砂隠れは繁栄しました   作:布団玉
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3. 変化

 無事、とは言い難い形で中忍試験は幕を閉じた。
 サソリはすぐに病院へ運ばれ、そのまま入院している。左腕はもう使い物にならないだろう。聞きたいこともあるので、のちに見舞いへ行くことにした。
 今回の試験で中忍になれたのは俺だけだった。全員で潜り抜けてきたので、共に中忍となってほしかったが、やむを得ない。

 中忍試験終了後。釈然としない俺へ、羅砂が中忍試験の目的を告げた。
 中忍試験は、もともと隣国同士の争いを最小限にとどめるための手段である。戦争中であっても、中忍試験だけは滞りなく行われるとのことだった。経済効果があるのだ。

 しかしながら、五輪競技ですら戦時中は中止となるのにそこまで重要視するようなものとも思えない。やはりこの仕組みはおかしい、と羅砂に問えば答えが返ってきた。

 戦争には金がいる。同時に戦争は金を生む。だが金を持っているのは大名であり、忍者ではない。
 それにも関わらず、どの隠れ里も閉鎖的だ。過度な情報の流出を防ぐためである。その閉鎖的な各里で、中忍試験は貴重な収入源だという。先ほどの通り、経済を潤わす効果もある。
 中忍試験で各大名へ自国、自里の軍事力を一部公開し、あわよくばスポンサーやバックアップを得る唯一の機会なのだそうだ。前世でいう『軍の一般公開』のようなもの、だろうか。戦時中にもかかわらず中忍試験を行うことで、大名が戦況を把握し見極める手段ともなっているのだ。

 そう。中忍試験を行わなければ戦況を把握できない大名たち。つまり大名とは()()()()のものであるらしい。なぜ大名がお飾りとなってしまったのか、ある程度推察することができる。

 さらに中忍試験の存在価値は、軍事費用を最小限にとどめ、必要以上に国を荒らさせないということにもあるらしい。大名側は権限を損なわずに済む、忍側は利益を生むことができる。双方が対等になるようできているのだ。本当に対等かどうかは、怪しいものだが。

 各国大名が快諾している限り、中忍試験の合同開催は回避できない。軍事資金も大名の一声で簡単に減らすことができる。だからこそ集めやすい国へ下忍を集め、戦時中であるにもかかわらず必死に中忍試験を行うのだ。
 ただし。兵の力を公開しあうということは、その分敵国の穴も見つけやすくなるということ。大蛇丸らによる、中忍試験を利用した『木ノ葉崩し』がいい例だ。諸刃の剣だが、資金を得るためには致し方のないことなのだろう。

 戦争は博打のように金の動きも激しくなるが、大名たちからすれば懐へ入る金を減らしたくないというのが本音だ。同じ金で動かすならば、自国の弱い軍よりも他国にある強い軍のほうがいい。これをいち早く実行してしまったのが、風の大名ということになる。

 忍や平民にとっては血生臭い地獄絵図。自国を守るために尽くしてきた情を、足蹴にされたような気分だっただろう。されど大名たちからすれば盤上の遊戯。認識の差は歴然である。
 頂点へ君臨する資質がなければ、上に立てども真下は見えず。砂の存亡をかけ木ノ葉崩しに加担した未来を知っている身としては、賢明だと頷きかねる。風の大名が軍縮を行った時期は的確と言えないだろう。
 忍側とて、自分たち一族らの因縁を国家規模で巻きこみ発展させているのだから、変わりないのだが。しかし、これがこの世界の、忍という存在の生き方なのだ。そう簡単に変わるものではない。

 こうして推察したところで、俺自身、中忍試験をよりよくする方法など思いついてはいない。偉そうに言っているだけだ。各里が閉鎖的に行えば利益が出ず、国からおりる資金だけでは賄えなくなり、衰退の一途を辿るのみ。かといって公開すれば木ノ葉崩しが起こる。廃止するわけにもいかない。とても難しい問題だと思う。

「今回、砂忍がトップ3に入りましたが、他国に対して本当に抑制力となっているんでしょうか」

 さらに問えば、羅砂はううんと唸り、腕を組みながら答えを返してくれた。

「頂点へ君臨している火の国は抜きにして、だ。今のところ霧に対して抑制できていれば、成功と言ってもいいだろう」

 砂は木ノ葉ではなく、霧を特に警戒しているようだ。第3次忍界大戦の終了時に木ノ葉と砂が同盟を結ぶことを考えると、この時点ですでにヒルゼンが動いていた可能性もあるだろう。

