砂隠れは繁栄しました   作:布団玉
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8. リュウ

 この日、里中がお祭り騒ぎであった。

「ヤマト、鬼鮫、起きろ! 今日は就任式だ!」

 3つに並べた布団をはいで、共に寝相のいいヤマトと鬼鮫を起こし、朝ごはんを食べ支度を済ませて忍者学校まで走った。すでに辺りは人混みであふれ、どこもかしこも入る隙間がない。俺はまたヤマトと鬼鮫を引きずり回し、忍者学校の展望台がよく見える建物の上、特等席へと陣取った。

 そう。今日は4代目風影の就任式が行われるのだ。
 年齢的なものもあるが、羅砂の様々な功績などが評価され、ついに羅砂が4代目風影に任命された。3代目も羅砂を強く推し満了一致の結果であったという。

「では登壇願おう」

 展望台で民へと語りかける風影が、腕を伸ばし手のひらを表に向けて羅砂をさした。

「これより4代目風影に就任する男! 羅砂だ!」

 わあわあと歓声が里中へ響き、思い出したように指笛の音が飛ぶ中、羅砂が展望台の先へと歩いて堂々と立った。
 様は難癖をつけようもなく堂々としているのに、遠目だからだろうか、羅砂は少し浮かない表情をしているようにも見えた。
 就任式の様子をじっと見ていた鬼鮫がつぶやくように言う。

「祝い事にしては……4代目風影、もの憂げな顔にも見えますが」
「鬼鮫にもそう見えるのか。ヤマトはどう思う」
「ボクにも少し」

 俺だけが勘違いしているというわけではなさそうだ。
 ――なにかありそうだな。就任式が終わったら後で様子を見に行ってみるか。


 就任式も終わりヤマトと鬼鮫を家まで送ったところで、俺は疑問を解消すべく羅砂の家を訪問した。
 こんにちは、と声を上げてドアを強く叩く。すると、どたどたと忍らしくない足音が近づいてきたかと思うと、壊れる勢いでドアが気持ちよく開いた。

「サボテンくうん! 生まれましたあ!!」

 羅砂の家から夜叉丸が生まれたとでもいうのだろうか。そんなことを考える俺にかまうことなく、夜叉丸が肩をつかんで揺さぶる。

「やしゃ、ま、る」

 俺は2度目のマーブル模様を堪能した。2度と堪能したくはなかったが。
 ――なんで夜叉丸が羅砂先生の家にいるんだ?

「生まれたんです、生まれたんですよお!」

 がくがくと揺れている俺にかまわずなにが生まれたのかも教えてくれないまま、夜叉丸はなおも肩を揺さぶり続ける。揺れ続ける視界に、目の前にいるはずの夜叉丸の顔を見ることすらままならない。

「やしゃま、る! くびが! くびがァ!」
「あ、スミマセン……。つい興奮しちゃって……」

 ――なんなんだいったい。感情が高ぶったら俺の肩をつかんで頭を振る儀式でもあるのか。

「俺は軟体動物じゃないから勘弁してくれ……」
「えへへ、ごめんなさい」

 やっとのことで肩を放した夜叉丸が、照れ笑いをしながら頬を掻く。

「で、いったいなにが生まれ――」

 はたと、夜叉丸が興奮しているということは夜叉丸の身内ではなかろうかと思い浮かべた。

「もしかして、羅砂先生と加瑠羅さんの?」
「ええ! 先生と姉さんの!」

 それを聞いて、俺はやっと夜叉丸の興奮を理解した。羅砂と加瑠羅の子供ということは、つまり。

「な、名前は!?」
「テマリ様です!」

 ――テマリが生まれたか! もうそんなに時間が経っていただなんて、信じられない。

「いいから来てください! さあ、さあ、さあ! 今からサボテン君とバキ君の所へ行こうとしていたところなんです!!」

 こんなにハイテンションな夜叉丸は見たことがない。姪が生まれたことがそれほど嬉しいのだろう、なんとも微笑ましい光景だった。
 俺は夜叉丸の手に引かれ、道中でさらにバキも巻き込み、珍しく夜叉丸が引っぱったまま俺たちは病院へと連れていかれた。


 白い病室のベッドには加瑠羅が横になっていた。そのすぐ側で、白い布にやさしく包まれた小さな赤子が寝息を立てて眠っている。隣には、それを見守るように羅砂が立っていた。チヨバアもいたが、ワシはこれで帰るでの、と言い残して帰ってしまった。

