砂隠れは繁栄しました   作:布団玉
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前置き:セッカは原作28巻の144Pにいる医療忍者です。


9. 開発街道

 着ぐるみ着用令から、2週間ほど流れただろうか。
 遮二無二、風遁の修行を続けたが、恨むらくは未熟の域を出ない。自身の忍の才のなさにいらだたしさだけが募っていく。
 そうやって、成果のない修行のおかげで息切れを起こしていたが、けれどそれよりも気がかりなことがあった。

 ついこのあいだに胸の内を晒した羅砂の、風影である故の苦悩。
 そして、人柱力について。
 これが、このところ毎日のように頭へちらついている。

 5大国の最終兵器こと人柱力が、五影の近親者や配偶者から選ばれるのにはそれなりの理由がある。
 羅砂もこぼしていたように、他者の子供を兵器として仕立てあげるということは、近親者を生贄とする以上にさまざまなリスクを伴うのだ。よって、どうあっても上役会議で結論づけられた人柱力の選定を覆すことはできない。
 なにより尾獣の暴走を抑制することのできる、あまた忍の頂点であるところの五影、その子供ともなれば、常人を遙かに凌ぐ才能や素質を持って生まれることが少なくとも期待されていた。

 そのように今後、人柱力になることが約束された我愛羅のことを考えると、すこぶる悩ましい。

 先日の独白じみた語らい以降、羅砂の精神面に問題はないようだ。だが、風影襲名による焦燥と、里を弱体化させるわけにはいかないという強迫観念から、いつ精神が際どい状態へ陥ってもおかしくはない。
 加えて、歴史が変化しているとはいえ、このまま行けば我愛羅は暁に殺されてしまうのだ。この未来を完全に消しきれたわけではないだろう。サソリの両親が健在しているので、チヨバアの転生忍術もあまり期待はできない。

 ――さて、どうしたものだろう。

 見守るとはいったものの、未熟児に生まれ、ナルトよりも人柱力として適性のない我愛羅を、現状のまま人柱力にしてしまっても良いものだろうか。
 元々の砂隠れによる分福の扱いからして、我愛羅のみならず人柱力は人とも思われていない節がある。だからこそ自力の信望により認められた者もいるが、砂隠れでそれを愚直に期待するのは危うい。
 歴史が変わることで現時点では順調であるかもしれないが、最悪の場合、本来以上の迫害を受けることになるかもしれないのだ。

 とにもかくにも、砂隠れにおいての人柱力の冷遇は早い段階で脱却させたい。



 そんなことを考えはじめた矢先の、ある日の早朝のことだった。
 重要な話がある、と羅砂に呼び出されたのだ。ついに徴兵の時が来たかと思わず身構えて、受け入れの態勢をとった。
 執務室へと向かう足取りは自然と重くなっていく。風影の執務室の前へ立つと、いったん深く息を吸って、吐きだしてから扉を開けた。

 あたりまえではあるが、そこには羅砂がいた。
 心の中でため息を吐く。ほんのわずかにでも緊張を整える時間が欲しかったので、思わず、どこかへ席を外してくれていれば、などと考えてしまったのだ。

「来たな」

 言いながら羅砂は、執務机の前へ立つよう目配せをする。
 そこへ立った瞬間に「第30班所属サボテン上忍」と、羅砂が俺の所属と名前を呼びあげた。
 すかさず「は!」と短く返答する。

 第30班というのは、羅砂が風影を襲名し隊長を退いた際に割り当てられた羅砂班の通称番号である。

「今回、第30班は後続の忍によって再編制することになり、異動の件でお前を呼びだした。バキと夜叉丸にはすでに話をつけてある」

 ふいに、頭の中がぼうっとしびれて麻痺したような感覚に陥った。
 覚悟していた徴兵よりも、斜め上の宣告だったからだ。

「つまり、解散……ですか」

 ショックを隠したまま平常を装って言うと、羅砂は「ああ」とだけ返した。

 班が解散する。
 俺は今まで、羅砂の後続として第30班を指揮する立場にいた。ところが実際には、3人1組として受け継いだ時から、この班は機能を失いつつあったのだ。
 夜叉丸とバキは別部隊への派遣が多く、すでに上忍の指導能力が求められており、第30班としての活動、任務依頼が著しく減少していた。だからこその解散であるのか。それとなく、羅砂に説明を求めた。