 同盟条約後、うまく立ち回れば『木ノ葉崩し』を回避できるのではないだろうか。
 なんとなしに考えてみたが、あの大蛇丸を止めるのは不可能に近いだろうな、と思った。




 あれからしばらく日が経ち、サソリの容態も落ち着いてきたかという頃。現在俺は、早速サソリの病室へと向かっていた。
 できればサソリと友好的な関係を結んでおきたい、という目論見もあるのだが。1つ、気になっていることがあるのだ。

 ――なぜ中忍試験の時に、チヨバアの傀儡を使っていたのか。
 十機近松の集は、チヨバアですら錠のかかった箱へ封じていたはずだ。それに、サソリは自身で傀儡を造形することに喜びを感じていた。あのサソリが、チヨバアの傀儡を喜んで受け継ぐとは思えない。真相を確かめてみたかったのだ。

 サソリの病室へたどり着き、ドアを2回ほど軽くたたく。

「母上か?」

 母上、という言葉に疑問を抱いたが、気を取り直して自分の名を名乗った。

「サボテンです」
「…………。入れ」

 至極不機嫌そうな声がドアの向こうから飛んできた。本人の許可をもらうこともできたので、ドアを開けて中へと足を進める。
 砂隠れでは一般的な黄土色の建築物とは違い、病院らしく白い空間が広がっていた。薬草だか薬品だかは分からないが、つんとした刺激臭が辺りへ充満している。
 ちょうどドアを締め切った時、サソリが俺を睨みながら言った。

「……なにをしに来た。嘲笑いにでも来たのか? 左腕をもがれ、片腕になったオレのことを」

 腕を失ったことが、相当堪えているらしい。

「そう思うのも無理はないが、少しだけでも警戒心を解いてくれないか? 殺気が重い」
「暗殺しに来たかもしれん奴に警戒心を解けと? やっぱりお前はアホか?」

 サソリは悪態をついているが、これが恐らくに本心ではないだろうと予想するのは容易かった。

「本当にそう思っているなら、俺を中へ入れないだろ」

 それこそベッドから飛び起きて、いざ俺を殺さんとするのならば、本心と認めるべきなのだろうが。

「顔を見てから殺そうと思ってな」
「物騒だな」
「お前ほどじゃない」

 頑なに悪態を貫き通すサソリであったが、埒が明かないので流れを切って本題へ入ることにした。

「信頼できるまで殺す準備はしておいてくれ。ここへ来たのは、純粋に安否が気になったのと、聞きたいことがあったからなんだ」

 サソリが目を細め、顔を少し斜めに傾ける。

「聞きたいこと? なぜ俺は負けたんですか、ってな具合か? そのくらい自分で分かるだろ。相当オレに負けたのが悔しいらしいな」
「いやいや、そうじゃない。悔しいのは確かだが、そんなことを聞きに来たんじゃ――」

 言いかけて、ドアの向こうに人の気配がしたのでぴたりと口の動きを止めた。ノックの後、ドアが開いていく。
 ドアの向こうには、2人の大人が立っていた。

「父上! 母上!」

 その2人を目にした瞬間、今までの悪態が嘘のように、サソリの表情がみるみる明るいものへと変化していく。
 病室へ現れたのは『赤髪の男』と『長い暗髪の女』だった。とてつもなく、非常に、はっきりと覚えのある2人だ。その2人を、なんとサソリは『父上』『母上』と呼んだ。

「あら、もしかしてあなたは……」
「サボテンか?」

 俺の姿にすぐ気がついてくれたようで、2人が声をかけてくれた。やはり、彼らも覚えてくれていたようだ。

 なぜ今まで気づかなかったのだろう。
 特に赤髪の男なんて、そっくりじゃないか。
 ――サソリに。

 俺の両親が命をかけて助けた人物とは、サソリの両親だったのだ。

 だが、サソリの両親は彼が物心ついた時に死んだという覚えがある。俺が今年で7歳なので、サソリは8歳のはず。とっくに物心なんて過ぎている頃だ。ならばすでにサソリの両親が殺されていなければおかしい。
 しかしこの通り、サソリの両親は死んでいない。代わりのように、俺の両親が死んでしまったが。
 ――なにかが違う。この世界は、なにかが変わっている。知っているはずの世界なのに、知らない世界へ放り込まれた気分だった。

 そんな気分を引きずり続けないように、サソリの両親へ向かって一礼してから当時のお礼を述べた。

「お久しぶりです。あの時はありがとうございました」
「とんでもない、顔をあげてくれないか」
「そうよ。お礼なんていいのよ」

 その様子を、複雑そうに見つめるサソリ。

「お前、父上と母上の知り合いだったのか」
「サソリのご両親だったとは知らなかったけど、そうだな。もしかしたら俺とサソリが兄弟となっていたかもしれない程度には、知り合い……なのか?」
「はあ?」

