砂隠れは繁栄しました   作:布団玉
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7. 霧

 しばらく足を動かし、アジトからも随分と離れることができた。

「撒いたか」

 サソリが後ろを向いて言う。

「しかしアイツ、なんで引き返しやがったんだ?」
「分からない。近くに追っ手でもいたのか、それとも別の理由か。とにかく、あの仮面と戦っても正面からじゃあ勝てないだろう」

 白眼を手に入れられるほど強い者が白眼を手に入れたらどうなるか。白眼は写輪眼とは違い、扱う際に大きなデメリットもない。手に入れたもの勝ちといった代物であった。

「……お前、足が血まみれだぞ」

 サソリが俺の足元を見て言った。

「うわ、傷が広がってやがる」

 サソリも俺も医療忍者ではない。サソリは薬と解剖学に関しては詳しいが、医療忍術には興味がないらしく使うことはできない。
 俺は医療パックから救急セットを取り出した。怪我の手当てと止血をはかり、里に着くまでの応急処置をほどこす。

「よし、里へ帰るか」

 手当が完了し、砂隠れへ帰還しようとした――その時。
 人の気配が近づいてきた。

「まさか、やっぱり諦めてなかったのか?」
「チィッ……」

 気配は複数ある。
 ――引き返したのは、仲間を連れてくるためだったのか?

「とおおぉぉぉぉぉぉう!!」

 だが、予想とは全く別のものが現れた。
 目の前には全身緑色タイツの珍獣――いや、少年。

「観念するんだなカカシィーッ!」

 ガイだ。どう見ても、ガイだ。

 あれ、と間抜けな声を出して、全身緑タイツの少年が首を傾げる。俺とサソリは冷ややかに、無言でその少年の様子を眺めた。

「すっかり顔が変わったんだなあ」

 続いて、黒髪のツンツン頭の少年、栗色の髪の少女、そして全身緑タイツ珍獣の大人バージョンが現れた。

「ガイ、そいつどう見てもカカシじゃねーだろ!」

 黒髪の少年がガイに向かって言う。

「……本当だ!」
「『本当だ!』、じゃねーよ脳筋! お前の目は節穴かァ!?」
「オレはオビトの言った通りにここへ来たんだぞ!?」
「そうだよ! ここら辺だって言ったのはオレだ! でも人違いしたのはお前だろ!?」

 オビト、リン、そしてダイか。
 ガイとリン、ダイは変わりないが、オビトはゴーグルの代わりに左目へ黒い眼帯をつけている。

「ぬおおぉぉー! すまない!!」

 ダイが汗をまき散らしながら、怒涛の勢いで俺へ駆け寄ってきた。そして俺の肩をつかんで揺さぶる。

 ――熱い。
 空気が熱い。比喩ではなく本当に熱い。絶対に周辺温度が上がった。

「ガイが早とちりをしてしまったようで! いやはや! 本当に申し訳ない!!」

 頭はがくがくと揺れ、視界は常にマーブル模様。
 ――とぶ。意識がとぶ。

「おい。そいつ怪我してるからほどほどにしてやれ」

 今まで無言で様子を見ていたサソリが、やっとのことで助け船をだしてくれた。

「む! ……おっと、これは失礼!」

 俺の頭は最後にがくんと大きく揺れて開放された。

「サ、サソリ……もっとはやく、言ってくれ……」
「見ている分には面白いからな」

 ――このやろう。

「ホントだ、怪我してる」

 言いながら、リンが俺へ近寄る。

「私、医療忍者なの。この程度の怪我ならなんとかなるわ」

 治療してもらえるならばありがたい。俺が是非と頼もうとしたとき、なぜかサソリがさえぎった。

「俺たちは砂隠れだぞ。今、木ノ葉と戦争をしている。助けて何の意味があるんだ?」

 リンは怯まずにサソリを見る。

「戦争をしているとかここが風の国だとか、関係ないわ。……それにね。私、傷ついた忍を救うために医療を志したんだぁ。だから、放っておけないの」
「甘いな。いつ、どこが戦地になるかもわからない状況でそんなものは通用しない」

