砂隠れは繁栄しました   作:布団玉
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2. 中忍試験

 まさか羅砂が担当上忍になるとは思わなかった。
 なにせ現在、年若くして最も次期風影に近しいと言われる男だ。羅砂自身は「3代目以上の風影はいない」と低姿勢である。だが俺が未だ習得しえぬ磁遁を手にし、砂金を集めて里の繁栄に貢献しているというではないか。風影が俺に自慢してきたので間違いない。

 羅砂の磁遁習得は風影になってからという根拠のない覚えがある。習得時期が早いのは恐らく俺のせいだろう。
 羅砂は俺が風影へ弟子入りしたと耳にしたようで、時期は不明だがその後、羅砂も弟子入り志願したとのことだった。俺のほうは磁遁などからっきしであるが、羅砂は磁遁の素質や才があったらしい。磁遁を習得するに至ったそうだ。もちろん風影の磁遁には遠く及ばないのだが。

「ではそれぞれ自己紹介してくれ」

 しばらく自分の世界へ入っていたが、羅砂の言葉で引き戻された。
 砂ばかりの殺風景な演習場で、羅砂を前にして夜叉丸、バキ、俺の順で3人横一列に並んでいたが、それぞれの自己紹介のたび握手を交わしあう。

「夜叉丸です。よろしくお願いします」
 少し照れたようにはにかむ。

「バキだ。よろしく頼む」
 すでに軍人――いや、忍としての貫禄をにじませている。

「俺はサボテン。よろしくな」

 医療忍術の得意な夜叉丸に、頭脳明晰で強剛たるバキと握手を交わし終えると、また前へ向きなおした。彼らの現時点での戦闘能力はまだ分からないが、のちの強者であることに変わりはない。

「さて。まずは明日の演習試験だ。お前ら覚悟しろよ」

 合格しなければ忍者学校へ逆戻りの難関試験。優秀な忍を育成するため篩に篩をかけるのは、木ノ葉と変わらないようだ。
 羅砂はいったいどんな形で試験を仕向けてくるのだろうか。楽しみでもあり、同時に不安の種でもあった。






 翌日。
 指示された演習場へ20分前に全員集合した後、時間通りに羅砂が現れた。

「よし、揃っているな。では試験を始める」

 どのような試練を課せられるのだろう。やはり戦闘だろうか。それともカカシのように鈴取りだろうか。そんなことを考えながら緊張して発表を待つ。

「試験内容は『缶蹴り』だ」

 俺を含めた3人ともども、目が点になった。

「缶蹴り、ですか」

 夜叉丸が怪訝そうに言う。
 俺はまず、ごく一般的な缶蹴りを想像した。続いて、『缶』という表現が実は忍のみに通ずる隠語である可能性、さらに『缶といふ者ありけり』の略語である可能性を頭の中で巡らせる。もちろんそんな馬鹿げた考えはすぐに頭から払い消したが。

「ごく普通の缶蹴りだ。ただし一切の『術』の使用と『戦闘』を禁止とする」

 本当に缶蹴りなのかと疑っていたところ、羅砂がその疑いを晴らすように告げた。
 まさか缶蹴り、そのうえ術も戦闘も禁止されるとは想定外だった。戦闘になった場合のために、少々の改造を施した威力増の起爆札を持ってきていたのだが、使うこともなさそうだ。
 他には非殺傷性の起爆札のみ。これを上手く使うことはできないだろうか。

 ルールは一般的な缶蹴りよりも厳しかった。隠れられる範囲は里全体。里の外へ出る、缶を踏まれる、捕まる等で即座に失格。有無を言わさず忍者学校へ逆戻りである。
 制限時間は1時間。缶の置き場所は1つ。1つであるが故、缶を蹴るまでの行動で合否を決めるのだろう。ならば個人行動を起こすよりも3人で協力したほうが攻略は早い。

「缶の場所は自分たちで見つけ出すこと。以上」

 缶蹴りなどいつ以来だろうか。試験に対する緊張感と童心へ帰ったような気分が混ざりあい、なんとも言えぬ感情が芽生える。

「では始めるぞ」

 羅砂の合図で缶蹴り戦が開幕した。羅砂はすでに消えている。だが隙あらば俺たちを捕らえに来るだろう。

「バキ、夜叉丸、耳を貸してくれ」

 俺が手招きをすれば2人は素直に俺へ近づく。わざわざ耳打ちするのは、羅砂が実はフェイントをかけていて、まだこの場にいるかもしれないからだ。

「――という作戦でいかないか」
「…………分かった」

 俺の作戦にバキは苦い顔をして、夜叉丸は口角をひきつらせながらうなずいた。そういう顔をするほどの作戦だとは重々承知だが、時間がないのだ。忍の足があるとはいえ、1時間は流石に切羽詰まっている。