「確かに理由の一部ではある。が、根底はそうじゃない。第30班の3名は、全員が別部隊へ異動することになったんだ。だから解散させるほかなかった」

 続けて羅砂は、バキは戦略を専門とする部隊へ異動したことを告げた。夜叉丸は、直接的には言わなかったが暗部であることをほのめかした。

「2人はすでに異動を終えたんだ。残るはお前のみだろう?」
「……みたいですね」
「お前にはやってもらいたいことがある」

 真剣な目。重々しい口つき。厳粛な物腰。
 それらすべてがあわさって、今、空気がピリリと電気を帯びているような気がする。

「お前には、このたび新たに設置した『技術部』――正式名称『技術研究開発部隊』への異動を命ずる」

 先ほどが右斜め上だとすると、こんどは左斜め上だ。
 異動は異動でも、まさか新設部隊だとは思いもよらなかった。

 おかしい。バキや夜叉丸は既存の部隊へ異動したというのに。これは、俺だけ非戦闘員宣言された、ということになるのではなかろうか。

 現在、古株やベテランなど、使える人間は例外なく戦地へ駆り出されている。だというのに、上忍であるはずの自身は未だ徴兵はされていない。工作活動すらなかった。
 周りが生死をかけて戦っている時になにもしていないというのは、なんとも居心地の悪いものがある。きっと九尾事件時のうちは一族も、こんな居心地だったのだろう。

 徴兵だと思っていたら班解散の挙句、さらには戦力外通告かもしれないとは思ってもみなかった。
 ――考え過ぎだ。
 すぐに邪推をかき消したが、やはりわずかなしこりが残る。

「技術部とは言っても……開発を専門とする部隊ですよね?」
「しかも風影直轄だぞ」

 ――直轄ゥ!

 つくづくさきほどの邪推は思い過ごしだったらしい。

「暗部も直轄のはずです」
「ああ」
「そこまでして必要な部隊だったんですか」

 技術研究開発部隊――名称から察するに、あらゆる術の研究並びに開発を行うための専門機関なのだろう。

 各里にとって、独自の術は里の命に等しい。
 部族が集まってできた国里は、忍という軍隊形式の組織を運用してはいるものの、忍を個人として使役するのではなく、全体で見れば部族単位で役割を振り使役する傾向にある。血継限界を嫌う霧隠れは例外として、貴重な血継限界を持つ部族出身であれば、個人ではなく部族が優先されるのだ。そうやって各部族の術を守っていくことになっている。
 であるから術の開発、継承もおのおの一族、そうでなければ個人で行うが、他者に協力を仰ぐことは滅多に見られない。
 そうやって、忍は術を『共有』するのではなく『継承』していくのだ。共有するのは忍者学校までである。

 そのため、新しい術を開発するための部をわざわざ設置することもなかった。
 必要性がないのだ。様々な部分での情報漏洩にも繋がる、といった理由もある。

 だが、羅砂は部を設置した。
 なぜわざわざ設置したのか、その理由を羅砂が話しはじめた。

「弟子入りでの術継承には限界がある。そうは思わないか」
「確かに、必ずしも師匠の術を受け継ぐことができるとは限りませんね」

 自虐のつもりはないがなぜか自分の発言が心に突き刺さってくる。

 幸運にも俺は師をもつことができたが、まずもって弟子入りすらできない場合もあるのだ。誰もがみな自身に適切な師を得られる、ということは、けっしてない。師匠のいないままひとり孤独と闘いつつ修行に励み、道を究めて上忍にまでのし上がる者や、反面、そのまま消えて行く者もさほど珍しくはなかった。
 俺とて3代目の弟子にならなければ流遁を会得できず、消えゆく者の末路をたどっていたのだろう。それほどに孤独との闘いは険しい。

「おまけに、血継限界以上の血を持つ者とそうでない者の隔たりはあまりにも大きい。努力だけでは埋めきらないものがある。たかだか秘術ではかなわない領域――オレはそれをつくづく実感しているんだ」

 俺も流遁という特殊な術を会得したが、これは風の国に多いとされる『操作系』のチャクラ、さらに水遁から派生した偶然の産物である。血継限界ではなく、秘術と言うほうがより正確だ。
 そんなこともあって俺自身も、羅砂の言うとおりに、己の術と血継限界との隔たりを感じていた。水銀を扱えるにしろ、水銀を自己生成することはできない。可能性はあると3代目は言っていたが、あくまでも可能性なのだ。パクラのように先天性で生まれ持った能力ではない。超えることのできない壁が、確実に、そこにはある。

