ソードアート・オンライン〜白夜の剣士〜   作:今井綾菜

34 / 34
本文へ入る前に注意

この話にはアリス様がめちゃくちゃ強化させる描写があります。
この話には原作と大幅に違う描写が含まれます。
この話にはアリスちゃんが登場します。




Ver.アリス Ⅲ

 

私が目を覚ましたのはそれから1時間ほど後の話だった。

隣で何やら水素を使った神聖術の音が聞こえたので起きてみれば、隣で眠っていたはずのソラが私の手巾を水素の中へと閉じ込め、器用にも洗っていたのだ

 

「ああ、起きたのか。どちらにせよまだ登ることはできないから眠るなら眠っているといい」

 

「いえ、それには及びません。充分に休息は取れましたから」

 

「そうか、ならしばらくはやる事もないけど少し話でもしようか」

 

「話すことなど特にはないと思いますが……」

 

「まあ、そういうなよ」

 

血を抜き取った手巾を今度は熱素と風素の組み合わせて乾かしていく彼を見ながら私は口を開いた。

 

「そういえば、お前はどのようにしてその剣技を身につけたのですか?私たち整合騎士の様に無数の敵を相手に技を磨いたわけでもないはずです。北の洞窟でゴブリンを相手にしたといってもそれほど相手をしたわけではないでしょう」

 

「そうだなあ、アリスはさこの世界の外ってあると思うか?」

 

「世界の外?人界やダークテリトリーのことではなく、この世界の外……ですか?」

 

「そう、例えば空に浮かぶ全部で100層にも及ぶ鋼鉄の城。その一つ一つに街や草原、水源や洞窟がある世界。例えば妖精たちが住まう世界。世界樹と呼ばれる大きな樹を中心に妖精たちが領地を定めて統治し争う世界。例えば銃弾……鉄の玉が飛び交う世界。廃坑した世界の中で人々が生存競争を繰り返す世界」

 

彼の語る数多もの世界は私の知り得ないものだった。

そのどれもが新鮮で、彼の語るその世界を1度目にしてみたいと思った。それと同時に、彼が語る世界全てが彼の冒険してきた世界でそこで磨かれたのが彼が振るう剣技の強さなのだとなんとなく理解した。

 

「そんな数多もの世界を旅してきたというのなら、その強さにも納得ですが……どうしてお前はここへきたのですか?」

 

「大切な友達が、命の危機に瀕してね。その治療をするためにここにやってきたんだ。まあ、気がついたらこんなところでこんな窮地に至ってるわけだけど」

 

苦笑いして呟く彼に私は苦笑を漏らす。

 

「君は……アリスは何かないの?」

 

「私は……なかなか思い出せる記憶が少ないんです。整合騎士全員に共通することですが、ここ人界に呼ばれるまでの記憶が私たちは封じられているんです。まあ、私の場合は少し特殊で断片的に記憶が蘇る……というか、うまくは言えないんですが私の中に別の私がいて、彼女の記憶を見せられている……というようなそんな感じなんです。これは誰にもいってはいないことではあるのですが」

 

今思えば何故ソラにこんなことを口にしたのかわからなかった。結果としてはいい方向に向かいはしたが、恐らく、慣れない環境下ですこし弱っていたところもあったと思う。

 

「最近……貴方達を連行してからはそれが特に多くて。詳しくは思い出せないのに、懐かしいような記憶のかけらがたくさん蘇ってきて。私の中にいるもう1人の私が頻繁に声をかけてくるんです。『それでいいの?貴方がしたいのは本当にそれなの?』と」

 

恐らく、記憶を封鎖される前の私なのだろうと薄々気がついてはいた。そして、その記憶の断片の中に映る少年たちが今ここにいるソラと塔の中にいるキリトとユージオに似ている事も気になってはいたのだ。

 

「貴方と戦ったとき、私に彼女が言ったんです。『貴女がソラを倒そうとしても私がさせないもの』って、私には貴女の太刀筋が全て読めた。剣の振る癖や次にどこに切り込んでくるのかも全て、ですがそれはもう1人の私が私と貴方に傷を負わせないため、全て弾き落とすように振るった剣でした」

 

「だから、最後は記憶解放に頼った。おかしいとは思ってたんだ。あのタイミングであの花達が襲いかかってくるのに、『紅音』の記憶解放で対応したけどそれでも……」

 

