「ゲホッゲホッ……これは、ちょっと」
「コホッ……やっぱり埃っぽいね。まぁ仕方が無いか」
士郎とフィンは二人して咳き込む。
二人は、団員たちの不要になったお古の装備、衝動買いしたはいいが使わなかった装備、単純なガラクタなどなど、様々なものが詰め込まれた倉庫に来ていた。
最近使われてないことや大半がガラクタであることが相まって、この倉庫は非常に埃っぽい。
「……手入れをすれば使えないことはない装備ばかりのはずだから、これはと思うものがあったら選んでくれ」
異世界からやってきた士郎であるから、当然武器を持っていなければお金、もといヴァリスの持ち合わせが有るわけもない。
というわけでファミリアで自由に使っていいとされている物が集まった倉庫に来たわけだが、あまりのガラクタばかりの有様に、連れてきた当人であるフィンも微妙に不安になっていた。
一方の士郎だが、どことなく実家の土蔵と似た雰囲気を感じ取っていてため、フィンが思っているよりはこの場所に好感触を抱いていた。
それと同時に魔術の鍛錬を欠かしていたことを思い出し、いい加減再開しないと、と決意を固めながら言われた通り扱えそうな装備を漁る。
「ここにあるものならどれを選んでも構わないけど……アイズは『剣姫』だからね、剣がいいかもしれない」
「『ケンキ』……?」
「そう、剣の姫と書いて剣姫。アイズはあれでもオラリオでもほとんど最高位に位置するLV.5の冒険者だからね。生半可な冒険者やモンスターには引けをとらない剣の使い手だよ。……と言っても、君にはLVがどうこう言ってもわかりにくいか。そう遠くないうちに体験することになるだろうから楽しみにしておくと良いよ」
あのコロッケを無表情で頬張っていた少女が凶悪なモンスターを相手取る様子は想像できないが、それを可能にするのが
リヴェリアが言っていた、『極端な例だが、恩恵があれば老若男女を問わず凶悪なモンスターの討伐を可能にする』という言葉を体現しているのが、あのアイズ・ヴァレンシュタインという少女であるということだ。
「これは……弓?」
フィンの話を聞きながら倉庫をあさると、若干古ぼけてはいるが使われた様子のない弓が出てきた。
「ああ、それは……確か誰かは忘れたけど、衝動買いしてきた弓だね。結局使わなかったらしくてすぐに倉庫に放り込んだって言ってたっけ。使うのかい?」
「そうだな……弓の経験がないわけでもないからな。もっとも、弓の種類は違うみたいだからあてにはならないけど」
弓道の経験があるため、弓という選択もそう悪いものではないだろう。
しかし使用経験があるのは競技用の和弓であって、今手に持っている実戦用の洋弓ではないため、慣れるのに時間は掛かりそうだが。
「経験があるなら、それもいいね。……っと、この剣はまぁまぁ良さそうだ。早いうちから弓一本に絞る必要も無いし、せっかくアイズが面倒を見てくれると言うんだからこれも持っていくといいよ」
そう言ってフィンは一振りの剣を差し出す。
ずっしりとした重量はともかく、長さや柄から見て竹刀と似た要領で扱えそうな長剣である。
真剣を振るうということに抵抗がないわけではなかったが、要領が全く違いそうなナイフや片手剣を渡されても困りそうだと、士郎はその剣を受け取った。
目的のものは一応手にとったが、できれば強化魔術の練習用に幾つかガラクタを確保しておきたいと考えフィンに声をかける。
「ここにあるガラクタ、幾つか適当に持っていっても構わないか?」
「ああ、構わないよ。ここにあるものなら何を持っていったところで誰も文句を言わないからね。でもガラクタを持っていって何に使うんだい?」
「いや、大したことじゃない。個人的な鍛錬にな」
「そうか、まぁ好きにしてくれて構わない。じゃあそろそろアイズのところに……っと、そう言えばリヴェリアから伝言だ。君はあまりにもダンジョンやモンスターについての知識がなさすぎるからね、個人レッスンをするそうだ。夕食後に部屋を訪ねるそうだから、その、何て言うのかな、覚悟をしておくように」