「羅砂先生! 姉さん!」

 夜叉丸がまた興奮状態になりかければ、羅砂が口に人差し指を立て「静かに」と言った。すみません、と謝ってから夜叉丸は羅砂に質問攻めをし、それにバキがときどき口を挟みながら、穏やかな時間が過ぎてゆく。
 ――はたから見れば、穏やかではあるが。
 俺は、羅砂の目の下にうっすらと隈が浮かんでいるのが気になって仕方がなく、会話どころではなかった。作ったような笑顔のどこかに、中年のような哀愁がひっそりと漂っている。

 結局、夜叉丸とバキが帰った後も俺だけは病室に残った。
 意を決して、羅砂に声をかける。

「お話があります」

 羅砂に向かって真剣なまなざしで言った。

「――人柱力についてです」

 羅砂の耳へしか聞こえないよう近づいて小声で口にすれば、ピク、と眉が反応する。

「……場所を変えよう」

 羅砂の提案で、俺たちは病室を出て病院の白いベンチへと腰かけることになった。熱い気温の中、ベンチは木陰に置かれ、直接日が当たることなくゆっくりと会話のできる場所である。

「突然すみません。ですがこれだけは聞いておかなければならないことだと思ったもので」

 羅砂が「オレの研究についてか」と言ったので、俺は「ええ」と返した。
 羅砂は人柱力の研究を行っている。それこそ、他里に後れを取らないためであるとは分かっているが――

「どうしても、自分のお子さんへ守鶴を憑依させるおつもりですか」

 やはり、これが気になった。
 羅砂は口を真一文字にして次の言葉を考えあぐねている。

「……里のため、国のためだ。他里が人柱力を保有している以上、我々も動かなけばなるまい」

 羅砂は真面目だ。冷静でいて堂々と――しているように見えて、プレッシャーに酷く弱い。胸の内を隠すように腕を組む動作がその証拠だ。いい意味でも悪い意味でも一途であるこの男は、心の底から里の事を想っている様子ではあったが、それ故に今後脱線していくことになる。このまま歪み続ければ悲劇が生まれてしまうだろう。

「人柱力は国の大切な兵器。他国とのパワーバランスを保つためには、人柱力の存在は絶対だ。尾獣を保有しているだけでは意味がない」

 尾獣は人柱力という器に入っているからこそ力のコントロールが可能となり、力を暴走させずに済んでいる。
 ――だが。

「尾獣と人が分かりあう未来も、あるかもしれません」
「尾獣と人が分かりあう? なにをバカな。あれは人知を超越したものだ、我々のようなちっぽけな人間と分かりあえるはずもないだろう」

 だからこそこの世界の人間は尾獣を封印しようとする。

 人は得体のしれない存在に恐怖を感じる。でなければ生命の危機に直面する可能性が高いからだ。
 ビーやナルトも人柱力であり、得体の知れないものが自身の腹の内へあったからこそ尾獣と分かりあうことができた。もしも2人が人柱力でなかったら、尾獣と分かりあえなかったかもしれない。

 しかし尾獣たちも人と同じように『対話』ができることを知ってしまっている以上、尾獣たちの意志を無視するわけにもいかない。もちろん、人柱力たちの誤解と迫害もなんとか片をつけたいところだ。あわよくば味方に引き込むことができないかとも考えている。

「尾獣を憑依させるのに、他人の子供を使うわけにはいかない。だからといって自分の子供へ憑依させることも――正直に言って身を焦がす思いだ」
「ではなぜ……」

 無表情であるはずなのに、その目は寂しげとも、悲しげともとることができた。

「お前だ、サボテン」

 ――え?

「お前は木ノ葉の子供を連れて帰ったと思えば、霧隠れの忍まで連れてきた。それこそまるで初めから仲間だったかのように、蔑むことなく自然に受け入れている」

 ――ああ、しまった。

「それは……俺は我が身が可愛い故に動いているだけであって――」

 その事実に変わりはない。それらしい口実を見つけては、ほとんどエゴで動いているのだ。

「そうだとしてもだ。オレの子供が人柱力だろうと、お前なら偏見を持たず接してくれるような気がした」

 それはまた、俺も買い被られたものだ。俺の場合は『知っているから』偏見を持たずにいられるのだ。もしも知らぬままだったら、きっとこの世界の人間のように人柱力へ偏見を持っていたはずだ。それこそ、迫害だってしていたかもしれない。

