
読みかけの文庫本が1冊。
カバンの底に落ちてたゼムクリップ一個。いや知らんぞお前なんか。いつからそこにいた?
… … …。
あかん。自分ではこれらにカッコよさを見出すことが出来ない。
青りんご入れるか?
…そういえば、通学時に災害が起こった時に備える必要もあるよな。
ていうか、忘れるところだった。そもそもソロキャンプ云々も防災道具探しから始まった話だったんだ、俺の場合。
なのに依然として、俺の平時は無防備なままだった。
こんなことじゃいかん…!
で、平時でも苦労なく持ち歩けて機能的な防災道具について、さらに調べ始めた。
いわゆる、「エマージェンシーキット」「ファーストエイドキット」というやつだ。
「ファーストエイドキット」…応急処置装備というのか。これは傷薬とか絆創膏とか、痛み止めとかの医薬品が中心だ。
「エマージェンシーキット」だと、もうすこしサバイバル方面に寄った装備になる印象だ。
画像検索すると、意外と商品としてセット売りされているものより、エマージェンシーキットを自作している人が写真をアップしている例の方が多いことに驚いた。
絆創膏などの医療品はもちろん、マッチやライター、紙切れのようなメモや長さを詰めた鉛筆、はては釣り糸や釣り針なんかまd
コンガチャッ
「
「ヒィ──ヤァ──ッ!!?」
背後から突然、父親の声とドアを開け閉めする音がして、俺は心臓が飛び出しそうになって椅子からずり落ちそうになり、思わず変な声が出た。
「びっっっくりしたァ…!!突然はやめろよ!!どこの格付けチェックだよ!!?」
「お前、今の声はさすがにアレだ…親としても心配になるほどキモかったぞ。」
父親は真剣な顔で眉をひそめた。
もうやだこの父親…!なんなのホント…あとお帰りなさい。
「お父さん、
「もちろんだ。
あっ目からウロコと涙が同時に…いやいやいや。
そういや「
「…そういや父さんのせいで朝は小町に… … 何持ってんの?」
父親を
「おう、これな。」
父親は何故か気まずそうに苦笑いすると、それをドサリと床に置いた。
…バックパックだった。モンブリアン製の。かなりデカい。60リットルくらいあるだろうか。鮮やかな青い色をしていた。
「お前にやろうと思って、預けてた爺さんとこまで取りに行ってた。中も見てみろ。」
父親はそう言ってバックパックを俺に示すと、傍らのベッドに腰を下ろした。
…え?
…えええええ!?
あまりに突然のことに、頭がよく回らない。
とりあえず言われるままに、バックパックに触れてみる。あまり…というか、全然汚れていない。
中には何やら入ってるらしく、多少重かった。
パックの口を開けて中身を引っ張り出し、俺はさらに
小さな袋が3つ出てきた。どれもみっちり詰まっている。
ひとつは、モンブリアンの寝袋。大きさからして春秋用の
もうひとつは、真っ青な袋に折りたたまれて入ったオレンジと青のすべすべした布。
最後の一つは細長いオレンジの袋で、青い袋とセットのようだ。紐でつながったアルミの細い棒が入っていた。
…テントだ。そう直感した。アルミの棒は、たぶん、連結すると骨組みのポールになる。
「ランドップだ。一人用」
しげしげとテントの袋を見ていた俺に、父親は一言そう言って、ニヤリと笑った。
「ランドップ(LUNDOP)?…タイヤのメーカー?」
別にボケたつもりじゃない。今まで調べてきたキャンプ道具のブランドには、その名前はなかった。ホントにタイヤメーカーだと思ったのだ。
「本来はな。だが山岳用テントのメーカーとしても有名だ。そいつは往年の名器の復刻版みたいなもんだ。後で調べてみろ。」
名器…それはなんとなく分かる。布地の肌触りはかなりしっかりしていた。
「…ていうか、ほんとにもらっていいのか!?これ、全部高かったんじゃないの?
それに…あんま、っていうか全然、使ってないみたいだけど…。」
バックパックも寝袋もテントも、汚れやほつれは全くなかった。とはいえ、今さっき店で買ってきた雰囲気でもなかった。
買ったまま放置してた。そんな感じだった。それが不思議でならない。
「いいんだ。まぁ…、そのうち使おうと思って買ったけど、もう使わないから。丁度いいし、お前に全部やる。大事に使え。」
なぜか父親は、少しそっぽを向いて、床を見つめながらぽつぽつと言うと、ベッドから立ち上がって、部屋を出て行こうとした。
「あ、…ありがとう!マジうれしい。大切に使わせてもらうぜ…!!」
慌ててお礼を言う。そんなもんじゃ足りないくらいのもらい物のはずなのに、突然の
父親は軽く手を上げてそれに応え…、一言付け加えた。
「あー、八幡。いいか、母さんや小町にはこう言え。『父さんが学生時代に使ってた道具がキレイに残ってたから、譲ってもらった』ってな。コレだけは約束な。」
それは嘘だ。俺も理解していた。これらは全部、長くともほんの2〜3年くらい前に買ったものだろう。なぜ買ったのかは分からないが。
だが多分…、理由はともかく、それなりに値が張った買い物だったはずだ。母親が了解していたとは思えない。つまり、そういうことなんだろうと理解した。
「ああ、分かった。」
父親の背中に、俺はきっぱりと約束した。
父親は振り返らずに
×××
…後日、俺は父親自身の口から、これらの道具を買った訳を聞かされることになるが、とりあえず今は置いといて、話を進めることにする。