砂隠れは繁栄しました   作:布団玉
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12. 茶釜

 子供がいるなんて知らなかったぞ。娘はどう見ても成人してるじゃないか。なぜ言ってくれなかったんだ。
 思いつつも、これといってわきあがる感情はなかった。

 ()ともなれば結婚して子供を授かって然り。でなければ見合い話も数多く舞い込むだろう。
 だからこそ秘密にしていたということ以外に不満があるわけでもなく、恬淡に『そんなもんだろうな』で片づけることができた。
 かと言って結婚して娘もいるというのに気配を潜めていたのはどういうわけなのか。生死不明の今となっては本人に聞くすべなどない。

「アンタ、誰」

 気だるげな声。さきほど大声をあげたせいだろう、娘の視線はこちらへ注がれている。

「サボテンと言います」

 3代目の弟子です、と付け加えて名乗った。

「へェ……」

 娘は、感心なさげな口もちにもかかわらず、おもしろそうににやりと笑う。

「……その弟子クンが私の分まで聞いてくれるでしょ。それでいいじゃない」
「これ、そういうわけにも――」
「じゃあね」

 まくしたてたあと、チヨバアが言いきるより先にひらひらと手を振って消えた。

「まったく最近の若いもんはせっかちでいかん……。エビゾウ、ちょっと送ってやれ」
「はいよ」

 相変わらず姉ちゃんは人使いが荒いでよ。と、ぶつくさつぶやきながらもエビゾウは娘のあとを追うのだった。
 一瞬の嵐が過ぎ去り、またチヨバアと2人きりになった。
 静まり返る前に「今のは……」と口を開く。

「言うたとおり娘じゃ。3代目のな」

 話を聞かんところだけはあやつそっくじゃわい。と、チヨバアがかすれ声でぼやく。
 3代目に直接問い質せないなら、いまここで事情に通じているであろうチヨバアに尋ねるほかない。

「3代目様に娘さんがいるとは初耳でした」

 3代目宅は殺風景で、まさに独身男のひとり暮らしといった部屋だった。家族写真もなかったのでひとり身なのだと信じて疑わなかった。

「知っておるのはワシらごく一部の人間だけじゃ。それに、いまの娘は砂隠れの衆ではないからのォ」

 一瞬、抜け忍かと勘違いする。
 さきほどのチヨバアとエビゾウの対応を見るかぎり、そうではないはずだ。
 ならば忍を辞めた身か、忍にならなかった身か。風影の娘なら元忍であり、事情で忍を辞めたのだと勝手に判断して「忍をやめたんですか?」とチヨバアに聞いた。

「チャクラを練ることができぬ者は、砂隠れで忍者学校入学を認めることはできん……」

 チヨバアは首を横に振ったあと、言わずともわかるじゃろう、と目を閉じてため息をついた。
 ――娘の意志がどうであれ関係なく忍になれなかったということか。
 思い返せば砂隠れは木ノ葉と異なり、体術()()使えない忍はいない。少数精鋭の徹底は、軍縮がとられていない4代目風影世代のいまも継続されている。

「それにしては娘さん、鍛えてある様子でしたが……」

 元忍だと勘違いしたのもそのせいだった。守られる側とは言い難い、気の強そうな雰囲気をまとっていたのだ。
 するとチヨバアが「聞くところによれば」と話しはじめた。

「いまは鉄の国の衆らしい。侍の技術を学び傭兵として生きているとも聞くが……それも定かでない」

 チヨバアのパイプによって得た情報だろう。

「いちど赤子が生まれることなく亡くなり、そのあと生まれた待望の娘じゃったからのォ……。立派な忍に仕立てあげようと、3代目(あやつ)の期待はそりゃあ高まっとったわな。とうとう忍になれんかったが、常道をはずしておるのは風影の娘と言うべきか」
「ですが娘さんはチャクラを練ることができないんですよね」
「まァ、それでもどうにかやっとるんじゃろう」

 剣術と体術だけで生き抜いてきたのだろうか。だとすれば娘の入学を認めなかった忍者学校の方針は、柔軟性に欠けるとしか言いようがない。

「チャクラを練れないことは、娘自身も気に病んでおったな。そうして、忍の才がない娘をどうにかしようと、3代目が守鶴の術を研究して娘に組み込もうとしたのじゃ。かくして磁遁を完成させたでよ」
「……そうだったんですか?」

