やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その38:ソロキャンプ#1

 土曜日。泊まりソロキャンプ初日。

 

 天気は文句なしの快晴だった。

 

 明日もこの調子で晴れるらしい。神様サンキュです!

 

 ただなんか、昨日よりも寒い気がする。晴れてるのにな…。

 

 寒いのはノーサンキュです!

 

 今回のキャンプも電車移動だ。早くに家を出て、午前7時57分、千葉駅着。

 

 デイキャンプの時と同じく、ここから乗換えだ。

 

 乗り換えの電車は8時6分発。

 

 泊まり仕様の荷物が詰まって、ずっしり重たいバックパックと、まだ保冷剤と少しの食料しか入っていない、軽いイクルーのソフトクーラーを抱えて、やや急ぎ足で電車を降り、ホームの階段を目指した。

 

 移動が地味にめんどくさいな…。

 

 俺が降り立ったのは2番線ホームだが、乗り換えの電車が来る3番線ホームは階段での移動が必要だ…。大荷物の時はなおさらきつい…。

 

 …移動ついでに、ちょっとトイレ行けるかな。

 

 一番端っこの階段を降りてすぐ横にあるトイレで用を足し、ヒィヒィ言いながら3番線ホームへの階段を駆け上がった。

 

 …よしよし、なんとか葉山たちサッカー部ともかち合わなくて済んだな…。

 

 やつらが乗るのは外房線だから、いるとすれば隣の5、6番番線ホーム。しかしざっと見た所、それらしき集団はいなかった。出発時刻もうまいことズレていたようだ。神様サンキュです!

 

 ほどなく、黄色と青の横ラインが印象的な、銀色の電車がホームに(すべ)りこんできた。

 

 降り客が車内から出つくすのを待って、ぞろぞろと俺の並んだ列が乗り込む。(「…んー?あれー?)運よく入り口すぐ横の、端っこの席に座る(ひょっとして比企谷くんじゃなーい?)ことができた。短いアナウンスの後、(ひーきがーやくーん、ひゃっはr」)ぴろんぴろんと横のドアが締まり、俺を乗せた電車は、きしんだ音を立てながらゆっくりと動き出した。

 

 

 

 

 ドッと冷や汗が()き出してきた。

 

 

 

 

 発車し始めてすぐ、一瞬だけ、車窓から声の聞こえた方を目だけ動かして確認した。

 

 赤いコートを着て、キャリーバッグを片手に引いた雪ノ下陽乃(ゆきのしたはるの)が、ぽかんとした顔をして、俺の乗った電車を見送っていた。

 

 

 

 

 … … …っっっっっぶおおぉぉぉああああああ!!!!!!(戦慄(せんりつ)

 

 あっっっぶねえええぇぇx!!!死ぬとこだっっったああああぁぁぁ……!!!(いや死なないけども)

 

 なんでこんな時間にこんなトコによりによって陽乃(はるの)さんがいるんだよ…!!??

 

 た、多分、持ってたキャリーバッグからして、旅行にでも行くところだったんだろうけども…!!

 

 …お、同じ電車に乗って来なくて良かったああぁ…!!!

 

 …って言うことは多分、次に来る東京方面行きの快速に乗るつもりだったんだろうな…、よし、…じゃあ、まぁ、追いかけてはこないだろう…!いやでもあの人の行動マジ理解不能だしなぁ…一応、気をつけとこう…!

 

しかし…もう数秒、ドアが閉まるのが遅ければ、確実に捕まってるところだった…!!

 

 …神様…、マジでサンキュです…っ!!!!

 

 

×××

 

 

 今回、俺が乗ったのは内房線だ。千葉県の東京湾沿いを、ずうっと南に下っていく路線。

 

 目的地までは片道2時間以上の、なかなかの長旅だ。

 

 俺の座った席の真正面、反対側のベンチ席の後ろにある窓からは、いずれ東京湾が見えてくるはずだ。

 

 千葉駅を出て、蘇我駅(そがえき)で外房線、京葉線と分かれ、南を目指す。

 

 ようやく俺はほっと一息ついて、ソフトクーラーをごそごそやって、家から持ってきた朝飯代わりのおにぎりを食い始めた。

 

 あと、着ていたMA−1ブルゾンのポケットから、飲みかけの小さなペットボトル入りのお茶を出して一口。

 

 もうすっかりぬるんでいたが、千葉駅まではしっかり、カイロ代わりに俺の手を温めてくれていた。

 

 こういう日には、ホーム内の万葉軒で弁当を買っても良いかもしれないな…でもちょっとゴミ出るしな…家のおにぎりなら、ごみっつってもラップ一枚分だ。

 