 サソリの母が、怪訝な顔をしているサソリをあやすように、こう付け加えた。

「私たち親同士、古くからの友人だったの。彼らに命を助けてもらったのよ」
「……こいつの?」

 サソリが疑わしげな目で俺を見ている。サソリにとって初めて知らされた事実なのだろう。
 それでも相変わらずサソリは俺を訝しく思っているようだったが、サソリの母と言えば彼の扱いに手慣れたもので、気にせずどんどん話を進めていった。

「サソリのお見舞いに来てくれるなんて嬉しいわ。サソリとお友達だったのね」
「母上、違うよ。中忍試験で戦ったきりだ」
「中忍試験で! まあ、そうだったの。じゃあ、ライバル関係なのかしら? 喧嘩するほど仲がいいって言うものね」
「ちが――母上!」

 声を弾ませるサソリ母、俺とサソリ母を交互に見ながら、みるみるペースを崩されていくサソリ。それを微笑ましそうに無言で眺めるサソリ父。

「じゃあ、改めてサソリをよろしくね。この子、人と接するのが苦手で……」
「ああ、もう……母上、頼むからやめてくれ」

 ――あのサソリが戸惑っているとは、これは面白いものが見れた。

「……ニヤけてんじゃねェぞ」

 ――しまった。顔に出ていたか。

 サソリの両親が生きていると判明したので、サソリがなぜ十機近松の集を手にしていたのか想像がついた。両親生存によってそこまで捻くれることもなく、チヨバアともわりかし良好な関係を築いているのだろう。サソリのために転生忍術を開発してしまうチヨバアのことだ。きっと孫思いに違いない。共に気が強いので多少の衝突はあるだろうが、それでも両親が死んでしまった世界よりは幸せであると思う。

 しかし、傀儡の入手ルートが判明してしまった以上、サソリに聞くことがなくなってしまった。安否も確認できた。ご両親が無事生きていることも知ることができた。ならば俺はこの辺でお暇とするべきだろう。

「そうだ。これ、見舞いの品」

 家で育てているサボテンの実、ドラゴンフルーツ。サソリの好みが不明なので、持って帰れるよう4等分に切ってきたが、サソリの両親もいることだ。ちょうどよかったのかもしれない。

「家で育てたドラゴンフルーツなんだ。苦手か?」
「苦手では、ない」

 病室にはぴったり4人。

「よければお二方もどうぞ」
「いいのかい?」
「ありがたくいただくわ」

 サソリと、サソリの両親がドラゴンフルーツを口へ運ぶ。自家製なので少し緊張した。

「……うまい」
「おいしいな、これは」
「あら、おいしい!」

 ――よかった。全員、マズそうな顔はしていない。
 なんだかんだ、両親のおかげでサソリの悪態も徐々に解け、初期ほど棘を見せることはなくなっていた。

「では、俺はこれで帰ります」

 俺が病室を出ようとしたその時、サソリが俺へ制止の言葉をかけた。

「聞きたいことがあったんじゃなかったのか?」

 ――おあずけされてしまえば、そりゃあ気になるか。

「なんだ、聞いてくれる気満々だったんじゃないか」
「あれだけ押されればな」
「いや、もういいんだ。自己解決しちまったよ」

 それに、せっかく両親が見舞いに来てくれているのだ。

「両親との時間のほうが大切だろ? またあとで聞くこともできる。今日はこの辺にしておくよ」

 今度こそ帰ろうとしたが、今度はサソリの母が制止の言葉をかけてきた。

「聞きたいことがあったの? それってもしかして、あなたのご両親についてかしら?」

 ――それは考えてなかったな。
 確かに俺は、この世界の両親との記憶は4年間しかない。うち大半は両親が戦地送りとなり、実際は3年、いや、2年ほどしか共に過ごしていないかもしれない。

「そうではありませんが、それについても聞きたいですね」

 聞いて損はないと思った。

「じゃあ決まり。フルーツのお礼と言ってはなんだけど、家へ来ない? 話のついでに見せたいものがあるの。あなたの家へ迎えに行くから、あなたに予定さえなければ待っててくれる?」
「分かりました」

 ――これが同年代でフリーの女性だったら、もしかしたらなにかが始まっていたのかもしれない。
 そう思いつつ、なにを見せてもらえるのか楽しみだったので家へお邪魔することにした。傀儡でも見せてもらえるのだろうか。


 言われた通りに家で待機し、言った通りにサソリの両親が迎えに来てくれた。そのままサソリ宅へ案内されるが、その大きさを見て、俺の第一声はこうだった。

「……ご自宅ですか?」

 ぽかんと口を開ける俺へ、サソリ父が何事もないように「そうだぞ」と返す。
 サソリの家は、俺の家など比べ物にならないほど想像以上に広い家であった。砂隠れでも裕福な層へ入ると思われる。きっとチヨバアの研究施設も兼ねてあるのだろう。

