五風十雨を望む   作:あきあかね

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07.開始の爆発

 久美香が知る原作通り、エガリテとブランシュの襲撃は唐突に始まった。

 

 七草真由美生徒会長の演説の後、動き出そうとするエガリテの構成員たちを次々と拘束し、一安心と気を緩めた次の瞬間には外から聞こえてくる大きな爆発音、ほぼ同時に投げ込まれたスモークグレネードに対して瞬時に対応して見せた服部刑部はさすがであるといえよう。

 

 とはいえ、ここまでは本当に原作通りの展開であり、久美香もこの後もそのとおりになるであろうと高をくくっており、油断していたのは否めなかった。

 

 予想外の事態が起こったのは、服部刑部が魔法で隔離したスモークグレネードを外へ排出すると同時に反対側の窓からもう一個のグレネードが投げ込まれたことだった。

 

 それを久美香が一番最初に発見したのは、緊急事態とはいえ原作通りに進むそれらを冷静に見ていられたことに起因する。久美香がいたのは壇上の傍だったので、体育館全体を見渡せる位置にいたのも要因となるだろう。おまけに二発目のグレネードは久美香の近くに投げ込まれた。

 

 その場にいた多くの人間が最初のグレネードの方に注目していたし、何より、エガリテが暴れだそうとした影響で体育館内は混乱状態にある。

 

 久美香は目の前に投げ込まれたグレネードを目にした瞬間に彼女の心中を満たしたのは凶器となる兵器を前にしたことによる恐怖よりも、原作にはなかった現象が起こったことに対する困惑と不安であった。

 

 久美香がこの世界に転生してからこの世界ではいろいろな事件や出来事があったのだが、それらは皆原作で示唆されたとおりのものであり、久美香は自身の持つ原作知識を大いに信用していたためにそれらの出来事に驚くことはなかった。

 

 今までで唯一の誤算であるこの世界での両親が新ソ連による佐渡侵攻によって死亡してしまったのは、当時の彼女が自分自身とこの世界のことを把握することで精一杯であったことと、自分の両親が出張で自宅にしばらくいないことは知っていたが、その出張先が佐渡島であったことを知らなかったことによって防ぐことができなかった。

 

 そのときでも両親が死んだことに驚愕と喪失感による悲しみの感情を抱いたが、新ソ連の行動自体に対する驚きはなかった。その代わりに事前に知っていたにもかかわらず両親を死なせてしまった後悔はあったが。

 

 何はともあれ、久美香の人生で原作と明確な相違がある出来事は今現在に至るまで起こることがなかった。そのため、目の前のグレネードはその威力以上の衝撃を彼女に与える結果になった。

 

 事実上として、目の前の爆発物が破片手榴弾だろうと核爆弾だろうと彼女が死に至ることはないとはいえ、その過程では途方もない苦痛を伴うことは大いにありうる。そして、ここまで明白な危機に晒されたことによって彼女は少々過剰にも反応してしまった。

 

 

 魔法師の無意識階層にはゲートと呼ばれるイデアに繋がる門があり、魔法師はこのゲートを通して魔法式をイデアへ送り、イデアに存在するエイドスを書き換えて現実世界において改変事象を引き起こすことができる。これが魔法の根幹を成すプロセスである。

 

 久美香の無意識階層にはこのゲートの他に、ある存在へと繋がるラインが存在する。これはおそらくこの世界で久美香にしかない特異なものである。彼女はそのラインを通してある存在へ要請し、一時的に本来の彼女の限界を逸脱した能力を行使することができる。

 

 久美香はまず第一にそれらの能力を行使することができる権限を要請し、取得した。そしてその権限を用いて自身の意識を大幅に拡張し、あらゆる認識と処理の速度を高速化させる。そうすることで彼女の感覚では時が止まったかのように錯覚する。俗に言うところのゾーン状態、その強化版である。

 

 この状態になって初めて久美香は冷静さを取り戻した。

 

 今彼女の目の前には床に転がったままのグレネードと停止した周囲の様子がある。特に周囲では服部刑部が排除した最初のグレネードに注目する人間と、新たに投げ込まれたグレネードに注目する人間の二分がある。

 

 その後者の中には、二発目のグレネードに向かって魔法を行使しようとする一人の学生の姿が久美香の感知範囲に引っかかる。久美香はさすがは原作登場人物と感嘆する。しかし、同時にその人物の魔法の行使よりも早くグレネードの爆発が起きることを久美香はある存在による情報の閲覧により確信した。

