その剣戟はどこか儚さを感じさせるもので、それはきっと、いろんな思いが込められたそんな剣だと感じさせられる
走る。
愛刀である紅音を携えて。たった1人でフィールドボスと戦っているプレイヤーの援護に入る。
フィールドボスとといってもここのボスは専用のボス部屋が用意されている。しかし、恐ろしいのはフィールドボスである《シャガラガラ・ザ・キングキメラ》
獅子の頭、鰐の顎、四肢は熊、胴はゴリラの獣は文字通りキメラ。その見た目以上の攻撃力を秘めた顎と前足から繰り出される攻撃は攻略を一時的に停止させるほどのものだった。
細剣と片手剣で連撃を繰り出しているプレイヤー。
まだ攻略組でも見たことがない彼は次々とソードスキルを展開してボスのHPを削って行く。しかし、それと同時に負けじと反撃してくるボスの攻撃も少なからず被弾していた。
その光景を目に入れながら走る。
ボス部屋までの距離が遠い。
「先輩、私たちは後で追いつきますから」
「早くあのプレイヤーのところへ!」
アリシアとアリスが並走しながらそう言った。
その言葉を聞いた瞬間、俺はその場から掻き消えた。
一歩、音越え
これは3つの段階からなる剣技の極みの一つ
二歩、無間
音を超え、間を詰め一瞬で詰め放たれる
三歩、絶刀
その三つの突きから逃れられるものは誰1人としていない。
「……無明、三段突きッ!」
ソードスキル連携が切れたプレイヤーを襲う、その剛腕を全く同時に放たれる三度の突きが弾き返す。
「▅▆▇█▅▆▇█▅▆▅▅▆!」
突如、自身の獲物の前に現れた異物。
というのが奴からしたら俺の認識だろう。それは間違いない。
だが、そんなことは関係ない。腰にもう一つある愛刀《菊一文字則宗》を抜刀し、刀二刀流最上位ソードスキルである《百花繚乱》を発動させる。連続25連撃のSTR+SPD完全依存の攻撃は俺のステータスをフル活用して放たれる。そして、このソードスキルの大きなメリットはスキル硬直が0.01秒というほぼ無いのが特徴だった。舞うように放たれる25の斬撃は僅かに、でも確かにHPを削って行く。
「何やってるんだ!このフィールドボスが異常なのは『攻略組』なら知ってるはずだろう!」
呆然と考え込むこの《多刀流》と思われるプレイヤーは思考に集中しすぎてこちらの声が聞こえていないのだろう。
「いや……そもそも
ぼそっとそんな声が彼の口から漏れる
何を言っているのかはわからない。そもそもルールが違うというならば彼が使っている《多刀流》だって明らかにルール違反にも等しいだろう。そもそも片手剣と細剣を同時に扱うなど土台無理な話だ。俺やキリトのようにほぼ同ランクの武器を二本同時に扱うのとどちらかといえばSTR型寄りの片手剣とAGI型よりの細剣ではどうやったってバランスなんて取れやしないのだ。それを使いこなすこのプレイヤーは一体なんなんだ?そんな事を考えるだけで多少苛立ちが湧いてくる。
だからだろうか、つい、苛立ちのこもったような声を上げてしまったのは
「おい、聞いてるのか!このボスは君だけじゃ倒せない!」
それでも彼は俺を見続けた。
やがて様子見をやめたキメラが再びこちらに走ってくる。
舌打ちをしながら愛刀である二本を握る手を強め、再びソードスキルを連発する。《秋華》《月詠》《五月雨》《桜花乱舞》《月華美刃》《疾風迅雷》《鏡花水月》《百花繚乱》合計80以上の連撃がキメラに叩き込まれる。《刀二刀流スキルは基本的に初めから最後までが一つの舞として完成するようにデザインされている。技の最後のモーションが次の技の始動モーションに変化するためだ。勿論、それを自分でキャンセルすることもできるがそのぶんデメリットはかなりのものだ。キリトがALO自体に身につけていた《スキルコネクト》というシステム外スキルは発動したソードスキルの分だけスキル硬直が付与される。それはこの《刀二刀流》にも勿論付与されるのだ。逆にいえば全ての流れを一度やるとこちらにもメリットは生まれる。《スキル硬直30%カット》《3分間の全ステータス10%アップ》スキは大きいがそれによってもたらされる効果は絶大だ。全てのスキルを叩き込んだ俺にはスキル硬直が付与される。30%カットされたとしても20秒以上ある硬直はこの状況では生死に関わる問題でもあった。そんな俺を見て恐らく彼は動いたのだろう。左手に持っていた細剣を使用したソードスキル《ペネトレイト》をボスに放つ。確かあのスキルには行動遅延効果が付与されていたはずだった。俺の前に立つ彼は一度俺の顔を見て意地の悪い、少しだけ狂ったような笑みを浮かべた