 今度はオビトが割って入った。

「そんなものってなんだよ! リンがせっかく治療するって言ってんのに――」

 これでは埒が明かない。俺は「とにかく」と会話を塞いだ。

「治療してもらえるならありがたい。リン、でいいよな。お願いするよ」
「ええ」

 サソリとオビトがにらみ合い、ダイとガイが「青春だ」と叫んでいるのを横目に、リンが治療をほどこしてくれた。
 体の傷はほとんど目立たない状態になり、痛みも消え、体が軽くなったような気分だ。
 リンは13歳で眼を移植してのけたんだったな。医療忍者としてとても優秀だったのだろう。

「ありがとう」

 お礼を言えば、リンがにっこりと笑った。

「そういえば名乗っていなかったな。俺の名前はサボテン、こいつはサソリ。ところで、お前たちはなんでこんなところにいるんだ?」

 問えば、リンが答えてくれた。
 人を探して風の国まで来たらしい。

「さっき『カカシ』って言ってたよな。そいつを探して風の国まで来たのか?」
「……うん。追いかけても、いつももぬけの殻で」
「もしかして、あのオビトって奴の左目に関係あるのか」

 自分の名前が挙げられたことに反応してか、今度はオビトが説明に入った。

「ああ。オレの名前は『うちはオビト』。……分かるだろ、この眼がなんなのか」

 写輪眼か、と答えればオビトがうなずく。

 オビトが写輪眼を開眼するのは神無毘橋の戦い以後だったはずだ。この様子だと、やはりカカシと一悶着あったようだな。

「この左目はバカカシに持ってかれたんだ。アイツを止めるために戦って、写輪眼を開眼して、けどオレは負けて――カカシを連れ戻す旅をしてる」

 旅のメンバーにミナトがいないのは、火影候補ともあろう者が里を離れて旅をすることなどできないからだろう。下忍ではあるが、ダイは比較的自由に動くことができる。
 そして、ガイ。カカシへ闘争心を燃やしていたあのガイならば、この一行へ参加するのもおかしくはない。ダイとガイ、2人とも自らが買って出たのだろう。

「そのカカシは、写輪眼相手に1人で勝ったのか?」
「癪だけど、アイツは俺よりずっと凄いヤツなんだ。なんたって――『はたけサクモ』の息子なんだからな」
「木ノ葉の白い牙か」

 サソリが言う。そしてちらりと俺を見たが、すぐに視線を戻したようだった。

「――それが、俺たちはちょうど『銀髪』の少年と交戦してきたところだ。『カカシ』かは、保証できないが」
「そ、そいつはどこにいたんだ!?」
「先のアジトだ」
「よォーし!」

 はりきるオビトには悪いが、今行ったところで奴がいる可能性は低い。

「無駄足になるかもしれないぞ。奴はしつこいほど追いかけてきたが、急に追いかけるのをやめたんだ。あれが『カカシ』なら、お前たちが近くにいるのを察知したんだろう。()()逃げたんだろうな」

 仮面の少年――いや、カカシの引き返した理由が、オビトたちのおかげで判明した。

「はぁー、またかぁ……」

 オビトはあからさまにうなだれた。

「今回は、あと1歩だったのによォ……。クソォ……」

 ――追いかけたところで、オビトたちが勝てるかどうかは謎だが。

「……オビト。取引をしないか」
「取引?」
「今後、暁に関して情報提供する代わりに、オビトたちも暁の居場所情報を提供してくれないか」

 どういうことだ、とオビトは目で訴えた。

「恐らく――あいつは砂隠れにとってもとんでもない脅威になる。もちろん、お前たち木ノ葉にとっても。こちらも、その前に手を打っておきたいんだ。なら、協力したほうが早いだろ?」