「これは賭けなんだ。オレの、そして里の――未来がかかっている」

 膝へ肘を置き、口元で手を組んで羅砂が言う。
 羅砂の里を想う心は人一倍だった。それをよく理解していたからこそ、風影も羅砂を4代目へ推薦したのだろう。

「……子供を賭けごとに使うのは、賢明ではありません」

 俺の考えがこの世界でどこまで通ずるのかも分からない。
 尾獣に関しては、ナルトやビー、そして尾獣たちが語りかけなければ一生分かりあえないかもしれない。


「ならばどうしろというのだ!!」


 突然、羅砂が腹の底から絞り出すように大声をあげ、立ち上がった。

「オレは砂金を集めることでしか里へ貢献することができていない! そんな奴が風影になってどうする!? 里を衰退させてしまうだけだ! だいたい、オレが風影になっていること自体が間違っている! オレは3代目風影様と違ってカリスマ性もない、最強とうたわれるような強さもない! 凡人なんだ! オレは……。オレは――ッ」

 喉の奥へ詰まっていたものを一気に吐き出すように、思いのたけがどんどんあふれ出てきている。しかしすぐに口を歪ませ眉をひそめて、ため息を吐いた。

「ああ、なにを……クソ……すまない。就任したばかりだというのに、部下に当たってしまうなんて……どうかしている」

 片手で顔を覆い、気持ちを落ち着かせるためか再度ベンチへと腰かける。

「いえ、気になさらないでください。誰しも精神的に参る時くらいあります。それを吐き出さないことのほうが問題です」

 この様子から察するに、羅砂自身も気づかぬ内に爆発寸前だったということだろう。

「よろしければ、吐き出してみませんか」

 自分よりも年下で、しかも部下にさらけ出すなどかなり勇気のいることだとは思うが、きっとこれは加瑠羅にも言えないことなのだろう。破裂する前に空気を抜かなければ身近な人間も巻き込まれてしまう。

 しばらくだんまりとしていたが、重く閉ざされた口を開き「オレは」とぽつり、胸の内を明かしはじめた。

「ただひたすらに努力して、いつも見えない誰かと闘っていた。自分の期待に、誰かの期待に、里の期待に応えられるよう……。上を見れば数えきれないくらい優秀な忍がいた。俺はただ、彼らと同じ土俵に上がりたかったんだ。しかし……忍として、頭の仕組みも、体の仕組みも、オレは天才のそれではなく、飛び抜けているわけではなかった。努力だけでは天才に追いつけなかった。だが、ここまできて諦めるわけにはいかなかったんだ」

 天才、奇才、鬼才、秀才。このうちのどれかだとしたら、羅砂は秀才に分類されるのだろう。

「4代目風影に任命されたときは努力が認められたのだともちろん嬉しく思った。しかし――他国の影と比べて、オレはどうだ? 3代目様に劣る磁遁や砂金を外せば、オレには人柱力の研究しか残っていない。身近になったとたん、なにもかもが……遠く。すべてが蜃気楼のように思えた」

 俺は、羅砂の話にじっと耳を傾けた。

「オレは『劣化品』なんだ。3代目様のように『影』の名を語るにはあまりにも遠い……。だからオレの子くらいは、里の希望であってほしいんだ――」

 自分の夢を叶えることができなかった親が、かつての夢を子へ託す状況に似ている。
 羅砂は十分にやっていると思うが、この場合本人が認めていないので肯定してやるわけにもいかなかった。
 ゆっくりと、丁寧に、興奮させないよう、されど対等に語りかける。子供への目線だと、それこそ相手をバカにしていると思われること間違いない。

「羅砂先生はいつも上を向いていらっしゃる。上へ上へ向きすぎて、下を見ないようにしてまでも」

 下を向き続けて地の底まで落ちるよりは、上を見るほうが良いとは思う。1度地の底まで落ちてみるのもありだが。しかし何事にも限度というものがある。

「少し、顔を下げてみませんか。上ばかり見ていたら、下の小さな石ころにもつまづいてしまいますよ」

 風影になったからにはあらゆる『責任』が重くのしかかる。忍の命、里民の命、国民の命。そして里の未来。真面目な青年が完璧主義にとらわれ、プレッシャーに押しつぶされてしまうのも必然的なものだった。