「もちろん、我々が本当にやらなければならないことは、けっして、彼らの能力を渇望し妬むことなどではない。我々がやるべきことは、彼らの力を守っていくことだろう」

 先日に弱音を吐き、悩みを打ち明けていた彼が嘘のようだった。

「しかしながら……いくら特殊な力をもち優秀であれど戦死しない方が珍しい。戦死した一族の遺体は術の情報が流出しないよう、手の届く範囲は全て焼却処分となる。これでは術を継承しきれない。恐れるべきはそのようにして一族の血が絶え彼らの術が滅びることだろう。人口、人員共に他国より劣る砂隠れにとって、これは致命的なことだ」

 脱皮したかのような意志の強さが、かすかに羅砂の顔つきへ現れている。

「我々は今まで個別に研究を進め、自らの為に術を開発していた。しかしこれら研究者や、特殊な術を持つ一族が最悪絶えてしまった場合、その損失は計り知れない。これに備え、我々砂隠れは将来に投資しなければならないと考えた。その先陣を切るのがこの部隊というわけだ」
「光栄ですね」
「少数精鋭である我が里の忍個人の負担を軽減する目的もある」

 素直に関心した。戦力外通告かと不信を抱いた自分が滑稽だ。

「……というのは表向きの活動計画だ。真の目的は別にある」

 ――マジっすか。

「この部隊の真の目的――それは『人柱力の研究』だ」
「――――!」
「今後、部隊名を名乗らなければならない場合は『第890(ハチキュウマル)班』の名を使用してくれ。この技術部が新設されたことを含めた()()の情報が他里、そして他国へ漏れないようにするためだ。もちろん親しい者全てにもこの名を使用するんだ。いいな?」

 羅砂の声には、有無を言わさぬ静かな気迫があった。

「わざわざ秘匿名をつけるんですか。暗殺戦術特殊部隊ですら暗部という略称のみでしょう」
「そうだ。つまるところは、お前も感づいているんじゃないか」
「この部隊は、非常事態には()()()()()()()()()()……そういうことですよね」
「まさに」

 最高機密の極秘部隊――最悪の場合、発展のため倫理に反した人体実験を行うことになりうる、危険な部隊であるということだ。

「そう構えるな。秘匿名は主に情報漏洩や最悪のケースを危惧してのことだ」

 一転して緊張を和らげるためか、羅砂が威圧感を解いた。

「それはそれとして。今回、お前たちには『封印術』の開発を行ってもらう」
「人柱力を生み出すための、ですか」
「もちろん」

 ――もしかしたら、羅砂は道を誤りかけているのではないだろうか。
 また憂いに包まれそうになるも、すぐさま消散させた。
 羅砂の動向は随時警戒することはもちろんとしてだ。今の羅砂はけっして踏み迷っているようには見えない。むしろふてぶてしいくらいに堂々としている。今は、彼を信じるべきだろう。

「俺以外に編制された忍は?」
「医療班からセッカを異動させて部隊へ編制した」

 思わず「それだけですか?」と聞き返してしまった。すぐさま「それだけだ」と返ってくる。

「実質ペアじゃないっスか!」
「うむ、いや……他にも戦闘部隊、傀儡部隊等から目星をつけているが、編制が思うように進んでいない。最悪半年以上は2名のままかもしれん」
「そうですか……。ではなるべくこちらでも人材を探してみましょうか」
「ああ。助かる」