どこか同情するような笑みを浮かべながら、覚悟しておくことを念を押すフィン。
その笑みから何となくだがかなり厳しいんだろうな、ということを感じ取った士郎は、学校の授業より大変じゃなければいいんだが、などと考えていた。
「それで、アイズ。これから何を始めるんだい?」
「ん、ひたすら模擬戦」
「……そんなことだろうとは、思っていたよ」
剣こそ身につけてはいないが、簡易的な防具を身にまとったアイズは、フィンの問いにそう答えた。
ちなみにアイズは新入りの面倒を見た経験というものが一切ない、つまりはそういうことである。
「いや、確かに間違ってはいない。新人に大事なのは基礎と経験の生きる技術。技はそれらを身につけてからの話だから、模擬戦は格上との対戦経験を学べるという観点から正しくはあるんだけど……」
問題はLVの差である。
士郎は契約したてのステイタスオールI0に対し、アイズはLV.5の高位冒険者。
しかもアイズは前衛型のステイタスであるため、下手をすれば目を閉じていても無傷で完勝できる程の差だ。
無論それでは意味が無いため十分な手加減が必要となるし、愛剣であるデスペレートを持ってきていないということは、流石にアイズもそれくらいは意識しているのであろうことはわかる。
だが今の状況は、ちょっと手加減を間違ったアイズの蹴り一発で士郎が気絶してもおかしくない。
いささか、と言う言葉では済ませられない程不安なフィンではあったが、あのアイズが自ら新人の面倒を見ると言ったのだ。
団長として水を差す真似はしたくない、というのがフィンの本心であった。
「そう、か……。じゃあ、僕は見守っておくことにしよう」
しかし当事者である士郎が心配であるのもまた本心であるので、せめて何かあったら対応してやれるよう近くにいることにするフィン。
その言葉にアイズは無言でコクリと頷き、視線を士郎へと向ける。
「じゃあ、はじめようか。鞘から抜いて大丈夫だよ、邪魔だろうし意味ないから」
アイズはまず剣を鞘から抜くことを促す。
邪魔だというのは実戦で使う時は抜身なのだから邪魔という意味であり、意味が無いというのはどうせ真剣でも当たりはしないのだから意味は無い、ということである。
当然士郎の方は、はいそうですかという訳にはいかない。
己の倫理観に従えば、人に、それも女性に向かって真剣を向けるなどありえないことだ。
「――――っ!」
だが、その考えも眼前の少女から放たれる圧倒的な闘気と存在感によって吹き飛ばされる。
否が応でも理解してしまう、この少女は己の力量では絶対に一撃たりとも与えられる存在ではないのだと。
世界が、常識が違うのだと、今この瞬間はっきりと思い知らされた。
きっとアイズは自分のことを歯牙にもかけておらず、士郎の振るう剣が自分に当たる事は無いと確信しているだろうし、その確信はほぼ確実に正しい。
絶対的な差。
これがフィンの言っていた、オラリオでも最高位に位置する実力を誇る『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインの力の一端なのだろう。
この少女をこれほどの高みに押し上げたのは、きっと
そして今、自分には同じものが宿っている、この少女と同じだけの高みに至るだけの可能性がある。
意識を切り替える。
眼前に立っているのは、少女ではなく圧倒的な格上の存在であると。
模擬戦といえど今の力量差では決して敵うまい、しかしそれは全力を尽くさぬ理由にはならない。
今はまだ弱い、ならば強くなるために努力を積み重ねよう。
努力など今までずっと続けてきたことだ、それを後押ししてくれる存在があるのならばより一層励むことができる。
だからこれは、最初の一歩だ。
そんな想いを秘めた、正眼の構えから放たれた士郎の一撃がアイズに迫り――
――――その一撃の結末を見届けること無く、士郎は意識を失った。
「……手加減、間違えた」