 オビトの眼が向こうにあるからこそ、辛うじてオビトたちはカカシを追えてるのだろう。
 俺たちだと、囮を使って追うことしかできない。それも、何度も使える手ではない。

「――そういうことなら、いいぜ。けど頼みがあるんだ」
「なんだ?」
「カカシは絶対に殺さないでくれ。オレがケリをつけるんだ。そんでバカカシを連れ戻す!」

 ふと、頭へナルトの姿がよぎった。

「保証はできないな。俺たちが殺さずとも他国の奴らが殺しに来るぞ。それに――お前たちがカカシを殺すことになったとき、どうする」
「……わからない。今はただ、カカシが戻ってくると信じて旅をしてんだ。そうならないようにアイツより強くなるしかない。絶対に強くなってやるんだ。だからアンタたちも約束してくれ」

 カカシは、人を人とも思っていないほど堕ちていたが――

「――ああ」

 ただ、頷くしかなかった。




 オビト一行と別れ、俺とサソリはいよいよ里へ向かった。
 その途中、サソリがぶっきらぼうに話しかけてきた。

「……中忍試験。あの時殺したのは、木ノ葉を恨んでいるからだと思ったが」
「急にどうしたんだよ」
「……あいつら、木ノ葉だろ。なんでお前は平然としていられる?」

 あいつらとは、オビトたちのことか。
 ――妙に突っかかっていたと思ったら。
 試験時、一部始終を見ていたのだろう。俺の両親がサクモに殺されたと聞いた後、サソリにも思う部分があったらしい。確かに、事情を知ればそういう風に見えてしまうかもしれない。一歩間違えればサソリの両親が殺されていたのだ。流石のサソリも他人事ではなかったのだろう。

「木ノ葉から子供を連れて帰ったのも、木ノ葉に復讐するためだと思ったのか?」
「…………少しな」
「恨みや復讐で人生を費やしたところで、復讐が終わった時がむなしいだけだろ」

 そう返せばそこで会話は切れ、また里へ向けて足を進めた。




 村人も無事元の村へと帰し、長い砂漠を抜けてオアシス地域へとたどり着いたのだが。
 あと少しで里へつくという距離から、里の異変を確認した。里から灰色の濃い煙があがっていたのだ。
 走る速度を上げ里の入口へと急げば、里は一部荒れており、里民や忍たちが建物の外へ出て安否を確認しあっている最中であった。

 羅砂の姿を見つけ、さっそく状況の説明を求める。

「なにがあったんですか?」
「サボテン、それにサソリか。案の定だ、忍刀七人衆の奇襲にあった。七人衆と言うよりも六人衆だったが」
「負傷者と被害状況は……」
「死者は出ていない。怪我人も少数。里も一部壊されたが、人のいない区画だった。風影様のおかげで被害を最小限に食い止めることができた」

 どうやら向こうも政治的にではなく、物理的に仲間の解放にきたらしい。報復のためでもあるとはいえ、なんとも派手なことをしてくれる。
 ――実際のところ『仲間』というのは建前であり、『鮫肌』の回収にきたというほうが正しいとは思うが。

 3代目風影と、自身はなにも言わなかったが羅砂により里は守られ、忍刀七人衆を退けることに成功したという。
 死者は出なかったものの、この出来事は砂隠れの忍や民を憤怒させるにたやすかった。だが2国と消耗戦をしている今、これ以上他の国を相手にするのは避けたいところである。さらに霧隠れ側は、これは忍刀七人衆が独断でやったことであると主張。結局、捕虜の解放には至らぬまま。

 しかし、こちら側もバキと夜叉丸がやってくれた。2人の任務は成功し、パクラが無事解放されたのだ。

 帰還したバキと夜叉丸の証言で、傀儡使い数名はすでに殺されていることが判明。パクラは記憶を改ざんされ、霧の手駒になる予定であったという。

 もはや河豚鬼という捕虜を所有する意味もなく、霧との正面衝突も覚悟のうえ、風影は重い腰をあげてついに河豚鬼の内密なる処刑を決定した。

 そう。決定した、のだが。
 河豚鬼は処刑されぬまま密やかに解放された。鮫肌と共に。

 ――『身代金』と『河豚鬼の部下』。

 河豚鬼とつながりのある他里の者がそれらを寄越してきたのである。
 つまり、その部下が代わりに処刑されるということだ。

 俺は流遁による拘束術を買われ、その捕虜の護送任務へつくことになったのだが、捕虜の姿を見て驚いた。
 つぶらな瞳に青味のかかった血色の悪い肌。まだ子供であるが、見ただけで誰なのかがはっきりとわかる。