 ――聞いたことないぞ。

「ああ。結局、本来の目的は失敗に終わったが。それから3代目は磁遁と戦歴が評価され、風影になったのじゃ」
「ここまでは順調に見えますが……」
「問題はそのあとだ。チャクラを練れるよう娘に人体実験を重ねても、てんで忍の素質を発現させぬ娘を見て、次第に危機感を募らせたのじゃろう――娘を人柱力にしようとした。もちろん娘には人柱力の適性などなく、さらには度重なる実験で限界がきたのか、妻は娘を連れて逃げおったのだ」

 羅砂と加瑠羅とはまた違った状況である。聞くかぎり3代目の妻は、ひとりの娘を抱えた母親としては賢明な人であり、風影の妻としては愚昧な人であった、ということだろうか。

「……3代目に残ったのは己が磨きあげた磁遁だけじゃ。それからは修羅のごとく瞬く間に最強の座までのぼりつめおった」

 ふと、トカゲの楽園で言われたことを想起した。

『小僧。お前はこの里が愛しいか』

 ――あのとき、3代目はなにを思いめぐらせていたのだろう。
 単純に、砂隠れという里に興味はなかったが、いつの日にか里を大切に思うようになった心を説いたのだと思っていた。

 もしかしたら3代目は、重ねていたのだろうか。
 娘と、俺を。
 無意識であったとしてもだ。

 ――俺はまだ、3代目のことをなにも知らないな。
 10年来、3代目のことは理解していると感じていたが、自分はまだまだ半人前であることを痛感する。

「娘さんの事情はだいたいわかりました。それで……どうして3代目の捜索を打ち切りにするんですか」

 本題に入ると、チヨバアが「そのことか」と重たげな口を開いた。

「助かる見込みはないのでな」
「それは、どういう……」
「そのままの意味でよ」

 嫌な予感がした。――違う。予感などではなく、確信めいたものだ。

「あやつの体は病に侵されておる。あやつは薬がなければ痛みで動くこともかなわん体じゃ」
「――――!!」

 ――うそだろ。
 そんな兆しなんてなかったじゃないか。俺が気づかなかっただけなのだろうか。ならば自身の鈍感さを一生恨むだろう。

「……いつからです」
「発病自体はもう何年も前になる。羅砂が風影に就任した頃から容態は転げ落ちる一方だった」

 次に出す言葉はどんなものにするべきか。悩むも、言葉を浮かべるごとにひとつ、またひとつと白く溶け落ちていくようで、頭がうまく働いてくれない。
 やっとのことで拾い上げた一文は、こうだった。

「まさか……3代目が、早い時期に羅砂先生を風影就任させたのは……」

 できれば否定してほしかったのだが。反してチヨバアはこくりとうなずく。

「己の命が長くないことをふまえてのことだの」

 息をのんだ。
 みぞおちを打たれたように、声をたてることもかなわない。

 3代目が病に倒れる事実がどうあがいても変わりないものであるとすれば、サソリに殺されて人傀儡になった一件が、いくらか意味深な事柄に転ずる。
 例えばの話、人傀儡化が3代目の失態ではなく、自ら望んだものだとすれば――。
 仮定してしまうと、今回の3代目行方不明がもう1人の『サボテン』のせいであるのか、それとも進んで姿をくらませたのかがわからなくなってしまった。

 ――たった一言、「苦しい」とこぼしてくれれば、俺にだってなにかできたかもしれないのに。
 なにもできなくとも、2度と会えなくなるよりは、弱音を吐いてでも事態を知らせてくれるほうがはるかにマシだった。

 風影たるプライドか性格か、どちらもなのだろう、3代目はついぞ弱音は吐かなかった。
 こんなときだからこそ弱っている姿を見せることなどできなかったのだろう。弱りはててやせ細った身体を晒すよりも、最期の姿は耐え忍ぶ漢の背中であってほしい。そう考えたのかもしれない。

