そして、滝崎は『相棒』と出会う。
1935(昭和10)年4月19日
舞鶴海軍兵学校校門
「……新鮮だな〜」
退院した滝崎はその足で自らが所属する『舞鶴海軍兵学校』の門を潜った。
(でも、舞鶴の士官学校が開校したのは44年頃。『史実』では35年に開校していない…まあ、これもこの世界の特徴なのかもしれないけど)
入院中に情報収集(書籍や新聞を読み漁る・見舞いに来た覚えのない学友からの話を聞く)をした結果、『大筋は一緒だが違う歴史』である事がわかった。
上記の舞鶴士官学校もそうだが、違う点も幾つかある。
一番海軍に関係あるのはワシントン海軍軍縮条約と関東大震災で処分・改装される筈だった赤城、天城、加賀、土佐が現存している事。
天城・赤城は『天城型航空母艦』、加賀・土佐は『加賀型戦艦』として在籍していた。
また、昨年、訓練中に電の衝突により沈没する深雪がダメコンの成功等の幸運で生還していた。
(空母の『ビック4』は天城、赤城、レキシントン、サラトガ。戦艦は『ビック9』で長門、陸奥、加賀、土佐、ネルソン、ロドネー、コロラド、メリーランド、ウエストバージニアの9隻…アメリカとなら4対3か)
それを差し引いても、アメリカと戦うにはキツキツな戦力である。
しかも、日米戦争開始まで6年7ヶ月…それまでに如何に日本を『勝てる』様に持っていくかが…歴史の変わり目なのだ。
(問題は……どうやって上層部に食い込むか…だよな)
歴史を変えるにはどうしても政府・軍部などの上層部に接触し、有力者の理解と支援が必要だ。
しかし……今の自分はしがない兵学校生であり、そんな物は無い。
(士官への任官を待つなんて悠長な事をしている暇はない…でも、下手に目立つのは危険だし……だが、一刻も早く接触はしたい…しかし、接点なんて無いしな……どっから手を付け始めればいいんだ?)
そんな事をグルグルと頭の中で考えながら滝崎は自分の教室へと向かった。
教室
教室に入った瞬間、見舞いに来てくれた同期生を筆頭に皆が暖かく出迎えてくれた……記憶が無い為、愛想笑いしか出来なかったが。
そうした騒ぎが一段落した時、教室の引き戸が開かれた。
「滝崎正郎! 漸く戻って来たか!」
自分(の祖父)の名前を呼ばれ、そちらを向くと1人の生徒が立っていた。
「…………どちら様?」
「なに!? 好敵手で有る私を忘れたのか!? まさか、海に落ちた時に記憶が飛んだのか!?」
(……本当に解らん)
困惑しているとその本人がズカズカと教室に入り、滝崎の前までやって来た。
「松島宮徳正王だ。ま、つ、し、ま、の、み、や、と、く、ま、さ、お、う!」
わざとらしい区切りで名前を言う松島宮。
(……『宮』と『王』がつくなら、この方は皇族だよな…でも、松島宮って…いや、この世界ならあっちの世界で無かった物があってもおかしくないよな…パラレルワールド、異世界だし)
……迫られているのにそんな事を考えていた。
「……大丈夫か?」
「え、あぁ、うんうん、大丈夫、大丈夫」
「……まあ、大丈夫ならいいが…それより、貸していた本を返してくれ。あの一件で返却期間が延びているんだが」
「…あぁ、すまない。部屋に置いてあるから、後で届けるよ」
「そうか…まあ、帰って来たばかりなのに騒いで悪かったな。あっ、本の事は忘れるなよ」
そう言って松島宮は教室から出て行った。
「……なんだったんだ?」
疑問符を浮かべながら呟く滝崎。
ただ、わかった事は……どうやらこの世界の祖父は先程の皇族とは『好敵手』として仲が良い……と言う事だった。
数日後……校内廊下
「うぐ〜〜…さすが天下の海軍兵学校、シゴキはキツいや」
廊下で歩きながら背伸びをしつつ、滝崎が呟いた。
「下手くそ底辺でも剣道やってたからマシだったけど…いや〜、キツい、キツい…だから、主治医が居るのか、松島宮殿下には」
あの後、同期生の話を盗み聞きするなど松島宮殿下について解った事は『ちょっと変わってる』と言う事。
これは人の性格的な事では無く、扱いの事であるのだが、確かに変わっていた。
例えば、宿舎での寝起きなどの共同生活が当たり前な兵学校において、外の借家で寝起きしている。
また、校内に掛かり付け医…この場合は主治医や侍従医と言うべきか?…が看護婦と共に一室を借りて待機している、と言う特別扱い振りだった。
ただ、この特別扱いも『皇族だから』と一言で片付いてしまうのは……何かの皮肉かもしれない。
そもそも、なぜ皇族が伝統ある呉の江田島ではなく、舞鶴なのかと疑問も出るが……箔を付けたいと言う理由ならば納得出来てしまう。
(とりあえず、体育の授業は出てるけど……身体の何処かが弱いか持病で、とりあえず名目でもいいから軍人にしてる…って事なのかな?)
皇族・華族の子息は軍人へ、と言う風潮が当たり前の戦前であるため、多少の事があっても軍に入れる。
そして、身分が皇族である以上、身体に何かあって、それをサポートする為に侍従医がいる……と推測するなら、特別扱いの理由として筋は通っている。
「まあ、何でもいいや…あっ、松島宮殿下」
前を歩く松島宮殿下に声を掛ける。
「おっ、おう…滝崎か…うう…」
「えっ、どうしました、松島宮殿下?」
「……気持ち悪い……吐きそう…」
「それは不味い! 不味過ぎる! 医務室行きましょう! あっ、侍従医の方ですからね!」
……言われた滝崎が慌て、松島宮に肩を貸し、医務室に連れて行った。
暫くして……医務室
「やれやれ、食べ過ぎで吐きそうになるとは…まあ、元気なのは良いのですが」
「あはは……」
侍従医の物言いに苦笑いを浮かべる滝崎。
しかし、そう言ってから侍従医は値踏みをするかの様に滝崎を見る。
「………何か?」
「うむ、殿下からは何故か君の話をよく聞いていたからね。なるほど、何故かわかった様な気がする」
「はあ…自分の話をよく…」
何とも意外な様な…ライバル故に話したくなるのか…まあ、嫌われてるよりマシだが。
「いや〜、殿下にもお友達が出来てよかった。このままひとりぼっちとはいかないし」
「皇族も大変ですね」
相槌を打つかの様に言う滝崎。
まあ、皇族とか王族と言うのは昔から大変なものだが。
「やれやれ、お母上、お父上や弟君の事もあって、気苦労が多い殿下には珍しく、笑っておられるな」
「えっ??」
「侍従医、少し喋り過ぎだ」
そう言って後ろに看護婦を連れた松島宮が上着を着ながら出てきた。
「やあ、松島宮殿下。大丈夫そうなんで、自分は失礼します」
そう言って滝崎は3人に一礼してから退室する。
「……よろしいのですか?」
「なにがだ?」
3人になった医務室で侍従医が松島宮に訊いた。
「このまま御一人で切り抜ける、と言うのは難しゅうございます。彼なら信用も出来ますし、我々が居なくても殿下を助ける事が出来ると私は思いますが?」
「……そんな事、既にわかっておる。そもそも、あいつをかっているのは私なのだからな」
侍従医の言葉に素っ気なさそうに松島宮は言った。
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