やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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前話で、「家で研いできた米を水に浸してしばらく浸水させる」シーンがありましたが、「米は洗ってる段階から吸水を始めるので再度の浸水は不要」とのご指摘をいただきました。

調べてみるとたしかに……!! 私も知らなかった……!!

こちらのSS内では、八幡の料理素人さを出すため、あえて残しとこうと思います。


その29:デイキャンプ@フォレスターズヴィレッジ#4

 フリーサイトには大きな炊事場とは別に、いくつかポツポツと、独立して単体で作られた「かまど」があった。グループで固まってBBQやる時には使いやすそうだ。

 

 そのうちの、テント近くの一基(いっき)を借りることにした。

 

 かまどは三方をレンガで囲われ、丈夫そうな金網が二段になって設けられていた。

 

 灰や炭の付き具合から、下段の金網の上で(まき)を使って火をおこし、上段の金網に飯盒(はんごう)やら鍋やらを乗せて加熱するのだろうと思われた。

 

 今回は単なる火入れ式だし、モノもちっちゃいので、扱いやすいように、上段の金網にステンレス製蒸し器、もといマイ焚き火台を乗せて、羽を少し広げた。

 

 で、と…。

 

 その焚き火台の横に、さっき手折(たお)った落ち枝の束を並べていく。枝の太さは、束ごとにある程度揃えた。細いのはつまようじ並みに細く、太いのは魚肉ソーセージくらい。ここしばらく天気が良かったおかげか、どれもよく乾いていて、手でも割と簡単に折れた。

 

 多少面倒な作業だったが、どうも、動画やブログを見ると、こうやって並べた方が、後々効率がいいらしい。そんなもんなのか…。

 

 とりあえずここからは、ネットで見てきたとおりにやるわけだが…なんせ初めてだし、火を使うしで、ちょっと緊張した。

 

 いちおう、ペットボトルの水を、いつでもぶっかけて消火できるように自分の脇に置いておく。

 

 バックパックから、ポケットティッシュと着火ライターを取り出した。着火ライターってのは、あれな。いわゆる「チャッ○マン(登録商標)」型のライターな。俺のは百円ショップのだけど。

 

 ポケットティッシュは街中で配ってるやつだ。俺はあまりもらえた記憶はないが、小町がよくもらってくるので、家には結構な量がある。なんか手触りがポソポソしてるので、家族もあんまり使わないんだが。

 

 そのティッシュを三枚くらい抜き出し、軽くわしゃわしゃと()んで、ふわりと広げて焚き火台の一番下へ敷いた。

 

 このティッシュを「火口(ほくち)」…薪に火をつけるために、小さな種火を増幅して保つ媒体(ばいたい)…にする。

 

 そして、一番細い枝の束、二番目に細い枝の束くらいまでを、ティッシュの上に乗せていった。あまりみっちり乗せ過ぎないように、上から見た感じが「#」(いげた)の形に見えるように意識しながら。

 

 そして…着火ライターで、一番下のティッシュに火をつける…、と。

 

 おそるおそる、ティッシュに着火してみた。

 

 数秒くらい火で(あぶ)ってやると、火がゆるゆるとティッシュを侵食して広がっていく。もっとぶわーっと燃えるのかと思ってたら、意外とじわじわ燃えるんだなティッシュって。

 

 炎の際が、上に乗せていた枝の真下へ入り込んでいくと、白い煙が少しずつ出てきた。

 

 … … …、

 

 … … …。

 

 ちょっとの間待っていたが、もわもわと、白い煙ばかりが出続けている。

 

 …も、もうちょっとティッシュ入れとくか…?

 

 と思った矢先、パチッと小さな音がして、枝から小さな火がのぼるのを目にした。

 

 よし!!よおぉぉ───し!!!

 

 思わず小さくガッツポーツする。

 

 様子を見ていると、火は少しずつ大きくなってきた。

 

 消えるなよ、消えるんじゃないぞ!!と気が()いて、ポイポイと枝を継ぎ足しまくってしまった。やばい薪の太さ揃えるの超便利!!すぐ火の中にぶち込める!!

 

 すると、再び白い煙がもうもうと出始めたかと思うと、やがて焚き火台の上30センチを優に超える高さまで炎が上がるようになった。

 

 しかもなんか…薪からシュ───って音が聞こえ始めたし!!

 

 うぉ──いやり過ぎた──!怖ぇ──!なに!?何か吹き出してるの!?怒ってるの!?

 

 (しず)まれ!鎮まりたまえ───!!

 

 想像してたより火の手が激しかったので俺は若干(あわ)てた。見とがめられないかと、思わず周りをキョロキョロした。完全に挙動不審。

 

 …おそらく、焚き火台に無数の穴が空いてるので、空気がどんどん入って燃え(さか)ってるんだろう。煙突効果(えんとつこうか)というやつか…!?

 

 火の粉が飛んで他に燃え移るとかしないでくれよ…と、ジリジリしながら火を凝視していた。ある程度、枝が焼けて黒くなったくらいの頃、ようやく火はおとなしくなった。

 

 … …あ─、びっくりした…!!

