男に優しい世界のIS   作:甲斐太郎

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誰か書いてくださいっていったじゃないすか(泣)



あれだよ。感じろって奴!

『起』

 

クラス代表を決める総当たり戦を明日へと控え、機体の整備や戦術を話し合いつつ、班全員の結束を高め合おうとした際、突然訪れたIS学園唯一の男子・織斑一夏。彼の両手にはそれぞれ大皿が持たれている。

 

その大皿には出来立てであるのが一目でわかるように湯気が上がっている料理が山盛りで載せられていた。一夏が部屋を訪れた瞬間、女子たちは手を止め動きを止め、彼を注視する。一夏は部屋にいるすべての人間の顔を見渡すと、微笑みつつ、部屋にいるすべての人に声が聞こえるように優しく告げる。

 

「イタリアの家庭料理イタリアン・ライスボールだ!ひとつひとつ"手"で丸めていたら遅くなっちゃったけれど、しっかり食べて精をつけてくれ」

 

部屋にいた女子たちは顔を見合わせると我先にと一夏の下へと走る。そして、大皿に盛られていたライスボールのひとつを手に取るとその場で噛り付いた。サクサクとした心地よい音が静かな部屋に響き渡る。

 

そして……

 

「「「「「男子の手作り料理おいしいーー!!」」」」」

 

心のありったけの思いを吼えた。

 

差し入れというサプライズの気持ちが嬉しい。クラス代表候補の故郷の家庭料理を作ってくるという優しさも嬉しい。そして、何よりも“ひとつひとつ一夏の手で丸められて作られている”っていうのもポイントが高い。

 

ライスボールはイタリアの家庭料理でご飯とチーズ各種とハーブなどを混ぜ合わせたものを食べやすいサイズに丸めて、衣をつけ油で揚げて食べる料理である。均一に作られているところ、そして入学した日から見てきた一夏の人となりを見てきた彼女たちの脳裏には、熱々のご飯に材料を混ぜて、時折水で手を冷やしつつもひとつひとつ丁寧にライスボールを丸めるエプロン姿の彼の姿が浮かび上がっている。女子たちの中には器用に衣の部分だけを剥がし、一夏の手のひらに触れたであろう部分を丁寧に嘗め回す淑女がいたりするが人垣の影に隠れ彼の目に触れることはなかった。

 

「初めて作った料理だったけれど、皆が美味しいって食べてくれてよかったよ。俺にはこれくらいしか出来ないけれど皆、明日も頑張ってね」

 

そう言って綺麗に平らげられた大皿を重ね部屋から出て行く一夏の背を見送った女子たちは鼻息を荒くし、料理の感想を口々に述べていく。やれチーズのバランスが絶妙とか、衣がサクサクでありながらも中もホクホクで美味しいとか。

 

 

ナプキンで口元に残った油をふき取ったイギリスの代表候補生セシリア・オルコットはうっとりとした様子で頬に両手を当てて身悶える。

 

強く美しい母親に媚びるだけで家事以外に何も出来ない軟弱な父親を見て育ってきたこともあり、人から異端と言われようとも力強く逞しい男性を婿にと考えていた。しかし、自国ではない、他国の家庭料理さえも意図も容易く作り、あの完成度に持って行くことがどんなに大変なことであるのか。セシリアはふと幼少期の記憶を思い返した。母親が寝静まった深夜、父親が台所で料理の味見を何度もして、出来上がった物に満足そうに微笑み、翌日母親がそれを食べ目を細めていたことを。女性を前に立たせ、男性は一歩引いた位置にいるのが当たり前という精神。

 

つまり、

 

「なるほど、これが日本男児。チェルシー、私が間違っていましたわ」

 

 

 

ドイツの代表候補生にして軍人という異色の経歴を持つラウラ・ボーデヴィッヒはその小さな手でライスボールを壊れないようにそっとつかみ、少しずつ咀嚼していた。周りの者が次々と食べ終えて行く中、ラウラだけが食べ続ける事態になった時、皆の視線が自身に集中するのが分かった。ラウラはライスボールに向けていた視線を外し、自身に目を向けている者たちの前でニヤリと笑うと、精一杯大きく口を開け残っていたものを放り込む。ワザとらしく頬袋いっぱいな状態で味わって噛み、そして飲み込む。

 