 たった2人だけの部隊。
 元々、班などごく少数でまとめる傾向はあるが、しかし新設の部隊にしては少ない。

「オレも、あれから色々と考えたんだ」

 突発的に羅砂がそう言った。
 あれから、というのは、テマリが生まれ、自身の在り方について悩んでいた時のことだろう。

「現状のままではダメだと考え改めてはみたが……この苦境を打破するには決定的ななにかが必要だった」
「それが、この新部隊だったというわけですか」

 羅砂は、我が意を得たりというふうに大振りにうなずいた。
 この新部隊は羅砂なりの打開策なのだろう。なおさら、羅砂を信じないわけにはいかない。

「それで、封印術の開発、とのことですが」
「当初、人柱力に使う封印術はチヨ様の『憑依の術』で行う予定だった」

 守鶴を我愛羅へ封印したのはチヨバアだったことを思い起こす。

「しかしこの術には問題があるんだ」
「問題?」
「そうだ。詳しいことは、後でチヨ様の研究資料を見て確認してくれ」

 研究資料は部隊の専用部屋へおさめてあるとのことだった。

「……資料だけなんですか?」
「……ああ」

 本人の研究資料の確認だけ、ということは――

「チヨ様は開発に協力しないのですか?」

 ――そういうことになるよな。

「『独自にどこまで開発を進められるか2名の実力を見て、協力するかどうか判断する』だそうだ」

 羅砂の口調には諦めが混じり流れていたので、俺は「チヨ様らしいですね」と言っておいた。すると、わずかながら羅砂の顔がやつれたように見えた。

「部隊編成に反発していた上役連中も概ねチヨ様の意見寄りでな……。これで結果が出なければ、この部隊はすぐにでも解体となる」
「そりゃまた、切羽詰まった状況ですね」
「しかし、結果を出すことができればこの部隊は大名直々から予算調達ができることになっているんだ。そうなれば、いずれは絶対秘匿の極秘班とそうでない一般班に分け、部隊の規模を広げて、開発分野の専門性を展開していきたいと考えている」

 成功すれば軍拡につながるということだ。
 人柱力という恰好の兵器を誕生させてしまったが故の、終わりなき軍備拡張競争。兵器は人知の力を超越し、その力を各国へ見せつけた。この軍拡へ一旦巻き込まれてしまえば、明日は我が身と自分達も兵器を持つほかない。
 そんな中での軍縮というのは、砂隠れにとってあまりにも痛手なのだ。
 これは、砂隠れの軍縮の末路を変える一世一代のチャンスだろう。

 とはいえ、首の皮一枚という状況下で若輩2人だけの開発部隊というのはあまりにも厳しい。開発方面に関して自信が無いわけではないが、それでもやはり不安要素は多く残っている。

「会議で言い渡されたタイムリミットは、3年だ。もちろん途中経過次第では変動するだろう」

 ――3年とは、短いな。

「やれるところまで全力でやってくれ。頼んだぞ」
「承知しました」



 異動を言い渡された今日、羅砂の付き人によって、すぐに専用の部屋へ案内された。
 部屋の床は一面が白色だったが、壁は、砂隠れの里特有の渋い生壁色でまとめられていた。実験用だろう、黒い台に白い脚の広い作業台が中央付近へ設置されていて、部屋の奥には薬品棚と資料棚がずらりと並べられている。棚とは対極の位置へは簡易の作業台と、事務用だと思われる机と椅子が置かれていた。
 想像していたよりもずっと綺麗に整備された部屋である。管理がゆきとどいていたようだ。

 同じく異動となったセッカの方は、引継ぎを済ませるために後始末をおこなっているらしい。セッカが来るまでの間、チヨバアの研究資料や、棚に並べられ整えられた書類にざっと目を通して時間をつぶすことにした。
 しかし結局は、時間つぶしのその前にセッカが現れたのだった。
 そのとき、自身は資料棚で書類を漁っていたので、セッカの到着後まもなく入口の方へと移動した。

「本部隊第30班から異動になったサボテンだ。これからよろしく頼む」

 手を差し出して、握手を交わす。
 医療に携わる者だからか、彼の手は乾燥していて手荒れを起こしていた。不快ではない。ただまっすぐに、数多の命を助けてきた手なのだ、という印象を受けた。

「衛生部隊医療班から異動になったセッカです。アナタの噂はかねがね耳にしていました。いちどお会いしたいと思っていたんです。こちらこそよろしくお願いします」

 嫌味のない、恭しげな態度だった。セッカに、どこか夜叉丸の影を見た気がした。
 そして噂、というのは流遁の水銀使いとしてではなく、札の開発者としてだろう。その方面ではそれなりの知名度を誇っているということを自負している。

 適当に自己紹介を済ませたのち、棚の資料と、チヨバアの研究資料を閲読して1日を終えた。
 その去り際のことである。
 どういうわけか、セッカが「あの」と俺を呼び止めたのだ。
 深刻そうな顔つきでなにかを言いたげにしていたが、言い難そうだったので「どうした?」とこちらから問いかけてみた。途端、セッカは「なんでもありません」と身を引いた。
 なにを伝えたかったのだろうか。そうやって怪訝に思いながらも、悩めば余計なわだかまりとなってしまう。かくしてセッカと別れたのち、思考を切り替えて家路へついたのだった。






