やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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 Grookiです。長らくおまたせしました……!

 「傍編」最終回です。

 最終回にして、当連載中、最多文字数ですが……どうぞよろしくおねがいします!!


(12・傍編最終回)そして彼女たちは、かしましくもひそやかに次の舞台に備える。

***

 

 

 新木場(しんきば)駅を過ぎ、運河をいくつか(また)ぐように()けられた橋を、私の乗った電車は、(すべ)るように進んでいた。

 

 久しぶりに舞浜(まいはま)より西に来たけれど、ここまでの風景は嫌いではない。

 

 大きく左へカーブしながら、電車はするりと地下へと(もぐ)った。

 

 この辺から、じわじわと、緊張と不安が胸の中に(ふく)らんでくる。息が少し苦しい。

 

 バッグから、小さく折りたたんだメモを取り出して、何度も読み返す。

 

 

 

 

 ここに書いてあるとおりにすればいいのだ。何も難しいことはない。

 

 大丈夫。入念に調べ上げ、何度もイメージトレーニングを重ねてきたのだから。

 

 絶対に大丈夫……! まちがうはずがない……!!

 

 

 

 

 やがて電車は、まもなく終点に到着する(むね)のアナウンスを流しながら、徐々(じょじょ)に速度を落とし始めた。車内の人々がみな、降車の支度(したく)を始める。

 

 電車が完全にホームに停車し、開いた扉から人々が慌ただしく流れ出ていくのをあらかた見送って、私も席から立ち上がった。

 

 さぁ、行くわよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数分後、私は完全に、完璧に、ものの見事に、自分を見失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 白く無機質な壁や柱が延々とつづく、あちこちが工事中の通路。津波のように押し寄せ、あるいは後ろから()いて出る無数の人々。色々なものが混じりあった変な匂い。止むことのない喧騒(けんそう)と、絶え間なくそこかしこから聞こえてくる、聞き取れないアナウンスの電子音……。

 

 

 

 

 ここ……、

 

 

 

 

 どこ……!?

 

 

 

 

 ……いえ、どこなのかはさすがに分かっている。

 

 東京駅。

 

 日本一のプラットホーム数を(ほこ)り、この国を代表するターミナル(路線集積)駅。

 

 ……などという表現ではとても、この駅の狂気の沙汰(さた)とも言えるような複雑な構造は説明できない。

 

 地上地下、何層にもわたり、立体的に重なって線路、ホームが設置されている。いくつも似た名前の改札口があってややこしい。

 

 駅構内の面積を全て合わせると、東京ドーム4個分弱。有名な赤レンガの駅舎部分だけでも、南北に二〇〇メートルほどある。

 

 ばかだわ。この駅を作った人間、ぜったいばかよ……!!

 

 

 

 

 駅舎は現在、復元工事が進められていて、来年の今頃には、一九一四年(大正三年)開業当時の、重厚、壮麗(そうれい)な姿になって蘇るそうだ。

 

 見てみたい……けれど私、とてもじゃないけれどひとりで見て回れる自信がないわ……。

 

 今でさえ、ちょっと泣きそうになってるもの……!

 

 

 

 

 私が日常使っている京葉線(けいようせん)は、乗り換えなしで40分ほどでここまで来られる。

 

 けれど、京葉線自体が比較的最近できた路線なので、プラットホームは東京駅本体から南へ数百メートル離れた地下に設けられている。

 

 電車を降りた私は、そこから人の波に流されるように、いくつものエスカレーターを上り、果てしなく伸びる地下連絡通路をひたすら直進し(空港のように動く歩道が付いている)、またエスカレーターを上った先で突然、人間が縦横無尽に行き交う広いスペースに放り出された。

 

 

 

 

 ここ、どこ……!?

 

 

 

 

 あちこちから聞こえるアナウンスが頭の中で反響し、尋常(じんじょう)でないスピードで歩きまわる人々の動きに目を取られて、頭上の案内表示の意味をしっかり把握(はあく)できない。

 

 人酔いと音酔いで、私は軽くパニック状態に(おちい)ってしまった。

 

 

 

 

 お、おちついて、落ち着くのよ私!!

 

 と、とりあえず、近くのトイレで少し息を整えよう……!!

 

 かろうじて見つけたトイレの表示をめがけて、私はその場を逃れた。

 

 しばらく洗面台の前で息を整え、メモを冷静に読み直してトイレを出た。

 

 しかし、どっちからどう来たのか、もう忘れてしまっていて、もはや北も南も分からなくなっていた。

 

 絶望感に押しつぶされそうになる。

 

 

 

 

 ……ああ……。

 

 やはり無謀(むぼう)だった……。

 

 意地を張らず、無理をせず、誰かに頼んで連れてきてもらえばよかった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 総武高二年生の最大の行事である修学旅行が、もう間もなくに迫っていた。

 

 行き先は京都。

 

 この時期なら、紅葉が素晴らしいでしょうね。

 

 東海道新幹線(とうかいどうしんかんせん)で移動することになっている。

 

 しかし、どこの馬鹿教師がいつ発案したのかは知らないけれど、例年、集合場所は学校ではなく、各自で直接、東京駅に集合、と決まっている。

 

 方向・方角の把握が少しだけ(ほんの少しだけ)苦手な私には、やや面倒な……軽く目の前が真っ暗になる程度の……事態だった。

 

 

 

 

 誰にも……平塚(ひらつか)先生にも、由比ヶ浜(ゆいがはま)さんにも、打ち明けることができない、私の弱さ。

 

 ……絶対、笑われるもの……!