「恐らく、それはもう1人の私には予想外だったのでしょう。それ以降、話しかけてこないのが少し気がかりですが」

 

俯き、話す私にソラは何か考えるように目を閉じた。

既に私の手巾は乾いて彼の手の中にあり、それをたたみながらという光景ではあったが

 

「君が望むなら、俺の知る限りのことを話そう。君が整合騎士となる前、どこに居てどんな暮らしをしていたのか」

 

意を決したように私をまっすぐに見たソラの言葉に少しの疑いを向ける。

 

「それは……不可能なのではないですか。整合騎士は天界から召喚されるものだと最高司祭様はおっしゃいました」

 

「……その認識がそもそもの間違いだとしたら?整合騎士は天界から召喚され、その役目が終わったら再び天界へと戻り、失われていた記憶すら取り戻せる。これが整合騎士の間だけで信じられているものだとすれば?」

 

それは私たち整合騎士が信じてやまなかった現実が崩れ去っていくようだった。整合騎士として、人界を守り、その役目が終われば全ての失われた記憶と共に天界へと戻り再び家族と暮らせると

 

それだけを希望にして私たちは戦い続けてきたのに

 

「…………聞かせてください。貴方のいうことが真実なら、私は……真実を問いたださねばなりません」

 

それは明確に公理教会への反逆だ。

彼らと同じように、それが真実だとすれば最高司祭様に問いたださねばならない。

 

「ああ、聞かせよう。君がそれを望むなら」

 

瞳を閉じて、彼は一泊おいて、重く口を開いた。

 

「君の本当の名前は『アリス・ツーベルク 』出身地はノーランガルズ北帝国の北部辺境の『ルーリッド村』が君の名前と出身地だ」

 

「アリス・ツーベルク ……ルーリッド村……ああ、懐かしい響きです。記憶は完全に失われたはずなのに、この耳が、この身体がその場所を覚えている」

 

「ああ、そして君の幼馴染としてユージオが妹としてセルカ・ツーベルクが」

 

ガツンと頭を殴られたような感覚に陥る。

今まで知り得なかった情報だ。

恐らく記憶の奥底で封印されているだろうものが私の中から溢れ出しそうになる。

 

「セルカ……顔も朧げにしか思い出せません……ですが……この腕が彼女を覚えている」

 

どんどん失う前にあった記憶が泉のように溢れ出してくる。

 

───アリス姉様

 

あの優しい声が私の記憶を…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「思い出した…………」

 

そうだ、なにもかも思い出した。

あの日、私が整合騎士として任命された日のことを。

そして、その直前まで行われた酷い仕打ちを

 

シンセサイズの秘儀と呼ばれる記憶封印術と『アリス・シンセシス・サーティ(わたし)』をこの肉体に押し込んだ日のことを。

 

「これ以上は、いう必要はあるかな……?」

 

「いいえ、私は……本当は存在しないはずの人間だったのですね。そうじゃない、存在してはいけない人格だった」

 

───そんなことないわ。貴女は私の一部なんだから

 

「そんなことない、例え君が存在しなかったはずの人間だって、君が整合騎士として育んできた記憶と経験は君にしか持てないものだろう」

 

「いいんです。もともと私の肉体ではないのです。あの日泣き叫びながらも必死に抵抗した幼い少女が私の中に、この肉体の中にまだ生きている。ならば、私はこの少女に『アリス・ツーベルク 』へとこの身体を返さなくては。それがこの身体を少女から奪った私の責任です」

 

本当は消えるかもしれないという感覚が怖かった。

だって、まだ私は生きられるのにそれを捨てければならないという未知の恐怖。それでも、知らずのうちにといえ少女から身体を奪ったという罪は償わねば

 

「ですが、私を消す前にたった一目でいい。私にとっては仮初めの家族となりますが、妹をセルカを遠目でいいので見させてほしい」

 

身体を返還する。

ただその前に妹をたった一目でも『アリス・シンセシス・サーティ(このこころ)』に焼き付けてからにしたかった。

 

「…………わかった、それは約束する。必ずその望みは叶える」

 

ソラのその言葉に私は深い安堵と決意を固めた。

未だ見ぬ妹を一目見るため、私はこの時公理教会への反逆を決めたのだ

 