「行くぞ」

 作戦のための起爆札を一切れ、誰にも見られぬようこっそり2人へ手渡すと、缶を探しに散った。俺もすぐ後へ続き缶を探しに向かった。


 忍者学校の展望台、演習場、公園。缶の置いてありそうな場所をくまなく探し回っていたが、なかなか見つからなかった。うまいこと死角へ隠しているのだろう。
 そろそろ誰かが発見する頃かと空を見上げれば、近くで赤く濃い煙が上昇していた。俺の改造した起爆札で間違いない。バキか夜叉丸が発見したのだろう。急いで煙の上がる場所へ向かった。

 2人へ渡した起爆札は、自分の居場所を知らせるための改造を施した、非常用で非殺傷性のものだ。
 改造起爆札シリーズの記念すべき第1弾『発煙札』。煙を出すだけなので改造は容易かった。殺すためのものでもないので、誰のチャクラでも点火できるようにしてある。非常事態のために常備しておいたが、まさかここで使うことになるとは思わなかった。

 静まり返り人気がなく、黄土色の建物へ入り組み挟まれた空間。幾つもの柱や突起物が視界を遮っているが、煙の昇る付近へたどり着くと確かに缶があった。直径2メートル程度に白い円が描かれ、その中央にジュース缶が置いてある。

 注意深く辺りを見まわす。――羅砂はいないようだ。
 探しに行ったのか近くに身を潜めているのか分からない限り、こちらから動くのは危険だろう。この缶蹴り、羅砂自身も術は使用不可である。しかし術が使えずとも足がある。本気で羅砂に走られたら、こちらは易々と追い抜かれて缶を踏まれてしまう。
 術を使用できないのなら生身で探すしかない。煙のおかげで、羅砂は俺たちが接近していることを把握済みだろう。探し出して捕まえるために煙の昇る周辺を探すはずだ。まずはそれを利用する。
 第1発見者が発煙札を点火し缶の在処を知らせ、それを頼りに残された2人も缶へ接近する。さらに2人も時間差で発煙札を点火する。そして点火位置から素早く離れる。そうすれば少なくとも錯乱できるはずだ。

 もう1つの赤い煙が昇ったのを確認し、時間をおいて自身も発煙札を点火する。そしてすぐさまその場を離れた。

 空を見上げれば俺の点火した発煙札含め、3つの赤い煙が青空へ昇っている。

 ただし3つだけの煙ならば、ここへ3人集まっていると知らせるようなものだ。3人集まったことを俺が把握するために一切れ発煙札を持たせたが、なにも羅砂にまで把握させる必要はない。
 煙だけでは誰が点火したのか分からないため、それも利用する。俺のほうは発煙札を何枚か持っているため、さらに発煙札を追加点火し錯乱させ、見つからないよう建物の内部へ息をひそめた。

 あとは誰か1人でも見つかる前に缶を蹴るだけだ。

 再度缶のほうを見ればそこには羅砂がいた。増える煙に対して埒が明かないと判断したのか、探すことよりも付近の守りに徹しているようだ。

 ――籠城は卑怯だぞ、羅砂先生。

 それよりも卑怯で割とプライドの傷つく作戦をこちらは行うのだが、合格のためだ。致し方あるまい。

 羅砂が籠城したのを目視し、しばらくの身の安全を確保する。
 そして俺は――突撃の準備を始めた。羅砂が籠城すれば2人にも準備を始めるよう言ってある。

「どうしたお前たち。かかってこないのか?」

 羅砂が挑発しているがなんのその。籠城している人に言われたくはない。
 すべての準備は整った。最後の仕上げに青の煙を放つ発煙札を点火し、2人へ突撃の合図を送る。
 今までとは違う青の煙が昇ったので、当然羅砂は構えた。
 ――が、しかし。
 羅砂は突撃してきた俺たちの姿を見て、あまりの光景に目を見開いていた。

「なっ――裸だと!? バカかお前らは!!」

 そう、裸。
 人海戦術プラス裸。

 卒業時に貰ったばかりの額当てを頭全面に被せ、顔も髪の毛も分からないようにすれば、子供の体格のみでは一瞬で誰かを把握できない。幸いにも砂隠れは砂が豊富だ。捜索途中に里の適当な場所で集めておいた砂を全身にまぶせば体色も分かり辛い。そうして変装すれば、名前など分からないだろう。名前が把握できないのならば、踏まれた時に失格にもならない。
 適当に3人の名前を言えば絶対に外れないだろうが、否。たった4人の缶蹴りだ。顔を確かめなければ意味がないことくらい、羅砂も十二分に分かっているだろう。
 今までの発煙札はもちろん陽動である。