一夏が作ってきた料理に最後のひとつがラウラの胃に収まったのを見た女子たちが元の立ち位置に戻ろうとした瞬間、彼女はインフィニット・ストラトスのデータ領域に放り込んでおいた一夏作成あつあつライスボールを取り出した。足を止め、目を爛々と輝かせ、今にもラウラ自身に飛び掛って来そうなクラスメイトたちの群れの中に放物線を描くようにして投げられる料理。たったひとつのライスボールを手に入れるために死力を尽くす者たちを横目に自分用にと取っておいたライスボールに噛り付きながら彼女はつくづく思った。

 

「織斑一夏。是非とも我が祖国に」

 

 

 

部屋の片隅に置かれた席に座りながらぽけーっと窓の外を眺める金髪の少女は夢見心地のまま、何も考えず呟いた。

 

「ボクのためにラタトゥイユも作ってくれないかなぁ……」

 

そう呟いた瞬間、周囲にいた女子たちの目が自身に向けられたことにも気づかぬまま、脳内に思い描く未来予想図がポロポロ、ボロボロ、ゴロゴロと出て行く。彼女はフランスの代表候補生の1人シャルロット・デュノアである。先日双子の兄妹が2人目のIS乗りとなり世間を騒がせたが、彼女はどこ吹く風と気にもしなかった。

 

それよりも一夏のことで頭がいっぱいであった。彼はまさにシャルロットが思い描く旦那さまの理想像。家事が得意かつ子供にも優しいとか、ここで逃すなんて考えられない大魚である。ちなみにラタトゥイユとは日本で言う肉じゃがみたいなもので家庭料理の定番としてあがる。つまり、彼女の言葉を日本風に言うと「私のために肉じゃが作って食べさせて」となる。一昔前のプロポーズ用語ともいう。

 

 

で、揃いも揃って同じタイミングで告げた言葉は当然、聞き流すわけにはいかない類のものであり、それぞれの代表候補生たちはISを部分展開し、睨み付け合う。

 

「「「ああんっ!!」」」

 

「そこの代表候補生たち、いい加減にやめなさい!」

 

クラス代表候補に選ばれ、彼女らに支援される身であるイタリア出身の少女はこめかみを押さえつつ、ここ最近で何回吐くことになったか分からないため息をついたのだった。

 

 

 

『承』

 

「さて、再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めなければならないのだが、他クラスと公平を期すために今年は代表候補生をクラス代表にしないという決まりとなっている」

 

教壇の前で精神的ダメージから復活した千冬が告げるとざわざわと周囲がざわめいた。一夏はまっすぐ姿勢を正したままであるが、頭の中では当然そうなるだろうなと考えていた。何せ、1年1組を構成するクラスメイトの比率がおかしいことになっていたからだ。

 

一夏の存在を考慮して、クラスの半分は日本人であるが、同時にクラスの半分があらゆる国の国家代表候補生もしくは準ずる実力を持つ者で構成されているのである。一夏自身の知り合いである篠ノ乃箒や鳳鈴音もまたそれぞれが、格闘部門の国家代表候補生なのだ。

 

「対抗戦自体は、入学時点での各クラスの実力を測る物となるものだ。加えると1度決まると1年間変更はないからそのつもりでいろ。自他推薦は問わないので、意見がある者は挙手するように」

 

千冬の言葉を聞いたクラスの女子たちは一斉に一夏を見たが、何かを思い浮かべる様に考える仕草をすると一斉に首を横に振った。一夏をクラス代表に据える愚かさを皆、同時に悟ったのだ。態々、他クラスの奴らにチャンスをくれてやるものかと。すると女子たちは席に座ったまま、クラス代表にふさわしい人間を探す。だが……

 

「はい。デュノアさんを推薦します」

 

「彼女はフランスの射撃部門での代表候補生だよ」

 

「オルコットさんはイギリスの代表候補生だし、スクワルドさんはアメリカの代表候補生……」

 

「ボーデヴィッヒさんは?……ドイツの軍人で代表候補生かぁ」

 

「篠ノ乃さんも更識さんは日本の代表候補生だし、鏑木さんも確か高速機動部門の代表候補生だよね」

 

「中国で鳳さんのことを知らないのはモグリよ。うーん……」

 

クラスの大半が頭を抱え始めた頃合いで、代表候補生たちが顔を見合わせ挙手していく。そして、名前が挙がったのは、この4人であった。

 