「オレは――」

 贅沢な悩みではあるが、簡単に解決できる悩みでもない。それこそ、その立場にならないと分からないことが沢山あるだろう。

「羅砂先生。加瑠羅さんは『風影候補』としての先生を見て、先生を好きになったのでしょうか」
「――!」
「そんな風には、到底見えませんでしたが」

 実力と精神は、必ずしも一致しない場合がある。例え奥底にどれだけポテンシャルを秘めていても、1度潰れた精神はそう簡単に戻ることはない。

「申し訳ありませんが、俺が思うに、先生はお世辞にも精神が強いとは言えないようです。自覚は、きっとしていらっしゃるでしょう。ですが加瑠羅さんは、それでも必死に里を想う先生をそばから支えたかったのではないでしょうか」

 羅砂は、人をじらすみたいにゆっくりと首を下へ垂れた。

「大切なものほどすぐそばにありますよ。離れているわけではありません。近づきすぎて見えなくなることもあります。加瑠羅さんは、ありのままの先生を好きになったはずです」

 我愛羅の砂がそれを物語っている。

「ですが、加瑠羅さんのお腹に尾獣を憑依させてしまえば、そんな加瑠羅さんが亡くなってしまうかもしれない。生まれたお子さんも――人柱力になれば、これから並み以上の苦労を背負わせてしまうことになります」

 俺は一拍あけて、「それでも人柱力を生み出そうとするんですか」と言った。

「それでも、やはり……誰かが人柱力にならなければ、他国と格差が生まれてしまう。今さらやめるわけにもいかない」

 やはり、羅砂は人柱力の研究を捨てる様子はないようだ。

 この世界の人柱力と尾獣の現状を打破するには、人柱力問題を避けて通ることなどできない。
 ――誰かがやらなければならない。誰かが割を食わなければならない。

 俺は、どうするべきだ?
 黙認か? 無理矢理にでも研究を中止させるべきか? 事の有様を傍観すべきか?

 ――ミナトはナルトへ未来を託した。そしてある種の賭け事は成功した。俺はそれを見習うべきなのか?

「どうしても、というのならば」

 俺は、ついに腹をくくった。

「約束してください。加瑠羅さんの命が危なくなったとき、加瑠羅さんを守りきると。生まれた子供のことを、絶対に蔑ろにはしないと」

 それは、己の内にある事実を秘め、羅砂と共に罪を背負うという意味でもあった。
 親の愛情は精神を安定させるためには必須のものだ。この世界、特に砂隠れや霧隠れは親の愛情が薄い。もし我愛羅が精神的に不安定となってしまっても、時間はかかるだろうが、親の愛情と周りの支えさえしっかりしていればきっと寛解していくはずだ。我愛羅だって風影になることができた。頭が治しようもないほど壊れているわけではないのだ。

「俺も先生のお子さんを見守ります。なんなら、専属にもなりますよ。もちろん給料を弾んでくれたらですけど」
「はは、がめつい奴め」
「戦地に行かなくてすみますし」
「さてはそちらが本音だな?」

 無事に我愛羅が生まれたとしても、加瑠羅が生きているかどうか――。
 加瑠羅が亡くなったときのことを思うと、羅砂や夜叉丸の顔を想像しただけで心臓に針が刺し込まれるようだった。
 それにテマリやカンクロウも、きっと途方もなく悲しむはずだ。

「愚痴を聞かせてしまってすまなかったな。少しだけ荷が下りたような気分だよ」
「それはよかった」

 悩みや問題を解決したわけではなかったが、羅砂の顔色は先ほどよりも血の色が戻っていた。






 ある日の朝、自宅にて。

「兄さん。やっぱりボクはおかしいと思うんです」

 床に這うトカゲを見てヤマトが言った。

「トカゲは前脚が翼に変化したりしません」

 俺が拾ったトカゲ、マジロウとバッシー。2匹の体はぐんぐんと成長し、しかし成長しすぎているほどだった。さらにトカゲではあり得ないが、前脚が『翼』に変化している。
 鬼鮫が初めて気づいたとでも言いたげに「トカゲだったんですか」と口にした。「かつてはトカゲだった」と返せば、鬼鮫が「風の国の生態系はよく分かりませんね」と眉間にしわを寄せる。――奇遇だな、俺もだよ。

「月日が経つにつれて、かなり体も大きくなってきていますし。この成長速度は尋常じゃないです」
「連れてきた時は手のりサイズだったんだけどなあ」
「これ、本当にトカゲですか」
「風影様もトカゲだと言っていたから、間違いないとは思うが……」