「あやつは、渡した薬を飲まずに出た。であるから今頃は――」

 もう、チヨバアの言葉尻まで聞かずとも意味を理解できた。

 3代目は死んだのだ。
 遺体をこの目にしないかぎり受け入れがたいが、事実として受け入れるほかない。

 この後、必死の捜索にもかかわらず3代目風影が見つかることなく――チヨバアの言うとおり捜索は打ち切りとなった。






 3代目の不在はいずれ明るみになるだろう。その前に混乱を避けるため、大衆へは羅砂が「3代目風影が行方不明なので捜索中である」とだけ伝えた。
 遺体が見つかるまでは葬式を先延ばして、事情を知る者だけが黙祷をささげるかたちで件は幕を閉じたのだ。
 実のところ羅砂はまだ諦めていないようで、捜索班が解散したにもかかわらず必死に情報をかき集めている。俺だってそうだ。完全に諦めたわけではない。

 結局いてもたってもいられず、「重要な任務がある」と無理強いして、1週間ほどで退院させてもらった。病院で足止めを食らっている場合ではなかった。
 ただし、1ヶ月の間は治療経過のため毎日通院しなければならない。その条件で退院の許可を得たのだった。

 面倒だとは思いつつも生っ粋の出不精でもなく快く受け入れ、いまはひとときを馴染んだ家で過ごしている。
 まっさきに研究室へ向かわなかったのは、思うところあり、落ち着いた空間で考えにふけるためだった。

 ちなみに壊れた傀儡については、ヤマトが「修理の勉強になるから」と持っていってしまった。あのヤマトが目を輝かせるのを見て断りきれなかったのだ。きっと木材を触るのが肌に合っているのだろう。

 かくして自宅で、いたるところに置かれた植物のサボテンに目を配っている。順調に育っているな、と心のなかでうんうんうなずいた。
 俺がいないあいだヤマトが丁寧に世話をしてくれたのだろう。枯れないようにしてくれるだけいいと、いつか口にした覚えはあるが、枯れる兆しはないどころか麗しく蕾をつけていた。

 そんなサボテンたちを眺めては最近の出来事が脳裏を去来する。
 さりげなく重宝していた水やりの術が使用不能になった事実が、どうにも現実味を帯びない。
 水やりの術だけでなく、流遁以外の術をからっきし発動できないほうが問題ではあるが。これでは砂隠れ緑化推進の先陣を切って立つことができない。可能であれば割と本気で実現しようと企んでいた身だったので、落胆も大きかった。

 それもこれも、すべてあの男――もう1人の『サボテン』が現れたせいだ。

 歴史の変化という点では俺の誕生時点でおおいに狂っていたが、異なってあの男は『復讐』のために歯車を狂わそうとしている。俺も脱線を助長しているので、人を比べてとやかく言う筋合いはない。しかれどもあの男はしたたかに裏で計画を企てている気配があった。
 里のことはどうでもいい、とは言っていたが、その言葉を信用するにはあまりにも情報が少ない。

 だいたいなぜあの男は俺と同じ顔を持っていたのか。いくらか老けていたが、自身が成長すれば恐らくああいった風なのだろう、と自覚するほどには似ていた。それこそ血のつながりを感づかせるほどにだ。
 しかし3代目と娘のように雰囲気だけが似ているわけでもなく――いっそ一卵性のようにうりふたつだった。分身ならばどれほどよかったか。クローンをつくられた覚えもない。自分とまったく同じ顔をした人間など不気味でしかなかった。

 不気味といえばもう1人、傀儡のサボテンのことも奇妙だ。
 老人は「魂がないので動かない」と言っていたはずだがどういうわけか魂が存在し、いまは俺の体へ侵入して『扉』を閉じている。あの男の目的が『復讐』なら、傀儡の目的はいったいなんなのだろう。

 ――さっぱりわからん。
 片手で頭をがしがし掻いた。

 封印された尾獣は人柱力の思考を読むことができるが、あの傀儡にも、俺の思考を読み取ることができるのだろうか。
 そこまで考えてから――肝を冷やした。もしも傀儡が男と手を組んでいるならば、俺の思考が向こうへ筒抜けてしまうことに気づいたからだ。

 ――なあ、そこの傀儡さんよ。いるんだろ? この声、聞こえてるか?