「安心しました。ならば───私、アリス・シンセシス・サーティは!自らの信念と正義のため!公理教会へ───ッッッツ!」

 

剣を向ける。

その言葉を口にする前に、右眼に尋常ではない痛みが走る。今まで味わったことのない痛みが猛烈な勢いで襲いかかる

 

「落ち着いて、そのままいけば右眼が弾き飛ぶぞ!」

 

「これ、は…………これも、最高司祭様が……?」

 

辛うじて残る思考でソラへと問いかける。

 

「その可能性は低いと思う。だけど……やるとしたら思い当たるものは存在する」

 

「……それは、いったい……?」

 

「君たちが神と呼び、慕い、信奉するもの達の内の1人がそれを君たちに埋め込んだんだと思う」

 

「…………神は、私たちの行いすら信じてはくれないのですね。私たちが常日頃、この世界のために戦い、民たちの笑顔と人界の平和を守ってきたというのに……このような、痛みに訴えかけるような非道な手段を取ってまで私たちを管理し、それを外の世界から眺めていると言うのなら!」

 

右目に浮かぶ『System Alert』と描かれた神聖文字を私は強く睨みつけ、この世界の外にいる神へと言葉を投げた

 

「私はっ!私たちは人形ではないっ!私は確かに、造られた存在かもしれない!ですが、私にも意思があるのです!私はこの世界を……世界に住まう人々を、家族を、妹を守りたい!それが私の唯一の使命です!」

 

もはや私の意思は決まった。

私はこの時を持って公理教会の整合騎士ではなくなった。ただの、人界を守る剣士としてこの身体を返すまでの間戦うのだと

 

 

瞬間、先ほどとは比べ物にならない痛みが“キュイィィィィン”という音ともに強くなる

 

「ソラ、私をしっかりと抑えていて」

 

そう口にすれば、ソラは何も言わずに私をしっかりと抱きしめてくれる。彼の胸に抱かれながら私はこの世界へと宣戦布告した。

 

「私はっ!私はこの過ちを正すために!神々と公理教会……あなた達へ剣を向けます!」

 

バチィッ!と鋭い音を立てたのと同時に私の意識は暗闇の中へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわり

 

そんな優しい感覚が全身を包み込む。

 

「ほら、起きて」

 

少し幼いが聞き覚えのある声に耳が反応する。

ああ、毎日聞いていてそれで私の知らない声だ。

 

「もー、さっさと起きなさいよ。ソラが頑張って塔を登ってるんだから!」

 

ソラ

その単語を聞いた瞬間、私は飛び起きた。

目の前には水色のドレスに白いエプロンをつけた金髪で透き通るような空色の瞳を持つ少女が私を覗き込んでいた。

 

「やっと起きた。こうして会うのは初めてよね?初めまして!私はアリス・ツーベルク」

 

手を差し出す彼女の手を握り、私は立ち上がった。

次に彼女を前に膝をつき、胸に右手を当て頭を垂れて名乗る

 

「アリス・シンセシス・サーティです。この身体を勝手に借り受け、そして行使してきたあなたの偽物です」

 

「…………そういうのは別にいいわ。貴女は私だし、私は貴女だし。もともと、ユージオやキリトを相手にしても彼らには負けたことないくらい昔から私は強かったから」

 

取り敢えず、頭をあげて

そう言われて私は頭をあげて彼女の顔を見る。

 

「私は別に貴女から身体を返して欲しいわけじゃない。私は私の命を生きたし、今その身体に宿る貴女は偽物ではない本物。もともとその身体の主である私がいうんだから間違いないわ」

 

「いえ、でもそういうわけには……」

 

そう、何より私の記憶の中にはあの日

《シンセサイズの秘儀》を受ける中、泣き叫びソラやユージオ、キリトに助けを求める声を覚えているのだ。

 

「…………あのような仕打ちが、あっていいはずがありません。無理やり記憶を封じ込め、天命を固定して、都合のいい手駒にするなど……」

 

「貴女は優しい人なのね。でも、私はこうして貴女の中で生きてきた。もともと、何も手を打たなかった訳じゃないわ。《シンセサイズの秘儀》は《アリス》という器から魂……記憶を取り出して新しく人格……整合騎士としての人格を埋め込むことで騎士を作り出す神聖術。だから私も上げにあげまくった《行使レベル》を駆使してこうして身体に残ることができたの」

