やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その33:比企谷八幡は珍しく店員に積極的に質問する。

 完全下校時刻。本日最後のチャイムが鳴り終わった。

 

 さぁて、アウトレットパークのモンブリアンに行ってみるか!

 

 「うっし、そんじゃお先…っ。」

 

 俺はカバンをひっ(つか)んで立ち上がった。が、気が急ぎ過ぎて動作が早すぎたか、まだちょっと上半身に違和感を感じた。筋肉痛の名残(なごり)だ。

 

今日はゆっくり風呂に()かろう…。

 

 「あ、うん、ヒッキーお大事にねー。」

 

 由比ヶ浜(ゆいがはま)が手を小さく胸の前で振りながら、俺を気遣(きづか)う。

 

 「お、おう…んじゃな。」

 

 すこしドキッとしたが、俺も手を軽く上げて返した。

 

 …女の子から気遣(きづか)われるってのは、ちょっと情けないけど、…なんか、いいもんだな。由比ヶ浜が心底いいやつだからなおさらそう感じr

 

 「あ、ゆきのん!あたし今日アウトレットパーク行きたいんだけど、方向一緒だし、よかったら一緒に行かない?G△Pとかfr○ncfr○ncとか見たいんだぁー。」

 

 お い ビ ッ チ て め えええぇぇ!?

 

 「あら、いいわね。私も少し買い物しようかしら…。ちょうど新しいバスルームキャンドル買いたいのよね。」

 

 ノ ッ て ん じ ゃ ね え 絶 壁(ぜっぺき)ェエエエェ!!

 

 「え、お風呂でキャンドルつけるの?すごい!かわいい!!」

 

 「その日の気分で香りも変えられて結構リラックスできるの…最近始めたのだけど、なかなか良くて。」

 

 「わー、いい!!あたしもキャンドル見よーっと!!」

 

 お前らをロウソクにしてやろうかあああぁぁ!!!あれ、なんか違う…。

 

 俺のモンブリアンへの道はピンクのマッターホルンと黒いアイガー北壁(ほくへき)(はば)まれました。モンブリアンの代表に笑われちまうな…(分かってもらえるか自信のないギャグ)。

 

 …とりあえず、ガールズトークに花が咲いている部室から逃げるように出る。

 

 …今日はモンブリアンはナシだ。他にどっかキャンプ用品店ってあるかな…!?

 

 スマホを再び取り出して地図検索する。

 

 …おっ、けっこうあるもんだな…。

 

 帰り道方向なら、アウトレットパークから自転車でさらに10分位のところにあるイ○ンモールの中に、「スポーツロイヤリティ」がある。けっこうデカそうだ。

 

 あとは、帰り道とは反対方向になるが、パルコの5階にある「吉日山荘」か。こっちもけっこう充実してそうだな。でも帰り道の距離が倍になる…。

 

 しかし今日、海浜幕張(かいひんまくはり)の方向へ行くのは危ない気がする。どこで雪ノ下らとかち合うか分からない。なんかそういう予感。神の悪意のようなものを感じる。

 

 しゃあねえ。たまには目先を変えるのも悪くなかろう。パルコとか、ヴィレ○ァン以外特に用もないので超久々に行くが…。

 

 あっ、帰りに「なりたけ」寄ろう。週の始まりだし、景気付けにちょうどいいだろう。

 

 

×××

 

 

 高校を出て北東へ行き、国道14号に乗って千葉駅方面へ向かう。いったん逆方向へ行くが、横断歩道を渡って、中央分離帯の代わりになってる京葉線の高架下をくぐった方の車線づたいに行くと、以後の経路が楽だ。

 

 ずんずん自転車を()いで、登戸(のぶと)交差点から斜め左へ折れる。そこからはとにかく直進。直進。

 

 やがて頭上にモノレールの軌道(きどう)が現れ、しばらくその真下を漕いでいくと、徐々に、そごうの超巨大なビルディングが視界を圧迫してくる。このビルを見るといつも目の遠近感が狂うな。

