はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(今章のラストです。残り二章で最終章を予定しています。かれこれ9年目、ここまで長い旅でしたね)

オーフィス可愛い(またハーメルン及びカクヨムにて、オリジナル作品『彼らはスローライフができない』を連載中です。合わせて応援よろしくお願いします)


life.115

 一誠の部屋の扉が唐突に蹴破られ、その破片が室内に散らばった。音に気付いたオーフィスが目を覚まして入口のある方向に視線を向け、傍らに控えていたレイヴェルが素早く炎の翼を生やして臨戦態勢に移る。

 

 突入してきた兵士達の群れを割って、黒いコートを羽織った男が一人、悠然と姿を現した。

 金と黒の入り交じった髪と、やはり黒と金の双眸が特徴的なその男は、今にも飛び出そうとする兵達を制してから、オーフィスに向けて口を開く。

 

「久しいな」

「……クロウ・クルワッハ?」

 

 オーフィスは、かつて思いがけず交戦した漆黒の邪龍を思い出して言った。彼が邪龍の筆頭格であることは後で知ったことだが、それを抜きにしても、クロウ・クルワッハの実力は覚えていた。一誠と出会うよりもずっと昔、静寂以外に興味を示さなかった頃の出来事を覚えているのだから、それだけ深く印象に残っている証拠だろう。

 

 故に、彼女が疑問に感じたのは、その邪龍筆頭格のドラゴンが兵士達を率いて押しかけてきた理由である。

 背後の連中の正体は、感じ取れる魔力こそ歪にねじ曲がっているが、恐らくは吸血鬼だ。

 吸血鬼は全体的に閉鎖的で、そのプライドの高さ故に他勢力と手を結びたがらない種族であることは有名な話だ。よしんば組んだとしても、それは彼らからすれば同盟ではなく隷属関係に等しい。

 よって、クロウ・クルワッハが筆頭格として名を知られていようと、吸血鬼と轡を並べられる筈がないのだ。

 

「そこを退け、不死鳥の小娘」

「いいえ、一歩たりとも退くつもりはありません」

 

 クロウ・クルワッハの言葉に、レイヴェルは声と身体を震えさせながらも、オーフィスを庇うようにして立ち塞がった。自身に向けて放たれたドラゴンの威圧感に、心臓を鷲掴みにされるような感覚に陥っても、冷や汗を流しながら対峙した。

 

「……もう一度、言う。大人しく退け。そうすれば命だけは見逃してやる」

 

 その声には、先程よりも強い気迫が混じっていた。実際、彼からすればレイヴェルは片手間で始末できるような相手であり、路肩の石ころと変わらない。寧ろ、目的を果たすだけならさっさと殺害した方が早い筈だ。

 律儀に警告を重ねたのは、わざわざ弱者を相手にすまいというクロウ・クルワッハの矜持故であり、また自分の前に立ちはだかったレイヴェルの心の強さに敬意を表してのことである。

 

 とはいえ、彼女があくまで信念を貫こうとするのなら、乗り越えるだけだ。

 

「女子供に手荒な真似をするのは好かんが……ここに至っては仕方あるまい」

 

 クロウ・クルワッハが双眸を瞬かせた瞬間に、レイヴェルはその場に倒れ伏し、縫い付けられた。

 殺したわけではないし、レイヴェルには息も意識も残されている。一度に多量の威圧感をぶつけられたことにより、肉体が極度の緊張状態に陥っただけだ。擬死状態或いは金縛りに近いかもしれない。

 彼なりの、相手に戦う価値があるかどうかを見定める洗礼だ。

 

「一緒に来てもらうぞ、オーフィス」

 

 クロウ・クルワッハの言葉に、オーフィスは「無理」と即答した。

 

「……我、既に一誠と家庭を形成している。故に我はお前のナンパには応じない」

「そういう意味じゃない。今からお前を我々の拠点に拉致するんだ」

「……それこそ、無理。我には勝てない」

 

 守役のレイヴェルが倒れ、室内を吸血鬼の兵士達に制圧されてしまったこの状況でも余裕でいられるのは、オーフィスが世界最強に最も近い″無限の龍神″だからだ。夢幻を司るグレートレッドなら兎も角、妊娠したからといって有象無象の集団に敗北する道理はない。