 頭の中で傀儡に話しかける。
 いくら待てども声が返ってくることはない。
 無視しているのか、聞こえていないのか。
 あの出来事から『扉』のある空間へ立ち入ることができなくなっていた。であるから後者だろうとその場しのぎに納得する。
 加えて老人の相棒であった事実が、少なくともあの男より信用するに値した。

 ――けど、一番信用ならないのは俺の記憶だよなあ。
 心の中で自虐めいた独白を浮かばせる。

 考えに耽るのも終わりにして、目的のために風影の執務室へと足を運んだ。



 執務室では、いまにも眠り落ちそうなほど疲れ切った様子の羅砂が、執務室の椅子へ甘えて深く腰かけている。疲労困憊のなか悪いとは思いつつも、どうしてもやっておきたいことだったので、羅砂にこう切り出した。

「術の精度を高めるために守鶴のチャクラを少量採取しに行きたいのですが」
「……わかった」

 頭の回転が鈍っているのだろうか。羅砂は目頭を手でおさえながら、椅子に身をゆだねていた上体を、名残惜しそうにゆっくりとおこす。

「……あとでオレが採取しにいく」
「同行してもかまいませんか」
「……いいだろう」

 割とあっさり許可がもらえたな。と、羅砂を心配しつつ、狙い通りことが運んだことに安堵した。



 研究室で術の開発を進めながら、ひと段落したところで切り上げて、現在は羅砂と共に忍者学校から離れた場所へ向かっている。
 ――なぜか自在箒とちりとりを渡されて。
 これでなにをするつもりなのだろうと考えながら歩いていると、いつのまにか目的の場所へたどり着いていた。

 目先には、一見して寺と混同するような粛然とした建物がそびえている。ここに守鶴が封印されているという。

 羅砂の後ろについて室内へ入ると、格子縞で閉ざされ、おごそかに注連縄(しめなわ)で飾られた奥行きの深い牢がかまえてあった。その中に大きな茶釜が置かれているのが目に映る。
 見張りであろう上役が2人、こちらに視線を向けた。
 羅砂が2人に「チャクラの採取をしたい」と告げれば、上役がひとり前に出て、牢の鍵を開ける。

 羅砂が頭を屈めて牢へ踏み入った。この人竹箒ならわりと様になるんじゃねえかな、と見当違いなことを浮かべながら、俺も羅砂へ続く。

「箒を貸せ」

 茶釜の前に立った羅砂が、俺に向けて手を伸ばす。
 言われるまま自在箒を手放してわたすと、なんと、羅砂が牢の掃除をはじめたではないか。

「羅砂先生……」
「ちりとり準備」
「……へい」

 口答えはするなということだろう。
 こうして羅砂が箒、俺がちりとりを装備して、床に散らばっている砂を集めるという地味な作業がはじまった。

 砂を集め終わると、羅砂が用意した透明な容器――ちょうどてのひらを広げたほどの大きさのものに、ちりとりの角を使って流し入れた。

「この砂には守鶴のチャクラが含まれている。守鶴の奴め、茶釜に封じてはいるが……定期的に暴れようとして砂を散らかすんだ」

 言いながら羅砂は「採取は楽でいいのだが」と付け加えた。
 採取のため封印を解くにしても地味なものだと想像してはいたが。封印を解くどころか、まさか箒で掃除をするはめになるとは。

 まあ採取なんてこんなもんかと思いつつ、羅砂に次いで牢を出ると上役が鍵を閉めなおした。

「じゃあ、開発を頼むぞ」

 役目は終わったとばかりに背を向けて、いそいそと帰ろうとする羅砂へ、あわてて「あの」と声を掛けて引き留める。

「ついでといってはなんですが、守鶴と話をさせてもらえませんか」

 ――――率直なところ採取は口実で、本当の目的はこちらなのだ。
 羅砂がぴたりと足を止めた。上半身だけひねってこちらに顔を向ける。表情は思わしくなく、不快そうに眉をひそめていた。

「守鶴と? 話を?」

 信じられないというような口ぶりだった。
 戯言でないと念をおすかたちで「そうです」とゆっくりうなずく。

「なにを考えているのかは知らんが、バカなまねはやめておけ。獣に人の言葉が響くと思っているのか?」
「それとは関係なしに、ただ話をしてみたいだけです」
「生きている次元が違う。オレたち人間は命に限りあるが、奴らはそうではない。その力ゆえに人という器がなければ力の加減をはかることもできないくせ、人の命を虫けらのごとく絶ってゆく。それのどこに対話できる要素があるというんだ」
「ですが――」
「くどい」