 

 

 

 ときおりギッシギッシときしむような金属音を出しながら、電車はのんびりと、各駅運行で俺を南へ南へと運んだ。

 

 

 

 

 基本、電車移動中、すべきことは特にない。

 

 ぼーっと窓の外を眺めたり、とりとめのない思考にふけってみたり、スマホをいじったり、座席の暖かさにウトウトしたり、ダラダラのんびりした時間を過ごした。

 

 電車で一人で長旅ってのも、なかなかいいもんだな。

 

 木更津(きさらづ)を過ぎた頃から、徐々に小高い山が背中側の車窓から見え始めた。

 

 君津(きみつ)駅あたりを境に、車窓の外に見える市街地と農地・山林との割合が逆転してきた。

 

 関東平野の南の果てを越え、「房総丘陵(ぼうそうきゅうりょう)」エリアに入ったようだ。

 

 いちおう、千葉県にもこの辺には山があるにはある。一番高くても四百メートルちょいだけどな。

 

 大したことないとお思いかも知れないが、実はその山々の中に、とてつもない名山が含まれている。聖地と言ってもいい。

 

 まぁ、俺もはっきり知ったのは今回のキャンプ場の下調べの時なんで、偉そうには言えないんですけどね…。

 

 

 

 

 千葉駅から各駅停車で2時間弱。岩井駅に着いた。

 

 この駅から見て内陸側、高速道路の向こう側に、富山(とみさん)という、ほっこりしたMの字型の山がある。

 

 曲亭馬琴の名作「南総里見八犬伝」で、伏姫が犬の八房とともに(こも)り、身の潔白を示すために自害した際に体内から八つの霊玉(れいぎょく)が現れて各地へ飛散したところ。

 

 そして、霊玉に導かれた八犬士たちが、里見家を守るべく戦った「関東大戦」を経て、高齢となった後に集って籠もり、仙人となったとされるところ。

 

 いわば、「八犬伝」の、始まりにして終わりの地。

 

 そう、「南総里見八犬伝」の舞台は、千葉なのです!これ覚えて帰ってね!!

 

 一部では「日本最古の職業作家によるラノベ」とも言われる八犬伝。

 

 完結まで28年、全98巻106冊(上下巻等含む)の超大作。

 

 多くの現代語訳版が出ており、刊行開始から二百年以上経つ今も魅力を失わない。

 

 もしこれをラノベといっていいのであれば、まさに日本史上最強のラノベといえる。

 

 逆に言えば千葉を舞台にしたラノベは最強。やだ当たってるわ!俺妹とかアニメ化もされたしね!!

 

 材木座にこの法則を教えておいてやろう。ついでに八犬伝を全巻読破するように勧めてみるか。著作権切れてるからパクりまくっても問題ないしな!(悪笑)

 

 この駅で、何組かハイキング姿の乗客が降りていくのを見た。どうも、八犬伝ゆかりのポイントを見て回るイベントをやってるらしい。つまり聖地巡礼?

 

 俺もそのうち機会を作って、見に行ってもいいな。

 

 

 

 岩井駅を過ぎてからも、しばらく電車に揺られ、いくつものトンネルを抜けた。

 

 車窓から、遠くに海岸線が見えたと思えば、すぐに民家やトンネルや小山や(やぶ)(さえぎ)られ、それを繰り返しながら、房総半島の南端近くまでやって来たくらいで、ようやく電車を降りた。

 

 日はだいぶ高くなり、日差しを遮るものない天気のおかげで、だいぶ気温も暖かくなってきていた。

 




【おねがい】

 今回からの「泊まりソロキャンプ編」の、舞台のモデルとなったキャンプ場は、実は2015年初頭に、夏休みシーズン以外のキャンプ・BBQが禁止となってしまった、との情報がありました。

 遠方在住の私には詳細な原因ははっきり分からないのですが、頻繁にキャンプのゴミが放置され(壊れたテントなど)、騒音が絶えない等の、一部利用者のマナー面での問題が大きかったのかもしれない、との情報が、ネット上に多くありました。

 しかし、このSSのクライマックスの一つであるソロキャンプ編の舞台として、とても素敵なところだと思ったため、あくまでフィクションとして、今回、お話の中で使わせてもらうことにしました。

 これまでのように、スタートからゴールまで詳細な経路を書くことも少し控えようと思いますが、もし、どのキャンプ場か特定できたとしても、どうか、上記のような苦渋の決断をなさった地元の人々の意思に敬意を払い、今は、キャンプ場名を明かさないようにしておいてください。

 いつか、心あるキャンパーさんばかりが集まる素敵な場所に戻り、再開放されることを、心から祈っています。

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