 干柿鬼鮫その人だったのだ。

 途中、襲撃などのトラブルがあったが、無事里まで護送。鬼鮫を収容所まで運んだ。

 河豚鬼と鬼鮫が入れ替わる時、自分の代わりに死ぬ部下を見てどんな表情をするかと思ったが――あいつ、笑っていた。安堵の笑みだった。
 鬼鮫は俺と数歳しか違わないような子供だぞ。もっとも、忍の子供がこの世界で子供扱いされないのは周知の事実だが。河豚鬼――自里の情報を売るだけはある。

 収容されていく鬼鮫を眺め、監視員に今後の扱いについてを聞いた。

「子供とはいえ中忍だからな。捕虜としての価値はないが、予定通り情報を吐かせてから処刑になるだろう。まあ、まだ子供だから拷問はないだろうが……かわいそうなヤツだよ」
「口を割らなければ?」
「やむを得ず拷問するしかないだろうな。恨むならあの西瓜山とやらを恨んでほしいもんだぜ」

 ――待てよ? これは俺にとっても鬼鮫にとっても絶好の機会なのではないだろうか。
 捕虜としての価値がないということは、里から切り捨てられたも同然ということだろう。
 この機に、鬼鮫を味方につけることができれば――。

 思い立ち即行動。風影をなんとか言い包め、収容所への立ち入り許可を貰った。監視員に告げ、鬼鮫が収容されている牢へ向かう。
 血の気が引いていくような薄ら寒い牢の中、黒い縦の縞模様の隙間から鬼鮫の後姿が見えた。じっとあぐらをかいて座っている。

「干柿鬼鮫」

 名前を呼べば鬼鮫が俺のほうへ振り向いた。

「よう」
「……護送だけでなく、尋問係でもあるんですか」
「違う、そのために来たんじない。……俺の名前はサボテン。お前に話があって来たんだ」
「話?」

 無駄を省き、単刀直入に、わかりやすく。

「砂隠れの忍にならないか」

 数秒遅れ、鬼鮫が「はい?」と変にうわずった返事を返した。

「冗談でしょう」
「真面目な引き抜きだ」
「真面目な冗談ですか?」
「大真面目の本気だ」

 鬼鮫はあからさまに眉をひそめ、警戒心をあらわにしている。

「どういうつもりです」
「曲解せず、言葉通りに受け取ってくれ」
「言葉通り? ……まさか本当にこの里の忍になれと言っているんですか」
「ああ」

 信じられない、というような目。俺が鬼鮫の立場だったら、きっとこれ以上に奇怪な顔をしているに違いない。

「寝返った裏切り者として一生を送れと?」
「お前のほうが裏切られてもなお言うのか。このままだと豚の代わりに処刑だぞ」
「…………。アナタが裏切らないという保証はないじゃないですか」
「お前を引き入れて、お前が裏切らないという保証もない」
「ではなぜ私を引き入れようと?」

 裏はなく、本当にそのままの意味で。

「必要だからだ」

 そう言った。

「……答えになっていないですよ」
「俺たち風の国は、国の大きさで大国と言われてはいるが、5大国の中では戦力的に最弱と言っても過言ではない。そんな砂隠れには、戦力が、仲間が必要だ」
「…………」
「いつか忍の世界は1つになる時が来る。その時代を先取りするだけだ。それまで砂隠れを衰退させるわけにはいかない。だから俺は、敵であっても引き抜いて仲間へ引きずりこむぞ」
「……なぜ私なんですか。捕虜なら他にもいるはずでしょうに。アナタの真意がわかりかねます」
「わからなくてもいい。ただ、少なくとも。『俺』が砂にいるかぎり、霧隠れよりは良い待遇だぞ」