「そんな見たこともないスキルをぶっ放す奴がいるのに、対抗しないとでも?」
その言葉を皮切りに彼はガラ空きの横腹目掛けて《ホリゾンタル・スクエア》を打ち込み、それを始点として次々とソードスキルを打ち出していく。《シューティングスター》、《カーネージ・アライアンス》、《クルーシフィクション》次々と放たれる剣技はやはりどこか儚いものを感じさせるもので、それを打ち消すように俺は自由になった体を動かして《百花繚乱》を彼に合わせて放つ
「やっぱり、防御力じゃないな……。HP量が膨大ってのが濃厚……」
互いにスキルを放ち、キメラが仰け反りとスタンしたことで若干の余裕が生まれる。言われるまで全く気づかなかったが、確かに斬り込んだ時の手応えは確かにあった。恐らく二人合計した場合のクリティカルの総数は50を軽く超えている。それを考慮しても防御力が絶大だという考えは一瞬で消えたのだろう
「……そこまでわかるのか?」
「慣れだよ。慣れ。まあざっくり観察した程度だし、このくらいは攻略組が大体掴んでると思うぞ」
なるほど、前回は慌てて混乱した攻略組を撤退させるので気づかなかった事を彼はこの十数分で読み取ったのだ。俺の観察眼不足と言われればそれまでだが彼は一体どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。そんな事だけが頭の中でぐるぐると回り続ける。それにしてもこのままでは撤退も出来ない。隣にいる彼のあのソードスキル連携があれば徹夜してでもやれば倒せるかもしれないが恐らく途中でポーションや結晶が全部切れる。だけどそれはあくまでこの二人でやった場合の話だ。体感的には……そろそろ来るはずだった。
「先輩!」
「ソラ、無事ですか!」
駆けつけた二人はそれぞれ違う位置にいるが、それは対し的にすることではなかった。レベル的な問題でアリシアがこいつと正面からやり合うのは愚策というよりもただの自殺行為だ。アリスが隣に並び、同時に深呼吸して……同時に走り出す。
俺とアリスの基本の戦闘スタイルはアリスがボスの体勢を崩し、その隙に俺が高威力のソードスキルを叩き込み、アリスとスイッチして前線を交代の繰り返しだ。勿論、それが逆になる場合もある。それはアリスがこうダメージを負ってしまった時などだが、攻撃パターンさえわかって仕舞えばそんなことにはなり得ない。それに、純粋に戦えば俺はアリスには勝てないだろう。元整合騎士、かつて数々の暗黒騎士と戦ってきたアリスに勝てるものなどそうそういないと俺でさえ思う。
「ソラ、ボーッとしてないで!」
「あ、あぁ!すまない!」
アリスからの叱責で俺は思考を中断する。
キメラのスタン値だってかなり溜まっているはずだ。
だったら次の一撃にそれを掛けよう
アリスと入れ替えで《刀二刀流》のなかで一番スタン値が高いソードスキル《月華美刃》を叩き込む。全部で9回の斬撃は吸い込まれるようにキメラの脚、胴、顔を切り刻む。そして、全てが叩き込まれた瞬間
「▅▆▇█▅▆▇█▅▆▅▅▆!」
遂にキメラは、そのバランスを崩した。
スタン状態。この世界ではプレイヤーであろうとモンスターであろうと分け隔てなく起きる共通の状態異常。
それを見た瞬間、アリシアと並んでいたあのプレイヤーがものすごい勢いでキメラに接近する。その手には
「その名の通り《多刀流》ってか?」
ぼそっと呟かれたそれに応えるかの様にそのプレイヤーは手に持った二本の短剣をキメラの両目に突き刺す。
