なにせ相手は……
10月のとある日 舞鶴 松島宮邸
「ふぁ〜〜〜ぁ……あぁ〜、解放感あるな〜」
松島宮邸の居間でゴロゴロと転がりながらそんな事を呟く滝崎。
そんな滝崎の近くには世界地図と幾つかの将棋の駒が転がっていた。
「まったく、ゴロゴロするのは構わんが、世界地図と将棋の駒を広げて何をしてるんだ?」
呆れた様子で滝崎に問い掛ける松島宮。
「ちょっとした作戦会議…かな?」
「地図と将棋の駒でか?」
「まあまあ、ちょっとやってみせるから」
そう言うと滝崎は世界地図に幾つかの駒を並べる。
「まず、支那は幾つかある軍閥勢力の中の二大勢力たる国民党と共産党が対立してて、内戦状態」
そう言って2つの『歩』の駒を突き合わせる。
「ヨーロッパ方面はナチス・ドイツの勢力拡大にイギリスとフランスが警戒を強め始めてる」
今度はイギリス、フランス、ドイツに置いていた『桂馬』の駒を突き合わせる。
「そして、ソ連は五ヶ年計画の『成功』を背景に世界革命を目指して暗躍してる」
そう言ってソ連に『金将』の駒を置いた。
「で、アメリカは経済を立て直しつつ、支那を狙って暗躍し、日本を敵視している、だろう?」
「その通り」
松島宮の言い分に滝崎は頷く。
「で、このままだと、ソ連とアメリカに挟まれて滅亡…これがお前が話してくれた『未来』だな」
そう言って松島宮は駒の中から『銀将』2つを取り出し、日本に置いてある『王将』をソ連側とアメリカ側から『銀将』を使って挟み込んだ。
「まあ、他にもイギリスとかからの駒もあるが、それはいいでしょう」
「で、この駒から今後、お前が考える外交戦略を聞こうか?」
「うん、とりあえず、これかな」
そう言って滝崎は日本の『王将』を取ると、そのままヨーロッパに持っていき、まるで将棋をするかの様に一手をさした。
「……待て待て、なんでイギリスとドイツを取れるんだ!?」
ヨーロッパに打ち込まれた王将がイギリスとドイツの『桂馬』を取った事に松島宮は問い質す。
「うーむ、ドイツを取ったのは不味かったかな?」
「いや、違う。なんでそうなるか、だ」
「わかってるよ、まず、国共合作を防ぎ、国民党を味方につける。これはいいよね?」
「あぁ、それはよい。それで?」
「うん、そこから外交工作によりイギリスを味方につける。最低限、イギリスの非参戦・不介入を確約させる。そして、国民党へ武器売買と軍事顧問団を含めた軍事支援を行うドイツと接触し、ドイツ技術を売買する。日本の技術だけでアメリカには対抗は難しいからね」
「ふむふむ……いやいや、待て。状況が違うとは言え、お前の歴史はドイツと接触した為にイギリスに警戒されたんだぞ? なんでドイツと接触していてイギリスを味方につけれる? いや、下手をしたら、非参戦・不介入を取り付けるのも難しいぞ!?」
「そこがミソなの。イギリスはアジアに膨大な利権があり、それを保障さえすれば幾らでも乗ってくれる。それにこちらとしてはイギリスの技術も必要だ。よって、資源と技術だけで大人しく利権保障してくれるなら、イギリスは安心してアジアから部隊を引き抜いてドイツに対抗出来る。それに商取引きはイギリスもドイツも嫌な顔はしないし、イザとなったら仲介役になってやれるしね」
「つまり、英独の対立をいい事に漁夫の利を狙う、と言うのだな?」
「あぁ、出来ればイギリスとは日英同盟復活まで持っていきたい。ドイツとは技術協力協定か商取引き協定で抑えつつ、状況如何によっては工作するが…それは向こうの出方次第だから、柔軟に対応する」
「やれやれ…外交官を味方に付けないといかんな。しかし、あのイギリスが乗るかどうか……ん? 来客か、珍しいな?」
玄関から声が聞こえた為、松島宮はそう呟きつつ立ち上がり、滝崎は世界地図と将棋の駒を片付ける。
しばらくして、松島宮は訪問者と話しながら戻ってきた。