 

 そごうの前を素通りし、さらに直進すると、左手の千葉駅から()びて来ている高架が見えてくる。

 

 京成千葉線と外房線が通っているその高架下はC・oneというショップ街になっている。ちょうど俺の進行方向はショップ街の切れ目で、わちゃわちゃした人混みの中を()うように高架下をくぐる。

 

 くぐった先、目の前に見えるお部屋探しの会社の緑の看板を左上に見るようにして、細いブロック舗装の通りに入る。二〜三百メートルの短い通り。

 

 ここが通称「ナンパ通り」だ。 俺のいきつけ「なりたけ」もこの通りにある。他にも、九州発祥の豚骨ラーメン店の支店があったりする。

 

 ラーメン好きの俺にとっては、ここは(ひと)りで来るところだ。今までも、そしてこれからも。まかりまちがっても女の子と連れ立ってここを歩いてあまつさえ「なりたけ」に入るなんてことはないだろう。そんな娘いたら結婚して養われたい。

 

 とりあえずナンパ通りも通過し、いよいよ目の前に千葉パルコが見えた。

 

 適当に自転車を()め、エスカレーターで一気に5階へ。エレベーターは待ち時間長いのが嫌なんだよな。

 

 登山用品店「吉日山荘」に入る。この店には初めて入るが、今となっては別に緊張することもない。ほら俺もう(デイ)キャンパーだから!(デイ)キャンパーだから!!

 

 品揃え的にはモンブリアンと似たような感じだが、「吉日山荘」はウェアも道具類も、様々なメーカーをとりまぜて販売している。テントや寝袋も数社のメーカー名が見えた。

 

 俺が父親からもらった、ランドップのVSS10も、テントコーナーに1セットだけ置いてあった。ひょっとしたら親父、ここで買ったのかな?

 

 さてさて、今日見てみたい道具を再確認だ。

 

 ペグを抜き差しする道具。4リットル程度の水を持ち運べる水筒。一人分の食肉をしっかり保冷できる容器。あと、いい感じのナイフ。

 

 まずペグに関する道具だが、需要にジャストミートなものは置いていなかった。

 

 普通ペグを抜き差しするときは、専用のハンマーを使うようだが、俺のようなバックパック一つのキャンプでハンマーを持ち歩くのは、なんか違うような気がした。重いしな。

 

 デイキャンプの時のように、空いたペグを引っ掛けて抜くやり方が現実的かな。予備のためにも、1〜2本ペグを買い足しておくのがいいかな。金ができれば。

 

 アルミ製の小さなペグなら1本二百円位からの話だが、今日は持ち合わせが少ないし、この後「なりたけ」にも行くので節約だ。

 

 次に水筒。これはちょっと目を引くものがあった。

 

 半透明な、パウチ容器のような水筒だ。もとい、水袋?

 

 水を入れるとぱんぱんに(ふく)らむが、水を消費していくとペラペラにしぼんでいき、最後は折りたたんで持ち帰れる。3種類くらいサイズがあって、2リットルのタイプがあった。

 

 これ、すげえいいな。デザインもかっこいいし。使った後に洗うのがちょっと面倒そうだが。

 

 しかし、高い。2リットルタイプを2個買えば俺の需要は満たすが、三千円くらいかかる。2リットルペットボトルを何度か繰り返し使う方が、遥かにコスト的には安く済む。

 

 この水袋は、ガチで登山をやる人にとって強い需要があるものなんだろうと思う。

 

 そもそもペットボトルと比べて、丈夫さはどうなのだろう。

 

 「あのー、バックパックで4リットルくらい運びたいんですけど、これ、丈夫さ的にはどんなもんなんですかね?」

 

 店員に聞いてみたところ、品物自体は丈夫で(その店員も登山が好きで、自分で使ってるらしい)、水を入れて上に乗っても破れないそうだ。ただし耐久性はそれなりなので、時々買い直す必要があるとのことだった。

 