 ぴしゃりと言い放つ。羅砂がいよいよ苛立ちはじめた。
 尾獣に対する憎しみや恐れはこれほどまでに根深いのだ。
 いまの羅砂であれば、あるいはうなずいてくれるのではと淡い期待を抱いていたが、認めざるを得ない。決定的なものがなければ、羅砂も、大衆も、尾獣が化け物であるという認識を捨てることはないのだと。

「お前は任務を遂行していろ。けっして尾獣と心を通わそうなどと愚かな考えは持つな」
「……承知」

 再び羅砂が前を向きなおして歩き出す。
 羅砂にここまで念をおされては、仕方なく諦めるほかなかった。






 ――――と、いうわけもなく。
 翌日。
 羅砂に同行したおかげで守鶴の封じてある場所はしかと記憶できた。
 研究所を出て病院にも行き終えたので、自作の白衣を身にまとったまま、いまは守鶴を封じる建物の前に突っ立っている。

 そう簡単に諦めるわけにはいかななかった。
 なんとしてでも我愛羅と守鶴を友好関係にまで持ち込まなければならない。

 我愛羅が史実のまま暁に殺されてしまえば――転生忍術がないために、今度こそ助かる見込みはないのだ。
 
 そうなってしまう前に我愛羅と守鶴の仲を取り持てば、あるいは守鶴が我愛羅の力になってくれるのではないだろうか。
 打算あっての行動だ。

 必要以上に守鶴との接触を試みるわけは、記憶に新しい、3代目の行方不明事件が動因である。
 ――あれ以降、慎重にならざるを得ない。
 歴史が変わったからといって、けっして死の結末まで免れることはないのだと証明されてしまったのだから。

 いまから行うことは、羅砂を裏切る行為ではある。
 裏切らなければならないほどに時間は切羽詰まっていた。
 守鶴の信頼を得るには、人柱力(分福)から抜かれ、茶釜に封じられているいましかない。
 この機を逃すわけにはいかないのだ。

 ――羅砂、すまない。

 心の中で謝ってから、意を決して建物の中へ入りこむ。昨日と同じ見張りの上役2人が、怪訝そうにこちらの様子をうかがっていた。
 ある程度まで歩き進めると、さすがにただ事ではないと2人が行く手を阻む。

「昨日の奴か……。なんの用だ?」
「守鶴と話をしにきました。封印を解いたりはしませんから――というよりも、できないのでご安心ください」
「そういう問題ではない」

 風影の許しがなければここに立ち入ることすらできない。上役はそう言いたいのだろう。

「どうしても入らせてもらえませんか」
「あたりまえだ」
「話すだけですよ」
「納得すると思うか。だいたい、守鶴と話がしたいなんて正気じゃないぞお前」

 当然の応答だ。しっかり仕事をこなしているな、と意味もなく感心した。
 ならばこれでどうだと、腰に巻いたウエストポーチから本命のブツを取り出す。

「いかかでしょう」

 小袋を2つほど、右手で自身の目の前にぶらさげた。
 上下に揺らせばじゃらじゃらと、金物の踊る音が耳に心地いい。

「それは……」

 上役両者が反応した。小袋をひとつずつ投げわたしてから「開けてください」と促す。
 ――小袋の中にはそれぞれ50万両分の判金が詰めてある。
 貯めておいた金が役立つ瞬間だった。
 中身を確認した上役たちが、生唾を飲み込む。

「それは見張り代です。俺が守鶴と話すあいだ、できれば外で、人が来ないか見張っていてほしいのですが」

 上役たちが互いに目配せした。

「通うたび1万両。誰にも口外しないと誓ってくださるなら最後にまたその小袋と同じ額をお渡しします」

 こういった場合には大抵、最低額から提示して金額を上げていく。そうしなかったのは、長引くほど受け取る金貨が増えるというおまけ付きの変化球で投げかけたからだ。
 最終的な額はAランク任務どころか、Sランク任務報酬に匹敵する。ありったけの額でなければ上役がなびくことはないだろう。そう考えての金額だ。