イタリア出身のテオドーラ・カネピ。

 

インド出身のアメッサ・パテル。

 

アメリカ出身のティナ・ハミルトン。

 

そして、日本出身の相川愛梨。

 

「異議ありー!!」

 

「相川、却下だ」

 

千冬に意見をばっさりと切られ、orzの状態でさめざめと涙を流す相川の後ろ姿に同じ日本人たちは同情を禁じ得ない。だが、下手に口を出すと自分に問題が飛び火するので口を噤んでいる。

 

一夏は名前を呼ばれた面々を1人ずつ見て行く。

 

まずはテオドーラ・カネピ。イタリア出身ということだが、彼女は一夏の視線に気付くと穏やかな笑みを浮かべ小さく手を振ってくる。IS学園の制服は改造自由ということもあるが、テオドーラは青と白を基調にしたカーディガンを制服の上に羽織っていて、髪と目は橙色で髪は短い。やや垂れ目なところがおっとりとした雰囲気の彼女にはぴったりだ。

 

「一夏くん、カネピさんを見ているね」

 

「反応は上々のようね。カネピさん、そのまま。そのまま、がんばってー」

 

「……(汗)。……この笑顔はきつい」

 

 

次はアメッサ・パテル。インド出身ということで褐色の肌が真っ先に飛び込んでくる。制服の胸元も広く開けられており胸の谷間を強調する仕様のようだ。だが一夏は特にそこには興味を出さずに、彼女の全体の雰囲気を見る。近くの女子たちと喋る姿からは快活そうな印象を受ける。

 

「あちゃー、大きいのは嫌いなのかな?」

 

「というよりも、胸自体にあまり興味ないのかな」

 

「……。これも彼の好みを知るため。知るためなのよ」

 

 

その次にティナ・ハミルトン。彼女に視線を向けた一夏であったが、首を傾げた。彼女はひどく困惑した感じで自分を推薦した女子に食ってかかっていたのだ。激しい動きの邪魔にならないようにしているのか、長い金髪は束ねられ、白人特有の白くて丸い耳が見えている。結局、言い負けたのかしょんぼりとしている彼女と目が合った。するとハミルトンは途端に顔を両手で覆って蹲ってしまった。

 

「ティナ。グッジョブ!」

 

「うんうん、その仕草、彼もグッときたんじゃないかな?」

 

「……うぅー。なんで私なのよ」

 

 

最後に相川愛梨。彼女は机で項垂れていた。後ろの席の鏑木さんに慰められているが、功を為さない。ちなみに彼女は日本人らしい黒髪に黒い瞳を持つ一般的な女の子だ。背も女子の平均くらいの背丈で、極度の恥ずかしがり屋。一線を越えると眠ってしまうという何だか子供みたいで微笑ましい女性だ。

 

「あうー。……お婆ちゃん、その川を渡ればいいんだね」

 

「しっかりしなさい。まだ男と手もつないだことないんでしょ。処女で死ぬ気?」

 

「あうー。……それはやー」

 

愛梨が起動しなおしたのを確認した千冬はクラス全体を眺めた後、口端を吊り上げつつ言葉を続ける。

 

「推薦された4名でクラス代表を決めるために総当たり戦を来週行うこととする。そこで、残りの者たちにはそれぞれ応援したい者を1人選び、その者を中心としたチームを作ってもらう。やることは山ほどあるぞ。他のチームの情報を仕入れたり、戦い方を考えたりな。まぁ、とりあえず分かれてみろ。織斑は私の横に来い」

 

千冬はそう言うとクラスの全員を立ち上がらせた。そして、一夏が自分の横に来たのを確認すると、右往左往する女子たちに向かって爆弾を投下した。

 

「そうそう、クラス代表となった者と、その者を代表とするのに尽力したチームメンバーには褒美としてそれぞれ一夏とのツーショット写真と集合写真を撮ることを許してやろう」

 

千冬が腕を組んで言いきる。幾ばくかの静寂の後、1年1組の教室は阿鼻叫喚の叫び声が上がった。今までダウナーな雰囲気を醸し出していたアメリカ出身の少女は歓喜のあまり跳び上がり、代表候補生たちは一様に膝をついて涙を流す。インド出身の少女は『ぽーっ』としながら一夏を見つめ、イタリア出身の少女は鼻息を荒くしながら舌舐めずりしている。そして、とある日本人の少女は天に召されかけたところを後ろの席の少女に叩き起こされていた。