「遠慮なくあがって」

 サソリ母の言葉に甘えて、家へあがらせてもらった。広い廊下を進むが、今のところチヨバアの姿は見当たらない。
 そのまま応接室へと案内され、椅子へ腰かけるよう促される。サソリの母は台所へ向かい、サソリの父と俺が向かい合う形になった。

「いつかは聞かせてやりたいと思っていたんだ」

 俺の両親のことだろう。親と子の関係として共に過ごしたが、両親の『親』以外の姿はなにも知らない。

「どこから話しはじめようか――」

 そうして、サソリの父は思い出を語ってくれた。
 知り合った時から、死ぬまでの出来事を。

 長らく語り続けてくれる、サソリの父。時計を見れば確実に時間が過ぎていたが、俺自身の感覚では、とても時間が経過しているようには思えなかった。
 時々相槌をうったり質問したりしながら、サソリ父の話に耳を傾けて、あっという間に過ぎ去っていく時。

 語られていく中で、この世界の両親は信じられないことに、聞けば聞くほど前世の両親と似通っていた。これではまるで、俺の両親も生まれ変わったかのような――。亡くなってしまった今、真相は闇の中だ。

 しばらくして、サソリの母が茶と茶菓子を置きに戻ってきた。

「ちょっと待っててね。アルバムを持ってくるから」

 が、再度部屋を出る。
 またしばらくして戻ってきた時には、分厚いアルバムを手にしていた。

「見て」

 渡されたアルバムを卓上へ広げ、サソリの両親と共にじっくり眺めていく。
 アルバムには様々な写真があった。人に囲まれながら笑っている写真、両親が互いに怒りあっている写真、壊れた人形を手にして泣く小さな母や、壊れたおもちゃを手にして泣く小さな父。
 中でも目についたのは、サソリの両親と俺の両親やその仲間である人物たちが、集まって酒を飲んでいる写真だった。

 写真を見ては、よぎる『もしも』の未来。
 生きていれば今頃、卒業祝いや中忍就任祝いで家が賑わっていたかもしれない。
 生きていればいつか、2人の馴れ初めを母の口から聞くことができたかもしれない。
 生きていれば将来、父と共に酒でも飲んでいたかもしれない。

 そんなことばかり浮かべては、過ぎたことだと頭を振る。そんなことを考えたところで仕方がないというのに、意に反して頭には次々と『未来』がうかんでいく。

「あの2人は誰よりも砂の将来を案じていたんだ。だが里に潜む闇ではなく、光として未来をつくろうとしていた。穏やかな改革主義者、とでも言うのかな。とにかく、明るい未来を信じていた」

 ――俺の家にも、掘り起こせばアルバムくらいあるだろうか。

「彼らのおかげで、里はほんの少し変わったわ。本当に少しだけど。そして……実は風影様も変わったのよ」
「風影様が?」
「昔はもっと冷酷非情だったんだけど、彼らのおかげで少し穏やかになったわ」

 サソリ母がにこやかに笑う。

「そして、サボテン。あなたが風影様の弟子になってから、彼はもっと変わったわ。きっと、自分に孫や息子ができたみたいに感じているのかもしれないわね。時々、私たちへあなたの成長を報告しに来るのよ。表情は変わらないけど、それはもう嬉しそうにね」

 ――なにやってるんですか風影。確かに風影はあまり表情を変えないが、そんなことしてたんですか。

「あなたを見てると、彼らがまだ生きているんじゃないかって錯覚してしまうの」

 両親が死んだと聞かされたときは、驚かず、ただ冷静だった。本当に冷静だったのかと聞かれれば、それは違うかもしれないが。

 人生を深く知ってしまえば、目をそらさずにはいられなくなる。
 それこそ、後悔の念に駆られるくらいに。

 ――俺は、死を認識できたのだろうか。
 頭の中が空になることはなく、ただ、涙をこらえるのに必死だった。

「君の両親は、なによりも里を重んじていた。もちろん、君のことも大切にしていたよ。でも彼らは、最期に『あの子がきっと里を良い方向へ導いてくれる』なんて言い残したんだ。君がどんな道を辿るかなんて分からないのに、だよ。けれど、今の君を見ている限り、彼らの言っていたことは正しかったのかもしれないな」

 もしも俺が普通の子供だったならば、親に捨てられたと思いこんで絶望し、果ては抜け忍となっていたのかもしれない。例えばサソリのように。
 木ノ葉やサクモを心の底から憎んでいたかもしれない。例えばサスケのように。