 未だ研究資料にすべて目を通しきれていないものの、あくる日から本格的に活動をはじめた。
 中央の作業台へチヨバアの研究資料を並べて、重ならないように、歴代人柱力に関する記録資料も置く。それを2人で囲むようにして眺めながら、資料を行き来しつつ照らし合わせた。

「このチヨ様の術は『憑依の術』と書かれているが、見るかぎり根本はやはり封印術だよな」

 俺の言葉にセッカがうなずく。

「ええ。特殊な形態の封印術ですね」

 セッカが言う。

「薬というものはどうであれ必ず毒としての一面を持つものですが……。あらゆる毒に詳しいチヨ様だからか、この術はとくべつ『毒』としての作用が強いようです」
「尾獣チャクラもこの憑依の術も、双方が毒なのか」

 守鶴のような尾獣等のチャクラは普通、人にとって毒となる。
 少量であればさほど問題はないが、あまりにも莫大なチャクラを人体へ封じこめるとなると、封印対象の人体やチャクラを蝕み、毒として猛威を振るうようになるのだ。

「比喩ですけれどね。しかし比喩だとしても互いに猛毒ですよ」

 他の里がどういった構造の封印術を使用しているのかは分からない。だがセッカの説明を聞くかぎり、この『憑依の術』は猛毒で猛毒を制するごり押しの荒業ということになる。

「一般に人柱力へ使う特別な封印術などは、人体へ封印空間を構築し異物を隔離する形態で封印を行います。しかしこの術は毒の特性を利用し、封印空間を作ることなく尾獣のチャクラを直接人体へ呪縛させています」
「それで『憑依』なのな。人柱力を生み出すためだけに作られた術っつーことか」
「もっとも、こんな荒業ができるのも、この術自体に毒としての作用があるからこそですけれど」

 自然由来の尾獣の毒に、人工的な毒である憑依の術。
 セッカが言うには、これらがうまく拮抗作用を起こし、互いに抑制する形で封印が有効になっているとのことだった。
 これにより、人柱力側が尾獣を抑え込むにしては不足でも、それを無視して封印術側で尾獣チャクラの抑制を補えるのだ。

 されど結局のところは、人柱力としての適性がなければ憑依の術も意味をなさない。適性が低ければ、人柱となった人間の生命力を尾獣が奪ってしまうのだ。最終的には尾獣に乗っ取られることで人柱力の肉体は死を迎える。

「にしたってなあ。この術、いっそ禁術指定されてもおかしくはないよな」
「チヨ様以外に誰も使用することのできない術だから、禁術指定には至らなかったということでしょう」
「この術を俺達の部隊へまわすことをチヨ様は快く思わなかったはずだろうよ」

 研究対象になれば、この禁術まがいの術が弟子でもない人間に使用されるリスクが高まる。
 羅砂も説得するのに骨を折っただろう。その光景は想像に容易かった。

 そうして時々挟まれるセッカの説明を聞きつつ、資料に目を落とし、さらに実験成果の項目を読みこんでいく。

 この憑依の術では、封印空間を形成することによって隔離することができるはずの『尾獣の人格』を隔離できず、ほとんど抑え込めないために、精神面へ影響を及ぼしやすくなっているようだ。他の人柱力には見られない副作用だった。
 深い眠りにつけば身体を乗っ取られる。そんな恐怖を常に感じていた我愛羅だが、彼を苦しめていた根本的な原因はこれらしい。
 眠れないからと尾獣を抜こうにも、抜けば自らが死ぬ。チャクラを制御する核部分と、尾獣のチャクラと、封印術とが複雑に絡むことで封印を維持しているためだ。
 本来、尾獣封印の際に起こりうる狂乱状態を防ぐための封印術であるはずなのに、まったくもっておかしな話だった。
 あの九尾を絶対的に封印した四象封印がどれほど優秀な術かを思い知る。

 ――んなもんをさらに八卦にしたらそりゃどの里の封印術も敵わねえよ……。

 この憑依の術は先祖代々受け継がれた術ではなく、チヨバアによって編み出された急ごしらえの術なのだろう。はたまた受け継いだとしても改良する暇も気もなかったのか。
 どちらにせよ羅砂の言っていた『術の問題点』とはなかなか厄介であるようだ。