 おいで、と手を差し伸べれば2匹が前脚を羽ばたかせて飛んだ。
 ――飛んだ。こいつら飛んだ。トカゲが空を飛んだぞ。

「なんですかこのトカゲ!! なんですかこのトカゲ!?」

 ヤマトが異星で宇宙人を発見したような表情で2匹を見た。
 飛びついたマジロウが俺の顔を覆うようにへばりつき、バッシーが背中におぶさる。

「……シュールですね」

 鬼鮫がなんの感情を込めることなく言う。
 ――それは俺も思ってるんだよ。

「なにも言うな。なにも……」

 あの時、風影は確かにトカゲだと言っていた。ならば風影に問いただすべきだろう。

 マジロウとバッシーを体にひっつけたまま家を出て、俺は早速風影室へ向かった。

「風影様ァ!」
「なんだ?」

 扉の向こうには羅砂がいた。
 ――そうだった。4代目に就任したんだった。

「すみません間違えましたァ!」
「そうか」

 そのまま何事もなかったかのように扉を閉め、3代目の家へと向かう。
 閉めた後、「なんだあれは!?」と数秒遅れて羅砂が叫んでいたが、気にすることなく3代目のところへと足を進めた。


 マジロウとバッシーがくっついていることで地味な修行になりながらも、3代目宅へたどり着いた。3代目へトカゲを見せ、どういうことだと詰め寄れば3代目が「そうなったか」と意味ありげに言う。

「オレの口寄せ動物もトカゲでな、見せてやろう。だがここでは出せん。広い場所へ移動するぞ」

 ――トカゲだろ。なあ、トカゲだろ。3代目が出そうとしているものはトカゲなんだよな。なんで室内で出せないんだよ。

 突っ込めば倍返しが待っているため突っ込むに突っ込めず、腑に落ちない気分のまま俺は3代目と共に広い砂漠へと足を運んだ。十分な広さのとれたところで、3代目が右手の親指を噛みトカゲを口寄せする。

「口寄せの術!」

 血の術式からは、白い煙をまとって黒い『なにか』が現れた。

「は――」

 ――見上げるほどの背丈。
 全身は砂鉄のような淡い黒。開いた口からは鋭くとがった歯がのぞき、前肢からは蝙蝠のような翼が生えている。細い脚背の鱗が荒々しく逆立ち、前脚を上げてその翼を勇ましく広げれば、神々しく太陽に透けて地に影を落とした。
 荘厳たるその姿は、されどどこかこの世界へ適応する『緩さ』を兼ね備えている。

「3代目様――」

 もう、我慢の限界だった。言わずにはいられなかった。

「――『竜』ですよね?」

 龍ではなく、竜。ワイアームではなくワイバーン。

「いいか。オレのクロガネは『トカゲ』だ」

 即答された。

「……竜、ですよね」
「トカゲだ」
「竜――」
「トカゲだ」

 竜と書いてトカゲと読む、とでも言いたいのかこの人は。小粋なジョークでもなさそうだ。
 この世界ではそもそも喋る動物がいたり、尾獣が強大な力を持っているからして、こういう進化を遂げることもあり得るかもしれないが。それにしてもだ。もうなにが忍者でなにが忍者ではないのか分からなくなる。

「…………。やっぱり竜ですよね?」
「ト、カ、ゲ、だ」

 頑なにトカゲだと主張したいらしい。

「この竜――」
「トカゲ」
「――このトカゲですが、どうしてこんなことになったんですか?」

 通常のトカゲではまずあり得ないであろう大きさ。それに加えて、翼。どこをどう遺伝子改造すればこうなるのか。柱間細胞でもこうはならないぞ。アレはアレで顔が埋め込まれているから気持ち悪いが。

「オレにも詳しいことは分からんのだがな、どうにも自然エネルギーを取り込み細胞へ蓄積しやすい体質だとこのようになってしまうようだ」
「仙術のようなものでしょうか」
「いや、違う。それほど崇高なものではない。――が、小僧のトカゲも、クロガネと同じように突然変異したものだろう。拾った2匹が共に変異するとはオレも想定していなかったが」
「では、クロガネと同じようにこんな巨体になってしまう可能性があるということですか?」
「十分にあり得る」

 ――これほど大きくなれば、俺の家の天井が常に風通しのいい匠的空間になってしまうではないか。

「部屋で飼えなくなりますね」
「確かに、もう砂隠れで飼うことはできまい」

 家に来た頃は手のりであんなに可愛かったのに、どうしてこうなったんだ。いや、竜は竜でかっこいいが。ニンジャはしていない。――アサシンか。砂隠れの忍はアサシンなのか。3代目はアサシンだったのか。