 とうとう上役たちはうなずいて、小袋を懐にしまった。
 どうやらうまく乗せることができたようだ。

「まいどありィ。そいじゃ、よろしく頼んます」

 明日の分の小袋を取り出し、おどけてみせる。明日も明後日も、通うあいだは約束通りに金貨をわたし続けるという意味をこめたのだ。

 簡単に人を狂わせることができる代物――金。
 操るものでありけっして操られてはならないが、操っているつもりでいつとはなく弄ばれているものだ。
 きっと俺もそうなのだろう。と、自らを嘲るような冷たい笑いがわずかに出た。



 上役たちは約束通りに外へ出て、守鶴と会話を試みるあいだの見張りをしてくれている。人が来てしまっては不正に侵入したことが明るみになるので、手短に済まさなければならなかった。

「守鶴、お前と話がしたい」

 牢の前に立ち、茶釜に向かって話しかける。すると茶釜の蓋が、札で封じられているにもかかわらず中で湯が煮えたっているようにぐらぐらと揺れた。

「シャハハハハァ! バカなヤツ発け〰〰〰〰ん! 話しあいなんかより殺しあいのほうが楽しィぞオォ〰〰ン?」

 つんざくような声に、ぞわぞわと背筋を這うような口調。間近で聞くと鼓膜によろしくない。耳をふさぐわけにもいかず、守鶴の喋りに耐えながらもさらに踏み込んでいく。

「殺りあうつもりはない」
「ハアァ〰〰? なァに甘ったれたこと言ってんだァ? それともナニか、マジで『お話ししましょ』ってか? バカ狐よりバカじゃ〰〰ん!」
「なんとでも言え」

 ファンキー。
 その単語がまっさきに頭へ浮かんだ。あらためて分福や我愛羅はよく耐えたと思う。この喋りに。

「お前を理解したいんだ」

 封印術に防音の工夫を凝らすべきだろうかと思いながら、そう口にした途端。
 ――さあっと凍てつくような静寂がおりた。

「知ったような口きいてんじゃねェよ、偽善者が」

 打って変わって、おどろおどろしい表情の声。

「消えろ」
「守鶴――」
「消えろ!」

 ひたすらに一方的で、暴力的だった。

「殺意しかわかねーからさっさと失せやがれ!!」

 この守鶴という尾獣は、軽めの喋りで打ち解けたように舌を出し、内では殻をつくり嫌忌でかためていくのだろう。守鶴ら尾獣を傷つけてそういう風にしたのは、他でもない俺たち人間だった。

 ――やはり、尾獣そのものに見られて似た境遇に陥った人柱力でなければ、拒絶をほどくことはできないのか。
 不意に諦めの感情が掠めるも、はじめて間もなくこの程度で諦めてたまるものか、とすぐさま奮いたたせた。

「消えねェよ」

 水銀を仕込んだ胸が、ほんの少し、鈍い痛みを放つので、服の上から手でぎゅっとおさえる。

「お前が応えてくれるまでずっとここに来るからな」

 宣言して、翌日も翌々日も、任務と病院の合間を縫っては守鶴のところへ通った。



 以降、守鶴が俺の呼びかけに答えることはないままだ。金ばかりが擦り減っていく。金どころか心までもが擦り減っていくように思えてならない。
 そうして無言の相手に話しかけ続けて、かれこれ1ヶ月近くになるだろうか。

「なにが目的だ」

 久方ぶりの守鶴の声。初対面時のように見下す口調ではなく、いたって普通の喋り方だ。
 ほんのわずかでも心を開いてくれたな。と、顔には出さないが心の中で湧きたつような喜びを覚える。1ヶ月ものあいだ拗ねていたのだ。野生動物が懐くさまを思い浮かべて頬を緩めそうになり、あわてて表情筋を締めた。