 

「そのくらいなら別に構わないな、織斑」

 

「写真を撮るくらいなら別に問題ないよ」

 

一夏が了承の言葉を発すると再度、1年1組の教室を中心に歓喜の大声がIS学園中に木霊したのだった。

 

 

 

 

「じゃあ、作戦会議をはじめようかな」

 

「ふん。第2世代機しか作れていない国の代表候補生が取り仕切る資格はないんじゃなくて?」

 

「喧嘩するなら余所でやれ。我々はカネピを勝たせ、他の者たちに勝利せねばならんのだ」

 

「どうして、こうも仲の悪い国の国家代表が集まってしまったんですかね?」

 

テオドーラの疑問に、彼女を応援するために集まった女子たちは肯定するように大きく頷いた。応援するためとあるが、ぶっちゃけると選ばれた4人の中で勝率が一番高そうだと思った人のところに集まっただけであるのだが。ちなみにカネピは2番人気だった。

 

ちなみに喧嘩しているのはフランスとイギリスとドイツの代表候補生たちだ。

 

そもそも国家間において、テーブルの上ではにこやかな笑顔で握手をしつつ、テーブルの下では足を蹴り合っているような関係の3国である。揃えばこうなることは目に見えていた。それでも集まったのは単に褒美を狙ってのこと。テオドーラを選んだ女子は自分を入れて10名。集合写真でも2列になれば一夏と密着出来るのだ。

 

「このままいがみ合っても仕方ないよ。ここはひとつ穏便に行こう」

 

「仕方がありませんわね。まぁ、一週間だけですし」

 

「自身で戦えないのは不満だが、部下を勝たせるのは上官の役目だ。きっちりと仕上げて行くぞ」

 

「あの、……程々でお願いします」

 

この仲が悪い3国の代表候補生たちに任せていてよいものか、テオドーラを応援するために集まった面々は頭を悩ませる羽目になったのだった。

 

 

 

 

「ぜーったいに勝つわよ、アメッサ!」

 

「中国の鳳だよな。一応、アタイは勝つつもりだが、正直勝算はあるのか?」

 

「少なくとも自己紹介で、テンパっていた相川さんには勝てるんじゃない」

 

「彼女には勝てて当然よ。ってか、あそこにだけは負けんな」

 

鼻息を荒くし据わった瞳で己を見上げてくる鈴に頬を引き攣らせつつ答えるアメッサ。彼女は3番人気で集まったのは7人。サポートする人間は少ないけれど、少なければ少ないだけ勝利した時のご褒美の恩恵が凄いので、チームメンバーは皆やる気に満ち溢れている。

 

「とりあえず、国のお偉いさんにアタイがクラス代表を決めるメンバーの1人に選ばれたことと、勝ったら織斑とお近づきになれるかもしれないことを伝えたら、第3世代機を送ってくれることになってさ」

 

「インドの第3世代機って、ガネーシャだっけ?」

 

「そ、ガネーシャ・サラーサさ。公式な試合には1回も出してない奴」

 

「い、インドも本気って訳ね」

 

鈴はアネッサのとある部分を凝視しながら言う。その視線に気付いたアネッサは、残念そうに首を振りながら言う。

 

「さっき、織斑の反応を見たんだがアタイの胸を見ても全然興味なさそうだったよ。よかったな、鳳。チャンス、あるぞ」

 

「どこ見て言ったー!!」

 

鈴は憤慨しながらアネッサに跳びかかった。しかし、アネッサの反撃を顔に受け、あまりの戦力差に膝をついて泣きだすこととなるのは、もうすぐの話である。

 

 

 

 

さて、1年1組のクラス代表選出戦1番人気のティナの所ではすでにチーム方針までが決められていた。その中には他のチームの情報収集や阻害といったことも含まれており、着々と準備を進めている。何故、そんなことが可能なのか。答えは簡単だ。知恵を貸す者が現れたからだ。

 

「では、チームaは打ち合わせ通りに動くように。チームbとcは余所のチームに動きがあったら本部に逐一連絡を入れる様にしなさい」

 

「はい、分かりました。『スコール』先生」

 