 飾ることなく言えば、だが。俺のほうが一方的に鬼鮫を知っている、という薄っぺらな理由で鬼鮫を選んだにすぎなかった。その理由を話せば頭のトチ狂った奴だと思われるだけだ。

「――仲間を殺すこともないしな」

 今、鬼鮫が仲間殺しを行っているのかはわからない。
 しかし、仲間殺しなんてものがなかったら、もしかしすると仲間想いの男へ成長を遂げていたのではないだろうか。

「砂に来い」

 ――きっと、木ノ葉に生まれてガイやダイと共に過ごしてみるのが一番いいのだろうが。
 生憎、俺は砂隠れだ。それに、ガイに加えてダイもオビトと共に旅をしている。

「もう1度言う。お前が必要だ」

 仲間殺しの点では、イタチもこちら側へ引き抜きたいが――サスケがいる限り難しいだろうな。それに、どれだけイタチが若い年齢であったとしても、イタチには勝てる気がしない。常に全盛期で、負けている姿が想像できないのだ。

 だが、鮫肌を持っていない鬼鮫ならば。
 今のうちに引きこむことも、イタチよりはやりやすいのでは、と思った。
 これから増えていくであろう暁の人員を減らすこともできる。

「なんなら俺に洗脳されたことにでもしといて、どうしても霧に戻りたくなったら『洗脳が解けた』とでも言えばいい」

 牢屋の格子を右手で握る。
 ――必死だった。

「俺のことを常に裏切るつもりでもかまわない」

 引きこむための言葉は底をつきた。
 俺は言葉を言葉で飾るのは得意ではない。しかし、告げた言葉は薄っぺらい理由だとしてもすべて心からの本心だ。

 あとは、鬼鮫の言葉を待つのみだった。

 鬼鮫が首を少し曲げ、頭をたれる。自分に利益があるかどうか思慮に思慮を重ねているのだろう。俺は鬼鮫が口を開くまでじっと待った。

 ひたすらに待っていたが、ついに鬼鮫が顔をあげてこう言った。

「では、証明してください」

 ――と。

「……証明?」
「ええ、証明です。――殴り合いで」


 収容所の広場にて、前代未聞の事態が起こった。
 捕虜を引き抜くため、砂の忍と捕虜で1対1の殴り合いが行われることになったのだ。

 監視員には脱走ではないことを説明し、証明づけるため数名の監視をつけてもらった。

 鬼鮫は捕虜なので武器など持っていない。忍術を使うには、広場は狭すぎる。
 その結果、鬼鮫の提案した『男と男の殴り合い』ということになったのだ。

 俺は体術があまり得意でない。それでも、この殴り合いは絶対に負けるわけにはいかない。

「なんでも、一流の忍というものは拳を1度交えただけで互いの心の内がよめるそうですよ」
「それでこの殴り合いか?」

 各国で有名なんだな、それ。じゃないとサスケも知りようがないか。

「ええ。アナタが一流かどうか見極めさせてもらいましょう――か!」

 言い終わる前に、左の頬へ鬼鮫の拳がめりこんだ。
 左頬を押さえてよろめきながら体勢を整える間、休むことなく拳が流れてくる。見切った次には鈍い衝撃が脳を揺らした。

「ぐっ……」

 開き曲げた足で踏んばり、気絶しそうになりながらもすぐに右手へ力をこめる。
 その右手は、肘を曲げたまま吸いこまれるように鬼鮫の左頬へ衝突した。口内を切ったのか、鬼鮫の唇へ薄い赤が垂れている。
 よろめいた鬼鮫を足で払い、倒れかけたところでみぞおちへ左拳を刺した。