 

 

 

 

 そこで今日、入用(いりよう)な物の買い出しも兼ねて、実際に東京駅まで足を伸ばして、集合場所への経路確認をしようとしたのだ。

 

 もちろん、他の対策法はいくらでも思いついた。同じ班になった人とどこかで待ち合わせていっしょに行くとか、お金はかかるけれど、八丁堀駅(はっちょうぼりえき)あたりから地上に出て、あと二キロ足らずの道をタクシーに乗り、集合場所の最寄りにつけてもらうとか……。

 

 しかしやはり、ひとの手を借りず、自分の足でたどり着きたかった。

 

 

 

 

 ……などと、考えたばっかりに……!

 

 仕方がない。ちょっと恥ずかしいけれど……。

 

「あの、すみません、丸の内南口の、団体集合場所へはどう行けば……?」

 

 通りがかった駅員さんにたずねた。

 

「……ああ、南口なら……地下の学生用のでよろしいですか? でしたら……」

 

 駅員さんは丁寧に道順を教えてくれた。

 

 まぁ、最初に歩き出す方向さえ教えてもらえれば、なんのことはなかった。

 

 いったん「丸の内南口」改札を出て、外へ出てすぐ目の前にある地下への階段を降り、少し進んだところで、「団体集合場所(学生用)」と書かれた表示板のある、広い空間に出た。

 

 人の行き来はあるけれど、先ほどの喧騒(けんそう)よりもだいぶましだった。

 

 ……ふ、なんだ。九割方、自力で到達できてたんじゃない。

 

 東京駅、恐るるに足らず……!

 

 涙目をハンカチで拭きながら、そう思って自分を(はげ)ました。

 

 

 

 

 ……けれどこの時、私は知らなかった。

 

 京葉線のホームから、()()()改札を出て、丸の内自由通路をまっすぐ歩けば、ここまで迷うことなく来れたことを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なつかしの海浜幕張駅(かいひんまくはりえき)に帰り着いた時には、すっかり疲労困憊(ひろうこんぱい)していた。

 

 ……これ、私、京都に行ったりしたら、どうなってしまうのかしら……?

 

 ふと思い至ってしまった不安が、急激に胸の中で膨らんできた。

 

 ふとよそ見をしていた間に同じ班のメンバーとはぐれ、縦横、碁盤目(ごばんめ)状に走る道の真ん中に、たった一人で立ち尽くしてしまっている自分を、容易に想像できた。

 

 

 

 

 まずい。大変まずい。

 

 最低限、京都市内の地理情報も頭に入れておかなきゃ……!

 

 

 

 

 ぐったりしていた体を奮い立たせ、私は行きつけの書店を目指し、プレナ幕張へ向かった。

 

 さすが観光地というべきか、京都を扱った雑誌はたくさんあった。

 

 ただ、どれも市内の見どころである寺社やお店、おみやげの情報がメインで、表紙や各ページには、ピンクや黄色などの、なんだか目に痛い色使いが施されている。

 

 付録にコンパス(方位磁針)でも付けてくれればいいのに……などと自嘲的(じちょうてき)なことを考えつつ。

 

 どういう経路で回るべきか、が丁寧に紹介されていて、目にやさしいレイアウトのものを探していると、「じゃらん」の今年の保存版が、ちょうど良い感じだったので購入した。コンパスは付いていなかったけれど、猫がマスコットキャラクターなのが素晴らしい。

 

 にゃらん、かわいい……!

 

 

 

 

 とりあえず、これを()()かりにして、インターネットでも検索してみよう。

 

 そう思って書店を出たちょうどその時、スマートフォンが鳴動した。

 

 ……(陽乃)からだった。

 

「やっほ〜雪乃(ゆきの)ちゃん。元気?」

 

 姉の甘くきれいな声は、いつも妙に耳に残る……わずらわしい。

 

「姉さん……何の用?」

 

「んもー、毎回冷たいなぁ……。ん、特に用事があるわけじゃないけど、そういえばもうすぐ修学旅行じゃなかったっけなー、って思って」

 

 なぜ知ってるの……と言いかけて、姉も総武高(うち)の卒業生だったことを思い出した。

 

「いいよね〜修学旅行。今年も京都? 紅葉がキレイだろうな〜。お姉ちゃんも雪乃ちゃんの後をこっそりつけて旅行しよっかな〜?」

 

「やめて。絶対にやめて」

 

 やりかねない……この姉ならやりかねない! 冗談じゃない!

 

「あはは、冗談よ〜! でも高校の修学旅行かぁ……まさに青春のハイライト! って感じよねぇ。

 

 雪乃ちゃんモテるから、男子にいっぱい告白とかされちゃうんじゃないの〜?」

 

「ふん、旅先で(うわ)ついて告白してくるような人になびいたりしません」

 

「え〜、もっと今を楽しんだらいいのに……青春は人生一度きりだよ〜? あ、たとえば比企谷(ひきがや)くんとかが(せま)ってきたらさ、試しにオッケーしてみちゃえばいいじゃん? お姉ちゃん、あの子好きだな〜、面白いし。義弟(おとうと)になってもゼンゼンOKよ?」

 

「ちょっ……」

 

 なに言ってるのこの人は……!?

 

 一瞬言葉を失ったのは、姉の世迷(よま)(ごと)(あき)れたからで、決してあのとき、あの浜辺で、比企谷くんが私に向けた視線を思い出してしまったからではない。

 

 だ……だいたい、あの比企谷くんがそんな薄っぺらい衝動で誰かに告白するなどとは、とても思えない。

 

「……ご心配なく。彼がそんな真似(まね)をすることは天地がひっくり返っても有り得ないわ」

 

「いやいや〜分かんないわよ〜? 秋の京都のパワーはすごいんだから。もうね、いつ告白タイムが始まってもおかしくないくらい、どこもキレイで雰囲気あるんだよ!