ティナの横に座って生徒たちに指示を出しているのはIS学園の3年生のクラスを受け持っているスコール・ミューゼルという女性であった。長身で豊かな金髪を持ち、抜群の美貌を誇る。が、独身である。

 

織斑千冬と同世代であり、母国では英雄ではあるものの、そのイメージが強すぎて男性が寄ってこず、気付けば行き遅れていた。本人が強がって、余裕を崩さなかったことも要因のひとつであるが、それを認めてしまえば女として終わってしまうので結局ずりずりと時間だけが進んでしまっていたのだが、先日の一夏の会見を見て確信した。彼こそが自分の生涯の伴侶に違いないと。自分が今まで独身だったのは彼と出会うためであったのだと。盛大な勘違いであるが、それも一夏の仁徳ということにしておくとしよう。

 

 

 

 

そして最後に我らの相川愛梨ちゃん陣営であるが、そこにいるのは愛梨本人を入れて5人のみ。日本の代表候補生3人と付き添い1人という豪華な顔ぶれであるが全員が何も語らず、一斉に大きなため息をついた。

 

「相川さん、参考のために聞くけれど、ISの搭乗時間は?」

 

「えっと、試験のために乗った1時間だけです」

 

「そう……」

 

射撃部門における代表候補生である更識簪はあまりの状態に二の句が告げられなくなった。心配そうに簪と愛梨を交互に見ていた布仏本音は何とかしようと考えるも良い案が思い浮かばず、シュンとその場に項垂れた。

 

「相川。何かスポーツをしていたとかないか。例えば剣道とか」

 

「えっと、小学生の時にバスケットしていて、ゴールに向けてシュートしたらリングに当って跳ね返って来たボールが顔に直撃してから、ずっと帰宅部で」

 

「…………なんかすまん」

 

箒は軽い気持ちで聞いたのだが、この方面からのアプローチも無理そうだと半ば諦める様に天を仰いだ。というか彼女は何故、このIS学園に来たのであろうか。

 

「適正はBって聞いた。参考までに聞きたい。試験のために乗ったっていう1時間は何をしていたのか」

 

「えっと、ずっと試験相手の先生の真似をしていました!」

 

えっへんと胸を張る愛梨の姿に、『これは駄目だ』というどうしようもない空気が流れる。箒たちは顔を見合わせ、とりあえずアリーナとISの練習機の貸出の確認を行い、これからどうするのかを話し合うのだった。彼女の言った“真似”という言葉の意味を理解しようとせぬまま。

 

 

『転』

 

―――IS学園第3アリーナ観客席・特設ブース

 

「なぁ、一夏。なんで、俺がここにいるんだ?」

 

「うん。見たいって、言っただろ?インフィニット・ストラトスの試合」

 

「そりゃあ、一夏との会話の中では言ったぞ。けど、チャイムを聞いて店先に出たらいきなりグラマーな黒服女性に担がれる身にもなってみろや。そんで、すげー長いリムジンの中に押し込められて、接待受けるとなった時は生きた心地がしなかったぞ。あの……虚さんっていう人がいなかったら確実に逃げ出してた。女性の中にもああいう知的で優しい人っているんだな」

 

その虚という女性に心当たりのない一夏は、弾がそれでいいならとアリーナの方を指差す。そこには機体の最終調整を行う4人の選手たちがそれぞれ飛び回っている。1人だけ、地面でパタパタ慌ただしく動き回っている黒髪の少女を除いて。

 

「えっと、1年1組クラス代表決定戦。試合形式は総当りか。どの女子が勝率濃厚なんだ?」

 

弾が聞くと一夏は苦笑いしながら、目の前のタッチパネルを操作し、出場者4名の情報を浮かび上がらせる。

 

相川愛梨。日本出身……打鉄(第二世代・IS学園練習機)

 

テオドーラ・カネピ。イタリア出身……ラファール・リバイブ(第二世代・量産機)

 

アメッサ・パテル。インド出身……ガネーシャ・サラーサ(第三世代)

 

ティナ・ハミルトン。アメリカ出身……ファング・クエイク(第三世代・アメリカ国防軍正式採用機)

 

「……各国の本気度が分かるな」

 

「ははは、そうだな。ちなみに賭けにもなっているみたいだけど、相川さんは倍率が確か1,500倍だったかな」

 