 一瞬、鬼鮫の動きが止まった。
 しかしすぐに地面へ手をつき、逆立ちの状態から俺の頭を両足ではさんで軸にし上半身を起こす。

 ――景色が反転。俺の頭は挟まれた足によって地面へ落とされていた。
 視界のぼやけを気にする暇もなく地へつけた手で体を支え、勢いよく鬼鮫の腹に蹴りを入れる。鬼鮫の足は地面と摩擦し砂埃を立て、後方へ滑るように下がった。

「体術は得意じゃないんだ」
「確かに、心得はないようですね」
「それを言うなって。気にしてるんだ――ぞッ!」

 殴っては殴られ、蹴っては蹴られ。
 振りかざす拳は宙を掻き、力んだ足は空を切る。
 口内の肉を歯がえぐり、裂けた皮膚から血が滲み、ほんのり赤の混じった汗の粒を散らしながら、打った頬は紫の斑点を映す。

 そうして殴り合いは数十分も続いた。

 お互いの顔が腫れボロボロになり、棒のように地へ倒れこんだとき。
 決着はつくことなく、スタミナ切れで殴り合いは終結。

「引き分けだな」
「そのようですね」

 俺も鬼鮫も、肩で息をしながらそれぞれ口にした。

 鬼鮫が息を切らしつつ、這いつくばるようにして起き上がる。
 倒れている俺へと近づき、背中を少し屈ませて右拳を差し出した。

「……いいのか」

 鬼鮫はなにも答えなかった。

 俺は左手を上へあげ、差し出された拳へこつんと小さくぶつける。
 今度は俺も、口を開くことはなかった。




 さあやってまいりました、恒例のにらみ合い対決!
 初手、3代目風影。いつも以上に強烈な睨みをきかせており、もはやガラの悪いおっさんにしか見えません。
 続きまして俺。風影のあまりの睨みっぷりに怯んでおります。まさに蛇に睨まれた蛙。いや、サボテンです。

 ――なにをバカなことをやっとるんだ俺は。ふざけている場合か。

「小僧。前回ならはまだ理解が追いつく。だがな――今回はあまりにも理解不能だ」

 風影の執務室で、例のごとく俺は風影と2人でにらめっこ大会を開催していた。またいつものかと付き人が呆れている。鬼鮫は捕虜の身なので、正式な許可を得るまでは牢に入ったままだ。

「……俺も風影様の立場だったらそうなると思います」

 腫れた頬のおかげで声をこもらせながら、俺は言った。

「わかっているならば! なぜ! 毎度毎度!!」

 さすがの風影も叫ばずにはいられないようだった。
 いつか『砂隠れの引き抜き男』なんて言われそうだな。

「『鬼鮫を砂隠れの忍にする』だと!? あれは霧隠れだぞ! ふざけるのもほどほどにしろ!!」
「本気です。これ以上ないほどに」

 風影の怒りはよくわかる。よくわかるからこその粘りどころだった。

「正規ではなく傭兵としてでも構いません。鬼鮫は絶対に砂の戦力になります。必ずです」

 まっすぐ、迷いなく風影を見る。

「お願いします」

 足を折り、床に頭がつくのではないかというくらいに深々と土下座をした。

「小僧。なぜそこまでして奴を引き抜こうとする。あいつは河豚鬼のために売られたような奴だぞ」
「……確実な戦力が欲しいからです」
「嘘をつけ。貴様、それだけではあるまい」
「…………すみません」

 その謝罪は、風影にすら言えないという意味でもあった。
 それを理解したのか、風影は今までにないくらい大きなため息をついた。

「いくら小僧でも、もし干柿鬼鮫が裏切れば――奴だけでなく、お前の首も飛ばすぞ」
「…………」

 鬼鮫が裏切れば即、俺は重罪人になるということだ。

「いいのか」
「……それでも、構いません」

 俺が風影の弟子になった動機は『生きたい』からだ。そんなもの、生死を彷徨う立場になれば誰でも『生きたい』と言うだろう。わかっていて『生きたい』と告げたのだ。
 それすら自らで覆すほどの、揺るぎない覚悟――いや、もはやこれは『意地』であった。

 長い長い沈黙のあと。
 ため息とともに、「好きにしろ」とすっかり諦めた様子で風影が言った。

 ――っしゃあ!