「▅▆▇█▅▆▇█▅▆▅▅▆!」
先ほどよりも大きく、そして苦痛を帯びた叫びはもはや悲鳴と呼べるレベルだった。
「撤退だ。3人がかりでもあの娘は守りきれない」
確かに、あいつ相手に3人いてもアリシアは守りきれない。
アリシアが前回の俺の戦闘技術を全て身につけていると言っても一度でもダメージを負って仕舞えばそれは致命傷となりかねなかった
「そうだな……。俺がもう少し足止めするから、3人で先に街へ戻っていてくれ」
俺一人なら、なんとか抜け出せる方法はある。
それでも、アレは人には見せられない。いや、この世界で見せちゃいけないものだった。
「いや、そこの美人さんにあの娘の護衛をさせて男手で足止めするんだよ」
彼の言い分は十分にわかる。
確かにその方法がセオリーで普通だろう。
幾ら、彼が強くてもあれから撤退するのは不可能だった。
アレを使うには少なくとも数秒はかかる。その時間は彼が作ってくれたこの時間を除けばきっと訪れるのはあと何時間後か解らない。きっと背に腹はかえられぬと言った奴なんだろう。
アリスの前では一度使った。その場にはキリトやユージオ、それにベルクーリだっていたから彼らの前で使うことに躊躇いはない。けど、このプレイヤーは会ったばかり。信用できるか?と聞かれれば正直、即答は出来ない。悪い奴じゃない。それはなんとなくこの短時間でも理解は出来ているのだが……
ぽん
そこまで考えたところでアリスに肩を叩かれた。
その目は真っ直ぐに俺を見ていて
あの日、誓ったことを、俺は思い出した。
そうだ。彼が信用できるとかそういう問題ではなかった。
俺はアリスを守るためならもう、躊躇うことはしない。そう決めたのだから。
「……わかった。アリスはアリシアを連れて先にボス部屋から脱出して」
「分かりました。どうか、無事に帰ってきてください」
アリスがアリシアの元へと向かい、転移したのを確認して一瞬、このプレイヤーへと視線を送る。
「それじゃあ、今から俺がする事は他言無用だ。機会があれば説明できるかもしれない。だから、今は黙認しておいてくれ」
その言葉の意味が理解出来ないのか、彼は「は?」といった表情で俺を見ていた。しかし、そんなのもう構っていられなかった。あいつがスタンと視界回復するのが後20秒か30秒くらいだろう。その時間が俺の勝負になる。あの時と同じ様に全身の魔術回路に魔力を流し、叩き起こす。
「───
その言葉と同時に俺の周りに青い歪みが合計で18現れる。
それは次々と剣の形をとり、その姿をあらわにする。
俺が今まで見た中でほぼ最強格の剣や槍が俺の指示を待って滞空している。
「───
ピンっとその剣先をキメラへと定め、今にも射出されそうな剣たちへとこの言葉を口にした。
「───
解き放たれた剣たちがキメラへ殺到するのとキメラの視界が復活するのはほぼ同時だった。スタンと視界が回復したキメラは襲いかかる剣たちから逃げるも、次々と剣が槍がその体に突き刺さっていく。18の剣群が全てその身に刺さるのはそう時間はかからなかった。それならば、最後の仕上げだ。
「───
瞬間、キメラの体に突き刺さっていた武器たちは次々と爆発を起こしていく。一つ、また一つと爆発していきキメラの体を爆炎が包み込んでいく。
「▅▆▇█▅▆▇█▅▆▅▅▆!」
未だ爆発は止まらない。
しかし、この隙に逃げなければもうどうしようもないだろう。
「ボスが怯んでるうちに、早く離脱を」
「ああ……了解」
転移結晶を取り出し、その場を後にする。
転移する直前に爆炎の中からこちらを見ていたキメラは明らかに殺気立った目で俺を見ていた。その目は相手がカーディナルが作り出した戦闘用AIとは思えないほど憎悪のこもった目だった
コラボ編第2話、いかがだったでしょうか?
自分のソラサイド、そしてアクワ様のライヒサイドとそれぞれ別視点で描かれているので是非ともアクワ様の『虚ろな剣を携えて』も合わせてお読みいただければ幸いです。