 無言で缶へと走る、素っ裸の子供。
 体は砂まみれ。
 さらに覆面で変態度上昇。
 正直、俺自身もこれほど凄まじい光景はないと思う。

「くそ――」

 走る変態3人組。
 あまりの出来事に戸惑う羅砂。

 その隙を突き、額当てで塞がれた微かな視界を頼りにして、俺は裸足のまま缶を蹴りあげた。

 流石に痛かった。




 全員失格になることなく試験を突破し、ひと段落ついた頃。缶蹴り試験を開始した演習場へと戻り、4人が集った。

「いや。まさか3人で協力するとは思わなかった。さらに素っ裸で来るとは思わなかった。そのうえ全員に突破されるとはな。砂の忍としての資質を図るための試験だったのだが、合格おめでとう。心から祝福しよう」

 羅砂が淡々と言った。これは、褒められているのかいないのか。しかし試験を突破したのだから褒めているのだろう。

「ところで誰の作戦だったんだ」

 羅砂が問えば2人が俺を見た。――ジト目で。

「これなら勝てる確率が高いし、なにより誰も失格にならない。さらに顔は隠してあるから、里の誰かに見られても恥にはならない。幸いにも人気の少ない場所だったしな」

 もっともな風を装って言えば、2人はさらに目を細めた。

「ごめん。ごめんって。悪かったよ。だからそんな目しないでくれるか」

 全員男でないと到底できぬ作戦だが、2人共に承諾したので痛み分けとしたいところだ。すべての責任は俺にまわってくるが。

「一歩間違えば露出狂ですよ……はぁ」
「一歩間違わなくても露出狂だぞ夜叉丸。この年齢で。しかし既に過ぎたこと。もうなにも考えるまい」

 ため息をつく夜叉丸の肩をバキがそっと叩いた。
 ――許せ夜叉丸、許せバキ……これで最後だ。俺たちはまだ10歳と7歳なのだから未来なんていくらでも変えられるさ。
 などと当の本人が言ったところで説得力はないのでやめておいた。

「余興は終わったか? では、スリーマンセル時のリーダーを決めておく。今後の連帯をスムーズに行うためだ。オレがいない場合、できる限りそのリーダーの指示に従うように」

 なるほど確かにそのほうが効率もいいだろう。たとえ3人でも班は班である。指示する者がいたほうがいいのは間違いない。もちろん仲違いをせず上手く立ち回れば、の話だが。

「サボテン」

 1人納得していると、突然声をかけられた。

「はい」

 反射的に返事をする。

「お前だ」
「え?」

 指をさされた。

「俺?」
「そうだ」
「え、俺?」
「ああ」

 聞き返しても答えは同じ。

「……俺?」
「何回言わすんだお前」

 疑い深く聞き返す俺に、羅砂は呆れていた。
 バキは将来、里の上役になる男だ。夜叉丸も暗部となるくらい優秀だ。そんな彼らを差し置いて、不安要素のある作戦を企てた俺が選ばれるとは思わなかった。純粋に嬉しいがしかし。この忍の戦場で適切な指示が下せるだろうか、という不安がぬぐいきれなかった。

「あんな作戦でも、すぐに思いついたのはお前だったしな」
「そうですね」

 先ほどの作戦が評価されたのだろうか。バキも夜叉丸も今度こそ不満はないようだった。

「2人はサボテンの指示に従うように」

 はい、という返事が2つ。
 こうして、缶蹴り試験という童心に返るには最適な1日が終了した。

 その後日のこと。
 風影室へ向かう途中、部屋から出てきた風影に「修行だ」と言われ、首根っこをつかまれたまま俺はどこへともなく連れていかれた。
 照りつける日差しの中、砂色の景色にぽつりぽつりと緑の草が生えていたが、晴天と相まり、それらはまるで海の藻のようにも見える。オアシス地域だからこそ生えている木々は常に水を欲しているのか、みずみずしいとはいい難く、薄緑の乾いた葉を茂らせている。
 しばらく歩き続け、狭い鉱山のような場所へとたどり着いた。ごつごつとした地層へぽっかりと黒い穴があけられ、横方向へと長く続いているようだった。

「羅砂から聞いたぞ、小僧」

 唐突に、風影が話しかけてきた。

「まあ……ほどほどにな」

 例の作戦のことであろう。なにを、とは聞くまい。

「俺だってあんなの2度とやりたくないです」
「…………だろうな」

 あまり表情の変わらない風影だが、こればかりは少し複雑そうに見えた。褒めるべきか制するべきか迷っているのだろう。

「まあそんなことよりも、だ。ここへ連れてきたのは、小僧、お前にとって朗報だからだ」
「任務ですか?」
「違う。辰砂が大量に手に入った」

 辰砂、つまり水銀。
 鉱石採掘へ向かった部隊が見つけたものらしい。しかし使うこともないからと長らく放置していたところ、辰砂に気づいた風影が採掘命令を出してくれたようだ。