「滝崎、珍しい客人だ。吉田茂外交官がイギリス貴族を連れて来訪だ。えーと、名前は…」
松島宮が1番前に居る吉田茂外交官の背後の人物を見ながら滝崎に言った。
そして、その『イギリス貴族』を見た瞬間、滝崎はその人物の名前をやきもちまな松島宮が言う前に口走った。
「マールバラ公…チャーチル卿!」
暫くして……居間は外交交渉の場であるかの様な緊迫した空気か流れていた。
理由は簡単、チャーチル卿とテーブルを挟んで対峙する滝崎がいるからだ。
「ふむ…日本に対して変な事はやってないつもりだが…にしても、どうも、変わった感じの…不思議な若者だね」
たどたどしい日本語で滝崎を見ながら呟くチャーチル卿。
やはり、その破天荒な人生と政治家・軍人・記者・作家を兼ねる御仁だけあって人の見る目は違った。
そして、油断のならない御仁であるのだが……
「よくぞ気付いた、マールバラ公。こいつは私の好敵手で日本の切り札だ。 何故なら、歴史が見える奴だからな!」
そして、この緊張感をバラして飛ばす好敵手に滝崎はひっくり返る。
「はっはっは、殿下、御冗談が上手いですな。こんな年寄りを…」
「おや、貴公の噂は度々聞くぞ、マールバラ公。日本風に貴公を評価するなら…現役古狸親父と言うべきかな」
「殿下も口が達者ですな」
互いに談笑しながら話す松島宮とチャーチル卿。
その時、滝崎が松島宮の肩に手を置いた。
「おい、なに警戒される事をバラしてんだよ!?」
「滝崎、お前もマールバラ公を知ってるなら、下手に隠すのは不味いとわかっているだろう?」
「わかっとるわ。だがな、故に慎重になるべきであって…」
「では、殿下。少し私と賭けをしませんか?」
滝崎と松島宮の話に割って入るかの様に言うチャーチル卿。
それに松島宮はニヤリと笑う。
「内容は?」
「日本国内の混乱を収め、支那の情勢安定に協力する…期限は来年末で」
「支那の情勢安定と言う事は、国民党を助けろ、と言う事かな?」
「それはお任せします…出来ましたら、上級のコイーバ葉巻を1ダース」
「ふむ、煙草は吸わぬが、戦利品としては中々だな。立会人は吉田外交官でよいな」
「結構です」
……何故か外に追いやられている滝崎と吉田外交官は互いに顔を見合わせるしかなかった。
「まったく……あんな事を…」
「紹介の事なら、仕方無かろう。既に半分バレている様なものだったではないか」
チャーチル卿と吉田外交官が帰った後、そう言ってテーブルに突っ伏す滝崎に松島宮は言った。
なお、吉田外交官が舞鶴に来たのは山本本部長に滝崎の事を聞いたから。チャーチル卿が来たのは偶然に日本に来ていたから、舞鶴行きを誘ったところ付いて来た……との事だった。
「それもあるが、問題は賭けの一件だよ! 幾らやる予定があるとは言え、まだ青写真状態なんだよ!?」
「だが、 イギリスもそれを望んでいる、と言う事であろう? それに、お前の話だとチャーチル卿はイギリス上級貴族で最もアジアを知る人間。ならば、知己になっておいて損は無かろう。例え狸親父でもな」
「確かにそうだが…しかし…」
「それに、後々お前の存在がバレて、警戒・闇討ちされるのも面倒だ。逆にああ言った狸親父が知っているなら、向こうもお前を利用しようとするなり何なり考えるであろう? なら、それに乗れば良い話だ。ルーズベルト、スターリンに対抗するなら、チャーチル卿を味方に付けておかねば、どちらにしろ、対抗出来んのだからな」
「…君もけっこう、曲者になったね」
「お前と日常茶飯事でこんな会話を交わしていたら、少しは知恵が付いてくる。それに、チャーチル卿を驚かしておくのも一興だろう?」
松島宮の言いように滝崎は苦笑いを浮かべた。
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