「どんだけ勝ち目が絶望視されているんだよ、この子。……あっ(察し)」

 

弾が向けた視線の先にはアリーナの真ん中で、打鉄ごと仰向けに倒れ手足をバタバタさせる愛梨の姿があったのだった。

 

 

□□□

 

 

「は?」

 

 

 

それは誰の呟きだったのか。

 

それも分からないほど、アリーナに試合の様子を見に来た者たちは目を点にしていた。そこにあるのは正しく勝者と敗者の図式である。

 

空に優雅に佇む鈍い色の光を放つインフィニット・ストラトスを駆る黒髪の少女と、いくらIS学園に入るまで一般人であったとはいえ国家の防衛軍が正式に採用している機体を駆る金髪の少女は呆然としながらアリーナの地面に膝をつき、憎憎しげに空に浮かぶ勝者を睨む。

 

その試合をピット内で見ていた代表候補生たちと、これから自ら戦わなければならないクラス代表候補(笑)は口をあんぐりと開けて、モニターに映る愛梨を指差し叫び声を上げる。

 

「「「「「「そんなのアリかぁああああああ!!」」」」」」

 

「はははは……。こんな逸材を見逃すなんて、日本のIS委員もたいしたことないな」

 

織斑千冬はコーヒーが入ったカップに入れる砂糖を探し手を伸ばす。

 

「先輩、それ砂糖じゃなくて塩ですよ」

 

しかし、彼女が手に取ったのは塩であった。後輩であり副担任でもある山田先生に言われ、千冬は結局何もいれずにブラックコーヒーを飲み、苦々しい表情を浮かべた。

 

「篠ノ乃と更識、それと鏑木だったな。相川の班員は……どういうことだ?」

 

ピット内に集まっていたそれぞれの班員たちの視線が集中し、箒と簪は顔を見合わせ、ため息をつく。

 

「相川さんのアレは本人曰く、先達の“真似”をしているに過ぎないとのことです」

 

「ただし、その先達っていうのは、公式映像に残っている国家代表然り、歴代のブリュンヒルデ然りというのが問題なのだが」

 

「それに他人と他人の真似を続けてすることも可能。もしくは融合させることも可能なんです。一応、体を鍛える名目でやらせた篠ノ乃さんの剣術と私の射撃技術、鏑木さんの高速移動術。全部模倣されました……ぐすっ。相川さん自体の肉体では無理がありますが、インフィニット・ストラトスに乗った状態なら、……えぐっ。そのすべてが行動に移せる。ということです……うぅー…」

 

自身が努力して得てきたすべてを模倣されるという屈辱から涙をこぼしながらも言い切る簪の姿に、胸を熱くしながらも、恐ろしい化け物が産声を上げてしまったことに恐怖しながら、愛梨の次の対戦車であるアネッサに悲哀の篭った視線を送る。そして、今まで黙っていた愛梨救護班の筆頭・鏑木纏が口を開いた。

 

「織斑くんが現れなければ、愛梨の実力が発掘されなかったと思うと恐ろしいものがあるけれど、とりあえず言っておくことがあるとすればテオドーラさんとアネッサさん。どんまい!」

 

「「うわぁああああん!!」」

 

ピット内にうら若き乙女の悲しげな叫びが響き渡ったのだった。

 

 

 

『結』

 

「というわけで下馬評をひっくり返し、見事クラス代表となりました相川さんおめでとうございます!」

 

「あわっあわっあわっ。あ、ありがとごじゃいますー!!」」

 

壇上で司会を務める山田先生の横で顔を真っ赤に染めて、いつもの3倍増しで震えている愛梨。しかし、パーティーに参加していたメンバーのほとんどは別の女子を応援していたこともあり、正直な話。「相川さん“には”勝てるだろう」と全員が思っていた。そのため、後ろめたさもあり皆が、ぎこちない笑みを浮かべていた。そんな中、

 

「おめでとー!」

 

「おめでとさん!」

 

IS学園唯一の男子の一夏と、大衆食堂でその料理の腕を振るっており、今回のパーティーの料理を作る一助もした五反田弾が惜しみなく、愛梨を祝ったことでそれを皮切りに会場内に拍手の嵐が巻き起こった。

 

「でも、クラス代表も決まって、これからが楽しみだよね。……どう考えても愛梨ちゃんに蹂躙される姿しか思い浮かばないのはなんでかなー」

 