「それじゃあ、中忍試験で流遁を戦力にできるんですね」

 今までは微量な水銀しか扱っていなかったが、これからは十分な量の水銀を扱うことができる。修行もはかどるだろう。

「貴様の実力がどれほどのものか見ものだな」

 風影が顔に影を落とし、不敵に笑った。その時点で嫌な予感はしていた。こういった場合の予感が外れることはない。
 当然のごとく的中し、本日より風影との修行がより厳しいものに劇的進化した。






 あるときは修行、あるときは任務、あるときは風影の鞭と忙しなく毎日を過ごし、力を蓄えてついに中忍試験が巡ってきた。
 戦時中であるためルーキー等関係なく、各国では次々と教え子を中忍試験へ推薦しているらしい。俺たち3名も例外ではなく、羅砂の推薦で中忍試験を受けることになった。
 羅砂は志願書を俺たちへ手渡し、一言。

「暴れてこい」

 たったそれだけだが、その言葉で羅砂の俺たちに対する信用が見てとれた。はい、と3人共に腹の底から気持ちのいい返事をすれば、羅砂が大きくうなずく。

 試験会場は木ノ葉であった。
 中忍試験の準備を万全に整え、バキ、夜叉丸と共に木ノ葉へ向かう。

 砂隠れに生まれたが、ついに俺は木ノ葉をこの目で見ることになるのか。
 俺は、風の国が祖国であるはずなのに、どちらかと言えば木ノ葉の事情に関してのほうが詳しい。故に火の国に対し、まるで外国から母国を眺めているような、妙な親しみの感覚があるのだ。多少なり心が弾むのも、致し方のない事だろう。
 中忍試験のためであり観光が目的ではないのだが、実際に目で見た木ノ葉はどのようなものだろうか。――本当に童心へ戻ったような、まるで遠足気分だった。

 砂隠れを出て、広大な砂漠地帯やオアシス地域を渡っていく。相変わらず砂や岩ばかりの殺風景な景色だったが、地帯ごとに違いはあるもので、赤と白に分かれた砂漠や、珍妙な植物の生えたオアシスが旅の楽しみともなり、俺たちを飽きさせることはなかった。

 1日ほど過ぎた頃だろうか。昼間とは打って変わり冷えこむ星空の下、俺たちは野宿をしていた。
 漢方のようにまずい兵糧を食べながら、口直しとして砂上に水遁を使い水を湧かせる。飲み終えた後、消えるまで放置していると、どこからともなく2匹のトカゲが現れた。

 そのトカゲはよほど喉が渇いていたのだろう。水の匂いにつられてか、まっすぐに湧き水まで向かい、水面を揺らしながら水を飲みはじめた。

 なんとなしにその様子を眺める。

 すると今度は、トカゲの後ろに蛇が現れた。トカゲをずっとつけていたのだろう、ゆっくり、ゆっくりと音もたてず慎重にトカゲを狙っている。そして、捕らえた。とぐろを巻いて2匹をしっかり拘束している。
 ――このままだと食べられてしまうだろうな。
 かわいそうだが、食物連鎖であるため助けてやるわけにもいかない。トカゲを助ければ、代わりに蛇が飢えてしまう。

 そうして見なかったことにしようと決めたのだが。
 トカゲが、2匹共に俺をじっと見つめていた。

 懇願するように。
 助けを乞うように。

 ――馬鹿げている。助けを乞うはずがないだろう。
 だが、すぐにあることを思い浮かべた。この世界の動物は、それこそ喋ったり、印を組んだり、忍術を使うことも可能である。もしかしすると、このトカゲたちもそういった類なのではないか、と。

 興味本位である。クナイを蛇の近くへ投げた。
 さくり、とクナイは砂へ刺さり、しかしすぐに刺した箇所がさらさらと崩れ、クナイが傾く。クナイに驚いた蛇は2匹を放し、そそくさと逃げていった。

 助けた2匹が俺へ近づき、両肩へとそれぞれが陣取る。一連の奇怪な行動に、ただただ俺は困惑した。

「サボテン、そろそろ寝る――なんだそれは」

 バキが、両肩に乗ったトカゲを見て言った。

「俺にも分からない」
「連れて帰るつもりか?」

 2匹を肩から引きはがし、野生へ返そうと試みる。だが、地へ降ろしても2匹は俺から離れようとはしなかった。
 結局、トカゲ2匹をポーチへ入れてやり、一緒に連れていくことにした。




 地面から視線を上へ上へと移せば、本来開かれているはずの『あん』の門は、肝心の『あん』を見せることなく閉じられていた。門の前では、周辺の国や里から集まっているであろう忍が、どやどやと黒山を成している。