 

 定番どころの竜安寺(りょうあんじ)清水寺(きよみずでら)鹿苑寺(ろくおんじ)慈照寺(じしょうじ)はもちろん……あ、金閣寺(きんかくじ)銀閣寺(ぎんかくじ)のことね。

 

 私の時はさ、なんかいっつも団体での行動になっちゃってたから、大人数で回りやすいコースしか行けなかったのよね〜。ホントは伏見稲荷(ふしみいなり)とか行きたかったんだけど……お稲荷様の総本社だし、千本鳥居とか、一生に一度は見ておきたいわ〜。

 

 あと、その帰り道に立ち寄れるところで、東福寺(とうふくじ)の紅葉とか通天橋(つうてんきょう)からの眺めは絶景なんだって! 修学旅行じゃあまり行かないところらしいんだけど、その分、学生の気配が薄まって、いい雰囲気だろうなぁ。

 

 嵐山の竹林の道も素敵(すてき)だって聞くよ! 秋はライトアップされるらしいし……あ、夜に出回ったら怒られるかぁ……」

 

 延々と姉の京都蘊蓄(うんちく)話が続く。

 

 うざい……。

 

「分かった……情報ありがとう。参考にするわ。いろいろ忙しいからもう切るわね」

 

 ()め息をつきながら答えると、姉もひとしきり話して満足したのか、

 

「ああ、うん、長話してごめんね〜。旅行、気をつけて楽しんでね。

 

 あ、()()()()()()()()()()()()気にしないでね〜!」

 

 言うだけ言って、姉の方から電話を切った。

 

 もう一度深く溜め息をついて、私はふらふらと帰路についた。

 

 

 

 

 姉の言葉で、心の中に、なにかモヤモヤとしたものが生じているのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★★☆

 

 

「どうかな、結衣(ゆい)ちゃん?」

 

 担当の美容師のおねえさんが、三面鏡(さんめんきょう)を広げて、後ろ髪を見せてくれる。

 

 ふるふると左右に首を振って、ねんいりにチェック。

 

 ……うん、バッチリ! あたしはおねえさんに笑顔でうなずいた。

 

 根本までキレイなピンクブラウンに染まった髪には、ちゃんと天使の輪(光沢)も浮かんでた。

 

 いつもは自分で()ってるおダンゴも、今日はプロの技でやってもらったからか、いつもよりちょっとかわいい。

 

「結衣ちゃんホント、この色似合うよねー……! 目がぱっちりしてるから、雰囲気がすごく明るくなるよー」

 

 美容師のお姉さんがあたしの肩に手を置いて、ニコニコしながら言った。

 

 えへへ。

 

 

 

 

 高校に入って、もう少しあかぬけた感じになりたいなって悩んでた時、この髪色にしようって提案してくれたのは、このおねえさんだった。

 

 これから流行(はや)ってくる色だからって。

 

 ノセられて、思い切ってイメチェンしてみたら、まわりの反応がすごくよかった。たくさんのクラスメイトやご近所さんに、いいね! って言ってもらえた。

 

 ちょこっとだけ……その、こ、告白っぽいことも、されたこと、実はあった。

 

 でもでも、それはちゃんとゴメンナサイしたよ! よく知らない人だったし、それに……、

 

 ま、まぁ、そんなこんなあって、ホント、中学の頃までとはちがう自分に変身できた気がして、すごくうれしい思い出のある髪型なんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 おねえさんに見送られて美容室を出たあたしは、まっすぐ、近くのC・ONE(シーワン)に向かった。

 

 線路の高架(こうか)下にもぐるようにお店に入って、千葉駅方面へ歩いて行くと、サン○クカフェが見えてくる。

 

「やっはろー優美子(ゆみこ)、おまたせー!」

 

 店内でカップ片手に、もう片手でケータイをいじってた優美子(三浦)に声をかけた。

 

「ん、おー、いいカンジじゃん」

 

 優美子はあたしの髪を見て、カップを置いて指でマルを作って、ほめてくれた。

 

 いつもオシャレな優美子にほめてもらえると、ちょっと安心する。

 

 あたしも飲み物を注文して、しばらく優美子と、おしゃべりしたりとか、今からのプランを相談したりした。

 

 

 

 

 今日は、久しぶりに優美子と二人だけで、千葉まで買い物に出てきていた。で、あたしは集合前に、美容室に寄ってきたのね。

 

 姫菜(海老名)も誘ったんだけど、今日は用事があるからパスっていう返答だった。

 

 まぁ……、今日のメインの目的には、姫菜、あんまり興味なさそうなのは、空気で感じたから、あたしも優美子も、しつこくは誘わなかったんだけどね。 

 

「……んじゃとりま(とりあえず)AM●’S STYLE(ア●スタイル)から行ってみよっか」

 

「オッケー」

 

「ゆいー、そこは『ブ、ラジャー』っしょ?」

 

 おどけた優美子のヘンなツッコミに、あたしは爆笑した。

 

 なんか今回は、あたしも優美子も、いつもよりテンションが高かった。

 

 

 

 

 AM●’S STYLEは、有名な下着メーカーが出してるブランドの一つ。ブランド名そのままのお店だ。

 

 ここの下着は、普段使いとしてはちょっとお高めだけど、すんごくかわいいデザインのものがいっぱいあって、ランジェリー(装飾下着)としてみれば、まぁリーズナブルな値段設定だと思う。

 

 普段使いのものは「レまむら」とかでもかわいいし、十分と思うけど……ほら、もうすぐ修学旅行だし。

 

 おおぜいの女子でいっしょにお風呂に入ったり、同じ部屋で着がえたりするだもん、「レまむら」って一発で分かるようなの着てたら、さすがに恥ずかしいしね……!