「最初に言ったろ。お前と話がしたいんだ」
「オレ様はテメェを殺したいけどな」
「死んだら話できないだろ」
「オレからすりゃ万々歳だぜェ」

 どうしても俺を殺すつもりでいるらしい。
 ――我愛羅が人柱力になった際にはよほど気をつけなければならないな。

 考えながら「ひとつ聞いてもいいか」と投げかけた。
 対して「ヤダ」と、守鶴。
 ――ヤダってなんだよ。

「守鶴、お前は十尾に戻りたいと思ったことはあるか?」

 静やかな間があいた。しばらくして守鶴が口を開く。

「テメェみたいなガキが、なんで十尾を知ってんだ」

 近頃は自身の記憶が正しいのか揺らいでいた。しかし守鶴の言葉でまた信じることができそうだ。今後もこの記憶を頼って問題ないだろう。

「人柱力になった僧侶の名も、六道仙人の名も知っている」
「……言ってみろよ」
「僧侶の名は分福。六道仙人の名は大筒木ハゴロモ」

 守鶴の舌打ちが聞こえた。

「どこでその情報を手に入れたのかは知らねェが……テメェは詭術がうめェな」
「騙すつもりはない」
「ハッ、どーだか。そうやってクソ人間どもは2枚も3枚にも舌を重ねんだ」
「……そういうことを得意とする人間もいるわな」
「お前だろ」
「ちげーっての」

 守鶴がしぶしぶといった様子で口をまごつかせながらも、こう述べた。

「…………戻りたいと思ったことは、ねェわ」

 六道仙人によって分かたれた体を気に入っているのだろうか。
 それ以上はだんまりだったので「そうか」と守鶴の意を酌んだあと、言葉を続ける。

「なら、気をつけろ。水面下で、お前たち尾獣を集めて十尾にせんとする人間がいる」

 まずはこれを警告しなければならなかった。

「お前のことだろォ? いい加減、正直に吐けやクソ人間。吐けば半殺しで済ませてやるぜェ」
「だっからちっげーって」

 しつこく俺を黒幕にしようとする守鶴だったが、こうして会話が続いているだけでも儲けものだ。さほど気にならなかった。

「っつーかよォ、そんなことを話すために通ってたのかオマエ」
「あたりまえだ」
「ってか、金つぎ込んだからには悪事働けよ。バッカじゃねェの」

 上役に金を渡した場面はしっかり見ていたようだ。

「あー……と、悪事働くよりも、見たいんだわ。――お前が九尾を負かしてるところを」

 いまのところはこう理由付けするしかなかった。
 本当は互いが協力してくれればよりよいのだが、仲直りしてくれとは口が裂けても言えない。言うにはあまりにも早すぎる。もっとも、対極関係の2匹が仲良くしているところなど想像し難いが。

「お前のほうが九尾より強いだろ? 九尾なんて尾の数だけだってくらいのパワーを見せてくれよ」
「……オレッサマにかかりゃあんな狐は一捻りよォ」

 こころなしか守鶴の口調が浮ついている。

「けど、向こうはしっかり人柱力に封印されてんだから、そのためにはこっちも人柱力との協力が不可欠だろ。向こうよりも先に人柱力とタッグ組めばもっと強くなれるじゃないか」
「ハァ? 人柱力の骨なしなんていらねェし」
「じゃあ力のコントロールできんのかよ」
「……でできるわボケ」
「なんでどもったんだお前……」
「できるわボケェ!」
「言い直せってことじゃねーよ!」

 そのとき、外の上役が中へ入ってきた。あらかじめ帰らなければならない時間を伝えておいたので、それがきたという合図だ。

「……そろそろ帰ねェと。明日、また来る」
「もう来んな」

 守鶴は吐き捨てて、さらにシッシッと口で擬音を発した。それすらも和やかなものに思えて、茶釜に背を向け歩き出したときにふっと笑みがこぼれた。

「…………ナマエ」

 突如、腹を立てているようにぞんざいな言葉が背に投げかけられる。

「殺すときに覚えといてやらァ」

 フンと鼻を鳴らす守鶴に「ああ」と、なにを言わんとするのか把捉した。

「すまん、そういえば名乗っていなかったな。俺の名前は――――」

 そこまで言いかけて、自分の名前だというのに喉の奥で引っかかりを覚えた。いったん飲み込んで、一呼吸おいてから瞼を閉じ、ゆっくりあけると、今度はすっと出てきた。

「――――俺の名前はサボテンだ」






前回の補足:娘の用事=遺産関係のゴタゴタ
今回の補足:1両=約10円






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