 ましてや吸血鬼崩れの寄せ集めなど、億の単位を用意したところで掠り傷一つすら負わせられないだろう。

 尤も、クロウ・クルワッハとて埋め難い戦力差は承知の上で乗り込んだのだが。

 

「逆らえば、不死鳥の小娘を殺す」

 

 直後、兵達がレイヴェルの首筋に剣を突きつけた。

 

 フェニックス家の最大特徴は肉体欠損をも補う強大な再生能力だが、弱点はある。

 例えば、悪魔種が苦手とする聖水や聖剣などで負ったダメージからは、フェニックス家といえども逃れるのは容易ではなく、再生にも相応の時間を必要とする。

 そしてもっと単純に、許容範囲の限界を超える程の重傷を一度に負った場合も再生能力が追い付かず死に至るし、何らかの要因で精神をへし折られても能力が上手く発動できなくなってしまう。

 

 フェニックス家の再生能力が無敵でないことは、他ならぬ兵藤一誠が既に証明しているのだ。

 

 一誠の用いた方法は、ミキサーの中に延々と顔を突っ込ませることで精神を崩壊させるというものだが、前述したようにクロウ・クルワッハなら魔力の塊を放つだけで片付く。

 それこそ生かしたままルーマニアの拠点に連れ帰れば、リゼヴィムが嬉々として玩具にするだろう。

 そこに一切の人権や尊厳は含まれない。逆に、五体満足で死ねればマシな方である。

 

 つまりレイヴェルの末路はこの時点で半ば確定しているのだが、純真無垢なオーフィスには駆け引きの類が分からなかった。

 

 オーフィスにとってレイヴェルは、身重で動けない自分の世話を引き受けてくれた心優しい少女であり、大切な友人だった。そんな彼女を見捨てたとなれば、戦いから帰ってきた一誠は酷く悲しむだろう。彼のそんな顔を思い浮かべるだけで、胸が張り裂けるように痛い。

 そして、遂に胸の痛みに堪えきれず、オーフィスはゆっくりと頷いた。

 白い頬には、一滴の雫が伝う。

 

 それは″無限の龍神″が初めて見せる、涙だった。

 

「……我、お前についていく。その代わりに、レイヴェルには手を出すな」

 

 オーフィスは、前に一誠と共に眺めた刑事ドラマを真似て、小さな両手を差し出した。とはいえ、その意味まではあまり理解していない。ただ、何処かに連れていかれる際にその行為を行うのだろうと解釈したのだ。

 意外にも、クロウ・クルワッハは大きく腹の膨らんだ彼女をそっと自ら抱き抱えて、兵士達には触れさせなかった。同族として思うところがあるのかもしれないが、彼は口を閉じたまま何も言わなかった。

 

 床に、黒色の転移術式が紡がれる。

 

 クロウ・クルワッハは側にいた兵士に目配せをしてから、転移術式を潜った。続いて、指示を察した兵士達がまだ動けないでいるレイヴェルを拘束して、彼の後を追って消えていく。

 

 彼らにとって幸運だったのは、一誠達がアジトを移動させていなかった点だ。

 既に組織に取り込んだ旧魔王派の残党から詳細を聞き、場所の特定には成功したものの、それを悟った一誠がアジトを移す恐れがあった。特にオーフィスの出産には細心の注意を払うだろう。

 それ故に、リゼヴィム主導の下、各地に点在する元″禍の団″系組織の強襲・殺害を繰り返し、より一誠が孤立を深めるように仕組んだ。

 

 リゼヴィムからの連絡が、策の成功を意味する。

 

 オーフィスの出産に立ち会ってくれる者を探し求めたのか、一誠はティアマットが暮らす森を訪れたという。リゼヴィム達との交戦は予想外だったが、彼が出撃したのならオーフィスの周辺には世話役のレイヴェルしかいない。

 そのレイヴェルは、人質に最適だ。

 即ち、最初から最後まで、一誠はリゼヴィムの掌の上で足掻き続けていたのだ。

 

▼life.115 ▼

 

 それから数分後、愛する少女を求める、赤い龍の悲しげな咆哮が室内に響いた。

 その双眸は、憎悪の光に満ちている。




「……膝の上も肩車も、凄く落ち着く」

 二人で食べるラーメンは熱かった。悪戯のつもりか、彼はよく頬をプニプニとつつく。

「……初めて食べた。指、柔らかかった」

 やがてウトウトとしながら、最後にオーフィスは思い浮かべる。

「……寂しく、なかった」

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