 両親が生きていて、サソリもまだ里抜けをしていない。だがもし今後両親が亡くなった時、里抜けするかもしれない。ならばできるかぎり、里抜け出来ない理由を作り、里に興味をもたせ、人に興味を持たせたい。サソリを里へ繋ぎ止めておきたい。
 ――なんてお節介だ。エゴだと煽られ、蔑まれるかもしれないな。
 それでも暁入りしたサソリを知っている分、気にかけずにはいられなかった。

「私たちと一緒に暮らしてほしかったけれど……もしかしたら、あなたは風影様へ弟子入りするのが最善だったのかもね」

 サソリの両親は、俺の父と母の軌跡をきちんと手で包み受け止めてくれていた。
 ならば俺がやるべきことは決まっている。

 この里を、守ることだ。
 例え、他里の繁栄を妨害することになったとしても。




 その翌日のことである。
 調べることがあったので、俺は図書館へと籠りっぱなしだった。本を探すのにも体力を使い、長時間座るのにも体力を使い、本を読むにも体力を使い、押し寄せる眠気との闘いと化していたが。

 調べているのはトカゲの本だ。中忍試験時、木ノ葉へ向かう道中に助けた2匹のトカゲ。手のひらに乗るほどの小さなサイズである。このトカゲについて調べるため、爬虫類の本を片っ端から漁っている。

 眠気と闘った甲斐あり、トカゲなどに詳しくないので苦労の末であったが、やっとのことで2匹の種類が判明した。アルマジロトカゲとバシリスクらしい。

 そして図書館を出ると、いざ風影の元へ。
 この2匹をどうにかして口寄せ動物へ育てられないか、教えを乞いに行くのだ。

「アルマジロがオス、バシリスクがメスだな」

 風影の執務室へ到着し、風影へ見せた瞬間、種類と性別を当てられた。

「なんで分かったんですか?」
「さあな」

 ――風影、衝撃の事実判明。スクープ、トカゲマニア。
 曖昧に返されたので、こちらの想像で勝手に補わせてもらった。考えてもみればトカゲが好きそうな顔をしている。いや、偏見か。

「トカゲを貸せ。チャクラの流れを調べる」

 快く風影へ2匹を放つと、それぞれ風影の右手と左手に乗った。

「口寄せ動物にできそうだな。育てる価値はあるだろう」

 ということはカカシの忍犬や、そうでなくともキバの赤丸のように戦える可能性があるということか。

「おいで、マジロウ、バッシー」

 名前を呼べば2匹が俺の元へと戻ってきた。トカゲの名前を聞いた風影が、ため息をついている。

「小僧……名付けの才はないようだな」

 ――ほっといてくれ。






 第2次忍界大戦が終結した後のこと。中忍試験から、早くも5年は経っただろうか。未だ戦火は尾を引き、小競り合いが続いている。

 俺たちは相変わらず修行や任務に励んでいた。俺個人はと言えば、時空間忍術の解析に取り組んでみたり、相変わらずチャクラから水銀を生み出そうとしたり、流遁を使って相手の術を操る方法を考案してみたりと忙しなかった。この3つは、どれも成功していないのだが。
 それに加えて、2つほど悲しい事実を知ってしまった。1つ目は、体術についてだ。体術の修行を行っていて気づいたのだが、俺はどうやら体術はあまり得意ではないらしい。そしてもう1つは流遁。もともとは水遁から派生したものであるため、流体の中でも液体を扱う方が得意だと判明したのだ。つまり、液体以外の流体は、最悪使えないまま終わってしまうかもしれないということだ。
 この2つは、血の滲むような果てしない努力でなんとかなる範囲だ。とりあえず修行を怠らなければ、道は開けるはず――だと思いたい。


 5年も経てばバキと夜叉丸もそれぞれ無事中忍となり、やっと3人足並みがそろって、これからだという時期。
 そんな中で、俺たち羅砂班へBランク任務が入った。急遽湯隠れまで密書を届けてほしい、という旨の内容だ。

 生憎、羅砂は別の任務で忙しい。忍の数が少ないのだ。当然、班長不在という事態も出てくる。さらに、次期風影候補になるほどの男であるため、引っ張りだこになるのも無理はない。砂金集めにも忙しいらしい。そんな時のために俺が副リーダーへ選ばれたのだ。

 今、木ノ葉の国境付近では小さな火花が散っている。しかし、湯隠れへ行くには木ノ葉を跨ぐのが最短距離だ。急ぎの依頼なので、木ノ葉を跨ぐルートでなければ間に合わない。
 3人で相談しながら綿密にルートを練り、できるだけ戦地を避けつつ直進できる道を割り出した。