 本日、開発面で特に進展はなかった。



 それからしばらくは、これといって良い案など見つからず、進展のないまま時間だけが刻一刻ときざまれていった。
 そんなある日のことである。

「なあ、尾獣自体を分割できないだろうか?」

 頭へぽんと思い浮かんだことを、なにげなく、そのまま口に出した。

「分割ですか」
「ああ」

 口に出した瞬間から、頭の中に回路ができあがって、どこからともなく次々とアイデアが運ばれてきた。

「2分割、いや、できれば4分割以上にしたいんだけども。例えば点滴なんかも人体へ少量ずつ栄養を送り込むだろ? そんな感じに区切ることで負担を軽減できないだろうか」
「ふうむ……」
「どうも、一気に封印しようとするから副作用が余計に出てしまうんじゃねえかな、って。人柱力本人の成長段階に応じて、封印も段階分けして行う……なんてのはどうだろう」

 九喇嘛の陰と陽のように、明確な区別をつけて分割するわけではない。そのため上書き封印した際には、守鶴の記憶と人格はすぐにでも引き継がれて統合されることが前提となる。

「案自体は悪くないと思います。しかし、そのような封印方法は前例がありません」

 セッカは首肯しかねるようだった。
 ミナトがナルトへ九喇嘛を封印した際のように、我愛羅の負担を軽減し、かつ尾獣のチャクラを彼へ還元できる封印式の構築が可能であれば、あるいはこんな方法を取らずとも済むのだろう。

「俺達が前例を作ればいい」

 セッカに対して、そう返した。
 憑依の術は危険な術だ。しかし今現在の砂隠れにはこれ以上に優秀な術は無い。睡眠できないという致命的な欠点を克服するためには、この術を改良して副作用を緩和するしかなかった。

「……そうですね。四の五の言っても始まりませんし」
「そうこなくちゃな」

 納得しきってはいないようだったが、セッカはうなずいてくれた。続けて俺もうなずいた。

「よし、方向性は決まった。あとは――」

 ――口寄せの術。
 唐突に、口寄せでマジロウとバッシーを呼びだした。
 するとセッカはぎょっとして「なんですかコレは」と、狐につままれたような顔をした。とりあえずは「トカゲだ」と言っておいた。

「え?」
()トカゲだけどな」
「…………え?」

 疑いの眼差しが鋭利な矢となり俺へ突き刺さってくる。
 セッカに「トカゲですか」と聞かれた。俺はまた「トカゲだ」と答えた。すると復唱するようにセッカは「トカゲ……」と言った。だんだんと自信がなくなってきて、今度は「トカゲ、らしいんだが……」とこぼしてしまった。
 ――3代目のあの絶対の自信はなんだったんだよ。

「サボテンさん。まず、この……トカゲ……を研究対象にすべきなのでは――」

 2匹を凝視しながら、セッカがこんなことを言った。セッカの言わんとすることはもっともである。

「いずれはと思っているが、一応、大切な家族なんだ。ここでの研究は勘弁してくれ」
「そうですか……」

 セッカはあからさまに落胆していた。

「っと、そんなことのために呼びだしたんじゃなくて」

 ついつい忘れてしまうところだった。

「実験に入るまでの期間中、コイツらに実験用の動物を食――ではなく、回収を頼もうと思ってな」

 俺が「やってくれるよな」と言えば、理解したのだろう、2匹はいそいそと部屋を出ていった。
 出る直前に「拾い食いするなよ!」と付け足しておいた。

「拾い食いするんですか?」
「多分大丈夫だとは思うんだが、前に家に入ってきたスナネズミをまる飲みにして食ったことがあって……」

 それを聞いたセッカは呆気に取られて言葉を失っているようだった。
 しばらくして、彼が口を開いた。

「確かにトカゲは肉食性が多いとは思いますが」
「おう」
「もはや小さな竜という方が――」

 この2匹に関して、俺が一番聞きたいと思っていた言葉だ。

「…………だよな」

 まったくもって、理解者がいるというのはかくもすばらしきことである。

 ――俺は間違っちゃいなかったんだ3代目様よォ! 聞いてるかァ3代目ェ!