 

 焚き火台を(のぞ)き込んでみた。結構な量の薪を入れてたと思ったのに、だいぶカサが減って、黒い炭と白い灰が目立つようになっていた。黒い炭の中では、まだ赤白い炎がじわじわとこもっているらしく、息を吹きかけてやると炭の表面が赤く熱く輝いた。

 

 手をかざしてみる。先程は立ち上がった炎のせいで、ろくに近づけもしなかったが、今は炭のだいぶ近くまで手を近づけてはじめて、ジリっとした熱を感じた。

 

 いわゆる、「熾火(おきび)」、または「(おき)」、ってやつか…これが。

 

 BBQをやり終えた後、しばらく炭が炎を出さずじんわり燃えてる、あの状態と同じだ。

 

 焚き火のやり方を勉強しようと、ネットでいろいろ調べて初めて知ったのだが、今までは、「なかなか消えなくて間怠(まだる)っこい火だなぁ」と思っていた。

 

 熾火。こんな名前があったんだな。

 

 焚き火好きの人のブログを見たときだったか。

 

 「大きな炎よりもたっぷりの熾を蓄えること」と、たしか書いてあった。

 

 そのときは「ふーん」としか思ってなかった。

 

 今も実際、目の前の熾火を見ていて、「…この状態が、そんなにいいわけ…?」という気分だ。

 

 しばらく、その熾火を眺めていた。

 

 わりと太い枝も何本か突っ込んでいたのだが、その黒く炭化した枝の中で、熾火がうごめいているのを見ていた。

 

 … … やっぱ地味すぎてあんまり面白くないな。薪をちょっと足して景気良く燃やそう。

 

 枝を適当にぶち込んで、ふーふーと息を(おき)に向かって吹き込んでみた。

 

 すると、意外に早く薪に火が移り、立ち上る炎が復活した。

 

 … …あ。

 

 そういうことなのか?

 

 うん…多分、そういうことだ。

 

 

×××

 

 

 しばらくの間、俺は焚き火台に適宜(てきぎ)、薪を突っ込んだり、熾火(おきび)になるまで放っておいたり、また薪を突っ込んで、…というのを何度も繰り返し練習した。

 

 おかげでなんとなく、焚き火の火力調整の仕方を掴んだ感じがした。

 

 熾火を蓄える意味が分かった。多分、分かったと思う。

 

 言葉にしようとすると難しいが…。ある意味、薪を大切に使うためだ。

 

 焚き火は単に燃え上がる炎を()でるだけのものじゃない。昔はれっきとした生活の、炊事の手段だった。

 

 そう考えると、使う薪(燃料)の量をできるだけ抑え、必要なときに効率よく炎を発生させるように行うのが、スマートな焚き火のやり方と言えるのではないか。

 

 薪を山から拾ってくるのも大変だろうしな。

 

 熾火は派手に燃えない代わりに、炭の中で長時間、火を保ち続ける。

 

 で、必要に応じて薪を追加して空気を送り込めば、また炎が上がる。

 

 ずっと薪を投入し続けて燃え盛る炎を維持するより、薪の量は断然、少なくて済む。

 

 …そういうことなんじゃないかと思う。

 

 誰も解答を教えてはくれないが、この答えは、自分なりに納得できた。

 

 だが、そんなことは正直、どうでもよかった。

 

 俺はもうその時、すっかり焚き火に没入していた。

 

 ゆらゆらと静かに、時にパチッと薪の()ぜる音がする炎を目の前に、完全にトリップしていたのだと思う。

 

 なんで火って、こんな長時間見つめてても飽きないんだろうな…。不思議。

 

 一応、暇つぶし用の文庫本やPSPも持ってきていたが、それらに触る気には全くならなかった。

 

 だが、一個だけ思い出して、俺はバックパックを(あさ)った。

 

 取り出したるは毎度おなじみ、MAXコーヒー。通称「マッ缶」。食後のデザート代わりに持ってきてたんだった。

 

 プルトップを開けて、一口飲む。

 

 練乳の甘みの中にコーヒーの香り(この順番、重要な)、そして今日は焚き火の煙の燻製(くんせい)っぽい匂いが加わって、こんなワイルドなマッ缶をキメたのは生まれて初めてだった。なかなかイケた。

 

 食後のマッ缶をおいしく落ち着いて飲めることを、とりあえず今日のデイキャンプの到達目標にしていたが、どうやら目標達成だ。うむ、満足。ていうかマッ缶、アウトドアにもよく合うな。

 

 …ふと思いついて、熾火の状態になった焚き火台の炭の中に、マッ缶を直接、ゴスッと差し込んでみた。

 

 マッ缶の黄色と黒のデザインが、熾火の当たってるところから少しずつじわじわと、黒く(すす)けていった。やだなにこれ超かっこいい!

 

 程なくして、飲み口から沸騰(ふっとう)したコーヒーが吹きこぼれそうになった。

 

 慌てて、持ってきていた軍手を鍋つかみのように使い、缶を引っ張りだした。

 

 あちっあちっ!

 

 俺猫舌だけど熱いものを持つのも苦手なんだよ。こういうのなんていうの?猫手?っていうの?知らん。こんな手を借りなきゃいけないほど忙しい日々は送りたくないもんだな。

 

 全体が(すす)で真っ黒、とまではなっていない。黄色い缶が程よく黒コゲた感じは、なんとも言えないカッコよさがあった。

 

 ふぅふぅと、缶に口が付けられるくらいまで冷ましてから、一口すする。

 

 うううめぇ…あったけぇ…!!

 

 秋の晴天、この時の俺は、なんか、完璧(かんぺき)だった。自分がまるで完璧になったような気がした。何が、とは、なかなか決めつけて言えないんだけど、なんか、完璧。

 

 そんなこんなで焚き火と(たわむ)れていると、いつの間にか時刻は14時を回っていた。

 


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