 行きは、危なげなくだが無事に湯隠れへ密書を届けることに成功。あとは温泉に浸かって疲れを癒し、砂隠れへ帰還するのみであった――が、問題発生。

 行きのルートで宿にしていた村が、見るも無残に焼け野原となっていたのだ。俺たちはしばらく唖然を立ち尽くしていた。

「すまない、俺の失態だ。帰りは別の安全なルートを再構成すべきだったんだ」

 ――戦争が終わったからといって、またすぐに次の戦争が起こるというのに、同じ道を再度通るなどと。
 そうやって自身の失敗を責めたが、すぐに気を取り直して次の指示を出す。

「村を破壊した忍が潜んでいるかもしれない。むき出しのまま野宿するのはできれば避けたいところだ。付近に小屋でもあればな……」

 しかし空を見上げれば青へ赤が混ざりきっていた。白かったはずの雲も赤に塗られ、あざ笑うようにカラスが鳴いている。

「まずい、日が沈んできた」

 もはや場所を選ぶことなどできない。

「仕方がない。交代で見張りをしながら瓦礫の隙間で眠ろう」

 そうして、焦げた黒や瓦礫の散らばった村を歩き、睡眠をとるのにちょうどいい隙間がないか探しはじめた時だった。

 ――なんだ?
 俺が違和感へ気づいたのと同時に、バキと夜叉丸もなにかに気づいたようだ。

「なにかいるな」

 バキが小声で言った。続いて、俺と夜叉丸も。

「人間だな。1人だが……様子が変だ。俺が見てくる」
「分かりました。子供ですかね、とても弱々しい――あっ!」

 声を上げた夜叉丸の視線をたどれば、瓦礫の隙間から小さな手が覗いているのが見えた。
 子供が生き埋めになっているのだ。

「助けないと!」
「ああ」

 俺と夜叉丸は誰かから急かされてるように瓦礫の近くへと走った。

「いいのか? 木ノ葉の子供だぞ、助ければ砂の脅威となるかもしれん」

 バキが低く戒めるように言った。
 全て善意で動いているのか、と聞かれればそれは違う。もちろん打算を含めた行動だ。夜叉丸は10割善意だろうが。

「昔話じゃ、助けたやつが恩返しに来てくれるじゃないか。俺たちが助ければ、こいつだって『砂の忍は悪いもんじゃないな』とか思ってくれるかもしれないだろ」

 あくまでも昔話。それでも昔話の教訓は、簡単に馬鹿にはできないものがある。

「楽観的過ぎる。これは昔話じゃないんだ。それに恩を仇で返されるかもしれない」

 現実的な反論だった。バキはこういった事態の時、きちんと冷静に物事を判断できる思慮深さを奥底へ持っている。だからこそ、バキへさらに反論する気はなかった。

「いいんだよ。こうしてバキが警戒してくれるから、俺はこの子供を助けられるんだ。だから警戒心を薄めないでくれ」

 夜叉丸は優しく人を包み込む心がある。バキは厳しく人を制する心がある。ならば俺はその間の立ち位置へいるべきだろう。

 しぶしぶではある様子だったが「分かった」と一言残し、バキも納得してくれたようだった。

 ――流遁・銀鏡の術。
 容器から垂らし薄く伸ばした水銀を、瓦礫の隙間へ侵入させる。侵入させた水銀を操り、できる限りの瓦礫を退かした。

「2人とも、頼んだ」

 あらわになった子供をバキと夜叉丸がが引き上げ、救出は成功。幸いにも子供は、瀕死ではなく軽傷だった。気配が弱々しかったのは気絶していたためらしい。

「夜叉丸、怪我の手当てを頼む」
「ええ」

 ――流遁・汞殻壁(こうかくへき)
 今度は、水銀が球状の殻となり、俺と夜叉丸、そして子供を包み込む。バキは見張りをしてくれた。夜叉丸の処置が終わるまでは、この水銀が身を守る壁になってくれる。用心に越したことはない。

 手当も終われば、子供が目を覚ました。

「お前、大丈夫か?」
「だい、じょうぶ」

 ゆっくりと目を開け、起き上がる。辺りを見まわし、俺たちの姿を認識したようだ。

 ――さて、この後どうするか。
 子供は木ノ葉の住人。だが俺は砂の人間だ。孤児1人を預けるためだけに、俺が独断で木ノ葉へ呼びかけることはできない。呼びかけるとしたら、それは取引の時くらいだろう。人質にするわけにはいかない。しかし、こんなに幼い子供を目の前にして見捨てる、という鉄の心は持っていない。ここへ放置すれば、忍に殺されるか餓死するのは目に見えている。
 とりあえずは、子供から情報を引き出してみることにした。

「名前は?」
「テンゾウ」

 どこで聞いたことのある名前だが――そうだ、ヤマトか。テンゾウもコードネームだったような気がするのだが、どうだったか。暗髪に猫目で黒い瞳の顔ときて、さらにテンゾウという名前ならば、ヤマトで間違いないとは思うのだが、どうにもにわかには信じがたい。