 

『やったことは簡単よ』なんていうが、それが他の騎士にできていないことを考えれば並大抵なことではないのはわかる。そもそも、私だってそんな術式は知らないのだから。

 

「言ったでしょ?『私は貴女』で『貴女は私』って貴女が整合騎士の中で他の騎士達を凌駕して《神聖術行使レベル》が高いのは私が他の見習い達と違って知識に貪欲で人よりも神聖術を学んだから。それでもかなり抑えて40レベル台にしてるけど……たぶん私この世界で2〜3番目くらいに神聖術が使えるわよ?」

 

ふふん、と胸を張って答える彼女に私は唖然とする。

 

「そもそも、私じゃあ貴女ほどの剣技は引き出せない。逆に言えば貴女は私ほどの神聖術を扱えない。なら、私が貴女を受け入れたように今度は貴女が私を受け入れればいいのよ」

 

「ですが……そんなことが出来るのでしょうか……いえ、そもそも、そんなことが許されるのですか?」

 

「……出来るわ。私の神聖術の行使レベルは89に達してるし、それにどちらかしか残れないより2人で1人になった方がいいと思わない?それに許されるも何も、それを決めるのは私だし、その私がいいって言ってるんだから何も問題なんてない。まあ、少し……貴女の知らない私の記憶がその身体に戻るから頭とか痛くなるかもだけど」

 

どうする?

と首を傾げて問いかけてくる彼女に私は考えた。

いいや、そもそも私に拒否する権利などない。

私が考えるのは、それを行なった場合の彼女の得になるものがわからない。そもそも存在しなかった私を受け入れてくれる彼女、だが私はなぜ受け入れてくれるのかがわからないのだ。

 

「貴女と……一つになるのは私は構いません。ですが、その前に一つだけ聞かせて欲しいんです」

 

「なに?私に答えられることならなんでも聞いて?」

 

「何故、私を受け入れてくれるんですか?」

 

「……え?そんなこと?」

 

心底驚いた、と言わんばかりの表情で硬直したが次の瞬間にはくすくすと笑い始めた。

それが私には分からなくてつい、ムスッとしてしまう

 

「何故、笑うんですか!私は真面目に聞いてるのに!」

 

「ふふっ、そういうところよ。たしかに私には扱えない剣技を扱えるからというものあるし、私よりも戦いに対しての知識があるからっていうのもある。勿論、貴女を消してまで身体に戻りたくないからっていうのもあるわ。だけど、私にとって貴女は妹みたいな感じだから」

 

「…………妹、ですか?」

 

「うん、だって貴女のこと見てたらなんだか可愛く見えてきちゃって。ベルクーリ整合騎士長から剣技を教わる時とか、ファナティオ副整合騎士長に少し冷たくされて落ち込んでるところとか、エルドリエくんに剣を教える時張り切っちゃってたところとか……後は、ソラを前にしてちょっと動揺したところとか?」

 

「…………ずっと見ていたんですかっ!はっ、恥ずかしいです!」

 

「恥ずかしいもなにも、見てたのは私だけだし」

 

「そういう問題ではありません!」

 

「後頑固なところかも可愛いかも」

 

「いやあぁぁぁあ!」

 

恥ずかしさの余り頭を抱えてうずくまる。

穴があったら入りたいくらい恥ずかしさに襲われた。

 

「まあ、そんな感じかな。この何年かは貴女の観察が趣味だったから本当に見てる私が悶えることもあったなあ」

 

「……もう、やめてください……恥ずかしさの余り死んでしまいます」

 

「それは困るなあ。それで、どうする?」

 

ごめんごめんと軽く謝りながらの問いかけに私は頷いた。

 

「貴女の提案、受け入れましょう。それで……一体どうすればいいのですか?」

 

「ああ、貴女は特になにもすることはないんだ。目が覚めた時には貴女の神聖術行使レベルが89まで上がってると思うからそこの確認と、私がいつでも貴女に話しかけれるのと、心の中で私に話しかけてくれればいつでも話せるくらいかな。他には私と貴女で常に人格の割合を変えれるってことかな。普段は貴女が7割私が3割ってところだね」