「ああ、うん、全く嬉しくないけど完璧に予想通りだ」
原因は当然というべきか、手加減を間違えたアイズの蹴りによるものであった。
それから二人の手によって介抱された士郎は程なくして目覚め、模擬戦を再開しては蹴り飛ばされ意識を失い、介抱されては目覚め、の繰り返しを夕食まで続けた。
果たして実になっているのか傍目には非常に分かり辛い訓練内容ではあったが、士郎は満足したようだ。
そして夕食時にはアイズにコロッケを強請られ作ったり、料理長に料理を教えてほしいと土下座されたり、夕食の準備を手伝ったりということをこなしながら、ようやく一日の用事を全て終えたのだった。
士郎は部屋に戻り、そして今朝倉庫から持ってきた幾つかのガラクタを手に取る。
今から行うのは、切嗣が死んでから五年間ひたすら続けてきた魔術の訓練である。
基本となる骨子を解明し、構成する材質を解明し、構成する材質を補強する、強化の魔術。
成功率はゼロに等しいが、やはりそれは鍛錬を欠かす理由にはならない。
そしていつもの通り実行しようとした瞬間、士郎は小さい、しかし到底無視できぬ違和感に気づいた。
その違和感は気づいた瞬間から肥大化し、そして数秒の後に違和感の正体に士郎はたどり着いた。
「……在る。
衛宮士郎にとって、魔術回路とは魔術を使うたびに一から作り直すものである。
それは常識とはかけ離れた考えでありかなり危険なものだったが、魔術師以下の半人前である魔術使いの士郎にとってはそれが常識だった。
要するに魔術回路が既に在る、と言うのは士郎にとって明確な異常である、ということだ。
その原因を探ろうと思考の海に沈み込もうとしたその意識を、コンコンというノックの音が繋ぎ止める。
「リヴェリアだ、開けても構わないか?」
その音の主はリヴェリアだった。
そう言えば、とフィンが個人レッスンをしにリヴェリアが来ると言っていたことを思い出す。
魔術の訓練に意識が向いていて忘れていたのだ。
了承の意を返すと、ゆっくりと扉が開かれリヴェリアが入ってくる。
「フィンから話は聞いていると思うが、主にモンスターの知識を身に付けるためにこれからある程度の期間、授業のようなものを設けたいと思っている。低階層であっても知識の有る無しで生存率は違ってくるし、この世界の常識に精通していないシロウには確実に必要なものだからな。……それで、手に持っているガラクタは何だ?」
「ああ、これは……ちょっとした鍛錬に使おうと思ってな。」
「……言いにくいようなことであれば、無理して話してくれなくてもいいぞ?」
魔術、という言葉を濁した士郎の様子を見て、リヴェリアは無理して話す必要はないと言う。
魔術とは秘匿すべきものである、少なくとも切嗣はそう言っていた。
だから話すべきではない、のだろうが……。
しかし命の恩人であり、かつ自分の事情を知っていてこれからも頼ることになる。
そんなリヴェリアにまで隠すというのは、不義理だろう。
いざという時に隠していました、なんてことになるより事前に知ってもらっていたほうが良い。
「いや、いい。ただできればあまり人には言わないでくれると助かるんだが……」
「場合によってはロキとフィンには話すことになると思うが、それ以外の者には決して話さないと誓おう」
「ああ、わかった。……これは、魔術の鍛錬に使うんだ」
「『マジュツ』……?」
「あんまり大したものじゃない、基本となる骨子を解明し、構成する材質を解明し、構成する材質を補強する。……要は強化、硬くするってことだよ」
「……それは『魔法』ではないのか?」
「いや、魔法だなんて大層なものじゃない。それどころか魔術の中でも基本中の基本。俺はそれすらもまともに使えない半人前以下の『魔術使い』だから、鍛錬は欠かせない……んだけど」
「……それもそうか、そもそも魔法であればロキがなにか言っているはずだ。それで、何か問題があるのか?」