「この村でなにがあったのか教えてくれないか?」
「ううん……」

 子供は頭を抱えて悩みだした。

「なにも思いだせない……」

 ショック症状だろうか。――しまったな。もう少し考えてから聞くべきだった。だが途中で止めてしまうわけにもいかず、続けて質問を投げる。

「名前以外は?」
「わからない」
「誕生日は?」
「8月……だった気がする」

 ――ヤマトだこれ。半信半疑でもあり、間違いないとも言い切れないが、ヤマトだこれ。

「他に、かすかに覚えていることとかないか?」
「……ぜんぜん」

 ならば、これ以上は無理に聞かないほうがいいだろう。
 ヤマトの親が死んでいるかは分からないが、生きているならばこんなところへ子供を残したままなのだから、子供思いの親とは言えないか。ノノウの孤児院の場所が分かればそこへ預けてやりたいが、場所がわからないのでは無理だ。さらに、帰ればまた忙しなく任務を課せられるため、寄り道している暇などない。
 ――残された選択肢は1つ。主に助けた理由は、これなのだが。

「砂隠れの里へ来ないか?」

 この子供――ヤマトを俺たちの里へと連れて帰ることだ。
 ヤマトはきょとんとした顔で、「すながくれ」と俺の言葉を繰り返す。

「村はこんなだし、明日からずっと野宿なんて嫌だろ?」
「……うん」

 勝手に助けてはいさようなら、なんてことはしない。助けたのだから、最後まで面倒を見てやるべきだ。
 しかし、元は木ノ葉の住人。もしかしたらテンゾウの名を知っている人がいるかもしれない。木ノ葉を裏切った子供だと思われないよう、念には念を入れ、名前を変えてもらうことにした。

「なあ、テンゾウ。テンゾウっていう名前のままだと、もしかしたらお前にとって危険かもしれないんだ。そこで、どうだろう。新しい里の住人になって再スタート、という意味もこめて、テンゾウに新たな名前をつけたいんだが……」
「どんななまえ?」

 名前はもちろん決まっている。
 これ以外に考えられなかっただけなのだが。

「今日からお前は『ヤマト』だ」
「ヤマト!」

 綱手が与えた名をつけてやれば、ヤマトの表情が少し和らいだ。
 あとは、木ノ葉の子供を連れて帰ったと風影が知った時、どういう反応が返ってくるか、だ。




 いつまで続いていたのかも分からないほど長い沈黙。双方一歩たりとも譲らぬ激戦のにらみ合い。緊迫した空気というほどでもないが、一切の戯言を許さぬ重さ。見えるはずのない火花が、俺と風影の前でその存在を主張している。
 長らくの沈黙を破ったのは風影だった。

「……小僧。羅砂が砂金を集めているとはいえ、この里は貧窮だと理解しているはずだが。さらに木ノ葉の子供とは……」

 並の下忍ならば震えあがるだろう、ドスの利いた声。隣にいる付き人が、自分は無関係だと言い張るように目を泳がせている。

「覚悟のうえで連れてきました。このまま木ノ葉に返せば、砂の脅威となり得ます。こちらで育てるのが得策かと」
「そやつにそれほどの価値があるとでも?」

 ――価値。里を背負う者としては当たり前の判断だ。価値がなければ、意味がない。
 この世界の『影』は、国をひとつにまとめる首相というよりも、大企業の社長という立場のほうがしっくり当てはまるだろう。風影の言う『価値』も、上へ立つ人間なら誰しもが懸念するものである。もちろん、その部下も。

 しかしすべてを価値で解決してしまうわけにはいかない。

「風影様は『価値』を見出して俺を弟子にしたんですか? これからの『可能性』を信じたのではないのですか? それに、価値なんて後からいくらでもつけられます。大切なのは『今なにができるか』では」

 ――ここで言い負かされてしまえば、ヤマトはどうなるんだ。
 その一心だった。

「言うようになったな」

 風影は変わらず鋭い目で俺を見たが、されどどこか懐かしさを感じる目へと、いつの間にか変わっている。

 風影が、ふ、と先ほどよりも表情を緩めて「オレは小僧と羅砂で手一杯だ」と言った。

「言っておくが、施設には空きがない」

 風影とは、もう10年の付き合いになる。言わんとしていることを読み取るのは、そう難しくない。

「もとより()()()()()()連れてきましたから」
「ならばよい」

 言葉にせずとも伝わった。
 つまりは、俺が面倒を見る、ということで落ち着いたらしい。それすら許可を貰えなかった場合は、どうするべきかと悩んでいたが。
 まさか10代の後半へ入らぬ内に、孤児を保護することになるとは。しかしヤマトのため、今この状況で俺にできることは、これが最善だと考えている。俺のエゴになるかもしれない、という事実は否定できないが。