 ――ついに、来たのだ。木ノ葉隠れの里へと。

 志願書を見せれば志願書や当人が偽物でないか隅々までチェックが入った。ときどき、検疫の振り落としで他里の下忍が木ノ葉の忍に捕らえられ、そのままどこかへ連行され消えていく者もいた。
 そうしてすべての志願書の確認が完了したとき、やっとのことで門が開かれた。淡い緑色の巨大な扉が、軋みながら『あん』の文字をあらわにしていく。
 戦争の最中、他国へ情報が漏れてしまうかもしれないのにわざわざこんなことをしてまで中忍試験を行う理由は、『大名』の存在にあるそうだが。今はそんなことを考えるよりも中忍試験へ集中しなければならない。

 そうして、集められた忍で中忍試験がいよいよ開始した。
 1次の筆記試験という名の情報戦は難なく潜り抜け、バキも夜叉丸も無事突破。2次試験会場前で合流となった。

 続く2次試験は班による対抗戦である。勝ち残り式トーナメントで進めていくとのこと。ふとなにげなく会場を見渡せば、赤髪で少々虚ろな目をした、サソリとおぼしき人物もいた。俺たちとは別の道を渡り歩いて来たのだろう。

 しばらく待機していたが、ついに俺たち羅砂班の順番がまわってきた。
 俺たちの最初の対戦相手は名の知らぬ年上であった。額当ては草隠れのものだ。
 位置につき、俺たちと相手、2つの班が向かい合えば試験官がまっすぐに手をあげる。

「では、始め!」

 身の引き締まるような掛け声で試合が始まった。
 早速、草忍の1人が先手を仕掛ける。どうやら一番ひ弱そうな夜叉丸に狙いを定めたようだ。しかし夜叉丸をなめるべからず。こう見えて誰よりも医療に長けており、相手の急所を的確に狙うことくらい容易い。
 案の定、夜叉丸へ仕掛けた草の忍は返り討ちにされ、ノックアウトしていた。

 残るは2人。

「バキ、夜叉丸。いくぞ」
「ああ、もちろんだとも」
「存分に」

 ――ならば大丈夫だろう。羅砂の言う通り、暴れるだけだ。

 その後も順調にトーナメントを勝ち進み、区切りが入って後半戦。これを勝ち進めばいよいよ決勝戦、という重要な戦いだった。今まで以上に気を引き締め対戦に挑んでいかなければならない。
 次なる対戦相手は、木ノ葉の忍だった。

「始め!」

 合図で試合が始まる。
 試合開始から1人、また1人と確実に仕留めていき、接戦だったが残り1人となった。

「お前たちの負けだ。諦めろ」

 これ以上不毛に体力を消費する戦闘を続けたくはなかった。次の試合もある。だから俺はそう言った。
 ――相手の事をよく考えていない発言だった。その言葉で、残る1人の様子が急変したのだ。

「『諦めろ』だぁ? クソが! なんでこんな……こんな……こんな簡単に……! ここで負けるわけには――いかないんだよッ!!」

 印を組む体勢に入りながら、俺を睨んで叫ぶ木ノ葉の忍。最後のほうは、涙がまじっているようだった。

「やっとの思いで、仲間と一緒にここまで来たんだ!」

 高速で印を組み、怒りで顔を歪ませながら、されど口角を上げて余裕を装い笑おうとしている。

「テメェらだけは、道連れにしてやる。殺してでも勝ってやる――ッ!!」

 3次試験までとっておくべき十八番だったのだろう。俺の知り得ない、見たことのない術だった。

 術の標的は、もちろん俺。

「――っ」

 息をのんだ。相手の体は赤く染まり、見るからに触れてはならぬ術であると自身の頭が警告している。

 このままじゃあマズい――

 ここにきて初めて身の危険を感じた。
 ――体が強張る。
 やっとのことで動いた腕は、どこへ狙いを定めるかなど考える余裕もなく、反射的に何本かクナイを投げる。

 そして、刺さった。相手の額へ、深々と。
 2本のクナイが、見違えようもなく刺さっていた。

「あ――?」

 俺と相手、どちらが出した声かなど分からない。
 重量のある肉が落ちたような音がして、木ノ葉の忍が倒れた。俺のほうは、頭が真っ白になったまま腰抜けて立つことすらままならなかった。

「試合続行不能。勝者、サボテン班!」

 救急班が担架でクナイの刺さった相手を運びだす。
 俺は、ただその様子をひたすらにぼうっと眺めているのみ。
 ――頭を貫いたのだ。クナイはきっと骨を砕き脳を突いただろう。助かるはずもないことはよくよく分かっていた。

「サボテン!」
「サボテン君!」

 バキと夜叉丸が駆け寄って口々に俺の名を呼んでいるようだったが、どこか遠い場所のように聞こえた。

『やっとの思いで、仲間と一緒にここまで来たんだ』

 それが彼の最期の言葉となってしまった。
 最期の言葉が俺の頭へ延々と反響する。
 彼の仲間であろう2人が目覚めた時、どんな思いで彼の死を見送るのだろうか。

 ――なんてバカなんだ。

 絵空事であると達観し、心のどこかで現実ではないと疑いをかけていた。
 それが、どうだ。
 自殺や殺人の瞬間を見たでもなく、友の死や親の死を見たでもない。己が、さまざまな道を歩んできたであろう者の人生を終わらせてしまう。理解しているはずなのにまるで初めて知ったかのような、この狼狽えぶりはなんだ?