 

「えっと、それはどういうことなんでしょうか」

 

「要するに今の状況って一つの体の中で二つの人格が同居してるわけだよね?」

 

「そうですね」

 

「私と貴女が完全に繋がることで2人の意識の割合が自由に変えれるの。私が100%の時は貴女は眠ってて私は神聖術特化の戦い方になるけど、1:1の割合でやれば貴女の剣技と私の神聖術が両方扱える状態。逆に貴女が100%のときはいつも通りの貴女ってことね。どちらかが100%ってことはどっちかは眠ってるか、気絶してるかのどちらかになるわ」

 

「ああ、なるほどそういうことですか。それならば、常に1:1の割合の方がいいのでは?」

 

そう、その方が合理的だろう。

というよりも普段から彼女の割合が高い方がいいに決まっている

 

「あ、いや。それだと互いに負担が大きいというか。一つの椅子に2人が座れば疲れるでしょ?それと同じ、普段もあなたに身体の主導権を渡すのは私自身あんまり歩く感覚とか覚束ないからっていうのもあるかな。貴女的に言えば合理的ってやつ。ほら、その辺は目が覚めてからでもいいでしょ?ソラももうそろそろ95階にたどり着くから私も準備しないといけないし」

 

「え?ちょっと待ってください!」

 

「待たないよ!それと弾け飛んだ目は勝手に私が治すから!」

 

トンっと軽く押されたはずの私の体はあっさりと何かに吸い込まれるようにその場所から遠ざかっていく。

 

「あっ……まって!」

 

「大丈夫、すぐに会えるわ」

 

私の伸ばす手に彼女は微笑みながら背を向けた。

そして、そのまま私の意識は再び黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっ…………せえぇぇえい!」

 

そんな大きな掛け声に導かれるように私は目を覚ました。辺りを見回せば数度しか来たことはないものの見覚えのある空間だった。

 

「あぁ、95階に着いたのですね」

 

「い、いちおうね…………寝起きで悪いけど俺から離れた方がいいぞ……かなり汗掻いたから」

 

息を乱したままのソラにそう言われれば私は素直にそれに従った。2人をつなぐ命綱である金のロープももう必要のないものとして剣で切り落とす。

少しだけ、寂しさを感じたがここまでたどり着いたならそれはもう意味をなさないのだから仕方ないだろう。

 

「それにしても、本当に吹き抜けになってるんだな」

 

「ええ、この高さまでは先ほども言った通り何かを通すことはできませんからそれほど警戒するほどでもないと思っているのでしょう」

 

「こうして中から侵入されることは想定してなさそうだ」

 

「そもそも侵入して踏破すること自体不可能に近いのですが」

 

呆れたような声を出せばソラは乾いた笑いを浮かべる。

 

『この笑い方も昔から変わらないわね』

 

突然、さっきまで話していた彼女(アリス)が話しかけてきた

 

『……そうなのですか?』

 

『ええ、ソラやキリト、ユージオは記憶を失ってるみたいだけど私はきっちり覚えてるから。私たち4人で同じ村で過ごした小さい頃の記憶』

 

『それは……私の中にも貴女の記憶として流れ込んできました……その、辛くはないんですか?』

 

『辛いかと聞かれれば辛いわよ?だって、私以外あの日々のことを忘れちゃってるんだもん。みんな薄情者だと思わない?』

 

ぷんすかと怒りの表情を浮かべる彼女(アリス)に私は苦笑した。

 

『ちょっと、なんで笑ってるのよ!』

 

『いえ、たしかにみんな薄情者だなと思って』

 

『そうでしょ!?本当に、戦いが終わったら全員とっちめてやるんだから!』

 

『そうですね。私も全面的に協力します』

 

戦いの後に待っている暖かな光景を想像して私は微笑んだ。ああ、本当にそれが叶えばどれだけ幸せだろうか。

そこで、やっと私の顔にある何かに気がついた。

それに手を触れれば何やら眼帯のようなものをつけられていた。どうりで先程から視界が半分暗いわけだ

 

「これは、ソラが?」

 

「ん?ああ、一応神聖術での止血はできたけど俺に目の再生を行うほどの高位の神聖術はできないから。取り敢えず眼帯だけでもと思って。アリスなら多分目の再生もできるだろうから起きるまでの応急処置だよ」