 

 っていっても、ガチで勝負下着みたいな高級ランジェリーなんか着けて行っても、それはそれで「気合い入りすぎ」「だれ狙ってんの」って笑われちゃうし、まぁそもそもそんなお金もないし……!

 

 ……や、ごめん、ウソつきました。

 

 実はあたし、最初そんな風にめっちゃ背伸びしなきゃかなって思ってたんだけど、優美子が止めてくれたんだ。

 

 

 

 

「結衣……あーしらの(とし)でレースゴテゴテのガチランジェリーは、さすがにちょっとオバンっぽく見えるし……」

 

「そ……そうかな……!?」

 

「でもまぁ、あーしもちょっと買い直そっかなって思ってたし、今度の休みに千葉行っから」

 

 

 

 

 って。

 

 でもねでもね! なんか学校ではあたしに付き合ってくれる的なふうに言ってたくせに、いざお店入ると、優美子のほうがウキウキそわそわしてるし……!

 

 まーでもたしかに、こういう専門のお店で下着買うときって、他の服を買う時とはちょっとちがうわくわく感がある。

 

「ねー結衣、こういうのどう?」

 

 そういって優美子が胸に当ててるのは、ワインレッドの地にうすピンクの花柄ししゅうがかわいい3/4カップブラだった。

 

「……あー、うん、かわいいよ! すっごくいい! けど……」

 

 ちょっと赤いかな……赤すぎるかも……優美子にはすっごく似合うと思うけど。

 

 でも今はもう冬服だけど、たぶんブラウスからすっごい透けちゃうんじゃないかな……?

 

 優美子もそれに気付いたようで、「あ、うーん……」って言いながら(たな)にもどしてた。

 

「んーじゃ、こっちはどうかな……色的に……ねぇ結衣ー、隼t」

 

 優美子は別のを選びながら何気なくあたしに話しかけてきて、途中でげふんげふんとせきばらいでごまかした。顔も真っ赤になってる。

 

 うんそうだねー隼人(はやと)くんもたぶんそういう清楚(せいそ)系のがいいんじゃないかなー知らないけど(にやにや)。

 

「うん優美子スタイルいいし色白いから、白とかうすピンクもすごい似合うと思うよ!」

 

 からかってもキゲンが悪くなるから、聞こえなかったふりしてフォローしてあげた。

 

 っていうか、優美子、ガチで勝負下着選ぶ気でいたんだ……。

 

「んもー、制服に合わせんのってダルいわー。修学旅行くらい私服でいいんじゃね?」

 

 優美子はてれかくしなのか、そんなふうにブツブツ言った。

 

 けど、それはちょっと賛成!

 

 

 

 

 なんて、二人できゃいきゃい会話しながら選んでると、店員さんがやってきた。

 

「修学旅行……学生さんですね? いっしょにお探ししましょうか?」

 

 迷ってたので、相談することにした。それぞれ自分の着けてるサイズをいちおう伝えて、ちょうどよかったから、きちんと今のサイズもはかってもらった。

 

「結衣……あんた、また育ってね?」

 

 はかった結果を聞いて、おそれおののくような感じで優美子がからかってきた。

 

 くっ。

 

 ……でも、たしかに……! さいきんちょっとブラがきつくなってきてるかも……ふ、太ったわけじゃないから! だんじて!!

 

「髪色や肌の色合いからは……こちらなんかお似合いかもですよ〜」

 

 店員さんがオススメしてきたのは、あわいピンクの3/4カップブラだった。金髪の優美子へはかなりうすい色で、さりげないししゅうの入ったもの、茶髪のあたしへは、もう少し濃いめのピンクでスッキリしたデザインのものだった。どっちも上下セットでも売ってる。

 

 超かわいい! 一着目はこれにしよっと!

 

「こっちはもう少し清楚系で……こう言うとアレですけど、勝負下着として買って行かれる方も多いですよ」

 

 店員さんが次に見せてくれたのは、真っ白で、さりげなく柔らかいししゅう入りの上下セットだった。

 

 これもかわいい! ……でも、フツーにかわいくて、なんか勝負下着っていう、攻めた感じは全然ないんだけどなー?

 

「えーでも勝負するには弱いカンジだけど」

 

 優美子が、どストレートに感想を言ったら、店員さんは、ふっふっふー、と得意げに笑った。

 

「攻めまくったデザインのランジェリーは、実はオトコのウケはあまりよくないんですよ。

 

 オトコの本能をかきたてるなら……『純粋、清楚、はかなげ』な印象を与えるデザインと色合いがマストです! 白は、その究極です」

 

 ま、マジで……!!

 

 目からウロコが……!!

 

「べ、別にオトコに見せるわけじゃないし……! で、でもそれ聞いたことあるかも……!

 

 それってやっぱマジなん……!?」

 

 優美子は店員さんの話にけっこうくいついていた。

 

「あまり参考にならないかもしれませんが……」

 

 店員さんもノリのいい人で、コソッと耳打ちするポーズを取った。

 

「……ウチのダンナは、それで()としました」

 

 生き証人おった――!!

 

 

 

 

 ……みたいなかんじで、店員さんの経験談やアドバイスにガッツリ聞き入ったあたしたちは、気がついたら3セットずつ、このお店で買ってしまってた。

 

 どれも超かわいかった。まんぞく!!