 心の中でのみ3代目へ悪態をついておいた。が、心の中であろうと悪態をついたのであれば恐らく近いうちに仕返しが待っている。
 本日、夜道には一層気をつけて帰ることにした。



 3代目へ悪態をついたので、なにかが起こるのではと危惧した夜道。にわかには信じがたいことだが、まさにその()()()が起こった。
 尾行されている。
 曲がりなりにも自身は上忍だ。あの暗部であろうとも、人気のない通りでの尾行であればかすかに人の気配を生む。その気配を、わずかだが感じ取ったのだ。
 尾行の犯人が誰であるのか見当もつかない。まさかとは思うが、どこぞの密偵である可能性も否定しきれない。
 しばらくの間は帰宅の道を不規則に変えて帰ることに決めた。
 そうしてこの日は何事もなく帰宅したのだった。



 空はすっかり暗く落ちている。夜に包まれた自宅へ着いたとき、鬼鮫が襲来していた。家の外で、夜遅くまでヤマトの修行相手をしてくれていたようだ。
 ひょっとすると鬼鮫が不審者を見かけたかもしれない。思い立ち、鬼鮫に尋ねてみた。

「鬼鮫、俺ん家へ来るときに不審人物なんぞ見かけなかったか?」
「いいえ、特別変わったことはありませんでしたけど」

 そうか。と、いちどだけ相槌を打ったきりこの話は切り上げた。鬼鮫は不思議そうにしていたが、いちいち突いてくることはしなかった。
 ――尾行犯は、3代目の生霊だったりしてな。

 自身の気のせいかもしれない。ひとまず尾行については置いておき、俺は「晩飯食ってけよ」と鬼鮫も家へ入れた。
 しかし招き入れた当の本人は食卓につかないまま、夕食代わりに兵糧丸を食して、部屋の隅で服作りに没頭するのだった。

「兄さん、最近なに作ってんですか」

 食事を終えたらしい、ヤマトがそう聞いてきた。
 俺が「白衣だ」と答えると、ヤマトが「白衣ィ?」と訝しげなまなざしを向ける。

 ――研究に携わる人間の制服と言えば! 白衣、もしくは作業服! しかしそんなものなぞ支給されない! しかも砂隠れの上忍ベストは肩当が非常に邪魔で作業に集中できない! ならば! 自分で部隊の制服を繕うほかあるまいて! 着ぐるみを制作する技術がここで役に立つ時が来たのだッ!!

「カッコよくね? 白衣」
「いや意味がわからないです」

 俺の熱意とは対照的に、ヤマトは冷めきっている。
 白衣を翻して颯爽と登場する忍者部隊。
 ――ダメか。

 部隊名を名乗らずに済むよう『第890班』の文字を入れた腕章も作ってみた。これなら相手側が先に部隊名を認識してくれるだろう。自己主張が激しいことはさておき、自身からボロを出してしまう危うさをある程度削ることができる。

 そうして、ちょうど出来上がった白衣を「どうだァ完成したぞ! 似合うだろう!?」と、2人に見せびらかした。

「いえ」と、ヤマト。
「別に」と、鬼鮫。
 共にそっけない反応である。

 今度は「白いマスクもつけてみたぞ! 似合うだろ!? 似合うよな!?」と、口に白い布を巻く。
「忍べよ上忍」と、ヤマト。
「変質者」と、鬼鮫。

 ――鬼鮫にだけは変質者って言われたくねえよ。

「お前らちょっと酷評しすぎじゃね?」
「酷評もなにも」と、ヤマト。
「事実を述べたまでですが」と、鬼鮫。

 ――息が合い過ぎなんだよこいつらはァ! 隠れて打ち合わせでもしてんのかァ!?

 白衣にマスクという俺の格好から目をそらしつつ、ヤマトは「そんなことはどうでもいいとして」と言って話題を変えた。「俺にとっちゃどうでもよくねえんだよコノヤロー」と言ってみたが、ヤマトはやはり無視してくれた。