 人の死を『見る』のではない。人の死を自らが『作る』という恐怖。車で人を跳ねてしまったような――いや、包丁を手にして道行く人々を無差別に殺してしまったような果てしない罪悪感。

 勝利はおさめたものの、大切なものを失ったような気がしてならなかった。

「……具合が、悪そうですね」
「これから先、こういうことも多く経験していくだろう。……気に病むな、とは言わんが、俺たちは忍だ。忍になったからには切り替えるしかない」

 相当顔色がよくないらしい。夜叉丸とバキは病人をみるように俺を労わった。その心遣いが嬉しくもあり、同時により罪悪を感じる原因ともなる。もしかしたら、罵倒されたほうがマシなのかもしれない。
 知識を持って生まれたことが幸運だと思っていた。知識を存分にふるうことができると確信していた。知識を使えば事態を切り抜けられるだろうと軽く考えていた。
 俺ならここはこうする、俺ならこんなバカなことはしない、俺なら生き残れる。心のどこかでそんな余裕があったのだ。

 ――認めなければならない。デメリットのことなど、なにも考えていなかったことを。

 知識を持つその代償は、今まで築きあげてきた『価値観』。弱冠7歳にして、成人の確たる価値観を持ってしまっているのだ。
 いかなる場合であっても、人を殺すことは許されないと身に染みている。されど今までの人生で固まった価値観を捻じ曲げるには遅すぎた。

「……悪い。考えごとをしていたんだ。もう大丈夫だ」

 その実、足は竦み手もわずかに震えている。情けない話だ。
 下忍のままでいられないだろうか、などと弱気な考えを浮かべてみるが、2次試験はチーム戦である。バキと夜叉丸が出世を望んでいるとしたら、彼らに悪い。俺のわがままで2人の出世道を閉ざすのはあまりにも自己中心的だ。

「行こう」

 そう言った俺に対して、夜叉丸はまだ心配げな顔をしていた。だが立ち止まってなどいられない。まだ試験は続いているのだ。
 体の震えを歓喜の慄きと思い込むことにして、自らを奮い立たせた。


 中忍試験の最終決戦は、サソリの班であった。
 決勝戦どころではなくまだ本調子の戻らない俺は、2人にフォローしてもらいながらなんとか勝利をおさめ、不調であるはずなのに順調なる結果を残していく。今の俺は、ただの足手まといと化しているだけだ。
 しかし2人のおかげで勝つことができたのだ。俺が引っ張らなければならないはずだが、逆転して2人が俺を引っ張っている状態のままでいれるはずがなかった。どうにもこうにも、気持ちを無理矢理にでも切り替えていくしかない。

 そうして2次試験をトップで通過し、残すは1ヶ月後。3次試験の個人戦のみとなった。1ヶ月の間、情報収集や実力強化に励まなければならない。

 頭ではなく身で体感した、2次試験の出来事。
 自分が生き残るために他人を殺す覚悟があるのか。いや、本当の意味での覚悟がなかったからこそあの醜態だ。意図せずとはいえ、人ひとりを殺めてしまったことは事実。またいつ殺されそうになるとも限らない。
 ――平和ボケたるその甘さは、戦場で命取りだ。生きたいのなら覚悟をすべきだ。他人の命を踏みつけてまでも這い上がる勇気。修行でどうこうなるものではない。

 知識を得るために積み上げてきた価値観。皮肉にも、それが俺の邪魔をしていた。






 準備で忙しない1ヶ月が過ぎ去り、ついに3次試験の時が訪れた。
 木ノ葉以外の忍は、各々離れた地から来た身であるため、里へ帰り往復すればその分不利になってしまう。そのため勝ち残った者たちは木ノ葉へ滞在することになっていた。俺たちの班も例外ではなく、1ヶ月を木ノ葉で過ごした。
 だが、選手村のように隔離された空間での滞在だった。それぞれ里の代表選手といった扱いであり、さらに下忍とはいえ、現状敵国同士でもあるためだ。混沌たる状況で中忍試験を行っている無謀な仕組みとはいえ、さすがに同盟国同士の中忍試験とはわけが違う。