 

 おまけにいろいろ、女子のモテテクとか教えてもらえたし!

 

 

 

 

「狙ってる男子にゼッタイ有効なのは『ボディタッチ』です。かる〜く、さりげな〜くやるのがポイントですよ! あと前もって、甘めの香水を軽くつけておくんです。嗅覚(きゅうかく)はダイレクトに本能に訴えかけますからね。

 

 で、イチバン大事なポイントは……」

 

 あたしも優美子も無言で店員さんの言葉に集中する。優美子、集中しすぎて半口(はんぐち)開いてるし……

 

「一度タッチしたら、すばやく離れる。相手にその場でリアクションをとらせず、モンモンとさせる。コレです」

 

 おおおー……!

 

 

 

 

「修学旅行、いい思い出になるといいですね! 帰ってきたらまた遊びに来て、お話聞かせてくださいね!」

 

 店員さんはステキな笑顔で見送ってくれた。左手の薬指には、プラチナのシンプルでかわいいリングが光ってた。

 

 いいなぁ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 優美子と別れて、家に帰って、今日買ってきたものの整理をした。

 

 使ってる香水も、残り少なくなってたし、買い足した。なんか今度の旅行の時は、少しでもフレッシュなもののほうがいい気がして。

 

 袋から下着の上下セットを出して、ていねいにランジェリーポーチ(旅行用下着入れ)に入れた。

 

 ポーチのフタを閉めようとして……すこし、手が止まった。

 

 真新しくてキラキラした雰囲気の、特別な3着。

 

 

 

 

 ……た、ためしにちょっと、着けてみようかな……?

 

 さ、サイズ感とかやっぱ、じっさいに着けてみないと分かんないしね?

 

 部屋の外にパパやママの気配がないか確かめた。そっとドアの近くで耳をすませる。

 

 向こうのリビングからテレビの音とパパの話す声がかすかに聞こえた。

 

 よし……大丈夫。

 

 壁のクローゼットを開けて、中にかけてあるウォールミラー(壁かけ鏡)の前に立って、服を全部脱いだ。

 

 ……ちょっと寒っ。そろそろヒーター出してこなきゃ……。

 

 ランジェリーポーチから、いちばんかわいい、ピンクの上下セットを出して、着けてみた。

 

 着けた瞬間、はっきり分かる。ブラはしっかりと胸を包んで形をつくってくれてるのに、ゼンゼンきゅうくつじゃない。吸い付くようにぴったりだった。肌ざわりも最高。

 

 ショーツも肌をやさしく包んでくれていた。すごく動きやすい。

 

 ……すっごい。ちゃんとした下着って、こんなに着心地いいんだ……!

 

 鏡の中の自分を見る。ブラもショーツも、髪色と肌色にすごくマッチした色合いだった。

 

 店員さん、ホントにちゃんとセレクトしてくれたんだなぁ……!

 

 ししゅうも、それだけで見てるとけっこうゴージャス感あったんだけど、着けてみると、意外としっくりしてるデザインだった。

 

 ヤバイ。チョーヤバイ……!

 

 着けてるだけでなんかドキドキわくわくしてくるよ……!

 

 

 

 

 

 鏡には、ふだんから見なれた自分の顔がうつってた。

 

 だけど、昨日のあたしよりも、ずっとかわいいと思えた。

 

 

 

 

 なんだっけ、鬼も十八・番茶の出ごろ(※番茶も出花)、だったっけ。なんか、どんな女の子も十八歳ころに一番かわいくなる的な。

 

 それがホントなら、いま十七歳のあたしは、自分の人生の中で、いちばんかわいい時期なんだろうなぁ、って思う。

 

 

 

 

 十年後、もしあたしが働いててお給料もらえてるなら、今よりもっとメイクや服にお金かけて、自分みがきとかして、もっとキレイになってるかもしれない。

 

 でも、ほんとにそうなれてるかは、わからない。

 

 たとえば平塚先生はオトナで、すごくキレイだけど、今の自分を高校時代よりキレイだ、って思ってるかな。

 

 そうだったらいいな、って思うけど。

 

 

 

 

 あたし、今、ほんとに毎日が楽しい。

 

 でも、毎日なんか、あせってる感じもする。

 

 もっと、今日、今の時間を大事にできたんじゃないかって。もっとステキな時を過ごせたんじゃないかって。それは別に勉強のことじゃなくて。や、もちろん勉強も大事かもだけど。

 

 もっと、もっと楽しく、ドキドキワクワク、胸がキュ――ってなるほど、何かを感じれたんじゃないかって。

 

 

 

 

 たとえば、恋、とか。

 

 

 

 

 

 なんとなく、結ってたおダンゴをゆっくり解いた。

 

 自分がすっかりハダカになったような、なんかそんなカンジがした。

 

 

 

 

 ……ヒッキー……。

 

 八 幡(はち まん)……。

 

 

 

 

「……はち    っくしゅん!!」

 

 

 

 

 そっとヒッキーの名前を口にしようとして、あたしは盛大にくしゃみした。

 

 はちっくしゅんって何だ!?

 

 ってか、寒っ!

 

 ううっ……バカだあたし、下着だけのカッコで、ずーっとつっ立ってた……!

 

 我に返ったあたしは、いそいそと着けてる下着をはずしてポーチにしまって、またさっきの服を着直した。

 

 一人ではずかしくなって、顔が熱い。風邪じゃないよね……?