「ぼく、どうなったんですか?」

 ヤマトが不安げに俺を見上げている。

「悪い悪い、おいてけぼりだよな」

 不安にさせないようヤマトの目線までしゃがみ、目の高さを彼に合わせる。

「お前、俺の家へ来ることになったけど平気か?」

 バキがやれやれとため息をつき、夜叉丸がまるで淑女のように上品な笑いをうかべる。

「……お兄さんの?」
「そうだ。木ノ葉の自然豊かな環境とはかけ離れるが、大丈夫か? 環境の変化に耐えられるか?」

 夜叉丸が「猫じゃないんですから」と、微笑ましそうに言う。

 サソリの両親は、俺を見捨てようとはしなかった。定期的に俺の様子を伺いに来るだけでよかったのに、それを通り越し養子を考えてくれていた。サソリの両親は、俺の両親とはまた違ったものを与えてくれたのだ。だからこそ、ヤマトを引き取るのに迷いはなかった。とは言いつつも、俺自身の肉体年齢はまだ10代前半である。一般的には俺も養われる立場であることに変わりはない。
 はるか遠く、手の届かないものを救うのはとても難しいが、ヤマトは十分手の届く距離にある。だから助けた。いい方向へ転がるか、悪い方向へ転がるかまでは分からないが。いい方向へ転がっていると信じたい。

「自己紹介が遅れたが、俺はサボテン。改めてよろしくな、ヤマト」

 ヤマトの頭へ手を置き無造作に撫でてやれば、頭を揺らしながら今度こそ表情を緩めた。

「はい」

 こうして、俺に弟のような存在ができた。肉体年齢を省けば、弟ではなく息子と呼ぶのだろうが。




 ヤマトを自宅へと連れて帰ってから、しばらく日の経った頃。俺は、ヤマトを忍者学校へ入れさせるかどうか悩んでいた。
 ヤマトは忍の家系出身かも不明だ。だからこそ、強制的に忍という家業を無理に継ぐこともない。ヤマト自身が忍になりたいのか、それとも別の道を進みたいのか、それこそ血継限界の家系など目ではないほど自由に選ぶことができる。
 できれば忍になってほしいが、ヤマトの意志も尊重しなければならない。里に忍が足りないことは承知している。それに俺の意志を継いでほしいということもある。だが、最終的な判断は結局自らが絞り出さなければならない。

「ヤマト。お前はどうしたい?」

 数秒置いて、ヤマトが言う。

「……目がさめたとき、家がたくさんこわされてた。家がなくちゃ、外でさむいおもいをする。だから家をつくったり、なおしたりできれば、みんなあったかい」

 大工になりたいのだろうか。驚いた。この頃から既に建築へ興味が向いていたのか。
 ――仕方がない。それがヤマトの意志ならば捻じ曲げてしまうわけにはいかないだろう。
 しかし、ヤマトは「でも」と言葉を続けた。

「家があってもなくても、けっきょく人がたくさん死んでた。だからまずは、たたかいがおきないようにしたい。忍者になってたたかいをとめたい」

 迷いのない眼差しがまっすぐ俺を射貫く。悲惨な光景は、忘れようにも忘れられないようだ。
 ――ということは、つまり。忍になりたい、ということでいいいのだろう。

 この世界でもし生き残れなかったら、という可能性を幾度となく考えてきた。
 ――本当に、死んでしまったら。
 そんなときのために、俺の意志を継いでくれる者がいてくれたほうがいい。

「分かった。忍者学校へ入学手続きを済ませよう」

 任務で得ている金は少ないかもしれないが、幸いにも研究ぐらいにしか使いどころがない。その研究だって、術式と紙のにらめっこが大半だ。それに、両親が残してくれたお金も大切にとってある。いざとなればこれがある。使わずに終わるかもしれないが。1人だけを養うならなんとかなるだろう。

「本当にいいんだな?」
「はい」
「大工になることだってできるんだぞ」
「平和になったら、しゅみで家具をつくったりします」

 記憶喪失にも関わらず、ヤマトは自分の将来計画をすでに練っていた。しっかりした子供だ。しっかりしすぎて、別の意味で心配になるが。サソリの両親も、俺との初対面時はこんな気持ちだったのだろうか。
 こうして、ヤマトは砂の忍としての道を歩むことになった。


 ――ヤマトを忍者学校へ入学させたすぐ後のこと。
 いい知らせと悪い知らせが入った。

 いい知らせ。羅砂と加瑠羅がめでたく結婚。
 悪い知らせ。――第3次忍界大戦が勃発。