「アネッサさんとの戦いで見せた初代ブリュンヒルデから今のブリュンヒルデのメドレーは鬼だったね。まさに【愛梨ちゃんからは逃げられない】的な」

 

「そうだねー、あははは。……どうして、私たちは彼女と同年代なのっ!!」

 

「相川愛梨が日本代表である間はどの競技でも勝ち目がないな。よし、これより私は織斑一夏を落とす為に残りの学生生活を捧げるぞっ!クラリッサに連絡せねば!!」

 

「それでいいのか、ドイツ軍人!!」

 

和気藹々な雰囲気でパーティーは否応なく盛り上がる。

 

その中でも最も華やかな雰囲気なのは、クラス代表決定戦の勝者である相川愛梨が座るテーブル席であろう。何せ、主役の愛梨の両脇には一夏と弾が座っているのである。当の本人は天からお迎えに逆わらないで何度か召しかけているが、その都度鏑木の絶妙な救援ツッコミが入っていて何とか一命を取り留めている。

 

「それにしてもさすがだな、IS学園の女子たちはさー」

 

「藪から棒にどうしたんだ、弾?」

 

一夏の親友ポジションかつ本人の料理の腕も格別ということで胃をがっちり掴まれた形となった1年1組の女子は聞き耳を立てる。もしかしたら、一夏を落とす上で必要な情報が出るかもしれないからだ。好み関係が出れば御の字である。しかし、予想していた内容の会話ではなく、女子なら誰も抱くあの話題であった。

 

「それがよ、聞いてくれよ一夏。うちの学園の女子共、買ってきたか拾ってきたか分からないけれど、エロ本を教室で開いて読むんだぜ。やれ、この胸筋が好きとか、腹筋がエロいとか、そんなもんを持ってくんなっつの!」

 

「あー、それはなしだな」

 

「だろ。自慰回数を自慢したり、熱いっていきなり脱ぐしよー。挙句の果てには、学校にいる男子の批評とか、お前ら何様だっての!」

 

女子同士では普通の光景だが、やはり男子との価値観の差は限りなく大きい様子に各国の精鋭たちは気分が落ち込みそうになっていた。

 

「どうどう、弾。落ち着けよ」

 

「はぁー、どうせなら虚さんみたいな女性が婿としてもらってくれると嬉しいんだけれどなー」

 

弾がそう言って椅子にもたれかかると同時に、彼はシャンと立ち上がった。そして、テーブル席にいた女子たちに一言謝ると、パーティー会場の入り口のほうへ駆けていく。そこには眼鏡とヘアバンドをした真面目そうな女性が立っていた。話しの流れからして、彼女が弾の言っていた虚という女性らしい。一夏は親友の行動を見送った後、視線をテーブル席に戻す。

 

その後、写真撮影をするために来たカメラマンがとある男子生徒の義兄であることに気づく事に遅れ、初代ブリュンヒルデの怒りを買ったのは余談である。

 

 

 

『蛇足』

 

信頼していた幼馴染が頭にバンダナを巻いた男子と仲睦まじく手をつないでいるところ

を目撃した生徒会長だったが、その行為を阻止すべくインフィニット・ストラトスを発動したその瞬間、トラップが発動し雁字搦めにされてしまった。

 

そして、生徒たちに愛しき旦那を弄ばれ、堪忍袋の緒が切れ掛かっていた初代ブリュンヒルデが現れ、非公式であるがIS学園最強決定戦が行われたのであった。

 

そして、決まり手がこちら。

 

『もしもし、千冬さん?今日は十秋と千秋を僕の両親のところに預けてきてあるからさ。……分かるだろ?部屋で待ってるから』

 

「ああ、すぐに終わらせる。そんなには待たせないさ」

 

通話をオフにした千冬は首を鳴らすと、すっと据わった目で冷や汗をだらだらと流す少女を睨みつける。

 

「なぁ、更識」

 

「あぁ……い、いやぁあああああ!!」

 

鬼も裸足で逃げ出すような恐ろしい笑みを浮かべたブリュンヒルデの剣は光となって生徒会長の体を引き裂いたのであった。

 

勝者と敗者の図。

 

それは既婚者と未婚者の図式にも当てはまる。




次なんて考えてないからこんなもんだよ。
誰か、かいてよぉぉぉ。

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