 

実際問題、私の右目は既に彼女(アリス)によっね治療されている。だけど、今はまだこれをつけていても大丈夫だろう。きっと彼女(アリス)だって許してくれるはずだ

 

「ありがとう。止血をしてくれたのは本当に助かりました」

 

『S』の字を空中に描き、『ステイシアの窓』を確認すれば確かに私の天命は大幅に減っていた。それも彼女(アリス)の治療術のお陰でみるみるうちに回復していくが

 

それと同時に目に入ったのは『System Control Privileges 89』の神聖文字。これが彼女(アリス)の言っていた彼女本来……いや、この身体本来の権限なのだろう。

 

『ああ、ちゃんと反映されてるね。私ももう表に出ていけるようになったし』

 

『ですね。本当にここまでの高権限だったのかと驚いています』

 

『ふふん、帰るために必死に勉強して色々試したもの』

 

『知っていますよ。貴女は頑張り屋さんですからね』

 

彼女との他愛ない会話ですら、私はこの状況にはそぐわないが楽しいと感じられていた。

 

「それにしても、俺はこの汗をどうにかしたいところなんだけど…………この状況で贅沢なことは言ってられないし……」

 

「それならば確か90階……この5階下に整合騎士専用の大浴場があるにはあるのですが……」

 

「それでも、ここへ来て戻るのはなぁ」

 

どうしたものかと考え始めるソラに私も同じように考える。そもそも、キリトやユージオがここまで到達しているとも考えにくいのだ。だって、この時間は確か整合騎士長であるベルクーリ閣下がカセドラルへ戻ってきているはずなのだから

 

「それに、キリトやユージオがここまできて待ってないってのも考えにくいんだよな。それを込みで一度下まで降りてみるか……?」

 

「それもありかと思います。それに、今この時間は大浴場には小父様……整合騎士長ベルクーリ閣下が湯浴みをしている時間でもあるので……そこで足止めを食らっている可能性もあります」

 

「整合騎士長……っていうからには相当強いんだろうな……具体的にはどんなものかはわからないけど」

 

「純粋な強さでいえば、私は彼との戦いで一度も勝ち星をあげたことはありません。それに、キリトやユージオが2人まとまっても私には勝てる光景が浮かばないほど」

 

「……おいおい、冗談だろ」

 

信じられないといった表情のまま引きつった笑いを浮かべるソラに私は真面目に答える。

 

「そもそも、整合騎士長閣下の完全武装支配術が神がかっているんです。なんていえばいいのか、振るった剣の威力がその場に残る……といえば分かりやすいでしょうか?気がついた時には四方に斬撃を置かれ、最後は必殺の一撃を受けるしかないといった状況に追い込まれるんです」

 

「斬撃が空間に残る……?」

 

「はい、小父様の神器『時穿剣』はその名の通り時間を操るんだと私は推測しています。記憶解放は私ですら目にしたことはありませんから、完全武装支配術からの推測でしかないですけど」

 

「それに、斬撃っていう不確かなものなんだろう?目に見えないから気がついたら囲まれ、最後は何もできないまま殺される……なるほど、それは確かに最強の騎士たり得る神器だ」

 

納得気味に頷き、さらに考え込むような仕草をするソラを見て私も少しだけ考えた。

 

今の私の状況はソラたちの味方ということになる。

もし、この状況で他の騎士たちと会って仕舞えば私は戦わなければならなくなるだろう。それは小父様とて変わらない。しかし、私は小父様に勝てる光景が思い浮かばないのだ。おそらく何をするまでもなく八方塞がりになって抵抗できずに倒される。

 

「いや、どちらにせよ一度下に降りるしかないか。キリトやユージオがここに来たならやっぱり待ってるはずだし、下層にいるなら必ず鉢合わせるはずだから」

 

「そうですね。どちらにせよ、あの2人と合流するのが目下の最高目的です」

 

「それじゃあ、降りようか。案内は頼むよ」

 

「わかりました。では、ついてきてください」

 

階段へ向けて歩き出せば、ソラも同時に私の隣を歩き出す。まず最初に出会うのは間違いなく小父さまなのは間違いないが今の私は誰が相手であろうと戦わなければならない。例えそれが、整合騎士としての私の恩師だとしても

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。