「今後、チヨ様に弟子入りできるまでの間は、鬼鮫兄さん以外に、マキの紹介でパクラ先生に修行を見てもらえることになりました」

 ですからボクのことは心配いりませんので。と、ヤマトが付け足す。
 他にも面倒見のいい人間がいることに安堵した――のだが、その他が聞き捨てならなかった。

「なんでだよ!! マキといいパクラといいヤマトの周りには華があるのに!! クソッなんで俺の周りは野郎ばっかりなんだよクソックソッ!!」

 はっきり言って羨ましい。いっそ妬ましい。

「錯乱スイッチ入りましたねェ」と、鬼鮫。
「兄さんのスイッチの入り方がよくわかんないです」と、ヤマト。

 多少取り乱したが、ヤマトについては本人も言うとおり心配なさそうだ。新部隊の活動に力を入れても、問題はないだろう。



 セッカの分の白衣はすでに完成させていたので、翌日にこれをセッカへと渡した。

「…………。自発的、ですよね……サボテンさんって」

 その含みある発言は無視することにして、セッカも作業服兼制服として白衣を着用することになった。

「ああ、でも、良かった」
「…………?」
「サボテンさんのおかげで決心がつきました」

 ――なんだ、藪から棒に。

「今まで何度も渡そうとしていたのですが、きっとお忙しいだろうと思って、渡せずじまいだったんです」

 セッカは言いながら懐から巻物を取り出した。

「お会いした際には、必ずアナタへ渡したいと考えていた物です」

 手渡された巻物をするすると開いて、目を通す。
 巻物に記された内容がなんたるかを把握して、「医療品か」とセッカに問うと「はい」と返事があった。

 巻物の内容は、外用薬――いや、外用薬の札だろうか。
 貼付剤、塗布剤、エアゾール剤等の外用薬の内、これに近いのは貼付剤だろう。しかし似て非なる新たな医療品らしい。
 本来精密なチャクラコントロールを必要とする掌仙術だが、この掌仙術を使用できずとも、1枚の札、または貼付剤を患部に貼り付けるだけで手軽に治療できるようにする、という試みの品であるようだ。

「内容はわかった。けど封印術とはまったく関係のないものじゃないか」
「おっしゃるとおりです。しかしこの状況では渡し辛くて……」
「じゃあ、あの時に俺を引き留めたのは、これを渡したかったからなのか?」
「はい」

 あの時というのは、セッカと初めて顔を合わせた時のことだ。

「その後も、何度か提案してみようとは思っていました。ですが方向性もなにも決まってないときだったので、そちらを優先すべきでしたし、言えずじまいでした」
「まあ、そうだろうな。でも、なんでこれを作りたいって思ったんだ?」
「つねづね、軽傷用の医療品……包帯、ガーゼ、傷薬などをひとまとめにして軽量化できればと思っていました」

 セッカが理由を語りはじめた。

「これらをまとめた場合、我々医療忍者が装備する救急バッグにはその分スペースができます。ここに、より重篤な患者用の医療品を入れて携帯できれば、一分一秒を争う中、さらに多くの命を助けられるかもしれません」

 セッカの言葉には熱が込められている。

「それに……大量の負傷者が出た場合には、医療班の応援が到着するまでの間、医療忍者でない方々にも軽傷者の治療を助力してもらわなければなりませんでした。ですが、すぐに患部へ貼り付けて手当が可能ならば、我々にも余裕ができますし、迅速な対応を実現できます。この案なら、掌仙術や止血帯のように、戦闘時でも患者を瞬時に治療することができるんです」

 止血帯――医療忍者でなくとも、流血箇所を緊急に止血できる品である。通常、医療忍者であろうと本格的な治療は、戦闘が終了もしくは安置へ避難しなければ行うことが難しい。一方これは戦闘時でも簡易に治療を行うことができるという優れものだ。

「負担を軽減したいという一心でずいぶんと前から構想を練っていたのですが……具体化にまで至らず行き詰っていました」
「なるほどねえ」
「私も骨身を惜しまずアシストします。ですからこれも同時進行、いえ、傍らでもいいので開発していただけないでしょうか?」

 時間に余裕のないときは、こういった依頼は引き受けないことにしている。だが、今回に限っては――

「……わかった。これも同時進行で開発を進めよう」

 そう答えてしまった。

 なぜかは自分でも分からない。
 彼の熱におされてしまったのだろうか。
 ただ、快諾したことを後悔はしなかった。

「ああ、良かった!」

 重荷をひとつ下ろしてすーっと身軽になったようなセッカの声を聞いたからだ。
 セッカは、俺とチームを組んでから初めて心の底からの安堵を見せたようだった。

 しばらくの間、最悪3年間も忍術の修行ができないかもしれない。
 我が身が出世への道から逸れていく気がしてならなかった。

 ――掌仙術の札化なあ。水銀も、札へチャクラを流し込んだら都合よくドバーっと出てこないものだろうか。そうしたらわざわざ水銀を持ち運ばずとも済むのに。

 ふとそんなことを思い浮かべる。こうやって封印術を改良する合間も、自分自身のためにあれやこれやと試行錯誤するのだった。