 うーん、まぁちょっと他の方法も考えるか。

 

 保冷のための容器は正直、よく分からなかった。クーラーボックスは売られていたが、もちろん、歩いて持ち運ぶのに現実的な大きさじゃない。

 

 だいたい、その容器というのがどういう形なのか、具体的なイメージも()いてこない。

 

 というか、登山用品店においては、俺の発想の方がアホなのかもしれない…

 

 「肉を冷凍とかで持って行きたいなぁと思ってるんですけど、1食分くらい、バックパックに収まるような保冷の方法ってなんか無いですかね?」

 

 さっきの店員についでに聞いてみたが、うーん…とちょっと悩んでいた。アホな質問してすいません…。

 

 「あ、そういえば以前、日帰り登山の時に会った山ガールのグループで、弁当にスープジャーを持ってきてた人がいましたね。あれって逆に保冷もできたんじゃないかな…私自身は使ったことがないのでなんとも言えませんが…。」

 

 うちにもいくつかありますよ、と店員は言うと、クッカーのコーナーに俺を案内した。

 

 スープジャー、もしくはフードジャー。簡単に言うと、魔法瓶(まほうびん)の水筒が広口になって背がすげえ縮んだ版。

 

 1食分のスープなど、アツアツの状態で朝入れておけば、ランチタイムになっても温かいままいただける、逆に冷やしたカットフルーツとかなら、数時間後でもひえひえで楽しめる、というものだったと思う。たしか。

 

 品物を見せてもらった瞬間に思い出したが、これ、家にあった気がする!なんか母親が一時期使ってたような…。探してみよう。

 

 どのみち、ここで売ってるのは数千円するので、今の俺には買えない。店員に礼を言って、他のを見て回ることにした。

 

 最後にナイフ。

 

 ナイフは怖い。何が怖いって、これはこれで、もうひとジャンル、沼に足を突っ込んじゃいそうな予感がするのが怖い。俺みたいな性質の人間は自重しなければならない。

 

 いや、キレて振り回しそうだからって意味じゃないからね。うっかりはまり込んだらそのうち自作とか始めちゃいそうって意味だからね。

 

 つとめて冷静に、ただの一般消費者であるという自覚を持って、ガラス戸のはまった陳列棚(ちんれつだな)を見る。

 

 大小いくつものナイフが並んでいたが、形から、だいたい三種類くらいのカテゴリーに分けられそうだった。

 

 いわゆる十徳ナイフのようなタイプと、プライヤー(ラジオペンチ的な工具)主体型で、グリップの部分に他のツールが仕込まれてあるタイプ、そして木の()の、シンプルな折りたたみナイフだ。

 

 木の柄のやつは一番安いが、なぜかあんまりビジュアル的に好みじゃなかった。

 

 男子的に一番ぐっと来るのはプライヤー型だった。オール金属製で重厚感があり、ごつい感じ。

 

 しかし値段は、軽く諭吉が飛ぶ。あーでもこれ、ペグ抜くのにも使えそうな気もするなぁ…。

 

 十徳ナイフは値段も頑張れば手が届きそうで、それなりにかっこよかった。次買うのはこれかな…、

 

 … … …。

 

 あれ?

 

 …あるぞ…これ…うちに…。

 

 モノはこっちの方が全然いいけど、うちにも、しかも未使用品があるぞ…!

 

 それを思い出した瞬間、俺のショッピング(正確には素見(ひやか)し)は終了した。

 

 家に帰っていろいろ確認しよう。泥がついたままのテントの手入れもある。

 

 あ、その前に「なりたけ」行こう。

 

 俺は小町に電話して、晩飯不要の(むね)を連絡した。




 今更知ったんですが、千葉パルコ、来年には閉店になるらしいですね。残念です。
 【2020.11.19追記】誤字報告ありがとうございます。「ひやかし」って、「素見し」とも書くんですね。こっちの方が読書家で文学的表現しがちな八幡のキャラに合っている気がするので、使わせていただきます。

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