 

 やばいやばい……こんな大事な時期に風邪なんてひいちゃったらシャレになんない。

 

 お風呂入ろっと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………、

 

 だれにも……、だれにもまだ打ち明けてない、あたしのほんとうのきもち。

 

 

 

 あたしは、ヒッキー(比企谷八幡)が好きだ。

 

 

 

 

 なんでなのか、あたしにもわかんない。入学式の事故(とき)のこともあるのかな。

 

 でも、それだけで、ってわけじゃない。ほんとにあたしにもよくわかんない。

 

 

 

 

 でも、ほんとに好き。

 

 奉仕部(ほうしぶ)でいっしょに活動してるときも、ヒッキーをずっと見ていた。

 

 そしてやっぱり、どんどん好きになっていった。

 

 大好き。

 

 好きで、好きで、たまらない。

 

 ヒッキーのそばに、いつもいたい。

 

 ヒッキーから、いつもそばにいてほしいと思ってもらいたい。

 

 カレシとか、カノジョとか、そういう言い方でもいい。ヒッキーの特別な何かになりたい。

 

 

 

 

 でも、わかってる。

 

 あたしからヒッキーに告白するのはゼッタイにダメだって。

 

 そんなことしたら、ヒッキーはゼッタイに逃げる。そして二度と、あたしに近づかなくなっちゃう。

 

 それだけは、ゼッタイにイヤだ。

 

 

 

 

 だから、ヒッキーから告白してくるように仕向けなきゃいけないんだ。

 

 ものっすごく難しいだろうけど……!

 

 でも、やるしかない!!

 

 

 

 こんどの修学旅行は、まさに絶好のチャンス!

 

 その場で告白してくる、なんて期待できないけど、いっきにヒッキーとキョリを(ちぢ)めることはできると思うんだ。

 

 だから、あたし最近、ひとりでいろいろ作戦をねっていた。

 

 

 

 

 まずはなんとかして、三日間、ヒッキーといっしょに行動する。

 

 修学旅行は、一日目はクラスで、二日目は班で行動、三日目だけ自由行動になってるっぽい。

 

 でも、あたしはたぶん、クラスでも班でも、優美子や姫菜、隼人くんたちといっしょに行動することになると思う。

 

 ヒッキーといっしょに動けるようにするには……。

 

 ……あ!

 

 さいちゃん(戸塚彩加)だ! さいちゃんをこっちに取りこめれば、ヒッキーはゼッタイついてくる!! ヒッキー、さいちゃん大好きだもんね!

 

 ……それもなんかモヤっとするけど……!

 

 ま、ま、でもとりあえず、さいちゃんには声かけてみよっと!

 

 で、いっしょに行動してる中で、ヒッキーにどんどんボディタッチするんだ!

 

 

 …………、

 

 …………!

 

 ううっ……想像したらはずかしくなってきた……!

 

 自然に……できるかな……?

 

 でも……一生に一度の修学旅行。

 

 自分の人生で、いちばんキラキラした思い出にしたい!

 

 

 

 

 がんばれ、あたし!!

 

 

 

 

 

 

 

 

////

 

 

 鏡には、普段から見なれた自分の顔が映っていた。

 

 しかし、昨日の自分よりも、断然(だんぜん)美しい私がそこにいた。

 

 

 

 

 やばい……なんか自分がすげぇいいオンナに見える……!!

 

 てゆっか……そうだ……私、オンナだったんだよな……と、なんか久しぶりに実感した。

 

 ふふ……ふふふ……!

 

 いや〜……やはりそれなりの値段のランジェリーは違うな……この装着感! これ黄金の血でできてるんじゃないのか……!? ポセイドン編も楽勝だな。

 

 (あで)やかなピンクの生地、バラやツタの立体的な刺繍(ししゅう)(ほどこ)された上下に、同じ意匠のガーターベルトとストッキングがセットになっていた。

 

 コイツのビジュアルの攻撃力の(すご)さよ……! さすがはSal■te(サ■ート)。国内メーカーのブランドのひとつだが、海外ブランドに全く引けを取らない。

 

 人生で二度目くらいだな、ガーターベルトなんて着けるの……テンション上がる……!!

 

 ちなみに一度目は……いや、今はその話はやめておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 近日に(せま)った、わが校の修学旅行。

 

 私も生徒たちの引率(いんそつ)で付いて行くことになったのだが、せっかくなので新しい下着を買ったのだ。

 

 何がせっかくなのかは聞くな。物欲とはそういうものだ。

 

 しかし、am●zonはホント便利だ! ブランドとサイズさえ把握しておけば、欲しいブランドが近くに売ってなくても関係ないもんな。

 

 とはいえ試着も楽しみたいから、実店舗も近くに置いてほしいなぁ……頼むよワ■ールさん。

 

 ……ま、誰に見せるわけでもないんだが……。それでも、着けるだけでテンションも、オンナ(ぢから)も上がる(気がする)のが、ランジェリーのいいところだと思う。

 

 それに……、ほら……、いつ何時(なんどき)、誰の挑戦でも受ける! くらいの意気込みを持っておかなければな!!