 3次試験は勝ち上がった上位の班メンバーでの個人戦だった。対戦相手はランダムに決まってしまうため、バキや夜叉丸に当たる可能性も大いにあり得る。
 実のところまだ不安は残ったままだったが、来てしまったものは仕方がない。今を乗り越えるしかないだろう。

 最初の対戦は、夜叉丸とサソリで砂忍同士の対決であった。俺とバキは、夜叉丸を応援するために上階の観覧廊下で待機し、夜叉丸は中央ステージへ速やかに着地する。

「よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」

 深々と頭を下げる夜叉丸に対し、ぶっきらぼうのサソリ。
 試験官の掛け声で試合が始まり、そして――

 ――結果、夜叉丸は負けてしまった。サソリの余裕を見ると、まだ本気を出していないらしい。2次試験で俺たちに負けたのは、メンバーに足を引っ張られたからだろうか。思えば確かに、あまりにもぎこちなかった気がする。
 とにかく、サソリと対戦になった場合には十分気をつけなければならないだろう。

「負けちゃいました」

 少し悔しそうに、それでも笑顔で夜叉丸が俺たちの元へ戻ってきた。

「夜叉丸はよくやったさ」
「ああ。敵とまでは言わないが、俺たちが無念を晴らしてやるよ」

 バキと俺がそれぞれねぎらえば、夜叉丸が恥ずかしげにうなずく。
 夜叉丸は決して弱くない。1回戦目からサソリだったのが運のつきであったのだ。

 2回戦、3回戦と過ぎてゆき、俺とバキは順調に勝ち進んでいった。幸いにも未だバキとは当たっていない。このまま勝ち進めば必然的に当たることになるが、こればかりは仕方がないだろう。
 そして、今度はバキとサソリの、再度砂忍対戦となった。
 バキには是非とも夜叉丸の無念を晴らしてやってほしいものだが――

 ――熱くいい勝負をしていたが、結果、これまた負けてしまった。

「すまない夜叉丸……」
「俺がサソリと当たれば、2人分の無念を晴らしてきてやる」

 大口を叩いたが、実のところ気が気でない。夜叉丸も、バキも敗北してしまったのだ。俺が勝てるのだろうか。

 そうして俺はサソリに当たることなく準決勝にまでたどりついた。
 たどりついたはいいものの、流石に今まで運がよすぎたらしい。準決勝にてついにサソリとの対戦になってしまった
 今までは忍具や起爆札、水遁を駆使していたが、そろそろ流遁も使わないと勝てないだろう。

「では、始め!」

 試験官の掛け声で、俺とサソリの対戦が始まった。
 開始と同時に、懐から小瓶ほどの小さな鉄容器を取り出す。
 ――今まで温存しておいた流遁で、勝負を決めてやる。

 中に入っているのはチャクラを練り込んだ特別製の水銀だ。
 この水銀は、我愛羅が背負っているひょうたんの砂やデイダラの起爆粘土などから着想したものである。チャクラ消費を抑えて自在に操作するためには必須工程だ。

 練り込んだチャクラへ、操作用のチャクラを操作したい部分に癒着させる。癒着させればあとは作りたい形状をイメージするだけで、水銀を自在に操ることができるのだ。

 現時点ではまだ、チャクラから水銀を生み出すことはできないという欠点が残っている。その欠点を補うために、塊から切り離して使用した水銀は、使用の際に混入した不純物を自動的に取り除きつつ元の塊へ収束する、というオプションをつけた。水銀の非常に強い表面張力を利用したものである。

 操作用チャクラの消費は、激しい動きでない限りごくごく微量。地の利のない場所で使う水遁よりも非常に低燃費だ。かつ、水遁のように使うことができるため手軽でもある。
 水銀を生み出すことができないとバレてしまえば、万事休すだが。だからこそ今はまだ、易々と使ってしまうわけにはいかなかったのだ。

 チャクラを練り込む作業は想像以上に難航した。例えるならばCGのモデリング作業だ。キャラクターのモデリングをした後、アニメーションで実際に動かすためには(リグ)がいるのだが、その骨を作る作業に近い。

 水銀を忍術として扱えば水遁より威力も毒性も強くなる。おまけに特別製の水銀を持ち歩けばチャクラも温存できる。流遁様様(さまさま)である。

 鉄容器から水銀を垂らせば、水銀が膨らみ質量が元に戻った。

 ――流遁・銀鏡(しろがねかがみ)の術。

 垂らした水銀は、自身を発生点にして試験場の地面へ薄く広がってゆく。
 足元はすぐに銀一色となった。鏡像のごとく俺とサソリの姿が反射し、大勢の人間すら飲み込んで映しだしている。

「そうきたか」

 焦り気味ではあったが、サソリが不敵な笑みを浮かべた。

「なめるなよ」

 今までの戦闘を見るに、サソリはこの歳ですでに傀儡を扱いきっている。
 ――傀儡使いの弱点は、接近戦。
 ならば水銀を全体に広げ、どこからでも本体を叩けるようにするのみ。