「そう、だな。魔術回路っていう、生命力を魔力に変換する神経みたいなものがあるんだが……。いつもはこれを、魔術を使う前に一から構築しているんだが、さっき魔術を使おうとしたら既に魔術回路が在ったんだ」
「ふむ……。魔術も魔法ではないが、魔力を必要とするのだな。私はその『マジュツカイロ』というものを知らないから断言はできないが、それはおそらく
「……なるほど、言われてみれば確かにそうだ」
最後に魔術を行使したのはオラリオに来る前のことだから、確かに
正確には明確な違いとして
ほとんど情報が皆無という状態で、真実に近いであろう回答を導き出すのだから、やはりリヴェリアという女性の知性は相当に高いらしい。
ステイタスは
まさか、魔術に鍛錬をこなすことで魔力量が増える、などということが起こるのだろうか。
「まぁ、そんなことを考えてもしょうがないか……。それで、その授業は今から始めるのか?」
「いや、魔術の鍛錬をするというのならそちらを優先して構わない。いずれ必要になることは間違いないが、急を要することでもないからな。それに個人的にその魔術に興味がある、できれば一度見せてもらいたい」
「そうか、じゃあ今日は一度やって終わりにしよう。その、見てて面白いものだとは思わないが……」
「気になる、というのなら席を外すが?」
「いや、構わない」
あまり見られたいものでもないが、他でもないリヴェリアが見たいというのならば断るほどのことでもない。
自分以外の全てを意識から排除し、意識を集中させ、告げる。
「――――
強化というが、やっていることは魔力を通す、ただそれだけのことだ。
だが、それほど単純な行為でもない。
魔力を通す、ということは、下手をすれば魔力を通された対象にとって毒となりかねない。
故に。
「――――基本骨子、解明」
魔力を通すことを毒ではなく薬と為すには、その対象の構造を正確に把握し、正しく空いている隙間に通す必要がある。
「――――構成材質、解明」
……軽い。
その表現が正しいのかは分からないが、そうとしか言い表せないような感覚に陥っていた。
今までの強化の成功率はほぼゼロである。
しかし今までの強化と比べ今回の強化は、まるでせき止められていた川の障害物が取り除かれたかのように、軽く、容易い。
「――――っ、構成材質、補強」
……成功、した。
士郎は胸中で安堵とともにそう呟く。
今手にあるのは見かけ上は何も変わらないが、確かに硬度強化が施されているガラクタである。
今までとは全く違う手応えだった。
それも
原因を推し量ることは自分にはできない、ただ成功したという事実があるのみであった。
「……なるほど、な。申し訳ないが、急用ができた。授業は明日からにしよう、後の時間は好きに使うと良い」
不意にリヴェリアそう告げると、おもむろに立ち上がり士郎の部屋を去った。
突然急用と言い出したことに疑問はあったが、そう言われて引き止めるわけにもいかない。
士郎は強化が成功した、という事実を抱いたままベッドに潜り込む。
アイズとの模擬戦で疲れていた体は、自分でも驚くほど安らかに眠りについた。
廊下を歩くリヴェリアは、誰にも聞こえないような程小さな声量で呟く。
「――――なるほど、ただの
彼女の歩みの先は、ロキの私室へと向けられていた。
強化魔術が開放されました、これでナイトメアからベリーハードくらいにはなったのではないでしょうか()
魔術回路は本作では神の恩恵が肩代わりしてくれます、士郎が本来持ってる魔術回路は消えたわけではありませんが。
神の恩恵≒魔術回路の設定だけでなく、他にもおかしいと思った点がありましたら感想欄などで知らせていただけると助かります。ご都合上等設定ゆるゆるですので……。
12/28 リヴェリアに魔術のことを話す際の流れを加筆修正しました。修正前と話の内容はほとんど変わっていません。
リメイクについて
-
(ソードオラトリアを読んでから)書け
-
(オリ設定のゴリ押しで)書け
-
(いっそ全く関係ない新作を)書け
-
書かなくていい