 

 ……アントニオ猪木(いのき)か私は……。

 

 

 

 

 とまぁ、自分の中で、そういう気分がふたたび盛り上がってきていた。

 

 しばらく休止していた合コンや婚活も、また再開しようかな、と思えるくらいには。

 

 

 

 

 月曜日、比企谷(ひきがや)と話した、あの時からだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はきっと、感動したのだと思う。

 

 比企谷は私の目の前で、少年から大人へと成長した瞬間を見せてくれた。

 

 それはほんの一瞬だけのことだったのかも知れない。いくつも通らなければならない大人への関門の、ほんの一つをくぐっただけだったのかも知れない。

 

 けれど、(とし)だけ大人になった者ですら、突破するのは難しい関門だ。

 

 それを彼は、苦悶して、あがいて、彼なりの不器用で痛ましくもある方法論で、なしとげた。

 

 私はそれを目の当たりにしたのだ。

 

 驚いた。嬉しかった。そして胸が熱くなった。

 

 この感情は……「教師冥利(みょうり)に尽きる」という言い方が、一番しっくり来る。

 

 

 

 

 うん。

 

 

 

 

 ……そして同時に、すこしさみしくも、あった。

 

 私は、やはり彼の教師なのだ。それ以外のものでは、ない。

 

 彼は、彼の時間を生きるべきだ。私は、私の時間を生きねばならない。

 

 完全下校のチャイムが鳴って、並んで職員室を出て行ったあの三人の後ろ姿を見ていて……雪ノ下(ゆきのした)由比ヶ浜(ゆいがはま)(そで)をつかまれたまま引っ張られていった比企谷(かれ)を見ていて……、そんなふうに思った。

 

 

 

 

 ……うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、いうわけで、今日は景気付けに外で飲もうかと千葉まで出てきた。

 

 飲み屋街に人が集まってくる頃合いまで、C・ONEでぶらぶらと旅行に向けた買い物などして歩いた。

 

 平日の終業後だがな。

 

 残業? 翌日? 知るか!! 私は私の時間を生きねばならないのだ!!!!

 

 

 

 

 ……ついでに「そごう」の方も行ってみるか。

 

 私は買い物袋を肩にひっかけて、C・ONEの中を千葉駅方向へ進んだ。

 

 北端の出入口から外に出て、高架線の真下、目の前に京成千葉駅(けいせいちばえき)の入り口を見ながら横断歩道の信号待ちをしていると、ふと横に人の気配を感じた。

 

 小学校高学年くらいの女の子が、私のすぐ横で同じように信号待ちをしていた。

 

 すらりとした体つきに、おとなしめで品のいい服装。なかなかの美少女だ。

 

 大きなカバンを持っている。これから塾にでも行くのだろうか。

 

 女の子が私の視線に気付いて、顔を向けた。

 

 ……おっ……!

 

 前に何度か見かけた、三つ編みの()じゃないか?

 

 彼女も思い出したのか、驚いた顔で口もとを隠し、頬をぱぁっと桜色に染めた。

 

 やはりそうだ。

 

「やぁ、……こんばんは」

 

 私は笑顔でウインクしながら、初めて彼女に話しかけた。

 

 彼女はアワアワしながら、「こ、こんばんは……です……!」と、可愛らしい声でお辞儀(じぎ)した。

 

 かわいいなぁ……!

 

「あのっ、あの……、バイク、とキャンピングカー、すごく、カッコ良かったです……!」

 

 赤い顔ではにかみながら、そう言って彼女は私を見上げた。

 

「はは、ありがとう。まぁ、キャンピングカーは借り物だったんだがね」

 

 私も笑顔で返した。

 

「ほんとに、すごくカッコ良くて……、どうすれば、おねえさんみたいにかっこいい大人になれるんですか……!?」

 

 女の子はキラキラした目を向けて、私に(たず)ねてきた。うおっ(まぶ)しっ!

 

「んー……どうだろう……私なんか、まだまだだよ。いろんなことをまちがえたり、かっこわるいことしたりもいっぱいある。でも」

 

 すこし面映(おもは)ゆくなりながら、彼女の求めるクールな大人に徹することにした。

 

「……それを恐れちゃ、ダメなんだと思うよ。何にでも、思いっきりぶつかって、いっぱいまちがえて、少しずつ学んで、成長していくしかないんだ。人間は」

 

 

 

 

 うへぇ――カッコイ――!! ジーンと来た! 自分の言葉にジーンと来た!!

 

 ちょっとこみ上げるものさえある。苦笑が(笑)。

 

 ……でも、そうだな。

 

 まちがってきた数だけは、誰にも負けない自信はある……かな。

 

 そこからちゃんと学べて、かっこよくなれてるかは、今も分からないけれど。

 

 

 

 

 女の子はうっとりした顔で、私の話に聞き入っていた。

 

 

 

 

「……大丈夫、きっと君m「しずかー!」」

 

 

 

 

 ん!?

 

 

 

 

 私のカッコイイ仕上げのセリフにかぶせるように、離れたところから別の声が聞こえてきた。

 

 見ると、横断歩道の向こう側、京成千葉駅の入口前で、小学校高学年くらいの男の子が、こっちに向かって笑顔で手を振っていた。子どものくせに笑顔がちょっとイケメンである。

 

 

 

 

 えっ、誰だあいつ……なんで私の名前を……!?

 

 と、

 

「あ、ちょっとまってて――!」

 

 女の子が、その呼び声に反応して、男の子に手を振り返していた。

 

 その直後、歩行者用信号が青に切り替わった。

 

 

 

 

 へ!?

 

 

 

 

「わ、わたし、もう行かなきゃ……あ、ありがとうございました! さよなら!」

 

 女の子は、素敵な笑顔で私に深々とお辞儀すると、横断歩道をとてとてっと渡り、男の子の方へ駆け寄っていった。

 

 二人は合流すると、そのまま仲良く駆け足で、駅の中へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は突然の展開に呆然(ぼうぜん)としてしまって、そのまま信号が再び赤に変わるまで、その場に立ちつくしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……同じ……名前だったのか……!

 

 

 

 

 ……ぶっ、ふふ…っ!!