「俺のマジロウとバッシーも、本当にクロガネのようになってしまうんでしょうか」
「どれほど成長するかは分からないが、この様子であればなおも成長し続けるだろう。砂隠れから遠く離れた秘境のオアシスにはトカゲらの住処があるから、そこへ連れていってやるべきだな。クロガネもそこへ置いている」

 曰く、巨体になるにつれ口寄せのためのチャクラ量も変わってくるとのこと。半端な大きさならば少ないチャクラ量で呼び出すことができるが、もちろん強さも半端なものだ。そういったトカゲたちは、主に移動用として口寄せするという。
 クロガネのようになるまでには流石に時間がかかるようだ。しかしクロガネは未だミリ単位ではあるが緩やかに成長を続けているらしい。
 ――この人なんでサソリに負けたんだ。

「実のところ、他の口寄せ動物とは違い戦闘面ではあまり期待できんのだがな。図体がでかいだけだ」

 確かに、元が小さなトカゲであったならばそうかもしれないな。

 ――あれ、そういえば。
 俺はふと思い出した。3代目にトカゲを見せた時、種類も性別も言い当てられたが、まさか。

「3代目様」
「なんだ」
「もしやその『住処』にいるトカゲたちは、3代目様が飼っているものでは……」
「…………なんのことだか」

 ――ためた。ためたぞこの人。

「……まあ、お前のチャクラ量なら十分口寄せできるだろう」

 ――はぐらかされた。
 あまり追及してほしくなさそうだったので、俺もそれ以上言うのはやめ、3代目の話へのることにした。

「あの、俺のチャクラ量ってどのくらいなんですか?」
「小僧……自分のチャクラ量を把握していなかったのか」
「はい、大まかにしか。自分が多いほうなのか少ないほうなのかまでは……」
「ふむ。ざっと見積もって……オレよりは少ないが、上忍としては十分な量を持っている」
「本当ですか!?」
「たわけ。その程度で浮かれるな」

 つまり体力の続く限り、3代目のような大型トカゲを口寄せすることも不可能ではないということか。ただし俺の場合、肝心の体力面に問題があるが。

「チャクラと言えば、小僧、お前に言っておかなければならないことがある」
「なんでしょう」

 今日はころころと話題の変わる日だな。

「小僧、水遁から流遁を生み出したな」
「はい」
「現在、土遁対策に雷遁の修行を行っているな」
「手ごたえはまったくありませんが、そうです」
「まったく、か」
「ええ。まったくです」

 やはりな、と3代目は手を顎に当て、顎の尖った部分を人差し指と親指でさする。

「どうにもな。お前のチャクラは火や雷に向いていないようだ」
「と、言いますと」
「瞬発力がないということだ」
「瞬発力」

 ――心当たりがある。

「小僧は体術が苦手だろう」
「実は幻術もです」
「褒められたものではないわ。……ともかく。小僧の様子を見るに、チャクラの質自体に問題があるようだな」
「それはつまり――」
「そうだ。今後『火』と『雷』の属性を習得するのは非常に難しいだろう」

 ――それすなわち。

「……体術も絶望的ということでは」

 体術に関しての希望が絶たれたという意味でもあった。

「体術が苦手であろうと生きていける」
「切り替えろってことですね……」

 俺はいったいなんのために雷遁や体術の修行をしていたのだろう。そういうこともある、と3代目は他人事のように言った。

「難しいとは言ったがな、なにもすべてとは言っていないだろう。気体ならまだ残っている」
「――そうか、風遁!」

 気体の希望は絶たれたわけではない。

「ああ。少しでも風遁を扱うことができれば、気体操作への道もひらけるはずだ」

 こうして俺は、雷遁の修行から風遁の修行へと切り替えることになった。

「と、いうわけでだが」

 3代目の言葉でクロガネが翼を広げれば、背へと3代目が軽やかに飛び乗る。その様子を眺めているだけの俺だったが、なにを思ったのか3代目が「来い!」と俺を呼んだ。

「秘境へ向かうついでだ! 小僧! お前に本当の『風』というものを教えてやろう!」

 言われるがまま、俺はクロガネの背へと飛び乗る。


 ――すべてが『風』だった。

 動物の背にまたがって空を翔るなど、経験したことがない。
 風のように地を駆けるのとも、忍者学校の屋上にあるひらけた展望台から景色を眺めるのとも違う。その身が風に溶けていくような感覚。風そのものになって世界を流れていくとき、きっとこれほど心地が良いものなのだろう。