 

 その差はほんの僅かな時間差であるが、久美香が無防備にその爆風に身を晒していれば負傷は免れないだろう。そこまで考えて、久美香は選択する。

 

 二発目のグレネードは所謂スタングレネードといわれる種別の爆発物であり、非常に強い閃光と爆音を発生させる。基本的にはグレネード内のマグネシウムなどの激しい燃焼によって光と音を引き起こす仕組みであり、火器というより化学兵器の側面をもつ非殺傷兵器だ。

 

 久美香はそのマグネシウムの燃焼反応を不自然にならない程度に遅らせることにした。久美香自身がスタングレネードを対処してもよいのだが、より目立たず、すぐ近くで警戒している司波達也にも無用な警戒心を抱かせることはないだろう。

 

 最も、久美香が魔法で燃焼反応に干渉したのだと発覚すれば、その限りではないのだが、そのあたりの対策は彼女の十八番と言える。もしかしたら普通の魔法の行使よりも得意かもしれないくらいである。

 

 久美香は燃焼反応に干渉する魔法式を隠蔽し、それによるサイオンの動きや流れを抑制し、イデアに集約されるエイドスにも痕跡を残さない、魔法など起こっていないことを演出した。彼女が司波達也に出会う遥か前から鍛錬してきた魔法式の隠蔽である。ある存在からのバックアップもあり、それは完璧に仕上げることができた。

 

 この技術は彼女にとって唯一の天敵となりうる司波達也への対抗手段の一つだ。精霊の目(エレメンタル・サイト)をもつ司波達也に対して、この技術は非常に有効な対抗手段と言える。彼の一番の脅威である“分解”はまず対象物の構成を認識する必要があるが、この技術によってそれを隠蔽あるいは欺瞞を行うことができるのだ。間違った構成情報を元に“分解”を行っても不完全な発動や不発に終わる。ある意味一番の切り札となる技術である。

 

 まあ、一般的な魔法の行使において、魔法の隠蔽や欺瞞はともかく、エイドスにすら残らない魔法式自体の完全な隠蔽など行うことは無いため、これは久美香くらいしか真剣に研究や研鑽を行ったことは無いだろう。何と言っても魔法式の瞬時の解読なんて非現実的であり、精霊の目(エレメンタル・サイト)とエイドスの変更履歴を24時間遡れる能力をもつ司波達也くらいにしかできない芸当である。そのため、これは司波達也専用の魔法技術と言える。

 

 久美香は見過ごしがないか、確認できてない危険は無いか、止まった世界の中で知覚探索するが、それ以上何も無いことを確信すると自身の強化を解除し、再び世界が動き出す。

 

 久美香は自身の目の前にあるグレネードに怯えたような演技をして、出来るだけ自然な反応を演じた。ある生徒が行使した障壁魔法が久美香を包み込んだ次の瞬間にスタングレネードが炸裂した。視界を真っ白に染め上げる閃光と爆音が襲い掛かるが、魔法によって守られた久美香は眩暈や耳鳴りすら及ぼさず、平穏無事であった。

 

 久美香の他にも近い位置にいた生徒も同様の魔法によって守られて被害者はゼロだった。とは言え、殺傷力の低いスタングレネードの場合、外装の破片が当たるかもしれないといった程度の威力しかないため、よほど近くにいなければ軽症以下の被害しか及ぼさなかったであろう。

 

 

「遅れたかと思ったが、間に合ったようでなによりだ」

 

 

 そう言いながら、姿を現したのは十文字家次期当主であり、部活連会頭でもある十文字克人であった。

 

 高校生らしからぬ筋肉だるま、もとい立派な体格をもつ3年生であり、原作の登場人物の中でも折り紙つきの戦闘能力をもつ有力人物である。司波兄妹とは特に親しい関係にはならない人物であり、そのことも含めて久美香にとっては比較的安心感を覚える人物だ。

 

 一安心したのも束の間、体育館の扉を開いて突入してきたのは武装したブランシュの戦闘員たち、中をガスで充満しているかと思っていたのかガスマスクまで装着している。が、渡辺摩利の気流操作の魔法で窒息状態にさせられて無力化。久美香は「わかっていたが、こいつらは本当に高校生か」と戦慄を覚える。

 

 

「どうやら危機はまだまだ続きそうだ」

 

 

 十文字克人はそう呟きながら生徒たちを安全地帯まで誘導する。ブランシュの襲撃は始まったばかりである。




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