「オレもとっておきを見せよう」

 サソリが懐から巻物を取り出し、勢いよく開く。すると、煙の中から沢山の影が現れた。

「それは――」

 白い服を着せられた10機の傀儡。1体1体、独特で繊細な彫刻がほどこされている。
 チヨバアの技である、十機近松の集であった。

「攻撃する隙さえ与えさせなければいいことだ」

 ――そうきたか。


 砂忍同士による双方譲らぬ攻防戦が続き、時間の経過で体力だけが奪われていった。俺もサソリも、すでに疲労困憊した状態である。
 俺のほうはといえば、サソリの足を水銀で拘束し身動きをとれなくしてみたり、覆った地面から水銀の針を無数に飛ばしてみたり、手ごたえはあったが向こうも中々折れそうになかった。隙あらば傀儡で俺を狙い、宣言通り攻撃の隙を与えることはしなかったのだ。

 だがそろそろ終わりにしなければならない。
 俺も、恐らくサソリも体力の残りが少ないだろう。

「くそっ」

 隙を見せてはならなかったが、チャクラ切れが近いため銀鏡の術を一旦解く。球の形へ戻っていく水銀。収縮するには、多少なりとも時間がかかる。
 サソリはその隙を見逃さなかった。俺に向かって傀儡から毒針を無数に放つ。
 間際でかわすと、かわした先で傀儡が待ち構えていた。

「――!」

 傀儡の口がかしゃりと音を立ててぱっくりと開き、仕込みの短刀が現れる。
 避けきる前に左肩へ浅く刺さった。

「ぐっ」

 左肩を抑えて後ずさる。
 このままやられるわけにはいかないと、最後のチャクラを振り絞って術を使った。

 ――流遁・(しろがね)(やり)

 球体に戻っていた水銀を大きな針状に伸ばし、その場からサソリに向かって追跡する。水銀はみるみるサソリへ接近し、あと一歩――

 ――寸前のところで、サソリを刺せたはずだった。
 ぶり返す、2次試験の記憶。
 ぴたりと止まった、銀色の針。

「お前の負けだ」

 2度も隙をつくってしまった。
 屈辱だった。

「……そのようだ」

 サソリに向かって赤旗があがる。
 10機の傀儡に四方を囲まれ、俺はサソリに負けたのだ。
 俺の1ヶ月はなんだったのだろう。

「なぜ止めた」

 ためらわなければ得ていたやもしれぬ勝利。

「アンタ、アホだろ」

 その言葉になんの反論もできなかった。
 こうして、俺の中忍試験は幕を閉じた。3位決定戦で無事3位へ入ったので、中忍にはなれるだろうが、なんとも悔しい終わり方となってしまった。

 夜叉丸とバキの元へ戻り、あとは決勝戦の行方を眺めるだけとなる。

「サボテン君、惜しかったです」
「いい戦いだった。なにも恥じることはない」

 2人の心遣いが身に染みた。


 決勝戦は、またも砂忍同士であった。サソリと、名の知らぬ忍。静かだが熱のこもった凄まじい戦いだった。
 今のところはサソリが優勢である。しかし俺の時よりもサソリはまだ余裕の面を見せている。
 これはサソリが勝つだろう。そう思いながら戦いの行方を眺めていた。

 サソリの勝利を確信し、バキと夜叉丸へどちらが勝つかの賭け事をもちかけようとした、その時だった。

「――――!!」

 突然、地を這うような叫び声。
 驚き弾かれたように声のほうを向けば、左腕の潰されたサソリの姿。
 俺たち3人は、血を噴いてゆっくりとくずおれたサソリをただ唖然と眺めていた。

 試験官が、これ以上の暴走を許すまいと風を切って相手の前へ立ちはだかる。相手がゆるりと術を解けば、他の試験官がすぐにサソリへ駆け寄り止血をはじめた。その間、医療班が担架をかつぎサソリを乗せる。

 相手の忍に向かって赤旗があげられた。
 静まり返った試験場に、歓声にも似た悲鳴がぽつりぽつりとわいている。それに共鳴して激しく脈打つ心音。

 ――死んでないよな?

 倒れたサソリを見て、そのことばかりが脳内をめぐる。
 バキと夜叉丸が俺を呼んでいたことにも気づかず、ただ漠然と同じことを考え続けていた。

 絵空事にしては、あまりにも生々しい感覚。

 生きるためには殺さなければならない。生きるためには他の命を蹴散らしてまでも這い上がらなければならない。試験なんてものとは違う、本当の意味での弱肉強食。

 突きつけられた鉛の王手。
 この時からだろう。自身の内にある天秤へ鉛が落ち、傾いたのは。