 ――3代目風影の名は伊達ではなかった。
 この人はまさに『風』の名を飾るにふさわしい人物である。羅砂が思い悩んでいた気持ちが少しだけ理解できたような気がした。

 クロガネへしがみつくことに必死で十分に景色を堪能することはできなかったが、ちらりちらりと視界へ入る赤茶色や砂色、果てしない青のドームや千切られた綿をしかと目に焼きつけた。
 ただ、その景色には戦禍の混沌もしっかりと映り込んでいたが。

 悠々とした空の旅も終わりを告げ、トカゲの住処へとたどり着き、マジロウ、バッシーと口寄せの契約を交わす。
 帰る前にトカゲの楽園を堪能しながら、4代目へ就任した羅砂についての疑問をぶつけてみた。

「羅砂先生が風影になる時期は、少し早かったのではないでしょうか」
「影の名に早いも遅いもないわ。早いほど未熟だが、されど早ければより経験も多く積める」
「しかし……」
「……確かに羅砂は弱い。戦力的な意味ではなく、精神的に、だ。だが未熟だからといっていつまでも先送りにしていては、実るものも実らなくなる」

 膝を曲げて地につけたままトカゲと戯れていた3代目が、後ろを向いたまますっくと立ちあがった。

「小僧。お前はこの里が愛しいか」

 はい、と迷いなく答える。
 初めはなぜ砂隠れなんだと思っていた。湯隠れや木ノ葉に生まれることができればどれほどよかったことか、とも思ってしまった。
 だが、今は。
 砂隠れに生まれて良かったと、心の底から答えることができる。

「オレはな、里を守るという口実を並べてはいたが、風影になったばかりの頃は、より強い相手と戦うことだけを影の座へすわる意味にしていた。より強き相手を求め、より自分を高め、ひたすらに戦いを求めた」

 遠く、ここではないどこか、空を見上げながら3代目が続ける。

「――いつからだろうな。『里の未来を見届ける』ことも悪くはないと思ったのは」

 多くを語らず、されどなにも語らないということもなく。
 その後ろ姿が言葉のすべてを飾っている気がした。

「小僧。砂上に建てられた楼閣のごときこの里は弱く、脆く、崩れやすい。オレはそんなこの里がひどく愛おしい。木ノ葉の『火の意志』など馬鹿にしていたがな、馬鹿にしていたオレは確かに『風の意志』を持っているのかもしれん」

 すべての里は木ノ葉から始まった。他の国はみな木ノ葉を真似、一国一里というシステムをつくりあげた。
 風の国に住まう忍たちもまた然り。便利だからと寄ってたかった里は、事の次第では里民全てが『家族』にもなり得る。今、砂はそうなりかけている。

「もし、羅砂がオレの風の意志を引き継げば、次はお前が――」

 言いかけて、止まった。

「いや。お前は多くの民の志を奮い立たせるような奴ではないな。楽しみはとっておくことにしよう」

 そう言って振り向いた風影は、どこか悟ったような表情だった。

 帰りの飛行、2代目水影・鬼灯幻月と2代目土影・無の武勇伝を延々聞かされたので眠りこけていたらクロガネの背中から落とされた。落とされかけた、ではなく、落とされた。後で聞いたら「これも風遁の修行の内よ」と返された。――絶対に違う。






 あくる日。俺は風遁を習得するため、ヤマトと鬼鮫を連れて修行場に来ていた。
 今なら、全身緑のサボテンきぐるみで風遁の修行を行うのっぺらぼうの俺と、それを冷ややかに見つめるヤマトと鬼鮫という珍しい光景を眺めることができる。観覧料は1時間100両。10分ごとに21両追加。

「……どうしてきぐるみを着て修行を行う必要があるんですか?」

 奇々怪々な光景を見かねてか、今まで無言だった鬼鮫がついに口を開いた。

「よくぞ聞いてくれた。これは集中力を高める修行でもあり、暑さに耐える修行でもある」

 自来也のカエルきぐるみのごとく。しかし顔に穴はあけられておらず、顔面は緑ののっぺらぼう。ヤマトと鬼鮫から見ればどちらが前後ろか一瞬では判断しかねるだろう顔の正面を、ぐるりと鬼鮫へ向けた。

「分かるか?」
「いえ、まったく分かりません」

 手の部分の指は作られておらず丸い手であるが、その丸い手を顎に当てる。

「閉鎖空間は集中力を高めるのにちょうどいいからな」
「そういう問題ではなく」
「多少の息苦しさに目をつぶればどうということはない」
「ですから」
「ついでに猫のきぐるみや鮫のきぐるみも作っておいたぞ」
「なにやってんですかアナタは!?」