 

 

 

 

 気付いた瞬間、開いたままだった口から、笑いが(はじ)け出た。

 

 

 

 

「く、ふふっ、は――っはっはっはっはっは!!」

 

 参った! 完全にやられた!!

 

 自分とおんなじ名前の小学生に負けた!!

 

 やっべええぇ――かっっっっこ(わり)ぃ――私――!!

 

 あっはっはっはっ!!!!

 

 

 

 

 なんて思いながら、心はなんだか愉快(ゆかい)で愉快でたまらなかった。

 

 胸の中がスカッとして、そのあと、あたたかい気持ちで満たされていく。

 

 

 

 

 こんなことがあるから、人生は本当におもしろい。

 

 

 

 

「はっはっはっは……! は〜〜、負けた負けた……!」

 

 ひとしきり笑ったあと、私はなんとか息を整えて顔を上げ、くるっときびすを返して、再びC・ONEの方を向いた。

 

 

 

 

 飲みに行くのは、やめだ!

 

 こんな愉快な敗北感は家に持ち帰って、ニヤニヤしながら静かに一人でかみしめたい。

 

 最高の酒の(さかな)になるだろう。

 

 よーしもうね、家で浴びるように飲んでやる!

 

 大五郎(焼酎甲類)の一番デカいのでも買って帰るか!

 

 

 

 

 私はふたたび買い物袋を肩にかついで、C・ONEを南へ突き抜けた先、愛車(ヴァンテージ)()めてある駐車場へ向かって、歩き出した。

 

 ()いているピンヒールの音が、いつもより軽やかに感じた。

 

 

 

 

 

 

 

    「やはり俺のソロキャンプはまちがっている。」  傍編おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 が、途中で「一蘭(いちらん)」の暖簾(のれん)が目についたので、無意識のうちに入店した。

 

 ……ま、せっかくだ。久しぶりに食べて帰るか。

 

 何がせっかくなのかは聞くな。食欲とはそういうものだ。

 

 カスタムオーダーはもちろん、「こい味(味付け)」、「超こってり(スープ)」、「1片(にんにく)」、「青ねぎ」、チャーシュー「あり」の、「秘伝のたれ」二倍、麺は「超かた」だ!!

 

 

 

 

 さぁ、かかってくるがいい……博多とんこつラーメンの(ゆう)よ!!!!

 

 私は「味集中カウンター」テーブルの注文ボタンを押し、眼前のすだれに向かって、注文票を力強く差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

    「やはり俺のソロキャンプはまちがっている。」  傍編おわり!!

 

 




【いちおう解説】

①東京駅の復元工事は、2012年10月1日に完成しました。

 この話の時間軸は、雪乃、結衣、平塚先生ともに、原作第一巻初出の、2011年に合わせているので、話中ではまだ工事中です。

 しかし、ラノベの書き方としては、「現時点で読んでいる読者の知っている情報」に寄り添って書く方が、作法というか、ラノベという存在の趣旨として正しいのかも知れません。

 八幡はおそらく、2011年にはまだなかったネタや情報とかを、巻が進むに従って、地の文で使ってるかも知れないです。

②修学旅行初日の、東京駅での集合場所の解釈について一言。

 原作第7巻初版第12刷の102ページには、総武高生たちの集合したであろう場所を「新幹線口」と書いていますが、A〜J組(10組?)、おそらく数百人規模の集団がたむろできる新幹線口は、構内図を見た限りでは、ないように思います。たぶん実際にやったらスペースギッチギチで超迷惑。

 さらに東京駅には、「団体集合場所(学生用)」と明示された地下の広場スペースが確保されていて、修学旅行生たちが集まる定番の場となっているようです。行ったことないからじっさいのとこは分かんないけど。

 「続」のアニメでは、このへんはキレイにカットされ、いきなり新幹線ホームに立っているキャラたちのシーンが出てきます。

 この話では、上記「団体集合場所(学生用)」を、集合場所として設定しました。京葉線ホームからも総武本線ホームからも近いし。

③雪乃が原作、アニメの中で読んでいた「じゃらん」の件については、以前の「活動報告」をご参照いただけると嬉しいです。

 「続」の設定制作:氏家慶子さんだと思いますが、これをきっちり作りこんだ方のプロの仕事ぶりに感動しました。

④雪乃パートで、会話のみ陽乃を登場させましたが、彼女の電話での発言には、私なりに後の原作につながる意味を持たせたつもりです。うまくいってるかな……(不安)

⑤結衣パート及び平塚先生パートで一生懸命書いた、女性下着の件ですが、まぁ大変だった……!

 どんなブランドがあるか、2011年当時はどんなラインナップだったのか、当時、千葉に売ってるお店はあったのか……などなど、ひとさまのブログや画像検索で分かる限り調べまくりました。

 おかげで楽天のバナー広告には常時、女性下着が表示されるようになっちゃいました。

 変態だな俺……。

 結衣のはトリンプのブランド「アモスタイル」、平塚先生のはワコールのブランド「サルート」です。C・ONEには現在、「ワコールガーデン」というお店ができ、サルートも取り扱っているようですが、開業は2014年でした。

 当時、他のお店での取り扱い状況は不明だったので、平塚先生は、amazonで購入したことにしてます。

 「サルート」はデザインがすげえ……! マジで平塚先生なら似合うと思うっす。




 さて、これにて本連載は完結です。

 ここまでお読みくださって、ほんとうにほんとうにありがとうございました!!

 すこし充電期間を置いて、私自身が諸事情でおあずけだったソロキャンプもしまくって、今度はもっと気軽な設定の番外編を、ぽちぽち書いていければと思います。

 ではでは☆☆☆

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