「ありがとうございますッ!」

 すっくと立ち上がり、風影に向かって深々と頭を下げた。

「本当にお前は予測不能なことをしでかしてくれる……」

 こうして、鬼鮫は捕虜から解放。傭兵としてではあったが、砂隠れへ雇われることになった。


 鬼鮫はまず俺の家で過ごすことになっている。
 ――元霧隠れ。砂隠れには、霧隠れに家族や仲間を殺された者が少なからずいる。マキもそのうちの1人だ。そのため受け入れられるまで暫く匿う目的もあるのだが。捕虜であったため金がないのだ。俺が無理を言って引き抜いたので、稼ぐまでの間、俺の家を使わせてやるべきだろう。
 というわけで、俺の家へ鬼鮫を連れて帰ったのだが。

「…………」
「…………」

 ――無音。
 無言ではなく、無音。

 説明を行おうとした矢先にこれだった。
 静寂に包まれた空間をどうにかしようと、とりあえず口を動かす。

「……ヤマト。急な話ですまない」

 感動の再会とは真逆に、虚無たる初対面とでも言えばいいのだろうか。
 鬼鮫のほうはそうでもなさそうだが、ヤマトがかなり警戒している。縄張り意識か。

「あー……。隠してもアレだしな。こいつは鬼鮫。額当てはつけていないが元霧隠れだ。俺が砂隠れへ無理矢理引き抜いた。もちろん『正規の砂忍』ではなく『傭兵』としてだが、基本的には俺の下で動いてもらうことになっている」

 主に暁に関しての任務や、豚を再度豚箱へ送るための任務へついてもらうことになるが。
 ――だって鮫肌欲しいじゃん。せっかく一時的に砂隠れが鮫肌を所持していたのに、金もらったからって返したからなあ。手に入れ次第もちろん鬼鮫に与えるが。

 警戒を解くことなく、「でも霧隠れの忍でしょう」とヤマトは言う。

「霧隠れの豚を豚箱へぶちこまなければならないので。豚を拷問にかけるには、霧より他里にいるほうが都合がいい……」

 くつくつと笑いながら鬼鮫が言った。

「……というわけで、しばらく気は変わらないと思う」
「『しばらく』って。『しばらく』って! 明らかにヤバイ人じゃないですかァー!!」

 ヤマトが必死に叫んでいる。ヤマト、お前も恐怖による支配は嫌いじゃないだろ。
 鬼鮫の奴、拳を交えてもやはり悩しかったようで、最後の最後まで苦悩していたようだが、この様子だといろいろと吹っ切れたんだろうな。

「まあ、大丈夫だろ」
「どこがですかァ!?」
「鬼鮫が裏切ったら、俺の首落とされることになってるから」
「え、は……」
「な? 安心だろ?」
「いや逆に安心できないですよ!! っていうかどこらへんに安心できる要素があるんですか!?」
「そう言うなってヤマト。鬼鮫は住居を得るまで俺の家で暮らしてもらう。急な話ですまないとは思っているが……それまで仲良くやってくれ」

 なんだかんだ、うまくやっていけると俺は思っている。勝手だとは承知しているが。

「でも、裏切ったら兄さんも処刑って……!」
「なんだ、そっちのほうが心配なのか?」
「…………」

 うつむいて不満そうにするヤマトの頭へ、ぽん、と手を置いた。

「ヤマト。死なねぇよ、俺は」

 もう1つの手も頭に置き、両手でヤマトの頭をがしがしとかき回す。

「うおりゃああ~! 風遁・つむじかぜ~!」
「うわああ~!?」

 ヤマトの髪は乱れに乱れ、大爆発を起こした。
 そのおかげか、次第にヤマトは緊張がほぐれたらしい。最後には諦めたように笑っていた。