 ――御覧の番組は戦禍渦巻く第3次忍界大戦時代でお間違えありません。

「ほら、ヤマトは喜んでるぞ。鬼鮫も喜べ」
「わあい猫だー」
「そのヤマトは棒読みなんですけど」
「分かるか?」
「なにがです?」
「これは集中力を高めるだけでなく、敵の戦意を削ぐ目的もあるんだ」
「私は突っ込む気力が削がれていますが」
「やはり成功か……」
「成功の定義をお聞きしたく」
「どうやら俺と鬼鮫の『成功』の定義には隔たりがあるようだ」
「だからこそ定義を聞いてるんですけどね」
「つまり俺は天才。開発の天才なんだ……そして裁縫の天才」
「天才ではなく天災の間違いでは」

 冷淡だが小気味よくツッコミを入れる鬼鮫。そんな鬼鮫の服の裾を、でろんと干からびた猫のきぐるみを腕に抱えたヤマトが数回引っぱり、首をゆっくりと横に振る。

「鬼鮫兄さん、サボテン兄さんに突っ込むだけ無駄ですよ。この人、修行した後や研究した後は頭と体が両方ショートしてわけわかんない行動とるんで」

 いつもは普通なんですけどね、とヤマトが付け足す。『いつも』は余計だ。

「アナタ、大分飽きられてる感じですね」
「慣れていると言ってくれ」

 ほーら元気に育てよー、とヤマトが水やりの術で俺のサボテンきぐるみに水をやっている。きぐるみの足がびしょびしょになった。だから俺は植物じゃないって。
 受け継がれてゆく水やりの意志。いつか鬼鮫にも強引に教え、さらには里に蔓延させるのが目標だ。砂隠れの緑化も夢じゃないな。

「やめるんだ。どうやら俺とヤマトの『植物』の定義には隔たりがあるようだ」
「こうしたら戻ってくるかと思って」
「なに、俺は普段通りだぞ。水をやる必要はない」
「普段通りじゃないから水やってんですよ……。今すぐに頭から水ぶっかけてやりたい気分なんですけど妥協してるんです」
「そう言えば水飲みてぇ……」
「聞いちゃいない」

 すると、鬼鮫が「水を飲みたいなら存分にありますよ」と言いながら水牢の術を発動させた。俺はきぐるみを着たまま水の球へ閉じ込められた。
 ――いつもは術を使う側だが、いざやられた側になると水牢の術が本当に鬼畜な術だと再認識する。

「がぼ」

 しゃべろうとして水を飲み込んだ。

「けっこううまい」
「あ、そうですか。じゃあ死ね!」
「がぼぼぼぼぼぼぼぼ」
「兄さ――――ん!?」

 そうやって2人が俺に対して一方的に水遊びで楽しんでいると、修行場にバキがやってきた。

「おい、サボテ――」

 バキが声を掛けかけた瞬間、見てはいけないようなものを見てしまった時の顔へ早変わり。だが一応こちらへは近づいてきて、俺を指して「サボテンか?」と問った。

「見た目通り」

 ヤマトが言えば、バキがため息をつく。

「お前なあ……水遁使いの殉職理由が溺死などとマヌケすぎだろう」

 とりあえず水牢は解いてやれ、とバキが言えば鬼鮫が術を解いた。水が砂の地へと消えればそこだけが暗い色に落ち、俺はきぐるみのまま地面へ背を打つ。

「頭は冷えたか? ついでだから『風』にも当ってくるといい」

 バキがきぐるみの頭部を片手で鷲掴みにした。

「うわあやめろ! 俺は戦争なんてサツバツとした世界よりもきぐるみの癒しで世界を征服するんだァーッ!!」
「サボテンはオレが責任をもって3代目様のところへ連れていくから安心しろ。そらキビキビ歩けェ!」
「バキイイィィ!! 3代目の所はやめろおおオオォォォォ!!」

 こうして俺はヤマトと鬼鮫に白い目で見送られ、きぐるみの頭をつかまれたまま引きずられていき、3代目に愛の鞭を入れられることになった。全然愛がこもってなかった。ただの鞭だった。

 ちなみに修行として1週間外出時きぐるみ着用令が出された。街行く人から奇異の目で見られるわ、暑さで汗が滝のように流れるわで死ぬかと思った。水遁使いで心から良かったと思った瞬間であった。